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毒の爪の使い魔-39


「しかし…、あの姫にも参った物よ…」
地下通路を杖の先に灯した魔法の明かりで照らして歩きながら、リッシュモンは憎々しげに呟く。
この地下通路はリッシュモンが万が一を考えて造らせていた抜け道であり、
タニアリージュ・ロワイヤル座の舞台の落とし穴はここへつながっていたのだ。
地下通路は自分の屋敷にも繋がっている為、リッシュモンはそこへ向かっていた。
屋敷に戻った後は集めた金を持ってアルビオン――否、今は新国家レコン・キスタか…――へと亡命するつもりだ。
その後、現在のレコン・キスタの総司令に願い出て一個連隊を預けてもらってトリステインへ戻り、
アンリエッタを捕まえ、自分が今日味わった屈辱の何倍もの辱めを受けさせ、辱めながら殺してくれる。
そんな事を考えながらリッシュモンは歩を進めていく。

「何処へ行くつもりだ、リッシュモン?」

――背後から声が聞こえた。
リッシュモンは反射的に振り返る。
暗く湿った通路に立っていたのは銃士隊のアニエスだった。
「貴様か」
相手がアニエス――メイジではないと解り、リッシュモンはあからさまにバカにした表情を浮かべた。
それはメイジに良くある、平民の戦士を軽く見ている態度だ。
「平民上がりに捕まる私ではないわ、ハハハ」
「捕まえるつもりは無い…」
リッシュモンの笑い声を遮りながらアニエスは静かに言い、腰の銃を抜いた。
「貴様を殺す」
銃口を向けながら冷たく言い放つ。
その態度にリッシュモンは笑いを止める。
「何?」
「ダングルテール」
アニエスの言葉にリッシュモンは笑った。
「なるほど…、貴様はあの村の生き残りか」
「ロマリアの異端審問”新教徒狩り”。貴様は我が故郷が”新教徒”というだけで反乱をでっちあげた。
そのお陰で…何の咎無く我が故郷は滅んだ…」
言いながらアニエスは唇を噛み締める。血が滲んだ。
「…その見返りとして、貴様はロマリアの宗教庁からいくらもらった?」
「悪いが賄賂の額など一々覚えておらんわ。第一それを聞いてどうする? 気が晴れるのか?」
「殺してやる…、懐の中の物は冥土の土産にするがいい」
拳銃を握る手に力が籠もる。
リッシュモンも笑いながら杖を構える。
「フン、貴様の命など一捻りだ。そうだ…教えてやろう。
貴様の知りたがっているダングルテール事件の記録は、魔法学院の地下に在る」
「な!?」
リッシュモンの言葉にアニエスは一瞬動揺する。――それは致命的な隙だった。
「甘いわ!!」
リッシュモンが叫ぶや、杖から炎が飛び出す。
言葉の間にルーンを挟んでいたのだ。
動揺していたアニエスは迫り来る炎を避けきれない。
「うわあああぁぁぁぁぁ!!!?」
凄まじい炎に包み込まれ、アニエスは悲鳴を上げた。

――瞬間、アニエスの脳裏に幼い頃の記憶がフラッシュバックする。

炎に包まれた故郷<ダングルテール>

その故郷を見回しながら涙を流す幼い自分。

そして……

アニエスはゆっくりと目を開く。
目の前に炎の中に浮かび上がる人影が見えた。

その人影は黒いローブを身に纏い、首筋に火傷の跡が在った。

ハッとなり、アニエスは目を見開く。…その人影は姿を変えていた。
二メイル近い長身を紫のコートと帽子で包み、地面に付くほど長いマフラーをしている。
それはアンリエッタの護衛をしていた亜人だった。
「貴様は…?」
「ハァ…、ったく…つくづく俺は復讐とかに縁があるみてェだなァ?」
炎を防ぎながら、ジャンガはため息を吐く。
そして、振り向かずにアニエスにむかって言う。
「テメェみてェな奴は言っても無駄だろうからな…、協力してやる」
「何だと?」
「その代わり…」
肩越しにアニエスを見る。
「ケリはテメェで付けな」



燃え盛る炎を見つめながらリッシュモンは不敵に笑う。
「フン、たわいもない」
所詮は平民、自分の敵ではなかった。
さて、これで邪魔者はいない。あとは屋敷に戻って――

「何とかなると思ったかァ~?」

――背後からの囁くような声に背筋が凍り付くのを覚えた。
慌てて振り返る――よりも早く、自らの右腕が肩口から切断される。
ボトッと杖を握ったまま、腕が地面に落ちた。
「ぐあああぁぁぁぁ!!?」
「ギャーギャー喚くんじゃねェよ…、ガキじゃねェんだからよ?」
声のした方を振り返る。
紫色のコートを着込んだ亜人が立っていた。
「き、貴様…何者だ!?」
「オイオイ、余所見してていいのかよ? テメェの死神は目の前にいるゼ」
「何!?」
慌てて視線を前に戻す。
「うおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーッ!!!」
炎から絶叫と共にアニエスが飛び出す。
そのまま、リッシュモンの胸へと手にした剣を突き立てた。
「ば、ばかな……。メイジが…、貴族が…、へ、平民如きに……」
「剣や銃は玩具だと…前に言っていたな?」
言いながらアニエスは、柄も通れとばかりに深く突き立てた剣をゆっくりと回し、その胸を抉る。
「これは玩具などではないぞ。我等が貴様ら貴族にせめて一噛みと、磨いた牙だ。その牙で死ね…リッシュモン!」
「ぐおっ、ぐおおああああぁぁぁぁ…」
口から鮮血を溢れさせながらリッシュモンは、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。

「これで、テメェの復讐も終わりって訳だな?」
壁に背を預けながら事のしだいを見届けていたジャンガが声を掛ける。
アニエスは目を閉じ、既に事切れたリッシュモンに背を向け、歩き出す。
「まだだ…、まだ終わってはいない」
「これ以上誰を殺すんだ? まさか…ロマリアとか言う国に殴り込みを掛ける気か?
キキキ…そりゃ無謀って物だゼ? 命が幾つ有っても足りやしネェ…」
「違う」
「…なら、何をするんだよ?」
「…村を焼き滅ぼした者を全て撃ち滅ぼす」
アニエスは感情を押し殺す気も無いのか、恨みの籠もった声で呟いた。
「そのためにも、リッシュモンの言葉が真実であるかどうかを確かめる。
魔法学院の地下…そこに行けば真相が解るだろう」
「熱心だネェ~。そんなに復讐心剥き出しにしやがってよォ~?」
アニエスは答えない。ただ黙って歩を進めていく。
ジャンガは小さく息を吐く。

「…テメェの仇は俺が殺したゼ…」

アニエスの足が止まり、ゆっくりとジャンガを振り返る。
「どう言う意味だ…今の言葉?」
ジャンガは壁に寄り掛ったまま、爪で耳を穿っている。
「言った通りさ…、テメェの仇は俺が殺したんだよ。この爪で俺が殺した。
だから、この世にはもういねェ。いくら探しても見つからねェよ」
アニエスはジャンガへと詰め寄る。
「どう言う事だ…何で貴様にそんな事が解る、答えろ!?」
ジャンガはアニエスを見ずに答える。
「アカデミー実験小隊…、それがテメェの故郷を焼き尽くした連中の名前だ」
「やはりメイジの仕業か…」
アニエスは、ギリッと音がするほど強く唇を噛み締めた。
「…それを貴様が壊滅させたのか?」
「まさか…そんな俺と関係無い奴をわざわざ殺すメリットが何処に在るんだ?
くだらねェ事をするほど、俺は暇じゃねェんでな」
「ならば、今の言葉はどう言う意味だ?」
「ジャン・コルベール。魔法学院の一教師で二つ名は『炎蛇』。…故人だけどよ」
「…まさか」
ジャンガはニヤリと笑ってみせる。
「ああ…そうさ。そいつがアカデミー実験小隊の小隊長。で、お前の村を直接焼き払った張本人って訳だ…」
アニエスは言葉を失った。
「…わたしの仇が…既に死んでいる?」
「そう言う事だ……残念だったな? まァ…こっちも色々と事情があったし、
お前の事も知らなかったんだからよ、恨むなよ…キキキ。
ま、これでテメェの復讐とやらも終わりだな? なら、もう考えんなよ」
ジャンガは笑いながら壁から離れると歩き出す。
そして擦れ違いざまにアニエスの肩を叩いた。

「…こんな”下らない事”はな」

――次の瞬間、ジャンガは胸倉を捕まれ、凄まじい勢いで背中から壁に叩きつけられていた。



ジャンガは黙って自分を壁に叩き付けた相手=アニエスを見つめる。
アニエスは荒く息を吐きながらジャンガを燃えるような、怒りで満ちた目で睨み付けている。
「貴様…もう一度言ってみろ!?」
「何をだ?」
ジャンガはあっけらかんと答える。そのふざけた態度がアニエスの怒りを更に掻き立てる。
「わたしの復讐を”下らない事”などと言っただろ!!!」
「ああ言ったゼ。…それが如何した?」
アニエスは胸倉を掴み上げる手に更に力を込める。
「ふざけるな!! この為だけにわたしは生きてきたのだ! それを下らないだと!?」
「ああ…下らねェな。そんな事ばかり考えてたなんてよ…、つまらない人生送って来たんだな…テメェもよ?」
「……二十年前、わたしの故郷であるダングルテールが焼かれた。父も母も友人も…わたしを助けてくれたロマリア人も。
その時、既にわたしの人生は壊されたのだ。それからの二十年……全ては復讐の為だけにあった!」
「それまたご苦労さま~。二十年間も”そんな事”に人生費やして来たなんてよ…馬鹿馬鹿しくて笑っちまうゼ!」
アニエスは胸倉を掴んだ手を引き寄せ、ジャンガの顔を覗き込んだ。
「貴様などには解るまい…。何の咎も無く、理不尽に自分の幸せの全てが奪われる苦しみはな!」
「…解るゼ」
「何?」
その言葉にアニエスは呆気に取られる。
ジャンガは一切のふざけた感情を取り払った、真剣な表情でアニエスを見つめる。
「俺もな”こっち”に連れて来られる前に居た所で色々とあってよ…。
テメェのように幸せを奪われた。…いや、ある意味テメェよりも酷ェかもよ。
何しろ…生まれた時から親は俺を痛めつけるダメな奴等。周囲には友人が居ないだけでなく、俺を虐げる奴等ばかり。
唯一見つけた友人…と呼べるような奴も、どっかの金持ち野郎に家ごと焼かれた」
「……」
「だからな……解るゼ。解りたくても解っちまう…。大切な者を炎で焼かれたと言う所も、俺達は似ているからよ」
「…貴様は、復讐を考えなかったのか?」
「考えたさ」
即答され、アニエスは驚く。
そんな彼女の表情に、ジャンガは薄く笑いを浮かべる。
「当然だろうが? やられたらやり返すのは常識だゼ。俺を散々に痛めつけてくれたクソ親には礼をしてやったからよ」
「ならば…何故、わたしを止める!?」
「…お節介が居た。これ以上無い位のお人好しでよ…、俺に復讐の無意味さを唱えた。
俺はそれを納得が行かないまでも、受け入れた。いい奴なのは間違いなかったし、
俺もそいつが気に入っていたからよ。お陰で、俺は結局復讐はしなかった」
ジャンガの話にアニエスは眉を顰める。
「…だから、わたしを止めると言うのか?」
「まさか? そんな事だけで見ず知らずの他人を止めてやるほど、俺はお節介じゃねェし…第一メンドくせェ」
「ならば何故だ!?」
ジャンガは目を閉じ、ため息を吐く。
「『炎蛇』」
その名にアニエスは目を見開く。
「奴がよ、言ってたんだ」

――それはコルベールを殺したあの夜…、コルベールと会話していた時…

「裁く事が出来る人間? 誰だよ?」
「ダングルテールの…唯一の生き残り…」
「全部焼き払ったんじゃなかったのかよ?」
「ああ…村の全てに炎を掛けた時……わたしは疫病など…発生していない事を……知った…。
真実を知ったわたしは……必死になって…村の中を駆けた…。
一人でも…生き残っていたら…助けねばと思って…な…」
「フゥ…今更じゃねェか」
「そうだな…。でも……それでもわたしは…生き残りが居たのなら……一人でも助けたかった…」
「それで?」
「…一人、見つけた…。幼い少女だった…」
「それがテメェの言う生き残り?」
「ああ…。わたしは…その少女を連れて…村を後にした…」
「…そいつはどうしたんだ?」
「連れて行く……わけにも行かなかった…。故に…毛布で身を包み…浜辺に寝かせた…。
その後…どうなったかは解らない…」
「なら、くたばったかもしれないんじゃねェかよ?」
「…いや、後になって……ダングルテールの近くで…少女が…保護された事を…知った…。
だから……彼女は…まだ生きている…」
「そうかい」
「…わたしは…彼女によってのみ…死ぬ事が赦されるはずだった…。
…彼女に会えずに…死ぬのは…どうにも心残りだ…。
でも……できることなら…彼女には……わたしのような道は歩まず…平穏に暮らしてもらいたい…」

ジャンガの話を聞き終え、アニエスは言葉を失った。
「まァ…あいつも色々思う事はあったんだよな。少なくとも…平然とはしてなかったゼ。
テメェの全てを奪った責任に押しつぶされそうになりながら、それでも優しく微笑んで…。
罪が消えないと理解しながら、多くの人間に尽くす為の努力と研究を続けて…。
それでいて…テメェに自分の生死を委ねてもいた。
解るか? あいつは生きるも死ぬも他人任せだったんだよ。身勝手だよな…、逃げてるだけだよな…。
だけどよ…後悔して、苦しんでるのは事実だった」
「だから…赦せと? ふざけるな!!! 苦しんだから、後悔したから、償おうとしたから、だから赦せと!?」
「誰も赦せ何て言ってねェだろうが…?」
「なら、何が言いたい!?」
ジャンガは再びため息を吐いた。
「復讐だけを止めろって言ってるんだ」
「何?」
「殺したところで…全てが戻るわけも無いだろうが?」
「…それがどうした」
「…俺もあいつと同じようなもんだ。
友人を殺し、その息子に仇として追われ、殺されたいと願いながら…死ぬのが怖くて…。
な? …そっくりなんだよ、俺とあいつは…。だからな…、お前の気持ちも良く解る。
俺は復讐者で仇なんだからな…」
「……」
アニエスの手から力が抜ける。
ジャンガはコートの乱れを直す。
「テメェ…故郷は無くなった、と言ってたよな?」
「…そうだ。もうダングルテールは存在しない。…閉じた、わたしの瞼の裏以外には…」
「テメェが必要以上にカリカリしてるのもその所為だな…」
「わたしに心休まる場所は無い…」
「あの姫嬢ちゃんの所もか?」
アニエスは、ハッとした表情になる。
その表情の変化をジャンガは見逃さない。
「…認めろよ。テメェにはもう新しい心の休まる場所が見つかったんだろ?」
「……違う」
「否定するのは簡単だけどよ…、それだと失った後の後悔は…更に深まるゼ?」
「……」
「認めろよ、テメェに正直になれ。…テメェ自身を裏切ったら、お終いだゼ?」
アニエスは大きく息を吐いた。
そして、ジャンガに背を向けると頭上を仰いだ。
「……貴様の殺したわたしの仇はどんな男だった?」
「先に言ったとおりだ。…いつも必要以上に笑っていて、礼儀正しく、生徒に優しくて…。
それでいて…心の中は脆くて、いつも悩んで、苦しんで…。
なのに他人を気遣う事も忘れない。生徒の危機には身を挺して庇い、
自分を殺した俺の事も案じる位のお人好し…。
ほんと……バカだけど、良い奴だった…。少なくとも……人を殺せるような奴には見えなかったな」
ジャンガは大きく息を吐くとアニエスを見る。
アニエスは黙って立ち尽くしていた。
「…わたしはその男を決して赦さないだろう。既に死んでいようと、後悔していようと、この憎しみは消えぬ。
幾たび生まれ変わろうとも、その気持ちだけは変わらぬだろう。
だが…心のどこかでは、その男に会わずに済んで良かったとも思っている自分がいる。
その男に出会っていたなら、わたしは恐らく…自分を抑える事は出来なかった。
例えその男を敬愛する生徒が止めに入っても、わたしは躊躇する事無く、剣を振り下ろしていただろう」
「……」
「しかし…そうなれば、今度はわたしがその生徒達に恨まれるだろう。決して赦さなかったであろう。
復讐とは連鎖する物、永遠に伸び続ける…繋がり続ける鎖。何処かで止めなければ、永遠に終わらない。
だから……わたしはこの瞬間、その鎖を断ち切ろう」
「そうかい…」
「わたしはその男の考えが……本当は良く解る。…軍人とはそう言うものだと。
命令されれば身体が動いてしまう。その男も命令に従っただけの事、わたしと何ら変わりが無い。
…だから解るのだ。…解るが…認められなかった」
「だがよ…お前はそれを認めた。だから復讐を止めた…、立派だゼ」
アニエスの頬を涙が伝う。
「貴様は…生徒に恨まれなかったのか?」
「んなわきゃねェだろ? きっちりしっかり恨まれたさ…、これ以上無い位にな…」
「すまない…、本当ならばその恨みはわたしが背負うはずのものだったのに…」
「気にすんな、テメェの為にしたわけじゃねェしよ…。それに、何だかんだでもう打ち解けてるしな…」
「そうか…」
アニエスは目の涙を拭い、歩き出した。
「何処へ行く気だ?」
「戻るのだ、陛下の所に。リッシュモンの制裁は終わったと報告せねばならぬ」
「…ああ、そうだな。ま、上ももう片付いているだろうしな」
アニエスに続いてジャンガも歩き出した。

トリスタニアの地下に掘られた、この地下通路の一番近い出口はチクトンネ街の排水溝だった。
そこから姿を現したアニエスとジャンガを、道行く人々が不思議そうに見つめる。
「おーおー、注目の的だな?」
「行くぞ」
周囲の目を気にせずにアニエスは歩き出す。
「オイオイ、歩いていくのか? 時間掛かるゼ」
「だからこそ急ぐのだ、馬を探す時間も惜しい」
アニエスは足を止めずに言った。
そんな彼女を見ながらジャンガはニヤリと笑う。
素早く近寄り、彼女の身体を抱き上げる。
「な、何をする!?」
突然の事にアニエスはうろたえる。
ジャンガはニヤニヤ笑いながらそんな彼女を見下ろす。
「な~に…こっちの方が早いからよ」
言うが早いか、ジャンガは疾風の如く駆け出す。壁を蹴って屋根に上り、劇場の位置を確認する。
そのまま屋根から屋根へと飛び移り、一分と掛からずにタニアリージュ・ロワイヤル座の前に到着した。
「ほら、到着だ。普通に歩くより早ェだろ?」
「…あ、ああ…」
アニエスは呆気に取られながらも頷く。
と、銃士隊の面々がいるのが見えた。
「!? お、下ろせ!」
アニエスは部下に気が付き、慌ててジャンガの腕が逃れようともがく。
「と、とと…慌てるんじゃネェよ」
呟き、アニエスを下ろす。
両手でマントなどの乱れを整える。…その頬が微妙に赤みを帯びているのは気のせいだろうか?」
「照れてるのかよ? 可愛い所もあるじゃねェか…キキキキキ」
「う、うるさい!」
アニエスは笑うジャンガを一喝し、部下達の方へと歩を進める。
何やら慌しくしていた銃士隊の面々は隊長の姿を認め、敬礼をする。
「あ、隊長! お戻りに為られましたか!?」
「リッシュモンの制裁は済んだと陛下に報告したい。…陛下は何処に?」
アニエスの言葉に銃士隊の面々の表情が暗くなる。
その表情にアニエスは不吉な物を感じた。
「どうした…何があった!?」
「あ、ジャンガ!!?」
アニエスの声を遮って別の声が聞こえてきた。ルイズ達だ。
ルイズは身体の数箇所に包帯を巻いており、ジャンガは怪訝な表情を浮かべる。
「ンだ、お前? その怪我どうしたんだ?」
「……」
ルイズは黙って俯く。その両目には涙が溢れている。
ジャンガは後ろに居たタバサ達に視線を向ける。
「何があった? こいつの怪我はどうした? 姫嬢ちゃんは何処だ!?」
タバサは唇を噛み締めながら搾り出すような声で答えた。
「ごめんなさい…」
「何…?」
ルイズが涙に濡れた顔を上げた。

「姫様が……姫様が攫われたのよ!!!」



――同時刻:アルビオン・ハヴィランド宮殿――


暗い地下牢の扉が開かれ、一人の男が足を踏み入れた。
その義手になった左手で誰かの首を絞めている。――男はガーレン、首を絞められているのはアンリエッタだ。
「さて、ではここで大人しくしてもらおう」
腕を振り上げ、アンリエッタをガーレンは牢の奥へ投げ捨てた。
後手に縛られている為、受身も取れずに背中から硬い床に落ち、激痛が全身を駆け巡る。
「げほっ、ごほっ」
首を絞められていた苦しさと背中の激痛に、激しく咳き込むアンリエッタ。
呼吸を整え、それでも気丈にガーレンを鋭い眼差しで見つめる。
それをガーレンは鼻で笑った。
「フン、無能は無能らしく下らぬ復讐に手を染めてここに攻め込めばよかったのだ。
それを…無駄に正義感を発揮して、戦争はせぬなどと言いおって…。
お陰で大分予定とは変わってしまった。我輩が出る幕も無かっただろうに…」
「…あなたは、レコン・キスタの者ですか? それともガリアの?」
「さて…どちらでもない、と言おうか?」
「ふざけないでください」
「ククク、別にふざけてなどおらぬよ。…我輩は我輩だ。誰かの下に傅いて利を得ようなどとは考えぬ。
何者も及ばぬ頭脳、そして気高き理念と心の強さ。それらを持ち合わせた我輩は何者にも縛られぬ。
そう…我輩こそが絶対の支配者、我輩が傅くのではなく、全ての他者が我輩に傅くのだ」
アンリエッタは怪訝な表情を浮かべる。
「ならば…何故レコン・キスタに手を貸すような真似をするのです? 今の言葉と矛盾してませんか?」
「それは必要な事だからだ。貴様が愚かしくも身一つで危険に身を投じたのと同じようにな…」
痛い所を突かれ、アンリエッタは唇を噛む。
その様子にガーレンは笑う。
「滑稽だな…、国の事を案じて今回の件を急ぎ、その結果…国を更なる危険に貶める事となった。
ククク…いやはや、滑稽だ。有能な素振りを見せたと思えば、無能な所も見せてくれるとは。
実に器用だな、貴様は。我輩としても久しぶりに笑わせてもらった」
「……」
「まぁ案ずるな…。そもそもこのアルビオンへは必ず攻め込んでもらわねばならなかったのだ。
でなければ…”悪夢”の収集に支障が出たのでな」
「悪夢?」
「貴様には関係ない。…貴様はただトリステイン・ゲルマニア連合軍を呼び寄せる為の餌となっていればいいのだ。
その時、アルビオンは白の国ではなく…赤の国となるのだ。多くの痛苦の叫びに彩られてな…」
アンリエッタは恐怖した。目の前の男はわざわざアルビオンに軍隊を呼び寄せて戦争をしようというのだ。
そして、その結果…大地が血に染まるのを望んでいる。
「何故、何故そのような事を望むのです!?
このアルビオンにはレコン・キスタとは関わりの無い者も大勢居るのですよ!?
それを…争いに巻き込もうなど…」
「必要だからだ」
たった一言だった。
アンリエッタは両目を見開く。
「必要…?」
「そうだ」
「大勢の無辜の民を巻き込む事にどのような必要性が在るというのですか!?」
「それは貴様の知るところではない」
「ふざけないでください!」
アンリエッタは不自由な身ながら、ガーレンへと飛び掛る。
そのアンリエッタの首をガーレンは義手で掴んだ。
「あぐ!?」
「…ふざけた真似は止めていただこうか?」
そのままギリギリと首を締め上げる。
苦しさにアンリエッタは意識が遠のくのを感じた。
「貴様を此処に連れてきたという事実が出来た…、それで貴様自身は既に用済みなのだ。
代役ぐらい簡単に用意できる。貴様が生かされてるのは万が一を想定して、
そして我輩の慈悲による物だと言う事を良く考えるのだな」
アンリエッタが完全に意識を手放す寸前、ガーレンはその手を離した。
地面に崩れ落ち、アンリエッタは激しく咳き込んだ。
彼女が呼吸を整えた時には既にガーレンは牢の外だった。
「…あなたは…何が望みなのです?」
「望み?」
一瞬呆気に取られ、次いで笑った。
「グハハハハ! それはもう言ったはずだ! 我輩の望みはただ一つ…世界の支配者となる事、ただそれだけだ!」
一頻り笑い、ガーレンはアンリエッタを見据える。
「では、アンリエッタ殿…これで失礼する。ああ、そうだ。そこに一応の食事を用意している。
粗末な物だが、無いよりはいいだろう」
アンリエッタは壁際に目を向ける。そこにはパンが浮かんだ、スープの入っている古ぼけた皿が一つ在った。
「…これでは、食べれません」
アンリエッタが縛られた腕を見せる。
「口は動くだろう? そのまま食べればいいではないか」
「っ! …貴族の、王家の者への対応とは思えませんね」
「我輩にとってこの世界の者は等しく傅くべき者なのだ。そこには平民も貴族も王族も関係無い。
まぁ、無理に食べろとは言わない。そのまま餓死するのも貴様の自由だからな、ククク」
「……」
「では、今度こそ失礼するよ。我輩もまだやらねばならぬ事があるのでな」
そう言って、ガーレンはその場を去っていった。

ガーレンが居なくなり、見張りのやりムゥ達だけが数匹残った。
喋る者がいなくなり、アンリエッタは深いため息を吐いた。己の愚かさを嘆いたため息だ。
ジャンガの言ったとおりの事態になった…、自分は敵に囚われの身となってしまったのだ。
後悔しても遅い、もう起こった事は幾ら悔やもうが取り返しはつかないのだから…。
「それでも…このままで良い訳がありません」
自分の罪は自分で贖わなければならない。
アンリエッタは皿の方に歩み寄ると、身を屈めてスープに直接口を付けた。
スープを啜り、パンを口だけで噛み千切る。
彼女を知る者、貴族のプライドに拘る者が見れば正気を疑いそうな光景だ。
だが、アンリエッタはそんな屈辱的な姿勢でも食事を続けた。
自分はまだ死ねない…、死んではならないのだ。
こうなってしまった責任は全て自分に在るのだから、それを償うまでは死ねない。
その為にも今はどんな事をしてでも、どんな恥辱を味わおうとも生きなければならない。
それに…ルイズやジャンガが自分を助けに来てくれる、…そうアンリエッタは信じていた。
都合の良い考えではある。自分で引き起こした事態に例え友人であろうと巻き込んで言い訳が無い。
だが…あの子の事だ、周囲が止めても自分を助けに来ようとするはず。…そう言う子なのだ。

「だから…わたしは生きます。どんな事があろうと、絶対に死にません」

アンリエッタは固い決意を胸に秘め、食事を続けた。


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