翌日。
「…………身体中が痛い」
「そりゃ、アレだけ木の剣でやたらめったら叩かれてたら痛いでしょうけど……。それにしたって、あんな平民の女兵士くらい倒しなさいよ、もう」
「木剣ではガンダールヴのルーンが発動しないからな。いくら公爵夫人から訓練を受けたとは言え、素の状態の私ならあんなものだ」
「……アンタのその素直さって、けなすべきなのか褒めるべきなのかたまに判断に困る時があるわ……」
全身の痛みを訴えるユーゼスと、そんな自分の使い魔に呆れるルイズ。
主従二人は、教室で授業を受けるために席に付いていた。
また、席に付いているのはルイズたちだけではなく他の女子生徒たちも同様である。
「それにしても、てっきり授業は全部軍事教練に差し替えられるのかと思ってたわ」
「……そんな訳がないだろう。いくら王宮からの命令とは言え、通常の授業をまったく無視して全て軍事教練にすれば、それはそれで問題だろうからな。一日の授業時間の半分ほどにとどめておくのは妥当な判断だ」
軍事教練が始まったとは言え、それを朝から晩まで延々と行っているという訳ではない。
魔法学院の教師たちのほぼ半数は男性で、彼らが出征してしまったので授業時間も半分に減ってしまったため、その減ってしまった分の時間を軍事教練に割り当てているのだ。
もっとも、さすがにそっくりそのまま軍事教練に差し替えては『一時間目に軍事教練の後、二~三時間目に通常授業、四時間目にまた軍事教練』……と言った具合にアンバランスな構成になってしまうため、『午前は通常授業、午後は軍事教練』などとしている。
そんな訳で、戦争中でも一応授業は続くのであった。
「でも男の先生たちが減っちゃったせいで、何だか『先生がいる系統』と『先生がいない系統』に偏りがあるような気がするわね」
「そうだな。こういう時に『全ての系統の知識を網羅した教師』がいれば便利なのだが」
しかしユーゼスとルイズが知る限り、そんな教師は学院にいない。
これは教師に限らずほとんどのメイジに共通したことなのだが、『自分の系統こそ最高、他の系統はそのオマケ』というような考えが割と広くはびこっている。
要するに自分の系統に誇りを持つあまり、自分の系統だけに研究が集中しすぎて他がおざなりになってしまうのだ。
『専門家』と言えば聞こえは良いが、ユーゼスに言わせればそんなものはただ視野が狭いだけである。
(『多角的』という概念そのものが薄いのかも知れんな……)
全くないということは無いにしても、少なくとも一般的なものではあるまい。
そもそも多角的に物を考える人間が多かったら、とっくの昔にハルケギニアで思想革命なり文明の発達なりが起こっていなければおかしいだろう。
(だからこそ戦争が起こった、とも言えるが)
まあ、そこに口を出すのは自分の領分ではない。
教師の数も少ないなら少ないで、どうにかやりくりはするだろう。
(しかし『全ての系統の知識を網羅した人間』か……)
魔法学院の教壇に立つ以上、うわべだけの網羅ではなくそれなりに深い内容をそらんじるくらいのことが出来なければなるまい。
ユーゼスの知る限り、トリステインでそのようなメイジは一人くらいしかいなかった。
……が、そのメイジはそれこそ『魔法の研究』に従事しているため、この学院にやってくることはないのだ。
(彼女がどのような授業を行うのか興味はあるが)
などとユーゼスが考えていると、教室の扉が開いてオールド・オスマンが入って来た。
「?」
一様に疑問の声を上げる女子生徒たち。
まさか足りない教師の代わりとして学院長が授業を行うのでは、などとにわかに教室がざわつき始める。
「あー、静かにしなさい、君たち」
教壇の前に立ったオスマンは杖で床を二、三度小突いて女子生徒たちを沈黙させると、その彼女たちに向かって話を始めた。
「おほん。諸君らも知っての通り、男の教師たちはほとんど戦に行ってしまったため、この魔法学院の教師は半分ほどゴッソリといなくなっておる」
知ってますけどそれがどうかしたんですか、と言わんばかりの女子生徒一同。
うら若き乙女たちのそんな視線に答えるかのように、オスマンは言葉を続けた。
「そのため授業の内容に若干かたよりが出てしまうということで、それを補うために王立魔法アカデミーから臨時教師を招いた。……入りなさい」
自分が入って来た扉に向かって声をかけるオスマン。
次の瞬間、ガチャリとその扉が開き……。
「!」「何?」「あら」「………」「ええ!?」
ルイズ、ユーゼス、キュルケ、タバサ、モンモランシーの五人は、そこから現れた『見知った顔の金髪眼鏡の女性』の姿を確認してそれぞれ驚いた(タバサは驚いているのかどうか不明だったが)。
その女性はニッコリに微笑むと、
「エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールです。……短い間だとは思いますが、皆さん一緒に楽しくお勉強しましょう」
そこだけ抜き出せば実に親しみやすそうな口調で、自己紹介を行うのであった。
授業終了後、昼休み。
女子寮の空き部屋の前には、ドカドカと荷物が置かれている。
その部屋の中では、
「何で姉さまが教師なんですか!?」
「それはこっちの方が聞きたいわよ。アカデミーで特殊な鉱石の研究に取り掛かろうかと思ってたら、いきなり女王陛下から書状が来て『魔法学院の教師になれ』って命じられたんだもの」
「……姫さまが、ですか?」
エレオノールが下の妹とその使い魔に向かって、ことの経緯を説明していた。
「ええ。しかも私を名指しでね。……ルイズ、あなた女王陛下に何か言ったの?」
「いえ、特に思い当たる節はありませんけど……」
強いて言うなら従軍を断ったことくらいだが、それとエレオノールが学院に派遣されてくることに繋がりがあるとも思えない。
あの人は一体何を考えてるのかしら……などとルイズが思っていると、エレオノールは妹への追及をひとまず止めて、入り口付近の壁に背を預けていた妹の使い魔と軽くではあるが視線を絡ませていた。
「……………」
「何よ、相変わらずつまらなそうな顔をして。……そんなに私が魔法学院に来たことが不満?」
ムッとした様子のエレオノール。
対するユーゼスはエレオノール曰く『つまらなそうな顔』でサラリと、
「いや、それなりに喜んでいるのだが」
「!」
そんなことを口走った。
「っ、なっ、なななっ……何よ、いきなり!!?」
「……そこまで動揺することもないだろう。これでも私はお前のことを高く評価している。これで停滞するかと思っていた研究もはかどるかも知れん」
「あ、ああ……そういうこと……」
要するに『優秀な人材が来てくれて嬉しい』、ということか。
「…………もう、紛らわしい言い方をして…………」
そして微妙にガックリしているエレオノールに、ユーゼスは更に言葉を続けた。
「それにお前が学生相手に授業を行うという姿も見れたからな。なかなか興味深く拝見させてもらったよ」
「う……」
あらためてそう言われると、エレオノールの心中に気恥ずかしさが湧き上がってくる。
今日は初日ということで、取りあえず自分が土系統のメイジであることと授業については全系統をまんべんなく担当することを伝え、また生徒たちの基本的な学力やメイジとしてのクラスなどを見てみたのだが……。
「な、何か不手際とかがあったかしら」
「特に見当たらなかった。……まあ、お前の魔法理論についてはレポートを通じて大部分を把握しているが、それをどのようにして口頭で伝えるのかについては知らなかったからな。これからどのような授業を行うのか期待させていただこう、ヴァリエール先生」
「……微妙に馬鹿にされてるような気がするんだけど」
「他意はない」
ルイズに初めてアカデミーに連れられて以降、ユーゼスとエレオノールとでやり取りしたレポートの数は既に二十を超えている。
その間、ユーゼスの魔法についての考察をエレオノールが指摘することは何度もあったし、逆にエレオノールが記述した魔法についての内容をユーゼスが指摘することも数え切れないほどあった。
そんな訳で互いの魔法理論については誰よりもよく知っているこの二人なのだが、エレオノールが他の第三者を指導することは今までにほとんど無かったため(ユーゼスはギーシュなどに指導を行っている)、ユーゼスとしてはこれはなかなか興味深い事例なのである。
そのようにして銀髪の男と金髪の女が何だか独特な空気を形成していると、少々と言うにはやや激しすぎる不機嫌っぷりでルイズが横から口を挟んできた。
「ほら、ユーゼス! いつまでもノンビリしてないで、軍事教練に行くわよっ!」
ユーゼスの白衣の裾を掴んで、グイグイと引っ張るルイズ。
と、その時、ルイズの言葉の中に不穏な点を見つけたエレオノールが疑問の声を上げる。
「……? ルイズはまだ分かるとして、どうしてユーゼスが軍事教練の場に行く必要があるのよ?」
「私にもよく分からないが、成り行きでな。おかげでミス・ミランに痛めつけられている」
「………………『ミス』・ミラン、ですって?」
いきなりエレオノールの声のトーンが低くなり、また目元が見る見る内につり上がっていった。
「ああ。魔法学院の女子生徒に軍事教練を施すために、王宮から派遣されてきた銃士隊の隊長だ。少々理不尽ではあるが彼女に目を付けられて一対一の訓練を受けている」
「銃士隊……ああ、確か最近新設された、女王陛下直属の部隊だったわね。
……確か構成人員は、全員が平民の若い女性だとか」
「その通りだ」
「それで、あなたはその『女性の隊長さん』と一対一で訓練を行っている、と」
「うむ」
「……一応聞いておくけど、その隊長さんとやらは私より若いのかしら?」
「確かその筈だが」
「……………」
ユーゼスとしてはただ単に事実を述べ、質問されたことに答えているだけなのだが、どういう訳か会話が進むたびにエレオノールにギロリと睨まれる。
「ふ、ふぅん……。……もしやとは思ってたけど、やっぱりまた別の女を引っ掛けて……」
「?」
エレオノールはブルブルと小刻みに震え、そして強めの口調で宣言を行った。
「…………いいわ。良い機会だから、私はここであなたの行動を監視します!」
「……何故そうなる?」
何も悪いことはしていない筈だし、これから何かをするつもりもないのに、どうしていきなり監視という言葉が出てくるのだろうか。
「っ、いつまでもエレオノール姉さまとばっかり話してないで、来なさい!」
「む……」
首を傾げるユーゼスだったが、しかし今度はルイズに裾を引かれる形で強引に移動させられてしまう。
すると怒った様子のエレオノールがついて来て、結局は三人でゾロゾロと移動する羽目になってしまった。
(……ヴァリエール家にいた頃と大して状況が変わっていないような気がするな……)
いや、考えようによってはむしろ悪くなっているようにも思える。
(カトレアの所に行くのは……三日後か)
つい昨日にラ・フォンティーヌの領地に行って診察がてらカトレアと会話をしたばかりなのだが、無性にあの安らぎの時間を渇望し始めるユーゼス・ゴッツォであった。
「…………身体中が痛い」
「そりゃ、アレだけ木の剣でやたらめったら叩かれてたら痛いでしょうけど……。それにしたって、あんな平民の女兵士くらい倒しなさいよ、もう」
「木剣ではガンダールヴのルーンが発動しないからな。いくら公爵夫人から訓練を受けたとは言え、素の状態の私ならあんなものだ」
「……アンタのその素直さって、けなすべきなのか褒めるべきなのかたまに判断に困る時があるわ……」
全身の痛みを訴えるユーゼスと、そんな自分の使い魔に呆れるルイズ。
主従二人は、教室で授業を受けるために席に付いていた。
また、席に付いているのはルイズたちだけではなく他の女子生徒たちも同様である。
「それにしても、てっきり授業は全部軍事教練に差し替えられるのかと思ってたわ」
「……そんな訳がないだろう。いくら王宮からの命令とは言え、通常の授業をまったく無視して全て軍事教練にすれば、それはそれで問題だろうからな。一日の授業時間の半分ほどにとどめておくのは妥当な判断だ」
軍事教練が始まったとは言え、それを朝から晩まで延々と行っているという訳ではない。
魔法学院の教師たちのほぼ半数は男性で、彼らが出征してしまったので授業時間も半分に減ってしまったため、その減ってしまった分の時間を軍事教練に割り当てているのだ。
もっとも、さすがにそっくりそのまま軍事教練に差し替えては『一時間目に軍事教練の後、二~三時間目に通常授業、四時間目にまた軍事教練』……と言った具合にアンバランスな構成になってしまうため、『午前は通常授業、午後は軍事教練』などとしている。
そんな訳で、戦争中でも一応授業は続くのであった。
「でも男の先生たちが減っちゃったせいで、何だか『先生がいる系統』と『先生がいない系統』に偏りがあるような気がするわね」
「そうだな。こういう時に『全ての系統の知識を網羅した教師』がいれば便利なのだが」
しかしユーゼスとルイズが知る限り、そんな教師は学院にいない。
これは教師に限らずほとんどのメイジに共通したことなのだが、『自分の系統こそ最高、他の系統はそのオマケ』というような考えが割と広くはびこっている。
要するに自分の系統に誇りを持つあまり、自分の系統だけに研究が集中しすぎて他がおざなりになってしまうのだ。
『専門家』と言えば聞こえは良いが、ユーゼスに言わせればそんなものはただ視野が狭いだけである。
(『多角的』という概念そのものが薄いのかも知れんな……)
全くないということは無いにしても、少なくとも一般的なものではあるまい。
そもそも多角的に物を考える人間が多かったら、とっくの昔にハルケギニアで思想革命なり文明の発達なりが起こっていなければおかしいだろう。
(だからこそ戦争が起こった、とも言えるが)
まあ、そこに口を出すのは自分の領分ではない。
教師の数も少ないなら少ないで、どうにかやりくりはするだろう。
(しかし『全ての系統の知識を網羅した人間』か……)
魔法学院の教壇に立つ以上、うわべだけの網羅ではなくそれなりに深い内容をそらんじるくらいのことが出来なければなるまい。
ユーゼスの知る限り、トリステインでそのようなメイジは一人くらいしかいなかった。
……が、そのメイジはそれこそ『魔法の研究』に従事しているため、この学院にやってくることはないのだ。
(彼女がどのような授業を行うのか興味はあるが)
などとユーゼスが考えていると、教室の扉が開いてオールド・オスマンが入って来た。
「?」
一様に疑問の声を上げる女子生徒たち。
まさか足りない教師の代わりとして学院長が授業を行うのでは、などとにわかに教室がざわつき始める。
「あー、静かにしなさい、君たち」
教壇の前に立ったオスマンは杖で床を二、三度小突いて女子生徒たちを沈黙させると、その彼女たちに向かって話を始めた。
「おほん。諸君らも知っての通り、男の教師たちはほとんど戦に行ってしまったため、この魔法学院の教師は半分ほどゴッソリといなくなっておる」
知ってますけどそれがどうかしたんですか、と言わんばかりの女子生徒一同。
うら若き乙女たちのそんな視線に答えるかのように、オスマンは言葉を続けた。
「そのため授業の内容に若干かたよりが出てしまうということで、それを補うために王立魔法アカデミーから臨時教師を招いた。……入りなさい」
自分が入って来た扉に向かって声をかけるオスマン。
次の瞬間、ガチャリとその扉が開き……。
「!」「何?」「あら」「………」「ええ!?」
ルイズ、ユーゼス、キュルケ、タバサ、モンモランシーの五人は、そこから現れた『見知った顔の金髪眼鏡の女性』の姿を確認してそれぞれ驚いた(タバサは驚いているのかどうか不明だったが)。
その女性はニッコリに微笑むと、
「エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールです。……短い間だとは思いますが、皆さん一緒に楽しくお勉強しましょう」
そこだけ抜き出せば実に親しみやすそうな口調で、自己紹介を行うのであった。
授業終了後、昼休み。
女子寮の空き部屋の前には、ドカドカと荷物が置かれている。
その部屋の中では、
「何で姉さまが教師なんですか!?」
「それはこっちの方が聞きたいわよ。アカデミーで特殊な鉱石の研究に取り掛かろうかと思ってたら、いきなり女王陛下から書状が来て『魔法学院の教師になれ』って命じられたんだもの」
「……姫さまが、ですか?」
エレオノールが下の妹とその使い魔に向かって、ことの経緯を説明していた。
「ええ。しかも私を名指しでね。……ルイズ、あなた女王陛下に何か言ったの?」
「いえ、特に思い当たる節はありませんけど……」
強いて言うなら従軍を断ったことくらいだが、それとエレオノールが学院に派遣されてくることに繋がりがあるとも思えない。
あの人は一体何を考えてるのかしら……などとルイズが思っていると、エレオノールは妹への追及をひとまず止めて、入り口付近の壁に背を預けていた妹の使い魔と軽くではあるが視線を絡ませていた。
「……………」
「何よ、相変わらずつまらなそうな顔をして。……そんなに私が魔法学院に来たことが不満?」
ムッとした様子のエレオノール。
対するユーゼスはエレオノール曰く『つまらなそうな顔』でサラリと、
「いや、それなりに喜んでいるのだが」
「!」
そんなことを口走った。
「っ、なっ、なななっ……何よ、いきなり!!?」
「……そこまで動揺することもないだろう。これでも私はお前のことを高く評価している。これで停滞するかと思っていた研究もはかどるかも知れん」
「あ、ああ……そういうこと……」
要するに『優秀な人材が来てくれて嬉しい』、ということか。
「…………もう、紛らわしい言い方をして…………」
そして微妙にガックリしているエレオノールに、ユーゼスは更に言葉を続けた。
「それにお前が学生相手に授業を行うという姿も見れたからな。なかなか興味深く拝見させてもらったよ」
「う……」
あらためてそう言われると、エレオノールの心中に気恥ずかしさが湧き上がってくる。
今日は初日ということで、取りあえず自分が土系統のメイジであることと授業については全系統をまんべんなく担当することを伝え、また生徒たちの基本的な学力やメイジとしてのクラスなどを見てみたのだが……。
「な、何か不手際とかがあったかしら」
「特に見当たらなかった。……まあ、お前の魔法理論についてはレポートを通じて大部分を把握しているが、それをどのようにして口頭で伝えるのかについては知らなかったからな。これからどのような授業を行うのか期待させていただこう、ヴァリエール先生」
「……微妙に馬鹿にされてるような気がするんだけど」
「他意はない」
ルイズに初めてアカデミーに連れられて以降、ユーゼスとエレオノールとでやり取りしたレポートの数は既に二十を超えている。
その間、ユーゼスの魔法についての考察をエレオノールが指摘することは何度もあったし、逆にエレオノールが記述した魔法についての内容をユーゼスが指摘することも数え切れないほどあった。
そんな訳で互いの魔法理論については誰よりもよく知っているこの二人なのだが、エレオノールが他の第三者を指導することは今までにほとんど無かったため(ユーゼスはギーシュなどに指導を行っている)、ユーゼスとしてはこれはなかなか興味深い事例なのである。
そのようにして銀髪の男と金髪の女が何だか独特な空気を形成していると、少々と言うにはやや激しすぎる不機嫌っぷりでルイズが横から口を挟んできた。
「ほら、ユーゼス! いつまでもノンビリしてないで、軍事教練に行くわよっ!」
ユーゼスの白衣の裾を掴んで、グイグイと引っ張るルイズ。
と、その時、ルイズの言葉の中に不穏な点を見つけたエレオノールが疑問の声を上げる。
「……? ルイズはまだ分かるとして、どうしてユーゼスが軍事教練の場に行く必要があるのよ?」
「私にもよく分からないが、成り行きでな。おかげでミス・ミランに痛めつけられている」
「………………『ミス』・ミラン、ですって?」
いきなりエレオノールの声のトーンが低くなり、また目元が見る見る内につり上がっていった。
「ああ。魔法学院の女子生徒に軍事教練を施すために、王宮から派遣されてきた銃士隊の隊長だ。少々理不尽ではあるが彼女に目を付けられて一対一の訓練を受けている」
「銃士隊……ああ、確か最近新設された、女王陛下直属の部隊だったわね。
……確か構成人員は、全員が平民の若い女性だとか」
「その通りだ」
「それで、あなたはその『女性の隊長さん』と一対一で訓練を行っている、と」
「うむ」
「……一応聞いておくけど、その隊長さんとやらは私より若いのかしら?」
「確かその筈だが」
「……………」
ユーゼスとしてはただ単に事実を述べ、質問されたことに答えているだけなのだが、どういう訳か会話が進むたびにエレオノールにギロリと睨まれる。
「ふ、ふぅん……。……もしやとは思ってたけど、やっぱりまた別の女を引っ掛けて……」
「?」
エレオノールはブルブルと小刻みに震え、そして強めの口調で宣言を行った。
「…………いいわ。良い機会だから、私はここであなたの行動を監視します!」
「……何故そうなる?」
何も悪いことはしていない筈だし、これから何かをするつもりもないのに、どうしていきなり監視という言葉が出てくるのだろうか。
「っ、いつまでもエレオノール姉さまとばっかり話してないで、来なさい!」
「む……」
首を傾げるユーゼスだったが、しかし今度はルイズに裾を引かれる形で強引に移動させられてしまう。
すると怒った様子のエレオノールがついて来て、結局は三人でゾロゾロと移動する羽目になってしまった。
(……ヴァリエール家にいた頃と大して状況が変わっていないような気がするな……)
いや、考えようによってはむしろ悪くなっているようにも思える。
(カトレアの所に行くのは……三日後か)
つい昨日にラ・フォンティーヌの領地に行って診察がてらカトレアと会話をしたばかりなのだが、無性にあの安らぎの時間を渇望し始めるユーゼス・ゴッツォであった。