あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロの花嫁-16 A


ゼロの花嫁16話「帰郷」



シエスタはきょとんとした顔でルイズの話を聞いていた。
「はぁ、実家にですか」
「そうよ、貴女も偶には実家に顔を出して両親を安心させてあげなさい」
ルイズ達が実家に帰るに伴い、ルイズはシエスタも自分の実家に戻ってはどうかと持ちかけたのだ。
「仲が悪いとかなら、無理には勧めないけど」
シエスタはぶんぶんと首を横に振る。
「いえいえ、そんな事はありませんが……そうですね、私も実家には随分と顔を出してませんから」
モット伯の一件以来、ルイズは随分とシエスタに目をかけていた。
シエスタの身柄は学院からモット伯へ移動し、そこからルイズが強奪してきたのだが、その罪が不問になったという事で現在はルイズ達の共有財産のような扱いになっている。
学長に話を通し、従来と同じ立場で働けるように取り計らってもらったのだが、他の使用人とは違い、ルイズ、キュルケ、タバサの専属となっている。
給金は学院から出る形にしてあるので、この三人の専属にする必要は何処にも無く、学院のメイドとして働くのが正しい姿だ。
しかし、実際問題やたら生傷の耐えないこの三人プラス一人は、特に注意して世話をする必要があり、又他の使用人は恐れおののいて世話をしたがらないという問題もあり、今の形に落ち着いている。
なので四人の内三人が出かけるとなると、急に仕事が無くなってしまうのだ。
現在学長オールドオスマンともツーカーである彼女達の話ならば、問題も無いだろうとシエスタは考える。
同じ事を使用人達のリーダー格であるコック長マルトーも言ってくれたので、シエスタは有り難く休暇を頂戴する事にした。
貴族嫌いで通っている(そんな男が貴族だらけの学院で働くなとか言うな)マルトーであったが、モット伯の件以来、問題児四人組への心証はすこぶるよろしい。
元々時々燦が調理を習いに調理場に顔を出していたので、マルトーも燦の素直さ優しさを知っているというのもあったが。

部屋で荷物をまとめているシエスタの目に、数枚の紙きれが映る。
燦が調理を覚えるのに使っていた紙だ。調理場にあると邪魔なので、シエスタが部屋に持って来てあったのを忘れていた。
これを初めて見た時、何処か引っかかる物があったのだ。
それが何なのか、荷物まとめをそっちのけで考え出すシエスタ。
燦の居た国の言葉らしく、全く読めない。何とも角々しい文字だと思ったものだが……
シエスタはぽんと手を叩く。
「そうだ、何処かで見たと思ったら、確か曾おじいちゃんの……」
似ている。……と思う。多分。いや、見たの随分前だから記憶に薄いのだが。
曽祖父の遺言に、石に記した文字を読める者に竜の羽衣を譲ってくれというものがあった。
ちょっとした興味から、シエスタは燦のメモも荷物に詰め込む。
直接見てみればわかるだろう。そう思ったのだ。



ぼけーーーーーーーっとした顔でベッドから起きると、窓から差し込む光はそろそろお昼が近い事を教えてくれた。
随分長い事規則正しい生活を続けていたが、ここに帰ってきてからは毎日この調子である。
寝ぼけ眼で頭を掻くと、寝癖で固まった髪がぴんと真上に突き上がってる事に気付く。
直すのメンドイ。
見せる相手も居ない事だし、と自らに言い訳をして居間に向かう。
とうに起き出して朝食を済ませ、更に午前中の間子供達を相手にきっちり遊び相手をしてやり、ついでに昼食の準備に取り掛かっていた愛する妹は、困ったような顔でこちらを見ていた。
「マチルダ姉さん、もうっ、今日もこんな時間ですか?」
目に入れても痛く無い程可愛いとはこの事か。
妹分であるティファニアの声を聞くだけで、何とも幸せな気分になれる。
「休暇の時ぐらいは勘弁してよ。テファ、今日のお昼は何かしら?」
テファはテーブルを整え、昼食の準備をしてくれた。
この素朴な味がたまらないのよね、貴族向けの豪勢な食卓何て目じゃないわ、とばかりににこにこしながらご飯を頬張る。

わたくしことロングビル兼、土くれのフーケ兼、マチルダ・オブ・サウスゴータは、学院から盗み出した宝を知り合いの商人に叩き売った後、アルビオンにあるウエストウッド村に帰ってきた。
足元見られたとか、もうそんな事はどうでも良かったわ。
アレ見てるとそれだけで泣きたくなるぐらい、情けない気分にさせられるんですもの。
アニエスにも一言も無し。まあ、何か言えって言われても何も言えないんだけどね。
平民じゃ一生かかったってお目にかかれないようなお金もある事だし、しばらく盗みする気も起きないし、のんびりさせてもらうわ。
食事も終わったし、仕方が無い、たまには子供達の相手もしてやるか。
と、勢い込んで外に出たものの、日差しが眩し過ぎて立ちくらみを起こしそうになる。
まーずいわ、これ寝すぎだわきっと。
やっぱり食っちゃ寝の生活は良くないわねぇ。楽だけど。心底幸せだけど。
他所じゃ戦争やってるって話だけど、この辺はのどかなものよね。
尤も、地図にもないような村にわざわざちょっかい出しに来る程、軍も暇じゃないでしょうけど。
知人の商人の話はどうやら確かであったようで、アルビオン軍はそこらでぼっこぼこにやられてる。
程なく反乱軍に制圧されるだろう。
うん、ざまーみろ。
いっそ手貸してトドメ刺してやるのも悪く無いわね。
ま、めんどーだからやらないけどー。勝ち戦なんて乗った所で報酬なんてたかが知れてるし。
確かに王家に腹は立つけど、そんなものここでの日々に比べればゴミ屑みたいなものよ。
テファは可愛いし、子供達もすくすくと小生意気に育ってくれてるし。
こいつらがもっと成長してくれて、自分で働けるようになれば後はもう悠々自適よ。
流石にそこまで引っ張れる程今回の稼ぎは大きくないけど、まー当分は……

ハタと気付く。

あるびおんぜんどでせんそーですか? それってそれって、もしかしてまたそこら中で孤児とかぼろぼろ出てくるんじゃない?
言うなれば身内同士の争いだから、そこまで平民達の被害は大きく無いとは思うけど、やっぱり被害は出るはず。
マズイ。究極にピンチ。牛車一杯のはしばみ草を凝縮搾り出し100%天然素材ジュースよかヤバイ。
いえいえ、冷静になって考えなさい。
ここまで逃げてこれる孤児なんてそうそう居ないわよ。
幾らなんでもウチのガキ共拾ったみたいな話がまた起こるなんて、そんな都合の良い、というか悪い話はそう無い、はず。
でもなぁ、私最近運悪いから……ここ一番でエライのに出くわす何て事ありそうで嫌。
子供達に走り回らされながら、一緒になって遊んでいるテファを見る。
あー、やっぱ私がやるしか無いわね。
常に二手三手先を読んで動いているからこそ、テファはああして何時でも笑っていてくれるのよ。
あの笑顔を守るのは私なんだから。

おしっ、決めた。例の件やる。
物凄く落ち込んでた事もあって、手出すの止めようと思ってたけど、うん、やっぱりチャンスは見逃すべきじゃない。
アルビオン王家に一泡どころか、末代まで呪われるぐらいのお怒りを買うよーな作戦。
ばーか、死んじゃったらそれまでなのよ。せいぜい墓の下で泣き言言ってなさい。
そう、アルビオン王家に恨みつらみを叩きつける作戦名「アルビオン火事場泥棒大作戦」よ!
王家の貴重な宝物を、何処かに持ち出す前にちょろまかしてやろうという激イカスプロジェクト。
盗賊土くれのフーケの悲願、アルビオン王家から宝物を盗むという洒落にならないミッションも、今の状況ならチャンスはある。
くっくっくっくっく、代々必死になって守ってきた王家の宝物を、ゴミか何かみたいにそこらの商人に売り飛ばしてやるわ!

大まかな段取りは頭の中にあるけど、細かい所の詰めはしなくちゃならないわね。
さー、忙しくなるわよー。
ごめんねテファ。私またちょっと危ない橋渡る事になるけど、きっと無事に帰ってくるから。
何、私に任せなさい。がっつり稼いで今度こそ長期休暇取る事にするから。
貴女の笑顔は……

でも、同時にもう一人の笑顔が脳裏に浮かんだ。

きっと、怒ってるだろうなぁ。
私との関係疑われて、取調べとか受けてなきゃいいけど。
「ロングビルがそんな真似するはずがない!」なーんて言ってたりしたら再起不能かも。主に私が。

ごめん、何て、言えないわよ。

許してくれるはず、無いもの。

また何処かで会って、久しぶりって、声をかける事も出来ないもの。


私のやってる事って、つまり、そういう事だもの。



ごめん……ごめんねアニエス。





三人での道中はつつがなく進み、ルイズ達はキュルケと別れ、実家へと向かった。
一報は入れてある。返信曰く、エレオノールも呼んで久しぶりに家族全員での時間が取れるとの事だ。
今回は怒られるような事もしでかしてないので、ルイズも気楽なものである。
無論、ガリアの王族拉致って来たのがバレたら、前回の比ではない程怒られるであろうが。
『……いや、怒られるっていうか、そのままヴァリエールの家に生まれた事すら無かった事にされそーよね』
一応ルイズもしでかした事の大きさは理解していた。
だがまあ、それでもタバサの立場考えれば他に選択肢もあまり無かった訳で、後悔なぞは欠片もしていない。
いつまでもこのままで居る事も無理だろう、だが、せめて後少しの間ぐらいは、離れ離れであった母との時間を取ってあげたいとも思うのだ。
それが甘いと言われれば、ごもっともと答えるしかない。
「……やっぱり私って行き当たりばったりなのかしらね」
そう愚痴を溢すと、燦は不思議そうな顔でルイズを覗き込む。
「どうしたん、急に」
「もうちょっと考えて行動しないといけないわね、って話よ」
耳が痛いのか、燦も眉根に皺を寄せる。
「うー、私もよくそれ言われるー」
「せめて実家に居る間ぐらい、お互い良い子にしてましょう。心配ばっかかけてるしね」
ふと、燦が俯く。
物思いに耽っているのか、目線を落としたまま黙り込む。
燦が何を考えているのかも想像はついたが、今のルイズに出来る事は無い。
『やっぱり、燦もご両親の元に帰してあげないといけないわね……』
それは想像するだけで寂しくて泣いてしまいそうな事だが、主人として、燦の面倒を見ている者として、絶対にやらなければならない事だと思っているのだ。

ルイズと燦の二人は領地に入る。
途中幾つか領地に関する説明を燦にしてやった所、目を丸くしていた。
「ウチのシマよりデッカイでー。それにあのお屋敷! まるでお城みたいじゃ!」
見慣れた風景なので、ルイズはその大きさにはさしたる感慨も無かったが、燦が驚き、目を輝かせているのを見るのは嬉しい。
「サンの家も領地を持っているの?」
「うーん、どっちかというとルイズちゃんのはお役人さんとかじゃろ。私の実家はヤクザだから、領地というのとはちょっと違うんよ」
信じられないといった顔で肩を竦めるルイズ。
「ヤクザ……ねえ。こっちじゃ犯罪者の集まりでしか無いし、サンがそこの出と言われてもピンと来ないわ」
ルイズの言葉に燦は憤慨する。
「そういうんはヤクザ言わん! チンピラじゃ! ヤクザは心に任侠を持ってないとイカン! ルイズちゃんにもブン太・ウィリスの活躍見せたげたかったな~」
燦が映画役者の名前を挙げると、ルイズは興が乗ったのか詳しく聞こうとする。
「リーサル任侠って映画があってな! それで……」
嬉々としてブン太・ウィリスの話を始める燦。
そして長い事燦に毒されていたせいか、ルイズにもブン太・ウィリスの良さが伝わってしまう。
仁義やら極道やらて、いやもうそれ女の子の話題じゃないだろう。といったツッコミをしてくれる者は誰も居なかった為、二人は屋敷に入るまでそんな話を続けるのだった。

入り口まで辿り着くと、かなり前からその馬車を捕捉されていたのか、待ち構えるように使用人達が整列していた。
そしてその中心に、ルイズにとっては懐かしい、一番会いたい顔があった。
「ルイズ!」
「カトレア姉さま!」
顔を見るなり駆け寄り飛びつく。
とても斬った張っただの「往生せえやド外道がああああ!」だのの話で盛り上がっていたとは思えない無邪気さだ。
燦も一応見た事があるエレオノールも既に来ていたのか、ルイズの出迎えをしてくれていた。
「ほら、二人共早く入る。お父さまもお母さまもお待ちよ」
ヴァリエールの美人三姉妹。
流石に三人揃うと壮観である。
燦は仲睦まじく話す三人を惚けたように見ていた。
ルイズとカトレアはエレオノールに引っ張られるように屋敷の中へと入っていく。
慌てて燦も後を追おうと思ったのだが、屋敷の使用人が荷物を預かり、それが当然であると言わんばかりに別室へと案内しようとする。
そういうものかと燦は納得して使用人に任せようとしたのだが、ルイズがそれを止める。
「サン、貴女もいらっしゃい。みんなに紹介しなきゃならないんだから」
部屋に入ると、家族が寛げる居間のような場所があり、父母が揃ってゆったりと椅子に座っている。
燦にはルイズの席の後ろに控えるように言い、何時もそうであった椅子に座る。
執事達は何も言わずとも家族分のお茶を用意する。
この時出される焼き菓子を、幼い頃のルイズはとても楽しみにしていた。
懐かしい、父も、母も、エレオノール姉さまも、カトレア姉さまも、ずっとそうであったように、自然に家族の中での居場所に着く。
帰ってきた。そうはっきりと自覚出来た。何も変わらない実家は、それだけでとても嬉しいものであった。
父母とエレオノールは既に半月程前にルイズと食事をしている。
だから少し遠慮したのだろう、今はカトレアがルイズを質問攻めにしている。
それを皆が楽しそうに見ている。ルイズも楽しかった事や、面白かった事ばかりを並べて姉を楽しませようと頑張った。
しばらくそうしていると、カトレアは少し疲れたのか質問攻めを一段落させる。
そこでふと、ルイズは燦の事を思い出した。
「そうだわ、紹介しなくっちゃ。こちらはサン、私の使い魔なのよ」
誇らしげにそう言ったのだが、家族一同、物凄く微妙な顔になった。
真っ先に口を開いたのはエレオノールだ。
「平民の使い魔? それ本当に使い魔なのかしら?」
内容も容赦無い。ルイズはムキになって言い返す。
「本当だもの! ほら、手の甲に使い魔の紋章だってあるわ!」
胡散臭そうにしながらエレオノールは燦の紋章を確認する。
確かに「書いた」物ではない。
エレオノールのアカデミー在籍は伊達ではない。それを見抜くぐらいは出来る。
「……でも、見た事無い紋章よね。これ、調べたの?」
そういえばコルベールが随分前に調べると言ったっきりだ。
「いえ、先生にお願いしてそれっきり」
「使い魔召喚の儀式からどんだけ経ってるのよ……全く、怠慢よね」
すっと燦から手を離すエレオノール。
「まあ、どの道平民じゃ大した事も出来ないでしょうけど」
こんな事ばかり言っているからルイズに嫌われていると思われるのだが、どうにもこの性分は治せない模様。
「違うもん! サンは凄いのよ! 本当に強いんだから!」
「あら、強いって言われてもねぇ。平民同士の間でどれだけ強かろうと物の役に立たないのは一緒じゃないかしら?」
「そんな事無いっ! サンならメイジにだって負けないわよっ!」
無茶苦茶言い出すわねこの妹は、なんて可哀想な物でも見るかのようにルイズを見下ろすエレオノール。
「……そう、じゃあ試してみる?」
売り言葉に買い言葉。
「ええ、いいわよ! サンならどんなメイジにだって負けないんだから!」
燦は燦でおろおろしてるが、話は当事者抜きで進んでいく。
「そうねぇ……なら、そこの壷。あれ確か固定化かかってましたわよね。あれを割れたら、認めてあげても良くってよ」
ぎょっとした顔の公爵に誰も気付かない。夫人はただ見守るのみ。カトレアは、やはり燦と同じくおろおろしていた。
ルイズは即座に了承した後、実際に壷を自分で持ってみる。
「うん、これなら余裕ね」
結構な重量があるはずなのだが、片手で軽々と持ち上げている。
その不自然さに家族達が眉をひそめている間に、ルイズは燦に立ち位置を指定する。
「そう、そこの少し後ろなら剣振っても大丈夫ね」
燦は背中に刺した剣を握りながら、あまり乗り気でない模様だ。
「……その、本当にええの? それ、結構高いんじゃ……」
「構わないわ! さあ行くわよ!」
いや構おうよ、そんな気配を醸し出しつつ片手を上げかける公。
ルイズは無造作に、手首だけを返して壷を放り投げた。
その瞬間が見切れたのは、ルイズと公爵夫人のみ。
がらん、という音と共に壷が床に落ち、綺麗に二つに分かれて倒れた。
ルイズはそれ見た事かと得意気に胸をそらす。
カトレアは目を丸くして驚いた後、ぱちぱちと拍手を送った。
訝しげに壷に歩み寄ったエレオノール、二つに分かれた壷を手に持って確認するが、不正が行われた証拠を見つける事は出来なかった。
不意に、公爵夫人が発言すると、他の全員は目を剥いた。
まさか平民に夫人が声をかけるなど、誰も予想していなかったのだ。
「サン、と言いましたね」
「は、はい」
「その剣は何処で?」
公爵もカトレアもエレオノールも、燦の持っている剣にこそその秘密がある、それを見抜いた故夫人はそんな言葉を口にしたと思った。
「えっと、私の実家におる政さんって人に教わりました。ホントに強い人で、組内でもヤッパ、じゃない剣振らせたら一番なんよ」
何を勘狂った答えを、と皆が思ったのだが、どうやら燦の答えで正解のようで、夫人は更に仰天するような言葉を口にした。
「そうですか。マサ、ですね、覚えておきましょう。貴女のその腕だけならば王室の直衛を任せてもいいくらいですわよ」
彼女が誰かを褒めるなどそれこそ滅多に無い事なのだが、それをよりにもよって平民にするとは。
呆気に取られ言葉を失う面々。
やはり最初は同様に驚いていたのだが、自分の使い魔があの母に認めてもらえたという事に気付いたルイズは、歓喜に震える。
これだけで燦を使い魔にして良かったと思える程、嬉しかった。
燦はその凄さがわかっていないのか、照れくさそうに礼を言う。
「えへへ、ありがとう……」
「あ、ありがとうございます!」
燦の語尾に重なるように、ルイズは感動を口にした。

いやさ、何で誰もあの壷の価値に関して言ってくれないのかなー、とか公爵は一人でちょっといじけていた。



キュルケが実家に戻ると、久しぶりだというのにいきなり説教であった。
決闘騒ぎは大目に見てもらったが、その後のモット伯の件は笑い事では済まなかったらしい。
しかも説教の最中に話がずれてきて、婿を取れだのなんだのとぎゃいぎゃい騒ぎ出した。
適当に相槌だけして、早々に話を切り上げる。
何やら婚約者の候補が云々言っていたが、知らぬフリをして放置する気満々だったので、どうでもよい。
それより、ここに来た目的の一つを果たさねば。
オールドオスマンは既にミス・ロングビルをゲルマニアの貴族だと吹聴してまわっている。
後付けもいい所だが、それを真実にしてやらなければならない。
ただ貴族位でありさえすればいいのではない。誰かが調べても、確認出来ぬ状態でなくばならないのだ。
これは単にロングビルに貴族位を与える作業にあらず。
彼女の出自が正当なものだと証明する事で、今のオルレアン大公夫人の偽装をより完璧にする為の仕事なのだ。
老いてボケた没落貴族。娘が既に没していると尚よろしい。
そんな条件に合う相手を探すのも一苦労だ。
調べ物を進めるキュルケは、もう一つ、考えている事があった。
実家には偉大な先祖の軌跡が記された書物がある。
この中から「火」のメイジとして勇名を馳せたご先祖の記録を引っ張り出す。
「……そう、これよ。確か、この人たったの一撃で百人を薙ぎ倒したのよね……」
キュルケはそれがどのような魔法であったのか、何としてでも突き止めてやろうとここへ来たのだった。



晩餐になると、燦は席を外し家族のみとなる。
やはり話題はルイズの事が多い。
長い間家を空けていたので無理もないのだが。
そこでルイズが何の気無しに言った言葉が、ヴァリエール公とエレオノールを硬直させる。
「魔法ですか? 私まだ使えませんわよ?」
カトレアはそれを口にするルイズの心情を慮ってか、すぐに話題を逸らしてくれた。
しかしヴァリエール公は呆気に取られ、対ルイズ諜報戦を任せているエレオノールに耳打ちする。
「エレオノール、ルイズはまだ魔法が使えないのか? いや、それでどうやって決闘やらモット伯やらを……」
「わ、私もびっくりしましたわ。使い魔も居る事ですし、てっきり……」
「あの異常に強い使い魔がやったという事か?」
「それで一応納得出来ますけど……モット伯ってあの波濤のモット伯ですわよね? だとしたらメイジ殺しなんてレベルじゃありませんわよ」
「そもそも固定化を剣で破るなぞ、おかしいだろう。アレ人の皮を被った別物なのではないか?」
「ありえますわね……後であの紋章もう少し調べてみますわ。それで何かが解るかもしれませんし」
うんうんと頷き合う二人。
エレオノールは良い機会と、更に調査の結果を公に報告する。
「学院では決闘の際味方であったタバサという子と、忌まわしいツェルプストーの娘、そして使い魔の子とルイズの四人で何時も行動しているようですわ」
「ふむ、見るからに劣悪な環境だな。そのタバサという娘は何者か?」
「トライアングルメイジで、シュバリエの称号を持つガリアの貴族らしいのですが、それ以上詳しい事は私でも調べられませんでしたわ」
他にはルイズに関わる事多い人物は居ないのか、という問いにエレオノールは更に二人の名を上げる。
「グラモン家の四男、これはルイズに決闘で負けた惨めな男ですが、こいつがしつこくルイズに付き纏っているようですわ。後は、そう、これは朗報なのですが、そのグラモン家の四男の恋人、モンモランシ家の娘とも仲が良いようです」
公は眉をひそめる。
「恋人が居るにも関わらずルイズに付き纏っているだと?」
「付き纏うというか、ルイズに負けたのが悔しいのか何度も挑戦して、その度負けてるようですわ」
愉快そうに鼻で笑う公。
「それはそれは、無様極まりないな。元帥もこのような不甲斐ない息子を持ってさぞ嘆かれている事だろう」
「残りが優秀ですから気にもしていないのでしょう。一番年が下なので溺愛してるそうですわよ」
続けてエレオノールはグラモン家の内訳を説明する。
皆一線級の仕官ばかりで、特に長男は年若いながら、尚武を誇るグラモン家の軍を率いる器であると。
公は怪訝そうな顔になる。
「良くそこまで調べたな」
はたと気付いたエレオノールは、真っ赤になってぶんぶんと手を振る。
「い、いえ! たまたまですわ! その、たまたま詳しい人間に聞いただけですからっ!」
急に焦り出したエレオノールを訝しげに見つつ、公は一安心とワインを手に取る。
「いずれにしても、ルイズにあらぬちょっかいをかける者はおらぬという事だな。それは重畳」
いい加減子離れしろと思わないでもないが、まあ気持ちはわかるので黙っているエレオノール。
安心した故の公の冗談であろう、普段なら口にしないような事を陽気に話す。
「ルイズ、学院でお前のめがねに適うような男はおるのか?」
少し考えた後、ルイズはにこっと笑って答えた。
「誰も彼も、百年早いですわ」
公は膝を叩きながら声を上げて笑う。
「はっはっは、そうであろう、そうであろう。ルイズをレモンちゃん呼ばわり出来る男もそうはおるまいて」
口に含んだワインをぶちまけそうになったエレオノールは、母の前である為、必死になって口元を手で抑える。
当のルイズは不愉快そうに眉根を寄せた。
「れ、レモンちゃんって……平民ですら恥辱の余り自ら命を絶つような言葉、誰が使うというのですか」
「はっはっはっはっは、その通りだ。全く最近の若い者達は色だの恋だの節操が無くていかん。ルイズのように節度を持ってこその貴族だというに」
上機嫌の公と、肩を揺らしながら何とかワインを喉の奥に流し込んだエレオノール。
公にだけ聞こえるよう、エレオノールは小声で話す。
「お、お父さま……もしかしてあの本の続き、お読みになりましたか?」
遅ればせながら、公は致命的な失言をしてしまった事に気付く。
片眉が跳ね上がり、引きつった顔で、ギギギと首が音を鳴らしながらエレオノールの方に向き直る。
「……も、もしかしてエレオノール。お前も……その、読んだ……のか?」
ぼっと火がついたように赤面するエレオノール。
二人はお互いから目を逸らし、以後、二人の間に物凄く気まずい雰囲気が流れるのだった。



人を遣って手配させていた爵位の件はどうにか良い物が見つかりそうだ。
日中にキュルケ自身が出向いて確認した元持ち主の零落っぷりはいっそ見事な程で、もう二十年以上も前に娘は借金のカタに売り飛ばしたと言っていた。
ならばその更に娘が居たとしてもおかしくはない。当時娘は17歳、その後の消息は不明であった。
縁者も居るが、売り飛ばした娘の面影を覚えていそうな者もおらず、条件は完璧にクリアされた。
話を聞きに来たと知ると、老人は年老いた体に相応しいしょぼしょぼとした目を爛々と輝かせ、金銭を要求してきた。
以前ならば嫌悪感しか抱かぬはずの態度にも、キュルケは悲しそうにじっと見据えるだけだ。
調査によって彼の今までの人生を知ってしまったキュルケは、無為と知りつつ、小金を握らせてやった。
人を救うのに必要な物は、同情や僅かな金銭ではない。
人事ながら、今回の件でそう、思い知った。
力量さえあれば幾らでも上を目指せるゲルマニアの風土を、嫌いになったのはこれが初めてであった。

帰り道、品の良さそうな顔立ちの婦人が、魚屋の入り口で店主と大喧嘩をしてるのを見た。
身なりは平民そのもの。怒鳴り声もとても貴族のそれとは思えぬ下品な口調だ。
それでも、キュルケは行方知れずになった娘が、こんなきっぷの良い婦人に成長して元気にやってると、そう信じたいと心から思ったのだ。



シエスタが実家に戻ると、久しぶりとの事で家族が総出で出迎えてくれた。
元気な姿を見せればきっと喜ぶ、そう言ってくれた主人の心遣いに感謝するシエスタ。
食事を共にし、学院での様々な事を家族に語ってきかせると、田舎の事しか知らぬ家族達は皆目を丸くして聞いてくれる。
そしてこれが一番大事とばかりに、ルイズ達がシエスタを救ってくれた顛末を滔々と語る。
父はモット伯の元に行くという話を聞いた所で激怒し、母はルイズが傷だらけになりながら助けてくれたと聞いて顔中を蒼白にした。
そして大団円。
シエスタは家族に、自分は以後、命を賭してミス・ヴァリエールにお仕えすると告げる。
皆大きく頷き、良き主人に巡り会えたシエスタの幸運を喜んでくれた。
兄妹達は、とても信じられないと口にするが、シエスタはムキになって言い返す。
確かに、貴族が平民一人にそこまでするなどとても信じられる話ではない。
何か勘違いしている部分もあるのだろう、両親はそう思い、話の内容に驚きながらも話半分と考えていた。
それにしてもシエスタが恩を受けたのは恐らく本当であろうから、ならば聞き流しても問題はあるまいと。
しかし、実家に戻った翌日、兄妹が戯れに外でその話をした所、流れの行商人が仰天する。
「おいおい、ヴァリエール家のご息女って……それってあのモット伯晒し者事件の事じゃねえのか!?」
彼はトリスタニアに居て事の顛末を、市井レベルではあるが良く知っていたのだ。
あんまりな話の内容に、馬鹿にしていた村の若い衆達も、良く村にも顔を出してくれる行商人までもが言い出した事に驚き、確認せねばとシエスタを呼び出す。
そこでシエスタは初めて、その一件が王都を賑わす程の大事件になっていた事を知る。
何せ学院の中のみで生活している為、外の時事ネタにはどうしても疎くなりがちなのだ。
行商人は興奮した口調で語る。
教会の尖塔に吊るされたモット伯の顔は俺も見た。もう血だらけで誰が誰だかわかりゃしねえんだこれが、だの。
何でも噂じゃ本来とても許されないような罪なのにお咎めなしなのは、ヴァリエール家の威光で他の貴族を黙らせたせいだ、だの。
トリスタニアで気の利いた奴なら誰でも知ってる、ヴァリエール家のルイズ様は平民にも優しい女神様みたいな人だって、だの。
真っ青を通り越して蒼白になるシエスタ。
そんな事は何も聞いていない。私は何も知らなかったというと行商人は訝しげな顔になる。
「おいおいおいおい、あんだけの騒ぎの中心だったんだろ? ルイズ様は何もおっしゃらなかったのか?」
シエスタは口元に手を当てたまま、事実のみを、言い訳でもするかのように話す。
「ミス・ヴァリエールがお城に呼び出されたのは知ってましたが……それでもあの方は『別に、何も無かったわよ』と笑いながらおっしゃって……そう言えば、余り外には出るなとも言ってらっしゃいましたが、まさか私にこの事を知られぬ為に……」
モット伯とのトラブルの種を、あのタイミングで人目に晒すのはよろしくないとルイズは思っただけなのだが、受け取り方は人それぞれである。
感極まったように手を叩く行商人。
「そうに決まってらあ! アンタに心配かけないようにと、あんだけの大騒ぎがあったってのに……くうっ! 泣かせる話じゃねえか! 貴族の鑑だぜルイズ様は!」
若衆達も驚き、そして彼女が平民の味方である生き証人達を前に興奮を隠せない。
こんな貴族の話、誰も聞いた事が無かったのだ。
波濤の二つ名で知られるモット伯と対決し、自らも血を流しながら平民を守る。
これほど平民である彼らを喜ばせる話が他にあろうか。
こりゃ一大事とばかりに、皆が村中に話して回る。
その晴れ舞台の一役をこの村出身者が担ったという事が、何より騒ぎに拍車をかけた。
その日の夜には、何故かシエスタが村長の家で演台に立ち、村中の人間が聞き入る中、その時の様子を語るハメになってしまう。
それはとても恥ずかしかったが、自分の主人がこうして皆に褒め称えられるのは、何より誇らしい事であった。



夜も更けてきて、全員が寝室へと向かった時間。
ヴァリエールの屋敷の一角で、エレオノールが悲鳴にも似た絶叫を上げる。
驚いた使用人が何事かとエレオノールの私室をノックをすると、乱暴にドアが開かれ、鬼の様な形相のエレオノールが飛び出してきた。
後に使用人は語る。
喰われるかと思った、と。

ルイズはカトレアのベッドで横になっていた。
すぐ側に姉の吐息が感じられる、そんな距離が凄く嬉しかった。
「ねえ、ちいねえさまにだけは話すわね。私、実はサンに剣を教えてもらってるのよ」
「まあ」
ルイズの期待通り、カトレアは頭ごなしにダメな事だと決めてかからなかった。
訓練の苦労話から始って、失敗した事、うまくいった時の喜び、負けた時の悔しさ、思いつくまま次々と話し続ける。
カトレアも嬉しそうに話すルイズを見てるのが楽しいのか、うんうんと頷き、時に驚きながら話を聞く。
驚く所では済まないような話ばかりなのだが、カトレア生来のおっとりとした気性故か、焦るでもなく、慌てるでもなく、笑顔を絶やさぬまま聞き続ける。
本当はルイズもこんな話を家族全員にしたいのだ。
でも、きっと認めてもらえないのは解っている、だからカトレアだけに話すのだ。
話が一区切りつくと、カトレアは愛おし気にルイズの頭を撫でる。
「ルイズは学院でも頑張ってるのね。でも、危ない事だけはしないでね。私はルイズが元気で居てくれるのなら、それだけでもう幸せなんだから」
カトレアはたったの一言で、エレオノールに無数の悪口雑言を浴びせられるより効果的な痛撃をルイズに与えた。
「う、うん、わかったわちいねえさま……えっと、出来るだけ無茶はしないように、出来るだけね、出来ない分は仕方が無いとして……」
カトレアは、しどろもどろになって言い訳するルイズの顔を自らの胸に埋める。
「可愛いルイズ、どうかこの子に始祖ブリミルのご加護があらん事を……」

バタンッ!!

突然カトレアの部屋のドアが開かれる。
こんな無礼な真似が許されるのは、この屋敷では親族のみだ。
ルイズとカトレアがベッドから並んで顔を出して確認すると、ドアの前に血相を変えたエレオノールが仁王立ちしていた。
『エレオノール姉さま?』
「今すぐ着替えて居間に来なさい!」
エレオノールの後ろには、手を引かれてきたのか燦が困りきった顔でルイズに助けを求めている。
「る、るいずちゃーん、おーたーすーけー」
すぐにエレオノールに怒やされる。
「いいから貴女は先に居間に行くわよ!」
言いたい事だけ言うと、燦の手を引いたままずかずかと廊下を歩いていった。
顔を見合わせるルイズとカトレア。
何が何やらわからぬが、あんな顔した姉は始めてだったので、二人はすぐに支度を済ませた。

何と、エレオノールは父母も引っ張り出したらしい。
父が代表して文句を言うが、エレオノールは無視してテーブルの上に一冊の本を開いて見せる。
「まずは、これを見て下さい」
公が開かれたページを覗き込むと、そこには始祖ブリミルの偉大な使い魔に関する記述があった。
「これが……」
「そこにある紋章、それとこれを見比べてもらえますか?」
サンの手を引っ張り、甲が見えるように本と並べる。
訝しげな公の表情が一変した。
「カリン!」
公が夫人を愛称で呼ぶなど、娘達は聞いた事もない。
夫人もその表情から何かを感じ取ったのか、公に倣って本とサンの手の甲を見比べる。
瞬間、室内の空気が一度下がった。そんな気がした。
ルイズの母で、味方だと認識していたサンが思わず身構えそうになる程、夫人の鬼気は鋭く激しいものだった。
夫人は確認するようにエレオノールに問う。
「……この書の信憑性は?」
「王家に伝わる始祖覚書の写しです」
エレオノールは嘆息する。
「ルイズの使い魔という事ですから、特殊なルーンなのではと思いそういった類の物を探してみたのですが……まさか始祖ブリミルの使い魔にぶつかるとは思いもしませんでしたわ」
ルイズとカトレアは蚊帳の外でぽかーんとしている。
だが事がルイズの使い魔に関する事だ。
ルイズはおずおずと問う。
「……えっと、つまりどういうお話なのでしょうか……」
エレオノールはルイズを睨みつけ、言い放った。
「貴女の使い魔は、始祖ブリミルの四人の使い魔の一人、ガンダールブと同じルーンを持っているって事よ」
カトレアは驚きに目を見開くも、すぐにルイズが衝撃を受けているだろうとルイズの表情を伺った。

ルイズは、カトレアが今まで見た事もない顔をしていた。

「……ガンダールブというと、神の左手、ですか。それは……なるほど、わかります。サンの強さも、それなら納得出来ますわ」
すたすたと窓際まで歩くと、がらっと窓を開き、燦を手招きする。
「サン、見世物みたいで申し訳無いんだけど、ここでハウリングボイス見せてあげて」
「え? ええけど……じゃ、じゃあ、あの木狙うな」
窓から身を乗り出し、燦はハウリングボイスを披露する。
ただの一撃で、緑生い茂る、つまり柔軟性も耐久性も最も高いはずの生木がずたずたに引き裂かれ、轟音と共に地に臥した。
「他にも色々な『声』があります。メイジでもないのに何故こんな真似が出来るのか。サンはこの世界の存在では無いからです」
コルベールやキュルケ、タバサと話し合ったサンに関する考察を皆に伝える。
「この子自身は悪意もない、年相応の女の子です。むしろ心優しいと言ってもいいわ。だけどこの力を知られたら色々と面倒な事になると思い、今まで隠していました」
魔法も使えぬ私には過ぎた使い魔だとは思いますが、と卑下するでなく冗談めかして付け加えた。
ルイズが窓を閉めるのを確認した後、夫人が口を開く。
「あくまで可能性の話ですが、伝説の使い魔を呼び出したルイズに、虚無の力があると考える事も出来ます」
それは考えていなかったのか、ルイズは驚いた顔で夫人を見返す。
「いえ、でもそれは……」
「虚無の系統は失われて久しいです。ならば貴女に虚無の力があったとて、その操り方を知らなくても不思議はありません」
公は鷹の様に鋭い目で夫人に問う。
「確認する術はあるのか?」
「虚無に関する何か、遺物でもあれば反応するかもしれませんが、確証はありません。つまり、ルイズが虚無でないと証明する事は不可能だという事です」
ならばと公は即断する。
「この件は他言無用だ。ここに居る全員が墓場まで持っていけ。これは当主の厳命である」
そして、とルイズに、今まで向けた事もない厳しい視線を送る。
「今後一切虚無に関する研究を禁ずる。間違っても虚無であるかどうか、ましてや虚無を目覚めさせるなどと考えてはならぬ」
エレオノールは縋るように公に言い寄る。
「そんな!? せっかくルイズにも魔法の芽が見えたというのに……」
しかしそんなエレオノールを公は一喝する。
「馬鹿者! ルイズに虚無があるかもしれぬ、そんな疑いを誰かに持たれてみろ! いらぬ野心を目覚めさせる火種になりかねんぞ!」
夫人も公の意見に賛成なのか、異は唱えずエレオノールに強い視線をぶつけてくる。
それでもエレオノールは折れなかった。
「いいえっ! 納得出来ません! ルイズが魔法を得る為、どれ程の努力を積み重ねてきたか!? そのせいでどれほど苦しんだか父さまもご存知のはずです!」
「くどい! ルイズを守るにはこの方法しか無い!」
尚も言い募るエレオノールを、ルイズが手で制する。
「ありがとうエレオノール姉さま。……今の言葉、一生忘れないわ」
自分がやっている事の意味に気付いたエレオノールは、顔中を真っ赤にして怒鳴り返そうとするも、何と言っていいやらわからずわたわたと手が宙を泳ぐ。
ルイズは常に無い程真剣な眼差しの父を、負けるものかと見返す。
「父さま、それは私とサンは何処か人目につかぬ所で残る生涯を過ごせ、という事ですか」
言おうとしていた事を先に取られて鼻白む公。
「そ、そうだ。カトレア同様領地を与えてやろう。そこで私が信の置ける夫を見つけてくるまで、のんびりと待つが良い」
「私が先王陛下に賜った大恩はどうされます?」
ルイズの言葉に激昂する公。
「それはお前が考える事ではない!」

何故だろう。以前ならば父の怒りは全てを投げ打ってでも忌避すべき事であった。
いや、父だけではない。
母も、姉も、本気で怒ったのなら絶対に勝てない。そう思っていた。
しかし今こうして怒りに震える父の考えている事が良く見える。
自分は何と幸せなのだろう。
王家にあれだけ大きな借りを作った娘を、父はその持ち得る力を全て駆使してでも守り抜こうとしてくれているのだ。
そして母もまたそれが解っていながら異を唱えない。
父母はこんなにも私を愛してくださっているのだ。
苦手だったエレオノール姉さまは、私が魔法を身につけようと必死になっていた事も、しっかりと見ていてくれた。
あろう事か、そんな私を哀れに思い、父に逆らうなんて真似までしてくれた。
ちいねえさまは、きっと私が外で何をしようと、溢れんばかりの愛情で迎えてくれる。
ついさっきベッドでしてくれたように、何時もと変わらぬあの笑顔を浮かべて。




新着情報

取得中です。