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零魔娘娘追宝録 13

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『アルビオンに蠢く黒い影』


 やれやれ、と息をつきながらフーケは言う。
「ずいぶんと手間取ったみたいだけど、これでようやくアルビオンも我らが版図というわけかい」
 戦闘の痕も生々しいニュー・カッスル城。その中庭をぐるりと見回す。
 こここそが、『アルビオン王国』最後の領土であった場所だ。

「王とその取り巻きが要らぬ抵抗をしてくれたおかげでな」
 彼女の隣を歩く青年、閃光のワルドは言う。
「戦力差は百倍で、こちらの損害も十倍だ。……我が軍はしばらく動けんな」
「大陸の端に陣取られ、空を背にして大火力で一方的に滅多打ち、かい?
言っちゃあなんだが、もう少しマシな作戦は立てられなかったもんかね? 馬鹿丸出しじゃないかい」
「まともに指揮のできる人材が払底していたからな。それにメイジの頭数も足りなかったのが原因だ」
「はっ、処刑しておいてよく言うよ」
 損害の規模だけで言うならばレコン・キスタ全軍の中では微々たるものだ。
 旧アルビオン王国のほぼ全てを飲み込んだレコン・キスタは、文字通り一国の軍隊に匹敵する戦力を持っている。
 たかが千や二千の損害などものの数ではなかった。
 しかし今回の戦いでレコン・キスタ軍の脆さ、すなわち指揮系統の脆弱性を露呈することとなってしまったのだ。
 それをどうにかして解消しなければ、これまでのように連戦連勝とはいかなくなる
 このまま一気呵成にトリステインへと攻め込んで、というわけにはいかなくなったのだ。

「貴様のゴーレムでもあったならば話は別だったろうさ」
 憮然としたワルドの言葉に、フーケは顔を真っ赤にして怒る。
「冗談! こちとらこの腕につけられた腐れ忌々しいパオペイのせいで、どこかの誰かさんにくっついてなきゃならないからねえ。
そのどこかの誰かさんは片腕失って後方送りときたもんだ!」
 フーケはその腕に嵌められた腕輪の宝貝、動禁錠によって大きくその自由を制限されている。
 ワルドがフーケの動きを戒めようとしたり、あるいはワルドが意識を失ったり彼から離れたりすればたちまちフーケの身体は地面に縫いとめられるようになっているのだ。
「こちらに伝えずに勝手に移動して、身動き一つできなかった私の身にもなれってんだ!」

 フーケはワルドがアルビオンに行っている間、ラ・ロシェール近郊の森の中でずっと身動きできずにいた。
 なんとか魔法を使うことはできたから、ゴーレムを使って獣から身を守ったり雨風をしのげはしたものの。
 彼女の存在を思い出したワルドが遍在の一人を向かわせた頃には、すでに精魂尽き果てた彼女の姿がそこにあった。
 食事もできなければ風呂にも入れなかったのだ。当然といえば当然であろう。
 身柄を遍在のワルドに回収された後、じっくり休息をとった彼女が最初にしたのはワルドに殴りかかることだった。
 人間の足とはあんなにも高く上がり、後頭部を捉えることができるのか。とワルドは今でも戦慄する。

「わかったわかった……ドウキンジョウの解除命令は出しておいてやる。それで文句はないだろう?」
「工具か武器のパオペイでもあれば破壊できるはず、か。ま、それでよしとしておいてやろうかね」
 並みの道具では破壊は不可能だが、武器の宝貝の刃であれば動禁錠は破壊できる。使用者であるワルドが破壊に対する『許可』を与えていれば、の話だが。
 とりあえずはその許可を引き出せただけでもよかろう、とようやくフーケは納得を見せた。
「しかしなんだって我らが『皇帝陛下』は王子様の死体を寄越せなんて言うんだろうねえ?」
「……」
 ワルドはその目的を知っていた。しかしあまりにも荒唐無稽な、信じがたい目的であるため、無闇にそれを口に晒すのは憚られる。

「ま、大方晒し首にでもするんだろうけどさ。悪趣味なことだよ」
「口が過ぎるぞ。聞かれでもしたら面倒に――と、このあたりのはずだ」
 焼け落ちた礼拝堂。その中心、祭壇の近く。そこにウェールズの遺体はあるはずだった。が、
「これは……焼き捨てたのかい?」
「そのようだな。油と火薬まで使っている。ずいぶんと念入りなことだ」
 そこにあるのは人間大の煤けた燃えカスのみ。
 しかも身に着けていた貴金属の類まであらかた焼け焦げている念の入り様だ。
「これじゃあ晒し首ってわけにもいかないねえ。首だか胴だかわかったもんじゃありゃしない。
しかし、仮にも王族の遺体をこうまで損傷させるとは。甘っちょろい貴族のお嬢ちゃんにしては思い切ったことをする」

「……」
 やはり、とワルドは思う。自分と渡り合ったあの娘とあの剣、そう簡単にくたばるようなタマではない、と。
 であれば、いずれまた戦うこともあろう。たとえどこあろう、彼の故郷、トリステインででも。
「ま……色男もこうなっちまうとお仕舞いだね。哀れなもんだよ」
 フーケの言葉に、ほう? とワルドは意外そうな声を出す。
「ずいぶん同情的だな。おまえとしてはいろいろ思うところのある相手だろう?」
 フーケ、その彼女の本当の名であるマチルダ・サウスコーダとアルビオン王族との間には何やら確執があったらしいということは知っている。
 フーケが貴族をやめて盗賊などに身をやつしたのもその悶着が原因であるらしい。
「そうなんだけどね。――そんでも、死んでしまえば同じことさ」
 死者は死者、生きる者は生きる者というわけだ。ドライといえばドライではあるが、ある意味では優しい言葉でもある。死者に対してまでも生きる者のしがらみはぶつけるものではない、と。

 だがワルドは、
「……私はそうまで割り切れん」
 苦い思いを含ませながら、彼にしては非常に珍しく生の感情を剥き出しにして呟く。
「へえ? あんたも意外と――」
 言いかけたとき、別の方向から声が響く。
「子爵! 様子はどうかね!」
 甲高い、神経質そうな男の声だ。
「おや、皇帝陛下のお出ましだ」
「黙っていろ」

 面白がるように言うフーケの脇を肘でつつきながら、ワルドは現れた男に方膝をつく。
 現れたのは誰あろう、レコン・キスタ首魁。クロムウェルであった。
「ワルド子爵。王子の亡骸の様子はどうかね?」
 同じく方膝をついたフーケは、ちらりとクロムウェルを見る。
(これが皇帝陛下という柄かね)
 心中で苦笑する。目の前の男に、それほどの威厳があるとも思えない。
 ただ、気になることがあった。

「……」「……」
 先ほどから一言も喋ろうとしていないが、クロムウェルは二人の女を連れていた。
 一人は目深にフードを被った、黒装束の女だ。顔はわからないが、かすかに覗く口元に浮かぶ笑みは皮肉げに歪んでいる。
 この女は、ただものではない。そうフーケは確信した。
 高位のメイジやてだれの騎士という気配ではない。しかし、この女からは何か尋常ならざる気配を感じる。
 この手のいかにも食わせ物という風体の人間には注意を払わねばならない。かつて自分がそうであったから故の警戒だ。

 そしてもう一人の女、これはわからない。
 黒装束の女と違い、こちらは顔を隠していない。
 顔立ちは整っているが、取り立てて美女と評するほどでもない。どこにでもいるような女だ。
 戦禍に荒れる城を見つめて、悲しげに目を伏せている。
 しかしこの女も、どこか普通の人間と違うような空気を纏っている。
 黒装束の女と違い脅威を感じさせるものではないが、得体の知れない不気味さという意味では同じようなものだ。

 静かに観察を続けるフーケをよそに、ワルドは報告を続ける。
「陛下。申し訳ありません、どうやらわざわざ王子の遺体を焼き捨てたものが居たようで。残っているのはこの――」
 消し炭の傍に転がっていた杖を拾い上げる。
「――王子の持っていた杖くらいなものです。この分では手紙のほうも期待できないかと。
この失態の責任は私にあります。いかようにも罰をお与えください」
 そう言って深く頭を垂れるワルドを、フーケは見えないよう笑う。
 いかなる罰を、とは笑わせる。この人材不足の折に、ワルドのような者をみすみす失わせるような度胸をこの男が持っているわけないだろう。
「ふむ……手紙のほうは仕方あるまい。どうとでもなる。
それに子爵、君はまことによく働いてくれている! そんな君を咎めたりするものかね!」
「そう言って頂けるは望外の喜びというものです」
 案の定。クロムウェルはワルドを罪には問わなかった。
 もっとも、これはクロムウェルの言葉通り、ワルドは精力的にレコン・キスタのために働いているのもあるだろうが。
「しかし、これでは陛下の完璧な計画が上手く行かぬのではありませんか? 王子の躯がこのような状態では、陛下の虚無と言えど……」
「たしかに、余の虚無もこの有様では万全な効果は期待できぬ。
しかし、だ。余のカードは虚無だけではないのだよ子爵」
(虚無だって?)
 フーケは我が耳を疑った。虚無といえば、失われたと言われる第五の属性の魔法だ。
 今では伝説、いや御伽噺というような代物だ。それをこの貧相な『皇帝陛下』はもっているのか?

「ミス・シェフィールド! そういうわけであるらしいがどうかね?」
「……王子愛用の杖が一本あれば十分ですわ」
 シェフィールド、と呼ばれたのは黒装束の女だ。
 黒装束の女――シェフィールドは、傍らのもう一人の女に言う。
「レイシン。ウェールズ様を起こして差し上げなさい」
 黒装束の女の言葉に、レイシンと呼ばれたは女は悲しげな顔で首を振る。
 それに対して黒装束の女はチッと舌打ちし――レイシンの首を絞めるように握りこむ。
 首を絞められたレイシンは、苦しげに顔を歪ませる。
「私に逆らえると思っているのか? おまえが『道具』である以上、おまえの『機能』は私の思うままに制御できるんだよ」
 黒装束の女の言う『道具』『機能』、そしてこの人間離れした雰囲気。
(このレイシンとかいう女……パオペイか!)
 であれば、レイシン持つ異常な雰囲気にも納得がいく。
「さぁ、レイシン。あんたを<使いこなして>あげるよ」
 そして女の額が仄暗く光り始める。


 数分後。全ての事は済んだ。
 クロムウェルたちは『王子様』を連れてすでにこの場を立ち去った。
 フーケの足元には未だに消し炭が転がっているが、もはやそれに興味を示す者はいない。
 一部始終を見ていたワルドは唸るように言う。
「流石は宝貝、というべきか……。よもやあのような事ができるとはな」
「あの宝貝に興味が沸いたのかい?」
 反逆者の汚名を被ってまで、レコン・キスタに尽くそうとするワルドの目的はわからない。ただ、先ほどの死人に対する態度といい、何かしら普通ではない目的。
 地位や名誉とか、あるいは金銭のような安っぽい目的ではないことはわかる。
 もしやレイシンの機能がその目的を果たすために役立つのか、とフーケは思ったが。
「いや、あのパオペイの欠陥にはおおよその見当がついた。あれは私が求めるべきものではない」
 と、ワルドは首を振って否定する。

「あのパオペイの欠陥だって? それは一体何だって言うのさ?」
「殺したのが自分とはいえ、杖を交えた相手がどういう男だったかくらいは承知している、ということだ――そういうマチルダ、貴様はどう思う?」
 答えにならない答えを受け、そして逆に問われる。
 あのレイシン、とかいうパオペイ女のやったことを思い出し、フーケは胸中に溜まるドス黒いものを吐き棄てるように言う。
「気に入らないね。ありゃ悪趣味なパオペイさ。あんなものを好んで使うような輩とは仲良くしたくはないね。
それに、あの陰気なパオペイも気に入らないが、何よりあの黒服の女が気に入らない。
なんだってあんなことをする必要がある? ――死人は、死人のままにしておけばいいのにさ」

                  *

「あら。ミスタ・コルベール、ごきげんよう」
 疲れた身体を引きずって学院の廊下を歩ういていたキュルケは、ばったりと禿頭の教師『炎蛇のコルベール』と出くわした。
 こちらに気づいたコルベールは彼が誰にでもそうするように、にこやかに笑って言う。
「やぁ、ミス・ツェルプストー。補習はもう済んだのかね?」
「……お陰様で。それはもう楽しい授業でしたわ」
 そうなのだ、彼女は今の今まで補習授業を受けていたのだった。
 理由はずばり『出席日数の不足のため』である。
 さもありなん、何日も無断で学院の外に出ていたのだから無理もない。
 アンリエッタ王女から非公式ながら正式に依頼を受けていたルイズや、半ば強引ながらも同じく正式に仕事を任されていたギーシュは特例として留守中の授業は出席扱いとなっていた。
 同じく授業を抜け出していたはずのタバサなどは何処吹く風、いつの間にか姿を消していた。
 とはいえ、彼女はキュルケと違って用事のないときは概ね真面目に授業を受けていたから補習に呼び出されることもないのだが。
 結局キュルケ一人が『楽しい授業』を受ける羽目になってしまったのだった。
 逃げ出そうにも補習の担当はあの『疾風』のギトー。逃げられるはずもない。
「若者にはときに道を外れることも必要だ。寄り道は心を豊かにしてくれる。しかし、それは外れた道を戻る労力を惜しまないことが前提だよミス・ツェルプストー」
 うんうん、と頷きながらしたり顔で言うコルベール。先ほどまでギトーの嫌味たらしい説教を聴いていたキュルケにはもううんざりだ。

「お説教はたくさんですわ。――それで? ミスタは学院長に何用で?」
 話を変える意味をこめて、コルベールに問う。
 コルベールが姿を現したのはオスマン学院長の部屋の前。彼が学院長に用があったであろうことは言うまでもない。
 キュルケの問いに、コルベールは何故か慌てたようになりながら、取り繕うように言う。
「あー、いや……その、なんだ。い、田舎から知人の娘と息子が出てきてね。しばらく私の元で働かせて欲しいというから、その許可をいただきにね」
「出稼ぎ、というわけですか?」
 別段それは珍しい話ではない。一般平民が、貴族の縁故を頼って職を得ようとするのはよくあることだ。
 貴族の血を引くと言っても全ての人間がメイジたりえるわけでもなく、ましてや公職につける貴族たりえることもない。
 そんな中で、このコルベールは、その風采に似合わずこのキュルケが所属するトリステイン魔法学院で教鞭を振るえる資格のあるほどの男である。それなりの融通も利くのだろう。

「私が個人的に雇い入れるだけで、学院から賃金が支払われるわけではないんだがね。まぁ、いろいろ事情があって居候することになったわけだ」
「それはけっこうなことで」
 興味が無い、とばかりにキュルケは肩をすくめる。実際のところ、コルベールの事情になど興味は無い。ただの話題転化のための世間話だ。
 それでは、とコルベールの脇を通り過ぎようとしたとき。
「……話は済んだの?」
 別の方向から声がした。
 見やれば、コルベールの背の向こう。廊下の奥に二人の人影立っていた。
 若い女と小さな男の子だ。先ほどの声はこの女のものだろう。
 二人とも、とりたてて特徴のある者ではない。女は学院で働くメイドたちと同じ服を着ていて、少年の方も一般的な平民と同じような服装をしている。
 ただ、その仕立てや生地の織り目はよく整っている。意匠が平民のものでなければ、キュルケが着ていてもおかしくないほどの出来栄えだった。
 女の言葉にコルベールは返事をする。

「ああ。許可はもらったよ。君たちの部屋は……私の工房の裏手に作るがかまわないかね?」
「……どこでもいいわ。同じことだもの。どこに居たって私達の運命は変わらないんだから」
 俯いて投げやりに言う。鬱屈しているというよりは言葉の通り心底どうでもいいといった感じである。
 女のあまりにも失礼な態度に、傍らの少年は慌てる。
「りゅ、リュウレイさんってば! そんな失礼な言い方しちゃ駄目ですよ!
申し訳ありません、コルベール様。僕たちこれからお世話になるというのに……」
「いやいや。かまわんよ」
 少年の謝罪に、コルベールは苦笑する。どうやらもう、この女の態度には慣れたものであるらしい。
 当の女はというと、そんな二人のやり取りなど気にしないといった様子で焦点のあってない瞳で宙を眺めている。
 これが温厚な、もっと言うならば軟弱なコルベールでなければ無礼討ちにされてもおかしくない態度だった。

 少年はコルベールの寛大な言葉に感極まったように頭を下げて礼を言う。
「本当にありがとうございます。――それで、そちらの方はどなたですか?」
 こちらを見て不思議そうに尋ねる。どうやら彼はまだこの学院に来て日が浅いらしい。
「彼女はミス・ツェルプストー。優秀な火のメイジでね、私の生徒の一人だよ」
 コルベールの言葉に、顔を輝かせて少年を一礼する。
「はじめまして! ツェルプストー様。僕はソウゲンと言います!」
 少年らしい実にはきはきとした挨拶だとキュルケは好感を覚える。
 陰気な平民メイドはともかく、この少年――ソウゲンは礼儀正しいよい人間のようだ。

 ソウゲンは隣の女を手で示して言う。
「それでこちらがリュウレイさんです。僕達は、えーっと……」
 困ったようにコルベールを見上げる。
「さっきも言った私の知人の娘と息子だよ」
「はい! そういうことになってます!」
 自信満々にそう言うソウゲンの言葉に、キュルケは眉を寄せる。
「そういうこと?」
 そういうこととはどういうことだ?
「あ! えーっと、な、なんでもありません!」
 コルベールはやれやれ、と顔を手で覆っている。
 どうやらなにかしらの事情があるようであるが、このソウゲンという少年の真っ直ぐな態度には邪な人間の気配は感じない。
 これでも人を見る目には自信のあるキュルケは、あえて追求してソウゲンを困らせてやることもあるまいとそれには触れないことにした。


 それに何よりこの少年の瞳。
 吸い込まれそうなほど深いのに、それでいて暖かさと強さを感じられる不思議な瞳をしている。
 よほど精神の捻じ曲がったものでもなければ、この少年に好感を覚えずにはいられないだろう。


「まぁいいわ、よろしくね。ソウゲン君」
「はい!」
 キュルケはよろしく、との言葉通り彼に手を伸ばす。握手をするつもりだった。
 だがその手は――
「……っ」
 横から伸びた手に打ち払われる。
「何するのよ!」

 キュルケの手を打ち払ったのは他に誰あろう、リュウレイの手だった。
 リュウレイは恨みがましい目でキュルケを見ながら、ソウゲンの頭を抱きかかえる。
「……私のソウゲンに触らないで」
「さ、触らないでって……」
 キュルケは何もソウゲンに危害を加えようとか、そういうつもりで手を伸ばしたのではない。ただ親愛の意味をこめた握手をしようとしただけだ。
 リュウレイはソウゲンに向き直り、低い声で言う。

「……ソウゲン。ああいう女のほうがいいの? もしそうなら早く言ってね。死ぬから」
「ち、違います違います! 違いますから! 挨拶をしようとしただけです!」
 うわ、とキュルケは一歩引く。この女、危ない。
 自分の恋路も他人の恋路も踏み歩いてきてキュルケにはわかる。たまにいるのだ、こういう少年趣味というやつの女が。
「あんたって『そういう』趣味なの?」
 半ば揶揄するようなキュルケの言葉に、リュウレイは――思いのほか真剣な顔で言う。
「……『そういう』がどういうものかは知らない。だけど私は『ソウゲンのことが』好きよ。愛してるわ」
 ソウゲンのことが、に比重を置いた言葉。それは彼女がただの少年趣味の女ではなく、純粋にソウゲンのことだけを愛していることがわかる。
 ソウゲンが少年だから、ではない。ソウゲンがソウゲンであるからだ。

「……だから貴方みたいな女が面白半分でソウゲンにちょっかい出すのは許さない」
 これは本気の――恋する女の目だ。こんな目をして恋をする女には敵わない。
 そうキュルケの本能は悟る。『微熱』のキュルケの名は伊達ではない。
 参った、とばかりに手を挙げる。
「私の負け。降参。微熱のキュルケ、野暮なことは好まないわ。――でも握手はさせてもらうわよ、ソウゲンとじゃなくて貴女とね、リュウレイ?」
「……なんですって?」
 キュルケの言葉に、意外そうな声音でリュウレイは聞き返す。
「私が貴女のことを気に入っちゃったからよ」
「……正気?」
「正気も正気。私、本気で恋をしてる人って誰であろうと気に入っちゃうのよね」
「……やっぱり正気じゃないわね。狂ってるわ」
「かもしれないわねー。それで、どうする? する? 握手」
 そう言って伸ばされたキュルケの手を一瞥し、リュウレイはそっぽを向く。
「……お断りよ。気持ち悪い」
「あら残念」
 つれないリュウレイの言葉にも腹は立たなかった。
 何故ならば、そっぽを向く瞬間。リュウレイの頬に朱がさしていた――ように見えたからだった。

                  *

「この辺りは安っぽい酒場が多くて本当は好きじゃないんだけど。
だからと言って貴方を私が普段行くような店につれていっても困るでしょう?」
 昼下がりのトリスタニア。路地に面した店の一角を陣取り、悠然とエレオノールは言った。
「はぁ。まあたしかに、エレオノールさんのいらっしゃるような店に連れて行かれても困りますが」
 言われた静嵐は納得しているようなしていないようなはっきりしない喋りで同意する。

 ぼんやりとした口調は、普段の彼女であれば「はっきり喋りなさい!」と怒りの対象になるのであろうが、
 そこはそれ、恋は盲目というやつである。
 この状況、もはや言うまでもない。エレオノールの『お礼』なのだ。
 ここ、トリステインの首都トリスタニアで静嵐がエレオノールを助けてのが数週間前のこととなる。
 それからこちら、エレオノールは『お礼』と称してたびたび静嵐を誘おうとしてきたのだが、
 その度に邪魔が入り、今日やっと静嵐を街に連れ出すことに成功したのだった。
 思えば長い道のりであった。彼を誘おうと魔法学院に出向いても、その度に『盗賊退治です』だの『内密の学院外授業です』だのですれ違う日々。
 たまに会えたかと思えば、空気の読めない妹の許婚が邪魔してくる始末である。

 そう言えば、あの妹の許婚。何やら大ポカをやらかして国外追放処分となったらしい。いい気味だ。

 だがそれも今はいい思い出だ。会えなった時間が二人の仲を濃密なものにしてくれる。
 そう思えばこそ、こうして今日二人でのんびりできる時間にも意味があるというものだ。
 結論づけ、エレオノールは満足げに息をつく。

 ――しかしその一方。連れ出された当の静嵐といえば、
(エレオノールさんってば、ずいぶんと義理堅い人なんだなぁ)
 というくらいにしか思っていないのだから報われない話だった。

「貴方と一緒でなければこんなところまで来ないわ」
 こんなところ、とはあまりな物言いかもしれないが。彼女の言葉はけして的外れとも言えない。
 今、二人がいるのは治安こそ悪くないとはいえ、あまり上品とは言えないような通りなのである。
 少なくとも、トリステインでも有数の貴族の出自であるエレオノールが寛ぐには少しばかり品格というものが足りない。
 しかし相手は平民である静嵐だ。あまり上等なところに連れて行っても息が詰まるだけだろう。
 今回はあくまでも静嵐の勇猛果敢な悪漢退治(とエレオノールは都合よく記憶していた)に対するお礼なのである。静嵐が寛げないようでは本末転倒だ。
 本来エレオノールはそうした相手のことを気遣う細やかな配慮の出来る女なのであるが。
 悲しいかなそうした機会にはとんと恵まれなかったのである。

「なにせここには魅惑の――なんと言ったかしら? まぁなんでもいいわ――魅惑のなんとか亭なんていう、
若い娘に如何わしい服装をさせて酌をさせるような店まであるらしいし」
「歓楽街なんだなぁ、とは思ってましたが。そんな店まであるんですか。若いお嬢さんに酌をさせるような店まで」
 静嵐は納得する。今は昼間であるから、そういった店のほとんどは看板を下ろしている。しかし、歓楽街特有の空気というのは日差しの下でも消えはしない。

「そう、十代の若い娘に……若い……娘……ったく! 若いのが何だって言うのよ!
尻の青い小娘に鼻を伸ばすなんて馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの!?」
 何かが彼女の触れてはいけない琴線に触れたのか、ドン! と苛立たしげにテーブルを打つ。
 それに比べて、とエレオノールは一瞬前と打って変わって相好を崩す。
「なかなか悪くないわね。この『お茶』というやつも。酒なんかよりよほどリラックスできるわ」
 彼女たちが先ほどから賞味しているのは酒ではない。『お茶』と呼ばれる代物だ。
 ここはお茶を専門に出す、トリステインでも新しい『カフェ』なる店だった。


 ずずり、と一口。静嵐は茶をすする。
「ああ、なるほどたしかにこれはお茶ですね。……僕の知っているお茶とはまた違う感じですが」
「あら? ここのお茶は東方――ロバ・アル・カリイエから持ち込まれた貴重品だと聞いているのだけど」
「ううん? たしかにお茶はお茶なんですが、微妙に感じが違うかなぁ」
 茶葉そのものは上等下等の差はあれ、種類としての大差はないだろう。おそらく収穫した茶葉を加工する工程が静嵐の知っているお茶とは異なるのではないか。
 武器の宝貝としての観察力を無駄に発揮し、静嵐はそう分析する。

「一口に東方と言っても広いんでしょう? 貴方の住んでいたところとは違う産地のものなのかもしれないわね」
「そうなんでしょうねえ……いやぁ、しかしこれは何と言いますか」
 ズズズ、とまた一口茶を啜り。
「落ち着くねえ」
「そうね……」
 そうしてエレオノールもまた、息をつく。
 このお茶というやつには精神を落ち着かせる効果があるのかもしれない。
 やはり酒などよりこのお茶というのがよほど性に合っている。
 それに、このゆったりと落ち着いたいい雰囲気!
 この状況ならば、と。
 エレオノールがテーブルの上に置かれた静嵐の手に、自分の手を重ねようと手を伸ばしたその時。

「ああ、居た! セイラン!」
 何処からか聞こえる静嵐を呼ぶ声。
「はい?」
 呼ばれた声に静嵐は立ち上がる。
 当然、静嵐の手を取ろうとしていたエレオノールは、肩透かしを食らった格好になってしまい、テーブルの上に突っ伏した。

「あれ? キュルケじゃないか。どうかしたのかい?」
 静嵐が見やれば、路地に見慣れた褐色の肌の少女が立っている。
 見間違うはずも無い。静嵐の主人の級友であるキュルケであった。
「どうした、じゃないわ。貴方に用事があって探してたのよ」
「僕に用事?」
「そ。ちょっといいこと思いついてね。貴方の力を借りたいのよ」
「そりゃかまわないけど。……いいのかな?」

「『彼女』の許可なら取ったわ。あの娘ったら随分とおかんむりだったわよ。ねえタバサ?」
 いつものようにキュルケの傍らにぽつりと佇むタバサは、思い出すようにして口を開く。
「……『私が学院長から命じられた、詔を考えるのに悩んでいるっていうのに、あのバカ使い魔はどっか遊び歩いて!
え? あいつを借りたい? 好きにしなさいよ。いえ、むしろコキ使ってやりなさい!』
 それはおそらくルイズの言った台詞であろう。
 伝えているのはタバサなのに、静嵐にはルイズの声が頭の中でありありと再生されてしまった。
「ううん。怒ってるなぁ」
「見たところ貴方も何か用事があったみたいだけど――忙しいようなら後にするわよ?」
 テーブルの上に突っ伏した金髪の女を見やり、キュルケは問う。
 どう見ても静嵐はこの女性とお茶を飲んでいたところだ。
 自分の用事といえば別段火急の用というわけでもない。お茶を飲み終わるくらいまで待つのも吝かではない。


 しかし静嵐はといえば、
「いやぁ、全然忙しくはないよ。むしろのんびりしていたところさ」
 嘘ではない。事実二人はのんびりしていただけだ。これが何かの作業中などであればともかく、今は忙しいことなど何一つない。
 であれば、主の承諾を得ているキュルケの用向きを優先するのが理に適っていると分析する。
 しかし、今回の場合二人でのんびりすることそのものがエレオノールの目的だということに全く気づいていない。


「……貴方がいいならいいんだけど。――それではレディ。このおマヌケさんは借りていきますね」

 未だにテーブルの上でうつ伏せになったままの女性――顔までは見えなかった――に断り、
 静嵐の首根っこを掴んでキュルケは歩いていく。
 ずるずると静嵐を引きずっていくキュルケは、なんとなく気分がいいと上機嫌だ。
 それは、本人が知る由もないのだが、ヴァリエールとツェルプストーの因縁にまた新たな一ページが加わったことによるものであった。

 静嵐たちが立ち去って数分後。微動だにしようとしない彼女の様子を訝しがった店主がおそるおそる彼女に声をかけようとしたのそのとき、
「セイランの主人……たしか『彼女』とか言ってたわね」
 低い声でつぶやきながら、むくりと彼女は起き上がる。
 その形相を見てしまった店主は「ひっ」と小さく声を漏らして店の奥へと逃げ去っていく。
「知らぬとはいえ、私の邪魔をするとはいい度胸ね。
いったいどこの小娘か知らないけれど、もし会う事があればただじゃ済まさないわよ……!」
 静嵐の主人、『彼女』。
 まさかそれが自分の妹であるとは露知らず、エレオノールは静かに怒りの炎を燃やす。
 全く自分のあずかり知らぬところで謂れのない恨みを買うルイズ。
 そんなところもまた、ルイズが静嵐刀の主たる由縁なのかもしれない。

                  *

 ずるずると引きずられながら、静嵐は問う。
「それでキュルケ。どこに行くのさ?」
 問われたキュルケは嫣然と笑う。
「決まってるでしょう? パオペイ探しよ!」

                              (続く)

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