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ラスボスだった使い魔-28


 ルイズとミス・ロングビルが惚れ薬を飲んでしまった翌日の夕方。
「解除薬が作れない、ですってぇ!!?」
「す、すいませぇん……」
 その惚れ薬の製作者であるモンモランシーは、エレオノールに怒鳴られていた。
「どういうことよ!?」
「それが、その……解除薬の調合に必要な秘薬の『水の精霊の涙』が、売り切れで……」
「っ………、…っ」
 エレオノールは昨晩ベッドの中で『眠れない夜』を過ごしたため、目の下にクマを作って明らかに寝不足な状態であった。
 何せユーゼスが目覚めて最初に目にした光景が、『どんよりした目で自分を見るエレオノール』だったほどなのである。徹夜をしたと言ってもいいだろう。
 モンモランシーの作った『眠気覚まし用ポーション』で一時しのぎはしているが、それも所詮は気休めに過ぎない。眠気は隙あらば襲って来ようとしている。
 そんな寝不足な状態でいきなり頭に血が上ったせいか、エレオノールはクラリとめまいに襲われた。しかし頭をブンブンと振って強制的に意識をハッキリさせると、モンモランシーへの詰問を再開する。
「くっ……、……次に手に入るのはいつなの?」
「ラグドリアン湖に住んでる水の精霊と接触が出来なくなったみたいですから……、多分もう、絶望的なんじゃ……?」
「何ですってぇ!!?」
「……少し冷静になれ、ミス・ヴァリエール」
 激昂したエレオノールがモンモランシーの胸倉を掴もうとしたが、後ろで話を聞いていたユーゼスがエレオノールに声をかけてそれを制止する。
「お前は確かに優秀ではあるが、感情のコントロールが不得手なのが最大の欠点だな」
「あなたは感情をコントロールしすぎよ!」
「そうか? 自分ではかなり苦手な方だと思っているのだが」
「あなたが感情的になってるところなんて、今まで見せたことないじゃないの!」
「……むぅ~……」
 感情の薄い銀髪の男性と、感情むき出しの金髪の女性のそんなやり取りを見て、カヤの外に置かれた桃髪の少女は不満そうに頬を膨らませた。
「ユーゼスは、やっぱりエレオノール姉さまの方がいいの? わたしより姉さまと一緒にいたいの?」
「む?」
 不安そうな顔で自分の使い魔を見上げるルイズ。
 ユーゼスはその問いかけに『ふむ』、と頷いてしばらく考え込んだ後、
「……そうだな、少なくとも今の御主人様よりは『共にいたい』と思うが」
 サラリとそんなことを口走った。
「!」
「…………!!!」
 その言葉に、ヴァリエール姉妹は過敏に反応する。
「うぅぅぅううう~~……!」
「なっ、ななな、いきなり何を言ってんのよ、あなたは!!」
 ルイズは涙目でポカポカとユーゼスの背中を叩き、エレオノールは強めに一度だけバシンとユーゼスの頭を叩いた。変なところで似ている姉妹である。
 ……ちなみに他の面々は、と言うと……。
「何とまあ、臆面もなくあんなセリフを言うとは……」
「うーむ、アレは狙って言っているのだろうか……。それとも何も考えていないのか……」
「あたしは『何も考えていない』だと思いますけどねぇ。『朴念仁』って言葉が服着て歩いてるようなあの男が、意識してあんな言葉を言えるワケありません。
 ……大体、狙って言ってるとしたら相当な恋愛巧者ですよ、アレ」
「やはり君もそう思うかね、鳥くん。……だが、『下手に言葉を並べ立てるよりも、単純な一言の方が女性の心を打つこともある』というのは意外に真理かもしれないな……」
「あたしの名前は『鳥』じゃなくてチカです。……まああたしも昨日悟ったんですけど、回りくどいやり方よりはそっちの方が効果的なこともあるっぽいんですよねぇ。
 特にエレオノールさんとか、ルイズさんとか、それと貴族のボンボンさんのお相手のお嬢さんみたいな、『素直じゃなくて少々ひねくれてる方』には」
「僕は『貴族のボンボン』じゃなくてギーシュだ。あとモンモランシーはひねくれてないぞ、多分。……しかし『女性を口説く時には最大限の言葉を尽くす』というのが僕のポリシーであって……」
「……そんな風に『他の女性を口説くこと前提』で話を進めてるようだから、彼女の愛想が尽きかけてんじゃないですか?」
「何気に失礼なヤツだな、君は!」
 ギーシュとチカのコンビは、ユーゼスたちをダシに親交を深めており。
「ほう……。一段階クラスが異なるだけで、随分と可能な範囲が異なるようですね……」
「あぁん、シュウ様ぁ~♪」
 シュウはユーゼスが製作したレポート(エレオノールの添削つき)を次から次に読みふけり、ミス・ロングビルはウットリしながらそんなシュウに張り付いていた。
 ……なお、ミス・ロングビルはその本名が知れ渡ってしまうとかなり問題になってしまうため、魔法学院内においてシュウと二人きりでいる時以外は『ミス・ロングビル』で通すことにしている。
「と、ともかく!」
 何だか微妙な空気になりつつあったユーゼスの研究室内で、エレオノールはゴホンと咳払いをした後に高らかに宣言した。
「取り寄せが望めないのなら、こっちからラグドリアン湖に行くしかないわ!!」
「えええええっ!? が、学校はどうするんですか!? それに水の精霊は滅多に人間の前に姿を現さないし、しかも物凄く強いし、怒らせでもしたら……!!」
「学校なんてサボりなさい。1日や2日休んだくらいでどうなるものでもないわ。……それに、モンモランシ家はその『水の精霊との交渉役』を代々勤めて来たんでしょう。ご機嫌取りの方法くらい伝わってないの?」
「そんな都合の良い物があったら、苦労してません……!」
 アワアワしながらラグドリアン湖行きを回避しようとするモンモランシーだったが、続いてエレオノールが放った言葉によってその態度は一変する。
「じゃあ、王宮にあなたの所業を……」
「い、行きますぅぅぅうううううう……! …………ううぅっ」
 さすがに自分の将来や命、家の衰退までかかってしまっては頷かざるを得ない。
「安心してくれ、恋人よ。僕がついてるじゃないか」
 ガックリと肩を落とすモンモンランシーに対して、ギーシュが肩を抱こうとするが……。
「……気休めにもならないわ。あなた、弱っちいし」
 モンモランシーはスルリとその手をすりぬけ、ボソッと呟いた。


 ルイズとミス・ロングビルが惚れ薬を飲んでから、2回目の朝。
 『今日はもう日が暮れかけているし、出発は明日の朝にしよう』ということであの場は解散となり、ユーゼスは今、ルイズの部屋のベッドの上で睡眠を取っていた。
 なお、移動手段はジェットビートルを使うことになっている。
 シュウによればプラーナコンバーターの調整は既に終了しているらしいので、もうプラーナ切れを起こす心配はないだろうが、操縦者であるユーゼスはいち早く起床して発進準備を進めなくてはならない。
「……む」
 目を閉じたままで、意識が覚醒する。
 現在時刻は、起床予定時間ピッタリのはずだ。
 クロスゲート・パラダイム・システムを使えば、目的通りの時間まで完全に熟睡し、更に眠気の余韻などを残すことなく完全に目覚めることなどは造作もないのである。
(……イングラムに知られたら、卒倒されそうな使い方だが……)
 まあ、特に因果律を乱しているわけでもないのだから、大目に見てもらおう。
「……………」
 身体の状態を確認してみると、どうやら自分は今、右半身を下にして横向きで寝ているらしい。眠る直前には仰向けだったはずなのだが……おそらく寝返りでも打ったのだろう。
「ふむ」
 少し身じろぎして目を開く。
 すると、目の前にエレオノールの寝顔があった。
(そう言えば一昨日と同じく、昨日も御主人様とミス・ヴァリエールと三人で眠ったのだったか……)
 再び『三人での睡眠』に至った経緯については、以前の焼き直しになるので割愛する。
「……………」
「……すぅ……すぅ……」
 エレオノールは昨日よく眠れなかった反動か、今日はよく眠っているようだ。『眠れなかった理由』は自分にはよく分からないが。
 眠る前にあおった、睡眠導入用のポーションも効いたらしい。
(……起こすのも気が引けるな)
 音を立てないよう、慎重に身体を起こそうとするユーゼス。
 だが、それがかえって動きにぎこちなさを生じさせてしまい、結果としてユーゼスとエレオノールの膝がガツンとぶつかってしまう。
「ぬ……」
「…………んぅ、ぅ……?」
(いかんな……)
 エレオノールの瞳が開き始める。
「ぁ……ユー、ゼス……?」
 どうやらほとんど覚醒しつつあるようだ。
 ……起こすつもりはなかったのだが、起こしてしまった以上は謝るしかあるまい。
 いや、それよりも先に挨拶をするべきか。
「お早う、ミス・ヴァリエール」
(……しまった)
 挨拶をしてから気付くのも何なのだが、自分もエレオノールも、まだお互いに横になっているままだった。
 せめて起き上がってから挨拶をするべきだった。これでは礼を失することになってしまう……と後悔するが、すぐに『それも含めて謝ろう』と切り替える。
 ―――ユーゼス・ゴッツォという人間は、一度執着し始めた対象に対しては『死ぬまで』執着するのだが、割り切るべきだと判断した対象に対しては恐ろしいまでの割り切りを見せるのである。
 ともあれ、ユーゼスからの目覚めの挨拶を受けたエレオノールは、徐々にではあるが意識をハッキリとさせていった。
「…………ぅゅ……、ぉはょ……………、……!?」
 自分と相手との距離を認識し、自分の体勢と言うか姿勢を認識し、そして相手の姿勢も認識し、自分の今の服装を思い出し、『自分が現在置かれているシチュエーション』を確認し……。
「き、き、きゃぁぁあああああああああああああああああああああ!!!??」
「ぐぅ!?」
 軽いパニックに陥って絶叫しながら、エレオノールはユーゼスの腹部に蹴りを叩き込んだのであった。


「わ、わわ、高い! 速い! 凄い! 何この乗り物、一体何なの!!?」
「はっはっは。モンモランシー、興奮するのは分かるけど落ち着きたまえよ? 迂闊に動いたら危険だからね」
 『初めてジェットビートルに乗ったハルケギニア人』として非常に正しいリアクションをするモンモランシーと、そんな彼女をたしなめるギーシュ。
 ギーシュとてビートルに乗り込むのは二度目なのだが、少なくとも初回よりは余裕のある態度であった。
 何せ、今回は前のようにいきなり猛烈な加速はしていないし、ユーゼスも操縦に慣れたのか振動やグラつきが少ない。要するにかなり快適なのだ。
「しかし、これが音に聞こえたラグドリアン湖か! いやぁ、なんとも綺麗な湖だな! ここに水の精霊がいるのか! 感激だ! ヤッホー! ホホホホ!!」
 旅行気分、精神的な余裕、更にモンモランシーの前という状況のせいかテンションが上がって浮かれまくるギーシュ。
「ええい、邪魔だな、この『べると』とか言うのは!」
 ベルトで固定された状態から身をひねって窓の外を眺めるのがわずらわしくなったのか、ギーシュはガチャガチャとその金具を外し、立ち上がる。
「そろそろ着陸するぞ」
「え?」
 そしてギーシュが立ち上がった瞬間、ユーゼスの報告と共にガクンと機体が揺れた。
 固定器具を外した上に、座席に腰掛けてすらいないギーシュは当然バランスを崩し……。
「うぉおおおおおっっ!!?」
 盛大に頭から転んで、派手に顔面を床に叩き付けることとなった。
「い、痛い、痛いぃぃぃいいいいいいいい!!」
「……はあ。やっぱり付き合いを考えた方がいいのかしら」
 鼻血を流してのた打ち回るギーシュを見て、モンモランシーが溜息をつきながら呟く。
 一方、そんな彼らには構わず、ユーゼスはゆっくりとビートルを着陸させつつラグドリアン湖を眺めていた。
「ほう、美しい湖だ……」
 これはユーゼスの素直な感想であったが、その言葉に過敏に反応する者がいた。
「……ね、ユーゼス」
 ジェットビートルを操縦しているユーゼスの膝の上に座っている、ルイズである。
 ビートルを発進させる際、一人で座席に座るのを嫌がって駄々をこねまくり、まんまと『絶好の位置』を獲得したのだ。
 ルイズは少し拗ねたような顔で、愛しい使い魔に問いかける。
「わたしとラグドリアン湖と、どっちが綺麗?」
「む?」
 いきなりそんな質問をぶつけられたので、ユーゼスは少々困惑してしまう。
 だが、問われたからには答えねばなるまい。
 と言うか、そんな質問の答えなど考えるまでもなく決まっている。
「ラグドリアン湖だな」
「!!」
 ガーン、とショックを受けるルイズ。
 ……そもそもユーゼスは『人間の“外見の”美醜』に対して、あまり興味がない。
 そのような時代・世代・国・地域・個々人の判断や精神状態によって評価が大きく異なるような薄っぺらいモノなどに、価値を見出せないのである。
 強いて言うなら『人間の“生き方”の美醜』、あるいは『人間の“在り方”の美醜』に対しては惹かれる物を感じはするが、少なくとも現在のルイズからそれは感じない。
 『外面的な美しさ』でユーゼスが感じ入るのは、やはり自然などの『普遍的なモノ』に対してのみだ。
「う、うぅぅう~~~……!!」
 しかしそれを『恋は盲目』状態のルイズが理解も納得も出来るはずがなく、ポカポカとユーゼスの胸を叩くことで抗議の意をアピールする。
「ぐっ……。叩くのはやめろ、御主人様」
 苦悶の表情を浮かべて主人の行動を止めさせるユーゼス。
 そんな苦しそうな様子を見て、ルイズは途端に心配そうな顔でユーゼスの身体をさすり始めた。
「どうしたの、ユーゼス? 身体の具合が悪いの?」
「……いや、今日は起きた直後に、腹部に強い衝撃を受けたのでな。そのダメージが残っている」
 言った直後に、ガタンと隣で音がした。
 その方向を見れば、エレオノールが赤い顔をしながら横目でこちらに視線を向けている。
「…………ともあれ、着陸するぞ」
 ユーゼスはあえて言及せず、手頃な場所にビートルを着陸させた。


「着きましたか、ユーゼス・ゴッツォ」
 先にラグドリアン湖に到着していたシュウとミス・ロングビルが、ユーゼスたちを出迎える形で歩いてくる。
 この二人はネオ・グランゾンを使って移動していたのだが、さすがに戦闘機程度でネオ・グランゾンのスピードに敵うわけもなく、こうして大きく引き離されたのだ。
「……ネオ・グランゾンはどこに隠した?」
「そこの森の中です。『かくれみの』は使っていますから、余程のことがなければ発見されることはありませんよ」
 そしてシュウはラグドリアン湖を見回して呟いた。
「しかし、この景観……さすがはトリステイン随一の名所と言われるだけのことはありますね。水の精霊がここに存在しているということも納得がいきます」
「……シュウ様、シュウ様」
「何です、ミス・ロングビル?」
 その呟きを聞いたミス・ロングビルは、若干の期待を込めた態度でシュウに尋ねた。
「私と、このラグドリアン湖……どちらが綺麗ですか?」
 ピク、とルイズが反応する。
 シュウは一瞬だけ妙な動きをしたルイズに目をやるが、すぐに気を取り直してミス・ロングビルへと返答を行った。
「難しい質問ですね……一概に比べることは出来ません。何せ『美しさ』の種類が異なります。物理的な『強さ』と精神的な『強さ』を同列に扱うことが困難なようにね」
「そうですか……」
 シュン、となるミス・ロングビル。
 しかしそんな緑髪の女性に、紫髪の男は続けて声をかける。
「ですが、この湖が『この湖にしかない美しさ』を持つように、あなたには『あなたにしかない美しさ』があります。
 それが外面的なものなのか、内面的なものなのかはそちらの判断にお任せしますが、それを生かすも殺すもあなた次第だということは覚えておいて下さい」
「……あ、はいっ、シュウ様!」
 その言葉を聞いた途端、ミス・ロングビルはパッと表情を明るくする。
 なお、他にそのやりとりを聞いていた面々は、『よくあんなセリフがサラッと出て来るなぁ』と感心する者、ジトッと自分の使い魔を睨む者、『おお、ああいう風に言えば……!』と学習する者、そんな馬鹿の頭を叩く者、と様々なリアクションを見せていた。
 ともあれ、いつまでも喋ってはいられない。
 早速、水の精霊とやらとの交渉を行わなければならないのだが……。
「……変ね、湖の水位が上がってるわ」
「水位だと?」
「ええ。ラグドリアン湖の周辺は、ここよりもずっと向こうだったはずなのよ。……ほら、あそこに屋根が出てるわ。村が湖に呑まれてしまったみたいね」
「ふむ……」
 モンモランシーが指差した先には、確かにワラぶきの屋根が湖から突き出ている。更に水面をよく注意して見れば、家が丸ごと水の中に沈んでいることが分かった。
 ユーゼスとエレオノールとシュウの研究者組が首を傾げていると、モンモランシーは波打ち際まで歩いていって水に手をかざして目を閉じる。
「……水の精霊は、どうやら怒っているようね」
「ほう、よく精霊の感情などというものが分かりますね。契約でもしているのですか?」
 感心したように言うシュウ。
「『契約』じゃなくて、どっちかって言うと『交渉』に近いです。『水』のモンモランシ家は、水の精霊との交渉役を何代も務めてきましたから」
「『務めてきた』……過去形ですね」
「うっ……そ、それは……」
 シュウの指摘に、思わずモンモランシーは口ごもる。
 ちなみに、モンモランシーはシュウに対しては敬語を使っている。
「察するに、交渉時に何らかの不手際、あるいはトラブルが発生して交渉役を解約された……というところですか?」
「……その通りです」
 その推察がほとんど的を射ていたので、モンモランシーとしても肯定せざるを得ない。
「しかし『長年に渡って交渉役を務めてきた』というのが事実であれば、我々のような何の繋がりもない人間が接触しようとするより、よい結果を得られる可能性があるでしょう。ではお願いしますよ、ミス・モンモランシー」
「……はい」
 若干シュウに気圧されつつも、モンモランシーは腰に下げた袋から自分の使い魔のカエルを取り出し、自らの血液を媒介として水の精霊との交渉を開始した。


 岸辺より30メイルほど離れた水面が輝き、ゴボリとうねり始めた。そして見る間に水面が盛り上がり、その水はぐねぐねと形を変え続ける。
「アメーバ……不定形生物か?」
「いえ、さすがにそれを『精霊』呼ばわりはしないでしょう。不定形という点では共通しているようですが、本質的には全く異なる存在のようです」
「……ユーゼス、『あめーば』って何のこと?」
「……後で説明する。今は水の精霊とのやり取りに集中するべきだ、ミス・ヴァリエール」
 研究者組の言葉の応酬に構わず、モンモランシーは姿を現した水の精霊に話しかけた。
「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、わたしたちに分かるやり方と言葉で返事をしてちょうだい」
 その言葉に反応したのか、水の精霊とおぼしき水のカタマリは大きくうごめいて、人の―――モンモランシーの姿を模して彼女と会話を始める。
「…………覚えている。単なる者よ。貴様の身体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が52回交差した」
「よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部を分けて欲しいの」
「……………」
 沈黙する水の精霊。
 そんなモンモランシーと水の精霊の交渉をじっと見ているユーゼスたちは、それぞれの考察を交えながらこの『水の精霊』について議論を行っていた。
「一部……ということは、アレは水の秘薬の集合体なのか?」
「『水の精霊の涙』って名目で秘薬が市場に出回ってるくらいだから、そのはずよ。まあ、精霊がホントに涙を流すわけがないとは思ってたけど」
「私としては、精霊に『形』があることの方が驚きですね。ラ・ギアスの精霊は人と心を通わせることはままありますが、このように物理的な形をとって『会話』を行うとは……」
「ふむ。水そのものに意思があるのか、何らかの意識体が水を媒体として意思を現出させているのか……ただ見ているだけでは判断が付かんな」
「『水の精霊は個にして全。全にして個』って話は聞いたことがあるわ。『千切れても繋がっていても、その意思は一つ』とも。少なくとも、私たちとは全く違う生き物なのは確かね」
「『生き物』と分類が出来るのかどうかも、議論が分かれるでしょうね。
 ……精霊レーダーやREBスキャンを使えば何らかの分析結果が出るでしょうが、それを察知されて下手に機嫌を損ねられるわけにもいきません」
「私のシステムも同じ理由で使えないな。……アレが因果律を感知する可能性もゼロではない」
「ちょっと、『れーだー』とか『すきゃん』とか『しすてむ』とか、何の話?」
「我々の出身地の技術だ。長くなるので詳しい話は避けるが……、しかし分析結果か。許されるのなら、ぜひじっくりとアレを研究してみたいものだ」
「確かに。私もかなり興味があります」
「それについては同意するわ」
 ユーゼスとエレオノールとシュウは、水の精霊をほとんど実験動物のように見ているが、そこには特に気負った様子も後ろめたさもない。
 この3人は、良くも悪くも『研究者』であった。


 そしてしばしの沈黙の後、モンモランシーの願いに対して水の精霊はキッパリと告げる。
「断る。単なる者よ」
 その言葉を聞いて、今まで興味深げに水の精霊を観察していたエレオノールの表情が一変した。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! ルイズはどうするのよ!?」
 ずい、とモンモランシーを押しのけて水の精霊と対峙するエレオノール。
「ミ、ミス・ヴァリエール、水の精霊を怒らせたらどうするんですか!?」
「ミス・モンモランシ、あなたも交渉役を自称するんだったら、もう少し食い下がりなさい! ……とにかく、水の精霊! 私の妹のために、あなたの身体の一部を分けてちょうだい!!」
「……………」
 エレオノールが叫ぶが、水の精霊は何も答えない。
「お願い! 何でも言うことを聞くから―――」
 頭まで下げて、悲痛に訴え続けるエレオノール。
 プライドの高い彼女がそこまでしたという事実に、他の面々は驚いたり感心したりしていた。
 その訴えに効果があったのかどうかは分からないが、水の精霊はまたぐねぐねと何度も姿を変え、再びモンモランシーの姿に落ち着くと一つの問いを投げかけた。
「世の理を知らぬ単なる者よ。貴様は『何でもする』と申したな?」
「い、言ったわ!」
 一縷の望みが出て来たことで、エレオノールの顔に喜色が差す。
「ならば、我に仇なす貴様らの同胞を、退治して見せよ」
「退治?」
 一同は顔を見合わせる。
「左様。我は今、水を増やすことで精一杯で、襲撃者の対処にまで手が回らぬ。その者どもを退治すれば、望み通りに我の一部を進呈しよう」
「……分かったわ。引き受けましょう」
「ええええっ!!? そんな安請け合いしないでくださいよぉ!!」
「うるさいわね。お望みなら、牢獄の中で一生を送らせてあげても良いのよ? それで問題が解決するわけじゃないけど、少なくとも私の不満は少しだけ解消されるでしょうから」
 禁制の惚れ薬を作ったことを、あることないこと付け足した上で王宮に報告してやる……と、エレオノールはモンモランシーを暗に脅しているのである。
 このカードを切られてしまっては、モンモランシーは嫌でも協力せざるを得ない。
「うう、分かりました……。協力させていただきます……」
「じゃあ取りあえず、その相手の情報を聞きましょう」
 こうして一同は、水の精霊に対する襲撃者とやらを撃退することになったのだった。


「私は直接には手を出しませんよ」
 では作戦会議を……という段階になるや否や、いきなりシュウが言い放った。
「ちょ、ちょっと、どうしてよ? あなたのあの……デモンゴーレム? だっけ? アレはかなり戦力になると思ってたのに、いきなりそんな……」
 エレオノールはその言葉に面食らいつつも、何とか引き留めようとする。……貴重かつ強力な戦力を、みすみす手放すわけにはいかないのだ。
 ちなみにネオ・グランゾンのことを知っているのは、この場ではシュウ以外にユーゼスとミス・ロングビルだけである。
「デモンゴーレムなどを使ってしまっては、このラグドリアン湖周辺の地形が変わってしまいますからね。それはあの水の精霊としても望むところではないでしょう。
 それに……」
「そ、それに?」
 シュウは、自身の『根幹』とも言えるセリフを口にする。
「いかなる世界であろうと……私に命令が出来るのは、私だけなのです」
「っ……」
 圧力を感じ、エレオノールは思わず一歩後ずさった。
 しかし、そんなエレオノールをかばうようにしてユーゼスが割って入る。
「……そこまでにしておけ、シュウ・シラカワ」
「フッ……、そうですね。少し脅かしすぎましたか」
 肩をすくめつつ、薄い笑みをエレオノールとユーゼスに向けるシュウ。
「『直接に手を出すことはしない』とは言いましたが、アドバイス程度ならば構いません。『手は出さないが口を出す』、ということです」
「ほう……良いスタンスだ。私も見習わせてもらおう」
 シュウの宣言に対してユーゼスは感心したように呟くが、即座にエレオノールから口を挟まれた。
「って、あなたは前衛で戦うに決まってるでしょう!!」
「私が? 何故?」
「あなたのそのインテリジェンスソードはメイジに対してかなり有効な防御手段になるんだから、当然よ!!」
「……別に私が使う必然性も無いのではないか? 御主人様あたりでも構わないはずだが」
「…………この中で『武器を上手く使うこと』に関して、あなた以上の人間がいる?」
「ミスタ・グラモンのワルキューレならば、あるいは……」
「あんなドットメイジが作ったゴーレムごときが、腕の立つメイジ相手にそうそう役に立つわけないでしょうが!!」
「何気に馬鹿にされてないか、僕……?」
「でも事実でしょ」
 話を聞いて微妙な表情になるギーシュと、それにツッコミを入れるモンモランシー。
 ついでに言うと普通にガンダールヴを発動させた時の『生身の』ユーゼスの戦闘力は、通常のワルキューレ3~4体分ほどである。
「ミス・ロングビルはどうする? そう言えば戦えるのかどうかも知らないが」
「私はシュウ様が命じられるのであれば戦いますが……」
 とろんとした目でシュウを見るミス・ロングビル。
「ふむ……。あなたの戦法では、私と同じようにこの辺りの地形に影響を及ぼしてしまうでしょうね。ここは私と一緒に観戦していましょう」
「はい、分かりましたぁ。……シュウ様と一緒に……シュウ様と……」
 うふふ、とミス・ロングビルは笑みを浮かべながらシュウの台詞を反芻する。
 ユーゼスは続いてモンモランシーの方を向き、一方的に彼女の参戦決定を告げた。
「ミス・モンモランシは参戦してもらうぞ」
「ええっ!? 嫌よわたし、ケンカなんて!!」
「戦闘において水メイジは重要だからな。試してみたいこともある」
「どうしてわたしがあなたの実験台にならなくちゃいけないのよ!?」
「……いやモンモランシー。ユーゼスが一度こうなったら、もう彼がある程度納得するまでは開放してくれないんだよ……」
「何それ!?」
 諦めたように言われたギーシュのセリフに、モンモランシーは悲鳴を上げるのだった。


「では、戦闘に参加するのは私と、ミスタ・グラモン、ミス・モンモランシに……御主人様か」
「…………ちょっと、何で最初からミス・ヴァリエールが除外されてるのよ?」
 戦闘メンバーを発表するユーゼスに、モンモランシーが噛み付く。……自分の時は問答無用で参入させたのに、この扱いの差は一体何だと言うのだろうか。
「………」
 そしてそのモンモランシーの言葉で、あらためて自分が『最初から』除外されていることに気付いたエレオノールがユーゼスの方を見て、他のメンバーもまた同じくユーゼスを見た。
「……説明が必要か?」
「必要よ!」
 ユーゼスは仕方なさそうに、エレオノールが戦闘メンバーに含まれていない理由を説明した。
「ミス・ヴァリエールは、理論の組み立てや『魔法の使い方』の運用・応用方法の考案については目を見張るものがあるが、決定的に直接戦闘に向いていないからだ」
「わたしだって向いてないって言ってるじゃない!」
「サポート程度ならば出来るだろう? 何も先頭に立って戦えと言っている訳ではない」
 モンモランシーは納得の行かない顔でユーゼスを睨むと、ポツリと小声で言った。
「……あなた、何だかミス・ヴァリエールに甘くない?」
「む?」
「なっ……!」
「え……っ!?」
 僅かに反応するユーゼスと、うろたえるエレオノール、そして一気に不安そうな顔になるルイズ。
「そんなつもりは無いのだが」
「そうかしら……」
 しれっと否定するユーゼスに対してなおも訝しげなモンモランシーだったが、そこにエレオノールが口を出してきた。
「そ、そうよ! ヤブから棒に変なこと言わないでちょうだい!
 そんな、ユーゼスが私だけ特別扱いしてるとか、私のことを守ろうとしてるとか、私のことを大切に思ってるとか……そんなことは全然、別に、あんまり、そんなに、少しも……いえ、少しくらいは……とにかく無いかも知れないはずなんだから!!」
 少々パニックと言うか暴走しながら、否定なのか肯定なのか判断の付きにくいアピールを行うエレオノール。
「……お前は何を言っている、ミス・ヴァリエール」
 そんな支離滅裂なことを口走る金髪の女性に、銀髪の男は冷静にツッコミを入れた。
「…………そこでアッサリ切って捨てないでよ、もう」
「? 何か言ったか?」
「何にも言ってないわよっ!!」
「……?」
 顔を赤くしながら怒るエレオノールに、ユーゼスは首を傾げる程度しかリアクションが出来ない。
 ―――そして、モンモランシーの言葉に過剰に反応する人物は、エレオノール以外にもう一人いた。
「うっ……、ううぅ……っ、ひっく、ぐすっ……」
 言わずもがな、惚れ薬の影響の真っ最中にあるルイズである。
「や、やっぱり……ひっく、やっぱりユーゼスは、わたしよりエレオノール姉さまが……良いのね、うぅ、好きなのね……うっ、うぅっ」
「……またか」
 どうしてこの状態のルイズは、やたらと自分とエレオノールの関係を意識するのだろう……と、再び首を傾げるユーゼス。
「いいもん、いいもん……勝手にすれば? ……ぐすん。
 で、でも……わたしのこと嫌いにならないでぇ~! うわぁぁあ~~ん!!」
 泣いたり怒ったり、わめいたり叫んだり、すねたり駄々をこねたり、と酷く情緒不安定な様子である。
 ユーゼスとしては『泣いている女性への対処』など、どうすれば良いのかサッパリ分からないので、取りあえず放っておくことにしたのだが……。
 その内、ミス・ロングビルがそのルイズの言動に触発されたのか『わ、私を捨てないでください、シュウ様ぁ~!』とシュウに泣き付き始め、余計にワケの分からない事態になってしまった。


「ぐぅ……」
「……すぅ」
 ラチが明かないと判断したシュウの手によって、ルイズとミス・ロングビルは眠らされ、ようやく正常な作戦会議がスタートする。
「ではまず、相手の情報についてだが……」
「水の精霊の話によると、『背の低い風系統のメイジ』と『背の高い火系統のメイジ』の二人らしいですね。直接に水の精霊のテリトリーである水中に入り込んで攻撃を仕掛けている以上、かなり自分の実力に自信がある……と見て良いでしょう」
 なお、この会議の司会は『対フーケ会議』と同じく、ユーゼスである。
「となると……この際、敵の実力はスクウェアクラスと仮定しておくべきだな」
「……それはちょっと、高く見積もりすぎなんじゃないかしら。スクウェアメイジなんて、そうそうお目にかかれるものじゃないわよ?」
 『敵の実力』の見当を付けたユーゼスに対して、エレオノールが意見を出した。
 確かに水の精霊に挑むくらいなのだから『敵』の実力はかなり高いのだろうが、スクウェアが二人というのは過大評価が過ぎると考えたのである。
「一理あるが、敵の実力は高く見積もっておくに越したことはあるまい。相手の力を低く見積もって、結果として敗北した例を私は数多く知っているぞ」
「まあ、そういうことなら良いけど……」
 そしてユーゼスは『仮想敵』に対するイメージを明確にするべく補足を行う。
「……ミス・タバサとミス・ツェルプストーをそれぞれグレードアップさせた相手を、同時に敵にすると思えば良いだろう。連携を使うことも考えられるから、それもあの二人のレベルを上げれば良い」
 良い手本が身近にあって幸運だ、と頷くユーゼス。
 その言葉にギョッとしたのは、ギーシュとモンモランシーである。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! サラッと言うが、『あの二人をグレードアップさせて同時に敵に回す』ってメチャクチャな前提条件だぞ!?」
「そうよ、大体キュルケとタバサがスクウェアになったら、ドットのわたしたちじゃ対処のしようが……。……いや、でも、あくまで仮定の話だし……」
 この二人は、要するに『もう少しハードルを下げようよ』と言っているのである。
 そんなカップル未満の二人に対し、ユーゼスは冷静に告げた。
「……では、現れた敵が本当に二人ともスクウェアクラスの実力者で、ミス・タバサとミス・ツェルプストー以上の連携を見せた場合、どうするつもりだ? 『ここまで強いとは思っていなかった』とでも言いながら敗北するか?」
「「うっ……」」
 言葉に詰まるギーシュとモンモランシー。そう言われてしまっては、言い返すことも出来ない。
「では、前提条件も決まったところで、作戦立案に入るが……」
「……その前に、少しよろしいでしょうか?」
 それぞれの意見を出し合おう、という段階になって、シュウが口を挟んでくる。
「何だ、シュウ・シラカワ?」
「『前提条件』……と言いますか、ユーゼス・ゴッツォはともかく、ミスタ・ギーシュとミス・モンモランシーにはお話をしておきたいことがあります」
「え? 僕たちに?」
「な、何でしょう……」
 身構える二人に向けて、シュウはある確認を取る。
「ミス・モンモランシー。あなたは先程、『ケンカは嫌だ』と言っていましたね? そしてミスタ・ギーシュもその言葉に対してあまり反応はしなかった……これはミスタ・ギーシュも戦闘行為に対しては同じ見解、と捉えてよろしいのでしょうか?」
 ジッと見られて、ギーシュとモンモランシーは怯みつつも答えた。
「ま、まあ、生身の人間相手には、ちょっと……。ワルド子爵は『偏在』で作られた分身だったし……」
「ケンカが好きな人なんて、そんなにはいないと思いますけど……」
 シュウはその言葉を聞くと、二人に向かってキッパリと言う。
「―――では生き残りたいのであれば、そのような甘い考えは今すぐ捨てることです」
「え?」
「そもそも戦闘行為を『ケンカ』と表現している時点で、あなたたちの認識の甘さがうかがえます。
 ……これから行うのは『殺し合い』のための作戦会議です。せめて相手を殺す覚悟程度はしておいてください」
「なっ……」
「そ、そんな……!」
 言われた言葉に絶句するギーシュとモンモランシー。
「な、何も殺すことはないんじゃ……!」
「ほう、それでは相手が我々のことを『殺しに来ない』という保証がどこかにあるのですか? 下手に手心を加えて、結果は殺された……などと、笑い話にもなりませんよ?」
 畳み掛けるように、シュウは言葉を続ける。
「戦いで人が死ぬのは当然のことです。そしてあなたたちメイジには、最下級のドットであろうともそれを容易に行えるだけの力がある。しかしどうしても人を殺したくない、と言うのであれば……」
「……………」
 二人は息を呑んで、その言葉を聞いていた。
「……敵を生かすために、あなたたちが殺されることですね」
 その非情とも取れる勧告に、ギーシュは声を絞り出すようにして反論する。
「っ……必ずしも、殺す必要はない、はずでしょう?」
「ええ、『今回は』そうですね。……ですが『次の戦闘』は?
 特にミスタ・ギーシュ。あなたも一応は貴族の子息であるならば、戦場に立つこともあるはずです。その時に戦場で『人を殺さずに済ませよう』と虫の良いことを言うつもりですか? 相手は確実にあなたを殺しに来ますよ?」
「そ、それは……」
 動揺する様子を見せるギーシュ。
 この目の前の男に対して何とか言い返そうとするが、上手い言葉が出て来ない。
 横を見れば、モンモランシーが不安げな顔で自分を見ていた。
 彼女を安心させるためにも、せめて何かを言わなくてはならないのだが……。
「僕は……」
 敵を殺す。
 たったそれだけのセリフが、どうしてか酷く、重い。
 そうやってギーシュが逡巡していると、横から助け舟が出された。
「……シュウ・シラカワ、戦闘前に士気を下げ過ぎるな。全滅してしまったらどう責任を取るつもりだ?」
 ほんの僅かに表情を厳しくしたユーゼスが、会話に歯止めをかけたのである。
 シュウは悪びれもせずにユーゼスに向き直り、自分の発言の意図を説明した。
「フフ……、これは申し訳ありません。いずれ必ずぶつかってしまう壁ならば、早い方が良いと思ったのですが……余計なお世話というやつでしたか?」
「そんなものは『時期』が来るなり『事件』が起こるなりすれば、本人がどれだけ拒否しようとも身に付いてしまうものだ。意図的に与える類のものではない」
「確かに」
 それきり、この話については打ち切られた。
 ギーシュとモンモランシーは今の話が少々応えたのか、俯いているが……それに構っている余裕も、それほどない。
 そして今度こそ作戦会議を……とユーゼスが場を仕切ろうとしたら、エレオノールが少し緊張した顔で話しかけてきた。
「……ユーゼス、少しいいかしら?」
「何だ、ミス・ヴァリエール? ……先程の心構えについての話なら、お前は直接戦闘に参加はしないのだから―――」
「いいえ。私のことじゃないし、彼らの問題は彼らに考えてもらうわ。ただ……」
「ただ?」
「……一つ、いえ二つだけ聞かせて。あなたは、その……『心構え』が出来ているの?」
「ああ」
 何でもないことのように、ユーゼスはエレオノールの問いを肯定する。
 シュウとの会話の内容から察しは付いていたが、やはりユーゼスはとっくの昔に『殺す覚悟』を済ませていたらしい。
 ……今更ながら、タルブで『作業』のように竜騎士を撃ち落していたことを思い出す。
 あの時は色々ありすぎて、ユーゼスの細かい部分にまで注意が回らなかったが……。
「なら、あなたはどうやって……何がきっかけで『心構え』が出来たの?」
「知りたいのか?」
「ええ」
 エレオノールとて、普通ならここまでヅカヅカと他人の事情に踏み込んだりはしない。……しかし『ユーゼスに対しては変に遠慮はしない』と、これもあの時に決めたのだ。
「……………」
 言ってくれるまで引き下がらない、という意思を込めて、エレオノールはユーゼスを見る。
 やがてユーゼスは軽く溜息をつくと、別に構わないかと口を開く。
「…………これはあくまで『私の経験』であって、御主人様やミスタ・グラモンの参考にはならないだろうが」
「別に参考にさせるつもりはないわよ」
 やり取りの後で、ユーゼスはごく簡単に『自分の体験』を語った。
「今となっては、何が引き金となったのかすら曖昧だが……。……そうだな、一度目に死んだことが『きっかけ』の一つではあるだろう」
「……どういう意味?」
 今まで問われたことに対して淡々と事実を答えていたユーゼス・ゴッツォにしては、随分と抽象的な表現である。
「―――私は今までに、二度ほど死んでいるからな」
「?」
 今度は具体的な答えが返って来るだろう、とエレオノールは思っていたのだが、それに対する補足もまた彼女にとっては抽象的なものだった。
「……無駄話はここまでだ。襲撃者の対策について話し合うぞ」
「え、ええ……」
 そうして、対象の殺害まで視野に入れた対策会議が始まる。
 だが……。
(二度、死んでる……?)
 会議を続けながらも、エレオノールの心の片隅には疑問が渦を巻いていたのだった。


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