あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鷲と虚無-15


最初は頭の中が霞がかった様にぼんやりとしていたが、徐々に意識がはっきりとしていった。
だが完全に目が覚めても、自分が今どこにいるのかが解らない。ひとまず彼は起き上がってみた。
夜なのか、窓の外は薄暗く部屋はランプの淡い光で満たされていた。

(ん?)
才人は自分の傍らで少女が顔をベッドに埋めて眠っているのに気づいた。
その桃色がかった髪は容易に判別出来る。ルイズだ。つまりここはルイズの部屋なのか、
才人はそう思って周りを見渡した。
薄暗くても壁に向けて立てかけられているウォレヌス達の盾や鎖帷子などからここがそうである事は判別できた。

つまり自分はルイズの、女の子のベッドの中で寝ていると言う事になる。
その事に気づいて才人は思わず赤面した。
なぜこんな事になっているのか疑問に思ったが、それ以上に彼女の事を意識せざるを得なかった。

薄暗がりのおかげで、彼女の白磁の様な肌はその白さが一層強調されている。
寝ている彼女の顔は思わずハッとする程の麗しさだった。間違いなく、
才人が今までに見た女性の中で最も美しい物だと言える。
ただ彼女の顔を見ているだけなのに、才人は自分の動悸がどんどん早くなっていくのに気づき、
慌てて視線を彼女の顔から逸らした。

このまま彼女を見続けていたら頭がどうにかなってしまいそうだと言う確かな予感を抱いたからだ。
(落ち着け。こんな事をしてる場合じゃない)
才人は自分にそう言い聞かせ、自分が今どう言う状況にあるのかを把握しようとした。

そもそも自分は寝る前に何をやっていたか……才人はすぐに思い出した。決闘の事を。
そう、自分はギーシュが渡した剣を握ろうとして、そこで意識が途切れたのだ。
それとギーシュの嫌らしい、勝ち誇った様な笑みが同時に脳裏に浮かび、強い怒りが沸き出てきた。そして次に浮かんだ疑問は一体あの時何が起こったのか、と言う事だ。
怪我のせいで意識を失った、と言う考えがすぐに浮かんだが、
あの時は激痛のおかげでむしろ意識ははっきりとしていた。
才人は医者でもなんでもないが、
自分が意識を失ったのは怪我のせいでないと言うのは直感的に理解していた。

とにかく、自分は決闘の途中に気を失った。それはいい。
だがなぜ自分がルイズのベッドの中で寝ているのかが解らない。
ルイズがベッドの傍らで寝ていると言うのもおかしい。
彼女が使い魔を自分のベッドに寝るのを許すとはとても思えない。
だが自分ひとりで考えても答えは出ないのも確かだ。
ただでさえここにいたら鼻腔をくすぐるルイズの匂いや、彼女の寝息に気がいってしまうのだ。
ルイズを起こして聞くと言う手もあったが、酷く疲れているのか、
ぐっすりと寝ている彼女を起こす気にはなれなかった。
才人はルイズを起こさないように、ベッドからそっと降りた。

彼はひとまず厨房に行こう、と決めた。
この部屋の他に知っている場所となると厨房くらいしかない。
本当はプッロやウォレヌスに会いたかったのだが、
彼らはここにいない。だがマルトー達でも何が起こったのか位は知っているだろう。
それに酷い空腹を覚えていた。胃の中が完全に空っぽになったかのようだ。
あそこなら何か食べる物位あるだろう、彼はそう考えながら部屋を出た。

道筋のおぼろげな記憶を辿りながら厨房に向かう間も、
才人は決闘がどうなったのかを考えられずにはいなかった。
自分は果たして負けたのかどうか。確かにあの時点では自分は殆ど負けていた。
ギーシュが作り出したあのゴーレムとやらに手も足も出ずにコテンパンにのされ、
車に轢かれたらこうなるんだろうなと思うような酷い怪我を負わされた。
あのまま剣を握って勝負を続行したとしても勝ち目はほぼ間違いなくゼロだったろう。
だが自分は剣を握っていない。まだ負けてはいなかった。
無論、もしあの時怪我のせいで気絶したというのなら、それは自分が負けたと言う事だ。
だが才人はあれが何か別の理由による物に違いないと確信していた。

才人は厨房への道筋をちゃんと覚えていたかどうか、不安に思っていたが杞憂だったようだ。
前にも聞いた料理人達の喧騒が徐々に聞こえてきた。そして才人は厨房にたどり着いた。

厨房の中では前見た時と同じ様に料理人たちが忙しなく動き回っていた。
ただ、どうやら彼らは調理をしているのではなく後片付けと明日の仕込みをしているようだ。
どちらにせよ、様々な食材が交じり合った香りが鼻腔を刺激し、
ただでさえ空腹だった才人の腹を更にひもじくした。

まずはマルトーを探そうと才人は周りを見渡した。
単に厨房にいる人間で少しでも知っている人間が彼ぐらいしかいないと言う理由からだったが、
マルトーの代わりに思いがけぬ二人が目に入った。 プッロとウォレヌスである。
二人ともこの前の朝と同じくテーブルに座ってお粥の様な物を食べている。

これは好都合だ、そう思い才人が近づくと、彼より先にプッロが先に声をかけた。
「おお、坊主!目が覚めたのか!」
そう言いながら彼は椅子から立ち上がり、ズカズカと才人に歩み寄った。

「怪我の方はもう良いのか?見る限りじゃもうすっかり治った様に見える」
「ちょっと体の節々が痛みますけど、それ以外はもう大丈夫だと思います」
プッロは感心した様に呟いた。
「やっぱりすげえな、魔法ってのは。あんな怪我がたった三日で元通りになっちまうんだから……まあ、とりあえず座れよ」
そう言ってプッロはテーブルの方をアゴでしゃくった。断る理由も無いので才人は言われるままに席に着いた。

「才人君、ここに何をしに来たんだ?食事か?」
ウォレヌスがいぶかしげに聞く。
「ええ、そうです。とにかく滅茶苦茶腹が減っていて……」
決闘やら何やらの前に、今は何でもいいから食べ物を腹に入れておきたかった。
厨房の匂いのせいで才人の空腹は我慢ならないレベルに達していたのだ。

才人の言葉を受けてプッロは椅子から立ち上がり、声を上張りあげた。
「おいマルトー!悪いが、俺達のと同じ奴をこの坊主にも出してやってくれないか!?かなり腹が減ってるらしい!」
すると、どこにいたのかマルトーが奥のほうから、大仰に腕を広げながら歩いてきた。

「おうおう!もう完全に良くなったようだな、坊主!それで腹が減ってるって?」
「え、ええ。忙しい所すまないんですけど、何か食べる物は無いでしょうか?」
「そいつらと同じ物なら出してやれるぞ。前と同じ、俺達の賄い食だがね。まだ暖かいからすぐに持ってこれる」
「ええ、それでも十分以上です。今はとにかく何かを腹の中に入れたくて……」
すぐに戻るから待っていろ、と言ってマルトーはその場から去ろうとした。だがプッロが彼を呼び止める。

「ああ、ちょっと待ってくれないか」
「ん?なんだ?」
「俺ももう一つこれが欲しいんだが、いいか?あと酒ももう一杯……」
そう言いながらプッロは空になった椀を指差した。
「プッロ、やめておくけ」
「なんでです?」
「みっともないしそちらにとっても迷惑だろう」
「いや、俺は構わんぞ。料理人にとっちゃ代わりを頼まれるのは勲章みたいな物さ。量もまだ残ってるから問題ねえさ」
そう言うとマルトーは今度こそ下がっていった。才人はマルトーの行動を少し不思議に思った。明日の準備が忙しいだろうに、嫌な顔一つせずにこちらの頼みを聞いてくれる。
思わずこっちが恐縮してしまいそうだ。彼が人の良い男らしい事は解っていたが、それにしたっていやに親切に見える。

「俺たちは結構な人気者になってるんだよ」
彼の考えを察したのか否か、プッロが口を開いた。
「人気者、ですか?」
「おおよ。貴族のクソガキとの決闘に応じ、一歩も引かなかった、ってな。おかげで酒にもただでありつけるようになった。ありがたいことだ」
そう言いながらプッロはコップを持ち上げ中の液体(十中八九酒だろう)をグビグビと飲み干した。そしてマルトーが戻ってきた。

「待たせて済まなかったな」
そう言いながら彼はお粥の様な物と、肉やら煮込んだ野菜やらを盛り付けた皿を二つずつ並べ、
楽しんでくれと言うとすぐに持ち場に戻っていった。
やはり準備が忙しいのだろう。だが才人は彼に気を使う様な余裕は無かった。
マルトーが持ってきた料理を見て才人の空腹は最頂点に達したからだ。
そして彼は殆ど無意識の内にお粥を書き込み始めた。
才人は味を感じる余裕も無いまま食べ続け、気がついたら粥も肉も野菜もなくなっていた。
隣を見るとプッロも食べ終わっていた。
空腹も落ち着き、才人はあの時何がどうなったかを聞くとした。

「ハルケギニアとやらの飯は最高だ。いつもこんな物を食えたら良いんだが――」
「あの、聞きたい事が幾つかあるんですが……」
「ん?なんだ?」
「あの時俺はどうなったんですか?気絶したんですか?決闘は一体どうなったんですか?」

プッロは困った様に頭を掻いた。
「それが変な事になってな……あの時意識を失ったのはお前だけじゃない。あの場にいた全員がそうなったんだよ」
「ど、どういう事ですか?」

全員が意識を失った?いったいなぜその様な事が起こったのか、皆目検討もつかない。
そしてウォレヌスがプッロに続いて答えた。

「眠りの鐘とか言う道具が決闘を止める為に使われた。その鐘の音を聞いた人間はたちどころに眠ってしまうそうで、あそこにいた人間が全員眠りに落ちた。あのギーシュと言う小僧を含めてな。
 殆どの人間は数時間後に目が覚めたが、君は怪我のせいで三日間も眠っていた。運が良かったな。水魔法とやらが無ければ君は死んでいた」

「し、死んでいた?」
彼らの言葉についていけなかった。決闘が強制的に中止された事や、
三日も寝ていたと言う事も去る事ながら、死んでいたとはどう言う事だろうか?
何せ才人が今まで生きてきた中で命が危険に晒された事など一度も無かったのだから、
いきなりそういわれても実感が沸かない。
だがウォレヌスはお構いなしに淡々と怪我の内訳を述べた。

「肋骨四本と右腕が折れ、鼻骨は潰れていた。顎にもヒビが入っていて、とどめに内臓が幾つも損傷を受けていた。普通なら死んで当たり前の怪我だ」
才人は背筋がゾッとする感覚に襲われた。確かにあのときの凄まじい激痛は忘れられる物ではない。だが自分がそこまで危険な状態にあったとは想像もつかなかった。

「ま、あのジジイに感謝しとけよ。あいつが眠りの鐘を使わせたそうだからな」
「な、なんでそんな物をわざわざ?というかあなた達は起きた後どうなったんですか?ギーシュは?ルイズは?」
「坊主、落ち着け。一度に聞かれても答えられねえよ……とりあえず一つ目に答えるが、眠りの鐘を使ったのは校則違反の決闘を止める為、だからだそうだ」
もっともらしい答えだが、合点がいかない。
ギーシュの言っている事が正しければ禁止されているのは貴族同士の決闘の筈だ。

「でも“禁止されてるのは貴族同士の決闘”だったんじゃ?」
「あのガキもそう言って食い下がったんだがね、ジジイいわく“使い魔と主人は一心同体。使い魔に決闘を挑むのは主人に挑むも同然”だとか」

才人は苦しい理屈だと思ったが、取りあえずそれで納得する事にした。
一番知りたいのはそんな事ではない。
「それでみんなの目が覚めた後はどうなったんですか?」
「俺達は目が覚めたあと、そのガキ二人と一緒に学院長の部屋に連れて行かれた。一体なぜ決闘騒ぎが起きたのかを答える為にな。そんでガキとルイズ両方が三日間の謹慎処分とやらを受けた」
“ガキとルイズ両方が”?才人は空耳かと思い聞き返した。

「ちょっと待って下さい、ルイズも罰を受けたんですか?」
「ああ、そうだ」
解せない事だった。ギーシュはともかく、ルイズは決闘には直接には関係していない。それなのになぜ彼女が処罰を受けるのだ?

「なんでルイズまで罰を受けるんですか?あいつは関係ない!」
「あの太った女教師が言ってただろ、使い魔の不始末は主人の責任だって。お前が貴族を侮辱したからその責任をあいつが取るって事らしいぜ」
「そんなのおかしいっすよ!使い魔の不始末は主人の責任って言ったって当事者の俺が罰を受けない理由にはならないでしょう!」

才人は憤慨した。あまりにも無茶苦茶な理屈だ。
決闘騒ぎを起こした自分とギーシュであって彼女ではない。
真っ先に罰を受けるとすれば自分の筈だ。
これはどう考えても公平な事ではない。
いや、それ以前に自分の起こした行動のせいで他人が咎を受けると言うのが我慢ならない。

「あ~待て待て、なんでお前がそんなに処罰を食らいたいのかは解らんが、お前はきっちり罰金を受けてる」
「え?罰金?」
いきなり何を言い出すのかと思う才人を尻目にプッロは続けた。

「お前が使い魔として貰う筈の給料、あれが最初の三ヶ月間はパーになった。それ相応の処分は受けるって事さ」
「……そ、そうですか」
一応は自分も罰を受けるらしい。だがまだ貰っても無い金だ。それが無かった事になっても大して実感は沸かない。

「それに、どっちみち謹慎処分が無くたってあいつは授業には行かなかったから大した事は無いさ」
「え?どう言う事ですか?」
いぶかしむ才人に、次はウォレヌスが答えた。心なしか、彼が少し面白そうな表情になったように見えた。

「この三日間彼女はずっと君を看病していた。包帯を変えたり、顔を拭いたり、それこそつきっきりでな」
才人は思わずポカンと阿呆の様に口をあけた。あのルイズが、わざわざ自分の看病を?
にわかには信じがたい事だ。仮に自分を心配したとしてもそんな事をするとはとても思えない。

「君は怪我のせいで気がつかなかったかもしれないが、彼女が君を止めようとしていた時もよっぽど心配だったのか泣いていた」
泣いていた?彼女が自分の為に?
才人はルイズが自分を止めようとしていた時の事を思い出そうとした。
確かにあの時は目も殴られたせいで腫れ上がり、まともに物を見られる状況では無かったし、
そもそも彼女の顔自体まともに見てはいなかった。
だから彼女が泣いていたとしても気づく事は無かっただろう……
そして才人は彼女が自分を真剣に心配してくれたのを嬉しく思うと同時に恥ずかしくなった。
そんな心配をさせ涙さえ流させた自分の不甲斐なさに。

「おまけに薬代やら治療費まで全部自分で負担したんだよ」
そこにプッロが付け加えた。
「そんな物まで?……もしかしてそれって高いんじゃないんすか?凄く」
「聞いた所によれば、少なくとも平民が気軽に買える様な物じゃないのは確かだ」

そしてプッロは注意深い人間でなければ気づかない程度に、ほんの少し頬を緩めた。
「やかましいだけのクソガキかと思ってたが、少しは可愛い所もあるみたいだな、あいつ」
薬代まで?驚くよりも前に不可解に思えた。一体なぜ彼女がそこまでしたのかさっぱり解らない。
だがそれならなぜルイズが自分の傍らで寝ていたのも説明がつく。
看病疲れで眠ってしまったのだろう。
そして才人はより一層、彼女が自分のせいで罰を受けたのをすまなく思った。

だがそれでも肝心な所をまだ聞いていない。
「あの、それより結局決闘の決着は一体どうなったんですか?あいつが勝った事に?」
「学院長の仲裁で奴の勝ちって事で手打ちになった。忌々しい事にな」
プッロは苦々しそうにはき捨てた。
「…奴の勝ち!」
才人はぎりり、と歯軋りをした。予想はしていたとはいえ、
これで決闘はもう名実共にギーシュの勝利と言う事になってしまった。
「ふざけてやがる。俺に言わせりゃ勝負は始まったばかりだった。やっとまともに戦えるって所だったんだ。それなのにあのジジイが勝手に終わらせやがったんだ」
悔しいのはプッロも同じらしい。それもそうだろう、
眠りの鐘が使われた時点で満身創痍だった才人とは違い、この二人は無傷だったのだ。

常識で考えれば才人はオスマンに感謝すべきだろう。
下手をすれば死んでいたかもしれないのだから命の恩人とすら呼べるかもしれない。
だが才人はプッロと同じく、勝負を中断された怒りしか感じられなかった。
「だがな、俺はこのまま終わらせるつもりなんて無い。お前だってそうだろ?」
そう言いながらプッロは身を乗り出した。

「俺としてはあのガキに目に物を見せてやらなきゃ気が済まん。だからその内――」
「まだそんな事を考えていたのか?言った筈だ、もうこの事は忘れろ、と」
「残念ですがお断りしますね。こんな風になめられたままおしまい、なんて許せませんよ。
いいですか?野郎は俺たちとの約束を破った。おまけに喧嘩は中断。このまま忘れるなんて男がする事じゃありませんよ。」
「気持ちは解らんでもないがな、あれはもう奴の勝ちと言う事で落ち着いた。学院長が言った通りそれが一番穏便に済ます方法なんだ。これ以上蒸し返しては厄介な事になるだけだ。
 大体、仕返しと言ってもどうするつもりだ?闇討ちでもするつもりか?そんな事をしたら犯人がお前だって事はすぐに解るぞ?」

プッロはむっとした表情になって言い返す。
「そんな卑怯な事をするわけないでしょう。正々堂々正面から戦いますよ」
「あのゴーレムとやらを一体や二体までならともかく、奴が七体全部出してきたらどうする?勝てると思うのか?そもそも奴が再度の決闘に応じると思うのか?」
「最初から無理だって決め付けちゃ勝てる物も勝てんでしょう!そもそも――」

ウォレヌスとプッロがこんな風に言い合いを続けている間、
才人はウォレヌスのある言葉が気になっていた。
ウォレヌスは“一体や二体までならともかく”と言った筈だ。
つまりこの二人ならあのゴーレムを倒せると言う事なのか?

才人はワルキューレの無機質ながらも妙に女性的なフォルムと、
そしてあの見る事も出来なかったパンチを思い出していた。
……駄目だ、と才人は心の中でかぶりをふった。
銃でも持たない限りあの人形を倒せるとは思えない。
そう、例え決闘の再戦をするにしても才人にはギーシュに勝てる方法が全く思い浮かばなかったのだ。だが彼らは奴と戦えると言っている。

「二度目もあの程度の処分で済むとは限らん。正直な話し、最初から決闘なぞするべきじゃなかった――」
その時マルトーの声が響いた。
「おい!俺達はもう終わったぞ!そっちはもう食い終わったのか?」
「ん?あ、ああ!すぐに行く!」
そう言ってプッロは立ち上がり、ウォレヌスも続いた。
「どこに行くんですか?」
「風呂だ」
プッロによればこれから厨房の皆は風呂に行くとの事で、二人もそれに便乗するとの事だった。
才人は即座についていくと決めた。まだ話しの途中だったし、良く考えてみればもう四日も風呂に入ってない事になる。

三人はマルトーら厨房の人間と一緒になってゾロゾロと風呂場へ向かっていた。
そしてプッロとウォレヌスは厨房での口論をそのまま続けている。
「とにかくだ、あの小僧とはもう関わるな。これ以上厄介ごとを増やすんじゃない!」
「いやですね。あんたの言うローマ人の誇りって奴はどこに行ったんです?あのクソガキは俺たちの信義を破ったんだ。それをこのままにしておけと?」

プッロがギーシュに対し復讐を考えている事と、
ウォレヌスがそれを止めようとしているのは確実の様だ。
自分は果たしてどうなのかと才人は考えてみた。このまま決闘の事なんか忘れて、
無かった事として扱えるか?
いや、それは無理だ。あの痛みと無力感は絶対に忘れられる物ではない。
そう思っていると今度はマルトーまで割って入った。

「プッロよ、俺はウォレヌスに賛成だ。ああ言う貴族のガキと関わるとろくな事にならんぞ?何事も無くあの決闘が終わったのが既に奇跡なんだよ。
 よしんば奴に仕返し出来たとしても、奴の実家が出てくれば恐ろしい事になる。奴はあれでも元帥の息子なんだぞ?」
彼の言葉に他の人間も口々に同意した。
「あんな事はもう忘れた方がいいぜ、プッロさん」
「触らぬ神に祟りなしって言うだろ?」
プッロは忌々しそうに吐き捨てた。
「くそっ!やりにくいったらありゃしねえな、ここは」

結局、自分は一体どうすればいいのだろう。
再試合をするにしたって自分では勝ち目なんて万に一つもないのは身に染みて解っている。
そこで才人はさっきから気になっていた事を聞く事にした。
彼らがギーシュのゴーレムを倒せるのか、と言う事を。

「一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「さっきウォレヌスさんは言いましたよね?一体二体までなら何とかなるって。それって本当ですか?」
「……ああ。素手なら無理だが、武器があれば二体までなら倒せる。三体は難しい。四体以上はまず無理だな」
プッロは頷いた。つまり二人とも同じ事が出来ると言う事だろう。
そしてウォレヌスの言葉に誇張は全く感じられない。
「そう、ですか……」

才人は驚くと同時に少し放心してしまった。まさか、あんな物を倒せる人間がいるとは……
素手では無理だと言っていたが、剣なんて触った事すらない自分が剣を握っても結果が変わるとは思えない。斬りつけても弾かれるだけだろう。

そして才人は思い出そうとした。あの決闘の時、
二人がワルキューレを相手にしてどうなったいたかを。
あの時は周りに気を配れるような余裕は無かったが、それでも少しは記憶に残っている。
あの二人は眠りの鐘がなるまでの間ずっと立っていた。
自分が覚えている限りでは一回も攻撃が当たっていなかった筈だ。
自分と違って医者の世話になっていないのも彼らが殆ど無傷で切り抜けた事の証だろう。
そう考えると、あれだけ大口を叩いておきながらギーシュが本気を出すと手も足も出なかった自分を才人は情けなく思った。
悔しさを抑えられない。彼の頭の中では何回も決闘の場面が再生されていた。
大口を叩く自分。ギーシュを殴り飛ばし、興奮する自分。
ギーシュが倒れ、勝利を確信した自分。そしてゴーレムに手も足も出なかった自分。
ルイズにあれだけ大言壮語をし、ウォレヌスにあれだけお膳立てをして貰っておきながらあの有様。
今ではルイズの言ってた「貴族は平民に勝てない」と言う言葉の意味が良く解る。自分はメイジとしては最も下位のギーシュにすら全く歯が立たなかった。

いや、それは正しくない。勝てるかどうかはともかく、
少なくともあの二人は自分の様な醜態は晒していない。
「貴族は平民に勝てない」以前に単純に自分が弱いのだ。
それは当たり前の事かもしれない。平賀才人はただの高校生だ。
訓練を受けた兵隊などではない。だがそんな理屈は気休めにもならない。
才人の頭は無力感、悔しさ、情けなさに満たされていた。
もしあのまま決闘が中止されず、あの剣を握っていたら?
自分は何の抵抗も出来ずに殺されていたかもしれない。殺される?
そう、あの時は頭に血が昇っていて気がつかなかったが、
ルイズやシエスタが言っていた事が本当なら自分は死んでいたかもしれない。

そこまで思い立つと、更に悔しさがつのり才人は思わず拳を壁に打ち付けた。
(クソッ!)
手がじん、と痛んだ。
当然壁には何の変化も無かった。拳を叩きつけても自分の手が痛んだだけ。
今度は情けなさが膨れ上がる。
そして才人はとうとう自分でも気がつかない内に涙を流し始めた。
だがそれに気づいた者はいなかった。


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