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魔導書が使い魔-イザベラと暗殺者-01


豪華な装飾を施された廊下を足早に歩きながら、イザベラは忌々しげに吐き捨
てた。
「なんなのいったい」
その原因は父であるガリア王、ジョゼフに呼び出されたことである。
イザベラは父があまり好きではなかった。
世間一般の父親に感じる一時的な反抗期ではない。
そんな物を抱くほど密に会っているわけでもなく、むしろ会うこともまれで。
呼び出されるのは初めてではないだろうか。
父が好きではない理由――それは読めないからだ。
物心ついた時から、イザベラの記憶にある父は笑い顔である。
先王から叱咤を受けている時も、裏で無能と罵られようとも、自らが殺した弟
の葬儀の時も。
いつも、馬鹿みたいな笑い顔であった。
張り付いた道化のような笑み。
ブルリと背筋が震えた。
それは、憎き従姉妹の感情の読めない無表情と重なり、より一層不気味さと苛
立ちを募らせる。
(まあいい……あの人形娘をいたぶる方法はすでに考えてある。これが終わっ
たら早速実行に移ろうか)
そのことを思うと、口元が自然と釣りあがった。

従者も付けずに向かうイザベラは、一層精緻な装飾の施された扉へとたどり着
く。
荒々しくも扉を開け放った。
そこには複数の女中に囲まれ、王座に座すジョゼフがいる。
その膝元にネグリジェ1つでしなだれ掛かっている女は新たな愛人だろうか。
舌打ちをしたい気持ちを抑え表情を取り繕い、イザベラは言った。
「来ましたわお父様」
「…………」
だが、それにジョゼフは反応しない。
「……お父様? イザベラが来ましてよ?」
もしかして聞こえなかったのか。そう思い再び声をかける。
「……ああ、判っている」
だがイザベラの声に、ジョゼフは無気力な声で応えた。
「お、父様?」
どこか、おかしい。
なにかが違った。それがなにかわからずイザベラの警戒心を刺激する。
「近日、アルトーワ伯の園遊会へ行くらしいではないか」
突然の話題にイザベラは混乱しかけ、そして実行しようとしていることに思い
至り真っ青になった。
「え、いや……あのっ」
慌てふためくイザベラを前にして、ジョゼフは首を振る。
「別に咎めるわけではない」
それでは何なのか。
真意が見えず、なにがしたいのかわからない。
そこでジョゼフはゆっくりを顔を上げ、初めてイザベラを見る。
「なに、お前が考えている遊戯に俺も混ぜさせてもらおうかと思ってな」
そこには、今までに見たことが無いような狂った笑みがあった。
「――え」
その言葉の意味をイザベラが理解する前に、ジョゼフはその美丈夫に似合った
耽美な右腕を掲げると、一言呟いた。

「――ガルバ」

その言葉にはなんの意味があったのだろうか。
突如、掲げた右腕の先、手首から掌にかけて急激に膨張し、裂けた。
「――っ!?」
声も出ないイザベラの前で、手の膨張は未だ続く。
肉が膨らみ、水泡ができ弾ける。それが野球ボール大まで大きくなった所で、
その肉腫に穴が空き―― “目と口”が出来上がった。
――o……Oaa!――
その口から醜き産声が上がる。
「――ひっ!」
目の前のおぞましい物に、イザベラの後ずさった。
ジュクジュクと膿んだような肉腫を出しながら、ジョゼフはもう左手に短剣を
握る。
そして、その短剣を肉腫へと突き立てた。
――GyeAaaaaaaaa!?――
聞くに堪えない悲鳴が上がる。
だが、ジョゼフはそれを無視し、自らに生える肉腫を刃で抉り続け。
肉腫が切り離され、グチャリと床へとへばり落ちる。
それは床でのたうち回り、ジョゼフは平然とそれを見下ろす。
その光景に顔面蒼白なっているイザベラは、“ソレ”と目が合った。
「――ぃっ!」
その瞬間――
――sHiuuUuuu!!――
黄色い汚汁を撒き散らし、肉腫が飛びかかった。
咄嗟にイザベラは逃げようとするが、足が縺れて転んでしまう。
そして転んだところへ、べちゃりと肉腫が張り付いた。
――sHiyaaaaA!――
それは蠢くと、顔目掛けて体を這い進もうとする。
「いやぁぁあああっ!!」
這いずる肉腫を手で押さえつけた。
ドレスと手袋に染み込む汚汁、布越しに感じる柔らかい肉の不快さ、鼻を突く
吐き気のする臭い。今この状況の理不尽さに涙が出そうになる。
――cHiiiiaAAaa!――
手の中でぬめる肉腫を押さえながら、イザベラは父へと助けを求めた。
「お、お父様っ! た、助けてくださいっ!!」
この中で、この状況を作り出した彼は黙し、なにが楽しいか笑みを浮かべたま
ま。
どうにもならないと判断したイザベラは、周囲にいる女中たちへ声を張り上げ。
「お前達、見てないでなんとか――」
その異常性に気が付いた。
目の前で起こっている異状に誰一人として、悲鳴どころか瞬き一つせずに見て
いる。
そしてその目は、暗く濁り切っているように見えるのは気のせいだろうか?
「それでは、遊戯のルールを説明しようか」
その声に、イザベラは振り返った。
楽しそうに笑うジョゼフは血と汚汁が滴る手を掲げ、指を鳴らす(スナップ)。
それが合図だったのか、女中達の服の下から赤黒い触手が這い出た。
「――っな」
触手は女中達の肌を這うと、肌へと“根”を突き刺し沈み込んでいく。
「はぁあぁぁぁ……」
女中達の口から快楽に満ちた声が漏れる。
眼前で起きた出来事にイザベラが硬直し――
ずるりと、肉腫がその隙を縫って腕から逃れた。
――piGyaaAaAa!――
「っぁ――うぶっ!?」
一気にそれはイザベラの顔へ張り付くと、ぬるりと体の一部を口の中へと侵入
させる。
「うぶっぅ――んーっんんーっ!?」
口内へ入ってくる異物を必死に取り剥がそうするイザベラへ、ジョゼフは構わ
ず声をかけた。
「ルールは簡単だ」
必死に歯を食いしばり抵抗するが、肉腫は容易く抉じ開け、ずるずると咽の奥
へと身を滑り込ませる。
「おぶっ!? おぶぶぶっ!?」
「園遊会へ行く間、お前の命を刺客が狙う」
咽は懸命に異物を吐き出そうと動き涙が鼻が垂れ流される。だが肉腫はそれに
逆らい容赦なく進み胃へと落ちていく。
「ぶふっ! うおぶっ!!」
「それに対して――ただ抵抗しろ。どんな手を使ってもいいが、必ず園遊会へ
行くことだ」
そして肉腫が全て口内へと収まり、咽を通過した。
「――お、おえぇぇっ! うげぇぇっ!!」
イザベラは滑る口内、重く……溜まるような腹部の感触に耐え切れず、四つん
這いになりえずく。
「行かぬこと、逃げることは許さん」
むずりと、イザベラは腹の中で蠢く感覚に慄いた。
その感覚は肌の下を這うように、腹から胸、胸から右腕へと移り。
「……いやぁぁ……もう……いやぁあ……っ!」
口元の汚汁や流れる涙や鼻水も拭わず己を抱きしめ、恥も外聞もなく泣き叫ぶ
姿は哀れさを誘う。
「どこへ行こうとも全て――」
這うような感覚が右腕から、手へと移り、あまりのおぞましさに押さえた右手
が――
「――それが見ている」
――ぐじゅりと裂け、中から赤子のような汚汁を垂れ流す顔が現れた。
――sHuiIIii……

「――いやぁぁぁぁああああああああっっ!?!?!」

現実に耐え切れなくなったイザベラは、そのまま意識を手放した。



虚ろな目をして倒れている実の娘(イザベラ)を見ても、ジョゼフの心に波紋
一つ浮かばない。
「くだらん……」
それどころか余りの惰弱さに呆れてさえいた。
ただ無心に縋る愛人の好きにさせながら、目の前の娘を見る。
そしてイザベラを女中達に運ばせようと指示をした時、突如背後に気配が生じ
た。
「悪い子だ」
甘い……毒のように甘い声が耳元をくすぐる。
「自分の娘を弄ぶなんて、なんて悪い子なんだろう」
後ろを振り返ることもない。
そこには、人の形をした悪意があった。
「それともなんだい? これは歪んだ愛情表現の一つなのかい?」
「――ッ!!」
楽しそうに言葉を紡ぐ彼女に、ジョゼフの膝に縋っていた女が顔を起こすと、
爛々と光る目を向け――
「――よいモリエール」
ジョゼフが女――モリエールの頭を撫で付けると、モリエールは不満そうな目
をするがジョゼフの膝へと戻った。
「おお、怖い怖い。大導師殿といい君といい。なんで君らの番犬はこうもボク
を嫌うんだろうね」
からかう様な声。
「それにしても、今更あそこまでする必要はあるのかい?」
女中に担がれ、運ばれていくイザベラを見て女が言った。
「完成品なら、彼女がいるじゃないか」
そう言ってモリエールを指すが、彼女は無視。
それにジョゼフは鼻を鳴らし、肘を着く。
「ふん、言ったであろう。遊戯だと」
「へえ……本当にただの遊びなんだ」
感心する女を胡乱な目で眺め。
「なんだ? 道徳など説くつもりか? これを寄越したのはお前だぞ」
ジョゼフが手を掲げた。
手にはもはや血も汚汁も傷も無く。いつの間にやら本が握られている。
本は不思議な光沢を放ち、材質は皮だとはわかるが、なんの皮かは判別できな
い。
それに女はいやいやと首を振った。
「まさか。そもそもボクに君は止められないさ。なんせ、か弱い身なんでね」
「戯言を……」
女はくすくすと笑うと、ジョゼフの頬へと指を這わせ囁く。
「さあ、存分に楽しもうじゃないか。君の望む物を手に入れるまで。

そう……存分にね」

その声は、邪悪に満ち溢れていた。



ここはガリア王国のベルサイユ宮殿、プチ・トロワ。
目の前に居るのは父シャルルを殺した現王ジョゼフの娘で従姉妹のイザベラ。
タバサは彼女が団長の北花壇警護騎士団と言われる裏方の団員。
どこにも間違いはなく、さらに付け加えるならイザベラはタバサをかなり毛嫌
いしていたはずである。
今日も、イザベラに召集されどんな無理難題を吹っかけられるのかとタバサは
思っていたのだが。
「――ああ! シャルロットっ!」
そう言ってイザベラが抱きついてきた時。タバサは不覚ながら何事かと動揺し
た。
「シャルロット! シャルロット! シャルロット……っ!」
繰り返しタバサの本来の名を叫ぶその様からは、いつもの傲慢さは窺えず。ま
るで年齢が退行してしまったかのようであった。
「シャルロット……シャルロットっ」
こうもすがり付いてくるイザベラを前にして、タバサはいささか混乱する。
思わず周囲を見た。
周囲には無表情に立つ女中が居るばかり。このイザベラを前にしても一切行動
を起こす気配は無い。
それを不可思議に思うが、このままでは何もわからない。
しかたなくタバサは、泣きじゃくるイザベラの肩を掴み少し引き剥がす。
「っあ」
その目は充血し、隈が縁取られ、頬は涙に濡れ何度も擦ったのだろう赤くなっ
ている。
「…………」
そこにいつものイザベラの面影はまったくない。
どうやって手をつけようとかと悩んでいると。
タバサの無言をどう勘違いしたのか、イザベラの目に水が溜まり。
「いやぁ……見捨てないで……お願い……今までのことは謝るから……お願い、
見捨てないで……っ」
ボロボロと涙を零し始めた。
百戦錬磨の北花壇警護騎士団も、泣く子には敵わなかったのか。
タバサは珍しく迷った末。
今度は自分からイザベラを抱きしめた。
「ぅ……うええぇぇんっ」
それにイザベラはわんわんと泣き始める。
自分の胸を湿らせるイザベラの頭を撫でながら、タバサは溜息を吐いた。

イザベラが落ち着いてきたところで、女中達を退散させタバサはなんとか話を
聞きだした。
話を整理すると、アルトーワ伯という謀反の疑いのある領主が、誕生日祝いと
して園遊会を開くらしい。それに視察の意味もイザベラが出席するのだが――
どうもそれを狙い刺客が現れる“らしく”、タバサに護衛を頼むといった内容
である。
それにしてはと、タバサは考え込む。
本来のイザベラの性格からして、刺客が命を狙っているとはいえここまで取り
乱すだろうか?
たとえ殺される間際であろうとも、悪態を吐くぐらいの良い意味でも悪い意味
でも精神的にタフな部類だったはずだ。
どう考えてもおかしく、イザベラもなにかを隠している様子ではあったが、怯
えてしまって聞き出すこともできなかった。
大体のことは聞き終えると、タバサはそっと立ち上がる。
「そう、解った」
涙目で見上げてくるイザベラをよそに、今後の対策を思考し始めた時。
「失礼いたします」
そんな声と共に、扉が開かれた。
「東薔薇騎士団所属、バッソ・カステルモール、ただいま参上しました」
優雅な一礼をして入ってきたのは年若い、まだ二十ほどだと思われる凛々しい
美青年である。
彼が顔を上げた時、目の前にあるのは泣き腫らし膝を崩すイザベラと、それを
見下ろすタバサ。
カステルモールは即座に動いた。
腰から杖を抜き出すと、ピタリとタバサへと突きつける。
「王女になにをした」
その動作の滑らかさ、気概、そして力のある杖から見ても“それなりの”騎士
だとわかった。
突きつけられた杖を前にして、なにかしらしようとも思ったがややこしくなる
ので止めておく。
そして睨み合う2人の間に、イザベラが割ってはいった。
「や、やめてっ。わ、私はなにもされてないっ」
「ですが王女」
とっさの反論も。
「お願い……止めて」
怯えるイザベラの前に黙らずにはおられなかった。
「……御意に」
カステルモールは杖を仕舞うとイザベラへと跪くと、臣下の礼を取る。
「御前での無礼をお許しください。我が忠誠は国にあります」
そして、そっとイザベラの右手を取り――
「――っひ」
パン、と音が響いた。
拒絶されあっけに取られた顔のカステルモール。イザベラは左腕で体を抱きか
かえ、残る右手を怯えた目で見ると。
「いやぁ……いやぁ……いや、いやいやいやいやぁっ!!」
そのまま瘧(おこり)を起こしたかのように震えだす。
尋常ではないその様子にカステルモールは我を取り戻すと、やおら立ち上がっ
た。
「どうやら、王女は気分が優れないようだ。それと、アルトーワの領地へは午
後から向かう、警護について後で話そう」
そしてタバサを見ると、背を向けるそのままカステルモールは出て行き。
それと入れ替わるように一人女中が入ってくる。
女中は、完全に縮こまったイザベラを前に途方にくれるタバサに笑いかけると、
イザベラをあやし始めた。
「はーい、王女様。大丈夫ですよー。なにも怖くありませんからねー」
そう言って背中をさすり話しかけていくと、徐々にイザベラの震えが収まって
いく。
「いや……来ないで……お父様……止めて……」
なにか小声で呟くイザベラに構いながら女中はタバサへと顔を向けた。
「ここは任せてください」
事実イザベラは落ち着きを取り戻してきている。
その笑顔にタバサは頷くと、そっと扉を潜った。
ちらりと振り返ったとき、女中の腰に挿してあるナイフが目に入ったが、その
ままプチ・トロワを後にした。

タバサが1人、蝋燭の点された薄暗い宮殿の廊下を歩いていると。
「なんだか、シルフィーから聞いていたのとちがうー」
突如、背後から声が聞こえた。
それにタバサが立ち止まると、誰もいないかと見回し。
振り向いた先、そこだけ景色がずれた。
「だいじょうぶだよ、おねえちゃん。ここらへんにはだれもいないよ」
ずれた景色の変わりに出てきたのは、金髪の幼い少女、エルザである。
エルザは跳ねるように動くと、手にしたマントを誇らしげに掲げた。
「これってすごいね! ほんとうにだれも気づかないんだもん!」
それはとある折に手に入れた『不可視のマント』と言われるマジックアイテム。
被った者の姿を隠すという性質上、全身を覆いほどの大きさがあり日光を遮る
ためエルザにちょうどよく、彼女に与えたのだ。
そして姿を隠したエルザは、初めからタバサについていた。
楽しそうにエルザはマントをいじっていたが、不意にタバサへと疑問をぶつけ
る。
「それにしても、あの王女さま。シルフィーはめためたに言っていたけど、ぜんぜんちがったね」
それにタバサも同意なのだが、今考えるべきことではない。
タバサはエルザの頭を撫でると、再び歩き出す。
「あ、まってよっ」
エルザはいそいそとマントを纏い直しながら、タバサを追いかけた。



アルトーワ伯の領地は首都リュティスより南西へ100リーグほど先にある。
馬車で往復4日、滞在で3日。合計1週間の小旅行となる。
竜籠など、もっと早く移動できる手段もあるが、王族としての威厳を出すため
に馬車で移動するのが一般的である。
今回もその例に漏れず、馬車での移動となっているのだが。
「…………」
「――――」
移動する馬車の中。ただ、ガタゴトと馬の足音と車輪の軋みのみが響く。
イザベラはタバサに縋りつくように抱き付き、傍で先ほどの女中が控え。そし
て無言のカステルモールがそれらを眺めていた。
誰一人口を開かず、ただただ無言の空間が広がっている。
ゴトリと、石でも踏んだのか馬車が大きく揺れた。
それに合わせるかのように、カステルモールが沈黙を破り、タバサへと顔を向
ける。
「……少々いいか?」
その言葉にタバサは少し頷く。
「王女を狙う刺客について、だ」
ビク、とイザベラが震えた。
カステルモールはそれに構わずに続ける。
「『地下水』と呼ばれる者を知っているか?」
タバサはコクリと頷いた。
無論それは知っている。
性別不明、年齢不明、正体不明の傭兵メイジ。まるで染み出す地下水のごとく、
厳重な警備も護衛も掻い潜り、狙われたが最後。逃げ切ることはできないと言
われる、ガリアの裏の世界ではかなり名の知れた傭兵だ。
なぜそれをと思っていると、カステルモールはさらに続ける。
「私の独自の情報筋では、『地下水』が出現したと思われる地域に、近日手紙
を持った鳥が飛ぶのを見たという情報がある」
それにタバサは目を見張った。
「断言はできないが、タイミングから言って王女の命を狙う刺客は『地下水』
の可能性が高い」
そこまで言ってカステルモールは気が付いた。
怯えたイザベラの目と、少し非難するような女中の目が集中していることに。
どこか居心地が悪くなり、咳をするとカステルモールは締めくくる。
「とにかく、油断しないように」
それにタバサは、こくりと頷いた。



ソレはゆっくりと獲物を眺めながら思考する。
――今ハ機カ?
その考えを即否定した。
移動中こそ標的が一番無防備になる時なのだが、逆に言うと移動中は一番緊張
し警戒している時でもある。
いくら己が強いとはいえ、護衛の騎士全員を一度に相手できるほど、ソレはう
ぬぼれているわけではない。
捨て身覚悟なら実行できるが、未だこの身を果てさせる気はないのだから。
――マダダ、マダ待テ。
だからこそ、安全に。それ以上に確実にそれを成し遂げねばならない。
ソレはゆっくりと待つ。
機が熟す時を。



夜。
宿を取るため、馬車は途中街へ寄る。
街へ入ったとたん住人が集まり、そこかしこでイザベラを称える声が上げられ
る。
イザベラは小窓から少し顔を覗かせ手を振る程度だったが、それでも十分住人
たちは盛り上がった。
護衛使用人を合わせて100人弱。
無論、それら全員が一度に泊まれる宿などなく。分散し街中の宿へと泊まる事
となった。
イザベラの宿で控える護衛は30名。
護衛として付いてきた者の中でも選りすぐりの騎士達であった。
そう……騎士達であったのだが。

「ふぁ……退屈な任務だ」
交代の時間となり、彼は同僚を連れてイザベラが部屋を取っている上の階へと
向かう。
「弛んでいるぞ」
注意されるもしょうがない。彼が入団して今まで、騒ぎと言う騒ぎはなく。今
回の刺客の騒ぎでさえ、どうせ王女であるイザベラの遊びだと思っている。
「ったく、あの我侭王女め。またシャルロット様を苛めるためにこんなことし
てんだろ」
「馬鹿、口を慎め。王女に聞かれたら首が飛ぶぞ」
「へいへい」
そう言って階段を上り切った時――
「おーい、そろそろ交た――」
――目の前は一面の血の海であった。
「――なっ!?」
血の海に沈むように転がっているのは、元同僚だった者達。
「どうしたんだよ、早く行けよ」
後ろから急かす声。
彼の一番の失敗は、すぐに大声で危険を知らせなかったことだろう。
「お、おい……、交代の奴らが――」
なんとか、声を振り絞るが。血の海の奥、ぼんやりと白く光る物体に目を奪わ
れた瞬間――
「一体どうしたん――」
――キュンッ!
迸る白い閃光に目を潰され、彼らは騎士としての職務を全うせぬまま絶命した。



部屋でイザベラは、ベッドへと倒れ込み体を丸めていた。
慣れない事に疲れたのか、体はぐったりとしている。
しばらくそのまま、ぼんやりとしていると。
――ごとん。
扉の向こうから音が聞こえた。
誰だろうと思い、体を持ち上げると。僅かな軋みを立て、扉が開いた。
「……誰?」
その問い掛けに、応える声はない。扉の隙間から床に広がる大量の血を見つけ。
「――ッ」
暗がりから、一気に白い光りが迫る。
咄嗟に杖を握ろうとするも間に合うはずもなく。
眼前までそれが迫り――
――ゴッ!
“何も無い空間に打たれ”仰け反った。
『――!?』
そこでイザベラが風の刃を放つと、ソレは一瞬で間を取り、両者は睨み合った。
観察すると、それは白い甲冑のような物を纏っていた。
全身を甲冑で覆い、頭を覆う兜には目穴の代わりに蜘蛛のようなガラスがはめ
込まれている。そして所々甲冑はひび割れ剥がれ左右非対称の姿は、どこかグ
ロテクスである。
『オ゙前……王女ジャナ゙イ゙ナ゙』
エコーのかかった男の声が流れた。
「…………」
それにイザベラ――タバサは身の程近くある杖を手に無言を貫く。
タバサは宿へ入る前に、カステルモールに『フェイス・チェンジ』をかけても
らい、イザベラと入れ替わっていた。
本物のイザベラは、階下の別室に女中とともにいるだろう。
すると甲冑の男がいきなり手を掲げる。
――バシッ!
何かを受け止める音が鳴った。
そのまま握り込もうとするが、空を切る。
甲冑の男は視線を(本当に向いているかは疑問であるが)タバサの横へと向け、
睨みつける。
『ゾゴニ゙イ゙ル゙ノ゙バ誰ダ』
空間の一部がずれた。
「おねえちゃん、ばれちゃったね?」
ずれた場所からエルザが顔だけを出していた。
甲冑の男は驚くことはなく、ジリッとタバサが杖を握り直し素早く詠唱を始め、
エルザも改めて構える。
それに甲冑の男は深く体勢を屈め、その腕に淡い光りが纏わり付く。
張り詰めた緊張が切れる間際――
「ご無事ですかシャルロット様っ!」
扉を蹴破り、カステルモールが部屋へ躍り出た。
「――」
状況を即座に把握し、カステルモールが甲冑の男へと杖を抜き出す。
「おのれ賊め! シャルロット様には触れさせはせんぞっ!」
まずい、とタバサは思った。
あの甲冑の男は相当な手練であると感じ取っている。騎士として“は”有能な
カステルモールに務まる相手ではない。
それにこちらを守るつもりなのか、相手との斜線上に割り込んできている。
向こうはすぐにでも仕掛けてくるだろう。
タバサはこの状況を打開するため思考を回転させようとした時。
『ジャル゙ロ゙ッド様……ダド?』
戸惑うような声が、耳に入った。
そちらを見ると、手練であるはずの甲冑の男は呆然とこちらを見ている。
『――ジャ』
そして何かを言おうとして。
「はぁっ!!」
カステルモールが『ウィンディ・アイシクル』を叩き込んだ。
甲冑の男は後ろへ跳ぶと、窓を破りタバサを見詰める。
『…………』
「おのれっ!」
そして更にカステルモールが追い縋ろうしたが、白い光りが甲冑の後方から放
たれ、視界を染め上げた。
――ボッ!
「ぐっ!」
そして光りが晴れた時には、甲冑の男の姿はすでになく。遠く夜空に白い光源
があり、それもやがて消える。
静まった部屋の中、タバサは杖を下ろした。
いつの間にかエルザの姿はない。また『不可視のマント』を被ったのだろう。
幸い、エルザの位置はカステルモールから死角になっていたのでばれる事はな
い。
気を抜き、タバサは安堵の息を吐く。
傍ではカステルモールが何か無いか『ディテクト・マジック』で念入りに調べ
ていた。
そして調べ終えたのだろう。杖を仕舞ったカステルモールがタバサの目の前に
立つ。
「何も無かった。これで、聞き耳を立てる輩はいない」
なにを言われるのだろうと思っていると。
突如タバサの前に跪いた。
「すぐにでもお助けできず申し訳ありませんでした殿下」
それにタバサは目を見開いた。
聞けばカステルモールは父シャルルの世話になった人物であり、未だ恩義を感
じているらしい。
「昼間の無礼お許しください殿下。あの簒奪者の娘に悟られないがために」
そしてタバサをガリアの真の後継者と仰ぎ、忠誠を誓っているのだが。
「わたしは、殿下じゃない。わたしに、その権利はない」
それにカステルモールは首を振る。
「いえ、姫殿下こそがガリアを真の平和へと導くお人なのです。姫殿下さえ、
決意なさるのなら、騎士団一同、奮起する心積もりです」
「…………」
それにタバサは無言。暫しの沈黙が流れた後。カステルモールは立ち上がると、
タバサの手を取り接吻した。
「真の継承者に、永遠の忠誠を」
そう言い残し部屋を出て行った。
恐らくはこれから、死体の処理と護衛の強化、編成のし直しを行うのだろう。
「おねえちゃん」
そのまま呆けて立っていると、いつの間にかエルザが姿を現していた。
エルザはタバサの顔を覗き込む。
「よかったの、おねえちゃん?」
それは何に対しての言葉だろう。いや、わかっている。
だが、タバサは国など欲しくはなかった。
このことを言えば、彼は絶望するだろうが、国の平和など興味がなく。
ただ、■■■■の■さえ取れれば――
「ねーねー」
エルザが腕を掴み、揺らす。
暗く沈みかけた思考を修正すると、エルザが言った。
「この部屋寒いよ」
エルザが指した場所。割られた窓から冷たい風が吹き込む。
とりあえずタバサは、布団に潜り込む事にした。


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