あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

毒の爪の使い魔-31b


『あいつと出会ってから、俺の生活はガラリと変わった…』


――ただいま…――

――お帰り~♪――

くたびれたボロいドアを開けたジャンガをシェリーが出迎える。
二人が――と言うよりはジャンガが――住んでいる所は、スラムの一角に建つ一軒家だ。
スラムに立ち並ぶ建物らしく、中はボロボロだった。
しかし、元々住んでいたジャンガはともかく、同居人であるシェリーもそんな事は全く気にしていない様子。
それはその表情からも見て取れた。
シェリーはジャンガが抱えている紙袋を受け取る。
中には食料やら日用品やらが詰まっていた。
それらを確かめ、シェリーは頷く。

――うんうん。これで、また美味しいご飯が作れるよ――

――ああ、そうかよ。なら、とっとと飯を作れ――

――了~解♪――

ジャンガの言葉に笑顔で返事を返し、シェリーは台所へと足を向けた。
だが直ぐに立ち止まり、ジャンガを振り返るとその顔をジッと見つめる。
シェリーの視線に気が付き、ジャンガは怪訝な表情を浮かべる。

――なんだよ?――

――まさかとは思うけど……やってないよね?――

ジャンガの眉がピクリと動く。

――何がだよ?――

――泥棒とか――

ジャンガは盛大にため息を吐いた。

――…してねェよ――

――本当に?――

――嘘じゃねェ…――

シェリーはジッとジャンガの目を真っ直ぐに見つめる。
その視線に気圧されたのか、ジャンガは僅かにたじろぐ。
約十秒ほどそうしていた。やがて、シェリーは笑顔で頷く。

――うん、嘘じゃないね。良かった♪ じゃ、待っててね。直ぐにご飯の用意しちゃうから――

そう言いながら、シェリーは今度こそ台所へと消えていく。
その後姿を見送りながらジャンガは再びため息を吐いた。

――ったく、賞金稼ぎなんて面倒だゼ…――


『本当に困ったもんだったゼ。俺が他人の物を分捕って暮らしてるってのを知った途端、
あいつ”もう人に迷惑掛けるのはだめ”とか言いやがってよ…。
”腕が良いんだから、賞金稼ぎでもした方がいい”なんて事を薦めやがった』


別の光景が広がる。

ジャンガにシェリーが諭すような口調で色々と語り掛けていた。


『勿論、俺はそんなの最初はごめんだった。だが、あいつ…しつこい上に疑り深くて、おまけに勘も鋭かった。
昔のような稼ぎ方をすると、俺の目を見ただけでその事を看破しやがった。
そんな風に言う事を聞かないでいると、あいつは俺の事を見張るようになりやがってよ』


また別の光景が広がる。

道行くジャンガの後を、シェリーが五メイルほど距離を開けて追いかけている。
ジャンガが振り向けば物陰に隠れ、歩き出したら再び追いかける……その繰り返し。
すると、スラムに迷い込んだと思しき身形の良い男を見かける。
ニヤリと笑ったジャンガが、男に近づく。
男がジャンガに気付き「な、何だ、君は?」と口開く。
それにジャンガは答えない。不気味な笑みを貼り付けながら男に更に近づく。
男が再度口を開こうとし、ジャンガが爪を振り上げる。

――ジャンガ、止めて!――

突然聞こえた声にジャンガは驚いたのだろう。爪を振り上げた格好で動きが止まる。
ジャンガに制止の声を掛けたのはシェリーだった。
振り向いたジャンガはその姿を確認して更に驚いたのか、大きく目を見開く。
その隙に男は一目散に逃げ出した。
それに気が付いたジャンガは慌てて追いかけようとするが、腕をシェリーに掴まれて動けなかった。

――テメェ…何しやがるんだよ!? 折角の獲物が――

――そう言う事はダメって言ったでしょ!?――

怒りの形相で睨み付けるジャンガ。
それをシェリーも怒っている表情で見つめる。…正直”怒っているのが解る”レベルなので、迫力に欠けるが。


『大した腕っ節でも無いくせに、俺と張り合うんだからよ…、正直呆れたゼ。
こんな事がその後も続いたんでよ……流石に俺も参った。
で、半ば強制的だったが、俺は賞金稼ぎをやる事になった』


そうして広がる光景は次々移り変わる。
ジャンガが両手の爪を振り上げ、悪そうな面構えの亜人やら幻獣やらを相手にしている。
次から次へと切り伏せていくジャンガ。


『結果から言っちまうとだ、意外とこの仕事は俺の性に合っていた。
暴れるのは好きだったし、賞金首は大概”生死問わず”で合法的に殺せたからストレス発散にもなったしよ。
何より、貰える金がそれまでの稼ぎよりもデカかった。
最初からこれをしてれば良かったんじゃないか? …何て自問自答もしたゼ。
まァ…そんなこんなで稼ぎが増えた事で色々とやる事も増えた。
服を新調したり、裏に流れたボルクの技術者に技術提供をさせたり、シェリーの買い物をしたり…』


目の前の光景がジャンガの住居に変わる。

ドアを開けてジャンガが家に入ってきた。
その服装はルイズやタバサが見慣れている紫のコートに帽子になっていた。

――ただいま――

――おっ帰り~♪――

どこまでも明るい声が聞こえた。だが、いつものような迎えが来ない。
その事を不審に思ったのか、ジャンガは怪訝な表情をする。
そして靴を脱いで上がると真っ直ぐに声が聞こえてきた方に向かう。
広間にシェリーは居た。相変わらずの笑顔だった。

――いつもなら迎えに出てくるくせに…、どうしたんだよ?――

――あれ? 寂しかった?――

――…そんなじゃねェよ――

仏頂面で返すジャンガにシェリーはクスクスと笑う。
そして、後ろ手に持っていた物を差し出す。――それは、何故かリボンが巻いてある紙袋だった。
ジャンガは怪訝な表情でそれを見つめる。

――ンだ、こりゃ?――

――いいから、開けてみて♪――

言われるがままにジャンガは紙袋を開ける。
中に入っていた物を取り出す。


取り出された物を見るや、ルイズとタバサは驚いた。
「「マフラー?」」
そう、取り出されたのはジャンガが首に巻いていたマフラーだった。


――こいつは?――

――プレゼント♪――

――プレゼント~?――

――そう、誕生日プレゼント♪ 今日ジャンガの誕生日でしょ?――

――最近編み物に没頭してたのは、こいつを編んでたのかよ…――

――その通り♪ それにしても、ジャンガが帰って来た時は焦ったよ…、まだ包装が終わってなかったし…――

その言葉にジャンガは納得した様子。…先程出てこなかったのは包装を急いでいた為だったのだ。

――…直ぐ開けるんだから必要無ェだろうが?――

――こう言うのは形も大事なの!――

僅かにムスッとした表情になりながら、シェリーは言った。
ジャンガはそんな彼女を見ながら、やれやれとため息を吐く。
そして、爪で持ったマフラーを見下ろす。

――ねね、早く巻いてみて? 巻いてみて?――

――解ったよ…――

言いながら首にマフラーを巻く…が、その手が止まる。
ジャンガは顔を上げるとシェリーに声を掛ける。

――オイ、随分長いんじゃネェか…これ?――

――へへへ~♪ それはね…――

子供っぽい笑みを浮かべながら、シェリーはマフラーの端を手に取る。
そして、そのまま自分の首に巻いた。
そうする事でマフラーは実に丁度良い長さになった。

――こうする為なの♪――

笑いかけるシェリーの顔をジャンガは何とも説明し辛い表情を浮かべながら見つめている。

――どうどう? 二人用のマフラー?――

――動き辛いし暑苦しい――

――もう! なんでそんな事を言うわけ? …本当は嬉しいくせに――

――ハァッ!?――

――ほら~やっぱり。もう、ジャンガは照れ屋さんなんだから――

――オイ!? もういっぺん言ってみろ!?――

――もう、本当に素直じゃないんだから――

――…ハァ~~――


『あんな親だったからな……、誕生日プレゼントなんて貰った事が無かった。
だから、あいつがマフラーをくれた時……正直嬉しかったゼ。…死にそうな位恥ずかしかったがよ』


目の前の光景を見ていたルイズの脳裏にジャンガの言葉が蘇る。

――…このマフラーはな、お気に入りなんだ…。それをテメェはよくも…――

――別に何も無ェ…ただのお気に入りだってだけだ…――

「ただのお気に入りなんかじゃ…ないじゃないの…」
ぽつりと呟く。
始めて貰ったプレゼント……それならば、あれだけ大切にしていてもおかしくは無い。
…いや、本当にそれだけなのだろうか?


『それから俺はそのマフラーを身に着ける事にした。お守り代わりでよ。
二人用のを一人で巻いているからな…最初は邪魔に感じる事も多々あったさ。
だが、慣れりゃそうでもなかった。寧ろ、俺の存在感を高めるのに一役買ってくれた。
そんなこんなで俺とあいつの暮らしは続いた』


目の前の光景が変わる。

屋外らしく、一つの綺麗な白い月が輝いている。
そんな夜空をジャンガとシェリーは建物の屋上に建ち、静かに見上げていた。

――月って綺麗だよね――

――…まァ、そこそこな…――

――気持ちが落ち着いて癒されるよね~――

――暇な時は見上げたりしてたがよ、特にそんな風には感じなかったゼ…――

――それはジャンガが暇潰しで見てただけだから。次からは絶対癒されるよ――

――そうか?――

――そうなの♪ だからさ、ジャンガも辛い事や悲しい事があったら、月を眺めると良いよ?――

――フン――

その時、何処からか音楽が流れてきた。遠くの…スラムの外の方からだ。
楽しげな笑い声や歌なども聞こえてくる。…祭りでもやっているのだろうか?
暫し、シェリーはその音楽に耳を傾けていたが、やがて頷くとジャンガの爪を掴む。

――なんだ?――

――踊ろ♪――

屈託の無い笑顔でシェリーは言った。
対してジャンガは表情を曇らせた。

――興味無いゼ――

――いいから、踊ろ♪――

――お、おい!?――

笑みを浮かべたままシェリーはステップを踏み出す。
ジャンガは慌てた。当然だ…ダンスなんかした事が無い。
だが、シェリーはダンスの心得が有るらしく、見事なステップを踏む。
更にはジャンガに的確な指導をする。

――そこで、ステップを踏んで――

――おい、俺は別に踊りなんざ――

文句を言うジャンガだが、自然とシェリーの言う事に従っている。
だんだんジャンガの踏むステップも軽やかな物になっていく。
それを見てシェリーは満足げな表情で頷く。

――うん…ジャンガ、やっぱり筋が良いよ。続ければ、プロのダンサーになれるかも…――

――勘弁してくれ…。俺は踊りなんかには興味が無ェんだよ?――

ジャンガは嫌そうな表情を浮かべながら言った。
反対にシェリーは人懐っこい笑みを浮かべる。

――いやだ~。私が踊っていたいの~♪――

――ハァ~…――


『元々俺は身のこなしは軽い方だったからな…、ダンスを身に着けるのは容易な事だった。
正直に言えば興味も無いし嫌だったが……あいつは結構真剣だったし、本当に嬉しそうだったからよ。
…何度も何度も付き合わされたもんだゼ』


ルイズの脳裏にジャンガとダンスを踊った光景が蘇る。
「あいつがあんなに踊れたのは…こういう事だったんだ」


『まァ…そんなそこそこ充実した生活が五年も続いた頃だったか?』


目の前の光景が再びジャンガの住居に変わる。

珍しくジャンガが一人で床に寝そべっていた。
周囲にシェリーの姿は見えない。
と、ドアが開く音が聞こえた。
次いで足音が聞こえ、シェリーが姿を見せた。走ってきたのか息が荒い。
そんな彼女の様子にジャンガは怪訝な表情を向ける。

――どうしたんだ、そんな急いでよ?――

――ねねね! ジャンガ! ジャンガ!――

シェリーはジャンガの両肩を掴むや、激しく揺さぶった。
されるがままに揺さぶられるジャンガはシェリーの腕を掴み、それを止める。

――なんだってんだ、いきなり!?――

――聞いて聞いてジャンガ!? 私…私ね……凄い事になっちゃった――

――あン? 何だってんだよ?――

――今日ね…いつもの様にね…、ジャンガの教えてくれた闇医者に健康診断に行ったの――

――んなこた解ってるってんだよ…見送ったんだからよ――

――それでね、診察を受けたんだよ。そしたら…――

――何だ? 頑丈なテメェが遂に風邪でもひいたか?――

シェリーは顔を赤く染めて俯く。

――風邪どころか…ある意味、どんな病気よりも厄介かも…――

――…何だってんだ?――

ジャンガの言葉にシェリーは身体を振るわせる。
恥ずかしそうに目を閉じ、更に顔を真っ赤にする。
それを見たジャンガは怪訝な表情を浮かべた。

――どうしたんだよ?――

――驚かない?――

――何が?――

――私の今の状況――

――だから、何を言われたんだよ?――

シェリーは気を落ち着かせるか為か、大きく深呼吸を繰り返す。
そして、真っ直ぐとジャンガを見つめると口を開いた。

――…おめでた――

――はっ?――

――だから……おめでた――

――はい?――

ジャンガにしては珍しい、心底間抜けな声が口から漏れた。
しかし、当の本人はそんな事はまるで気にも留まらないと言った感じである。
そしてシェリーは叫んだ。

――だから! おめでた! 三ヶ月! 女の子! できちゃったの!――

その言葉を聞いたジャンガは、あんぐりと口を開けた。


それはルイズとタバサも同じだった。
目の前の光景に唖然呆然と立ちつくす。
「……うそ」
ぽつりとルイズが呟く。
タバサは何も言わなかった……が、目尻に涙を浮かべている。
まぁ…密かに好意を寄せていた相手が彼女持ちだけに止まらず、子持ちになっていたと知れば無理も無いだろう。


また光景が移り変わる。

ほんの少しお腹が大きくなったシェリーの姿があった。
ジャンガは床に寝そべり、いとおしげに優しくお腹を撫でる彼女を見つめている。
やがて、シェリーは歌を歌いだした。…子守唄だった。


シェリーの子守唄を聞き、タバサは我に返る。
アーハンブラでの会話が脳裏を過ぎる。

――…知り合いだった女が作った歌だ――

自分に聞かせてくれた子守唄を作った女とは彼女の事だったのか。
「あの人が…」


子守唄を歌い続けるシェリーにジャンガは声を掛ける。

――そんな風に歌ったってよ…、腹の中のガキには聞こえないだろうがよ?――

――いいの。今から練習しておかなくちゃ…、本番でしくじったら大変でしょ?――

――そうかよ…。にしても…ガキか…――

――嫌だった?――

――……親は嫌いだ――


『そうだ……俺は”親”って存在が死ぬほど嫌い…いや、憎い。
俺の奴がどうしようもねェ屑だったから尚更な。
…そんな憎い親って物に自分がなっちまうなんて…皮肉もいいところだ』


黙るジャンガにシェリーはゆっくりと近寄り、その腕を取る。
そして、ゆっくりとその手の甲を自分のお腹に押し当てた。
突然の事にジャンガは驚いた。

――な、何だ?――

――ねぇ…感じる?――

シェリーが優しい声で語りかける。
ジャンガは首を傾げた。

――何がだよ?――

――赤ちゃんの事――

――…さてな――

――そう…。でも、もう少ししたら感じられると思うよ?――

――そんなもんかよ?――

――うん――

そこで、一旦会話が途切れる。
暫く沈黙が続いた。
やがてシェリーが口を開いた。

――ねぇ……ジャンガは親は嫌いって言ったよね?――

――ああ――

――私もね…実はそうなの――

――あン?――

――私の実家ね……可也のお金持ちなの。色んな仕事をしているね。
それでね、規則なんかにも厳しくて、私も色々と学ばされたの。”立派な令嬢になる為だ”ってね――

――ほゥ…――

――でもね…私はそんなのあまり興味が無かった。…と言うか、嫌いだったな。
毎日毎日レッスンレッスン…、それで外には碌に遊びに行かせてもらえなかったの。
”下賎な人達と戯れるなんていけません”ってね。だから、いつも部屋の中に引き篭もっていた――

――そうか…――

――そんな生活が嫌になってね……飛び出してきちゃった――

――…それで、あの時ぶっ倒れていたってか?――

――うん…、朝食の時間を利用して抜け出してきたから……お腹空いちゃって――

そこでシェリーは、てへ、と笑いながら舌を出す。

――いいのかよ…それで?――

――…いいの。結局のところ、私はただお父さんとお母さんの都合で弄られるお人形さんだった訳だし…。
あのままあそこにいても、何も変わらなかっただろうから…。
それにね、やっぱり出てきてよかったと思う。だって私、今凄く充実してる……幸せだから――

そう言ってジャンガを見つめた。
そして、いとおしげにお腹を撫でる。

――だから…ジャンガ、私と一緒にこの子に優しくしよう?――

――優しくって言ってもよ……――

――二人とも親の事では悲しい思い出しかない……だからこそ優しい親になれるはずだよ?――

――…なれるか?――

――そうだよ、なれるよ――

ジャンガは手の甲でシェリーのお腹を優しく撫でた。
シェリーはそんな彼を見て満面の笑顔を浮かべた。


『俺なんかが親になれるのか? と正直不安だった。
だが、あいつの顔を見ているとな…何故かそんな不安が吹き飛ぶんだ。
いや、何となく理由に見当は付いていた。何て言うのかな……”一目惚れ”って奴か?
多分あいつの顔を最初に見た時に、俺はあいつに惹かれてたんだ。
毒の爪が女一人に骨抜きにされるなんてよ…笑い話にもならねェ。
だけどよ、悪い気はしなかった…。本当に……あの頃は幸せだった…』


そこまでジャンガの言葉を聞き、タバサはふと思い出した。

――ああ……そいつが歌えばもっといいゼ。…もう居ないけどな。
それも、一番聞かせたい奴には聞かせられずに終わったしよ…――

一番聞かせたい相手に聞かせられなかった…、確かにそう言っていた。
聞かせたい相手は間違いなく赤ん坊の事だろう。…では”聞かせられなかった”とはどういう事だ?
「まさか…」
タバサは悪い予感がするのを感じた。
――その予感は当たった。


『…幸せってのは長くは続かないって事を、嫌と言うほど思い知らされた…。あの時に…』


また別の光景に変わった。

夜のスラム街をジャンガが歩いている。
片手には相変わらずの紙袋を抱えていた。
何処となく嬉しそうな表情である。空いている方の手で懐を探る。
取り出したのは一つの小さな小箱。
それを見つめたジャンガは、ほんの僅かだが…笑った。
小箱を懐にしまい、歩を進める。…と、何だか騒がしい声が聞こえてきた。
悲鳴のように聞こえる。その声の方向をジャンガは見た。
――明るかった。まるで昼間のような明るさが夜のスラム街の一角から漏れている。
そして…その明かりは危険な物である事が、ジャンガには本能的に解った。
ジャンガは駆けた。とにかく駆けた。息の続く限り駆けた。
そして、明かるい区画が段々と解ってきた。


『嘘であってほしかった…、違ってほしかった…、だってよ…そこは…』


最後の角を曲がった瞬間、ジャンガは目を見開く。
その場に呆然と立ち尽くし、紙袋も地面に落としてしまった。

――ジャンガの住居が、シェリーが居る場所が、燃えていたのだ。


『…何も考えられなかった…。どうして、何がどうなって…こんな事になっているのか解らなかった』


――クソがァァァーーーーー!!!――

叫び、ジャンガは燃え盛る自分の住居へと駆けた。
だが住居は完全に炎に包まれており、中がどうなっているかは一目瞭然だ。
しかしジャンガは止まらない。そのまま中へと踏み込もうとする。
だが、ジャンガが中に踏み込む事はなかった。
住居の前に崩れ落ちた瓦礫の山、その下に見覚えのある顔を見つけたからだ。
そう、間違いなくそれはシェリーだった。
ジャンガは急いでシェリーに駆け寄り声を掛ける。

――オイッ、しっかりしやがれ!?――

――ううん……ジャン…ガ?――

――ああ、そうだ! 何があったってんだ!?――

――解らない……いきなり火が燃え広がって…、私…慌てて逃げ出したんだけど…――

――チッ…、とにかくだ…とっとこいつをどかしてやる――

言うが早いか、ジャンガは瓦礫を取り除きに掛かる。
だが瓦礫は予想以上に重いらしく、また量も半端ではない為、全くはかどらない。
そんなジャンガをシェリーは心配そうに見つめる。
そんな事をしてる間にも住居の火災は更に広がっていく。
メキメキと音がして、火の粉が降り注ぐ。

――ジャンガ……もういいよ…――

――黙ってろ…――

――このままじゃ…ジャンガも…――

――黙ってろ――

――ジャンガだけでも…――

――黙ってろ!!!――

ジャンガの叫びにシェリーは目に涙を浮かべて押し黙る。


『助けたかった…、どんな事があっても守りたかった…。幸せを…テメェの幸せを守りたかった…』


額に汗を浮かべながらジャンガは撤去を続ける。
だが、やはり思うように進まない。
その時、遂に火に包まれた住居が崩れだした。
燃え盛る瓦礫が次々に降り注ぐ。
それでもジャンガは手を止めようとしない。
シェリーはそんなジャンガをいとおしげに見つめた。

――ジャンガ…――

――黙ってろって言った――

――マフラー…良く似合っているよ――

――こんな時に何を言ってやがる!?――

――それ大事にしてよ…約束だからね――

シェリーはそう言うと、ジャンガを力強く突き飛ばした。
突然の事に対応できなかったのか、ジャンガは成す術も無く吹き飛んだ。
大きく尻餅を付き、しかし痛みを堪えるような表情で顔を上げる。

――何を!?――

そんなジャンガを見ながらシェリーは笑った。
そして、ゆっくりと口を動かす。

――ごめんね――

それだけをジャンガに伝えた。
その直後だった……崩れ落ちた住居が燃え盛る炎の滝となって、彼女に降り注いだのは。


目の前の光景を見ていたルイズとタバサは声を失った。


『…俺は何も考えられなかった』


シェリーを飲み込んだ瓦礫の山を見ながらジャンガは呆然となっていた。

――…何でだよ…――

ぽつりと呟いた。


『どうして…、何故こんな事になったのか…解らなかった』


――…何でなんだよ…――

頬を涙が伝う。


『ただ…それでも一つだけ…嫌でも解っている事があった』


――…一緒に、優しい親になるんじゃ…なかったのかよ?――

肩が震える、身体が震える。


『俺がシェリーを永遠に失ったって事だ…』





――う、うわああああああああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!――





直後、喉が裂けるかもしれないと思えるほどの絶叫がジャンガの口から迸った。


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