所変わって学院長室。
『遠見の鏡』で決闘の様子を見ていたロングビルは、決闘が終了した事を確認して息をついた。
「…まさかこんな展開になるとは思いもよりませんでしたね」
途中で噂のルイズの使い魔の平民が割り込んで、しかも見た事も無いマジックアイテムで姿を変えたと思ったら、あっという間にギーシュを負かしてしまった。
おそらくこの決闘を見ていなかった人間にこれを口頭で説明しても理解出来ないだろう。何せ自分でも何が起こったか理解出来ないのだから。
「それにしても彼の使っていたマジックアイテムは一体なんだったんでしょう?見た所『錬金』の応用にも見られましたが、最後に使ったのは『火』系統でしたし…」
ロングビルは平民の使い魔が使ったあのマジックアイテムを考察した。
鎧の装着は『土』系統の『錬金』で説明がつく。しかし最後に使った技はどう見ても『火』系統のもの。
一つのアイテムで複数の系統を使い分ける事はまず不可能だし、だとしたらあの平民は複数のマジックアイテムを所持していると言う事になる。
「…どう思われますか?オスマン学院長」
ロングビルは同じくすぐ隣で観戦していたオールド・オスマンに意見を尋ねた。
が、一向にオスマンからの返事は無い。
「…学院長?」
怪訝に思ったロングビルはオスマンの方を見た。
オスマンは自慢の口髭を撫でながら、何やら真剣な面持ちで考え事をしていた。ロングビルも滅多に見た事が無い、真面目モードの学院長である。
「…似ている」
オスマンが呟いた。
「何がですか?」
と、そこでオスマンは隣にロングビルがいた事を思い出したかの様に目を見開いた。
「ん?あ、お、おぉ、ところで昼食はまだかのぉ…」
「都合が悪くなるとボケた振りするのやめてください」
冷静な声でロングビルが言う。オスマンは今日何度目かの溜息を付いて、さてどうした物かと白髭を撫でながら思案した。
するとそんな折、突然部屋の外からドタドタドタと何とも落ち着きのない足音が響き渡った。
二人は次の展開を予測して、学院長室唯一の出入り口に目をやる。
「オールド・オスマン!オールド・オスマンはおられるか!」
二人の予想通り、扉は乱暴に開かれ、そこからつるピカ禿丸、もとい、コルベールが勢い良く部屋の中に入って来た。
「なんじゃい。慌ただしいのぉ」
部屋に入って来たコルベールはオスマンの存在を確かめると、そちらに近付いてくる。
「おぉ、オールド・オスマン!一大事!一大事ですぞ!」
「一大事?決闘騒ぎなら当に終息しておるぞ?」
「決闘騒ぎ?一体何の事ですか?」
コルベールは首を傾げた。どうやらここに来た理由はその事ではないらしい。
「…なら何じゃい?用件を言いなさい」
「えぇ、実は昨日の使い魔召喚の儀式で、契約の際に珍しいルーンが刻まれた使い魔がおりましたので、そのルーンについて調べていたのです」
そう言ってコルベールはルーンのスケッチ画をオスマンに手渡した。
横から見たロングビルは確かに見た事もないルーンだと思っただけだが、オスマンはそれを見た瞬間表情が変わった。
「———ミス・ロングビル。すまぬが少し席を外してもらえぬかね?」
「…?わかりました」
ロングビルは少し訝しんだが、表情が先程と同じ真面目モードの学院長だったため言われた通り退室していった。
ロングビルの退室を確認し、オスマンが口を開いた。
「…さて、詳しく説明してもらおうか。もしや、その本が関係しておるのかね?」
オスマンはコルベールがずっと小脇に抱えていた本に目を向ける。
するとコルベールはその本をオスマンの前に出した。
「えぇ、その通りです」
本のタイトルは『始祖ブリミルと使い魔達の伝説』。
図書館の中でも教職員しか閲覧の許されていない書物の一冊で、確か持ち出しも禁止されていた筈。
まったく司書泣かせの男だとオスマンは司書に同情した。
「…して、よもやそのルーンが伝説の使い魔と同じものだった…等と言い出すのではないだろうな?」
コルベールの出す結論を予測してそう言ったつもりだったオスマンだが、コルベールは表情を曇らせた。
「…で、あった方が、むしろどれだけ良かった事か…」
「…詳しく頼む」
オスマンは眉を顰め、コルベールにその先を促した。
コルベールは『始祖ブリミルと使い魔達の伝説』の最終ページを開き、オスマンの前に差し出した。
それを見たオスマンの頬を汗がついと流れた。ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込み、先程手渡されたルーンのスケッチと、差し出されたページに描かれたルーンを見比べた。
「……まさか……」
オスマンの手がかたかたと震える。
「…はい、『始祖ブリミルと使い魔達の伝説』最終節、…『始祖ブリミルの警告』」
そこにはかつて始祖ブリミルが残したとされる警告文が記載されていた。
「『世界に滅びが訪れし時、"世界の破壊者"は降臨し、世界を滅亡へと誘うであろう』…」
コルベールは最終説に記載されている一文を音読した。
「警告…いや、まるで予言のような言い回しじゃな…して、このルーンを刻まれた使い魔とは?」
オスマンは一体誰が如何様な化け物を喚び出したのかを尋ねた。
それに対してコルベールは神妙な面持ちで応えを口にした。
「はい、ミス・ヴァリエールと契約した平民の青年です」
瞬間、オスマンは頭を抱えた。またあの男か、と。
「お、オールド・オスマン?」
わけが判らずコルベールが尋ねる。オスマンは仕方無くさっきまで行われていた決闘の事をコルベールに話した。
「ギ、ギーシュ・ド・グラモンとあの男が決闘を!!?」
コルベールは大声を出して仰け反った。
「そ、それで、ギーシュの容態は!!?」
「安心せえ、かすり傷一つないわ」
それを聞いてコルベールはほっと胸を撫で下ろした。
そして真剣な面持ちになってオスマンに向き直る。
「オールド・オスマン学院長!この事は即刻王宮に報告すべきです!」
「…報告して、どうするのかね?」
「彼はもしかしたら世界を滅ぼすかもしれない存在です!今の内に何か手を打っておかなければ!」
「落ち着きたまえコルベール。こんな埃を被った大昔の本の記述一つだけで、人一人の退治を王宮に依頼しろと?そんなのは笑い話にされるのがオチじゃ」
「し、しかし…」
どうやらコルベールは完全に頭に血が上ってしまっているようだ。そんなんだから禿げるのだぞとオスマンは思いつつ、宥めるように言葉を紡いだ。
「先程の決闘だが、さっきも言った通りギーシュの方に怪我は無かった。もし彼が君の言う通り世界を滅ぼす者ならば何故ギーシュは無事だったんじゃ?」
「そ、それは…」
「そもそも世界を滅ぼしかねない恐ろしい男が召喚されたと言うなら当にこの学院は消滅してるわい」
「…」
コルベールは口を噤んだ。握り拳で唇を押さえ、オスマンの言葉を咀嚼する。
どうやら煮だっていた頭はすっかり冷えた様子だ。
「…確かに、学院長の言う通りですね。昨日彼とも少々会話できる機会がありましたが、そのような様子は特にありませんでした」
「ほぅ、直接彼と話をしたのか」
「えぇ、彼と言うよりは彼が住んでいるあの館の主人とですけれど。いやぁあの館は素晴らしい!見た事も無い技術ばかりでしたよ!詳しくは聞きませんでしたが、きっと東方の『ロバ・アル・カリイエ』の技術なのでしょうなぁ!」
「…だからお主はもうちっと落ち着くと言う事を判らんかね」
興奮気味に熱弁するコルベールをオスマンは咎める。
コルベールは「お恥ずかしい」と苦笑して禿頭をカリカリと掻いた。
やれやれと肩を竦め、オスマンは改めて書物に描かれたルーンを眺めた。
「…ともあれこの話は口外せぬ様に。下手にロマリアなどに知られて宗教騎士団に踏み込まれでもしたらたまったもんじゃないからな」
「わかりました。私の方でも彼がおかしな素振りを見せないか注意しております」
「うむ、そうしてくれ。…ところで」
オスマンが話を切り替える。
「君が昨日訪れたと言う館の話、少しばかり聞かせてもらえぬか?出来れば君が見たと言う未知の技術に関して詳しく」
それを聞いたコルベールの目が、頭の輝きに負けない光を放った。
「わ、判りました!!それではそうですね、どれから話しましょうか…」
そして興奮気味に昨日見たあれやこれやの技術を語り始めるコルベール。
しかしその中にオスマンが目の当たりにした『変身』に関する話が無い事を知るのは、天に双月が輝く夜更けの時間になった頃だったと言う。
『遠見の鏡』で決闘の様子を見ていたロングビルは、決闘が終了した事を確認して息をついた。
「…まさかこんな展開になるとは思いもよりませんでしたね」
途中で噂のルイズの使い魔の平民が割り込んで、しかも見た事も無いマジックアイテムで姿を変えたと思ったら、あっという間にギーシュを負かしてしまった。
おそらくこの決闘を見ていなかった人間にこれを口頭で説明しても理解出来ないだろう。何せ自分でも何が起こったか理解出来ないのだから。
「それにしても彼の使っていたマジックアイテムは一体なんだったんでしょう?見た所『錬金』の応用にも見られましたが、最後に使ったのは『火』系統でしたし…」
ロングビルは平民の使い魔が使ったあのマジックアイテムを考察した。
鎧の装着は『土』系統の『錬金』で説明がつく。しかし最後に使った技はどう見ても『火』系統のもの。
一つのアイテムで複数の系統を使い分ける事はまず不可能だし、だとしたらあの平民は複数のマジックアイテムを所持していると言う事になる。
「…どう思われますか?オスマン学院長」
ロングビルは同じくすぐ隣で観戦していたオールド・オスマンに意見を尋ねた。
が、一向にオスマンからの返事は無い。
「…学院長?」
怪訝に思ったロングビルはオスマンの方を見た。
オスマンは自慢の口髭を撫でながら、何やら真剣な面持ちで考え事をしていた。ロングビルも滅多に見た事が無い、真面目モードの学院長である。
「…似ている」
オスマンが呟いた。
「何がですか?」
と、そこでオスマンは隣にロングビルがいた事を思い出したかの様に目を見開いた。
「ん?あ、お、おぉ、ところで昼食はまだかのぉ…」
「都合が悪くなるとボケた振りするのやめてください」
冷静な声でロングビルが言う。オスマンは今日何度目かの溜息を付いて、さてどうした物かと白髭を撫でながら思案した。
するとそんな折、突然部屋の外からドタドタドタと何とも落ち着きのない足音が響き渡った。
二人は次の展開を予測して、学院長室唯一の出入り口に目をやる。
「オールド・オスマン!オールド・オスマンはおられるか!」
二人の予想通り、扉は乱暴に開かれ、そこからつるピカ禿丸、もとい、コルベールが勢い良く部屋の中に入って来た。
「なんじゃい。慌ただしいのぉ」
部屋に入って来たコルベールはオスマンの存在を確かめると、そちらに近付いてくる。
「おぉ、オールド・オスマン!一大事!一大事ですぞ!」
「一大事?決闘騒ぎなら当に終息しておるぞ?」
「決闘騒ぎ?一体何の事ですか?」
コルベールは首を傾げた。どうやらここに来た理由はその事ではないらしい。
「…なら何じゃい?用件を言いなさい」
「えぇ、実は昨日の使い魔召喚の儀式で、契約の際に珍しいルーンが刻まれた使い魔がおりましたので、そのルーンについて調べていたのです」
そう言ってコルベールはルーンのスケッチ画をオスマンに手渡した。
横から見たロングビルは確かに見た事もないルーンだと思っただけだが、オスマンはそれを見た瞬間表情が変わった。
「———ミス・ロングビル。すまぬが少し席を外してもらえぬかね?」
「…?わかりました」
ロングビルは少し訝しんだが、表情が先程と同じ真面目モードの学院長だったため言われた通り退室していった。
ロングビルの退室を確認し、オスマンが口を開いた。
「…さて、詳しく説明してもらおうか。もしや、その本が関係しておるのかね?」
オスマンはコルベールがずっと小脇に抱えていた本に目を向ける。
するとコルベールはその本をオスマンの前に出した。
「えぇ、その通りです」
本のタイトルは『始祖ブリミルと使い魔達の伝説』。
図書館の中でも教職員しか閲覧の許されていない書物の一冊で、確か持ち出しも禁止されていた筈。
まったく司書泣かせの男だとオスマンは司書に同情した。
「…して、よもやそのルーンが伝説の使い魔と同じものだった…等と言い出すのではないだろうな?」
コルベールの出す結論を予測してそう言ったつもりだったオスマンだが、コルベールは表情を曇らせた。
「…で、あった方が、むしろどれだけ良かった事か…」
「…詳しく頼む」
オスマンは眉を顰め、コルベールにその先を促した。
コルベールは『始祖ブリミルと使い魔達の伝説』の最終ページを開き、オスマンの前に差し出した。
それを見たオスマンの頬を汗がついと流れた。ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込み、先程手渡されたルーンのスケッチと、差し出されたページに描かれたルーンを見比べた。
「……まさか……」
オスマンの手がかたかたと震える。
「…はい、『始祖ブリミルと使い魔達の伝説』最終節、…『始祖ブリミルの警告』」
そこにはかつて始祖ブリミルが残したとされる警告文が記載されていた。
「『世界に滅びが訪れし時、"世界の破壊者"は降臨し、世界を滅亡へと誘うであろう』…」
コルベールは最終説に記載されている一文を音読した。
「警告…いや、まるで予言のような言い回しじゃな…して、このルーンを刻まれた使い魔とは?」
オスマンは一体誰が如何様な化け物を喚び出したのかを尋ねた。
それに対してコルベールは神妙な面持ちで応えを口にした。
「はい、ミス・ヴァリエールと契約した平民の青年です」
瞬間、オスマンは頭を抱えた。またあの男か、と。
「お、オールド・オスマン?」
わけが判らずコルベールが尋ねる。オスマンは仕方無くさっきまで行われていた決闘の事をコルベールに話した。
「ギ、ギーシュ・ド・グラモンとあの男が決闘を!!?」
コルベールは大声を出して仰け反った。
「そ、それで、ギーシュの容態は!!?」
「安心せえ、かすり傷一つないわ」
それを聞いてコルベールはほっと胸を撫で下ろした。
そして真剣な面持ちになってオスマンに向き直る。
「オールド・オスマン学院長!この事は即刻王宮に報告すべきです!」
「…報告して、どうするのかね?」
「彼はもしかしたら世界を滅ぼすかもしれない存在です!今の内に何か手を打っておかなければ!」
「落ち着きたまえコルベール。こんな埃を被った大昔の本の記述一つだけで、人一人の退治を王宮に依頼しろと?そんなのは笑い話にされるのがオチじゃ」
「し、しかし…」
どうやらコルベールは完全に頭に血が上ってしまっているようだ。そんなんだから禿げるのだぞとオスマンは思いつつ、宥めるように言葉を紡いだ。
「先程の決闘だが、さっきも言った通りギーシュの方に怪我は無かった。もし彼が君の言う通り世界を滅ぼす者ならば何故ギーシュは無事だったんじゃ?」
「そ、それは…」
「そもそも世界を滅ぼしかねない恐ろしい男が召喚されたと言うなら当にこの学院は消滅してるわい」
「…」
コルベールは口を噤んだ。握り拳で唇を押さえ、オスマンの言葉を咀嚼する。
どうやら煮だっていた頭はすっかり冷えた様子だ。
「…確かに、学院長の言う通りですね。昨日彼とも少々会話できる機会がありましたが、そのような様子は特にありませんでした」
「ほぅ、直接彼と話をしたのか」
「えぇ、彼と言うよりは彼が住んでいるあの館の主人とですけれど。いやぁあの館は素晴らしい!見た事も無い技術ばかりでしたよ!詳しくは聞きませんでしたが、きっと東方の『ロバ・アル・カリイエ』の技術なのでしょうなぁ!」
「…だからお主はもうちっと落ち着くと言う事を判らんかね」
興奮気味に熱弁するコルベールをオスマンは咎める。
コルベールは「お恥ずかしい」と苦笑して禿頭をカリカリと掻いた。
やれやれと肩を竦め、オスマンは改めて書物に描かれたルーンを眺めた。
「…ともあれこの話は口外せぬ様に。下手にロマリアなどに知られて宗教騎士団に踏み込まれでもしたらたまったもんじゃないからな」
「わかりました。私の方でも彼がおかしな素振りを見せないか注意しております」
「うむ、そうしてくれ。…ところで」
オスマンが話を切り替える。
「君が昨日訪れたと言う館の話、少しばかり聞かせてもらえぬか?出来れば君が見たと言う未知の技術に関して詳しく」
それを聞いたコルベールの目が、頭の輝きに負けない光を放った。
「わ、判りました!!それではそうですね、どれから話しましょうか…」
そして興奮気味に昨日見たあれやこれやの技術を語り始めるコルベール。
しかしその中にオスマンが目の当たりにした『変身』に関する話が無い事を知るのは、天に双月が輝く夜更けの時間になった頃だったと言う。
魔法学院の保健室。
そのベッドの上でルイズは上体を起こし、診察のために外していたブラウスのボタンをつけ直していた。
「それじゃあ、お大事に」
そう言って保健の教師が保健室を後にし、入れ替わりに外で待っていた士が中に入ってくる。
「気分はどうだ?」
「もうだいぶ痛みも引いたわ。幸い何処にも異常は無いって。…暫くはなるべく安静にって言われたけど」
「そうか」
と、士はベッドの横に置かれた椅子に座った。
「…」
「…」
二人は無言だった。
士は特に自分の方から話す事はなく、逆にルイズは話したい事がたくさんあったが、どう切り出していいか言葉を選び兼ねていた。
「……その」
意を決してルイズは口を開いた。
「…どうして、私の代わりに決闘なんてしてくれたの?」
ルイズがまず聞いたのはその事だ。
士は決闘の場に現れた理由を『答えを聞きにきた』と言ったが、わざわざ決闘の真っ最中にそんな事聞きにくるだろうか?
ルイズの答え次第としても、初めから決闘に乱入する事を前提としてやって来たと考えた方が色々と納得できる。
「使い魔は主人を守る、そう言ったのはお前じゃなかったか?」
「…何よ、白々しい」
あの時点で士はルイズを見限っていたので、その答えは不当だ。
…そう、士はルイズの事を見限った筈なのだ。
「…アンタ、私の使い魔だって事認めてなかったでしょ?…て言うか、私の事…見限ってたし…」
「…」
士は少し考える素振りを見せると、首から下げたカメラを手に取り、ルイズの横顔に向けてシャッターを切った。
「…教室やら食堂やら、決闘やら、色々な所で色々なお前を見て、お前の事はだいたいわかったからな」
「…食堂、アンタもいたんだ」
士はそこは答えずに、更に続けた。
「どうやらお前は他の連中よりはだいぶマシだって、そう思っただけだ」
「……魔法も使えないのに?」
「魔法が使えないから、なのかもな」
「…よく判んない」
貴族なのに魔法が使えない、ルイズはそこには何の価値も見出せない。
「魔法が使えないから、お前は誰よりも貴族であろうとしている。違うか?」
「……違わない…と、思う」
流石にその部分を断言するのは憚られた。
「食堂でシエスタを助けようと出て行ったのは流石に驚いた。…見直したぞ」
ルイズは素直に照れた。こう、士に真っ向から誉められるとは思ってもいなかったので、なんだか不思議な気分だ。
「…ルイズ」
士がルイズの名を呼んだ。ルイズは士の方を向く。
「お前、力が欲しいか」
士は改めて聞いた。午前中、教室でしたのと同じ質問だ。
「…手に入るなら、欲しいわ」
ルイズは正直に答えた。
使えないと判ってから今まで、ずっと求め続けた魔法の力。未だにその力をどう使いたいか決められずにいるが、その力を欲する気持ちは今も変わらない。
「なら、俺がお前の力になってやる」
「え…?」
ルイズは目を見開いた。
「お前が魔法を使えるようになるまで、俺がお前の力になってやる。…不服か?」
「いや、不服ってわけじゃ…」
むしろ十分すぎる。さっきの決闘で目の当たりにした士の力、『仮面ライダー』の力。ギーシュを圧倒したあの力は、おそらくその辺のメイジなんかよりずっと強い。
だがルイズが抵抗を感じているのはその部分ではない。
「…私で、良いの?」
魔法も使えない、落ちこぼれの劣等生で、『ゼロ』で、一度は見限った私なんかで良いのか、と言う所をだ。
「お前はこの俺を使い魔にしたんだ。そしてこの俺が自らお前に力を貸してやるって言っている。お前はもっと自信を持て」
士のその口調があまりに自信満々だったので、ルイズは思わず吹き出してしまった。
「…前から思ってたけど、アンタってばちょっと自意識過剰すぎない?」
「本当の事なんだから、仕方無いだろう」
それがまたきっぱり言い切っているので、ルイズは更に笑った。
するとそんな折、不意に保健室の外ががやがやと騒がしくなった。
ルイズと士は、何事かと扉の方を向くと、いきなりその扉が勢い良く開かれ、燃えるような赤い髪を激しく揺らしたキュルケが中に入ってきた。
「見つけたわ!ダーリン!」
「だ、ダーリン!?」
キュルケは士の姿を認めると、電光石火の素早さでその腕に絡み付いた。
「わ、悪い士!その子が無理矢理に…ってぇ!!」
「な、何やってるんですか士くん!!?」
続いてユウスケと夏海も入って来、キュルケに抱きつかれた士を見て仰天する。
「よく見ろ夏みかん。抱きついてるのはこっちからだ」
「な、な、な、何なのよキュルケ!!?アンタはぁっ!?」
突然の出来事にルイズは憤慨し、腹が痛むのも構わずに声を荒げた。
「あらルイズ、調子はいかが?」
「何よそのつい今しがたまで私の存在忘れてました的な言い回しは」
「その様子なら大丈夫そうね」
と、キュルケはルイズへの興味を早々に失った。
「おい、ダーリンってなんだ?っていうかお前誰だ?」
士はどうにかキュルケを引き離そうと腕を引っ張るが、キュルケはしっかりとしがみついて離れようとはしない。スッポンかお前は。
「あたしはキュルケ。『微熱』キュルケよ!さっきの決闘を見て、私痺れたの!いえ、痺れたなんてもんじゃないわ、まるで全身を雷に打たれたような衝撃が走ったわ!私、あなたに恋してしまったのよ!」
「恋ぃぃ…?」
その場にいたキュルケ以外の全員が唸った。
「あなたのあの戦いっぷり!素敵だったわぁ!仮面の下に素顔を隠し、まるで疾風を身に纏ったようなしなやか動き!そして極めつけはあの炎!!
あの炎を見た時、私運命を感じたの!あなたに!えぇ、そう!運命よ!!あなたこそこの私の運命の人なんだわ!!」
よくもまぁここまでスラスラと熱っぽい台詞が言えるもんだとルイズは半分呆れながら半分感心していた。
で、それを言われた肝心の士はと言うと。
「…フ、俺の偉大さを理解するとは、お前もなかなか見所があるじゃないか」
「ツカサァーーーっ!!?!?」
「士くんっ!!!!!」
持ち上げられて完全に調子に乗っていた。
「えぇ、あたし、あなたの素敵で美しくて雄々しく猛々しい所、もっと見てみたいわぁ♪」
「あぁ、いつでも見せてやる。…もっとも、俺は普段から美しく!雄々しく!猛々しいがな!」
「キャーッ!ダーリンってば素敵っ!!」
知らなかった。まさか士がここまで煽てに弱いなんて…。
「士くんっ!!」
調子に乗り続ける士にいよいよしびれを切らした夏海がその首元の『笑いのツボ』を押す。
「あっははははははは!」
即座に笑い転げる士。夏海の『笑いのツボ』を初めて目にしたキュルケが困惑した。
「士くん!ルイズちゃんの前で不潔ですっ!」
「…でも、ちょっと羨ましいなぁ…」
ユウスケの呟きを聞き逃さなかった夏海が親指をおっ立てて睨みつけた。ユウスケは空かさず首元を押さえて視線を逸らす。
ベッドの上のルイズは、何かもう苦笑いするしかなかった。
「ルイズ!いるか!?…ってなんだこれは!?」
するとそこへ今度はギーシュが部屋に入って来、その部屋の中の惨状を目の当たりにして思わず絶句した。
「ギーシュ。アンタ、何の用よ?」
「いや、用って程じゃあ…ただ、君に謝ろうと思って…」
「あの、ミス・ヴァリエールはいらっしゃいますか………えぇ!?」
更にそこへ黒髪のメイドこと、シエスタも現れ、そしてギーシュと目が合う。今日の保健室は千客万来である。
「き、君はさっきのメイドの…」
「ミ、ミスタ・グラモン…」
シエスタの顔が青くなる。
「丁度良いわギーシュ、アンタ今ここでその子に謝りなさい」
「ええぇ!!?」
「何?その子をあんなに脅かしといて謝らないつもり?決闘で負けたくせに」
「い、いや、勿論彼女にも謝るつもりだ!で、でもそんないきなりこんな所でなんて、僕にも心の準備が…!」
「わ、私もそんな、貴族の方に謝ってもらうなんて、そんな恐れ多い…それに私の方がミス・ヴァリエールに謝りに来たと言うのに…」
「ったく、何二人して尻込んでんのよ……ってキュルケ!!アンタ何やってんのよ!!」
ふとルイズが視線を落とすと、笑い転げていた士の顔に自分の顔を近づけていた。
「何って、あたしの熱い愛のヴェーゼでダーリンを笑いの呪いから解放してあげようとしてるのよ」
「何どさくさに紛れて要らん事してるのよ!!」
「そうです!士くんから離れてください!!」
「う"…思ったよりもライバル多いのね……」
「士…羨ましいなぁ……」
そのベッドの上でルイズは上体を起こし、診察のために外していたブラウスのボタンをつけ直していた。
「それじゃあ、お大事に」
そう言って保健の教師が保健室を後にし、入れ替わりに外で待っていた士が中に入ってくる。
「気分はどうだ?」
「もうだいぶ痛みも引いたわ。幸い何処にも異常は無いって。…暫くはなるべく安静にって言われたけど」
「そうか」
と、士はベッドの横に置かれた椅子に座った。
「…」
「…」
二人は無言だった。
士は特に自分の方から話す事はなく、逆にルイズは話したい事がたくさんあったが、どう切り出していいか言葉を選び兼ねていた。
「……その」
意を決してルイズは口を開いた。
「…どうして、私の代わりに決闘なんてしてくれたの?」
ルイズがまず聞いたのはその事だ。
士は決闘の場に現れた理由を『答えを聞きにきた』と言ったが、わざわざ決闘の真っ最中にそんな事聞きにくるだろうか?
ルイズの答え次第としても、初めから決闘に乱入する事を前提としてやって来たと考えた方が色々と納得できる。
「使い魔は主人を守る、そう言ったのはお前じゃなかったか?」
「…何よ、白々しい」
あの時点で士はルイズを見限っていたので、その答えは不当だ。
…そう、士はルイズの事を見限った筈なのだ。
「…アンタ、私の使い魔だって事認めてなかったでしょ?…て言うか、私の事…見限ってたし…」
「…」
士は少し考える素振りを見せると、首から下げたカメラを手に取り、ルイズの横顔に向けてシャッターを切った。
「…教室やら食堂やら、決闘やら、色々な所で色々なお前を見て、お前の事はだいたいわかったからな」
「…食堂、アンタもいたんだ」
士はそこは答えずに、更に続けた。
「どうやらお前は他の連中よりはだいぶマシだって、そう思っただけだ」
「……魔法も使えないのに?」
「魔法が使えないから、なのかもな」
「…よく判んない」
貴族なのに魔法が使えない、ルイズはそこには何の価値も見出せない。
「魔法が使えないから、お前は誰よりも貴族であろうとしている。違うか?」
「……違わない…と、思う」
流石にその部分を断言するのは憚られた。
「食堂でシエスタを助けようと出て行ったのは流石に驚いた。…見直したぞ」
ルイズは素直に照れた。こう、士に真っ向から誉められるとは思ってもいなかったので、なんだか不思議な気分だ。
「…ルイズ」
士がルイズの名を呼んだ。ルイズは士の方を向く。
「お前、力が欲しいか」
士は改めて聞いた。午前中、教室でしたのと同じ質問だ。
「…手に入るなら、欲しいわ」
ルイズは正直に答えた。
使えないと判ってから今まで、ずっと求め続けた魔法の力。未だにその力をどう使いたいか決められずにいるが、その力を欲する気持ちは今も変わらない。
「なら、俺がお前の力になってやる」
「え…?」
ルイズは目を見開いた。
「お前が魔法を使えるようになるまで、俺がお前の力になってやる。…不服か?」
「いや、不服ってわけじゃ…」
むしろ十分すぎる。さっきの決闘で目の当たりにした士の力、『仮面ライダー』の力。ギーシュを圧倒したあの力は、おそらくその辺のメイジなんかよりずっと強い。
だがルイズが抵抗を感じているのはその部分ではない。
「…私で、良いの?」
魔法も使えない、落ちこぼれの劣等生で、『ゼロ』で、一度は見限った私なんかで良いのか、と言う所をだ。
「お前はこの俺を使い魔にしたんだ。そしてこの俺が自らお前に力を貸してやるって言っている。お前はもっと自信を持て」
士のその口調があまりに自信満々だったので、ルイズは思わず吹き出してしまった。
「…前から思ってたけど、アンタってばちょっと自意識過剰すぎない?」
「本当の事なんだから、仕方無いだろう」
それがまたきっぱり言い切っているので、ルイズは更に笑った。
するとそんな折、不意に保健室の外ががやがやと騒がしくなった。
ルイズと士は、何事かと扉の方を向くと、いきなりその扉が勢い良く開かれ、燃えるような赤い髪を激しく揺らしたキュルケが中に入ってきた。
「見つけたわ!ダーリン!」
「だ、ダーリン!?」
キュルケは士の姿を認めると、電光石火の素早さでその腕に絡み付いた。
「わ、悪い士!その子が無理矢理に…ってぇ!!」
「な、何やってるんですか士くん!!?」
続いてユウスケと夏海も入って来、キュルケに抱きつかれた士を見て仰天する。
「よく見ろ夏みかん。抱きついてるのはこっちからだ」
「な、な、な、何なのよキュルケ!!?アンタはぁっ!?」
突然の出来事にルイズは憤慨し、腹が痛むのも構わずに声を荒げた。
「あらルイズ、調子はいかが?」
「何よそのつい今しがたまで私の存在忘れてました的な言い回しは」
「その様子なら大丈夫そうね」
と、キュルケはルイズへの興味を早々に失った。
「おい、ダーリンってなんだ?っていうかお前誰だ?」
士はどうにかキュルケを引き離そうと腕を引っ張るが、キュルケはしっかりとしがみついて離れようとはしない。スッポンかお前は。
「あたしはキュルケ。『微熱』キュルケよ!さっきの決闘を見て、私痺れたの!いえ、痺れたなんてもんじゃないわ、まるで全身を雷に打たれたような衝撃が走ったわ!私、あなたに恋してしまったのよ!」
「恋ぃぃ…?」
その場にいたキュルケ以外の全員が唸った。
「あなたのあの戦いっぷり!素敵だったわぁ!仮面の下に素顔を隠し、まるで疾風を身に纏ったようなしなやか動き!そして極めつけはあの炎!!
あの炎を見た時、私運命を感じたの!あなたに!えぇ、そう!運命よ!!あなたこそこの私の運命の人なんだわ!!」
よくもまぁここまでスラスラと熱っぽい台詞が言えるもんだとルイズは半分呆れながら半分感心していた。
で、それを言われた肝心の士はと言うと。
「…フ、俺の偉大さを理解するとは、お前もなかなか見所があるじゃないか」
「ツカサァーーーっ!!?!?」
「士くんっ!!!!!」
持ち上げられて完全に調子に乗っていた。
「えぇ、あたし、あなたの素敵で美しくて雄々しく猛々しい所、もっと見てみたいわぁ♪」
「あぁ、いつでも見せてやる。…もっとも、俺は普段から美しく!雄々しく!猛々しいがな!」
「キャーッ!ダーリンってば素敵っ!!」
知らなかった。まさか士がここまで煽てに弱いなんて…。
「士くんっ!!」
調子に乗り続ける士にいよいよしびれを切らした夏海がその首元の『笑いのツボ』を押す。
「あっははははははは!」
即座に笑い転げる士。夏海の『笑いのツボ』を初めて目にしたキュルケが困惑した。
「士くん!ルイズちゃんの前で不潔ですっ!」
「…でも、ちょっと羨ましいなぁ…」
ユウスケの呟きを聞き逃さなかった夏海が親指をおっ立てて睨みつけた。ユウスケは空かさず首元を押さえて視線を逸らす。
ベッドの上のルイズは、何かもう苦笑いするしかなかった。
「ルイズ!いるか!?…ってなんだこれは!?」
するとそこへ今度はギーシュが部屋に入って来、その部屋の中の惨状を目の当たりにして思わず絶句した。
「ギーシュ。アンタ、何の用よ?」
「いや、用って程じゃあ…ただ、君に謝ろうと思って…」
「あの、ミス・ヴァリエールはいらっしゃいますか………えぇ!?」
更にそこへ黒髪のメイドこと、シエスタも現れ、そしてギーシュと目が合う。今日の保健室は千客万来である。
「き、君はさっきのメイドの…」
「ミ、ミスタ・グラモン…」
シエスタの顔が青くなる。
「丁度良いわギーシュ、アンタ今ここでその子に謝りなさい」
「ええぇ!!?」
「何?その子をあんなに脅かしといて謝らないつもり?決闘で負けたくせに」
「い、いや、勿論彼女にも謝るつもりだ!で、でもそんないきなりこんな所でなんて、僕にも心の準備が…!」
「わ、私もそんな、貴族の方に謝ってもらうなんて、そんな恐れ多い…それに私の方がミス・ヴァリエールに謝りに来たと言うのに…」
「ったく、何二人して尻込んでんのよ……ってキュルケ!!アンタ何やってんのよ!!」
ふとルイズが視線を落とすと、笑い転げていた士の顔に自分の顔を近づけていた。
「何って、あたしの熱い愛のヴェーゼでダーリンを笑いの呪いから解放してあげようとしてるのよ」
「何どさくさに紛れて要らん事してるのよ!!」
「そうです!士くんから離れてください!!」
「う"…思ったよりもライバル多いのね……」
「士…羨ましいなぁ……」
わいのわいのと保健室とは思えぬ程騒がしい部屋の外で、タバサは静かに佇んでいた。
タバサもまたルイズの使い魔に用があったのだが、この状況ではとても彼に接触出来そうにない、と仕方無く今日の所は諦めた。
(…あの力の事はまた後日聞く事にしよう)
踵を返してそこから去る際、ルイズが寝ていたベッドの隣でミセス・シュヴルーズがうんうんとうなされていたのが目に入ったが、タバサは特に反応を示さずその場から去って行った。
タバサもまたルイズの使い魔に用があったのだが、この状況ではとても彼に接触出来そうにない、と仕方無く今日の所は諦めた。
(…あの力の事はまた後日聞く事にしよう)
踵を返してそこから去る際、ルイズが寝ていたベッドの隣でミセス・シュヴルーズがうんうんとうなされていたのが目に入ったが、タバサは特に反応を示さずその場から去って行った。
結局シュヴルーズは翌日も回復する事無く、その日受け持つ筈の授業を休む羽目になったと言う。