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ゼロのエルクゥ - 26


 一匹の風竜が、夜を切り裂いていく。

「お兄ちゃん、もうすぐアーハンブラに着くよ」
「ん……んん」

 夜空を駆ける風竜の背びれにもたれかかって目を閉じていた少年の肩を、傍らにいた少女が軽く叩いた。

「……ああ、もう着いたのか。サンキュー、エルザ」

 それまで眠っていたらしい少年は、頭をさっと振って軽く目を擦ると、少女に向かって微笑んだ。
 ハルケギニアには珍しい黒い髪がさらりと揺れる。ろくに整えられていないざんばらな髪だったが、どこか精悍さを感じさせた。

「いいよ。これからお兄ちゃんにはたっぷり働いてもらわなきゃいけないんだからね?」

 エルザ、と呼ばれた少女―――どちらかといえば、まだ少女とも呼べない、人形のような幼い風貌をした女の子は、サラサラと輝くブロンドの金髪をそよ風に揺らしながら、いたずらっぽい微笑みを浮かべた。

「なんだよ、エルザは手伝ってくれないのか?」
「ここまで風の精霊にずっと頼みっぱなしだったし、疲れちゃった」
「おいおい……」
「だってー。こんな速度で風に煽られてたら、髪がぐしゃぐしゃになっちゃうもん」

 風竜は、全速力で空を駆けている。強烈に吹き付けているはずの風にも、二人の服や髪はそよそよと薙いでいるだけだった。
 それを為しているのは、年齢相応にぷくっと頬を膨らませている、このエルザなのだった。

「あのな……今から何をしに行くのか、ホントにわかってんのか?」
「わかってるよ。ヘンな悪霊に取り憑かれたエルフを退治しに行くんでしょ? 精霊の加護のなくなったエルフなんて、わるがしこい人間なんかよりよっぽど楽勝だよ。へーきへーき。むしろビダーシャルさんだけで全部倒しちゃうんじゃない?」

 ハルケギニアならばどれほど力あるメイジでも怖れを抱くエルフ族に対して、年端も行かぬ少女が何でもない事のように言い放つ。
 この一帯に住む人々が見れば、例外なく目を剥いたであろう。

「……まあ、そうかもしれねえけど、その代わりめちゃめちゃ凶暴になってるんだぞ」
「ただ力が強いだけなら、どうってことないじゃない。今この大地を我が物顔で支配している人間が、竜や、私たちや、オーク連中より力が強いとでも言うわけ?」
「いや、そういうわけじゃねえけどさ……」

 自分は人間ではないとでも言うように、皮肉げに口元を歪めるエルザ。
 そしてそれは、その通りだった。彼女は先住魔法を扱う亜人……その内でもエルフに次いで恐れられている、吸血鬼と呼ばれる先住種族なのだった。

「はぁ……ま、エルザがそんなに余裕そうなら大丈夫……なのかなぁ?」
「そーそー。どーんと、可愛いエルザちゃんにかっこいいところを見せるつもりで行ってきなさいって」
「言ってろ……ん、そろそろか」

 少女とのやりとりに緩んでいた少年の顔が、地平線に霞む城の姿を捉えるや否や、キッと引き締められた。その額に刻まれたルーンが、煌々と光を放ち始める。

「……あは」

 その横顔を見つめていたエルザが、外見通りの年齢ではとても身につけられないような、ひどく妖艶な笑みを浮かべた。
 それは、紛れもない『女』の顔……それも、その人形のような幼さと相まって、魔性とも言える色気を放つそれだ。自制心の足りない男であれば、思わず襲いかかり、その幼い体躯を組み敷いてしまいそうになるような、そんな顔。

「……ん、どした? 俺の顔に何か付いてるか?」
「目と鼻と口ー」
「あのなあ……」

 ことさら子供っぽい言葉で返された少年は呆れたように視線を正面に戻し、エルザはそれを見て心から楽しそうな笑顔を浮かべた。

「―――来い」

 速度を弱めていた風竜の周囲に、いつの間にか幾つもの影が随行していた。
 翼を持った人型だった。翼人と言うには禍々しく、悪魔と言うには貧相なそれは、魔法で動くガーゴイル。魔法技術大国、ガリア王国の技術の粋を凝らして作られた、神の頭脳専用の戦闘人形だ。

「行くぞ、エルザ」
「うん。サイトお兄ちゃんっ!」

 抱きついてきた少女に片手を添えた少年―――神の頭脳ミョズニトニルン、平賀才人は、ためらいなく風竜の背を蹴り、その身を夜空に躍らせた。

§

「―――っ!?」
「どうかしたかね? ミス・ヴァリエール」
「いえ……なんだか犬が調子に乗って種馬までクラスチェンジしているような電波が……」
「ふむ?」
「ううん、何でもありません。少し疲れているだけだと思います」

 頭を振って毒電波を追い出したルイズは、ここが学院長室である事を思い出し、居住まいを正した。

「うむ。大任ご苦労じゃったな。申し出のあった使い魔の召喚については、明日にでも手筈を整えよう」
「……はい、ありがとうございます」

 王宮からの帰りの馬車が学院に到着するなり、ルイズは報告がてら、オスマンへと直談判しに学院長室を訪れていた。
 次の使い魔を召喚させて欲しい。自分の才能は、『サモン・サーヴァント』にこそあるのかもしれないから、と。

「無理はするでないぞ、ミス・ヴァリエール。君のこれまでの経緯を見知っておる人間としては、軽々しく言うのは憚られるが……我が学院の教師に、生徒の相談を無碍に扱うような人物を選んでおるつもりはないからの。悩みがあれば、気軽に相談するとええ」
「お心遣い、感謝致します」
「うむ……では明日、準備が出来次第、使いを寄越そう。今日はゆっくり休みたまえ」
「はい。失礼致します」

 社交辞令を崩さないまま、ルイズは優雅に一礼すると、学院長室を去っていった。

「……教師というのは、難しいものじゃのう。のう、モートソグニルや」

 オスマンの体を、使い魔であるハツカネズミが駆け上がって肩まで昇ると、何かを耳打ちするかのようにちゅちゅう、と鳴いた。

「……ピンク、か」

 ゾクぅっ!

「~~~~ッ!?」
「どうした? 娘っ子」
「いや、何だか寒気が……はあ、何なのかしらさっきから」

 どうにも、変な感覚が鋭敏になっているようだった。ルイズはふるふると頭を振り、怖気を振り払う。

「ま、良かったじゃねえか。使い魔、すぐに召喚できるってよ」
「うん……」

 希望が叶えられたと言うのに、ルイズの表情は浮かないもののままだった。
 それ以上はどちらも口を開かず、ルイズは黙々と足を進める。
 昼下がりを幾分か過ぎた学院内はちょうどティータイムらしく、社交に忙しい生徒達で賑わっていた。
 そんな中、本人の身長ぐらいある長剣を軽々と担いで歩くルイズは悪目立ちしていたが、本人は好奇の視線を気にする素振りもなく、まっすぐに女子寮塔へと入っていく。
 石造りの寮は、時折ひそひそと話す声が漏れ出してくる程度で、ひんやりと静まり返っていた。

「…………」

 ルイズは、部屋に戻って思索にふけるつもりだった。
 自分の魔法の事。これからのトリステインの事。呼び出される使い魔の事……そして、『自分の体』の事も。
 考えたい事はいくらでもあって、そのどれもが、図書館でどれだけ本を漁っても載っていないであろう、答えの見えない問いだらけだった。
 自分を守って死んだというのに、死に目にすらあえず、亡骸もない耕一。それを悲しむ暇もなく、まるで使い捨てのように、次の使い魔を召喚しようとしている自分。
 罪悪感を振り切るように、頭の中を思考でいっぱいにしたかった。思い出してしまって悲しみに暮れられるなら、それもいい。
 そんな陰鬱な気分のまま、寮の階段を踏みしめていく。
 フライの魔法で窓から出入りする不精な生徒は案外多く、階段はいつも人気が少ない。
 『ゼロのルイズ』にとっては、そんな些細な事すら、気分をささくれ立たせる要因だったのだ。……これまでならば。

『エルフの軍勢ですってえっ!? だ、大事件じゃないのっ!!』
「っ!?」

 ほんの少し前までの日常だったというのに、どこか遠い昔の懐かしい記憶を掘り返しているかのような気分に浸っていたルイズは、突如響き渡った声に息を呑む。

『エルフを一人で倒せって? ふざけてるのこれ? しかもガリア花壇騎士って何よ! もう、しっかり説明してもらうわよ!』

 すぐ横の扉から聞こえてきているその声は、とても聞き覚えのあるもので……その部屋が、声の持ち主の親友のものだという事を思い出したルイズは、思わず足を止め、耳をそばだてていた。

『タバサ! 行っちゃダメよこんなの! すごく危険どころの話じゃないわ、絶対に死んじゃうじゃない!』

 "イル ・ウォータル・スレイプ・クラウディ"
 怒鳴り声にそんなルーンが被さったのは、その時だった。

『うっ! こ、これって……た、タバ、サ……!』

 ばたん、と何かが倒れるように床が鳴り、続けて大きな羽音と窓が開く音がして、ルイズは思わずドアノブに手を掛けていた。
 ノブを捻り、鍵の掛かっていなかったドアを開いたそこ―――タバサの部屋は微かに白く煙っており、ばったりと床に倒れ込んだキュルケが小さく寝息を立てている。
 そして、開かれたままの窓からは、青い風竜の影が小さく空に消えていった。

§

「くぅ……まだ頭がクラクラするわ」

 ルイズが肩を起こして揺さぶると、キュルケはすぐに目を覚ました。
 『眠りの雲』による眠りの深さは、術者の力量と意志に比例する。無防備な相手に全力を込めれば、スクウェア・メイジなら三日三晩ほど、トライアングルでも丸一日は、叩いても起きない程度に眠らせる事が出来るという記録があるが、
 幸いながら、キュルケに掛けられたのはごく浅いもののようだった。

「一体何があったのよ。エルフがどうとかって聞こえたけど」
「そうよ! タバサが! タバサが大変なのよ! ……あうぅ」
「ああもう、大人しくしてなさいって。まだ『眠りの雲』が抜けきってないんだから」

 キュルケは弾かれたように立ち上がろうとして、立ち眩みを起こしてよろめいてしまう。

「そんな暇ないのよ。早く追いかけないと……!」
「どうやってよ。今から出てって、シルフィードに追いつけるの? いいから落ち着きなさい」
「くっ……」

 ルイズが肩を押さえつけるようにしてベッドに座らせると、キュルケは歯噛みしながらも抵抗はしなかった。
 余裕という字が服を着て歩いているような女だったあのキュルケが、ここまで取り乱している。ルイズは、何があったのだろうかと疑問に思うと同時に、あの頃の―――二年生に上がる前までの自分だったらどうしていただろうか、とも思った。
 いつも馬鹿にされている恨みとばかりに攻撃しただろうか。それとも、こんなのコイツらしくないと困惑しただろうか。
 ……少なくとも、こんな風に他の事を考える余裕はなかっただろう、という事は断言できそうだった。

「で、何があったのよ」
「……これよ」

 幾ばくかの落ち着きを取り戻したキュルケに再度尋ねると、キュルケは握り締めていた書簡を差し出した。

「……これは、何の冗談?」

 さっと目を走らせたルイズは、素直な感想を口にした。
 攻め寄せたエルフの軍勢を一人で撃退しろ? そんな事が出来るメイジがいるなら、過去の聖戦でとっくの昔に聖地を取り戻せているだろう。
 過去の戦いの記録から、メイジ対エルフのキルレシオは1:10。手練れのメイジ数人に歴戦の傭兵を加えた10人で、ようやくエルフ1人を倒せるかどうかというところなのだ。こんな命令、正気の沙汰ではない。

「冗談なんかじゃないわ。タバサの顔は、そういう顔だったもの」
「これが冗談じゃないんなら、命令書じゃなくて死刑執行書ね」

 くだらない、といった風に、書簡をキュルケに差し戻した。

「というか、ガリア花壇騎士に北なんてあったかしら? 確か、ヴェルサルテイル宮殿にある西南東の花壇になぞらえて三騎士団が作られたって、歴史では習ったけど」
「そんなのどうだっていいわよ。タバサが行っちゃった事には変わりないんだから。ああもう、どうすればいいのかしら」

 ぎゅっと、キュルケが自らの体を抱きしめる。

「……タバサの後を追っかけるつもり?」
「出来るならすぐにでもそうしてるわ」
「その文書が本物なら、エルフと戦うのよ」
「別に、エルフと事を構える必要なんてないわ。タバサを連れ戻せばいいのよ」
「他国のシュヴァリエに王印付きの命令を無視させて、その後はどうするの?」
「……うちの実家でもどこでも、保護してみせるわ」

 問答を繰り返すうちに、キュルケの目に熱が篭り始める。
 キュルケは、部屋の中を見回して、ニンマリと笑みを浮かべた。ろくでもない事を考えている顔だ。

「……はぁ」

 ルイズは大きく溜め息をつく。
 それは、見るからに活き活きとしはじめた目の前の『微熱』に対してではなく……多分に、自らの心の内に向けられた物だった。

§

 ―――そうだ。決して喪わせるものか。

 キュルケはぐるりと部屋を見渡した。備え付けの調度品以外には、種々様々な本が詰まった大きな本棚だけが目立つ殺風景な部屋だ。
 こんなに心地の良い空間を手放すわけにはいかない。燃え盛る『微熱』には、『雪風』の冷たさがちょうどよいのだ。
 沸々と、胸の奥から情熱が湧きあがってくる。

「……はぁ」

 目の前では、呆れたとばかりにルイズが溜め息を付いていた。
 何よその態度、と少々の反発を覚えるが、今は些事にかかずらっている場合ではない。
 まずは大急ぎでトリスタニアまで出て、竜籠を探さなければ。正規のものは手続きがとろすぎるから、モグリでも何でも……
 と、そこまで考えた時だった。

 ―――我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール―――

 朗々と耳に響く詠唱が、思考を強制的に中断させた。

 ―――5つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、"使い魔"を―――

 その杖が振り下ろされる瞬間、キュルケは、火の赤でも、水の青でも、風の緑でも、土の茶色でもない―――その全てが混ざりあった、純白の力を幻視した。

 ―――召喚せよ。


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