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重攻の使い魔-11


第11話『沈む王国』


 ルイズ一行を乗せたアルビオン軍艦『イーグル』号は浮遊大陸アルビオンの入り組んだ海岸線を、大陸下半分を覆う雲に隠れるようにして航海した。三時間ほどそれを続けると、前方に大陸から突き出した岬が目に入る。そしてその突端には、高い城が聳え立っていた。
 イーグル号は直接城への進路は取らず、更に大陸の下に潜り込むように降下した。疑問を顔に浮かべたキュルケたちを見て、皇太子は遥か上空を指差す。雲の狭間から見て取れたのは、城へと降下しつつある巨大な戦艦であった。全長はイーグル号のゆうに二倍はあり、帆を何枚もはためかせている。
 巨艦は城と同じ高度に停止したかと思うと、標的としたであろうニューカッスルの城目掛けて、側舷に並べられた砲門を一斉に開いた。片舷54門の斉射は空気を震わせ、重々しい砲撃音は離れているイーグル号すらも揺さぶった。城壁が砕かれ、小規模な火災が発生しているのがここからでも見て取ることができる。おそらく今の砲撃で、戦死者の名簿に新たな数行が書き加えられたのだろう。

「かつて私の乗艦であった本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。叛徒共に強奪されてからは『レキシントン』と名を変えているようだがね。我々が奴らに初めて敗北を喫することになった、……忌々しい土地の名さ」

 巨大戦艦は一暴れして気が済んだとばかりに再び上昇していく。艦の周囲には竜が飛び交っているのがかろうじて見えた。皇太子はかすかに悔しさを滲ませた口調で告げる。

「現在我々はあの艦が率いる反乱軍に包囲されていてね。時々嫌がらせのように砲撃していく。もはや死に体のこちらを嬲るが如くね。流石にこの艦であの化け物に勝つのは不可能だ。……だから秘密の港を使って城へと入る。大使を迎えるには色々と味気ない港だが、まあそこは容赦願いたいな」

 大陸の影になっていることも相まって、一寸先も見通すことのできない雲中を器用にイーグル号は突き進んだ。数十分ほど航行すると、マストに灯された魔法の明かりによって、直径300メイルほどもある巨大な穴が開かれているのが目に入る。イーグル号と曳航されるマリー・ガラント号は、隠された港があるであろう穴へと入っていく。
 反乱軍の目を盗んで侵入する様を見て、ぽつりとワルドが呟いた。

「秘密の港……、まるで空賊ですな」
「君の言うとおり正に空賊なのだよ、子爵」

 そういう皇太子の表情は少しばかり楽しそうであった。
 イーグル号とマリー・ガラント号は巨大な鍾乳洞を利用して造られた秘密港に係留され、一行は待ち構えていた大勢のアルビオン王党派の人々に迎えられた。皇太子にパリーと呼ばれた老メイジと、集まっていた兵隊達は、マリー・ガラント号の積荷が硫黄だと聞くと、鍾乳洞が崩れんばかりの大歓声を上げた。老メイジは感動にむせび泣き、皇太子と自分達の死に様を楽しげに話し合っている。
 皇太子からルイズ一行がトリステイン大使であると聞いた老人は朗らかな笑顔で近付いてくる。

「これはこれは大使殿。わたくしは殿下の侍従を仰せつかっておりまするパリーでございます。遠路はるばるアルビオン王国へようこそいらっしゃいました。大したもてなしはできませんが、今夜のささやかな祝宴に是非ともご出席下さいませ」




 ルイズ・ワルド・ギーシュの三人は皇太子に導かれ、彼の私室へと向かった。正式な大使ではないキュルケとタバサは、現在パリーに城内の案内をしてもらっている。ニューカッスル城の最上層部、天守の一角に置かれている皇太子の私室は、一国の王子のものとは到底思えない、非常に質素な部屋であった。これならば、まだしも学院の寮の方が洒落ている。
 木材で組まれた簡素なベッドに、同じく木製の椅子とテーブルが一組。この部屋で最も手の込んだ物があるとすれば、壁に飾られている、戦の様子を描いたタペストリーぐらいのものだった。
 皇太子が椅子に腰掛け机の引き出しを開くと、中には全体に宝石が散りばめられた小箱が収められていた。彼は先端に小さな鍵の付いた首飾りを外すと、その鍵で小箱を開錠する。中から幾度も読み返され、既にぼろぼろとなってしまっている手紙が取り出された。
 皇太子は愛おしそうに口付けし、破かないように優しく開き、そして静かに読み始めた。手垢の付いた手紙は、何度もそのように繰り返し読まれたものらしい。一通り読み返すと、同じように丁寧に折り畳み、封筒に入れた。

「これが姫から頂いた手紙だ」

 ワルドが一礼して受け取ろうとした時、皇太子は若干迷った表情を見せた。すまなさそうに手で制する。

「すまない子爵。この手紙は、できればヴァリエール嬢に受け取ってもらいたいのだ。……アンリエッタから指輪を預けられた彼女にね」

 素直に下がり、ワルドは虚を突かれた顔をしたルイズの背を押した。ルイズは慌てて一礼して皇太子から手紙を受け取る。

「明朝、非戦闘員を乗せたイーグル号がここを出発する。君達はそれに乗ってトリステインに帰りなさい」

 一体いつ送られたのか分からない、酷くくたびれた手紙を見つめながらルイズは考えていた。なぜ死を前にしてこれほどまでに落ち着いていられるのだろうかと。この手紙の内容は、きっと自分が考えている通りのものに違いない。そしてアンリエッタから渡された手紙には、おそらくとある一文が書かれているはずなのだ。
 黙りこくってしまったルイズに、皇太子は小さく眉をひそめながらどうしたのかと声をかける。

「殿下……。やはり、王軍に勝ち目はないのですか? 本当にアルビオン王家は汚らわしい反乱軍に敗れてしまうのですか?」

 ルイズは思わず口をついてしまう。暗い表情をする少女を前にしても、皇太子は何ら気負うことなかった。王軍300に対し、反乱軍5万。彼我戦力差は絶望的だと、至極あっさりと答える。そして自分は誰よりも真っ先に戦死するつもりだとも。容赦のない現実に、少女は思わず歯噛みする。今ここに己の使い魔がいたならば、もしかしたら戦局を覆すことができたかもしれないというのに。
 皇太子の言葉を聞き、ワルドとギーシュに少しの間だけ席を外してほしいと伝えると、ルイズはそれまで考え続けていた疑問を口にした。

「殿下、無礼をお許し下さい。恐れながら申し上げたいことがございます」
「なんなりと申してみよ」
「ただいまお預かりしたこの手紙……、これは姫様からの恋文だったのではありませんか?」

 秀麗な片眉を軽く上げると、皇太子はルイズに先を促す。

「この任務をわたしに仰せ付けられた際の姫様のご様子、国を行く末を心配なさっているというよりは、まるで恋人の身を案じるかのようでございました。それに、先ほど殿下が姫様からのお手紙をお読みなさった時のお顔は……、その……」

 皇太子は一度は閉じた小箱を再び開けると、内蓋を悲しげな目で眺めた。そしてしばらく眉間にしわを寄せて悩む仕草を見せた後、ぽつりぽつりと話しはじめた。

「君が言うとおり、その手紙は恋文だよ。始祖ブリミルの名において、私に永久の愛を誓っている、ね。この手紙が白日の下に晒された時、ゲルマニアのアルブレヒト三世がどのような選択を取るかは分からない。アンリエッタを重婚の罪だと糾弾して、当然の如く婚約を破棄するかもしれないし、どうでもいいと言って結婚するかもしれない。まあ同盟を考えれば、そのような手紙は処分されるべきだろうね」
「殿下は姫様を今でも愛しておられるのでしょう?」
「……昔の話さ」

 皇太子の話を聞く内に、ルイズは徐々に俯いてしまう。自分の中で限りなく確実に近い推測を述べる。

「……トリステインに亡命なさるおつもりはないのですか? 姫様はきっと手紙にそう書いておられるはずです。あの方はご自分の愛した人を見捨てるようなことは絶対になさりません。……わたしは、姫様の人となりをよく知っております」
「そのようなことは一行たりとも書かれてはいないよ」

 返された言葉に思わず口を開こうとしたルイズを、皇太子は静かに制する。表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。

「王族は民に嘘はつかぬ。アンリエッタはトリステインの王女だ。己の都合を国の大事に優先させるはずがない。姫と私の名誉に誓う。亡命を薦めるような文はただの一行も書かれていない」

 自分の言葉は皇太子の決意を覆すことはできない。目前に迫った皇太子の死と、間違いなく嘆き悲しむであろうアンリエッタの姿を思い浮かべ、ルイズはどうしようもない無力感に苛まれる。自分一人では何もできない卑小な自分がどこまでも憎かった。
 俯いてかすかに震えているルイズを前に、皇太子は務めて明るい口調で話す。

「君は本当に正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。ご両親に似て真っ直ぐないい目をしている。だが、そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」

 そう言うと、皇太子は机の上に置かれている時計、水が張られた盆を眺める。俯いているルイズに部屋から出るように言う。

「そろそろパーティの時間だ。君達は我が王国が迎える最後の賓客だ。是非とも出席して欲しい」




 滅びゆく王国の最後の晩餐は、随分と華やかなものだった。明日の一方的な虐殺になるであろう戦闘のことなど頭にないとでも思えるほど、王党派の貴族達の表情は輝いていた。まるで園遊会のように着飾った老若男女が踊りまわる様は、いささか現実離れしていた。
 現アルビオン王、ジェームズ一世の演説と、それを聞いて俄然盛り上がる参加者を眺めながら、キュルケは珍しく沈み込んだ表情をしていた。

「死を目前にした人たちのパーティって惨めね……」
「……仕方がないんじゃないかな。無理にでも笑わないと、……戦えないよ」

 賓客として迎えられた一行は、上座の傍に席を与えられていた。そこからはホール全体の人々を眺めることができた。
 皆笑っている。勇ましい言葉を叫びながら踊り狂っている。ギーシュとキュルケには、しばしば底抜けの笑顔で語りかけてくる人々がどうしようもなく悲しい存在に見えた。ギーシュはグラスに注がれた赤ワインに写る自分の暗い表情を凝視する。もとより感情というものがあるのか無いのか判断しづらいタバサは、そのような人々を前にしても特に何も言うことなく出された料理をほおばっている。ギーシュはかすかに眉をひそめたが、別段非難することはなかった。あまり喋る気分になれないのだ。
 ルイズは気分が優れないのか、早々に席を辞していた。一人ふらふらと会場から出て行くのを、キュルケたちは横目で見ていた。ワルドはというと、なにやら皇太子と話し合っている。距離がある上に、参加者の喧騒で会話の内容を知ることはできない。

「ねぇ、ギーシュ。どういう任務だったの?」
「悪いけど言えないよ。何しろ姫殿下から直々に言い渡された秘密任務だからね」

 キュルケが話題を振ってみるも、どうにも先に続かず二人は黙り込んでしまった。明日の早朝に自分達は先に脱出する。その後、虐殺されていくであろう人々を残して。親しい顔見知りがいるわけではなかったが、目の前の人々の命がもう一日もないことを考えると、暗澹たる気分になってしまう。世の不条理を受け入れるには、彼らはまだまだ若すぎた。




 ルイズは暗い廊下を、蝋燭を載せた燭台を手に歩いていた。人影の無い廊下には、ホールから漏れ出る笑い声が響いてくる。窓から差し込む月光は、地上に暮らす人々の生き死になどどうでもよいとばかりに、普段と変わらぬ輝きを見せていた。
 自分の足音だけが響く廊下を通り抜け、砕かれた城壁の瓦礫を踏み越え、秘密の港へと通じる階段を下りていく。昼間、ここにいた大勢の人々は皆宴会に参加しており、港は鍾乳石から滴り落ちる水音と、小さく響く足音に支配されていた。ルイズは係留されているイーグル号へと乗り込み、皇太子から聞いていた倉庫へと向かう。
 蝶番を軋ませながら開かれた扉の先には、赤いゴーレムが力無く座り込んでいた。少女はその隣に座り込むと、膝を抱えて顔をうずめさせた。

「どうして……、どうしてあの人たちは死を選ぶの? 姫様が逃げてって言ってるのに……、どうして……」

 少女の呟きに返事をするものはいない。床に置かれた蝋燭の炎がかすかに揺れて、倉庫に映し出された影が震える。

「ねぇ、ライデン、起きてよ……。あんたがいてくれたら、皇太子様たちを助けれるかもしれないのよ……。お願い、起きてよ……、ねぇ……。……うっ……ううぅ……」

 沈黙を貫く己が使い魔に、少女は涙を零す。やはり自分はこの使い魔がいないと何も出来ないのだ。お勉強ができるだけの頭でっかちな落ち零れメイジが、今この場でできることは何も無かった。またしても少女は己を糾弾する。なぜこんなにも無力なのか。逃げることしかできない小娘が。自虐の螺旋を留めてくれる人間は、ここにはいない。




 イーグル号の倉庫でひとしきり泣いた後、ルイズはふらふらとおぼつかない足取りであてがわれた部屋へと戻ってきた。目の周りは流された涙で腫れぼったくなっている。ベッドに飛び込み、枕に顔をうずめていると、部屋の扉が控えめに叩かれた。しばらく無視していたが、しつこく叩かれるので、よろめきながら扉へと向かう。
 扉を押しやると、そこにいたのはワルドであった。

「ルイズ、少しいいかな。余りに君が落ち込んでいて気になってね」
「……少しだけなら」

 そう言うと、ルイズはワルドを部屋に入れる。簡素なテーブルに腰掛けると、少女もまた同じように腰を下ろした。ワルドは少女の胸ポケットから覗く手紙の端を見やると、ぽつりと尋ねた。

「……手紙、燃やさないのかい?」

 その問いに、しばらくルイズは沈黙していたが、小さな声で呟きはじめる。

「……やっぱり、この手紙は燃やせないわ。……せめて、姫様に届けたいの」

 ワルドはそうか、と一言だけ言うと背もたれに身を預け、天井を見上げる。そして顔を戻すと、真剣な表情で語り始める。

「僕はしばらくここに残ろうと思うんだ。……少しでも殿下の力になりたいんだよ」

 ルイズははっとした表情で何かを言いかけたが、ワルドは分かっているというように制する。

「死ぬつもりはないよ、本当に少しだけさ。役目を終えたらすぐにグリフォンで脱出する。だから心配はしなくていい。君達は先に脱出してラ・ロシェールで待っていてくれ。すぐに追い付くから」

 ワルドの決意に、ルイズは目を伏せる。自分は彼のように立派なメイジではない。たとえ言葉でいずれ素晴らしいメイジになると言われているとしても、今はただの無力な少女にすぎない。
 俯いたルイズに、ワルドは優しく声をかける。

「ルイズ、こんな時にこのような話をするのもなんだが……、トリステインに帰ったら僕と結婚して欲しい。もう誰にも君を落ち零れなんて言わせたくないんだ」

 少女の心が揺さぶられる。四面楚歌、敵に囲まれた中での晩餐会を目にしたことで弱気になっているルイズにとって、ワルドの求婚は安らぎを感じさせるものだった。ライデンが倒れ、すがりつくものを失ったことも影響していた。
 ワルドは立ち上がり、ルイズの額に軽く口づけをする。ルイズがそれを拒むことはなかった。

「皇太子殿下は、姫殿下に勇敢に戦ったと伝えて欲しいとおっしゃっておられたよ。……だから僕もそんな殿下の姿を目に焼き付けようと思う。……それじゃあお休み、僕のルイズ」

 ワルドが部屋から出ていった後も、しばらくの間ルイズはテーブルに腰掛けたままだった。
 結局、皆死ににいくことを美化している。待つ人や残される人のことなど考えていない。ルイズは男特有の身勝手な、それでいて自己陶酔している一連の行動に、どうしようもないやるせなさを感じていた。


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