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ラスボスだった使い魔-30


 トリステイン王国とガリア王国との国境から南に1000リーグほど離れた位置にある、ガリア王国の王都リュティスの東端。
 そこには、ガリアを統べる王族の人間が暮らすヴェルサルテイルという宮殿が存在している。
 そして、更にその中に存在する、青色の大理石で構成された建築物。
 この美しさと荘厳さと壮麗さを兼ね備えたグラン・トロワの最奥には、現ガリア王、ジョゼフ一世が暮らしていた。
 その自室にて、ジョゼフは黒いローブを着込んだ老人とチェスを指し合っている。
「ふぅ……むぅ……」
「……………」
 時刻はもはや深夜を過ぎていると言うのに、両者は全く疲れた様子も見せずにチェスに興じていた。
 特に老人の方は、チェス盤を前にして『考える素振り』すら見せていない。
「……よし、これでどうだ!」
 不敵な笑みを浮かべつつ、カン、と高らかに音を響かせて盤上の黒の駒を動かすジョゼフ。
 しかし相手をしている黒衣の老人は眉一つ動かさずに白の駒を手に取ると、それを無造作にある一点に移動させる。
「チェックメイト」
 老人はポツリと呟くが、窮地に追い込まれたはずのジョゼフは笑みを崩さない。
「フン、その手は既に考えて……」
 ジョゼフは自分の思惑通りに対局が動いたことに喜色を浮かべながら、駒を手に取り、そして先の先の更に先まで展開を予測し……。
「……ん? いや、ちょっと待て!」
 頭の中でこの対局の『終局図』まで描き終わった時点で、今の今まで自分が抱いていた思惑に致命的な欠点があることに気付き、唐突に慌て始めた。
「『待った』はもう使い果たしているはずじゃが」
「いや、しかし……う、ぐ、ぬ、ぅぅぅうううううう~~~……」
 ジョゼフはその驚異的な頭脳の回転により次から次へと攻め手を考えるが、シミュレーションすればするほど手詰まりであることを思い知ってしまう。
 そしてたっぷり十五分間ほど悩み抜き、百数十通りものパターンの手を頭の中で試した末……。
「…………投了だ」
 肩を落としながら、その言葉を口にした。
「まったく……またこれで全敗記録が更新してしまったか」
 そんなことを言いつつも、ジョゼフの口調に悔しげな色はあまりない。
 ……最近の彼は、『比較的』ではあるが上機嫌であった。
 この目の前にいる老人の正体は、伝説の『虚無』の魔法を操る自分の力ですら及びもつかない……四系統のメイジも虚無もエルフも全てひっくるめた『ハルケギニアの全戦力』を投入したとしても、負けてしまう可能性の方が圧倒的に高いほどの超越的な存在である。
 もはや形容する言葉すら見つからない。
 『怪物』や『バケモノ』などの言葉では、とても表現しきれない。
 『悪魔』などという生易しいレベルではない。
 それでも強いて言うのなら……。
(『神』か? いや、本物の『神』であるのならば、わざわざ人であるこの俺とこのような遊びに興じはすまい……)
 ならば神とは似て非なるモノか、と自分なりにこの存在を形容する言葉の結論に達するジョゼフ。
 ふと現在時刻を確認すると、
「……おお、もうこんな時間か! いやはや、お前とチェスをしているとつい時間を忘れてしまうな! なかなか良い『退屈しのぎ』だ!!」
 退屈しのぎ。
 ジョゼフにとって、老人との対局は娯楽にはならなかった。
 既に老人との対局回数は300回を越えていたが、その中でジョゼフは一度も『楽しみ』を感じていない。
 …………なぜなら彼がチェスの指し合いを『楽しく』感じる相手は、もういないのだから。
「……そもそも人間ごときが、ワシの開明脳の演算処理能力に勝てるわけがないじゃろうに。お前のやっていることは、単なる徒労に過ぎんぞ?」
「そうか? まあ、人間というモノは、無駄と分かっていてもそれに挑んでみたくなるものでな。大体、傷が癒えるまではお前もやることがないのだろう? ならば俺に付き合っても構うまい」
「断る理由はないがな……」
 黒衣の老人―――ブレイン卿と名乗っている人物は、若干呆れたような様子で呟く。
 その本性である『闇黒の叡智』こと『ダークブレイン』は、本来ならばこのように人間のような仕草や動作を見せることなどは決して在り得ない。
 だが、仮の姿とは言え人間の形態を取っていると、思考パターンや行動パターン、細かい挙動に至るまでが人間のようになってしまうのである。
 『至高の想念集積体』、と自分で言うだけあって様々な思念や人格が渦を巻いているのだが、その内包している無数の想念からも少なからず影響を受けている。
 これは『決まった形を持たず、その時々で姿を変える』という、ダークブレインの特質がもたらす弊害であった。
「さぁて、このチェスが取りあえず片付いた所で……それでは『もう少し規模の大きな盤』の方はどうなっている?」
 盤と駒を片付けつつ、ジョゼフはブレイン卿に尋ねる。
 世界の全てを看破し見透かすことの出来る『暗邪眼』にかかれば、ハルケギニアの情勢の把握などは本日の天候を確認することと大差がないからだ。
 使い魔の契約を結んでいるのでジョゼフはブレイン卿と五感を繋ぐことが出来るのだが、人間などを遥かに超越した存在であるダークブレインと感覚を共有することは危険すぎる、とブレイン卿に忠告されてからは自重している。
 ちなみに契約を結んだ当初はブレイン卿の額に使い魔のルーンが刻まれていたが、今は刻まれていない。
 これはブレイン卿がもたらされた『使い魔としての力』……あらゆるマジックアイテムを操る『ミョズニトニルン』の能力を、
『要らん』
 という一言で消し去ってしまったためである。
 なお、『思考の方向を主人やハルケギニアに向ける』というルーンの効果はダークブレイン相手には全く効果がなく、しかし干渉が煩わしいのは確かなのでその部分も消去していた。
 ……と言うより『主人との感覚の接続機能』以外、ルーンの機能は全て消去している。
 ならば使い魔の契約そのものを結ぶ意味があるのかどうか疑問ではあるが、これで両人は納得しているらしい。
 閑話休題。
 先ほど放たれたジョゼフの問いに、ブレイン卿は無感情に答えた。
「……今の所、大した動きは無い。とは言え水面下で着々と戦争の準備は進めているようだし、あと2~3ヶ月もすれば本格的な戦争が始まるじゃろうな」
「ふむ、2~3ヶ月か……待ち遠しいな……」
 最初に起こしてみたのは、クロムウェルという男を焚き付けたことによるアルビオンの内乱であったが……ジョゼフはこれに何の面白味も感じなかった。
 何せ一方的過ぎて最初から勝利が決まっていたのだ。今となっては、むしろ圧倒的不利な状況で奮戦したというアルビオン王軍の方に魅力を感じている。
 続いて、そのクロムウェルが征服したアルビオンによるトリステインへの侵攻。これは少しだが興味を引かれた。
 トリステインの『虚無』が目覚めた記念すべき戦いである。どのような担い手なのか、その使い魔はどのような存在なのか、『虚無』をどのようにして使うのか、興味は尽きない。
 そしてそう遠くない将来、アルビオンとトリステインは本格的な戦争を始めようとしている。
 ガリアとしては当面『我関せず』の立場を貫くつもりではあるが、いつでも参戦が出来るように準備はしておくつもりだ。
 なぜなら……。
「ふぅむ、どのタイミングでどちらに仕掛けるのが最も面白いのやら。トリステインか? アルビオンか? あるいは両方か? 消耗戦になりでもしたら観客としては詰まらんしなぁ」
 これは悩みどころだ、と唸るジョゼフ。
「……お前は自分の精神的充足のためだけに、自分が統べる国を戦争に参戦させるのか?」
「それ以外に何がある?」
 今更な質問に対して、ジョゼフは何を言っているんだ、とばかりに疑問の声を上げる。
(…………この男が我らに繋がるゲートを開けたことの理由の一つは、これか)
 無表情にジョゼフを観察しながら、内心でダークブレインとしての思考を行うブレイン卿。
 召喚された直後に既に分かっていたことだが、この男は人間としては致命的な欠陥を抱えている。
 通常、知的生命体が持っている『感情』が無いのだ。
 まるで壊れた機械のように。
 加えて妙なことに、この青髪の男は自分が壊れていることをハッキリと自覚している。
 そして、それを正常に戻そうと足掻いていた。
 痛み、苦しみ、悲しみ、憎しみ、蔑み、妬み、怒りなどのマイナスの感情を得ようと世界を乱し。
 夢、希望、心、勇気、優しさ、善、想い、信頼、絆、友情、願い、愛などのプラスの感情を得ようと愛人をかこい、その彼女に何とかそれらの感情を抱けぬものかと試行錯誤する。
 だが、結果は今のところ全て失敗。
 せいぜいが『面白そうな事象に対して軽い興奮を覚える』程度であった。
 そんなジョゼフなのだから、マイナスの感情をエネルギーとし、プラスの感情を滅ぼし尽くすダークブレインとは『それなりに』相性が良い。
(『因子』だけではなく、ある意味で我らはこの男に召喚されるべくして召喚されたのかも知れぬ……)
 そこまで一瞬で思考して、しかしそんな様子は微塵も表に出さずにブレイン卿は会話を続ける。
「そうじゃな、つい失念していた。ワシとしても世界が混乱に包まれるのは望むところじゃし、ここはお前の演出に期待するとしようかの」
 と、ブレイン卿が発したその言葉にジョゼフが反応した。
「演出? ……おお、そうか、『演出』か! そうだな、この戦争の発端は俺が引き起こしたことだし、その後もあのオモチャを操って色々と手を出した! ハハ、何だ、舞台劇の演出家というのはこういう気分なのか! これは良いことに気付いた!!」
 そしてジョゼフは、再びガリア参戦のタイミングについてアレコレと悩み始めた。
「役者はほとんど俺の予想外の動きをするというのが難点ではあるが、それもまた面白い! ……ならば幕引きのタイミングを決めるのも『演出家』の仕事だな!」
 ああでもないこうでもない、と自分の頭の中に入っているガリア艦隊の規模や兵力を整理しつつ、ジョゼフはこの戦争におけるガリアの大まかな方針を決めにかかる。
「トリステインかアルビオンか……いずれにせよ、しばらくは静観だ。まずはこのゲームの途中経過を見て楽しむ。その上で……まあ、どちらにするかはその時に決めるか。
 お前がこの世界のメイジを分析して『造った』デブデダビデとかいう輩にも、逐一あのオモチャの様子を報告してもらうが、それで構わんか?」
「構わん。どの道アレらは使い捨てじゃ」
 アッサリと言うブレイン卿。
「何だ、使い捨てることを前提であの連中を造ったのか? 酷い奴だな、お前は!」
「自分が造った道具を自分がどう使おうと、別に自分の自由じゃろう?」
「おお、確かに」
 噛み合っていないようで噛み合っているジョゼフとブレイン卿。
 そして時刻もいい加減に深夜を過ぎつつあったので、さすがにそろそろ眠くなってきた、とジョゼフは寝室に向かった。
 ちなみにブレイン卿は眠る必要がない、と言うより『眠るという機能』がないのでジョゼフの私室で起き続けている。
「それではお休み、ダークブレイン」
「ああ」
 ドアを開け、部屋の明かりを落として退室するジョゼフ。
 残されたブレイン卿は、暗闇の中で何をするでもなくじっと佇んでいる。
「……………」
 眼を閉じ、沈黙を続けるブレイン卿。
 このままじっと朝まで過ごす、というのが彼の夜の過ごし方だった。
 だが。
「………」
 数十分ほど経過した時点で、ブレイン卿は突然パチリとその眼を見開く。
 召喚されてからハルケギニアの暦で2ヶ月以上が経過しているが、その間この『夜の沈黙』の最中に何らかのアクションを起こすということは今までになかったことである。
「……………」
 ブレイン卿は首をぐるりと北の方向に向け、ポツリと呟いた。
「……因果律が変動している……」
 ―――その言葉の意味を正確に理解が出来る者は、現在のハルケギニアにはブレイン卿を含めて3人しか存在していない。

 トリステインとガリアの国境をまたぐ形で存在している、ラグドリアン湖。
 時刻は既に深夜2時を過ぎていると言うのに、その湖畔の前には総勢9名の男女が集まっていた。
 彼らの目的はただ一つ、水の精霊との交渉である。
「水の精霊よ、もうあなたを襲う者はいなくなったわ。約束通り、あなたの一部をちょうだい」
「……………」
 主な交渉役であるモンモランシーの姿を模している水の精霊は、その言葉に反応して小刻みにブルブルと震える。
 そして自らの身体を切り離し、一同へと飛ばしてきた。
「うわ! うわわっ!」
 ギーシュは慌ててビンを使い、その『水の精霊の涙』を受け止める。
「……ようやくか」
 これで主人が元に戻る目処がついた、と息をつくユーゼス。
 それでは自分たちの当面の目的も果たしたことだし、今度はタバサたちの目的を果たすべく水の精霊に質問を……と口を開きかけたところで、予想していなかった事態が起きた。
「…………因果の糸を操りし者よ。お前に一つ問いがある」
 何と、水の精霊の方から問いかけがあったのである。
「はぁ?」
「インガの糸?」
 無論、いきなり『因果の糸』などと言われても、それが何を意味しているのか分からない人間にとってはただの意味不明な単語だ。
 しかし。
(気付かれるとはな……。精霊の名は伊達ではないということか)
(……ふむ、アレに因果律への干渉が出来るとも思えませんが……。それを察知する程度の能力はあるようですね)
 それを理解してるユーゼス・ゴッツォとシュウ・シラカワの2人は、若干ではあるが水の精霊を警戒し始めた。
 もっとも主に警戒しているのはユーゼスで、シュウの方は興味深げに水の精霊の言動を聞いているだけだったが……。
 ともあれ、知らない振りを貫き通せる相手でもなさそうである。
 ユーゼスは仕方なさそうに一歩前に出て、答えの分かりきっている確認を行った。
 ちなみにユーゼスに張り付いているルイズは会話の内容などはどうでもいいようで、ふにゃっとしながらユーゼスに寄りそっている。
「……その『因果の糸を操りし者』とは、私のことか?」
「そうだ。我はお前に問いがある」
 水の精霊はまた何度もぐねぐねと形を変え、またモンモランシーの姿に落ち着くと、その確認を肯定する。
 さて何を聞かれるのか……とユーゼスが身構えていると、横にいるエレオノールから質問が放たれた。
「ちょっとユーゼス、『インガの糸を操りし』って何よ?」
「……おそらく先ほどミス・ツェルプストーとミス・タバサを治療した方法を、何か特殊な方法だと思っているのだろう。アレはどうもハルケギニアにとっては未知の手段らしいから、それを水の精霊なりに解釈したようだ。
 …………私は魔法も何も使えない、ただの人間だというのにな」
 実際にはこれ以上の『特殊な治療方法』などは存在しないと言っても過言ではないのだが、それを説明するわけにはいかない。
 それにクロスゲート・パラダイム・システムがなければ、自分は本当にただの人間でしかないのである。
「……?」
 だがエレオノールはそのユーゼスの言葉に、妙な引っ掛かりを感じていた。
「水の精霊が注目するような『特殊な方法』で、『未知の手段』……?」
 何だと言うのだろうか、それは。
 傍から見ていた分には『単なる気付け』にしか見えなかったのだが、あの行為のどこにそんな要素があったのだろう?
 いや、それ以前にあの行為は一体何をしていたのだろうか?
 具体的に何をやっていたのかなど、全く聞いていない。
「……………」
 考えれば考えるほど、エレオノールの内心に疑問が湧き出てくる。
 しかしいくら頭の中で考えていてもラチが明かないので、こうなったら直接聞くしかない、と口を開いた。
「ユーゼス、それは……」
「水の精霊よ、お前の問いとやらには答えてやっても構わないが、その代わりに私からも質問を行って構わないだろうか」
「良いだろう。それではまず、お前から問いを放つがいい」
 しかしエレオノールの問いを遮るようにして、ユーゼスは水の精霊との会話を続ける。
「ちょっと! アッサリ私を無視するんじゃ……」
「……今は取りあえず水の精霊とのやり取りが第一だ、ミス・ヴァリエール」
「むぅ……」
 まあ確かに人間とのやり取りと精霊とのやり取りだったら、後者を優先するのが当然ではある。
 当然ではある、のだが……。
(……何よ。私の方を優先してくれたっていいじゃないの、もう)
 だが『当然のこと』や『正論』に対して、全ての人間がアッサリ納得出来るかと言うと、そうでもなかったりするのであった。
 そしてユーゼスは、改めて水の精霊に問いかける。
「湖の水かさを増やす理由を教えてもらおう。そして、出来ればそれを止めてもらいたいのだが」
「……………」
 水の精霊はモンモランシーの姿のままで手足を動かし、様々なポーズを取る。どうやら色々と考え込んでいるらしい。
 ちなみにモデルにされているモンモランシー本人の方は、どうにも複雑そうな表情だった。
「……お前とその周りの単なる者たちに話して良いものか、我は悩む。
 しかし、お前たちは我との約束を守った。ならば信用して話しても良いことと思う」
「ふむ」
 わざわざ内心の葛藤まで独白してくれるとは思わなかったが、話してくれる気になったのならば特に問題はない。
 そしてもう何度目になるのか、水の精霊はぐねぐねと形を変えてからモンモランシーの姿に戻り、湖の水かさを増やし続ける理由を話し始めた。
「……数えるのも愚かしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ」
「秘宝だと?」
「そうだ。我が暮らす最も濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど交差する前の晩のこと」
 約二年ほど前か、とユーゼスはハルケギニアにおける二つの月の運行周期を思い出しながら水の精霊の話を聞く。だが、同時に疑問も発生してきていた。
「その秘宝とやらが盗まれたことと、水かさを増やすことに何の関連性がある? 人間への意趣返しか?」
「……我はそのような目的は持たない。ただ、秘法を取り返したいと願うだけ。
 ゆっくりと水が浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。水が全てを覆い尽くすその暁には、我が身体が秘宝のありかを知るだろう」
「成程」
「って、アッサリ納得してるんじゃないわよっ!!」
 後ろで話を聞いていたエレオノールが、いきなり叫び声を上げる。
「ミス・ヴァリエール、お前はこの理屈に納得がいかないのか?」
「いくわけないでしょう! 気が長すぎる上に、放っておいたらトリステインどころかハルケギニア中が水浸しになっちゃうじゃないの!!」
「……そう言えばそうだな」
 割と最近まで過去と未来を行き来したり、時間と空間を超越した空間にいたりしていたので、『気が長い』とかいう感覚が麻痺していたことに気付いた。
 それにハルケギニア中が水浸し……などという事態になってしまっては、自然環境に与える影響は計り知れない。
 ならばここは、この水の精霊の暴挙を止めておくべきだろう。
「では、その秘宝を……私かこの場にいる誰かが見つけて、お前に渡そう。それで構わないか?」
「構わぬ。……秘宝の名は『アンドバリ』の指輪。我が共に、時を過ごした指輪だ」
 出されたその名称に、水メイジであるモンモランシーと、知識量が豊富なエレオノールが反応する。
「それって確か、水系統の伝説のマジックアイテムだったかしら?」
「はい。えっと、偽りの生命を死者に与える、とかいう効果があったはずですけど……」
「その通り。
 ……我には『死』という概念がないゆえ理解が出来ぬが、死を免れることが出来ぬお前たちにはなるほど『生命』を与える力は魅力と思えるのかも知れぬ。
 しかしながら、『アンドバリ』の指輪がもたらすものは偽りの生命。旧き水の力に過ぎぬ。所詮益にはならぬ」
「ほう、お前には『死』という概念がないのか……」
 ウルトラマンたちですら死んだり生き返ったり『生命を持ち運びしたり』すると言うのに、その『生命』すら完全に超越しているとは驚きである。
 いや、そもそも精霊とは、生命体や思念体の範疇に収まる存在ではないのかも知れない。
(……そのような存在であるのならば、因果律の動きを察知しても不思議ではないか)
 何となく納得しつつ、ユーゼスは水の精霊に質問を重ねる。
「その指輪を盗んだ相手の情報は?」
「……風の力を行使して、我の住処にやって来たのは数個体。眠る我には手を触れず、秘宝のみを持ち去って行った。
 また、個体の一人は『クロムウェル』と呼ばれていた」
 それを聞いたキュルケが、ぽつりと呟いた。
「アルビオンの新皇帝の名前?」
「可能性はあるが……ふむ。それで、その偽りの生命を与えられた死者とやらは、どうなるのだ?」
「指輪を使った者に従うようになる。個々に意思があると言うのは、不便なものだな」
「生きている人間に使った場合は?」
「生命についてはそのままで、同じく指輪を使った者に従う」
(……効果は『人間の精神』に限定されているが、私の能力に少し似ているな)
 クロスゲート・パラダイム・システムの能力が完全に発揮され、真の意味で因果律を調整することが可能になった場合には、個人の意思や思考すら自在に操作することが可能なはずである。
 もっとも、今のユーゼスが使っているものは不完全な状態のものなので、ユーゼスに出来るのはせいぜい『本人の意思を無視して無理矢理に行動を操作する』程度だが……。
(いずれにせよ、放っておくわけにも行かんか)
 決心したように頷くユーゼスは、水の精霊に向かって了承の意を告げる。
「分かった。その『アンドバリ』の指輪は、奪還してお前に渡そう。引き換えに水かさを増やすことを止めてくれ」
「……良いだろう。お前たちを信用しよう。指輪が戻るのなら、水を増やす必要もない」
「では、奪還までの期限は?」
「……お前たちの寿命が尽きるまでで構わぬ」
 ふるふると震えながら、平坦な口調で言う水の精霊。
「また随分と気の長い話ね……」
「……我にとっては、明日も未来もあまり変わらぬ」
 そう言うと水の精霊はぐねぐねと形を変え、やはりモンモランシーの姿に落ち着くとユーゼスに問いを投げかける。
「お前からの問いはこれで終わりか? ならば、因果の糸を操りし者よ。次は我の問いに答えよ」
「良いだろう」
 その問いの内容は、いたってシンプルな物だった。
「お前の目的は何だ?」
「む……」
 そう来たか、とユーゼスは考え込む。
 もっともらしい言葉を並べるのは簡単だが、誤魔化してうやむやにするという手が通用する相手とも思えない。
「……目的らしい目的などは、何もないよ」
 なので、ここは正直に言うことにした。
 だが水の精霊も、それでアッサリと納得は出来ないようである。
「本当か?」
「ここで虚言を弄してどうする」
「…………お前はその意思さえあれば、我をも滅ぼし、世の全てを支配出来るかも知れぬほどの力を持っているはずだ。そうであるのに、お前は何もしないと言うのか?」
(……すぐ近くに事情を知られたくない者たちがいるというのに、口はばかることがないな……)
 水の精霊からすれば自分の事情などは知ったことではないのだろうが、ユーゼスにしてみれば迷惑なことこの上ない内容の会話である。
 なので、否定すべき部分の否定はしておく。
「……過大評価だ。私にそこまでの力はない。
 仮に……あくまで『仮に』ではあるが……私にそのような超絶的な、神の如き力があったとしよう。
 だが、それで世界の支配や滅亡などを行って何になると言うのだ?」
「……………」
「それを成したとしても、結果はせいぜいが私の精神にささやかな満足感を与える程度だろう。『より崇高な存在へと昇華する』ことが目的ならばともかく、そのような下らないことに興味はない。
 ……もっとも、今の私にとっては存在の昇華すら『下らないこと』に過ぎないが……」
 ユーゼスは自重気味に呟き、そして結論の一言を口にする。
「いずれにせよ、私は自分から行動を起こすつもりはない」
「……………」
 水の精霊はユーゼスのその言葉をどう受け取ったのか、沈黙したままでふるふるぐねぐねと変形を繰り返し……。
「…………良いだろう。因果の糸を操りし者よ、お前を信用しよう」
「感謝する、水の精霊」
 やれやれと肩をすくめながら、ユーゼスは水の精霊との会話を終了させたのだった。
 そして一同のいる場所に戻るなり、エレオノールが少し怯みながらも話しかけてくる。
「ユーゼス、あなた……何者なの?」
「む?」
 気が付けば、一同は(一部を除いて)まるで得体の知れない者を見るような目をこちらに向けている。
 どうやら水の精霊とあのような会話をしたせいで、余計な警戒心を与えてしまったようだ。
 仕方がないので、何とか誤魔化してみる。
「……どうやら水の精霊は、何かを致命的に勘違いしているようだな」
「勘違いって……。……それじゃあ私からも一つだけ質問させてもらうけど、良いかしら?」
「何だ?」
 エレオノールは考え込みながらも、ユーゼスにその質問をぶつけた。
「あなたは、私の……私たちの敵なの? 味方なの?」
(……ふむ)
 なかなか鋭い質問である。
 『目的』はどうだか知らないが、少なくとも『現在の立ち位置』は明確にしておこう……という腹積もりなのだろうか。
 だが、改めて聞かれると難しい質問だ。
 敵か味方か、など所詮は立場の違いでしかないのだが……。
(……この女が曖昧な返事で納得するとも思えん)
 少々諦めに近い思いを抱きながら、ユーゼスはエレオノールの問いに答える。
「……今の私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔だ。御主人様が進む道を違えない限り、少なくともお前たちの敵ではない」
(そう、少なくとも今の内はな……)
 内心の呟きを隠しつつ、自分の『現在の立ち位置』を語るユーゼス。
 ―――『味方だ』と断言しないあたりが、ユーゼス・ゴッツォという男の人間性を端的に表していた。
「信じて良いのね?」
「それはそちらが決めることだ、ミス・ヴァリエール」
「……………」
「……………」
 ユーゼスとエレオノールは、無言で視線を交錯させる。
 そのまましばらく見つめ合い……。
「うぅぅぅっ……、や、やっぱり、ユーゼスは、エレオノール姉さまのことが好きなのね……」
「……今の会話の内容で、何をどうしたらその結論に至るのだ、御主人様」
「ああもうっ、ルイズ! いきなり突拍子もないことを言うんじゃありません!!」
 横から聞こえてきたルイズのすすり泣きによって、二人の腹の探り合いは中断されるのであった。
 一方で水の精霊は『もう自分の役割は終わった』とばかりに、ごぼごぼと水中に姿を消そうとしていた。
 実際、一同としてはもはや水の精霊に用件などはないので、ただ黙ってその光景を見送っている。
「待って」
 しかしその時、タバサが声を上げて水の精霊を呼び止めた。
「タバサ?」
「め、珍しいわね……」
「どうしたのよ、いきなり?」
「きゅい?」
 ギーシュとモンモランシー、そしてキュルケの三人のみならず、使い魔のシルフィードまでもが驚いてタバサを見る。
 タバサが自分から誰かに話しかけ、しかも呼び止める光景など滅多に見られるものではないからだ。
「水の精霊。わたしからもあなたに一つ聞きたい」
「何だ、単なる者よ?」
 普段は無表情かつ無感情に見えるタバサだったが、この時ばかりは薄くではあるが微妙に感情が見え隠れしていた。
 ……もっともその感情にしても薄すぎるため、余人には何なのか判別が出来なかったが。
「あなたはわたしたちの間で、『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」
 ごく薄い感情で問いかけるタバサに対して、水の精霊は無感情に返答する。
「……単なる者よ。我とお前たちとでは存在の根底と、時に対する概念が違う。
 我にとって全は個。個は全。時もまた然り。今も未来も過去も、いずれも我には違いない。いずれも我が存在する時間ゆえ」
「……………」
「ふむ……。ラ・ギアスでも水系の最高位である『聖位』に『刻』の精霊というものの存在が語られていますが、概念的には同じことなのでしょうか」
 シュウは『妙な共通点ですね』などと呟きながら、水の精霊の話に耳を傾けている。
「……故に、お前たちの考えは我には深く理解が出来ぬ。
 しかし察するに、我の存在自体がそう呼ばれる理由と思う。我に決まったカタチはない。しかし、我は変わらぬ。お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの水と共にあった」
 モンモランシーの姿の水の精霊は、震えながら言葉を発する。
「……変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」
 その言葉にタバサは頷いて、目を閉じて手を組む。更にキュルケがその肩にそっと手を置いた。
 どうやら『二人にしか分からない何か』を誓っているらしい。
 また、そんな様子を見たモンモランシーがジトッとした目付きをしながらギーシュを急かす。
「……アンタも誓約しなさいよ、ほら」
「え?」
 いきなり何を誓約すれば……と、本気で分からない様子のギーシュ。
 モンモランシーはベシッと馬鹿の頭を叩きつつ、その意味をわざわざ説明してやった。
「アンタねえ、何のためにわたしが惚れ薬を調合したと思ってるの!」
「あ、ああ。えっと、これから先、ギーシュ・ド・グラモンはモンモランシーを一番目に愛することを……、はぐおっ!?」
 そこまでギーシュが言った時点で、ごく小さめの水の弾丸が彼の腹部にぶつけられる。
「い、いきなり何を!?」
「それじゃ駄目よ! わたし『だけ』を愛するって誓いなさい!! それだとどうせ、二番三番四番五番が出来るんでしょ!? ほら、とっとと言う!!」
「うぅ……」
 また、その様子を見たミス・ロングビルは何かを期待するようにシュウを見ていた。
 ……だが、ある程度『シュウ・シラカワ』という人間と接していたことで、その期待が叶わないことも理解していた。
「……誓っては下さらないのですか?」
 それでも僅かな望みを託して、問いを投げかける。
 ―――その返答は、予想通りのものだった。
「あいにくと『誓約』や『契約』という言葉に良い思い出がありませんのでね。……それに、自らの行動を束縛するような真似をする訳にはいきません」
「そう、ですか……」
 どことなく残念そうに呟くミス・ロングビル。
 シュウはそんな彼女に向かって、諭すように話しかけた。
「それがどのような感情にせよ、あまり私に執着し過ぎないことです。……意識の方向が特定の個人に凝り固まりすぎていると、周囲だけではなく自分すら見えなくなってしまいますからね。
 ……少なくとも自分を見失うような真似はおよしなさい、マチルダ」
「…………はい」
 分かっているのかいないのか、曖昧な返事を返すミス・ロングビル。
 しかし本名を呼ばれたことで、ほんの少しだけではあるが嬉しさを覗かせているようではあった。
「ユーゼス、誓って」
 不安そうな顔でユーゼスにしがみ付きながら、ルイズはそう言う。
「……………」
 ユーゼスは何度かルイズと水の精霊とで視線を往復させて、そのルイズの懇願に対する自分の答えを口にした。
「……それは出来ない」
「えっ……」
 見る見る内に、ルイズの瞳に涙が溢れていく。
 そして涙声になりながらも、ルイズはその理由を問いかけた。
「祈って……くれないの? わたしに、愛を誓ってくれないの? ……やっぱり、エレオノール姉さまのことが……?」
「理由はいくつかあるが……」
 正気を失っている今の主人に愛を誓ったところで、意味がない。
 こんな実体があるのかどうか分からないモノに何かを誓ったところで、それを貫き通せるとも思えない。
 そもそも誰か特定の個人を愛したことがないので、『愛する』ということがよく分からない。
 しかし、最大の理由は……。
「……『永遠』などという曖昧で無責任なものは、誓えないからだ」
「うぅ……っ、うっ、ぅぅううう…………っ」
 泣き崩れるルイズ。
 抽象的な物言いだったので言葉の意味はあまり理解が出来なかったようだが、それでも『誓いを行わない』という意思だけは伝わったようである。
「……………」
 ユーゼスは声をあげて泣きじゃくるルイズを、ほとんど放置している。
「……はぁ。まったく……」
 それを見かねたエレオノールが、ルイズに駆け寄って頭や肩を撫で始めた。
 しかしルイズは『エレオノールの手は借りない』、とばかりにその手を振り払う。
 やれやれと溜息をついたエレオノールは、さめざめと泣き続ける妹を気にかけながらも、その妹を泣かせた相手に向かって呆れた口調で話しかけた。
「断るにしても、もう少し言いようがあるでしょうに」
「私に向かって、気の利いた言い回しを求められても困るのだがな」
 そんな二人の様子を見て、ますますルイズは泣き叫ぶ。
「うっ……っ、ぅ、ぅわぁぁあああああああああんんんっっ!!」
 その後、二人はルイズをなだめることと、ルイズをその場から動かすことに多大な労力を費やすこととなった。


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