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重攻の使い魔-13


第13話『死を食らう者』


 丸一日かけて、ギーシュ・キュルケ・タバサの三人はラ・ロシェールへと到着した。桟橋に係留されたイーグル号とマリーガラント号から避難民がぞろぞろと下船していく。命からがらアルビオンを脱出した彼らの表情は優れない。これから先、親戚筋を頼るのか、それとも流浪の民となるのか、保証のない未来がいやがおうにも圧し掛かってくるのだ。彼らの憂鬱ももっともだった。
 桟橋を下り、宿屋街にやってきたギーシュ達は顔を突き合わせて難しい表情をしていた。

「子爵からここでしばらく待っているように言われたけど、どうしようか。とにかく帰ってきた以上、僕は姫殿下に報告に行かなくちゃいけないんだけど……」
「あたし達がここで待ってる。二日待ってルイズ達が帰ってこなかったらあたしたちも学院に戻るわ。……ルイズ、ライデンもいるし、きっと大丈夫よね……」
「うん……、だといいけど」

 ギーシュとキュルケが落ち込んだ顔を見せる間も、タバサは特に表情を変えることはなかった。キュルケはもとより、ギーシュもこの旅でこの青髪の少女が徹底した鉄面皮だということがよく分かったので、別段咎めることもしない。
 トリスタニアの王宮へ報告に行く為、ギーシュは早速早馬の手配をする。使い魔のヴェルダンデには地面を掘って学院に戻っているように指示してある。先日反乱軍の手先と思われる賊に襲われたラ・ロシェールの玄関口で、ギーシュは二人の少女に見送られていた。

「それじゃあ、頼むよ」
「ええ、まかせて。ルイズが帰ってきたら引っ叩いてやるんだから」

 キュルケの言葉に、ギーシュは苦笑すると手綱を引いて首都トリスタニアへと出発した。遠ざかっていくギーシュの後姿を眺めながら、キュルケは憂鬱な溜息を付いた。ライデンがいる以上、ルイズはワルドのグリフォンで帰還するという手段は取るまい。あれ程の巨体を乗せては、いかにグリフォンといえど滑空することすら危ういだろう。しかしイーグル号から飛び立ったことも思い返し、あのライデンならば主人を守りつつ、アルビオンからラ・ロシェールまで飛行できるかもしれない。キュルケは出来るだけ楽観的な思考をするように務める。そうでもしなければルイズの生存を信じることができないのだ。

「とにかく宿を取らなきゃね。行きましょタバサ」

 青髪の少女はこくりと頷くと、キュルケの後について歩き出す。




 トリステイン首都トリスタニアの大通りブルドンネ街の突き当たりにある王宮のとある一室にて、一人の少女が窓から飛び込んでくる風景を目に、溜息を付いていた。

「ルイズが出発して一週間……、無事かしら。ああ……、ウェールズ様……」

 今頃は反乱軍による総攻撃が行われているに違いない。もしかしたら、既に王党派が殲滅されているのかもしれない。アンリエッタは胸を締め付けられる思いであった。そのような危険な場所に、かつての親友を送り込んだのは他ならない自分である。だが、もしもルイズがあの手紙を皇太子へと届けてくれたら、もしかすれば……。皇太子が頷いてくれるかは分からなかったが、それでも微かな可能性に縋りつきたかった。
 その時、アンリエッタの私室の扉が叩かれる。枢機卿のマザリーニがやってきたようだった。入るように言うと、世間で鳥の骨と揶揄される老人が、年を感じさせない矍鑠とした動きで入室した。

「殿下、ご報告せねばならないことがございます」
「……なんでしょう」

 アンリエッタはアルビオン王家が倒れたと告げられることを覚悟していた。そしてますますゲルマニアとの同盟が重要になってくることも。それでも、自分の口から告げたのでは、それが間違いのない真実になってしまいそうな気がして、とぼける以外にできなかった。
 しかし、目の前の枢機卿の口から告げられた言葉は、彼女が予想していた全ての予想を裏切っていた。

「昨今、革命などと称してアルビオン王家を倒すという愚行を続けていた反乱軍『レコン・キスタ』ですが、つい先日壊滅したとの報告が上がってきたのです」
「……なんですって?」
「今朝飛竜に乗った間諜が到着したのです。彼によれば、反乱軍は正体不明の強力な魔法攻撃によって一日にして潰走したとのことです。現在は情報が錯綜しており、正確な事実の確認には今しばらく時間がかかるようですが」

 アンリエッタは混乱していた。一週間前、もはやアルビオン王家は風前の灯だったはずだ。比較にならないほど開いていた彼我戦力差、その反乱軍を倒したとすれば王党派以外にあるまい。志井の人々からすれば国家の頭が変わろうと生活に大差はない。傭兵もその時優位に立っている側へと付くだろう。ならば、一体王党派の何者が反乱軍を滅ぼしたというのか。

「ちょ、ちょっと待ってください。反乱軍が敗れたというのは間違いない事実なのですか? ならばアルビオン王家はどうなったの?」
「アルビオン王家に関する情報は入ってきてはおりませぬ。ただ、反乱軍が壊滅した、というのは事実であるようですな。なんでも拠点と睨まれていたロサイスまでも徹底的に破壊されていたとか」

 枢機卿の言葉に、アンリエッタは言葉を失った。アルビオン最大の軍港であり造船都市であったロサイス、そこに置かれていた反乱軍の戦力は、軍艦・兵士共に膨大なものであったはずだ。それを破壊したとはどういうことなのか。追い詰められたアルビオン王軍に、反乱軍の本拠地を襲撃する戦力が残っていたとは到底思えない。しかも、完全に破壊してしまうなど、人間による所業ではない。

「殿下のご困惑は私としてもよく分かります。今朝この報告を受けた時、私も面食らいましたからな。窮鼠猫を噛むというには余りに現実離れしていると申し上げる他ありませぬ」

 今まで王軍は反乱軍に対して、常に劣勢を強いられてきた。傭兵の反乱軍への寝返りなどの結果として、亡国の危機に瀕していたのだ。王軍がどれほど奮戦しようと、その流れを変えることは不可能だった。そして最近になって何らかの変化をもたらす要因があるとすれば、それは。

「……あなたなの? ルイズ……」

 その呟きが、枢機卿の耳に届くことはなかった。




 ラ・ロシェールのそれなりの宿に宿泊して二日目。キュルケは歯噛みしていた。

「ルイズ……。どうして帰ってこないのよ……」

 一応の期限として決めていた期日がやってきてしまったが、未だ桟橋にルイズの桃色がかった金髪を見つけることは出来なかった。タバサと共に桟橋の乗降客が通過する受付にて、朝から晩まで交代で見張り続けていた為、心労と身体的な疲労が溜まっていた。タバサの表情は余り変わらないが、それでも少しばかり疲労の色を見せていた。

「今日帰ってこなかったら、いい加減出発しなきゃね……」

 キュルケはアルビオンからやってくる定期船を見つけては、降りてくる乗客に桃色髪の少女を見かけなかったかと尋ねたが、一向に肯定の答えが返ってくることはなかった。
 本日何度目かの溜息と共に、キュルケが肩を落としていると、傭兵と思わしき男達ががやがやと騒ぎながら下船してきた。

「……っかしよ。信じられるか? 神の雷なんてよ」
「でもよ、あいつ物凄い顔で逃げてきたんだぜ。神の怒りに触れちまったとか何とか叫びながらな」
「まあ俺達からすれば、貰う金貰ったんだから、ばっくれるのは願ったり叶ったりなんだがな」
「革命軍が負けたってのは本当かねぇ」

 粗野な男達の会話を横耳で聞いていたキュルケは、一人の言葉に耳を引きつけられた。革命軍、つまり反乱軍が負けたというのはどういうことなのか。

「ねえ、あなたたち。そのお話詳しく聞かせて頂けないかしら?」
「あん?」

 突然の質問に、男達は若干うっとうしそうな顔をして振り向く。しかし、豊満な体を持ったキュルケの姿を見ると、途端に下卑た態度になる。

「へへ、他人に物を頼むんなら相応の対価ってのがいるよなぁ」

 男達はキュルケの体を嘗め回すように眺める。そんな女性として危機的な状況に置かれているにも拘らず、キュルケは落ち着き払っていた。胸の谷間から小さな杖を取り出すと、呪文を唱える。男達の髪が一斉に燃え始める。

「ぎゃぁぁあ! あちぃぃぃぃ!!」
「私は『微熱』のキュルケ、以後お見知りおきを。それで、さっきのあなたたちのお話、聞かせて頂ける?」
「ははは、はいっ、話させて頂きますぅっ!」

 髪を燃やされ縮れ髪となってしまった男達は、情けなくキュルケの前に跪くと、自分達が聞いた話を説明し始める。
 なんでも王党派殲滅作戦に投入された戦力は、ほとんど完膚なきまでに葬られた。威容を誇っていた革命軍艦隊旗艦を始めとした10隻以上の軍艦も沈められた。数少ない生残りの主張によれば、遥か彼方から光の剣が伸びてきた。それは一瞬にして地上戦力を焼き払った。
 また、別の生存者は、アルビオン最大の造船所であり軍港であるロサイスが、天空から降りてきた閃光と強烈な魔法によって、瞬く間に瓦礫の山に変えられた。その彼らが言うには、始祖ブリミルの血を引くアルビオン王家を倒すという愚行に怒った始祖が、不信心者を神の雷によって裁いた、ということらしい。
 キュルケは余りに突飛な話に眉をひそめる。

「それで、反乱軍……革命軍が負けたって言うのね? 革命軍にいたあなたたちは何でここにいるの?」
「へ、へぇ。俺達としちゃあ、金さえ貰えれば命を賭けるつもりもねぇもんで……へへ」

 その誇りも何もない傭兵達の姿に軽蔑の目を向けると、キュルケは男達にもう行っていいと手で追いやる。男達は卑屈な態度で頭をぺこぺこと下げながら、そそくさと桟橋から立ち去っていった。
 一通り話を聞いたキュルケは、受付近くに置いてあるテーブルに腰掛けているタバサの元へ向かう。

「どう思うタバサ? こんな話あると思う?」
「あなたは私に聞くまでもなく、自分なりの結論を出しているはず」

 無口な友人の言葉に、キュルケは詰まる。仮に彼らの話が事実だとして、それが行える可能性を持つ存在といえば一つしか思い浮かばなかった。

「やっぱりライデンなのかしら……。でも幾らライデンが強力な魔法を使えるっていっても、これは異常よ。ありえないわ。それに一回スクウェアにやられちゃってるし……」
「彼女の使い魔は本調子でなかったのかもしれない。もしくは不意を突かれただけかもしれない。少なくとも王軍にスクウェアが一人加わった所であの戦局を変えられるとは思えない。アルビオンに残って何らかの変化をもたらせる者がいるとすれば彼女の使い魔くらいしかいないと思う」
「でも、もしかしたら反乱軍の中で内乱が起きたのかもしれないじゃない。それなら……」
「話を聞く限り人間の仕業とは思えない。どんなに強力なメイジが集まっても、たった一日で戦局を覆せるはずがない」

 実際、ライデンは一度は膝をついたものの、一日半の時間を置いて再び立ち上がった。少なくとも外見上に損傷はなく、さして時間を置かずに主人であるルイズを探しにアルビオンへ飛び立ってしまった。ここ、ラ・ロシェールで見せた強大な力があるならば、もしかすれば奇跡を起こせるかもしれない。しかしそれは全て楽観的な推測であり、確たる証拠は何もなかった。
 タバサは読んでいた本を閉じて、目の前に座る友人を見据える。

「あのゴーレムは、先住の魔法によって作られた可能性がある」
「先住って……、エルフがライデンを作ったって言うの?」

 その言葉にタバサは頷く。

「あくまで可能性。でも四系統どの属性にも属していない、詠唱なしで行使される魔法なんて、先住以外に聞いたことがない」

 タバサの意見を聞いて、キュルケは考えた。確かに魔法を使うゴーレム自体が前代未聞である。どちらかといえばライデンはガーゴイルに分類されるのかもしれないが、何にせよそれらの人形は道具を使うことは出来ても魔法を使うことは出来ない。しかも、行使される魔法が四系統に属していないとなれば、先住魔法の可能性は大いにある。
 そこまで考えた所で、キュルケはあることを思い出した。

「ねぇタバサ。もしかしたら五つ目の系統の虚無って可能性もあるんじゃない?」
「それは伝説上の系統。現実にあるとは思えない」
「まぁ、確かにね。伝説、か……」

 キュルケはライデンの行使した魔法を思い返す。強烈な爆発を伴った光弾、瞬時にして周囲を瓦礫に変えてしまう不思議な円盤。伝説と呼ばれても不思議ではない。ルイズもよく失敗して爆発させていた、とつい二週間ほど前の授業を回想していると、ある共通点に気が付いた。考えてみれば、主人であるルイズも爆発を伴う魔法を使うと言えなくもない。ならば、ルイズは先住、もしくは虚無の系統なのではないか。

「なんてね」

 キュルケの独り言に、タバサが首を捻る。馬鹿馬鹿しい。ルイズがそんな大それたメイジであるはずがない。落ち零れだからこそ、何となく放っておけないのだ。伝説だの先住だの使えるのならば、そんな評価をされるわけがないではないか。
 とにかく、今日の夕方までにルイズが姿を現さなければ、学院に一旦戻らなければならない。事実、これ以上この戦争に首を突っ込むのは、生徒である彼女達にとっては荷が重すぎた。所詮、子供に出来ることは限られている。
 早く帰ってきなさい、とキュルケは呟いた。タバサはその呟きを聞いていたが、表情一つ変えることはなかった。




 早馬を飛ばして丸二日、ギーシュはようやく首都トリスタニアに到着した。何やら街が騒がしいが、アンリエッタの任務の報告をしようと急いでいるギーシュの耳には、それらの雑音は入ってこなかった。
 王宮へと繋がる門をくぐろうとした所で当直であろう魔法衛士隊の隊員に呼び止められた。

「待ちたまえ。氏名及び来訪目的を述べよ」
「僕はグラモン家が三男、ギーシュ・ド・グラモンです。姫殿下により直々に命ぜられた密命のご報告に上がりました」

 隊員はふぅむと顎をなで、どうしたものかと考え込んだ。

「グラモン元帥のご子息とな。ううむ、君を疑うわけではないのだが、現在少しばかり警戒が強められていてな。密命といえど、おいそれと殿下に通すわけにもいかんのだ」
「……何かあったのですか?」

 ギーシュの質問に、隊員は渋い顔を作る。

「ここへ来るまでに何か話を耳にしなかったかね?」
「いえ、少しでも早くご報告に上がる為に急いでいたので……」
「そうか、実はだな……」

 隊員の話を聞いて、ギーシュは目を丸くした。なんでも、アルビオン王家を倒そうとしていた反乱軍が、たった一日にして瓦解してしまったというのだ。城下町はその噂で持ちきりだという話だった。始祖ブリミルが愚か者達に裁きを下しただの、忌まわしきエルフが気まぐれを起こしただの、様々な憶測が飛び交い、現在王宮はその現状確認に躍起になっているという。

「密命なので、本来ならば言うわけには行かないのですが、実は僕はつい先日までそのアルビオンにいたのです。殿下は僕の報告をお待ちになっているのです。お願いします、通していただけませんか」
「ううん……、どうしたものかな」

 隊員は困ったような様子で頭をかいた。と、そこに見知った顔が小走りにやってきた。アンリエッタ姫その人である。どうやら城の窓から門で、ややこしい事態になっているギーシュを見つけたらしかった。
 ギーシュと隊員は、慌てて跪く。

「ミスタ・グラモン! 任務からお帰りになったのですね」
「は、はっ! ギーシュ・ド・グラモン、只今帰還致しました!」
「あの、それで、ルイズと子爵はどちらに? 姿が見えないようですが……」
「ええと、実は、その……」

 難しそうな表情で説明しあぐねているギーシュの姿に、アンリエッタは何かあったのかもしれないと感じた。

「ここで報告を聞くのも何ですね。私の私室でお聞きしましょう」

 隊員は複雑な表情を浮かべたが、姫殿下がそう言うのならば止められるはずもなかった。小さく嘆息すると、ギーシュの肩を軽く叩く。ギーシュは慌てて城へと歩いていくアンリエッタの背を追いかけた。
 アンリエッタの私室へと通されたギーシュは、余りの緊張に体が硬直していた。学院に在籍するものの中で、王女の私室へと通された者がどれだけいるだろうか。緊張していたものの、アンリエッタから報告を求められると、ギーシュは佇まいを正して任務の詳細な報告を始める。
 ラ・ロシェールにて反乱軍と思われる賊に遭遇し、ライデンが退けたこと。
 そこでキュルケとタバサという同級生と図らずも合流することになったこと。
 宿を襲撃され、その場はライデンは片をつけたものの、その後のスクウェア・メイジとの戦闘で、ライデンが前後不覚となったこと。
 航海中に空賊に襲われたが、それはウェールズ皇太子の変装であったこと。
 その後、ルイズが皇太子から件の手紙を受け取ったこと。
 アルビオンから脱出する際、ワルドは皇太子に用事があってしばらく残ると言ったこと。
 そして、ルイズが脱出船に乗り損ねたことと、出航してしばらくしてからライデンが再び起き上がり、アルビオン目掛けて飛んでいってしまったこと。
 報告を聞きながら、アンリエッタは暗い表情をしていた。

「では、皇太子のお手紙は燃やしていただけたの?」
「いえ、そのですね。手紙はミス・ヴァリエールが預かったので、私としては彼女が燃やしたのかどうかは……」

 アンリエッタはそう、と短く答えると黙り込んでしまった。ギーシュが居心地の悪い思いをしていると、少女は口を開いた。

「反乱軍が壊滅したという話はご存知ですか?」
「え、ええ。先ほど軽く話を聞いただけですが……」

 そんな神話級の逆転劇など、ギーシュとしては余りに眉唾であった。
 ギーシュの表情を見てアンリエッタは軽く慰労の言葉を掛け、忠誠には報いるところがなければならない、と言って200エキューもの金貨が詰められた麻袋を手渡した。ギーシュは慌てふためきながらも恭しく受け取ると、失礼しますと言って退室した。
 一人となった部屋で、アンリエッタは思わず呟いた。

「ルイズ、ウェールズ様……、生きているのですか?」




 草木も眠る丑三つ時、ガリア王国首都リュティスから海岸線に向かって100リーグほどの位置にある寒村にて蠢く複数の影があった。影は全部で三つ。人気の無くなった家屋を漁っている。

「ちっ、シケた村だなおい。ロクなもんがねぇ」

 盗賊を生業とする男達は、夜の闇に紛れてこの村を襲った。ほとんどの村人は起きるまでもなく寝首をかかれ、目を覚まして抵抗した者も、やはり例外なく殺害された。男たちにとって、村というのは人間の住む場所ではなく、己たちが狩り立てる獲物が生息している、いわば狩猟場であった。
 比較的目ぼしい物を盗んだ男は、苛立った声で少し離れた場所にいる仲間に呼びかけた。

「おい! てめぇらいつまでガキ犯ってやがる! こんな糞みてぇな村からとっととずらかるぞ!」

 しばらく間を置いてから、興奮して息を切らせている仲間の声が返ってくる。

「も、もう少し待ってくれよ。まだやり足りねぇんだ……!」
「お、俺もせめてあと一回やらせてくれ!」

 男達の喘ぎ声に混じって、未だ年端のいかない少女のものと思われる呻き声が届いてくる。男は苛立ち紛れに地面を蹴り上げる。

「クズどもめ……。呑気なもんだぜ」

 男は自らの腕で、額に浮かんだ汗を拭う。酷く嫌な空気だ。村は蒸し暑いような、それでいて寒気を感じさせるような、説明しがたい空気に包まれている。

「……っ。何だこの空気は……。気持ちわりぃな……」

 汗を拭っても拭っても不快な空気により再び吹出してくる。村には少女を嬲っている男達の狂ったような嬌声が響く。何か、どこかからか何物かに見られている気がする。男の動機が徐々に速まっていく。

「はぁっ、はぁっ、何だってんだちくしょう……!」

 仲間の喘ぎ声は更に激しいものになる。同時に、見張りの男の精神も、異様な圧迫感に晒される。体内に重石を抱えているような、粘り気のある液体の中に飛び込んだような、凄まじい不快感が体に纏わり付く。しかし、体を動かそうにも、悪魔に魅入られたかのように硬直してしまっていた。

(なんだ……。なにがいやがるんだ……)

 何かがいる。自分達以外に、得体の知れない何物かが、この付近に潜んでいる。そしてどこからか、自分達を眺めているのだ。
 男の目は血走り、力一杯に見開かれている。体は動かない。何とか目だけでも動かして、その何かを見つけようとするも、潜んでいる影を捉えることは出来ない。だが、いるのは間違いないのだ。男は確信していた。
 異様な恐怖感に呼吸を乱す男は、背後に忍び寄る影に気付くことはなかった。影は巨大な四本の爪を広げ、男の体をまるで紙細工を丸めるかのように、容易く握り潰してしまった。

「ごびゅっ……」

 それが男の最後の言葉だった。力任せに握り潰されたことで、男の口からは内蔵が逆流して飛び出していた。体内からの圧力に負けた皮膚は無残にも裂け、そこから大腸や小腸などの臓器が絡み合ったロープのように零れている。
 爪から血を滴らせた影は、仲間の死にも気が付かずに狂宴を広げている二人の男に忍び寄る。二人とも、目の前の少女の体に夢中になっているようで、気が狂ったように腰を振り続けていた。

「ひ、ひっ、ひゃはははっ、うひへぇへぇっ、はぁっ、はぁっ……!」

 真後に得体の知れない何かが佇んでいるにもかかわらず、少女を犯す男達は気が付かない。影は手にした巨大な鎌を振り被ると、目にも止まらぬ速度で振り下ろした。男の体は袈裟懸けに切り下ろされ、一瞬置いた後に、凄まじい勢いで鮮血が吹出した。
 己の番を今か今かと待ち侘びていた男は、目の前で仲間が殺されたことなどどうでもよいようで、半分になった仲間の体を突き飛ばして、少女に圧し掛かり腰を振り始める。男の目は完全に焦点が定まっておらず、ただただ本能に従い、行動していた。
 影は気を違えた男の上半身を爪で包むように握り潰した。千切り取られた上半身は、まるで道端に紙屑を投げ捨てるかのように放られる。

「あ……うぅ……えぁ……」

 二人の男に嬲られ続けていた少女の心は既に壊れていた。言葉にならない声を上げながら、涙に濡れ濁ってしまった瞳を影に向ける。その少女が短い人生の幕を引く瞬間に見たもの。それは月明かりによって照らされた、全身が骸骨のように白く、背中には巨大な羽、頭には金色の角を生やし、赤い相貌を爛々と輝かせる死神が、手にしている長大な鎌を振り上げる姿であった。
 少女の細い肉体は難なく両断される。絶望にまみれた少女に、ある種の救いを与えた死神は、誰に気付かれることもなく、やはり静かに村から立ち去っていった。


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