あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と賢女-02


いたるところで生徒たちの雑談が行われ賑やかな教室、彼らの脇に鎮座する多種多様な―――見たこともない生物も含めた
動物たち。恐らく全て使い魔なのだろう。生徒の中には雑談しながら使い魔と遊んでる者もいた。

(それにしても)

と思う。
教室のあちらこちらから向けられる好奇心と侮蔑が入り混じった視線に居心地の悪さを覚え、
エレアノールは内心でため息をつく。召喚された時の野次や先ほどの朝食の時にシエスタやマルトーから聞いた評判、
そして今の状況から考えれば、ルイズは明らかに周囲から見下されている。
一人の少女にこれだけの侮蔑や嘲笑を集中させて恥ずかしくないのだろうかと思うが、思わないのだろうと諦めにも似た
結論に思い至る。かつて、彼女が困窮しきった農民を救うべきじゃないかと周囲に相談した時、同じような嘲笑を
浴びせられたものだ。

(世界が違っても王侯貴族は特権と誇りに溺れて堕落するものなのですね……)

失望を表情に出さぬようにちょっとした努力を払い、彼女の立ってる場所のすぐ隣の席に座るルイズに視線を向ける。
その小さな身体―――十六歳と聞いて驚いたが―――にこれだけの悪意を受け続け、なお折れずに前を向き続けている
誇りと意志の強さ。

(私よりもずっと強いのですね、ルイズ……)

彼女を支えたい、とエレアノールは思う。しかし、この世界では―――ここが遺跡の中で生まれた想像の結晶たる虚構であれ、
『新しき世界』の結果生まれた確固たる存在を持つ現実であれ―――自分は異邦人。いつか、可能ならば元の世界に帰る
仮初の住人である自分。彼女を支え続けることなど出来ない。
仲間たちの元へと帰りたいと思う気持ちと、ルイズの側でずっと支えてあげたいという気持ち、矛盾する考えが頭の中を巡る。

「皆さん、お喋りの時間はもう終わりですよ」

教室の扉から帽子をかぶった中年の女性が入っていた。一瞬間をおいて、教室中の雑談が静まりはじめ、
生徒たちは座りなおして前を向く。教壇のつくと女性―――先生は教室中を見回す。

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですね。このシュヴルーズ、毎年最初の授業で召喚された使い魔を
見るのがとても楽しみなのですよ」

教室を巡る視線がルイズと横に立つエレアノールに向けられる。

「特にミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したものですね」

その瞬間、教室がドっとした笑い声に包まれる。シュヴルーズの様子からからして蔑んでるわけではないのだろうが、
エレアノールからしてみればルイズに向けられてる悪意に無頓着すぎる発言と感じられた。

「ゼロのルイズ! 召喚に失敗したからといって、平民を雇って連れてくるなよな!」
「な……!」
「ご主人様!」

激昂したルイズが立ち上がり言い返そうとして―――エレアノールに制される。声に含まれる強い意志と、
それを信念に込めた表情に思わず従う。

「ははは、言い返しもしないか! やっぱりゼロのルイズは召喚できなか―――ヒィッ!?」

嘲笑に追従しようとした生徒は、エレアノールの視線に言葉を詰まらせる。その視線に込められているのは純然たる怒りと、
殺意にも近い敵意。人間よりも強靭な魔物相手に毎日のように命がけの戦いを繰り返していたエレアノールからの殺気に、
悠々自適な学園生活を送るだけの生徒は恐怖で震え上がる。笑っていた他の生徒たちも、異常な雰囲気に気づき
次第に静まっていく。
何人かの男子生徒を侍らせていたキュルケも恐怖の感情を隠しきれなく、ただ一人、青いショートカットの小柄な眼鏡の少女が
平然とエレアノールを見つめ返していたが。

「はいはい、皆さん。友達を中傷することはいけません。授業を始めますから前を向きなさい」

唯一、エレアノールの殺気を向けられていない―――空気が読めてない―――シュヴルーズは手を叩いて
事態を収束させる。同時にエレアノールから放たれていた殺気も立ち消え、恐怖で凍り付いていた生徒もドっと椅子に
沈み込んだ。
傍らのルイズは最後までエレアノールを見上げていたが、安心させるような微笑みを向けられて前に向き直った。





授業はシュヴルーズの自己紹介、『赤土』という二つ名とこれから一年の授業で教える土の系統魔法のこと、そして基本的な
おさらいから始まった。この『世界』の魔法に興味をひかれたエレアノールは、ルイズから筆と数枚の紙を借りてメモを
講義の内容を書き記す。

(魔法の四大系統と虚無の系統……、それにしてもこちらの魔法は生活に密接しているのですね)

教壇で石ころを真鍮へと変えさせたシュヴルーズの『錬金』を見て素直に感心する。説明を聞く限りでは、
上位のメイジなら石ころから金をも作れるようだ。

(トライアングルとかスクウェアというのがメイジの格みたいですね)

授業の後でルイズに詳しく聞いてみようと思っていると、再びシュヴルーズの視線がこちらに向けられた。

「では、ミス・ヴァリエール。今の錬金をやってみてください」
「え? 私、ですか?」

ザワ……と教室中の生徒がざわめき、キュルケが困ったように手を上げる。

「ご存知、ないのですか? 彼女に実技をさせるのは止めといた方がいいと思いますわ」

教室中の生徒たちがその言葉に一斉に頷く。そうだ、そうだと声を上げて同調する者も居た。
エレアノールは最初はルイズへの侮蔑かと思ったが、どうやら違うようだ。彼らは本心から恐れている。

「私は彼女が努力家と聞いております。さぁ、ミス・ヴァリエール、失敗を恐れずにやってごらんなさい」
「先生!」

なおも食い下がるキュルケに、ルイズは意を決して立ち上がる。緊張しているが、迷いはなかった。

「やります!」
「ルイズ、止めて……!」

キュルケの制止を振り切って、教壇まで歩いていく。同時に教室中のほぼ全ての生徒が机の下に潜り込む。教室から
使い魔と共に出て行く生徒も居た。一人、事態を把握しきれないエレアノールは呆然と教室を見回していた。
教壇では、シュヴルーズが生徒たちの突然の行動に同じように呆然としていたが、それを問いただすことよりルイズへの
指導を優先して、呪文を唱える彼女ににっこりと笑いかける。

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです。きっと上手く―――」

シュヴルーズの指導は、ルイズが杖を振り下ろしたと同時に中断することとなった。錬金により石ころが他の金属に変わった
ためでなく、閃光ともに爆発したのだ。爆心の間近で爆風をまともに受けるルイズとシュヴルーズ、隠れていた席ごと
吹っ飛ばされて悲鳴を上げる生徒、突然の爆発に驚いて暴れだす使い魔たち。

「―――ルイズ!」

阿鼻叫喚の大騒ぎの中、最初に冷静さを取り戻したのはエレアノールであった。混乱する生徒と使い魔―――何かを丸呑み
してた大蛇を踏みつけるが気にも留めず―――を掻き分け、仰向けに倒れてるルイズの下へと走る。

「ルイズ!? しっかりしてください!?」

煤で真っ黒になったルイズを抱き起こす。幸い、服がボロボロになっていたが外傷もなく、爆発のショックで放心状態に
なっているが無事であった。

「ルイズ! ルイ―――ご主人様! 大丈夫ですか?」

エレアノールの呼びかけにルイズの瞳の焦点が合い、ぷるるっと頭を振って立ち上がる。すぐ近くで倒れて痙攣している
シュヴルーズ、次に教室の惨状を見回す。

「ちょっと失敗みたいね」

言うまでもなく、言うほどでもないのだが、ルイズの一言が教室中からの大ブーイングを引き起こす。ムキになって
言い返すルイズと、さらに言い返す生徒たち。

(なるほど……成功率『ゼロ』が由来なのですね……)

幼稚な口喧嘩にエレアノールはため息をつきながら、現時点で最も救護が必要な人物、シュヴルーズの介抱を始めた。

「アフロ」

廊下に退避していた生徒の一人、青髪の少女が倒れてるシュヴルーズを扉の間から覗き見て呟いていたが、
口喧嘩中の教室中の生徒たちには聞えてなかった―――聞えていたエレアノールも聞こえなかったことにした。





エレアノールの介抱により意識を取り戻したシュヴルーズは、授業の中止と爆発の片付けをルイズとエレアノールに
命じると、ヨロヨロとした足取りで教室を後にした。もちろん、罰の意味を込めて魔法の禁止も言い渡していたが、
魔法の使えないルイズには大して意味はなかったが……。

黙々と部屋の片付けをこなすエレアノールに対し、ルイズはボンヤリとしながら雑巾で机を拭いていた。時々、
何か言いたそうにエレアノールの方を向き、しばし葛藤するように小声で自問自答をして、再び雑巾がけに戻る。
お世辞にも効率的に掃除してるとは言えなかったが、エレアノールは気づかないふりをしていた。

そんな重苦しい教室に掃除道具を持ったメイド―――シエスタが入ってきたのは、遅々とした片付けがようやく
半分終わった頃であった。

「ミス・ヴァリエール、片付けの手伝いを言い付かって参りました」
「え……? そ、うなの?」

はいと頷いて、持ってきた掃除道具でまだ片付けだけで掃除が出来てなかった部分を磨き始める。掃除道具の扱う動きは
実に慣れたものであった。呆然とシエスタの動きを見ていたルイズだったが、やがて雑巾がけを再開する。
ルイズを横目で確認しつつ、エレアノールはこっそりとシエスタに近づく。

「シエスタさん? 本当に先ほどの教師から手伝いを言われたのですか?」
「いいえ、言われてないですよ」

小声であっさりと否定する。

「実を言えばこの教室の片付けと掃除の仕上げは、私たちの役目になるのです。あまり時間がかかると昼からの
授業に間に合いませんし、私たちも休憩を取る時間がなくなりますから」

ペロっと悪戯っぽく舌を出しての本音。それに、と続けて、

「手伝いを言われたのは事実ですよ、教師じゃなくて用務員の人からですけど」
「なるほど……」

したたかな言葉に納得する。

「後はちょっとした好意と好奇心もありますけど―――あ、エレアノールさん。その机の向こう側を持ち上げくれませんか?」
「え? ええ、わかりました。……こうですか?」

ルイズがこちらの様子を伺っていることに気づいた二人は、わざと大きな声で誤魔化す。ルイズもしばらく不思議そうに
二人を見つめていたが、やがて自分の作業に戻る。プライドの高いルイズが、自分への罰なのに平民が手伝いを申し出たと
知れば、強硬に反対するだろうと二人は分かっていたのであった。

片付けが終わりに近づいた頃、エレアノールはシエスタの動き―――重心、足の踏み位置、体さばき、バランスの取り方
などが熟達されていることに気づいた。それも、一見だけでは分からないほどに自然な動き。今も重いガラス板を軽々と
窓にはめている。

(そういえば……、今朝も十個近い洗濯籠を苦もなく持ち歩いていましたね)

水汲み場のことを思い返し、護身術か何かを習っているのだろうと推測する。同時に、手習い程度ではあれだけの
技量を身につけることは出来ないはずと思い至るが、本人に確かめるほどでもないと黙っていることにした。





シエスタの手伝いにより昼前に片付けが終わり、元の仕事に戻るシエスタを見送った二人は、爆発で掃除でボロボロに汚れた
ルイズの着替えのために寮の自室へと戻っていた。今朝と同じくエレアノールが手伝う。二度目ということもあり、
すぐに着替えは終わった。

「ご主人様、終わりましたので確認をお願いします」

エレアノールの声にルイズは、ああそうと生返事を返す。その目はどこか虚ろであった。

「ご主人様?」
「……ねぇ、何か言いたいことないの?」
「何か……とは?」

ルイズの声に只ならぬ気配を感じたエレアノールは努めて感情を抑えて聞き返す。

「……さっきのことよ。私が魔法を使おうとするといつもああなるの、……ドカンって爆発。
実はね、貴女を召喚する時も何回も失敗したの、呪文を唱えるたびに爆発、爆発、爆発」

せき止めていた水が一気に流れ出すように、何もかもを喋りたい衝動。それがルイズを突き動かす。

「それでね、貴女が来てくれたの。周りから野次飛ばされたけど嬉しかったわ、ようやく魔法が使えるようになった。
もう私は『ゼロ』なんかじゃないって。契約も……爆発も何も起こらず、一回で成功した時はもっと嬉しかったわ。
それなのに……、それなのに……」

つぅっとルイズの頬を伝って涙が零れ落ちる。

「貴女だって変だと思ったでしょ? 魔法の使えないメイジ、出来損ないの貴族って!? 何で!? 何でなのよ!?
何で私は魔法が使えないのよ!?」

感情のタガが外れ泣き叫ぶ。
エレアノールは自己嫌悪のまま泣き続けようとしたルイズを抱きしめた。

「……落ち着いてください、ご主人様―――いえ、ルイズ」
「え……?」
「ルイズは、私のために―――仲間と離れ離れになった私のために、会いに行ってもいい、旅費も出してもいいって
言ってくださいました。その優しい心遣いはとても嬉しいです」

ルイズの頭に手を回し、そっと抱き止める。プライドの高いルイズは自分の泣いているところなど―――例え感情のタガが
外れているとは言え見られたくないだろう。だから見ない、抱き止めるだけ。

「使用人の人たちからも聞きました。ルイズはずっと一人で侮蔑と嘲笑に耐えてきたのですよね? それは本当に
素晴らしいことです。貴女の気高さは少しも損なわれてなかったのですから」
「……ぅく、……ぅぅ」
「だから少しだけ、わずかな間だけ休んでください。そして、いつもの誇り高きルイズに戻ってください……」

抱きしめたまま、ルイズの頭を優しく撫でる。ルイズの気が済むまでずっと抱きとめておこう、と。

(まるで……ちいねえさまみたい……)

懐かしい想いに浸り続ける。遠くから昼食の予鈴が聞こえ、同時に空腹感も覚える。
しかし、ルイズはずっとその懐かしい暖かさを感じ続けることを選んだ。





アルヴィーズの食堂では既に食事が始まっていた。ルイズとエレアノールは賑やかな生徒たちと、
空き皿や新しい料理を持って行ったり来たりするメイドたちをかき分けて席にたどり着いた。

「じゃあ、貴女も食べに行ってもいいわよ」

エレアノールの引いた椅子に座りながら、いつもどおりの口調と表情に戻ったルイズは振り返る。

「はい、ありがとうございます。それでは―――」
「あ、ちょっと! さ、さっきのはと、とと特別に許してあげるけど、ご主人様って言わないとダ、ダダメなんだからね!」
「……ええ、失礼しましたご主人様」

顔を真っ赤にして照れているルイズに、クスリっと微笑む。

「あ、あと……、ぜぜ、絶対に他言無用よ! 誰かに話したりしたら承知しないのだから!!」

賑やかな食堂とはいえ、周囲の席に丸聞こえ。何人かの生徒が何事かと注目してくるか、ルイズはそれに気づかなかったようだ。

「承知しております、ご主人様。……御用は以上でしょうか?」
「そうよ、他にはないわね」

改めて一礼するとエレアノールは厨房へ向かっていった。その姿が見えなくなるまで見送ったルイズは前を向き直り、
そして自分に注目する周囲の生徒の視線にようやく気づいた。慌てて食事の前の始祖への祈りをすばやく言い、
昼食に取り掛かる。周囲もうろんな者を見るような視線を向けていたが、すぐに興味をなくしたのか思い思いに
雑談や食事の続きへと戻っていった。






厨房は文字通り戦場であった。台の上に所狭しと並べられた高価そうな皿に置かれていくデザート、空いた大皿を流し台へと
積み上げるメイドたち。戦場以外表現しようがなかった。

(賄いをもらえるような状況じゃありませんね)

昨夜と今朝はたまたま手隙のタイミングだったのだろうと考え、手近の顔馴染みとなったのコックへ声をかける。

「すみません?」
「ああ、何だって!? ……あ、エレアノールさん!」

忙しさのあまり殺気立っていたコックは、相手がエレアノールだと知ると慌てて表情を緩めた。

「あの、何か手伝えることはありませんか?」
「え? えええ!? いや、それは助かりますが……、しかし」
「マルトーさんには後から話しておきますから」

コックは根負けしたようにため息をついた。

「……分かりました、ではこっちのデザートを配るのを手伝ってください」





ルイズは思い悩んでいた。それは、目の前の料理の付け合せにたっぷりとハシバミ草が使われていたことでも、
魔法が使えないこと―――無論、重要なことであったが今は思考の隅に追いやっていた―――でもなかった。

(はぁ~……、何してるのよさっきの私……)

フォークで鶏肉をブスブスと刺しながらため息をつく。使い魔の前で感情を爆発させて泣いてしまった。
さらに抱きとめられて、ご主人様じゃなくてルイズの名で呼ばれて……威厳も何もない。

(ああ、もう! さっきはちょっと変だったのよ! 異常だったのよ! だから無かったことに!!)

鶏肉を刺すフォークはブスブスからザクザクへと進化し、比例するように鶏肉も刻一刻とミンチになりつつある。
そのまま先ほどの記憶を打ち消そうと躍起になってフォークを突き刺し続けるが、それでもエレアノールに抱きとめられた時の
安心感と温もりは心に強く響く。ルイズと呼ばれることにも嫌悪感は何もなく、ホっとする気持ちになる。
出会ってまだ一日ほどなのに、何でこんなに自分は彼女に心を許してしまうのか。
貴族としての誇りと安堵感の板ばさみになっているルイズ、その硬直は目の前にデザートのケーキが置かれてようやく解けた。

「ケーキでございます、ご主人様」

―――否、突然のエレアノールの声で解かれた。

「な、ななな!? 何で貴女がケーキを配ってるのよ!? 食事はどうしたのよ!?」
「いえ……厨房の皆さんも忙しそうだったのでお手伝いを、と思いまして」

先ほどの掃除のお礼もありますしね、と微笑みエレアノール。

「そ、そうね……。じゃあ、頑張ってきなさいよ」
「はい」

デザートの配膳作業に戻ったエレアノールが十分に距離を取ったのを確認して、ルイズは再びため息をつく。何となく、
今の悩んでいるところを見られたくないっと思ってしまう。

(多分……見られてないよね。うん、見られてない)

気を取り直して、目の前のケーキに意識を移す。大好物のクックベリーパイじゃないのが残念だが、おいしそうなケーキ。
ルイズはデザート用の小さいフォークに持ち替えて、まずは一口分切り取って口に運ぶ。

(ん……おいしい♪)

しっかりと味わって二口目、三口目―――ちょっと離れたところで、何やら騒ぎが起きてるが気にせずにケーキを頬張る。
栗色の髪の一年生の少女と巻き髪の少女―――モンモランシーが相次いでその騒ぎに飛び込み、泣きながら、そして怒りながら
走り去っていった。―――四口目、どうやら騒ぎの原因はギーシュらしい。あのキザ男が二股でもしてたのだろう。

(自業自得よねー、まったく)

むしろ今までバレてないだけ幸運な方よねと思いつつ、最後の一口を口へと運ぶ。

「どうしてくれる! 君が香水の瓶を拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉に傷ついたじゃないか!? 機転を利かせて
こっそり渡してくれるくらいしたらどうだ!?」

八つ当たりかっこ悪い。ただ、その八つ当たりの対象は誰なのか興味がわいたので、改めて騒ぎの現場に視線を向ける。

「しかし、二股をされていた貴方に責があるのでは?」

対象→自分の使い魔エレアノール。しかも、怒り心頭のギーシュに反論している。

「ええええぇレア、ケフッ! ゴフォゴフォッ!?」

ルイズはケーキを口に含んだまま叫ぼうとして、思いっきりむせて咳き込むのであった。





「しかし、二股をされていた貴方に責があるのでは?」
「そのとおりだギーシュ! お前が悪い!」

エレアノールの言葉に周囲の男子生徒たちが、どっと大笑いする。ギーシュは羞恥と怒りで顔を赤くする。

「とにかくメイド嬢。僕が二股かけていようと、君の軽率な行動が原因でこうなったんだ。それについて謝罪するつもりは
無いのかい?」
「私が何もしなくても時間の問題だったと思いますが……。それに、服を借りているだけで私は学院のメイドではありませんよ」
「何だって? ……ああ、なるほど」

エレアノールの顔をしばし見つめ、納得したように頷く。

「ゼロのルイズが呼び出した平民だったな。全く、ルイズもルイズなら使い魔も使い魔だな」

バカにしたように鼻を鳴らして、やれやれと首を振る。

「―――どういう意味ですか?」
「決まっているじゃないか、ゼロのルイズの使い魔に機転を期待するのは、愚かだ……った、と……」

得意気に芝居がかった仕草を取っていたギーシュは、エレアノールからの視線―――教室の時に比べて幾分抑えていたが
―――に言葉が詰まりだす。

「私への批難は甘んじてお受けしますが、ご主人様への侮辱は取り消してください」

声色こそ平静を装っていたが、有無を言わせないほどの迫力を秘めていた。ギーシュは髪からまだ滴り落ちるワインとは
別に冷や汗を流している自分に気づき、続いて猛獣の尻尾を踏んでしまったことを察した、致命的に強く踏みつけたのだ。
無意識のうちに一歩下がりそうになり、その場に踏みとどまる。『命を惜しまず名を惜しめ』のグラモン家の家訓が
辛うじてギーシュを支えていた。

「ふ…ふふふ、ふふ、よかろう! 君がそれを望むのなら決闘で決着をつけようじゃないか!!」

自分を奮い立たせるように大声で宣言し、青銅の薔薇の造花をエレアノールに突きつける。

「いいでしょう……、それでここで決闘ですか?」
「こんな狭いところでは満足に戦えまい、ヴェストリの広場でするぞ。君もケーキを配り終わったら来たまえ」

ギーシュはくるりと体を翻して先に食堂を後にした。何人かの生徒たちが期待に満ちた表情で続く。
後に残されたのはエレアノールと何人かの―――こちらも期待に満ちた表情で見つめてくる―――生徒たち。

「……待たせるのも悪いですね」

ふぅっとため息をついて、ケーキの配膳を誰か手近のメイドに任せようと周囲を見回すと、ちょうどシエスタが目の前まで
寄って来ていた。

「あ、シエスタさん、申し訳ありませんが―――」
「エレアノールさん!!」

シエスタは表情と声色に剣呑なものを浮かべていた。

「エレアノールさん!! 貴族と戦ったら……ダメです!!」

続いてようやく落ち着いたルイズもエレアノールの元へと駆けつけてくる。咳き込んでてエレアノールとギーシュの会話を
聞くことが出来なかったが最後の『決闘』という不穏な単語はしっかりと耳に届いていた。

「貴女! 何勝手に決闘の約束なんかしてるのよ!! 勝てるわけがないでしょ!!」
「今ならまだ、謝れば間に合うかもしれないです! 下手に戦うと厄介なことになりますよ!!」

説得しようと押しとどめる二人をエレアノールは両手を向けて遮る。

「心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」

見るもの安心させる微笑みを二人に返して言葉を続ける、腕にそれなりに覚えはありますから、と。そして、残っていた
生徒の一人に案内を頼むと二人を振り切るようにして食堂を後にする。
残されたのは怒りで涙目になっているルイズと、ケーキの配膳台を受け取ったシエスタ。

「な、何なのよ、もう……! いくら冒険者してて腕に覚えがあっても、メイジに勝てるわけないじゃない!!」

地団駄を踏んで叫ぶ。一方のシエスタは「ふぅ……」とため息つくと、ケーキの配膳台をさらに手近の同僚に任せる。

「ミス・ヴァリエール、私たちも行きましょう」
「え……?」
「お気づきじゃなかったのかもしれませんけど、エレアノールさんはミス・ヴァリエールへの侮辱を取り消そうと
していたのですよ」
「え? 何、よ……それ?」

ルイズの問いに、シエスタはにっこりと笑って答える。

「ミス・ヴァリエールのことを想っておられるのですよ。それに……エレアノールさんなら案外あっさりと勝っちゃうと
思います」
(エレアノールさんが、私の知ってる『エレアノールさん』だったら……ですけどね)

言葉の半分を飲み込んで、ルイズを先導するように歩き出した。一歩遅れたルイズは慌ててその後を追う。

「え? え? ちょっと、あっさり勝っちゃうってどういうことよ!? ちょっと待ちなさいよ!!」

シエスタはルイズに問いに答えなかった。ただ胸中でため息混じりに呟く。

(ミス・ヴァリエールの後ろ盾もありますし、勝っても厄介事は少なくすむかもしれませんしね)





オールド・オスマンとは誰かと問われた人が十人居れば十人ともこう答えるだろう。トリステイン魔法学院の学院長、
齢百歳とも三百歳とも言われる古老、偉大なるメイジ。
しかし、秘書のロングビルからしてみればただのセクハラ爺、隙あらば胸に飛び込もうと虎視眈々と狙う重度の女好き、
使い魔のネズミにスカートを覗かせようとする変態……等等。

「ふぅむ……」

今も古書を片手に部屋中を歩き回ってる……フリをしてロングビルの後ろに回り込もうとしていた。おそらく、後ろから
抱きつくかお尻を撫でるか、はたまた胸を鷲掴みにするか狙っているのだろう。

「オールド・オスマン。気が散るので出来れば席に座ってジッとしていただけると助かるのですが」
「いやなに、今読んでる内容が難解でのぉ……、こうやって身体を軽く動かしていると理解できそうなのじゃよ」

さりげなくロングビルの執務机に歩み寄り、服の上からも分かる形の良い両胸に視線を合わせる。

「わたくしの胸を見るより本を読んでくださ―――」

チュチュッ!
足元でネズミが駆け回る気配、慌てて足元を見ると逃げていくネズミの尻尾。

「オールド・オスマン!!」
「油断大敵じゃな、ミス・ロングビル。ふむふむ……そうか白か、純白か」

立ち上がって詰め寄るロングビルを軽く受け流して、ネズミ―――モートソグニルからの報告に頷く。威厳もへったくれもない。

「しかし、しかしじゃな、ミス・ロングビルには黒の下着が似合うじゃろう。熟した色気がよりいっそう薫りたって―――」

ゴスッっと重量感のある音が学院長室に響く。オスマンは頭に走る激痛にその場に蹲る。

「あら、重くて手が滑りましたわ」

いつの間にか飾ってあった花瓶を手に持っていたロングビルは、用が終わった花瓶を元の場所に戻した。

「あだだだだ……、年寄りに、いたわりの気持ちを持たないのかね?」
「セクハラを自重する年相応の分別こそ、オールド・オスマンに必要かとわたくしは真摯に考えておりますが?」

ヨロヨロと立ち上がるオスマンを切って捨てる。

「セクハラくらい良かろう! そんなに目くじら立てるから婚期を逃すのじゃ―――」

ドゴ、ガシ、ゲシゲシゲシゲシゲシゲシ。
順に……膝蹴りが腹に、腹を押さえたところに脳天に一撃、倒れて痛みに悶えてるところに踏みつけの連打。

「痛! ちょ、やめ!? あだだッ!! 死、死ぬ!?」

ロングビルによるオスマン虐待は、学院長室のドアが開くまで続いた。バタンっとノックもなしに勢いよく学院長室に
入ってきたのはコルベール、一睡もしていないか目の下に隈が浮かんでいたが目の光はしっかりとしたものであった。

「オールド・オスマン! たたた、大変です! 大発見です!!」
「何じゃね、騒々しい……ノックもなしに」

オスマンは窓際で外からの日差しが渋く決まるように立っており、ロングビルも執務机について黙々と書類作業を
していた。刹那の一瞬の早業である。

「『始祖ブリミルとその使い魔たち』じゃないか、こんな埃臭い文献など漁っておるほど暇でもあるまいに。
それでこの本がどうかしたのかね……ええっと、ミスタ何だっけ?」
「コルベールです!!」
「おお、そうそう、そうじゃったなコール・ミー・タクシー君」
「コルベールです、コ・ル・ベ・ェ・ル!!」

大声で訂正しながらも、書物を開いて挿絵のページを示し、続いて昨日の春の使い魔召喚の儀式でエレアノールの左手に
現れたルーンのスケッチを手渡す。一目見た瞬間、好々爺だった顔が、引き締まった練達のメイジの顔になる。

「ミス・ロングビル、席を外しなさい。それと急な用件以外の訪問は受け付けないと教師たちに連絡をしてくれたまえ」

急に雰囲気が変わったオスマンに怪訝な表情を浮かべつつも、ロングビルは学院長室から退出していく。

「どういうことかね、ミスタ・コルベール。詳しい説明を聞けるのじゃろうな?」





コルベールは興奮で顔を真っ赤にしながら説明を開始した。
―――昨日、ミス・ヴァリエールが人間を召喚し、その手に刻まれたルーンが見慣れるモノであったということ。
気になってフェニアのライブラリーに一晩中篭って文献を漁り、つい先ほど、一致するルーンが書かれた書物
『始祖ブリミルとその使い魔たち』に行き着いた、と。

「つまり、君の結論ではミス・ヴァリエールは伝説の『ガンダールヴ』を召喚したというのかね?」
「そのとおりです! 間違いなくあの女性は『ガンダールヴ』です! これは大変な大発見ですよ、オールド・オスマン!!」

興奮気味のコルベールに対し、オスマンは深く考え込むように椅子に身を沈めた。

「ふむ……、ルーンが一致したからといって確実に『ガンダールヴ』とは言えまい。決め付けるのは早計かもしれん」
「それもそうですな」
「ところで、そのミス・ヴァリエールが召喚したという女性は、君から見てどのように見えたのかね?」

普段の女性に対する好色さを全く纏わないオスマンの問いに、コルベールは数度深呼吸して落ち着いてから答える。

「そうですな……、召喚された時に見につけていた防具といい隙の無さといい―――戦い慣れているように思えました。
恐らく、傭兵か何かを生業にしているのかもしれません……が、粗野な雰囲気も一切感じさせませんでした」
「ほう、荒くれ者の傭兵なのに粗野じゃないとは……なかなかミステリアスな女性じゃのぉ」

一度、会ってみるべきかもしれん、と考えていたところにドアのノック音が室内に響いた。

「誰じゃ?」
「私です、オールド・オスマン。先ほど、教師の方から至急の用件があるとの伝言を承ってまいりました」
「ふむ、入りたまえ」

オスマンの許しを得てロングビルが入室してくる。

「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようです。野次馬の生徒たちが集まって大騒ぎになっており、教師たちも
止められないようです」
「まったく、暇を持て余した貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰と誰が決闘なぞしておるんじゃね?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン。もう一人はミス・ヴァリエールの使い魔の女性です」

今まで話題になっていた『ガンダールヴ(仮)』の女性が出てきて、オスマンとコルベールは顔を見合わせる。

「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
「たかだかケンカに秘宝を使うまでもなかろう。念のために水魔法に長けた教師を何人かヴェストリの広場に向かわせて、
あとは沈静化するまで放っておきなさい」
「分かりました、そのように伝えてまいります」

指示を受けたロングビルは教師たちに伝えるために学院長室を後にした。十分に足音が遠ざかったのを確認して、
オスマンとコルベールは顔を再び合わせる。

「オールド・オスマン」
「うむ……、グラモンのバカ息子には悪いが見極めるのにちょうどいい機会じゃ」

オスマンが壁にかかった大きな鏡に向かって杖を振ると、そこに外の光景―――野次馬で埋まっているヴェストリ広場で
対峙しているエレアノールとギーシュの様子が映し出された。




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