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超力ガーヂアン-02b


 春といえど夜風は冷たく、ヒュウヒュウと物悲しく吹いている。
 時刻は深夜、中庭から寮を見上げると、殆どの部屋の明かりは落ちていた。
 左右前後を注意深く見渡し、誰も居ないことを確認して私は走り出す。
 目指すのは、本塔を挟んで寮塔の反対側にあるヴェストリの広場。そこが決闘の場だ。
 最近では、ギーシュの決闘騒ぎが起きた事が記憶に新しい。
 本当ならば、あの後すぐにでも始めたかったのだが、人目につくと不味いので、こんな時間になってしまったのだ。
 早足の私の後ろからは、モー・ショボーが目を擦りながらついてくる。眠たいようだが、そうは言っていられない。
 これは、私とあの女の因縁の対決だからだ。
 ……正直、私は決闘を申し込んだ事を少し後悔している。
 別に怖気ついた訳じゃなく、感情に任せて決闘を申し込んでしまったことに、だ。
 今なら、あの時のギーシュの気持ちが良く分かる。一時の激情に流されてはいけないと理性で分かっていても、踏み止まることが出来なかった。
 何時までも気を揉んでいても仕方ない。次からはこうならないように気を付けよう。
 そんな事を考えていると、ヴェストリの広場に到着した。
 本塔寄りの樹の下に2つの人影が見える。

「遅いわよヴァリエール、逃げだしたのかと思ったわ」
「あらそう? 時間通りだと思うけど?」
「まあいいわ。早く始めましょうか」

 ……焦らし戦法は失敗か。 
 まあいいわ。そんな小細工なんかなくても負けはしない!

「それにしても、私とタバサに決闘を申し込むなんて、なかなか度胸があるじゃない」

 タバサというのがあの子の名前か…… 変わった名前ね。

「で、どうやって勝敗を決める気?
 どんな方法でも良いけど、私とタバサがタッグを組んで貴女と戦うのはフェアじゃないわね」
「む……」

 そういえば、勝つことばかり考えていて、肝心の決闘方法を考えていなかった。
 1人づつ相手取ってもいいが、あまり時間をかけ過ぎると見つかる可能性がある。
 できればシンプルで、直ぐにでも勝敗が決まるようなものがいい。
 しかし、そんなに都合の良い方法があるだろうか?
 ふと横を見ると、タバサがキュルケに何かを耳打ちをしている。

「へぇ、それは良い考えね。で、何を使うの?
 ……ふぅん、なるほどねぇ」

 ボソボソ言っていて、私には何も聞こえてこない。
 何か良いアイデアでもあるのかしら? とにかく聞いてみよう。

「なに? いい考えでも出たの?」
「ええ、タバサがいいのを考えてくれたわ。
 まあ、ちょっとしたゲームみたいなものよ」
「どんなの?」

 なんだかよく分からないげれど、この女は乗り気のようだ。
 このタバサとかいう子が贔屓をするようには見えないが、もし私に不利な条件ならば、異議を唱えなくてはならない。

「的を作ってそれに当てる。一発勝負」

 非常に簡潔な説明に眉を顰める。
 言いたい事は何となくわかるが、すごく言葉足らずだ。
 もう少し人と話す努力をして欲しいものだ。自己啓発セミナーでも薦めてみようかしら?
 まあ、そんな事はどうでもいいか。不明瞭な部分は問い詰めればいいだけだ。

「的ってなにを的にするのよ?」
「コレよ」

 そう言って取り出したのは例のペンダントだった。
 ……そんな物を的にして大丈夫だろうか?
 壊れでもしたら、それこそ勝負にならない。まあ、私が勝つのだから関係ないけど。

「そんでもって、これを向こうの木にロープで吊るす」
「それで?」
「20メイルくらい離れて、そこから魔法を使ってペンダントを地面に落とせば勝ちよ。
 あと、ペンダントに魔法を当てたら負けだからね。潰したりしたら、弁償してもらうから」

 いたってシンプルで公平だ。
 20メイルも離れれば、細いロープなどそうそう当りはしない。
 それ以前に、私には魔法が成功するかどうかという問題があるが、既に解決策はある。
 要はペンダントを地面に落しさえすればいいのだ。そう、落としさえすれば、ね。

「その条件で良いわ」
「じゃあ早速準備しましょうか」

 そう言うと、キュルケはタバサからロープを受け取り準備に掛かる。
 準備の間、私とタバサが取り残され、少し気まずい。
 全く話したことがないというのに、つい勢いで決闘を申し込んでしまった所為で、多少後ろめたい気持ちがある。
 チラリと横目で窺う。
 タバサは全くの平静で、感情が読み取れない。冷たい月の光も相まって、人形のように感じ、話し掛けるのを躊躇わせる。

「人間、ねむいよ~」
「直ぐだから、もう少し我慢してて」
「お菓子、いる?」

 ぐずるモー・ショボーに、タバサが紙包みを差し出してくる。
 中身はおそらく、件のクッキーだろう。

「わ~い、いるいる~」

 モー・ショボーは眠気など吹き飛んだようで、喜んで紙包みを受け取ろうとする。現金なものだ。
 だが、そんな事を見逃せるはずがない。受け取る寸前で紙包みを取り上げる。

「駄目よモー・ショボー、歯を磨いた後なんだから。虫歯になっちゃうでしょ。
 アンタも軽率な真似はよしてよね。それに、何で餌づけしようとするのよ?」
「唯のお礼、何時も使い魔が相手してもらっているから。次からは気をつける」
「お礼?」

 はて? モー・ショボーが相手をしている使い魔?
 記憶を手繰る。
 けれど、使い魔同士の友好関係など知らないので頭を捻るしかない。

「アンタの使い魔って?」
「ウィンド・ドラゴン」
「ああ、あの青い竜ね……」

 あの竜なら、何度か一緒に居るのを見かけた事がある。
 お互い奔放に空を飛びまわって、とても楽しそうにしていた。
 ソレを見て、上手くやっていけているようで安心したし、少し羨ましくも思ったものだ。
 あの竜の主人がタバサだったとは知らなかった。
 ……やっぱり、勢いで決闘なんて申し込むものじゃないわね。今更ながら決意が揺らぐ。

「準備出来たわよ。それじゃあ始めましょうか」
「えっ? ああ、そうね」

 唐突に上から声が降ってくる。どうやら、準備が整ったようだ。
 枝からロープが垂らされ、その先に括りつけられたペンダントが振り子のように揺れている。
 キュルケは私の眼前に着地すると、不敵に笑った。

「どうしたの? やっぱりやめる?」
「冗談言わないで! さっさとやるわよ!」

 ……コイツ、上で盗み聞きしてたわね。
 私の内心を見透かしたように、ニヤニヤと笑うキュルケに苛立ちを隠せず、怒鳴り返す。
 タバサには負い目を感じるが、コイツは別だ。意地でも負けられない。

「はいはい、お先にどうぞ」

 キュルケの余裕の態度が腹立たしい。
 どうせ失敗すると思っているんでしょうけど、そうは行かないわ。
 何故なら、私には必勝の策があるからだ。
 我ながら自分の頭脳が恐ろしい。ふふふ……

「ニヤニヤしてないで早くやりなさいよ。時間稼ぎのつもり?」

 呆れた様な声で背中から野次が飛んでくる。
 振り向かなくてもわかる、キュルケだ。
 文句の一つも言いたいが、どうせアイツは強がりだと取るだろう。ならば、行動で示してやる。
 完璧なまでに決闘に勝利し、輝かしい栄光を手にするのだ。
 決意を新たに、気を引き締め目標を見定める。
 的であるペンダントまではおよそ20メイル。辺りは明かりも殆どなく、目測がつけづらい。
 確かに月明りはあるが、それはとても頼りなく、ロープはユラユラと風で揺らいでいて、狙いを定めるのは困難だ。
 けれど、そんな事は問題ではない。要は、的を小さく絞るからいけないのだ。
 狙うのはロープではなく枝、枝ではなく樹そのものを狙えばいい。
 これならば、多少狙いがずれても問題ない。樹ごと吹っ飛ばせば、自ずとペンダントは地面に落ちる。
 ペンダントが樹の下敷きになるかもしれないが、そうならない事を始祖に祈ろう。日頃の行いが良いのだから、きっと聞き届けて下さるに違いない。
 万が一魔法が失敗しても、樹が爆発するだろうから、勝率は五分五分だ。

「完璧ね…… 何度シミュレーションしても、私の勝ちは揺るがないわ」
「いいから早くしなさい。結構寒いんだから」
「分かってるわよ。そこで私が華麗に勝利する瞬間をその眼に焼き付けてなさい!」

 無粋な女だ。囁き戦法で私の集中を乱す気か?
 ふん、そこで指を咥えて見ているがいいわ。私が魔法で華麗に木をなぎ倒すところを。
 唇の両端を伸ばしてほくそ笑む。見える、あの女の悔しがる顔が目に浮かぶ。
 指揮棒にも似た愛用の杖を振りかざし、歌う様にルーンを詠唱する。
 唱えるは『ウインドカッター』、風の刃が樹を切り倒すイメージを脳裏に浮かべながら、ルーンの完成と共に力強く杖を振り下ろす。

「ウインドカッター!」

 ……あれ? 何も起きない?
 失敗したのだろうかと思い、再び杖を振り上げようとしたところで爆発音が響いた。
 俊敏な動きで本塔を見上げると、一瞬だけ爆発の閃光が網膜に残り、黒い煙が立ち上る。
 どうやら、魔法は失敗してしまったようだ。
 目標は20メイル先の樹だった筈だが、爆発したのは本塔上部の壁。失敗も失敗、大失敗である。

「あはははは! 流石ね、ヴァリエール!
 樹じゃなくて壁を爆破するなんてどうするのよ?! 狙いを外し過ぎよ!
 そんな器用な真似、私には出来ないわ!」
「人間すごーい! だいばくはつだね!」

 キュルケは私を指差しながら腹を抱えながら笑い、そして、モー・ショボーは何故か手を叩いて喜んでいる。
 ホントにムカつく女だ。人の失敗をあげつらって喜ぶなんて、どれだけ面の皮が厚いのやら。
 そして、今回ばかりは、モー・ショボーの無邪気さに腹が立つ。何のための決闘だと思っているのか?
 イライラと心がささくれ立っていく。
 笑いを噛み殺しながら、それでもクスクスと含み笑いをして、キュルケが近づいてくる。
 そしてすれ違う瞬間、目と目が合うと、キュルケは悠然とした仕草で髪をかきあげ、鼻で軽く笑った。

「さて、あたしの番ね。
 見てなさいヴァリエール。魔法っていうのはこう使うのよ!」

 悔しいが、怒鳴り返しても惨めなだけだ。拳を固く握りしめ、歯を食いしばって耐える。
 キュルケはその余裕の表情のまま杖を振り上げ、ルーンを唱える。
 どうやら『ファイアーボール』を使うようだ。『ファイアーボール』とは、その名の通り火の玉を放つ魔法だ。
 キュルケの二つ名は『微熱』。
 その名が示すとおり、彼女が得意とする属性は火であり、その腕前は、同級生の中でも頭一つ抜きんでている。悔しいが、それは認めざるを得ない。
 ルーンが完成すると、杖の先にメロン大の火球が出現し、キュルケが更に杖を振ると目標めがけて一直線に飛んでいきロープを焼き切った。
 ペンダントが地面に落ちる小さな音が響く。

「ざっとこんなものね。何か文句があるなら聞いてあげるわよ、ヴァリエール?」
「文句なんかないわよ! ふんっ!」

 うぅ…… 悔しい悔しいっ!
 胸の奥から沸々と怒りがこみ上げてくる。しかし、それはキュルケへの怒りではなく、自分自身への不甲斐なさに、だ。
 どうして私は魔法が使えないのだろう……
 どれだけ努力しても、どれだけ魔法書を読み漁っても、私に使えるのは、意味をなさない爆発のみ。
 すり潰す程に奥歯を噛み締め、肩を戦慄かせて屈辱に耐える。
 けれど、そんな事では悔しさと、やり場のない怒りは抑え切れず、何かに八つ当たりでもしなければやり切れない。けれど、それは駄目だ。
 モー・ショボーの見本となると決めたのだ。主人の私が醜態をさらす訳にはいかない。
 グッと怒りを呑みこむ。……草でも千切って憂さ晴らしをしようか?
 ふと、その瞬間、月が陰った。
 降り注いでいた月光は遮られ、冷たい闇が辺りを支配する。
 月が雲に隠れたのかと思い空を見上げると、黒く巨大な何かが目に飛び込んできた。

「な、なにあれ?!」

 キュルケの唖然とした声が聞こえる。
 その何かとは、土で出来たゴーレムであった。それは巨大で、30メイルはあるだろう。
 突如として現れたゴーレムは、こちらへゆっくりと歩いてくる。
 ゴーレムが足を踏み出す度に地面は揺れ、その巨体が圧倒的な存在感を放つ。

「キャァァァッ!」

 静かに放たれる恐怖に耐えられず、絹を切り裂くような声が迸る。
 それは果たして、私の声だったのかキュルケの声だったのか、もしかしたら、タバサだったのかもしれない。
 それすらも判別がつかず、腰砕けになりながらも何とか走ってゴーレムから逃げる。
 必死になって走る背中に、鈍い轟音が叩きつけられた。
 その音で我に返り、振り返る。
 振り向くと、ゴーレムはその巨腕を本塔の壁に叩きつけた姿勢のまま固まっていた。
 それも束の間、ゴーレムはゆっくりと姿勢を立て直し、再びその岩塊といえる拳を振りかぶる。
 ゴーレムは私たちなど無視して、学院の壁を連打する。

「あれ見て! あそこ、ゴーレムの肩!」

 キュルケの声に従いゴーレムの肩を注視すると、そこには黒い人影がいた。
 月明りに照らされ、その人物の姿が浮き上がる。その人物は、全身を覆う黒いローブに身を包んでおり、男か女かの判別はつかない。
 おそらく、あれがゴーレムを作りだし、命令を下しているメイジだろう。

「宝物庫」

 タバサの言葉で、あのメイジが何をしようとしているのかに気がついた。
 金庫破りだ。
 学院の5階には、貴重物を収めた宝物庫がある。賊は、その宝物庫にある宝を狙っているのだろう。
 そんな事をさせるわけにはいかない! さっきは思わず逃げてしまったが、今度は逃げてはいけない。
 義憤が私の体を縛った恐怖を取り除く。

「ファイアーボール!」

 果敢に魔法を唱えるが、それはあえなく外れ、先ほどの樹を吹っ飛ばした。
 何故、さっきこうならなかったのだろう、と、不謹慎にもそう思ってしまう。
 顔を顰める私の横から、キュルケの怒声が飛んでくる。

「なにやってるのよ! ちゃんとやりなさい!」
「…………」

 見ると、キュルケとタバサは杖を振り、ルーンを素早く唱えていた。 
 詠唱はほぼ同時に完成し、2人は魔法、キュルケはさっきのモノより巨大な火球‐フレイム・ボール‐を、タバサは幾つもの氷刃‐ウィンディ・アイシクル-を放つ。
 その2つの魔法は、異なる軌道で正確に賊に襲いかかる。
 だがそれは、賊の前に突如として出現した土壁で、悠々と防がれてしまった。
 賊は、攻撃されたというのに反撃はせず、壁を壊すことに専念している。
 目標さえ達成できればそれで良いと、そして、私たちなど大した障害にならないと高を括っているのだろう。
 悔しいが、その通りだ。
 向こうとこちらでは、あまりにも距離が隔たっており、魔法を使おうにも簡単に防がれてしまうだろう。それほどに、あの賊の魔法の腕は卓越している。
 先ほどの応酬で、それが分かってしまった。魔法を当てるには、如何にかして距離を詰めないといけない。
 距離を詰めるには、空を飛ぶしかないのだが、『飛翔‐フライ‐』や『浮遊‐レビテーション‐』を使っている最中は、他の魔法を使う事は出来ない。
 それに第一、私にはどんな魔法を使おうとも、爆発しか起こらない。悔しさに臍を噛む。

「どうすれば……」

 不意に、場違いな口笛が響いた。
 振り向くと、タバサが空を見上げ口笛を吹いている。
 眉を顰めるが、程なくしてその意味は知れた。
 風を切る音が耳に届き空を見上げと、東の空からウィンド・ドラゴンが脇目も振らずに飛来してきた。

「乗って」

 あくまでも平静な声のタバサに促され、私とキュルケは慌ててウィンド・ドラゴンに飛び乗った。
 ウィンド・ドラゴンは一気に上空まで上昇し、今度は私たちがゴーレムを見下ろす形となった。
 うげ…… 慣れないと辛いわ。
 急上昇により、頭がくらくらする。
 タバサは全く平気なようで、注意深くゴーレムの出方を窺っているようだ。
 上を取ったとはいえ、安易な攻撃では容易に防がれてしまうだろう。

「ねえねえ、人間。あれってなぁに?」

 ふと、横から呑気な声が掛かった。ウィンド・ドラゴンと平行に飛んでいるモー・ショボーだ。
 モー・ショボーは興味深々といった具合でゴーレムを指差し、瞳を爛々とさせている。
 こんな時まで呑気なものだと呆れるが、ある事にハッと気づいた。

「モー・ショボー! あのゴーレムに『真空刃』よ!」

 そうだ。うっかり忘れていたが、私にはモー・ショボーがいるのだ。
 モー・ショボーならあれを何とかできそうな気がする。
 私はすかさず、決闘の時に使った『真空刃』とかいう魔法を使うように命令する。あれならば、生半な防御は意味をなさない筈だ。

「いいの? つかっちゃいけないんじゃないの?」
「今は良いの! なんなら『ショックウェーブ』とかいうヤツでも良いわよ。
 とにかく、あのゴーレムの動きを止めなさい!」
「うごきをとめればいいんだね! わかった~」

 モー・ショボーは威勢良く返事をすると、あの時と同じように両手を重ね前へ突き出した。

「ちょ、ちょっと、何をする気なの!?」

 横手から、キュルケが慌てた声を上げるが、そんな事、私だって知らない。モー・ショボーに聞いてほしい。
 だが、モー・ショボーは、キュルケの声を無視してゴーレムに向かって叫ぶ。

「ぜったいれいど!」

 そう叫んだ瞬間、モー・ショボーを起点として、凄まじい氷嵐が吹き荒れた。
 雪国に吹くというブリザードよりも冷たく、そして激しい嵐が吹き荒れる。激しい氷嵐はゴーレムに襲い掛かり、その姿を覆い隠す。
 それは正に『絶対零度』の名に相応しく、全てを凍てつかせる冷気の渦だ。
 強烈な冷気の影響で辺りは冬のように寒くなり、空に居るのも相まって、手足の先が氷のように冷えていくのを感じる。

「ストップ、ストップ!
 もうその位でいいから! じゃないと、こっちも凍えちゃうわ!」
「は~い」

 私の叫びに応え、モー・ショボーが魔法の行使を止めると、氷嵐の勢いは緩やかにおさまった。
 空気が冷やされて出来た氷の粒が夜空に舞い、月光を反射してキラキラと輝く。
 美しく幻想的な風景だが、気温の低下が止んだ事にホッと一息を吐き、私はウィンド・ドラゴンの背でへたり込んだ。
 あの時といい、今といい、モー・ショボーが魔法を使った後は、何故か極度の倦怠感に襲われる。これは、気のせいではないと思う。
 全身がだるいが、どうなったかを確認しない訳にもいかない。
 何とか体を動かし、ウィンド・ドラゴンの背から顔だけを出して地上を見下ろす。
 そこには、真っ白になったゴーレムがいた。全身に霜が降り、冷たい光を放つそれは、さながら氷のオブジェのようだ。
 その光景を見て、私は言葉を失う。キュルケとタバサも同様に言葉をなくしている。
 ……うん、やり過ぎ。
 確かに動きを止めろと言ったけど、心臓まで止めろとは言っていない。
 けれど、モー・ショボーを怒るというのも理不尽な話だ。
 どう言ったものだろうかと考えていると、モー・ショボーのキョトンとした声での呟きが聞こえてきた。

「あれ? ヒメイをあげないねぇ……」

 何気ない一言だけど、その無邪気さが怖い。



 ◆◇◆



 あの後、駆けつけた警備員や先生方に事情を説明し、私たちはそれぞれの部屋へ戻った。正確には戻された。
 当事者なのだから事後処理に立ち会いたいと申し出たのだが、生徒に夜更かしさせる事は出来ないと、却下されたのである。
 不満もあったが、私たちはそれに大人しく従った。なぜなら、既に心身ともに疲れ果てていたからだ。
 おそらく、張りつめていた緊張の糸が切れてしまったのだろう。ホンの短い間の出来事だった筈だが、何時間もあのゴーレムと対峙していたような気がする。
 モー・ショボーに手を引かれるように部屋に戻ると、着替えもせずに泥のように眠った。
 そして一夜明け、私たちは学院長室へ呼び出された。
 疲れは完全に抜けきっていなかったが、無視するわけにもいかない。
 体を引きずるようにして学院長室まで赴き、事件の顛末を聞いているのが今の状況だ。

「ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ……
 以上の3人が宝物庫を襲撃している賊を発見し、これを撃退したのであります。
 そして、事後処理を引き受けた我らで賊を捉えた所、驚くべき事が発覚いたしました」
「フム? ……続けて」

 コッパゲ先生が報告書を読み上げ、それにオールド・オスマンが頷く。
 室内には、私たち4人を囲む形で大勢の教師が壁の両側に並んでおり、少々息苦しく感じる。
 それにしても、驚くべき事とはなんなのだろう?
 事後処理には立ち会っていないので、事件の詳細は知らないのだ。

「ねえ、人間。なんかモゾモゾするよぉ」

 と、その時、モー・ショボーが話しかけてきた。
 どうやら、この神妙な雰囲気に慣れないらしく、居心地が悪そうにしている。

「ちょっとの間だから、我慢してなさい。後でお菓子あげるから」
「ほんとう? じゃあがまんする」

 モー・ショボーは目を輝かせて、大人しく言う事に従った。
 やれやれ、大人しくさせるのにも一苦労だ。

「オホン、先を続けてもいいですかな?」

 コッパゲ先生が咳払いをする。どうやら、先ほどのやり取りが聞こえていたようだ。
 慌てて佇まいを正す。

「あっ、はい…… 続けて構いません」
「では、気を取り直して……
 捉えられた賊の正体は驚くべき事に、ミス・ロングビルだという事が判明しました」
「本当かね?」
「間違いありません」

 オールド・オスマンは目を見開き、寝耳に水といった様子だ。
 突然告げられた事実に誰もが耳を疑い、ザワザワとざわめきが広がる。
 ミス・ロングビルとは、学院長であるオールド・オスマンの秘書を務めている知的な雰囲気溢れる女性だ。
 生徒からも教師からも評判がよく、馬鹿な男子が噂しているのをよく小耳にはさんだ事がある。
 まさか、あの人が盗みを働くなど、誰もが予想しなかったことであろう。

「それでミス・ロングビルですが、発見された時には既に意識はなく、全身が凍りついており、凍傷の恐れがありました。
 しかし、発見が早かったおかげで命に別状はありません」

 その報告を聞き、ホッと胸を撫で下ろした。
 あの惨状では、もしかしたら死んでいるかもしれないと思ったが、生きていてよかった。
 確かに犯罪者であるが、生きて罪を償うチャンスが出来たのだから、それに越したことはないだろう。

「ふむ、彼女は今、どうしているかね?」
「今は杖を取り上げて、牢屋に入れてあります。
 後は、城の衛士が引き取りに来るのを待つだけですな」

 如何に手練のメイジといえども、杖を取り上げられれば魔法は使えない。
 とりあえずは、これで一安心だ。
 でも、ミス・ロングビルは何を盗むつもりだったのだろうか? それが少し気になる。

「ところで、君たちは深夜の広場で一体何をしていたのか、聞かせてくれるかね?」
「うっ……」

 痛い所を突いてくる。流石はオールド・オスマンだ。伊達に年は重ねていないという事か……
 眼を泳がして言葉を濁す。
 横を見れば、キュルケも同じような仕草をしている。
 タバサは相変わらずの能面だが、だんまりを決め込んでいるという事は、考えている事は同じか。
 どうしたものだろうか?
 オールド・オスマンを相手に嘘をついても、直ぐにばれそうな気がする。ここは、正直に言うのが得策だろうか?

「フフ…… 心配せんでも、そんな無粋な真似はせんよ。
 君らは賊を捉えたのだ。そんな些細な事は不問とする。
 じゃから、胸を張りなさい」

 笑えない冗談だ。嫌な汗をかいてしまった。
 思わずジト目で見つめるが、オールド・オスマンは気にした様子もなく、涼しい顔で受け流す。
 年季の違いからか、この爺は変な迫力があるから困る。
 安堵の吐息と共に汗が冷えていく。

「さて、君たち3人の勇気を評して『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。
 といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の称号を得ているので、代わりに『精霊勲章』の授与を申請しておいた」
「本当なの、タバサ?」

 まさか『シュヴァリエ』の称号を賜るとは、思ってもみなかった。
 しかし、それ以上に驚いたのは、タバサが既にそれを得ていたという事だ。その事はキュルケも初耳だったらしく、目を丸くして驚いている。
 『シュヴァリエ』とは、王室から賜る称号としては最下級だが、誰もが得る事が出来るというわけではない。
 男爵や子爵なら、領地を買う事で与えられもするだろうが『シュヴァリエ』は違う。
 『シュヴァリエ』は純粋に、業績に対してのみ授与される。いわば、実力の証明なのだ。
 確かに、昨夜見た魔法の腕は、その称号に見劣りしないものだった。
 そこで、ハッとなる。
 オールド・オスマンは3人と言った。それが意味する事は……

「……オールド・オスマン。モー・ショボー、私の使い魔には、なにもないのですか?」
「残念ながら、その子は貴族ではないし、第一、亜人だ。なので、そう気軽に『シュヴァリエ』の授与は申請出来ん」
「そんな……」

 あの賊を捉えるのに、一番活躍したのはモー・ショボーである。
 それなのに、なにも褒美が与えられないのはあんまりだ。

「まあまあ、話は最後まで聞きなさい。
 聞けば、その子がいなければ、賊を取り逃していたじゃろう。それなのに、何もないのはあんまりじゃ。
 なので、ワシが身銭を切って、その子に褒美を与えようと思う」
「本当ですか!」

 その申し出に、思わず声が大きくなる。
 モー・ショボーの働きが報われるのでさえあれば、多くは望まない。
 確認する私を見て、疑っているとでも思ったのか、オールド・オスマンはニヤリと笑うと、顎髭を撫でながら隣にいるコッパゲ先生に同意を求める。

「ワシは、嘘はつかんよ。のう、ミスタ・コルベール?」
「はて? そうでしたかな?」
「こやつめ、ハハハ!」
「ハハハ」

 お互いに笑い合っているが、目は笑っていない。心無し、部屋の気温が下がった様な気さえする。
 何となく居心地が悪く感じ、身じろぎする。
 周囲を窺うと、先生方の表情は凍りつき、何やら物々しい雰囲気だ。
 隣を窺えば、キュルケも私と同じようにソワソワし、タバサは身じろぎもしない。だが、その頬に冷や汗が一筋垂れていくのが見えた。
 変わらないのは、モー・ショボーだけだ。部屋の空気が変わったのに気がつきもせず、無邪気に微笑んでいる。

「まあ、冗談はさておいて、何がいいかのう?
 ミス・ヴァリエール、君の使い魔に何が欲しいか、聞いてみてくれんか?」
「は、はい、わかりました」

 軽い冗談だったようで一安心だ。皆一様に胸をなでおろし、部屋に安堵のため息が満ちる。
 そうと分かれば、随分と気が楽になった。
 一度深呼吸をして気を取り直してから、モー・ショボーに訊ねる。

「モー・ショボー、オールド・オスマンが貴女にご褒美を下さるようよ。
 何か欲しい物はある?」
「なんでもいいの?」
「ワシに出せる範囲でなら、出来る限りのことはしよう。遠慮なく言ってかまわんよ」

 オールド・オスマンは朗らかに笑う。
 先ほどの緊張感が嘘のようだ。
 そういえば、部屋に入った時から感じていた重苦しい雰囲気は、いつの間にかなくなっている。
 もしかして、これを狙っていたのだろうか?
 もしそうなのだとしたら、唯のふざけ好きの爺さんではないという事か。

「じゃあね~ 魔石ちょうだい!」
「ふーむ? よく分からんので、別の物をお願いしていいかな?」

 モー・ショボーは遠慮の欠片もなく、要求を述べる。
 けど、魔石ってなに?
 風石や火石みたいな物? それとも、私が知らない何か別の物かしら?
 そしてそれは、オールド・オスマンも知らないようだ。
 トリステインの生き字引とも呼ばれる老人も知らないとなると、いよいよ分からない。
 魔石とは何だろうか?

「も~、しょうがない人間だなぁ…… それじゃ別のにしてあげる。
 宝玉、ほしいな~」
「うーん? 他の物ではいかんかのぅ?」
「ふ~んだ! このケチ~!
 もういいもん! みんなキライッ!」

 2度も要求が退けられて、我慢が利かなくなってしまったようだ。
 癇癪を起して暴れ出そうとするモー・ショボーを叱りつける。

「こらっ! そんな口をきいちゃいけないでしょ!」
「だって、だって、なんでもいいっていったのにくれないんだもんっ!」
「すまんのぅ。
 生憎、魔石や宝玉というのがどんな物か分からぬのでのぅ……
 他の物にしてくれんか?
 爺にもう一度だけチャンスをくれんじゃろうか?」

 口を尖らせて文句を言うモー・ショボーに、オールド・オスマンが頭を下げる。
 これは驚きだ。学院長が生徒の使い魔に頭を下げるなど、そうそうある事ではない。

「ほら、オールド・オスマンもああ言ってくれてるんだから、他のにしときなさい。
 アンタ、宝石とか好きなんでしょ? それにしたらどう?」
「人間がどうしてもっていうんなら……」

 どうにかそれで納得してくれたようだ。
 渋々といった様子だが、分かってくれたのならそれで良い。
 もし、こんな場所で例の魔法でも使われたなら、手のつけようがなくなるところだった。
 人知れず安堵する。

「じゃあね~ アメジスト、ほしいな~」
「アメジスト、じゃな?
 相わかった、後でミス・ヴァリエールの部屋へ届けさせよう」
「わぁい、ありがと~」

 諸手を挙げて喜んでいるのは良いが、これで3つ目だ。少し、甘やかしすぎの様な気がする。
 いや、働きに対する正当な報酬なのだから、文句を言うのは筋違いか。
 でも、次からは、別の何かにしないといけないだろう。
 何か基準を設けないと、事ある毎に宝石をねだってくるようになるかもしれない。
 今回は、オールド・オスマンが出してくれるからいいが、自分で出すとなれば話は別だ。そう毎度毎度、宝石などやれはしない。
 シエスタにでも聞いてみようか? MAGを知っていたあのメイドなら、魔石や宝玉の事を知っているかもしれない。
 そういえば、私自身、MAGが何なのか未だに知らなかったわね。折を見て、さり気なく聞き出しておこう。
 そんな事を考えていると、オールド・オスマンが手を軽く打ち合わせた。

「さて、この話はここまでにしておいておこうか。今夜は『フリッグの舞踏祭』じゃ。
 多少の騒動はあったが、幸いにも賊は捕えられ何事もない。予定通り行うとしよう。
 今日の主役は君たち3人だ。存分に着飾るとよい」

 そういえばそうだった。ゴタゴタ続きですっかり忘れていたが、今日は『フリッグの舞踏祭』だ。
 別段意識していたわけではないが、自分が主役だと言われると、ついその気になってくる。
 主役ならば、それに恥ずかしくないよう、相応しい身なりをしなくてはならない。
 私の本気ってものを見せつけてやるわ!



 ◆◇◆



「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなーりぃー」

 衛士の呼びかけに応え、ダンスホールへと続く壮麗な大扉が開く。
 足を踏み入れると同時、ホール中が騒然となり、私に視線が集まる。
 着飾った甲斐があったという事か、大勢の奴等がポカンとした表情を見せている。注目されている事に、少なからずの優越感を感じながら進んでいく。
 私の姿を確認した楽隊が音楽を奏で始めると、それに合わせて大勢のカップルがダンスを始めた。ホール中が調子づき、独特の雰囲気が溢れてくる。
 そして、いつの間にか私の周りには、大勢の男子が群がり、しきりにダンスを申し込んでくる。
 全く、虫の良い話だ。
 普段あれだけ私の事を『ゼロ』と呼んでからかっていたというのに、急に手のひらを返したようにすり寄ってくるなんて…… ホント、男って馬鹿だわ。
 当然、全員お断りだ。わたくし、そんな安い女じゃなくてよ?
 中には、しつこく追い縋ってくるのも何人かいたが、その中の1人の股間を蹴り上げてやると、全員手を引っ込めた。
 ……意気地なしどもめ!
 まあいい、誰と踊るかは既に決めている。人の輪から抜け出し、目的の人物を探す。

 ダンスホール、バルコニー…… と、視線を動かしてゆく。

 ……居た。料理が並んでいるテーブルに居る。
 少し呆れながらも、ゆったりとした足取りで近づいていく。ドレス姿で走るなど、言語道断だ。
 テーブルには、背中の大きく開いた黒のナイトドレスを着たタバサが、ナイフとフォークを手に、ローストチキンと格闘している。
 小柄な体格によらず、結構な健啖家のようだ。見ている方がお腹一杯になってくる。
 だが、お目当ての人物ではない。探していたのは、タバサの隣でこれまた山盛りの料理を相手にしている、モー・ショボーだ。

「ココに居たのね」
「人間もたべる? おいしいよ~」
「後でいいわ」

 並んでいる料理は、確かに美味しそうだが、せっかくのドレスが汚れてしまっては困る。
 それに、せっかくの舞踏会で、いきなり料理に舌鼓を打つというのもどうだろう?
 舞踏会なのだから、先ずは踊らないと、ね。
 さて、どう言って切り出したものか……
 事前に考えてはいたものの、いざ誘うとなると、躊躇ってしまう。女同士なのだから、ダンスに誘うのには少し勇気がいる。
 しかし、そんな小さな悩みなど、モー・ショボーはいとも簡単に乗り越えてしまった。

「ねえ人間、おどろうよっ!」
「えっ? ええ……」
「ほらっ、はやくはやく!」

 そう言うや否や、私の手を取ってホールの中央に引っ張っていく。
 迷っていた私が馬鹿らしく思えてくる。遠慮する必要など、初めから存在していなかったようだ。薄く自嘲する。
 躓きながらホールの中央まで引っ張られていくと、モー・ショボーは私に向き直り両手を取り、音楽に合わせてステップを刻む。
 モー・ショボーは奔放に、軽やかに舞う。まあ、浮いているから当然の事なのだが。
 ダンスの基本も抑えていないステップだが、不思議と心が躍る。
 文句を言うなど、無粋な真似はしない。心の底から楽しんでいるのがよく分かるし、私も優しい気持ちになってくる。
 ステップを合わせながら、何気なく訊ねる。

「ねえ、楽しい?」
「うん。こんなにたのしいの、ハジメテだよっ!」
「よかった、これからもヨロシクね」

 屈託のない声に、思わず笑みが零れる。
 私もこんなに楽しく感じるのは、ずいぶんと久しぶりだ。

「ねえ、人間。
 人間は、アタシのこと…… スキ?」
「えっ? えぇ…… 好きよ」

 唐突な質問に、言葉を詰まらせながらも頷く。
 嫌いなわけがない。『好き』だといえば『好き』なのだろうと思う。
 でも…… どういう意味の『好き』なのだろうか?
 使い魔として? それとも……
 私には判別がつかず、全てが曖昧だ。私は、私の事を全く理解出来ていない事に気がついた。
 そんな疑問を余所に、モー・ショボーは天真爛漫な笑顔でニッコリと微笑む。

「よかったぁ……
 アタシも人間のこと、スキだよっ!」

 …………
 私は何も言えなくなり、ステップを踏む足が止まった。しばし、見つめ合う。
 モー・ショボーは不思議そうな顔で小首を捻る。しかし、次の瞬間、花咲くような無垢な笑顔を投げかけてきた。

「だからね、これからもいーっぱい、あそんでね!!」

 意外だった。こんなにも無邪気に『好き』だと言われるなんて、思ってもみなかった。
 表裏のない笑顔で好きだと言われると、思わず頬が熱くなる。きっと、林檎より赤くなっているだろう。
 そんな笑顔を見せられると、私も少しは素直になれるような気がしてくる。
 いや、なろう。そうなるよう、先ずは一歩を踏み出そう。

「……そう、ね。改めてヨロシク、モー・ショボー」

 私はとびきりの笑顔でモー・ショボーに微笑んだ。
 ……見ないでよ、恥ずかしい。



 ◆◇◆



 再び見参、業斗童子である。そう、気軽にゴウトと呼べばよい。
 ……先に言っておくが、我は猫ではない。猫の姿を借りているだけで、魂は違うのだ。そこを憶えておいていただきたい。
 こうして無事に、諸兄らと再び相まみえる事が出来たのを嬉しく感じる。
 さて、挨拶はここまでにしておこう。
 我らは今、志乃田にある『名もなき神社』を訪れている。
 人里離れ、鬱蒼たる山中にひっそりと建つその神社は、厳かな雰囲気を持ち、何人をも寄せ付けない。
 しかし、ここは我らにとって重要な意味を持つ場所であるのだ。
 この『名もなき神社』には、修験界と呼ばれる修行場が存在し、ヤタガラスの使者との連絡口でもある。

「チミにしてはいい選択だったよ。ドゥフフフ…… コレあげる。ホメなくてもいいっスよ」

 緑の丸太を組み合した様な体を持つ悪魔が、甲虫をライドウに差し出す。
 この悪魔の名前は『モコイ』、豪州北部の神話に登場する悪魔で、殆ど全ての病気や事故の原因なのだという。
 愛嬌すら感じられるその外見からは、連想できない程に大悪霊なのだ。
 そのような悪魔がライドウを慕っている。これは、先達として嬉しい事柄だろう。
 だが、これから先に立ちふさがるであろう強敵に対しては、いささか力負けするのではないかと思う。例え、御霊により強化されているとしてもだ。

「して、うぬは何の用があって此処に足を運んだのだ? よもや、虫取りのためではあるまい?」

 ライドウが頷く。
 流石に、そこまで非常識でなかった事に、ホッと胸を撫で下ろす。

「ならば、修験界で仲魔集めか? それとも、異界開きか?」

 ライドウは軽く首を振った。
 何? どちらでもない?
 ヤタガラスの使者に頼みがあるだと?

「何の用があるというのだ? 言ってみろライドウ」

 ライドウは帽子を目深に被り、眼を逸らした。嫌な予感が我の中でムクムクと膨れ上がる。
 こやつはなにか、碌でもない考えを持っているに違いない。そう直感し、鋭く問い詰める。
 ライドウは、始めはのらりくらりと言い逃れをしていたが、そんな事が長く続くはずもない。
 幾度目かの追求にて、ようやく渋々といった具合で、ポツポツとここに来た理由を白状した。

「何という…… そこまでやるか? この馬鹿者め!」

 嗚呼、何という事だ。激しい頭痛が我を襲う。
 こやつは、先日消滅した仲魔のことをまだ諦めていなかったらしい。
 そんな事をしようとも、消えた仲魔が返ってくるはずもないだろうに……
 だが、そんな我の言葉にライドウは頭を振り、強く否定する。
 なに? 消滅などしていないだと?
 ただ迷子になっているだけだから、自分が探しに行く?

「馬鹿な……
 何の根拠があって、そんな事を言うのだ。諦めも肝心だぞ、ライドウ?」

 む……?
 待てライドウ。その手に持っているのは何だ?
 ライドウが手にしたモノを見て、我は咄嗟に飛びのき身構える。
 都合が悪くなると、直ぐこうだ。今日という今日は、ひとつガツンと言ってやらねばなるまい。
 まあ、話を聞け、ライドウ。先ずは、大人しくソレを仕舞うのだ。
 だが、ライドウは、我の話になど耳を傾けようともせず、我の本能をくすぐる醜悪なる植物を頭上で左右に振る。
 こ、こら、止めぬか。や、止め……

「ニャー!! も、もうたまらん!!」



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 ルイズは仲魔から更なる忠誠を得て、称号が『新進気鋭』から『アヴァンギャルド少女メイジ』に変化し、『アヴァンギャルド少女メイジのルイズ』と呼ばれるようになった。



 第2話


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