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毒の爪の使い魔-29


日も落ち、ラ・ロシェールに夜の帳が下りる頃、
フーケの襲撃を何とか凌いだジャンガ一行は、『女神の杵』亭へと移動していた。

『女神の杵』亭の外で待っている間、ギーシュとキュルケはタバサとモンモランシーから話を聞いていた。
「つまり、タバサは目が覚めて彼…ジャンガが居ない事に気が付いて、モンモランシーに事情を聞かされた。
それで心配になったから、着替えてシルフィードでここまでやって来たと?」
ギーシュの言葉にタバサは頷く。
「そして、モンモランシーはその付き添いで付いて来たのか」
モンモランシーは小さくため息を吐いた。
「しょうがないじゃない? 止めても聞かないんだから。無理をして倒れられても困るから、付いてくる他無かったのよ」
「しかし、タバサの母上の事は…」
「オールド・オスマンと、ジャンガと仲のいい給仕の子に頼んできた」
ギーシュの問いにタバサは静かに答えた。
ジャンガと仲のいい給仕、と聞いてギーシュは以前、自分が八つ当たりをした少女が頭に浮かんだ。
そう言えば仲が良かったな、とギーシュは一人納得。
「ふぅん。…でもタバサ、本当に良かったの?」
タバサはその声に一瞬、ドキリとした。
「…良かったって?」
「あなた、あんなにお母さんの事を心配してたじゃない。…あんまり蒸し返すような事じゃないけど」
キュルケの言葉にタバサは彼女が何を考えているかを悟った。
要するに、一度は彼女達を裏切るような事をするほど、自分は母を大切にしているのに、
何故母を置いて此処にやって来たのか? と、そう言いたいのだ。
タバサは逡巡し、口を開く。
「あの人はわたしと母さまを助けてくれた。だから、今度はわたしがあの人の力になる。
恩も返さずに自分の事ばかり考えるのは……身勝手だから」
「…そう。なら、あたしはもう何も言わないわ。あなたの好きになさい…」
キュルケの言葉にタバサは静かに頷いた。――その時だ。

バンッ、という大きな音と共に、勢い良く扉が開かれた――否、蹴り飛ばされた。
一体なんだ? と言った表情で全員が一斉に振り返る。
開け放たれた扉からジャンガが飛び出してきた。
彼の姿を認め、ギーシュは声を掛けようとし――
「オイッ!? 桟橋ってのは何処だ!?」
――いきなりジャンガに怒鳴られた。
「一体どうしたと言うんだね?」
「いいから答えやがれ!!! 桟橋は何処だ!!?」
ジャンガの物凄い剣幕にギーシュはたじろぐ。
何とか気持ちを落ち着かせながら、答える。
「今から桟橋に行っても無駄だよ」
「あン!? そりゃどう言う意味だ!?」
怒鳴り散らすジャンガ。
ギーシュは唐突に、ジャンガの背後の空を見上げながら指差す。
つられてジャンガも夜空を見上げる。
見上げた先、夜空を一隻の大型船が飛んでいくのが見えた。
遠ざかっていく船を見つめながら、ジャンガは呟く。
「まさか…」
「そうさ。あれがぼく達が乗るはずだった船さ。今夜のような二つの月が重なる晩は『スヴェル』の月夜と言ってね、
その翌朝、浮遊大陸のアルビオンはこのラ・ロシェールに最も近づくんだ。だから今の時間は最も出港に良いのさ」
そんなギーシュの説明を聞きながらジャンガは今し方、店の主人とのやりとりを思い返す。

――とっくに此処を発っただーーー!?――
――は、はい。お供の方々はここで帰る手筈になっていると…――

ギリッ、と歯を噛み締める音が響く。
そこで説明をしていたギーシュは、ジャンガに尋ねた。
「あ、そうだ。ワルド子爵とルイズは?」
ジャンガはそれに答えず、タバサに向き直る。
「タバサ、シルフィード出せ! とっととあの船を追いかけるぞ!!」
あの速度ならシルフィードで追いつける。そして、追いかけるのならばまだ目視できる今がいい。
そう考え、ジャンガはタバサにシルフィードで追撃する旨を伝えた。
しかし、タバサは首を横に振る。
その返事にジャンガはタバサの両肩を思わず掴んでいた。
「何でだよ!? テメェの使い魔なら楽に追いつけるだろうが!?」
「まだ怪我が治りきっていない」
静かな口調だったが、良く聞き取れた。
タバサの言葉にジャンガは、ハッとなる。
シルフィードがジョーカーによって負わされた怪我は、ジャンガのそれと同じ位酷い物だ。
あれから十日ほどが経過し、ある程度は癒えてきてるとは言え、完治にはまだ至っていない。
加えて、今回のタバサとモンモランシーを乗せての飛行でも消耗している。
故に無理がきかないのは至極当然と言えるだろう。
ジャンガは小さく舌打ちし、タバサの肩を掴んでいた爪を離す。
背を向け、帽子で顔を隠しながら一言呟く。
「…すまねェ」
「気にしてない」
タバサがそう返答すると、今度はキュルケがジャンガに尋ねた。
「ねぇ、それよりもルイズとワルド子爵はどうしたの?」
「そうだ、ぼくもそれが聞きたかったんだ」
暫くジャンガは船が消えた方向を静かに睨み、やがて大きくため息を吐いた。
その様子を怪訝に思ったモンモランシーが聞く。
「どうしたの?」
「…あいつらなら、もういねェ。多分、あの船に乗ってたんだろうな」
「「「「え?」」」」
四人は一斉に声を上げる。
ギーシュが驚いた調子で聞き返してくる。
「ど、どう言う事だね? ルイズと子爵が今の船に乗っていたと言うのは?」
「言ったまでの意味だ。…俺達ゃ、除け者にされたんだよ。ご丁寧に足止めまで残しやがってよ…」
「あ、足止め?」
何の事か解らない、と言った表情をするギーシュ。その横でタバサが静かに答えた。
「フーケの事」
「フーケ?」
先程の事が思い返される。
タバサは頷き、言葉を続ける。
「彼女が去り際に言っていた、”足止めはできた”と」
「そ、それって…フーケと子爵は、裏で通じていると?」
「多分、間違いない」
あっさりと肯定され、ギーシュは顔が僅かに青ざめる。
「そ、そんな…あのワルド子爵が…」
「ま、これであの男があんなにやたら冷たい目をしているのも解ったわ。獅子身中の虫だったわけね」
つまらなさそうにキュルケは言った。しかし、その内では熱い炎が燃え始めていた。
自分達を騙していた事に対する怒りもあったが、
何よりほんの少しとは言え、そんな男に見惚れてしまった自分に対する苛立ちもまた大きかった。

そんなギーシュとキュルケを他所に、ジャンガは地団駄を踏んだ。
「クソッ! クソックソックソッ! あのヒゲヅラ…舐めた真似しやがってェェェーーー!」
苛立ち、悪態を吐くジャンガの腕をタバサが掴む。
「ン?」
「とりあえず、桟橋に行く」
「行ってどうするってんだ? もう船は出ちまってるだろうが!」
「次の便の出港時間を聞く」
「うっ…」
頭に血が上っていてそこまで考えが回らなかった。
タバサの至極当然な考えにジャンガは口篭る。
「…チッ、まァ確かにここで喚いてても仕方ねェな…」
そして、ギーシュへと向き直る。
「オイ、桟橋に行くぞ! とっとと案内しろ!」
ギーシュはまだショックから立ち直れていなかったが、ジャンガの声に我を取り戻した。
「あ、ああ…解った」
そして一路、一行は桟橋へと向かった。



桟橋へと着くや、一行は船の出港予定を確認する。
案の定、先程見かけたのが乗る予定の船だった事が解った。
その船にルイズとワルドが乗ったかどうかの確認もしたが、人の顔など一々覚えていない、との事で解らずじまい。
そして、次の出港は明け方との事らしく、今夜は『女神の杵』亭に泊まる事となった。



「フゥ…」
部屋のベランダに出たジャンガはため息を吐く。
手すりに頬杖を突きながら重なり、一つとなった月を見上げる。
赤い月が青い月の後ろに隠れ、青白い輝きを放っている。
それはもう見る事の叶わない、帰りたいとも思わない世界の月をジャンガに思い出させる。
無論、ジャンガがため息を吐いたのは”向こう”を思い返したからではない。
本当の理由は……

「ルイズが心配?」
「…なんでそうなるんだ?」
「ため息を吐いてばかりだから」
「あのな…」

…自分の隣に立つ青髪の少女だ。

本来ならば、ギーシュとモンモランシー、キュルケとタバサが同室となり、
自分は一人きり(デルフリンガーは数に入れていない)になるつもりだったのだ。
だが、タバサはジャンガとの同室を望んだ。ジャンガが駄目だと言っても、頑なに拒否。
結局、ジャンガが折れる形で渋々了承したのだった。

ジャンガは再度ため息を吐いた。
(ったく、なんだって、毎度毎度こうなるんだ?)
――どうして自分は、こうつくづく年下の少女に懐かれるのだろうか?
ジャンガは自分の境遇を素直に疑問に思った。
いや、勿論自分が懐かれるような事をしたと言うのもある。
あるが……それでもやはり納得が行かない。
大体、”あいつ”と会った時だって――

「……チッ」
ジャンガは脳裏に浮かんだそれを振り払うべく、首を振った。
忘れられない事だと言うのは解っているが、軽々しく思い返していい身分でもない。
自分は罪人…、”あいつ”とは最早、違う場所に居るのだ。――閑話休題。
隣に立つ少女=タバサを横目で見る。
「どうして、俺と同じ部屋にしたいと言ったんだよ?」
「一緒がいいから」
「あの雌牛と談笑してりゃいいじゃねェか…。と言っても、テメェは滅多に笑わねェか」
そこまで話して気が付く。タバサの表情が曇っている事に。
気になり、ジャンガは聞いた。
「どうしたよ? まさか、親友のあいつと同室が嫌だった――とか言う訳じゃねぇだろうな?」
「嫌じゃない」
「じゃ、なんで俺の所に来た?」
「……」
口篭るその様子にジャンガは怪訝な表情になる。
タバサは静かに口を開いた。
「わたしは裏切り者だから…」
「……ハァ?」
目が見開かれ、間の抜けた声が口から漏れる。
そんなジャンガの様子を気にも留めず、タバサは手にした本を手渡す。
手渡された本をジャンガは繁々と見つめる。
それがアーハンブラ城で、タバサが読んでいた本だとジャンガは気付く。
「『イーヴァルディの勇者』ねェ…。で、この本が何だってんだ?」
本をちらつかせながらタバサに聞き返す。
「その話…『イーヴァルディの勇者』は原点が存在しない。
だから、話の筋書きや登場人物も色々と違う物がたくさん在る」
「だから、何だって――」
「その中に、この話にも出てる女の子が友達を裏切った話が在る」
「……」
「結局その子はイーヴァルディに助けられ、裏切りを赦されて話は終わるの」
「…何が言いたい?」
返事は無い。タバサは黙ったままだ。
暫くの間沈黙が流れ、タバサは口を開いた。
「現実は物語じゃない…」
「…ああ」
「壊れた友情が簡単に戻るなんて、現実にはありえない」
「…そうだな」
「わたしは皆を裏切った」
「…結果的にはな」
「裏切り者は赦されないのが普通」
「…そりゃそうだ」
「だから…、わたしは彼女と一緒の部屋にはいられない」
そこでタバサは俯いた。頬を一筋の涙が伝う。
肩を震わせ、小さく嗚咽を漏らす。
「おい…」
ジャンガが声を掛けたが、タバサにはもう返事をするだけの余裕は無かった。

――怖い、怖い、怖い
そんな事、あるはずがない。
彼女は言った、自分は親友だと。決して見限らないと。
言葉だけでなく、行動でもそれを証明した。
だから、そんな事はないと解っている。解っているが……それでも怖い。

自分は実は既に嫌われているのではないか?

恐れられているのではないか?

…そんな不安が今でも心の中に残っている。
振り払おうとしても、心の中に残り続ける。
だから、さっきも彼女の声で怯えてしまった。
ずっと一緒だった親友を、信じ切れない……なんて酷いんだろう。
自分は親友の気持ちを踏み躙ってる。
そう考えると、更に涙が溢れてきた。

――そんなタバサの考えは、頭を乱暴にぐしゃぐしゃとやられて停止させられた。

顔を上げると、ジャンガが半ば呆れた表情で自分を見下ろしている。
「ったく…、乳離れできてないガキの分際で、小難しく物事考えてるんじゃねェよ」
「……」
「テメェは親救いたくて、悩んだ末の結果だろうが?
結果的に裏切りだとしてもな、あーだこーだ非難される理由は無ェ。
大体、テメェは最後には、あのクソガキ助けたじゃねェか。つまり、裏切りきれてねェって事だ。
ハンッ…、そんな奴が裏切り常々で悩もうなんざ、百年早いんだよ。
同じ裏切りなら、俺の方がよっぽど刺激的で、ドロドロしてるってもんだゼ。
それに比べりゃ…テメェの裏切りなんざ、子供のウソと同レベルだな」
タバサは呆然とジャンガを見つめる。
そんな彼女の鼻先にジャンガは爪を突きつけた。
「いいか? 下らない事でもう悩むんじゃ無ェ。
裏切りの罰なら、テメェはもう十分すぎるほど受けてんだ。
これ以上テメェに罰を望むんなら…それは、そいつの傲慢だってんだよ。
だから、テメェはもう悩むな。普通にしろ。――いいな?」
ジャンガはタバサの眼前に顔を近づけ、半ば脅すような感じの口調で言った。
タバサはそんな口調に怯えるそぶりも見せず――否、寧ろ慰められて安堵した表情を見せた。
涙を拭い、ジャンガに向かって笑顔を返す。
「ありがとう」
「ハァ~……ったく、本当に世話の焼ける奴だゼ…」
迷惑そうに呟くも、実際はそれほど悪くは思っていない。
そして、もう一度大袈裟なまでに大きなため息を吐く。
「明日は雌牛とちゃんと真っ直ぐに向き合えよ?」
「うん」
頷くタバサを見て、ジャンガは小さく安堵の息を漏らした。



「よう、話は終わったか?」
手すりに立て掛けたデルフリンガーの声に、ジャンガは不機嫌な表情を浮かべる。
「最後まで口挟むんじゃねェよ…ボロ剣」
「そんな睨むなって。話の途中で口挟まなかっただけでも良かったじゃねぇかよ?」
必死に弁解するデルフリンガー。
ジャンガは忌々しげに鼻を鳴らす。
「フンッ。…で、何の用だ?」
「ああ。…相棒のルーンの事さ」
ジャンガの片方の眉が、ピクリと動く。
「一つだけハッキリさせておきたい事があるんだ」
「何だ?」
一拍置き、デルフリンガーはジャンガに聞いた。
「相棒……前に、何か妙なモンに触れたりしなかったか? こう、力のあるマジックアイテムのような…」
「…何?」
僅かながらの動揺。それを見て、デルフリンガーは話を続ける。
「あるのかい?」
「……」
デルフリンガーの言葉に答えず、ジャンガは過去を振り返る。

思い返されるは嘗ての”相棒”と組んでいた時。
利用する為に組んだとは言え、充実していた毎日。
その日々の中での僅かなすれ違い。
そして――

「相棒…大丈夫か?」
「ジャンガ?」
デルフリンガーとタバサの声に、ジャンガは過去の回想から現実に引き戻された。
見ればデルフリンガーはともかく、タバサは心底心配そうな表情をしている。
「どうした?」
ジャンガの問いかけにデルフリンガーは心配そうな口調で答える。
「そりゃ、こっちの台詞だぜ。相棒急に黙りこくったかと思えば、何か怖いような、悲しいような顔するし。
正直、何を考えているのかまるで解らなかったぜ。相棒、一体何考えてたんだ?」
「…昔を思い返しただけだ」
「昔…」
小さく繰り返すタバサに頷いてみせる。
「辛いなら、無理に思い返さないほうがいい。あなたも追及しない事」
ジャンガを気遣い、続いてデルフリンガーに釘を刺す。
「解ったよ、眼鏡の娘ッ子」
了承の意を示すデルフリンガー。
そんなデルフリンガーにジャンガは言った。
「お前が言うような事だが……一つだけ心当たりはある」
「本当かよ?」
「詳しくは言いたかないけどよ…」
「そうかい」
そう言い、口を閉ざす。
ジャンガは怪訝な表情でデルフリンガーを見つめる。
「…何か気になるのか?」
「いや、それはもういいさ。別の話題にする」
「…ふん」
「なぁ相棒…、確か…ルーンが消えた時より以前にも何度か――」
タバサは思わず顔を上げていた。
「ルーンが消えた? それってどう言う事?」
「そういや…テメェは眠ってて知らなかったんだな」
ジャンガは簡潔にタバサに自分のルーンが消えた事、そして身体の調子が悪くなった事を教えた。
その説明でタバサは、彼があれほどまでにフーケのゴーレムに苦戦していた事に納得した。
「そう」
「ま、そう言う事だ。…ほら、続けろ」
ジャンガはデルフリンガーを促す。

「ああ。…相棒は以前にも何度か手を押さえて痛みを訴えていた事があったよな?」
その言葉で、タバサの脳裏に浮かんだのはあの日の出来事。
オールド・オスマンに報告した後、突然左手を押さえて苦しみだした彼。
「確かに、あの日もあなたは苦しんでいた」
「それが、何だってんだ?」
ジャンガの問いにデルフリンガーは答える。
「そいつは…言う事を聞かない使い魔への懲罰じゃないか、って俺は思うわけよ」
「懲罰…ねェ。やっぱりそうなるか…、それならあの痛みも納得が行くってもんだしよ。
なら、ルーンの消滅と身体能力低下も、やっぱ懲罰の一つか?」
「さぁ…解らん」
「あン?」
「使い魔の契約は一生の物だ。主人か使い魔、そのどちらかが”死ぬまで”契約は続く」
それを聞いてジャンガは、デルフリンガーが何を言いたいのか気付く。
「つまり…”生きている内に契約が外れる事は無い”って、そう言う事か?」
「ああ。相棒のようなケースは恐らく前代未聞、ハルケギニア中のメイジがビックリするだろうな」
「どうしてそんな”起こりえるはずの無い事”が起こった?」
「解らんね…、俺はメイジじゃないしさ。それに言ったろ? 前代未聞だってよ」
ジャンガは顎に爪を当てて考える。
解らないとデルフリンガーは言ったが、偶然にしては一致し過ぎる。
前代未聞の契約解除、今の著しい身体能力低下、そして…あの声。
…とても無関係とは思えない。
ジャンガは顔を上げるとデルフリンガーに問う。
「おい…、ルーンてのにはテメェみたいに”意思”てのはあるのか?」
「ん? そりゃまた…唐突な質問だな、相棒。何か気になるのかい?」
「手に痛みが走る時……って言っても最近の事だがよ…、声が聞こえたんだよ」
「声?」
「ああ…」
デルフリンガーは暫し悩んでいたが、申し訳なさそうな口調で答えた。
「悪いが、解らねぇ。何しろ、お前さんみたいなのは珍しいんだ。ルーンが消えたって事以前によ」
「どう言う事だ?」
それに答えたのはタバサ。
「使い魔で呼ばれるのはハルケギニアに住む生き物。だから、大体人語を解さない」
そう言えば…、とジャンガは他の生徒が召喚した使い魔の面々を思い返す。
鳥に蛇に犬に猫…、それ以外の幻獣もシルフィードのように人語を話す事は出来ないような連中ばかりだ。
なるほど……確かに、話が出来る使い魔は珍しいと言えるのも納得だ。
「ああ…、納得したゼ」
納得したジャンガにタバサは頷いてみせる。
そこでデルフリンガーが口を挟む。
「だからよ、ルーンに意思が在るかどうかなんてよ、解らないな。
だから、相棒の聞いた声がルーンの物かどうかなんて確かめようもねぇ」
「そうかよ」

ジャンガは最早何も浮かんでいない綺麗な左の手の甲を見た。
迷惑極まりなかったが、こうして無くなると妙に寂しくもある。
それに、今の不調も早急に何とかしたい。
「じゃあ…、俺の身体能力低下はルーンが戻れば治るか?」
「それも解らん。生涯に二度の使い魔契約をした使い魔なんて、このざた見た事が無いからね」
「なら、やってみるか」
その声にデルフリンガーは愕然となる。
「あ、相棒? まさか、あの娘ッ子の使い魔に戻るつもりかよ!?」
「あくまでこの不調を戻すだけだ。あのクソガキの使い魔なんざやるつもりはねェ」
「…まぁ、相棒ならそう言うと思ったよ。…けどな、やめた方がいいと思うぜ?」
「前例が無いからか?」
「ああ」
「んなの関係無ェよ」
「危険」
そう言ったのはタバサ。
「危険? 何が…」
「色々ある」
「具体的に言えよ」
「んじゃ、俺が説明してやる」
そう言って、デルフリンガーは言葉を続ける。
「障害は二つある」
「言ってみろよ」
「まず、『サモン・サーヴァント』だな。そいつを唱えた際、サモンゲートってやつが使い魔となる者の前に開く。
で、そのゲートを潜れば召喚成功となるんだ」
「それの何処が問題なんだ?」
「ゲートが相棒の前に再び開くかどうかが問題なんだよ。いやな、使い魔がどうやって選ばれているのか
実際のところ…まだよく解っちゃいないんだ。四系統なら、それを象徴する幻獣やら動物やらの前にゲートは開く。
あの赤髪の娘ッ子のサラマンダーや、眼鏡の娘ッ子の風韻竜なんか言い例だな」
「なるほど」
「だが”虚無”の系統は解らねぇ…、何しろ伝説だからね…。どういった基準で選ばれてるのか、皆目見当がつかねぇ」
「フンッ、そうかよ。…じゃあ次」
「『コントラクト・サーヴァント』」
「それはどう言った物だよ?」
「そいつは――」
そこでデルフリンガーは口篭る。
その様子にジャンガは怪訝な表情を浮かべる。
「どうした?」
「…あ~いやな、その…なんだ…?」
「?」
「…どうしても聞きたいのか?」
「…なんだよ、いきなり?」
「後悔しない? 俺に何もしない?」
「…だから何だってんだ?」
そこへタバサが口を挟んだ。

「キス」
「ン?」
「キスをする」
「……ハッ?」
――一瞬、思考が麻痺した。
こいつは今…何を言った?
「おい…もう一度言え。…何をするって?」
タバサはジャンガの目を真っ直ぐに見つめ返しながら言った。
「キスをする。それで契約は終了して、使い魔のルーンが刻まれる」

「……」
ジャンガの頭の中で今入った情報が高速で処理される。

――キス?

――唇と唇を合わせる”あれ”か?

――それが契約?

――それを俺はした…いや、された?

――寝てる間にか?

――誰と?

――あのクソガキと!?

そこまで情報の整理が完了した瞬間、ジャンガは激しく鬱な気持ちに襲われた。
そして、手すりに手を付き、項垂れる。
その様子に流石にデルフリンガーとタバサも心配になった。
「あ、相棒……大丈夫か?」
「気を落とさないで」
そんな二人の励ましも然程効果を上げない。
寧ろ、ジャンガは更に鬱な気持ちになっていく。
「俺が…キス? あんな…クソガキと? 寝てる間に? ありえねェ…、ありえねェ…、ありえねェ…」
何かをブツブツと呟きだした。
「相棒、気を落とすな。キスとは言っても、契約の為の儀式だ。だから、邪な気持ちとかは無い。
相棒がどんな人生歩んできたか知らないが、決して相棒の趣味を俺は疑ったりはしねぇよ。いや、絶対!」
「わたしもあなたを変な目で見たりしない。だから気を落とさないで。
それにあれは契約。だからノーカウント、絶対ノーカウント」
デルフリンガーはともかく、タバサはそれまで見せた事の無いような必死な口調で慰める。
表情はそれほど変わらないが、その瞳の奥にはある種の闘志の炎が燃えていた。

暫くし、ようやく立ち直ったジャンガはタバサから再度説明を受ける。
「で? その…キスする”だけ”のやつの何処が危険なんだよ?」
「あなたは気絶していたから知らないけれど、ルーンを身体に刻むのは可也辛い」
「…んなもん、今更じゃねェか?」
「いや、問題なのは苦痛じゃねぇんだよ」
そう言うデルフリンガーに眉を顰める。
「どう言う意味だ?」
「先に言った事だけどよ、二度の使い魔契約なんざ前代未聞だ。
加えて言えば、相棒のルーンの消え方はあまりにも不自然すぎる」
「と言うと?」
「”生きている健康な状態”で相棒のルーンは消えたんだぜ?
そりゃ、負傷はしてたが…ルーンが消えるほどじゃねぇ。
これが、”瀕死の重傷を負って、一度心臓が止まった後に蘇生した”ってんならまだ解るさ。
一時的にとは言え、心臓が止まったんなら死んだも同然だからよ。だが、相棒はそんな状態ですらなかった。
だから、二重の意味で心配なんだよ」
「……」
「相棒、それでもやるのかい?」
そんな風に尋ねるデルフリンガーに、ジャンガは鼻を鳴らす。
「まぁ、確かに多少抵抗はある。…が」
ニヤリと笑ってみせる。
「このまま、毒の爪の名が地に落ちたままってのもいただけないゼ」

それは最早、決定事項だった。



翌朝。
ジャンガ達は桟橋から朝の便に乗り、一路アルビオンを目指した。
ラ・ロシェールに最も近づいているとは言え、アルビオンとの距離はあるらしく、暫し空の船旅は続いた。

「くわァァァ~~~」
甲板で寝転ぶジャンガは大きな欠伸をする。
部屋に居るよりも、こうして陽に当たって寝転んでいた方が気持ちがいいのだ。
――突然、陽が遮られた。
目を開けると、タバサの顔がそこにあった。
「お前か」
「寝ていた?」
「半ば起きてたよ」
そして、身体を起こす。
大きく伸びをし、タバサを振り返る。
「何の用だ?」
「もう少しで到着する」
「そうか…」
空を見上げれば太陽は大分傾いていた。
二つの月も薄っすら姿を見せている。
と、タバサが驚いた様子で声を掛けてきた。
「ジャンガ、前」
「ン?」
視線を目の前に向け――驚き、目を見開いた。
「ンだ、こりゃ?」
ジャンガの目の前にはエメラルド色の卵のような形をした、鏡のような物が浮かんでいる。
驚いた表情でそれを見つめるジャンガの隣でタバサが呟いた。
「サモンゲート」
「…何だと?」
改めて目の前の鏡=サモンゲートを見つめる。
自分の目の前にこれが開いたと言う事は、誰かが使い魔として自分を呼んだのだろう。
だが、誰だ?

悩んでいると、ゲートから声が聞こえてきた。
「誰か…、誰か助けて!」
その声にジャンガは眉を顰め、鞘から飛び出したデルフリンガーがいつもの調子で言う。
「はぁ…、どうやら相棒はあの娘ッ子の使い魔になる星の下に生まれたみてぇだな…」
「言ってろ…」
「でも、何で『サモン・サーヴァント』を?」
そんなタバサの疑問に答えるかのように、ゲートから別の人間の声が聞こえてきた。
「どのような使い魔が来るかはしらぬが…、契約もできぬ状況では無意味だ」
その声にタバサとデルフリンガーは息を呑み、ジャンガは見て解る位ハッキリと不愉快な表情を浮かべた。
ゲートからの声は続く。
「言う事を聞かぬ小鳥は、首を捻るしかあるまい…。残念だよ、この手できみの命を奪わねばならないとは…」
その言葉に、事態が切迫した物である事を三人(?)は悟った。
ジャンガはタバサに目配せをする。
タバサは静かに頷く。
「後から追いかける」
「…大丈夫か?」
「多分、大丈夫」
「そうか」
それだけ言うと、ジャンガはデルフリンガーを背中に背負い、ゲートへと飛び込んだ。

ジャンガがゲートに飛び込んだのを確認し、タバサはキュルケ達を呼びに船室へと急いだ。



ゲートから飛び出すと、眼下に床に這い蹲る様な格好で倒れた桃髪の少女が見えた。
そして、前方――声から想像していた通りの人物がそこに立っている。
見間違うはずが無い。見ていてムカツク、あのヒゲヅラだ。
ジャンガは驚きで呆然としているその男に、ニヤリと嫌みったらしい笑みを浮かべて見せた。
そして、空中で回転して勢いを付け、両足を揃えた見事なドロップキックを、その顔面に手加減抜きで叩き込んだ。

顔面にドロップキックを諸に受けたワルドが派手に吹き飛ぶ。
大きな音を辺りに響かせながら、椅子を蹴散らし、粉塵や破片を撒き散らしながら床に落下した。
それを見届けながらジャンガは床に着地する。
そして、辺りを見渡した。
どうやら、礼拝堂のような場所らしい。目の前には何かの神様の物だろう、像があった。
そして、像の目の前で血を流して倒れる若者の姿を確認する。
身形から察すると、それなりに偉い人物のようだが…。
「最悪…」
突然、背後から掛けられた声にジャンガは振り返る。
いつもと違う、白いマントを羽織ったルイズが自分を見つめている。
「ああ…、俺も最悪だ。テメェに使い魔として”また”呼ばれるなんざよ…」
そしてルイズは項垂れる。その拍子に涙がこぼれた。
ジャンガは鼻を鳴らし、ルイズに言った。
「ほらみろ…、見事に裏切られたじゃねェか。だから、言っただろうが…」
「ええ……そうね…、見事に裏切られたわよ。…でも、まさか…ワルドが『レコン・キスタ』だったなんて」
『レコン・キスタ』…聞きなれない単語に眉を顰めるジャンガの耳に、ワルドの声が聞こえた。

「アルビオンの貴族派……いや、国境を越えて繋がった貴族の連盟の名さ」

声の方へと顔を向けた。
身体に乗った壊れた椅子の破片を落としながら、ワルドがゆらりと立ち上がっている。
ドロップキックをまともに受けた所為か、鼻から夥しい量の鼻血が流れている。
鼻血は立派な顎鬚を赤く染め、ポタリ、ポタリと床に滴り落ちていた。
ワルドは引き攣った様な笑みを浮かべ、ジャンガを睨む。
「随分とやってくれたね…”元”使い魔君」
「テメェが昨日してくれた分の礼をしてやったまでだ。…で、”レンコン”と”パスタ”がどうしたって?」
「『レコン・キスタ』だ。我々はハルケギニアの将来を憂い、集った。我々に国境は無い。
ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの降臨せし『聖地』を取り戻すのだ」
「ご大層な演説ありがとうよ。まァ…、そんな鼻血ダラダラの顔で言われても何の説得力も無いけどよ」
言われてワルドは鼻血を拭った。
キキキ、とジャンガが笑うや、ワルドは頭に血が上りかけた。
しかし、何とか平静を保つ。
「それにしても、何故彼女のサモンゲートに飛び込んだ?」
「…解るのかよ? 俺があのガキの開いたゲートだと知っていたと?」
「そうでもなければ、あのような見事な蹴りは放てまい」
「そりゃごもっとも、キキキ」
「まぁ…それは置いておく。それで、改めて聞くが…何故君は彼女の開いたゲートに飛び込んだ?
死地へとやって来た? 私に遅れをとるくせに何故此処へ来た?」
「言う必要があるのかよ?」
「なるほど! 言えるはずも無い! 貴様のようなメイジに劣る野蛮な亜人が貴族の娘に恋をしたなどとな!
滑稽な事だ! 叶わぬはずの無い恋だと言うのに! あの高慢なルイズが貴様如きに振り向くはずもないというのに!」
ジャンガは黙ってワルドの言葉に耳を傾ける。
「ささやかな同情を恋と勘違いしたか……愚か者め!」
その罵倒の数々に、ジャンガではなくルイズが耐え切れなくなった。
「ワルド! あなた、いい加減に――」
「ったく…相変わらずウゼェ」
ルイズの声を遮ってジャンガは呟いた。
ルイズもワルドも怪訝な表情をする。
ワルドはジャンガを睨み付けた。
「何を言っているんだ貴様?」
「ウゼェつったんだよ…ヒゲヅラ」
「何?」
そこでジャンガは盛大にため息を吐いた。
「ったく……口を開けば恋だ何だ…、僕のルイズ、僕のルイズ、バカの一つ覚えみたいに繰り返しやがってよ。
テメェなんかと同じ趣味にされたらたまらないゼ…ロリコンが」
「なっ!?」
ワルドは絶句する。
「俺はテメェなんかと違って女の理想は高いんだよ! ちゃんと”女と解る”奴が好みだ。
このガキはどうだ!? 可愛げ無くて魔法は駄目。編み物も駄目なら給仕も出来ない。
付け加えれば背も低く、尻も出てなきゃ胸も無ェ!! 正直、”服装”と”髪型”だけで女と解るレベルだ!
男装させりゃ、誰も貴族どころか…”女”とすりゃ解らねェゼ!
こんな”幼児体型”のガキを本気で物にしたいと思うのは、テメェぐらいのものなんだよ!
解ったか!? ヒゲヅラロリコン!!!」

一気に捲くし立てたジャンガの勢いに飲み込まれ、二人は沈黙した。
が、それも一瞬の事…、すぐさまルイズは震える声でジャンガに文句を言い始める。
「ジャ、ジャジャ、ジャンガァァァーーー!? あ、あああ、あんた…あ、あたしに……ななな、何て事を…」
しかし、ジャンガはそれを無視する。
ワルドも表情を引き攣らせていた。
「…流石に、僕も今の君の意見には賛同しかねるな…。色々な意味で…」
そして、咳払いを一つし、ジャンガを見据える。
「では、君は何で此処に来たんだね?」
ジャンガはニヤリと笑った。
「こいつが俺の”所有物”だからさ。…いや、こいつだけじゃねェ。トリステインに有る物は全部俺のものだ」
「ほう、大きく出たな?」
「ハンッ! どうせなら野望や目標はデカイ方がいいじゃねェかよ? ま、そう言う事だ。
このガキの髪の毛一本、血の一滴、テメェにくれてはやれねェゼ。
精々、そこらのドブネズミのメスでも愛でてやがれ、ヒゲヅラ!」
ジャンガの言葉にワルドもまた笑みを浮かべる。
「いいだろう…、君如きが相手にならないのは既に承知の事実。ここで完全に仕留めるとしよう」
「キキキ、悪いな…二度も敗北するかよ!」
そして、両者は構えを取った。
それを、ルイズは固唾を呑んで見守る。

「これで終わりだ! ”元”ガンダールヴ!」
「ガンダールヴじゃねェ! ”毒の爪のジャンガ”様だ! 良く覚えとけ、ヒゲヅラァァァーーー!!!」

そして、第二ラウンドの幕が上がった。


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