あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロと世界の破壊者-03

第3話「朝日は昇って」


 気がつくと、ルイズは風が吹き荒ぶ荒野のど真ん中にいた。
(…あれ?私、こんな所で何してるだろ…?)
 ルイズは思い返す。
 写真館で士達と別れた後、食堂で夕食に無事ありつける事が出来て、お風呂に入って、授業の予習復習もして、それでベッドにぶっ倒れた筈だ。
 今日は相当疲れが溜まっていたからすぐに眠りに落ちたと思われる。
(…あぁ、じゃあこれは夢だ。私、夢の中にいるんだ…)
 ルイズは今自分が夢の中にいる事を理解した。
 それにしても殺風景な夢である。殺伐とした荒野に、ルイズはただ一人佇んでいる。
 折角夢の中にいるんだから、こう言う機会にしか会えない人と会えれば良いのに。例えば大好きなちいねえさまとか、憧れのワルド様とか、幼なじみのアンリエッタ姫殿下とか…。
 などと考えていると、突如異変は突然起こった。

 ルイズの周囲で爆発が巻き起こった。

「きゃあっ!!」
 思わずその場でしゃがみ込むルイズ。
(な、何!?一体何が起こったの!?もしかしてゲルマニアの侵略!?それともガリア!!?)
 その様に考えを巡らせている間も、ルイズの周囲では次々と爆発が起こり続けた。
 それに続き、爆発音とは違う轟音と共に、ルイズの前に、見た事も無い鉄の馬の様なモノに跨がった、全身甲冑で覆われた戦士達が現れた。
 それも一人や二人ではない。鉄馬に跨がっていない戦士も含めるとそれこそ数えきれない程、大地を覆い尽くさんばかりの戦士達が身、一様に『何か』に戦いを挑んでいるかのようだった。
 巨大な鉄馬が振り上げた前脚から火を吹く。
 爆煙の中から現れた赤いドラゴンと黒いドラゴンが、鉄馬に跨がった戦士達が、爆発の間をくぐり抜け、『何か』へと突貫してゆく。
(何よ!?一体なんなのよ!?何が起こっているって言うの!!?)
 必死に状況を理解しようとするが、全く理解出来ない。それどころか声の一つすら上げられない。
 鉄馬がルイズのすぐ前を走り抜けてゆく。
 空の異変を感じて見上げてみると、そこにもまた空を覆い尽くさん程の戦士達が空を駆けていた。
 ある者は空を駆ける鉄馬に跨がり、ある者は自分の背の翼を使い、彼らもまた『何か』を目指している。
 城を背負った巨大なドラゴンが『何か』の攻撃を受けて不時着する。
 そのドラゴンが切り崩した山の向こうから、巨大なゴーレムが戦士を乗せて現れた。
 更にその向こうからも、更に多くの戦士達が『何か』を目指してルイズの目の前を駆けてゆく。
 しかし、戦士達は次々と起こる爆発に巻き込まれ、一人、また一人と傷つき倒れてゆく。
 新たに現れた空を駆ける白いドラゴンと黒いドラゴンも、渾身の攻撃も虚しく『何か』の攻撃で撃墜されてしまう。
 『何か』の攻撃は更に激しさを増し、戦士達は次々と倒されてゆく。
 爆発は四方八方で起こり、爆発の度に戦士達の断末魔の叫びが無作為に響き渡る。
 その惨状を前にして、ルイズは思考する事も叫ぼうとする事も叶わず、ただその惨劇の推移をその中心で傍観する事しか出来なかった。
 鉄馬が、ゴーレムが、戦士達が、次々と倒されてゆき———、そしていつしかルイズの周りには、戦士達の屍だけが積み上がっていた。
 そして仕上げとばかりに、巨大な爆発が巻き起こる。
「きゃあっ!!」
 ルイズは悲鳴を上げ、耳を覆った。
 すると今の爆発の反動でか、目前の赤いドラゴンの屍がゆっくり、大地に伏した。
 そしてその向こうから『何か』が現れた。
 逆光が差し、正確な姿は確認出来ないが、黒い甲冑、緑色の大きな眼、その姿は一見周囲に倒れた戦士達と似た格好だった。
 また逆光の中にあっても、その腹に据えられたベルトのバックルの形だけは、ルイズははっきりと見る事が出来た。
 そしてその『何か』の姿を目にした時、ルイズは何故か、その名をごく自然に口にした。

「…ディケイド」

 ———

「…………っ!!!」
 ルイズは目を覚ました。ぱっちりと瞼が開き、窓から入ってくる日の光がまず目に入る。
 それからゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡す。
 見慣れた部屋。紛れも無く、昨晩ルイズが突っ伏した自分の部屋のベッドの上である。
「…何だったのかしら、今の夢…」
 ベッドの上に座り込みながら、さっきまでいた夢の世界を振り返る。
 …全く何がなんだか判らない。
 見た事も無い場所、見た事も無い光景、無い無いづくしで全く不可解な夢だった。何故こんな夢を見たのかも、ルイズには見当もつかなかった。
「…相当疲れてたのかしらね」
 ルイズは昨日の出来事を思い出す。
 まさか昨日のアレも夢じゃないでしょうね?とも考えたが、むしろそれはそれで喜ばしいと思った。
 寝ぼけ眼を擦ろうと手で頬に触れた時、ルイズははたと気がついた。
 自分が泣いていた事に。
 瞳から溢れた涙が、ルイズの頬を濡らしていたのだ。
「ちょちょ…なんで私ったら泣いてるのよ」
 さっきの夢に泣ける要素なんてあったのか?と疑問に思う。まぁ確かに昨日の出来事はある意味泣きたくなったけど。
 涙を拭う為に両目をぐじぐじと拭っていると、コンコン、と扉がノックされた。と思ったら、ガチャリと鍵が開く音がし、静かに部屋の扉が開かれた。
「…ルイズちゃん、起きていますか?」
 扉の向こうから現れたのは昨日ルイズが召喚してしまった館の住人、夏海だった。
 突然扉の鍵が解錠され扉が開いた事に驚いていたルイズだったが、そこから夏海が顔を出した事で昨日の事を思い出した。そう言えば、昨日士に合鍵を渡したんだっけ。
 …だったらなんで夏海が来るのだろう?
 その夏海はと言うと、ルイズの姿を確認するといきなりその場で硬直してしまった。
 ルイズが一体何が起こったのか首を傾げてると、夏海のその後ろからもう一つの頭が部屋の中を覗き込んだ。
「どうしたの夏海ちゃん?ルイズちゃんもう起きてた?」
 その頭はユウスケのものだった。
 と、夏海は咄嗟にユウスケの頭を遮り、そのまま部屋の外へ追い出そうとする。
「っちょ!な、夏海ちゃん!?一体何!!?」
「駄目です!ユウスケは外に出ててください!良いから早く!!」
 結局夏海はそのままユウスケを外へと押し出し、扉を閉めると内側から鍵を掛けた。
 その部屋の主であるルイズはと言うと、何が起こったのか理解するため寝ぼけていた脳をフル回転させていた。
 すると夏海がルイズに向き直り、つかつかつかとベッドの傍まで歩み寄って来た。その時の夏海の表情にいやに迫力があって、ルイズは思わずベッドの上で後ずさってしまった。
「ルイズちゃん、もしかしていつもその格好で寝てるのですか!?」
 夏海がベッドの前で立ち止まり、さあいざ何を言われるのだと身構えていると、意外にも服装について咎められただけだった。
 ルイズは自分の格好を見る。何て事は無い、いつものネグリジェだ。
 するとルイズは、あぁ、と夏海の奇行の理由を理解出来た。つまり夏海はルイズのあられもない寝間着姿をユウスケに見せない様にしていたのだった。
「もしかして士くんが来てもその格好のままだったのですか?」
「そうよ?」
 士は男とは言えルイズの使い魔だ。ルイズの中では他の使い魔と同様、獣同然の扱いなのだ。
 夏海は頭を抱えてはぁと溜息をついた。
「…判りました、毎朝起こしにくる役目は私がやります。…それと、洗濯も…」
 そう言って夏海は足下に散乱した小さな布切れを拾い上げる。それは昨日ルイズが寝る前に脱ぎ散らかしたパンティだった。他にもブラウスやキャミソールなど、男性の目に毒なものが無造作に脱ぎ散らかされていた。
「…そう?ま、私はやってくれるんなら誰でも良いんだけど」
 正直な所、一刻も早く使い魔としての自覚を持ってもらうためにも士にやってもらいたいと考えていたが、夏海のこの様子だと断固としてやらせないつもりだろう。夏海の中では士は使い魔である前に一人の男なのだ。
「それじゃ、私着替えるから」
「はい」
「…」
 一瞬の沈黙がルイズの部屋を訪れる。
 夏海は着替えると言うなら早く着替えれば良いのに、とベッドから降りてそのまま立ってるだけのルイズを見て思ったのだが、ルイズが求めているのはそうではなかった。
「着替えさせて」
「…着替えも手伝うんですか?」
「そうよ、着替えはそことそことあそこに入っているから」
 夏海はルイズに指差されたクローゼットに向かい、その中から新しい下着やブラウスを取り出す。
 そう言えばテレビのドラマだか映画だかで偉い貴族が召使い達に服を着付けてもらってたシーンを見た事があった事を思い出した。それと、これは断固として朝は士には任せられないとも思い直した。

 着替えが終わり、ルイズは今日の授業の準備を、夏海は足下に散乱したルイズの下着やらを拾い集めていた。この後、洗濯してもらうのだ。
 他にも部屋の掃除もしてもらいたいのだが、それだけでも士にやってもらおうと、ルイズと夏海は合意した。
「そう言えばそのツカサだけど、何でツカサじゃなくてナツミが来たの?」
 付け加えれば外にいるユウスケも、であるが、士が来た様子は無い。予想はしていたが来ないとなるとやはり腹が立つ。
 夏海は洗濯物を胸に抱えたままルイズに向き直ると「聞いてください!」と今朝起こった事を話し始めた。
 曰く、士がルイズを起こしに行くと昨日の内に聞いていた夏海は士を起こそうとしたのだが、士は既にいなくなっていた。
 ちゃんと自分の役割をきちんとこなしてるんだなぁとちょっとだけ感心するのも束の間、その枕元にはルイズの部屋の鍵が置いてあった。
 仕方無く丁度起き出したユウスケを伴ってルイズの部屋までやって来たが、案の定、士の姿は無かった、と言う事らしい。
「…あんのバカ使い魔…!役に立たないにも程があるわ…!」
 話を聞いたルイズは憤慨した。役に立たないどころか任務を放棄するなど、使い魔としてあるまじき行為である。
 そして士に対して憤慨していた人はここにもう一人。
「本っ当に許せません。士くん、罰としてご飯抜きです!」
 他ならぬ夏海である。
 ルイズは士に対してどんな罰を加えてやろうか思案していたが、その内容を夏海から提示され「いいわね、それ」と互いににやりと笑い合った。
 何となく、この人とは良い付き合いが出来そうだ、とルイズは思った。


 ルイズと夏海が部屋を出ると、そこで繰り広げられてた光景に二人は眼をまん丸くした。
「……あ、夏海ちゃん、ルイズちゃん…」
 さっき夏海に追い出されたユウスケが、二人の顔を見て硬直した。
 その傍らには、赤い髪の女がユウスケの腕にその豊満な胸を押し当てていたのだ。
 それこそルイズの宿敵、ツェルプストーことキュルケであった。
「あら、おはようルイズ」
 キュルケはルイズに気が付くとそちらを向いてさらりと朝の挨拶をした。
 が、ルイズはそれどころではなかった。
「こ、ここここの色ボケツェルプストー!アアアンタ朝っぱらからこんな所でナニ…いや、何やってんのよ!!?」
 顔を真っ赤にして捲し立てる様に尋ねるルイズだったが、それとは対照的にキュルケはしれっと回答する。
「何って、あたしはただ部屋の外にいた彼に朝の挨拶をしてただけよ。彼ったらなかなか反応が可愛いんだもん、ちょっとからかっちゃった」
 そう言ってキュルケはユウスケの顎を艶めかしく撫でる。刹那、ユウスケの背筋がびくりと震える。
 ユウスケはキュルケの腕を強引に解きほぐすと、逃げる様にルイズの背後に駆け込んだ。
 夏海がユウスケを睨みつけたが、ユウスケは顔をそらして無視する。
 キュルケは残念そうに下唇を人差し指で押さえた。そしてルイズの背後にいる二人を見た。二人とも昨日ルイズが喚び出した家から出て来た住人と思しき人物だったが、そこにルイズが契約した長身の男がいない事に気が付いた。
「あら?ルイズ、あなたの使い魔は何処行ったの?」
 ルイズの頬がひくついた。どうする?本当の事を言えば、キュルケにバカにされる事は必死だ。
 直ぐさま虚勢を張る事に決めた。
「あ、あいつなら別の仕事を頼んでいるの。今はここにはいないわ」
「ふぅん、てっきりルイズの世話が嫌でサボッてるのかと思ったわ」
 見事本当の事を言い当てられてルイズの心に矢がぐさりと突き刺さる。
 キュルケ・フォン・ツェルプストー、彼女の女の勘は人一倍に鋭いのだ。
「それにしても平民を使い魔にするなんてねぇ〜。流石に家ごと喚び出した事には驚いたけど、諸々考えると実にあなたらしいわよね、ゼロのルイズ?」
 ルイズは眉をひそめた。
「ど、どういう意味よ?」
「言った通り。規模が大きかったってだけで、結局は失敗魔法だったって事よ。判った?ゼロのルイズ?」
 2回目。ルイズは頬を赤く染めてキュルケからぷいと目を逸らす。
「う、うるさい!」
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で成功したけどね」
「あっそう」
「どうせ使い魔にするならこういうのが良いわよねぇ、フレイム」
 キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。むんとした熱気があたりを満たす。
「モンスター!?」
 ユウスケが夏海を庇う様に前へ出る。思ったより男らしい所もあるんだ、とルイズとキュルケは揃ってユウスケを見直した。
「警戒しなくて大丈夫。この子は私の使い魔フレイム。見ての通りサラマンダーよ…って、もしかしてあなた達、この火トカゲを見るのは初めて?」
 昨日光写真館が召喚された現場にキュルケもフレイムと一緒に居合わせていたのだが、ユウスケ達には群衆の中の一人としか捉えていなかった。なのでこうして間近でサラマンダーを見るのは初めてである。
 ———似た様なモンスターとは何度も遭遇していたけれど。
「どう?見てよこの尻尾!ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ?ブランドものよぉ。好事家に見せたら値段なんか付かないわよ?」
「そりゃよかったわね」
 苦々しい声でルイズが言った。
「素敵でしょう。あたしの『微熱』の二つ名にぴったりよ」
 ほっほっほ、とキュルケは大きな胸を揺らしながら高笑いを上げると満足したのか「じゃあね、お先に失礼」と炎の様な赤髪をかきあげ颯爽とその場から去って行った。
 その後ろからちょこちょこと大柄な体格に似合わない可愛らしい動きでフレイムが追って行った。
「…く、くやしー!何なのよあの女!何であのバカ女がサラマンダーで私があの唐変木なのよっ!!」
 取り残されたルイズはその場で盛大に地団駄を踏んだ。
 まぁまぁと、夏海とユウスケに宥められるが、ルイズの怒りは収まらない。
 それどころかその怒りは憎たらしいキュルケから、今この場にいない自分の使い魔へも飛び火した。
「わ、私がこんな辱めを受けてるって言うのに…こんな時にあいつは何処で何してるのよ…あのバカツカサぁーーーーーっ!!!」
 ルイズの大声が女子寮に響き渡った。
 未だに寝ぼけ眼だった多くの女生徒達が、この朝ルイズの叫び声で完全に目を覚ます事になったと言う。


「えっほ、えっほ」
 学院に給仕として勤めている黒髪の少女、シエスタ。彼女は今、大きな籠を持って洗濯場を目指して小走りしていた。
 彼女の持つ籠の中には昨日の内に集めておいた学院中の貴族様の洗濯物が入っている。
 落とさない様に慎重に、それでいて可能な限り早く洗濯場に辿り着き、洗濯を終わらせなければ。シエスタには洗濯以外にも仕事は山ほどあるのだ。
 そんな折、シエスタはふと足を止めた。中庭に見慣れない服を着た見慣れない男性が立っていたのだ。
 男性は芝の上に佇んで、何やら首から下げた箱の中を覗き込んでいた。
 一瞬不審者かと思い衛士か職員の人を呼びに行こうと考えたが、昨夜仕事仲間がしていた話を思い出した。
 なんでも昨日使い魔召喚の儀式で、ミス・ヴァリエールが平民の一家を家ごと喚び出したと言うのだ。喚び出された家は今も儀式が行われた中庭にそのままにされ、そこの平民達も住み続けていると言う。
 シエスタも今朝仕事の合間に目にする機会があったが、本当に昨日まで何も無かった庭に立派な家が一軒建っていたので、心底驚かされた。
 その時に、男の人と女の人がその家から出て行く所も目にしていた。二人とも自分と同じ珍しい黒髪だったので、特に印象的だった。
 とすると、彼もその家の住人である可能性がある。
 儀式の直後に行われた教職員会議で、ミスタ・コルベールがその家に関する全責任を持つと宣言したため、その家は事実上ミスタ・コルベールの私物と言って過言ではない状態となったと聞く。
 つまりもしその住人を不審者と誤報すれば、ミスタ・コルベールを不審者と誤報するも同じなのだ。
 とは言え不審者の可能性もあるその男性をそのまま見過ごすワケにもいかない。最近は『土くれのフーケ』なる盗賊が世間を騒がしているとも聞くし。
 シエスタは意を決して、その怪しい男性に話しかけた。
「…あの、何をしてらっしゃるんですか?」
 シエスタがおそるおそる話しかけると、それに気付いた男性———士は、カメラから目を離してシエスタの方を向いた。
「写真を撮ってたんだ。この世界は昨日来たばかりだからな」
「は、はぁ」
 シャシン、と聞き慣れない単語を耳にして、シエスタは生返事を返すしか出来なかった。
 そこで士もこの世界に写真と言うものが存在していない事を思い出した。が、まぁ良いかとその問題は放置する。それと記念にと、首から下げたカメラでシエスタを撮る。
 シエスタは今何をされたのか判らず、士の行動に首を傾げていた。
 士はカメラから目を離すと、シエスタが抱えていた籠に目が行った。
「それにしても…随分な荷物だな。重くないのか?」
 シエスタが抱えていた籠はかなり大きく、しかもそこには洗濯物が山の様に積まれていた。とてもじゃないが目の前の少女が持ち上げられる様なものには見えなかったが、現実に少女は苦もなく持ち上げていた。
「えぇ、これでも幼い頃から鍛えてるんです」
 と、シエスタは余裕と言わんばかりに微笑んで見せた。
「アンタも魔法使いなのか?」
「いえ、私は平民です。貴族の方々のお世話をする為に、ここでご奉公させていただいてるんです」
 じゃあそれは単純な腕力か、と士は心の中で苦笑した。
 と、シエスタは世間話をしてる場合じゃない事を思い出した。今はこの目の前にいる見知らぬ男性の身元を確かめなければ。
「…あの、もしかしてミス・ヴァリエールが召喚したお家の方…ですか?」
「ん?あぁ、ルイズの事か。よく判ったな」
「えぇ、召喚の魔法で平民をお家ごと召喚したって、学院中で有名になってますから」
 それと苦笑いを浮かべて「お家を一度見てみようとする人が貴族・平民を問わずかなり居そうですよ」と付け加えた。
 これには士も苦笑いを浮かべる他無かった。
「…あ!そう言えばまだ名前も名乗ってませんでしたね。私はシエスタと申します」
「俺は門矢士だ。士で良い」
「ツカサさんですね、宜しくお願いします」
 随分と珍しい名前だとシエスタは思いながら、笑顔で返す。
 そして士が不審者でないと判り、軽い安堵感を覚え小さく一息吐き出す。
「どうした?」
「いえ、最初ツカサさんを見た時不審者かもって思ったんです。『土くれのフーケ』だったらどうしようって」
「土くれのフーケ?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「ご存じないんですか?今巷を騒がすメイジの盗賊で、何でも貴族様の宝を次々と盗んでるって、平民の間でも噂になってるんです」
「盗賊…泥棒か…」
 泥棒と言う単語から、士の脳裏にあの気に食わない男の顔が浮かんだ。

『士、ナマコは食べられる様になったかい?』

 いつものお決まりの台詞と笑顔が頭に浮かび、士の顔が一気に不機嫌になる。
 それを見たシエスタは思わず肩を震わせた。
「あっ、あの、どうしたんですか…!?」
「いや、ちょっと嫌なヤツの事を思い出してな…」
 改めて考え直せばあいつが魔法使いだなんて聞いた事が無い。『土くれのフーケ』とあいつは別人だろうと士の中で結論付く。
 シエスタは士の様子を前にオロオロしながらも、そろそろ洗濯に向かわないとその後の仕事に支障を来すと思い、そろそろお暇する事にした。
「じゃ、じゃあツカサさん、私はそろそろ…」
「あぁっ!士くん!!」
 シエスタがその場を去ろうと思った時、突然別の方角から女性の声が響いた。
 シエスタと士がそちらの方を振り向くと、そこにはシエスタがさっき件の家から出てくるのを見た黒髪の男女———夏海とユウスケがこっちに向かって歩いて来ていた。
 ズンズン、と言う効果音が似合いそうな足取りで、夏海は士に向かって一直線で歩いて行った。
「よお夏みかん、どうしたんだ?こんな所で———」
 そして間髪言わせず士の首元に親指を突き立てる。秘伝・笑いのツボ押しだ。
「あはははは!な、夏海、お前、いきなり…あはははは!」
 即座に大笑いを始める士。
 シエスタは退場するタイミングを見失い、ただ目の前で起こっている惨状に戸惑うだけだった。
「どうしたって言うのはこちらの台詞です!こんな所で何をやってるんですか!?」
 なんとか笑い地獄から脱出した士は、首元を押さえながら夏海の問いに応える。
「…ったく、写真撮ってたんだよ。この世界には昨日来たばかりだからな」
「写真って…ルイズちゃん放って何やってるんですか!?」
「お前らが行ったんだから、別に良いだろう」
「そう言う問題じゃありません!士くんはルイズちゃんの使い魔になったんですよ!?」
「だからって、あいつの下僕になるつもりは無い」
 それを聞いて、夏海は顔を真っ赤にさせて頬をぷくぅと膨らませた。
 ユウスケは頭を抱え、完全に部外者と成り果てたシエスタは端であわあわしていた。
「士くん、罰として今日はご飯抜きです」
「はぁ!!?」
「お爺ちゃんにもそう言っておきますから」
 そう言って夏海は踵を返して写真館の方に向かって歩き出した。
「ちょっ…!な、夏海…?」
「ご飯が欲しかったらルイズちゃんに謝って食べさせてもらってください」
 そうして夏海はそのまま振り返らず歩き去って行った。
 すると今度はユウスケが士に肩をポンと叩く。
「残念だが、お前が悪い」
 とだけ言って、夏海の後に続く。
「そうそう、ルイズちゃんは朝食を取りに食堂行ってるって」
 そうとだけ言い残し、ユウスケも写真館の方向に消えて行った。
 その場に残されたのは、呆然と佇む士とシエスタのみだった。
「シエスタ」
「はい!?」
 いきなり名を呼ばれて思わず声が裏返る。
「食堂って何処だ?」
 どうやら素直にルイズのもとに向かうらしい。
 士はシエスタに本塔にある食堂の位置を教えてもらうと、すぐに本塔に足を向けた。
「…あのっ!」
 すぐに本塔に向かおうとする士を、シエスタが呼び止めた。
 士が怪訝そうな顔で振り向くと、シエスタは少し迷った様な素振りを見せたが、すぐに真剣な顔つきになって士に向き直った。


 士がアルヴィーズの食堂まで辿り着くと、その入り口にはルイズが仁王立ちで待ち構えていた。
「ごきげんよう、ツカサ。今頃参上だなんて良いご身分ねぇ…」
 ルイズは怒鳴り散らしたい衝動を精一杯抑えてあくまで優雅に、笑顔を作って士を迎えた。だが無理をして笑顔を作っているため、口元がかなり引きつっている。
「…おう」
 しかし返って来たのは意外にも気のない返事だった。ルイズは眉をひそめた。
「そうそう、朝食だけど『アルヴィーズの食堂』は貴族しか食事出来ない決まりなんだけど、私の特別な計らいで私と一緒なら食事しても良い事になったわよ。でも私はもうとっくに朝食済ませちゃったのよね。だから残念だけどアンタは朝食抜きよ!」
 本当はこの台詞を良いたいがために少し早めに食事を切り上げたのだ。いつもより少し早いペースで食料を流し込んだため、今の台詞を言いながら少し戻しそうになったが、威厳を損なうためなるべくそんな素振りは見せない様にする。
「…ま、朝食一つ抜いたくらいで死にゃしないだろ」
 だが返ってきた返答はあっさりしたものだった。
「…だったら昼食と夕食も抜いてやりましょうか」
 まったく反省の色を見せない士に更なるお仕置きメニューを課す。
 流石に士も「そりゃ勘弁だ」とお手上げのポーズを取る。
 だがまったく気持ちの乗ってない態度にルイズは更に苛立ちを増した。
「…そんな事よりも、アンタ、今朝の事で私に何か言わなきゃならない事があるんじゃないの!?」
 少し声を荒げてそう言ったルイズ。
「今朝の事?…あぁ、お前の間抜けな寝顔を撮れなかった事は残念だったな」
 ぷちっ。ルイズの中で何かが切れた。
「アンタねぇ…使い魔の分際で主人の言う事聞かないってどう言う了見してんのよ!?ふざけんじゃないわよ!!」
 溜め込んでいたものを一気に吐き出すが如く怒鳴り散らす。周囲の道行く生徒達の視線がルイズ達に突き刺さるが構いやしない。今はこのどうしようもない使い魔に最低限の礼儀を教え込む事が最重要課題である。
 やれやれと士は溜息を付いて肩を竦めた。
「わかったよ、謝れば良いんだろ、謝れば」
 仕方無く士は頭を下げた。
「ダメよ!謝るんなら土下座なさい!頭を地面に着けて心から許しを請いなさい!」
「お前こそふざけんな」
 ルイズと士の視線が交わりバチバチと火花を散らす。
 周囲の生徒達が野次馬と化している。それには流石にルイズも気になりだす。
「…良いわ。仕方無いから今回は許したげる。ただし今日は一日食事抜き!それに今度使い魔の仕事サボったらもっとキツいお仕置きだからね、覚悟しなさいよ!」
 「フンッ!」と、士は腕組みをしてそっぽを向いた。
「とりあえず今日の授業は使い魔同伴だから、これから私に着いてくること!あと午後は授業に出なくていいから部屋の掃除やっておいてよね!」
 それだけ言うとルイズは踵を返して教室へと廊下を歩き出した。
 士もルイズに続いて歩き出す。
 とりあえず自分の後ろについて来る事に一先ず安堵する。
 が、こいつを教室へ連れて行った後の事を思うと、それはそれで気が重くなってくるのであった。


 士は自分の少し前を行く桃色掛かったブロンドの髪の後を追いながら、それを忌々しげに眺めていた。
(まったく、何でシエスタはあんな事を言ったんだか…)
 そして、先刻のシエスタの言葉を思い出していた。
『…ミス・ヴァリエールの事、余り悪く言わないであげてください』
『…何でだ?』
 思わず聞き返した。
 士には、シエスタがルイズを擁護する理由に見当がつかなかった。
『…それは、確かにミス・ヴァリエールは気難しくてお厳しい方ですけれど、でも、とてもお優しい方なんですよ』
『…優しい?あいつが?』
 士は耳を疑った。
 あの生意気で高慢ちきなルイズから一番遠いと思われる単語だったからだ。
『えぇ。流石に、貴族と平民と言う区別はちゃんと付けるお方ですが、その上で平民にもとても良くしてくださって、かく言う私もこの学院で働き始めの頃、少しだけお世話になった事があるんですよ』
 そう言ってシエスタははにかんだ笑みを作って見せた。
『ほぉ…』
 士は少しばかり驚いた。まさか平民であるシエスタからこのような言葉が聞けるとは思っていなかったからだ。
 昨日、貴族と平民の関係はルイズから聞いていた。
 魔法が使える貴族に平民は従いそれを敬うべき、と言うのがこの世界での常識らしい。はっきり言って、士はこの話を聞いて胸くそが悪くなった。
 力在る者が力無き者を支配すると言うこの世界の構図は、これまで旅してきた世界で士が否定してきた事だからだ。
 ライダーとアンデッドが手を組んで人間を支配しようとした剣の世界、ファイズの世界のラッキークローバーの連中もオルフェノクによる人類の支配を目論み、
アギトの世界のアンノウンは愚かな人間が力を持つ事を許さず、カブトの世界のワームもまた人類の支配を目論んでいた。
 そして士は彼らの野望を悉く否定し、破壊していったのだが、どうやらこの世界ではその支配が当たり前になってしまっているようだった。
 …多少マシなのは、支配しているのがアンデッドやワームと言った化け物でなく『力を持った同じ人間』である事だろうか。
 だがそれ故に士はルイズを含むこの世界の貴族と言うモノに良い感情を持っていなかったのだが、そこにシエスタのあの言葉だ。
 相手が貴族だからとか、敬うべき相手だからとか、そう言う義務感から出た言葉ではないと言う事は、シエスタの表情を見れば明白だった。純粋に、ルイズに敬意を表しているからこそ出た言葉なのだ。
『それに、あの方は…』
 シエスタは更に言葉を続けようとしたが、その途中ではっとなって、少し悩んだ素振りを見せたが、
『…ここから先は、私の口からはちょっと…』
 と、結局そのまま口を噤んでしまった。

 あの時シエスタが何を言おうとしたのか判らない。聞いても『いずれ、わかると思います』とはぐらかされてしまうだけだった。
 だがそこに『ルイズと言う人間』を知る手掛かりがある事を士は直感的に理解していた。
 士は今までルイズを"貴族" "支配者"として見るばかりで、どうやら"人間"として見る事を無意識的に失念してしまっていたみたいだ。
(相変わらずこの世界でやるべき事ってのはよく判らん。どうやら暫くこいつの面倒を見なけりゃならないみたいだからな、こいつの事を知っておく必要はあるのかもしれないな)
 何せルイズとは会って1日も経っていない。その間に士が知ったルイズの事と言えば『我が侭で生意気な貴族で魔法使いのガキンチョ、でも実は優しい、…らしい』と言う程度だ。
 士は、首から下げた2眼カメラで前を歩くルイズを捉えた。ルイズはひたすら前を歩いている為、レンズ越しから覗けるのはルイズの後ろ姿だけだった。
(果たして、こいつの本当の顔はどんな顔してるんだかな)
 士はそのままルイズの背中に向けてシャッターを押した。
 カシャッと言うシャッター音と共にカメラの中のフイルムにその像が焼き付けられる。
 シャッター音に気付き、ルイズが士の方に振り向いた。
「何?」
 気怠そうな口調でルイズは尋ねる。
「良い絵だったからな、撮らせてもらった」
「後ろ姿が?」
「たまにはそんなのを撮ってみたくもなる」
「そんなもんなんだ」
 終始気怠げな口調で士と会話し、ルイズは再び前方に向き直って教室へと歩き出した。
 そして士も、そんなルイズの後に続いて歩き出した。
(こいつの本当の顔、撮ってみるのも悪くない)
 士は心の中でカメラマン魂を滾らせていた。


 ———もっとも、出来上がった写真の出来云々は別として。




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