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重攻の使い魔-12


第12話『One Man Rescue』前編


 絢爛舞踏の晩餐会から一夜明け、ギーシュ達は鍾乳洞内の秘密港でイーグル号に乗船するために、疎開する非戦闘員の列に混じって並んでいた。イーグル号に並列して係留されているマリー・ガラント号からも長蛇の列が伸びている。一度は破産したと嘆いていた船長は、運賃及び硫黄の代金に加え、疎開に関わる経費をも受け取れたことで気を取り直したのか、せわしなく出航の準備をしている船員達に発破をかけている。

「これで今のアルビオンともお別れね……」
「……そうだね」

 自分の番を待つ彼らは言葉少なだった。周囲を見回しても、昨夜のような笑顔はどこにもなく、皆一様に沈み込んだ表情をしている。非戦闘員は子供・女性・老人であったが、その内の多くが身内を置いていくことになっているはずだった。父親・夫・息子、愛する者に降りかかる避けられない死をどのように受け止めているのか、年若い少年少女には心情を図ることはできない。ただ、どうしようもなく悲しく、絶望を喚起させるものであることは理解できた。
 憂鬱な顔のギーシュの後ろに並んでいたルイズが口を開く。

「わたし、部屋に忘れ物してるの思い出したわ。あんたたちは先に乗ってて」
「早いところ戻ってきなさいよ。乗り遅れたら洒落にならないんだから」

 そう言うと、ルイズは一目散に城へと続く階段を駆け上っていった。

「そういえば、あの子爵様は?」
「子爵なら少し遅れてグリフォンで追いかけるってさ。何でも皇太子に用事があるらしいよ」

 ふぅんとキュルケは頷き、会話が途切れる。鍾乳洞には乗組員の指示する声が響き、乗船は滞りなく進んでいく。しばらく黙って並んでいると、ようやくギーシュ達に順番が回ってきた。
 キュルケは心配そうな表情をして、隣のギーシュに話しかける。

「ねぇ、ルイズ何やってるのかしら。もう順番回ってきちゃったじゃない」
「きっと並び直してるんじゃないかな。これだけ人がいちゃあ見つけるのは大変だよ。彼女は背が低いしね」

 確かにルイズ程度の身長ならば、同じく乗船を待つ人々に紛れてしまうかもしれない。ギーシュのそんなものだよという楽観的な意見に、キュルケも一応の納得をした。しかし、何となく漠然とした不安を感じていたのだった。




 避難船が出航しようとしている時刻、皇太子とワルドは礼拝堂へ向かって歩いていた。戦の準備で忙しいのか、城内に人気は無い。皇太子としても準備に駆けつけたいところであったが、ワルドにどうか時間を割いて欲しいと頼まれ、言われるままに礼拝堂へと向かっているのであった。

「子爵、それで私に聞いて欲しいというのは何なのだね?」
「申し訳ありませぬ、皇太子殿下。恐れながら、始祖ブリミルの御許でご相談したいのです」

 道中、皇太子が何度ワルドに何用かと尋ねても、返ってくるのは似たようなはぐらかしであった。どちらにせよ、この日の正午には反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃が始まり、自分は命を落とすのだ。要領を得ないワルドにかすかな苛立ちを感じたものの、それをあえて指摘し叱り付ける気分にもならない。魔法衛士隊グリフォン隊隊長という責任ある職務についているワルドのことだ、それほどおかしな相談でもあるまい。皇太子は黙って歩き続けた。
 結局、そうしているうちに、皇太子とワルドは礼拝堂へと到着した。

「それで、相談とは何かね?」
「殿下、まずは始祖ブリミルへと礼拝をさせて頂けますか。始祖を前にして何もなしで会話を始めるなど、無礼千万でございますゆえ」
「……それもそうだな」

 敬虔なブリミル教徒の鑑とも思えるワルドの言葉に、皇太子は押されてしまう。他国の大使が礼拝しているというのに、アルビオンの皇太子である自分がしないわけにはいかない。皇太子も礼拝堂の最奥部に置かれた、荘厳な始祖ブリミルの石像へと向き直り、目を瞑って礼拝を行う。ここまでするのだ、余程難しい相談なのだろう。
 皇太子は背後で同じく礼拝しているだろうワルドの動きに気付くことはなかった。




 今頃は避難船も出航し、ギーシュ達はアルビオンを離れつつあるだろう。ルイズはもう後には引けないことを覚悟していた。

(あと一度だけ……、あと一度だけだから……)

 ルイズは内心で、誰に対して言っているのか自分でも分からない言い訳をしていた。トリステインで待つアンリエッタを悲しませない方法が何かないかと、昨日の夜からずっと考え続けていた。そうして考えに考え抜いた結果、もう一度だけ皇太子に亡命するよう説得してみようと決断したのだった。キュルケ達に嘘を言ったのは、正直に言えば止められるのが目に見えていたからだ。
 とはいえ、このような無謀な賭けに出たのには一応の理由がある。昨夜、しばらくアルビオンに留まると告げたワルドのグリフォンがあれば、ぎりぎりになっても脱出できるかもしれない。今、ルイズは誠実さを見せ付けたワルドに心が傾いていた。
 皇太子を探して、ルイズは城内を走り回る。残った戦闘員に見付からないよう、気をつけながら扉を開いて探し続ける。皇太子の私室、アルビオン王の執務室、厨房、テラス、心を逸らせるルイズを裏切るかのように皇太子の姿は見付からない。

(どこ、殿下はどこにいるの?)

 時折、廊下の角から残留した人々が現れ、危うく見付かりそうになった。人の目を盗みながらルイズは走り続け、礼拝堂の前に差し掛かったところで、人一人が通れそうな程度に開かれた扉に気が付いた。そこからこっそりと礼拝堂の内部を覗いてみると、散々探し続けていた皇太子を見つけた。その後ろにはワルドもいる。どうやら二人は揃って始祖ブリミルへ祈りを捧げているようだった。

(殿下……! ワルドもいる)

 声をかけるため、すり抜けるようにして扉をくぐったルイズは、そこで信じられない光景を目にする。

(え……?)

 皇太子の背後で礼拝していたワルドが、杖の反対側に差された剣を引き抜いたのだ。ワルドは未だ礼拝を続ける皇太子にじりじりと近付いていく。
 ルイズは考える前に走り出していた。




 アルビオンから大分離れ、順調に航行するイーグル号の甲板で、少年と少女が深刻な顔をして周囲の避難民に声をかけていた。声をかけられた者は、質問を聞くと、皆一様に首を横に振る。それを見た少年達はその度に焦りの表情を深めていく。散々船内を駆けずり回ったあげく、二人は顔を突き合わせて青い顔をしていた。衣服は汗で濡れ、肩で息をしている。

「ギーシュ、ルイズはいた!?」
「いいや、探し回ったけどイーグル号の中にはいないみたいだ」

 その時、マリー・ガラント号へとシルフィードに乗って探しにいっていたタバサが戻ってくる。キュルケは焦燥感に駆られながら青髪の少女を問い詰めた。

「タバサ、あっちには?」
「彼女はいなかった。多分アルビオンに残っていると思う」
「そんな……。なんて馬鹿なことを……!」

 イーグル号が出航してからしばらくして、中々顔を見せないルイズを心配してキュルケが探し始めた。いるとすればライデンが保管されている倉庫だろうと足を向けたが、そこにルイズの姿はなかった。嫌な予感がして、ギーシュとタバサも駆り出し二隻の避難船を探し回ったものの、どこにもルイズの姿がなかったのだ。
 そして、今しがたタバサの言った言葉、乗船していないとすればそれしか考えられない。日は昇りそろそろ反乱軍が通達してきた正午に差し掛かりつつある。総攻撃が始まればルイズの命はない。かといって今からシルフィードに乗ってアルビオンへと取って返すことも危険極まりなかった。ニューカッスル城の上空に陣取っているレキシントンに発見されれば、瞬く間に竜騎士隊に包囲され、炎のブレスによって焼き尽くされるだろう。
 彼らにはこの絶望的な戦況を切り抜けるほどの力はなかった。

「子爵がいればグリフォンで帰ってこられるだろうけど、もしすれ違いにでもなったら……」

 今彼らに出来ることは、ルイズが上手くワルドを見つけて帰還の足を確保できるよう祈ることだけであった。
 三人は何となしに物言わぬライデンが鎮座する倉庫へとやってくる。知っている者同士で一箇所に固まっていたかったのだ。その時、何かに気付いたタバサがキュルケの袖を引っ張った。

「どうしたの、タバサ?」
「彼女の使い魔から音がする」
「音?」

 彼らがライデンに近付いてよく見てみると、背中に取り付けられた箱が開いている。その中で、透明な円盤がうっすらと緑色に輝いていた。かすかな、それでいて甲高い音を発しながら回転している。
 三人はそれを見て顔を見合わせた。ライデンは完全に打ち倒されたわけではなかったのだろうか。土のメイジであるギーシュが疑問を纏った二対の目にさらされるが、彼としても何ともいえない現象であった。そもそもこの異端なゴーレムに関して的確の答えを持っている者が存在するのだろうか。

「うーん……。これはどういうことなんだろう?」

 一応は己の領分なので、ギーシュが難しい顔をしながらライデンの背中の箱を覗き込むが、やはり何かが分かるわけではなかった。
 しばらくそうして検分の真似事をしていると、徐々に円盤の回転速度が速まり、それと同時に光度も増していく。そして円盤はついに目も眩むほどの閃光を放出した。

「う、うわわっ! 何だ何だ!?」

 驚いて床に尻をついてしまったギーシュの目の前で、ライデンの全身に散らばっているクリスタルも同様に輝き始める。ライデンの瞳が数回点滅した後、完全に点灯した。赤い鎧を着込んだ巨人は、体内から金属が擦れるような音を発しながらゆっくりと腰を上げ、ついには立ち上がった。

「ライデンが……」

 キュルケは唖然とする。隣に立っていた表情の乏しいタバサも、驚きを隠せないでいるようだった。
 ライデンは立ち上がると、頭を左右に振って何かを探しているような行動を取った。そして今にも倉庫の床板を踏み抜かんばかりに軋ませながら扉へと歩み寄ると、力ずくでこじ開ける。甲板へと出てしばらく立ち竦んでいると、今となっては相当な距離が開いてしまった、雲の上に浮かぶアルビオンを見上げた。すると背中に並んだ4本の煙突のような部位から、山賊との戦闘でも見せたように輝く閃光を撒き散らし、凄まじい轟音を上げながらアルビオン目掛けて飛び出していった。
 突然倉庫の扉を破って巨大なゴーレムが姿を現したかと思うと、事態の飲み込めない内にアルビオンへすっ飛んでいってしまった。甲板で座り込んでいた避難民達は例外なく目を丸くしている。そして、それはライデンを追って甲板へと出てきたギーシュたちにとっても同様であった。

「もしかして、ルイズを探しに……?」
「かもしれない……」

 完全に倒れてしまったと思われたライデンが再び立ち上がり、主人を探して飛び出していった。彼らは呆然としながら、遠ざかっていく軌跡を見送る以外にできることはなかった。




 ルイズは走った。今までの人生で、最も必死になって全力疾走したと言えるほどに走った。今にも手にした剣を礼拝している皇太子目掛けて突き出そうとしているワルドへ向かって突進する。

「殿下、危ないっ!」
「ん……? ぐぁっ!」

 ルイズは全力でワルドに体当たりを敢行した。背後から思わぬ攻撃を受けたことと、ルイズの叫びを聞いて思わず皇太子が振り向いた為に突き出された剣は目標を外した。皇太子の心臓を貫かんとした剣は、左腕を深々と切り裂くに留まった。しかし、目標をそれたといっても皇太子の受けた苦痛は甚大なものであり、鮮血を撒き散らしながら床に膝をついてしまう。
 ワルドは驚愕を顔に張り付かせながら振り向き、そこにルイズの姿を目に留めると、内より湧き上がってくる怒りに顔を歪ませた。歯軋りをしながらルイズの腹を思い切り蹴り上げ、頭を鷲づかみにして放り投げた。

「し、子爵、貴様っ……!」

 呻きながらも立ち上がり、右手に持った杖を振り下ろさんとしていた皇太子に気が付くと、ワルドは表情を変えることなく空気の針を飛ばす。杖を持った右腕と両膝を貫かれ、皇太子は激痛に叫びを上げながら倒れこんだ。更にワルドは横臥する皇太子に歩み寄ると、至近距離で空気塊をぶつける。

「ぅごふぁっ!」

 肋骨が折れ、内蔵を痛めつけられた皇太子は口から血を迸らせた。まだ息はあるようで、喉を上ってくる血によって赤い泡を吹いていた。ワルドは虫の息になった皇太子を見下ろすと、一度頭を蹴り飛ばし、今度はよろめきながら起き上がりつつあるルイズの元へ近寄った。

「ルイズ、何故君がここにいるんだい?」
「ワ、ワルド……、おがっ!」

 ルイズが言い終わらない内に、ワルドはまたも少女の薄い腹部を蹴り上げる。少女は無力にも床を転がり、平時ならば参拝者が腰を下ろしている長椅子の足に、後頭部をしたたかに打ち付けた。
 歩み寄ってくるワルドの顔は怒りに歪みながら笑うという、悪魔のような醜悪な表情に彩られていた。

「僕は、先に行ってラ・ロシェールで待っていろと言っただろう?」

 ワルドはもう声も出せないルイズの桃色がかった長髪を無造作に掴むと、少女を片手で持ち上げる。己の視線と同じ高さまで引き上げると、苦痛に顔を歪ませている少女の頬を思い切り張る。

「全く、言いつけを守れないとは悪い子だ!」

 何度も繰り返し頬を張った後、ワルドは赤く腫れ上がった少女の左頬目掛けて思い切り拳を繰り出した。少女は殴り飛ばされ、長椅子の背に顔を思い切りぶつけられてしまう。何度も殴打されたことで口の中に幾つもの傷を付けられ、歯茎からは血が流れ出す。顔を打ちつけ、鼻血を垂れ流す少女の姿は、飼い主の戯れて痛めつけられる小鳥の様でもあった。

「この旅で、僕がどれほど自分を抑えていたか君に分かるかい?」

 ワルドは両腕を広げ、大げさな身振りで話し始める。ルイズは全身を支配する激痛で、身動き一つ取ることができない。

「この僕が! 君など及びもつかないほどの力を持っているこの僕が、鼻垂れた一人の小娘のご機嫌取りをする、その苦痛が……」

 そこで言葉を区切るとワルドは少女に近付き、胸倉を掴んで引っ張り上げる。

「貴様に分かるか!?」

 怒号と同時にルイズは右頬を殴られる。奥歯の何本かが砕け、空中に血と白く輝く歯の欠片が舞う。

「散々俺を虚仮にした上に作戦の妨害までするとはな……。貴様には失望したよ。虚無の力がなければ、一体誰が貴様のような世間も知らぬ高慢な小娘に求婚などするものか!」

 苦痛で声を出すことは出来なかったが、ルイズは自分の浴びせかけられる罵声を聞いていた。少し疑問に感じる所はあったものの、昨夜まで誠実な態度を取っていた婚約者。その男の想像を超えた変貌に、思考回路がついていかない。

「ルイズ、優柔不断な君のことだ。まだ姫殿下の手紙を持っているんだろう? さあ、渡したまえ」

 一転して優しげな声音に変わったワルドの要求に、ルイズは思わず身を丸めて抵抗する。

「おいおい、素直に渡してくれよ。でないと……、もっと痛い目に遭うことになる!」

 ワルドは身を丸めて無抵抗のルイズを思うがままに嬲る。哄笑をあげながら暴力を振るうその姿は、本気でルイズに手紙を渡すように痛めつけているというよりは、己の心に分厚く沈殿した恨みつらみを発散しているようであった。

「やれやれ、強情だな君は。それじゃあここで面白いものを見せてあげよう。……これに見覚えがあるだろう?」

 そう言ってワルドが懐から取り出したものは、白く塗りたくられた仮面であった。ラ・ロシェールを脱出する際に奇襲によってライデンを打ち倒した、スクウェアメイジが被っていたあの仮面だったのだ。
 顔が無残に腫れ上がり、息も絶え絶えになっていたルイズは、顔を上げたその先に掲げられている仮面を見て、更なる絶望に突き落とされた。

「ワ、ワルド……、あ……なたは、反乱軍だったの……ね……!?」
「くくくっ、全くおかしくてかなわんな! あの薄ら馬鹿のアンリエッタも、貴様も、そこで転がっているウェールズも、どいつもこいつも裏切者の俺を信用する! 愚か者の治める国など滅んでしかるべきなのだ!」

 心の底から笑えて仕方がないとばかりに、ワルドは笑いながらルイズを嬲り続ける。
 幾度も蹴られ、殴られて転がされるルイズは絶望と悲しみに涙を抑えることができなかった。鼻血の混じった鼻水を流し、顔をぐしゃぐしゃに歪めながら少女は己の不運と境遇を嘆く。自分はワルドにかすかな不信感を抱いていた。それでも、ライデンを失って、皇太子の覚悟を眼にしたことで挫けそうになっている時に優しく慰めてくれたワルドに惹かれはじめていた。少しばかりの違和感などもう構わないと思っていたのだ。しかし、己の使い魔を襲撃した男の仲間であり、手紙を奪おうとしたのも、皇太子を殺そうとするのも、全て他ならぬワルドだった。
 惨めだった。目の前の男に好きなように弄ばれ、なんら抵抗することもできない自分がどうしようもなく惨めだった。アンリエッタの想いも、ウェールズの覚悟も、何もかもをこの男は蹂躙している。少女は抑えきれない嗚咽を零す。

「さて、流石にこの騒ぎでは、誰かが駆けつけるかもしれん。その前に貴様を殺して手紙を頂くとしよう。ウェールズと同じ場所で始末されるのだ。精々光栄に思うのだな」

 少女は最早何度目かも分からない殴打を受け、礼拝堂の壁に叩きつけられる。
 ワルドは床に転がっていた己の剣を拾い上げると、地位に見合った優雅な足取りで近付いてくる。歪んだ笑顔を貼り付けた男が歩み寄るにつれ、少女は逃れられない恐怖に縛られた。上手く動かすことの出来ない口からかすかな声が零れる。

「……助けて」
「そうだ、もっと命乞いをしろ。かといってそれで見逃すほど俺は甘くはないがな!」

 ワルドは剣を楽しげに振っている。

「……助けて……!」
「はははは、惨めだなぁルイズ。普段の高飛車な君はどこに行ったんだい?」

 少女は助けを請う。ここにはいない己の使い魔に向けて。反乱軍のメイジに打ち倒された赤い巨人に向けて。

「助けて、ライデン!!」

 少女が全身全霊で叫び声を上げた瞬間、ワルドの左側の壁に亀裂が走り、轟音を上げて石壁を砕きながら赤い閃光が飛び込んできた。剣を振り上げ、今にも振り下ろそうとした時に飛び込んできた赤き人形ライデンに、ワルドは振り向くことすらできなかった。猛烈な突進の勢いそのままにライデンは左腕を繰り出し、無防備なまま左半身に全力の鉄拳の洗礼を受けたワルドは、全身の骨という骨を粉々に砕かれ、筋繊維を引きちぎられた。反対側の壁まで息絶えた体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられると同時に頭蓋が砕け、衝撃でひびの入った礼拝堂の壁が脳漿と血液によって彩られる。
 一秒に満たない間に繰り広げられた一方的な戦闘の後、命が風前の灯となっていた少女は、涙で濡れた顔を上げる。そしてそこにいたのは、自分が心の底から助けを求めた己の使い魔ライデンだった。

「ら、いでん……。らいでん……っ! ぐすっ、うぐっ……、うわぁぁぁぁん!! ライデンっ、ライデンっ!!」

 少女は死を迎える寸前に迎えに来てくれたライデンに縋りつく。死の恐怖から開放されたルイズは、恥も外聞もなく泣き喚いた。
 そこに怒号と壁の崩れる騒音を耳にし、数人の男達が駆けつけた。荘厳な礼拝堂の壁に大穴が開き、赤いゴーレムに縋りついて大泣きしている大使の少女と、血を吐いて横臥している皇太子を見つけ、彼らは余りの事態に一瞬我を忘れた。しかしすぐさま気を取り直すと、皇太子へと駆け寄った。

「一体なにがあったのです、殿下!?」
「大使の、ワルドに襲われたんだ……。すんでの所で彼女に救われた……」

 水のメイジによる応急処置を受けながら、皇太子はことのあらましを説明した。話を聞き終え、臣下たちは憤怒の表情となる。

「おのれレコン・キスタめ、大使に成りすまし、殿下のお命を奪おうとするとは何たる外道! よもや他の大使も……!?」
「言っただろう。私は奴と同じく大使である彼女に救われた。裏切者は奴だけだ。……そんな奴も、もうこの世にはいないが……」

 皇太子が見やった先は、最早人間としての原形を留めていないワルドの遺骸であった。次にルイズに目をやると、少女は涙も枯れたのか、ゴーレムの足元でへたり込んでいる。表情からは感情が抜け落ち、その瞳には度重なる絶望で、底の見えない虚無を湛えていた。
 皇太子がルイズの治療をするように指示すると、すぐさまに部下は幾度も繰り返された暴行により、傷だらけになった少女の治療を始める。応急処置を受ける間も、ルイズは特に反応らしい反応を見せなかった。
 部下に肩を借り、どうにか立ち上がった皇太子は、未だ呆然と座り込んでいるルイズに声をかける。

「ラ・ヴァリエール嬢、命を救ってもらっておいて何だが……申し訳ない。もうこの城から君を逃がしてやれそうもない」

 ルイズは俯いたまま皇太子の言葉を聞いていたが、無表情はそのままにすっくと立ち上がった。

「……ライデン、来なさい」

 少女は地獄の釜から瘴気に溢れた湯気を吐き出すように、果てしなく暗い声を出す。幽鬼のようにおぼつかない足取りで礼拝堂の扉へと向かう。
 去っていく少女に皇太子に肩を貸している男が声をかけようとしたが、皇太子に静かに制された。レコン・キスタによる総攻撃が始まる時刻も迫っている。もうルイズは自分達と同じ運命を辿るしかないのだ。
 その後、小さな声で呟かれた少女の言葉は、彼らには聞こえなかった。

「殺してやるわ……反乱軍……」

 少女は、肉の塊となった己の元婚約者を振り返ることはなかった。


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