『星のたまご』
それは、この大地が生み出す究極の力の結晶体。
『存在を司る力』の結晶体。
この世でもっとも清い力。
この世でもっとも強い力。
この世でもっとも素晴らしいこと。
わたしが
あなたが
ここに存在するということ……
それは、この大地が生み出す究極の力の結晶体。
『存在を司る力』の結晶体。
この世でもっとも清い力。
この世でもっとも強い力。
この世でもっとも素晴らしいこと。
わたしが
あなたが
ここに存在するということ……
大地の奥の奥の奥、そこで星のたまごはつくられる。
数千万年にひとつ、あるいは数億年にひとつか定かではないが。
星のたまごは、そのまま大地の中ではじけたり、何かの拍子で地上に直接ばらまかれたりする。
そして、大地に大いなる潤いを与えるのだ。
森は広がり、新たな草花が生まれ、生き物は次の段階へと進化する。
そして大地より生まれた生き物は、海は、山は。
また、大地を暖める。
数千万年にひとつ、あるいは数億年にひとつか定かではないが。
星のたまごは、そのまま大地の中ではじけたり、何かの拍子で地上に直接ばらまかれたりする。
そして、大地に大いなる潤いを与えるのだ。
森は広がり、新たな草花が生まれ、生き物は次の段階へと進化する。
そして大地より生まれた生き物は、海は、山は。
また、大地を暖める。
そうやって、星のたまごはつくられる。
(生命循環システムの具体的系図)
(生物も物質も、本質的属性は『大地そのもの』であるということ……)
(生物も物質も、本質的属性は『大地そのもの』であるということ……)
星のたまごははじけ、エネルギー体となり地上に広がる。
しかしなにかの偶然が重なり、はじける事なく残る星のたまごがあるという。
数億年分にも及ぶエネルギーを溜めていると言われる星のたまごは、まさに究極。
この世の法則さえもねじ曲げるその禁断の力は、失われた存在を、またこの大地に甦らせることができるという。
それは、かつて死んだ人間でも、封印された大魔法でも、国や大陸でさえも。
エントロピー・時空間を超越し、復活させることができる。
そして、その形はまるで……
しかしなにかの偶然が重なり、はじける事なく残る星のたまごがあるという。
数億年分にも及ぶエネルギーを溜めていると言われる星のたまごは、まさに究極。
この世の法則さえもねじ曲げるその禁断の力は、失われた存在を、またこの大地に甦らせることができるという。
それは、かつて死んだ人間でも、封印された大魔法でも、国や大陸でさえも。
エントロピー・時空間を超越し、復活させることができる。
そして、その形はまるで……
『これを……』
薄れゆく意識の中、ティトォはその声を聞いた。
『『星のたまご』だ』
ティトォの側には、栗色の髪をふたつ括りにした女の子と、桃色がかったブロンドの、背の高い女性が倒れ伏している。
二人とも深く傷つき、今にも力尽きる寸前であった。
『生き延びたいと願うなら……、委ねるがいい、お前たちの魂を』
ティトォはぼんやりと、差し出されたものを見つめる。
「これを……?でも、これはまるで……」
まるで、
木の実。
『いいか、よく聞け。この場で命が助かるだけじゃない。死なない身体になるのだ。……死ねないのだ。永久に生き続けなければならない。そして生き続けるという事は、つまりこれを狙う者たちと戦い続けなくてはならない』
その『声』は、淡々と言葉を続ける。
「……ぼくが……?」
『いつかきっと、また現れるはずだ。10年後か、100年後か……、あるいは1000年後かもしれないが、これを求める者達……、破滅の目的を持つ者達が』
「ぼくが……?どうしてこんなぼくが……、ぼくに何ができるっていうんだ!」
『お前がやらなければいけない。見ろ』
声に従い、ティトォは振り向く。そこには……
『こうなったのはすべて……、お前たちのせいなのだからな……』
世界の終わりの風景。
『大魔王』の降臨。
すべての崩壊。
A.D.1569───今より111年前。
太洋に浮かぶ島国ドーマローラ国は、この世より姿を消した。
薄れゆく意識の中、ティトォはその声を聞いた。
『『星のたまご』だ』
ティトォの側には、栗色の髪をふたつ括りにした女の子と、桃色がかったブロンドの、背の高い女性が倒れ伏している。
二人とも深く傷つき、今にも力尽きる寸前であった。
『生き延びたいと願うなら……、委ねるがいい、お前たちの魂を』
ティトォはぼんやりと、差し出されたものを見つめる。
「これを……?でも、これはまるで……」
まるで、
木の実。
『いいか、よく聞け。この場で命が助かるだけじゃない。死なない身体になるのだ。……死ねないのだ。永久に生き続けなければならない。そして生き続けるという事は、つまりこれを狙う者たちと戦い続けなくてはならない』
その『声』は、淡々と言葉を続ける。
「……ぼくが……?」
『いつかきっと、また現れるはずだ。10年後か、100年後か……、あるいは1000年後かもしれないが、これを求める者達……、破滅の目的を持つ者達が』
「ぼくが……?どうしてこんなぼくが……、ぼくに何ができるっていうんだ!」
『お前がやらなければいけない。見ろ』
声に従い、ティトォは振り向く。そこには……
『こうなったのはすべて……、お前たちのせいなのだからな……』
世界の終わりの風景。
『大魔王』の降臨。
すべての崩壊。
A.D.1569───今より111年前。
太洋に浮かぶ島国ドーマローラ国は、この世より姿を消した。
ルイズたちを乗せた軍艦、『イーグル』号は、アルビオンを覆う雲中に潜り、大陸の下にある秘密の港に向かっていた。
アンリエッタの手紙を読んだウェールズは、手紙の返却に快く応じた。
しかしながら、手紙はニューカッスルの城にあるので、こうしてニューカッスルへと向かっているのである。
大陸の真下は日が射さず、おまけに分厚い雲が視界を遮っている。
ややもすれば、簡単に頭上の大陸に座礁する危険があるため、反乱軍の軍艦は大陸の下には近付かないのだ。
「地形図を頼りに、測量と魔法の光だけで航海することなど、王立空軍の航海士にとっては雑作もないことなのだが……、
なに、貴族派、あいつらは所詮空を知らぬ無粋者さ」
ウェールズは得意そうに笑った。
やがて『イーグル』号は、大陸にぽっかりと開いた、黒々と大きな穴の下に到着すると、ゆるゆると上昇を始めた。『マリー・ガラント』号も後に続く。
穴に沿って上昇すると、そこはニューカッスルの秘密の港であった。
巨大な鍾乳洞の中を、真っ白い発光性のコケが覆っている。
鍾乳洞の岸壁に接舷し、港に降り立つと、大勢の人がウェールズたちを迎え入れた。王党派の生き残りたちであろう。
背の高い、年老いたメイジに近寄ると、ウェールズは声を張り上げた。
「喜べ、バリー!硫黄だ、硫黄!」
それを聞くと、集まった兵隊たちが、うおぉーッ!と歓声を上げた。
「おお!硫黄ですと!火の秘薬ではござらぬか!これで我々の名誉も、守られると言うもの!」
老メイジは、おいおいと泣きはじめた。
「反乱が起こってからは、苦汁をなめっぱなしでありましたが……、なに、これだけの硫黄があれば……」
にっこりとウェールズは笑った。
「王家の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」
「栄光ある敗北ですな!この老骨、武者震いがしますぞ!してご報告なのですが、叛徒どもは明日の正吾に、攻城を開始するとの旨、伝えて参りました」
「してみると間一髪とはまさにこのこと!戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」
ウェールズたちは心底楽しそうに笑いあっている。
ルイズは、敗北という言葉に、顔色を変えた。
つまり、死ぬということだ。この人たちは、それが怖くないのだろうか?
ウェールズとさらに二言三言交わしていた、バリーと呼ばれる老メイジが、ルイズたちに近付いてきて、微笑んだ。
「これはこれは大使どの。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、バリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。
たいしたもてなしもできませぬが、今夜はささやかなる祝宴が催されます。是非ともご出席下さいませ」
アンリエッタの手紙を読んだウェールズは、手紙の返却に快く応じた。
しかしながら、手紙はニューカッスルの城にあるので、こうしてニューカッスルへと向かっているのである。
大陸の真下は日が射さず、おまけに分厚い雲が視界を遮っている。
ややもすれば、簡単に頭上の大陸に座礁する危険があるため、反乱軍の軍艦は大陸の下には近付かないのだ。
「地形図を頼りに、測量と魔法の光だけで航海することなど、王立空軍の航海士にとっては雑作もないことなのだが……、
なに、貴族派、あいつらは所詮空を知らぬ無粋者さ」
ウェールズは得意そうに笑った。
やがて『イーグル』号は、大陸にぽっかりと開いた、黒々と大きな穴の下に到着すると、ゆるゆると上昇を始めた。『マリー・ガラント』号も後に続く。
穴に沿って上昇すると、そこはニューカッスルの秘密の港であった。
巨大な鍾乳洞の中を、真っ白い発光性のコケが覆っている。
鍾乳洞の岸壁に接舷し、港に降り立つと、大勢の人がウェールズたちを迎え入れた。王党派の生き残りたちであろう。
背の高い、年老いたメイジに近寄ると、ウェールズは声を張り上げた。
「喜べ、バリー!硫黄だ、硫黄!」
それを聞くと、集まった兵隊たちが、うおぉーッ!と歓声を上げた。
「おお!硫黄ですと!火の秘薬ではござらぬか!これで我々の名誉も、守られると言うもの!」
老メイジは、おいおいと泣きはじめた。
「反乱が起こってからは、苦汁をなめっぱなしでありましたが……、なに、これだけの硫黄があれば……」
にっこりとウェールズは笑った。
「王家の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」
「栄光ある敗北ですな!この老骨、武者震いがしますぞ!してご報告なのですが、叛徒どもは明日の正吾に、攻城を開始するとの旨、伝えて参りました」
「してみると間一髪とはまさにこのこと!戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」
ウェールズたちは心底楽しそうに笑いあっている。
ルイズは、敗北という言葉に、顔色を変えた。
つまり、死ぬということだ。この人たちは、それが怖くないのだろうか?
ウェールズとさらに二言三言交わしていた、バリーと呼ばれる老メイジが、ルイズたちに近付いてきて、微笑んだ。
「これはこれは大使どの。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、バリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。
たいしたもてなしもできませぬが、今夜はささやかなる祝宴が催されます。是非ともご出席下さいませ」
ルイズたちは、ウェールズに付き従い、場内の彼の居室へと向かった。
ウェールズの居室は、王子の部屋とは思えない、質素なものであった。
王子は椅子に腰掛けると、机の引き出しから、宝石が散りばめられた小箱を取り出した。
鍵を開け、蓋を開けると、内側にアンリエッタの肖像が描かれている。
ルイズたちがその小箱を覗き込んでいることに気付いたウェールズは、はにかんで言った。
「宝箱でね」
ウェールズは小箱の中から一通の手紙を取り出すと、愛しそうに口づけた跡、開いてゆっくりと読みはじめた。
何度もそうやって読まれたらしい手紙は、すでにボロボロであった。
読み返すと、ウェールズはふたたびその手紙を丁寧に畳み、封筒に入れ、ルイズに手渡した。
「これが姫からいただいた手紙だ。何より大切な手紙だが、姫の望みはわたしの望みだ。この通り、確かに返却しよう」
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出航する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」
ルイズは、その手紙をじっと見つめていたが、そのうちに決心したように口を開いた。
「あの、殿下……。先ほど、栄光ある敗北とおっしゃってましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」
ルイズは躊躇うように問うた。しごくあっさりと、ウェールズは答える。
「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万にひとつの可能性もありえない。我々にできることは、はてさて、勇敢な死に様を連中に見せつけることだけだ」
ルイズは俯いた。この王子様はきっと、自分が一番に死ぬつもりなのだ。
「殿下……、失礼をお許し下さい。恐れながら、申し上げたいことがございます」
「何なりと、申してみよ」
「この、ただ今お預かりしました手紙の内容、これは……」
「ルイズ」
その質問は行き過ぎだと思ったか、ワルドがルイズをたしなめる。
しかし、ルイズはかまわずに続けた。
この任務をルイズに申し付けたときの、アンリエッタの態度は、まるで恋人を案じているかのようで……。
それに、ウェールズの小箱の内側のアンリエッタの肖像。
いとおしそうに、手紙に接吻したときのもの憂げな表情。
つまり、アンリエッタとウェールズの関係は……
ウェールズは額に手を当て、言おうか言うまいか、少し悩んだ仕草をしてから、口を開いた。
「察しの通り、ぼくとアンリエッタは、恋仲であった。昔の話だ。とは言え、この手紙……、恋文が、ゲルマニアの皇室に渡っては、なるほどまずいことになる。
なにせ彼女は、始祖の名において、永久の愛をわたしに誓っているのだから」
始祖の前に誓う愛は、婚姻の誓いなのだ。
この手紙が白日の下に晒されたら、アンリエッタは重婚の罪を犯すことになってしまうだろう。
ゲルマニアの皇帝は、重婚を置かしたアンリエッタを許すまい。
となれば、婚約は解消、同盟相成らず。
トリステインは一国にて、貴族派の連盟に立ち向かわねばならなくなる。
「なにぶん、子供のしたこと。それが後々どのような影響を持つかなど、考えもしなかった。愚かなことだ」
自嘲気味に、ウェールズは笑った。
子供のしたこと。
ウェールズは、アンリエッタとの関係を『昔の話』と切り捨てていた。
しかしルイズには、そうは思えなかった。
アンリエッタも、ウェールズも、今でもお互いのことを想い合っているに違いない。
ルイズは、熱っぽい口調で、ウェールズに言った。
「殿下、亡命なされませ!トリステインに亡命なされませ!」
ワルドが、ルイズの肩に手を置いた。しかし、ルイズの剣幕は収まらない。
「お願いでございます!わたしたちとともに、トリステインにいらしてくださいませ!」
「それはできんよ」
ウェールズは笑いながら答えた。
「殿下、これはわたくしだけの願いではございませぬ!姫さまの手紙には、そう書かれておりませんでしたか?姫さまが、ご自分の愛した人を見捨てるはずがありません!
おっしゃってくださいな、殿下!姫さまは、手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」
ウェールズは首を振った。
「そのようなことは、一行も書かれていない。姫と、わたしの名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも、亡命を薦めるような文句は書かれていない」
ウェールズは苦しそうに言った。
その口ぶりから、ルイズの指摘が当たっていたことがうかがえた。
ウェールズは、アンリエッタを庇おうとしているのだ。臣下のものに、アンリエッタが情に流された女と思われるのがいやなのだろう。
「殿下!」
なおも食い下がるルイズに、ウェールズは優しく微笑んだ。
「それに、これは、我々の名誉をかけた戦いなのだ。滅びゆく王家が、最後の勇気を見せつけねばならんのだ。ラ・ヴァリエール嬢。きみも貴族なら、わかってくれるね」
名誉。
それは、貴族が最も大切にしなくてはならないものだと、ルイズは常々教わってきたし、またその通りだと考えてもいた。
名誉を引き合いに出されると、ルイズはもう、何も言えなくなってしまう。
ルイズは、寂しそうに俯いた。
ウェールズは、ルイズの肩を優しくぽんぽんと叩く。
「きみは、正直な女の子だな。しかし、真っすぐなばかりでは大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」
それから机の上に置かれた、魔法の水時計をちらりと見やる。
「そろそろ、パーティの時間だ。君たちは、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」
ルイズとティトォは、部屋の外に出た。ワルドは残って、ウェールズに一礼した。
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」
ワルドはウェールズに、自分の願いを語って聞かせた。ウェールズはにっこりと笑った。
「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」
ウェールズの居室は、王子の部屋とは思えない、質素なものであった。
王子は椅子に腰掛けると、机の引き出しから、宝石が散りばめられた小箱を取り出した。
鍵を開け、蓋を開けると、内側にアンリエッタの肖像が描かれている。
ルイズたちがその小箱を覗き込んでいることに気付いたウェールズは、はにかんで言った。
「宝箱でね」
ウェールズは小箱の中から一通の手紙を取り出すと、愛しそうに口づけた跡、開いてゆっくりと読みはじめた。
何度もそうやって読まれたらしい手紙は、すでにボロボロであった。
読み返すと、ウェールズはふたたびその手紙を丁寧に畳み、封筒に入れ、ルイズに手渡した。
「これが姫からいただいた手紙だ。何より大切な手紙だが、姫の望みはわたしの望みだ。この通り、確かに返却しよう」
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出航する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」
ルイズは、その手紙をじっと見つめていたが、そのうちに決心したように口を開いた。
「あの、殿下……。先ほど、栄光ある敗北とおっしゃってましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」
ルイズは躊躇うように問うた。しごくあっさりと、ウェールズは答える。
「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万にひとつの可能性もありえない。我々にできることは、はてさて、勇敢な死に様を連中に見せつけることだけだ」
ルイズは俯いた。この王子様はきっと、自分が一番に死ぬつもりなのだ。
「殿下……、失礼をお許し下さい。恐れながら、申し上げたいことがございます」
「何なりと、申してみよ」
「この、ただ今お預かりしました手紙の内容、これは……」
「ルイズ」
その質問は行き過ぎだと思ったか、ワルドがルイズをたしなめる。
しかし、ルイズはかまわずに続けた。
この任務をルイズに申し付けたときの、アンリエッタの態度は、まるで恋人を案じているかのようで……。
それに、ウェールズの小箱の内側のアンリエッタの肖像。
いとおしそうに、手紙に接吻したときのもの憂げな表情。
つまり、アンリエッタとウェールズの関係は……
ウェールズは額に手を当て、言おうか言うまいか、少し悩んだ仕草をしてから、口を開いた。
「察しの通り、ぼくとアンリエッタは、恋仲であった。昔の話だ。とは言え、この手紙……、恋文が、ゲルマニアの皇室に渡っては、なるほどまずいことになる。
なにせ彼女は、始祖の名において、永久の愛をわたしに誓っているのだから」
始祖の前に誓う愛は、婚姻の誓いなのだ。
この手紙が白日の下に晒されたら、アンリエッタは重婚の罪を犯すことになってしまうだろう。
ゲルマニアの皇帝は、重婚を置かしたアンリエッタを許すまい。
となれば、婚約は解消、同盟相成らず。
トリステインは一国にて、貴族派の連盟に立ち向かわねばならなくなる。
「なにぶん、子供のしたこと。それが後々どのような影響を持つかなど、考えもしなかった。愚かなことだ」
自嘲気味に、ウェールズは笑った。
子供のしたこと。
ウェールズは、アンリエッタとの関係を『昔の話』と切り捨てていた。
しかしルイズには、そうは思えなかった。
アンリエッタも、ウェールズも、今でもお互いのことを想い合っているに違いない。
ルイズは、熱っぽい口調で、ウェールズに言った。
「殿下、亡命なされませ!トリステインに亡命なされませ!」
ワルドが、ルイズの肩に手を置いた。しかし、ルイズの剣幕は収まらない。
「お願いでございます!わたしたちとともに、トリステインにいらしてくださいませ!」
「それはできんよ」
ウェールズは笑いながら答えた。
「殿下、これはわたくしだけの願いではございませぬ!姫さまの手紙には、そう書かれておりませんでしたか?姫さまが、ご自分の愛した人を見捨てるはずがありません!
おっしゃってくださいな、殿下!姫さまは、手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」
ウェールズは首を振った。
「そのようなことは、一行も書かれていない。姫と、わたしの名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも、亡命を薦めるような文句は書かれていない」
ウェールズは苦しそうに言った。
その口ぶりから、ルイズの指摘が当たっていたことがうかがえた。
ウェールズは、アンリエッタを庇おうとしているのだ。臣下のものに、アンリエッタが情に流された女と思われるのがいやなのだろう。
「殿下!」
なおも食い下がるルイズに、ウェールズは優しく微笑んだ。
「それに、これは、我々の名誉をかけた戦いなのだ。滅びゆく王家が、最後の勇気を見せつけねばならんのだ。ラ・ヴァリエール嬢。きみも貴族なら、わかってくれるね」
名誉。
それは、貴族が最も大切にしなくてはならないものだと、ルイズは常々教わってきたし、またその通りだと考えてもいた。
名誉を引き合いに出されると、ルイズはもう、何も言えなくなってしまう。
ルイズは、寂しそうに俯いた。
ウェールズは、ルイズの肩を優しくぽんぽんと叩く。
「きみは、正直な女の子だな。しかし、真っすぐなばかりでは大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」
それから机の上に置かれた、魔法の水時計をちらりと見やる。
「そろそろ、パーティの時間だ。君たちは、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」
ルイズとティトォは、部屋の外に出た。ワルドは残って、ウェールズに一礼した。
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」
ワルドはウェールズに、自分の願いを語って聞かせた。ウェールズはにっこりと笑った。
「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」
パーティは、城のホールで行われた。
簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰掛け、集まった貴族や臣下たちを、目を細めて見守っていた。
明日で自分たちは滅びるというのに、ずいぶんと華やかなパーティであった。
王党派の貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のために取っておかれた、さまざまなごちそうが並んでいる。
すっかり客が集まったと見ると、玉座のジェームズ一世がすっと立ち上がる。
若き王子ウェールズが、高齢の父王に寄りそうように立ち、その身体を支える。
陛下がこほんと軽く咳をすると、ホールの貴族、貴婦人たちが、一斉に直立した。
「忠義なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、このニューカッスルの城に立てこもった我ら王軍に、反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃が行われる。
この無能な王に、諸君らはよく従い、よく戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いはこれはもう、戦いではない。おそらく一方的な虐殺となるであろう。
朕は忠勇な諸君らが、傷つき、倒れるのを見るに忍びない」
老いたる王は、ごほごほと咳をすると、ふたたび言葉を続けた。
「したがって、世は諸君らに暇を与える。長年、よくぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を述べるぞ。
明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が、女子供を乗せてここを離れる。諸君らも、この艦に乗り、この忌まわしき大陸を離れるがよい」
しかし、誰も返事をしない。一人の貴族が、大声で王に告げた。
「陛下!我らはただひとつの命令をお待ちしております!『全軍前へ!全軍前へ!全軍前へ!』今宵、うまい酒の所為で、いささか耳が遠くなっております!はて、それ以外の命令が、耳に届きませぬ!」
その勇ましい言葉に、集まった全員が頷いた。
「おやおや!今の陛下のお言葉は、なにやら異国の呟きに聞こえたぞ!」
「耄碌するには早いですぞ!陛下!」
老王は、目頭を拭い、ばか者どもめ……、と短く呟くと、杖を掲げた。
「よかろう!しからば、この王に続くがよい!さて、諸君!今宵は良き日である!よく、飲み、食べ、踊り、楽しもうではないか!」
辺りは喧噪に包まれた。こんな時にやってきたトリステインからの客が珍しいらしく、王党派の貴族たちが、代わるがわるルイズたちの元へとやってきた。
「大使どの!このワインを試されなされ!お国のものより上等と思いますぞ!」
「なに!いかん!そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの!このハチミツが塗られた鳥を食してごらんなさい!うまくて、頬が落ちますぞ!」
そして最後に、アルビオン万歳!と怒鳴って去っていくのであった。
貴族たちは悲嘆にくれたようなことは一切言わず、ルイズたちに料理をすすめ、酒をすすめ、冗談を言ってきた。
そんな姿が、勇ましいというより、この上もなく悲しくて、ルイズは憂鬱になった。
この場の雰囲気に耐えられず、ルイズは会場を飛び出してしまった。
ティトォも、やや悲しそうな顔で、ワインをちびちびやっていた。
死を目の前に、生き生きと明るくふるまっている人々の姿は、死を失って、長い時を過ごしてきた彼らには、感じ入るものがあったのだ。
また、それとは別に、気がかりなこともある。
アンリエッタの『水のルビー』と、ウェールズの『風のルビー』
『星のたまご』と共鳴した、ふたつの宝石のことだ。
(あれは、星のたまごと近しいもの……。『星のたまごのかけら』かもしれない)
星のたまごがはじけたとき、まれに結晶の粒が残ることがある。
その結晶の粒は微細でも、超々爆発的な力を持っており、あらゆる方向のエネルギーとして利用ができると言われている。
(ここは、ぼくたちのいた大地とは違うけど、このハルケギニアの大地にも、同じような生命循環のシステムがあって……、星のたまごに相当するものも、存在しているのかもしれないな)
ふとティトォは思い出す。
あのふたつの宝石は、石の大きさが親指の先ほどもある、巨大なものだった。
あれほどの大きさの『かけら』は、ティトォも見たことがない。
なるほど王家の秘宝にもなるわけだ、とティトォは思った。
そんな風に考え込んでいると、後から肩を叩かれた。
振り向くと、ワルドが立って、ティトォをじっと見つめている。
「きみに言っておかねばならんことがある」
ワルドは、低い声で言った。
「なんでしょう」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
ティトォは、目を見開いた。あんまり驚いて、しばらくものが言えなかった。
「こんな時に?こんな状況で?」
「そう。是非とも、ぼくたちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。明日の決戦の前に、ぼくたちは式を挙げる」
ティトォはワルドの顔を見つめた。ワルドの顔は、自分の言葉を少しも疑っていないような、そんな顔だった。
ルイズは了承したのだろうか?とふと思ったが、失礼かと思ったので質問するのはためらわれた。
「でも子爵。『イーグル』号は、明日の朝一番に出航するんですよ」
「ぼくとルイズは、グリフォンに乗って帰る」
「グリフォンはあまり長い距離は飛べないんじゃ……」
「滑空するだけなら、話は別だ。ぼくとルイズの二人乗せるくらい、問題はない」
ワルドはもう、結婚式を挙げることを決めてしまったようだった。何を言っても譲りそうにない。
「はあ、それじゃあ……、ここで一旦お別れですかね」
「そうなるかな。短い間だったが、きみたちとの旅は楽しかったよ」
そういって、ワルドは笑った。
強引な人だなあ、とティトォは思った。
でも、貴族ってのは多少の差異はあれ、こういう人が多いのかもしれないな、とも思った。
簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰掛け、集まった貴族や臣下たちを、目を細めて見守っていた。
明日で自分たちは滅びるというのに、ずいぶんと華やかなパーティであった。
王党派の貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のために取っておかれた、さまざまなごちそうが並んでいる。
すっかり客が集まったと見ると、玉座のジェームズ一世がすっと立ち上がる。
若き王子ウェールズが、高齢の父王に寄りそうように立ち、その身体を支える。
陛下がこほんと軽く咳をすると、ホールの貴族、貴婦人たちが、一斉に直立した。
「忠義なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、このニューカッスルの城に立てこもった我ら王軍に、反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃が行われる。
この無能な王に、諸君らはよく従い、よく戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いはこれはもう、戦いではない。おそらく一方的な虐殺となるであろう。
朕は忠勇な諸君らが、傷つき、倒れるのを見るに忍びない」
老いたる王は、ごほごほと咳をすると、ふたたび言葉を続けた。
「したがって、世は諸君らに暇を与える。長年、よくぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を述べるぞ。
明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が、女子供を乗せてここを離れる。諸君らも、この艦に乗り、この忌まわしき大陸を離れるがよい」
しかし、誰も返事をしない。一人の貴族が、大声で王に告げた。
「陛下!我らはただひとつの命令をお待ちしております!『全軍前へ!全軍前へ!全軍前へ!』今宵、うまい酒の所為で、いささか耳が遠くなっております!はて、それ以外の命令が、耳に届きませぬ!」
その勇ましい言葉に、集まった全員が頷いた。
「おやおや!今の陛下のお言葉は、なにやら異国の呟きに聞こえたぞ!」
「耄碌するには早いですぞ!陛下!」
老王は、目頭を拭い、ばか者どもめ……、と短く呟くと、杖を掲げた。
「よかろう!しからば、この王に続くがよい!さて、諸君!今宵は良き日である!よく、飲み、食べ、踊り、楽しもうではないか!」
辺りは喧噪に包まれた。こんな時にやってきたトリステインからの客が珍しいらしく、王党派の貴族たちが、代わるがわるルイズたちの元へとやってきた。
「大使どの!このワインを試されなされ!お国のものより上等と思いますぞ!」
「なに!いかん!そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの!このハチミツが塗られた鳥を食してごらんなさい!うまくて、頬が落ちますぞ!」
そして最後に、アルビオン万歳!と怒鳴って去っていくのであった。
貴族たちは悲嘆にくれたようなことは一切言わず、ルイズたちに料理をすすめ、酒をすすめ、冗談を言ってきた。
そんな姿が、勇ましいというより、この上もなく悲しくて、ルイズは憂鬱になった。
この場の雰囲気に耐えられず、ルイズは会場を飛び出してしまった。
ティトォも、やや悲しそうな顔で、ワインをちびちびやっていた。
死を目の前に、生き生きと明るくふるまっている人々の姿は、死を失って、長い時を過ごしてきた彼らには、感じ入るものがあったのだ。
また、それとは別に、気がかりなこともある。
アンリエッタの『水のルビー』と、ウェールズの『風のルビー』
『星のたまご』と共鳴した、ふたつの宝石のことだ。
(あれは、星のたまごと近しいもの……。『星のたまごのかけら』かもしれない)
星のたまごがはじけたとき、まれに結晶の粒が残ることがある。
その結晶の粒は微細でも、超々爆発的な力を持っており、あらゆる方向のエネルギーとして利用ができると言われている。
(ここは、ぼくたちのいた大地とは違うけど、このハルケギニアの大地にも、同じような生命循環のシステムがあって……、星のたまごに相当するものも、存在しているのかもしれないな)
ふとティトォは思い出す。
あのふたつの宝石は、石の大きさが親指の先ほどもある、巨大なものだった。
あれほどの大きさの『かけら』は、ティトォも見たことがない。
なるほど王家の秘宝にもなるわけだ、とティトォは思った。
そんな風に考え込んでいると、後から肩を叩かれた。
振り向くと、ワルドが立って、ティトォをじっと見つめている。
「きみに言っておかねばならんことがある」
ワルドは、低い声で言った。
「なんでしょう」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
ティトォは、目を見開いた。あんまり驚いて、しばらくものが言えなかった。
「こんな時に?こんな状況で?」
「そう。是非とも、ぼくたちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。明日の決戦の前に、ぼくたちは式を挙げる」
ティトォはワルドの顔を見つめた。ワルドの顔は、自分の言葉を少しも疑っていないような、そんな顔だった。
ルイズは了承したのだろうか?とふと思ったが、失礼かと思ったので質問するのはためらわれた。
「でも子爵。『イーグル』号は、明日の朝一番に出航するんですよ」
「ぼくとルイズは、グリフォンに乗って帰る」
「グリフォンはあまり長い距離は飛べないんじゃ……」
「滑空するだけなら、話は別だ。ぼくとルイズの二人乗せるくらい、問題はない」
ワルドはもう、結婚式を挙げることを決めてしまったようだった。何を言っても譲りそうにない。
「はあ、それじゃあ……、ここで一旦お別れですかね」
「そうなるかな。短い間だったが、きみたちとの旅は楽しかったよ」
そういって、ワルドは笑った。
強引な人だなあ、とティトォは思った。
でも、貴族ってのは多少の差異はあれ、こういう人が多いのかもしれないな、とも思った。
真っ暗なニューカッスル城の廊下を、窓から月の光が照らしている。パーティの喧噪が遠くに聞こえる中、ルイズは窓に寄り添い、月を見上げて涙を浮かべていた。
どうして……、どうしてあの王子様も、臣下の貴族たちも、みんなみんな、死を選ぶのだろう。
滅びゆく王家に、最後まで忠義を尽くす。
立派なことだと思う。貴族として、誇りに思うべきなんだと思う。
でも、ルイズの貴族の部分はそれをわかっていても、女の子の部分の感性が、納得を拒んでいた。
「姫さまが、逃げてっていってるのに。……恋人が、逃げてっていってるのに」
そう呟くと、悲しい気持ちが大きくなって、涙があふれた。
ルイズは袖でぐしぐしと涙を拭い、窓から体を離すと、自分にあてがわれた部屋へと歩き出した。
ふと見ると、暗い廊下の向こうから、明かりが近付いてくるのが見える。
それは、燭台を手に持ったティトォであった。
「やあ」
ティトォはいつも通りの笑顔で、手に持った燭台をちょいと上げて、ルイズに軽く挨拶した。
廊下は暗いけど、きっとティトォには、泣きはらして目が真っ赤になっているのが見えている。
ルイズはそう思って、顔を伏せた。
ティトォがそんなルイズの様子を心配して近付いてくると、ルイズは前のめりになって、ティトォの胸にぼすんと頭を埋めた。
「とと……」
いきなり寄りかかられて、ティトォは少しバランスを崩したが、すぐに持ち直した。
さすがにこの状況で、後に倒れるのは男として情けない。
ティトォの見下ろすルイズの肩は、小さく震えていた。俯いた顔は見えないが、どうやら泣いているようだ。
「……どうして?」
ルイズが尋ねる。
いろんな意味が込められた「どうして?」だった。
どうして、あの人たちは死を選ぶの?
どうして、ああやって笑っていられるの?
どうして、あんたは。そんなふうにいつもどおりでいられるの。
ティトォは黙って、ルイズの頭を撫でてやった。
むずかる子供をあやすような、優しい手つきだった。
「貴族にとって名誉は何よりも大事よ。でも、姫さまはどうなるの?ウェールズ皇太子は、愛する人よりも名誉が大事なの?それが、立派な貴族なの?わたしもう、わけわかんない……」
ルイズは、まとまらない考えをこねまわしながら、頭をぐりぐりとティトォに押し付ける。
「アルビオン王家には、もう行き場がないんだよ」
ティトォは静かに言った。
「もしトリステインに亡命したなら、貴族派にトリステインへ攻め込む格好の口実を与えることになる。
ゲルマニアやガリアも、同じことさ。亡命を受け入れて、わざわざアルビオンを牛耳る貴族派を敵に回すような真似はしたくないだろう。
王党派を受け入れてくれる国はどこにもないんだ。とすれば、内憂を払えなかった王家にできることと言えば、討ち果てるまで戦うことくらいだ。
『誇りと名誉』を後の世に示す、と考えれば魂も慰められる」
ティトォの言葉に、ルイズはぎゅっと服のスソを握りしめた。
「……そんなの、ただの理屈じゃない。あんたの言葉、冷たいわ。貴族派がなによ。たとえトリステインに不利をもたらすとしても、姫さまはウェールズ皇太子の亡命を受け入れるにちがいないわ。愛してるんですもの」
「皇太子だって、姫殿下を愛してるよ。愛してるからこそ、身を引かなければならないこともある。姫殿下に、ひいてはトリステインに迷惑をかけることになるのは耐えられないんだ」
それは耳に優しい響きの言葉だったが、ルイズは気に入らなかった。
「ずいぶんとわかったような口をきくじゃない。あんたに皇太子の気持ちの何がわかるのよ」
「言葉や表情の断片から、その人となりを読み取るのは難しくないよ。人の心だって、その気になれば読める……」
ルイズはかっとなって、どんとティトォを突き飛ばした。泣きはらした赤い目で、ティトォを睨みつける。
「お利口さんなティトォ。理屈だけで、人の気持ちもなにもかもわかると思ってるのね。それって、すっごく傲慢だわ」
ティトォのそういうところが、ルイズはきらいだった。
ティトォだけじゃない。
姫さまを残して、勇敢なる死を選ぶ王子様。
自分のことしか考えてない、王軍の人たち。
男なんて、みんな傲慢だ。
「わたし、ワルドにプロポーズされたの」
ルイズは、ティトォの目を見ながら言った。
「わたしはそれを受けるかどうか、悩んでるわ。これは理屈じゃない、気持ちの問題よ。憧れていたのは確かだけど、自分の今の気持ちがわからないの」
ティトォは黙って、ルイズの言葉を聞いている。
ワルドは『結婚式を挙げる』などと言っていたが、ルイズはまだ悩んでいたのだ。しかし、ルイズの心は決まったらしい。
「でもね、今決めたわ。わたし、ワルドと結婚するわ。あの人、頼りがいがあるから、きっと安心ね。それに、あ、あ、あんたより、ず、ず、ずっと人間らしいもの」
ルイズは感情的になって、声が震えていた。
それだけ言うと、ルイズはくるりときびすを返し、暗い廊下をずんずんと歩いていってしまった。
ティトォはルイズの姿が見えなくなるまで見届けると、窓に寄りかかって、月を見上げる。
「……あんな言い方、冷たいって?」
ティトォが呟いた。まるで、誰かに話しかけるような口ぶりだった。
「ルイズとおんなじこと言わないでよ。ぼくだってわかってる。悲しくて、気持ちが荒んでたんだ。だからつい、あんなふうに言っちゃったんだ」
ばつの悪そうな顔をして、そんな言い訳がましいことを言う。
辺りは静まり返っていたが、ティトォには、声が聞こえていた。
それは、不死の身体の中に眠っている二人の言葉だった。
今、存在を許されていない二人の言葉は外の世界に届くことはなかったが、ティトォにははっきりと聞こえていた。
「理屈だけで考えすぎる、か。ルイズはああ言ったけど、それはぼくの一番の武器なんだ。でも……、きっとそれ、ぼくの悪いところでもあるんだろうな」
ティトォは小さくため息をついた。
どうして……、どうしてあの王子様も、臣下の貴族たちも、みんなみんな、死を選ぶのだろう。
滅びゆく王家に、最後まで忠義を尽くす。
立派なことだと思う。貴族として、誇りに思うべきなんだと思う。
でも、ルイズの貴族の部分はそれをわかっていても、女の子の部分の感性が、納得を拒んでいた。
「姫さまが、逃げてっていってるのに。……恋人が、逃げてっていってるのに」
そう呟くと、悲しい気持ちが大きくなって、涙があふれた。
ルイズは袖でぐしぐしと涙を拭い、窓から体を離すと、自分にあてがわれた部屋へと歩き出した。
ふと見ると、暗い廊下の向こうから、明かりが近付いてくるのが見える。
それは、燭台を手に持ったティトォであった。
「やあ」
ティトォはいつも通りの笑顔で、手に持った燭台をちょいと上げて、ルイズに軽く挨拶した。
廊下は暗いけど、きっとティトォには、泣きはらして目が真っ赤になっているのが見えている。
ルイズはそう思って、顔を伏せた。
ティトォがそんなルイズの様子を心配して近付いてくると、ルイズは前のめりになって、ティトォの胸にぼすんと頭を埋めた。
「とと……」
いきなり寄りかかられて、ティトォは少しバランスを崩したが、すぐに持ち直した。
さすがにこの状況で、後に倒れるのは男として情けない。
ティトォの見下ろすルイズの肩は、小さく震えていた。俯いた顔は見えないが、どうやら泣いているようだ。
「……どうして?」
ルイズが尋ねる。
いろんな意味が込められた「どうして?」だった。
どうして、あの人たちは死を選ぶの?
どうして、ああやって笑っていられるの?
どうして、あんたは。そんなふうにいつもどおりでいられるの。
ティトォは黙って、ルイズの頭を撫でてやった。
むずかる子供をあやすような、優しい手つきだった。
「貴族にとって名誉は何よりも大事よ。でも、姫さまはどうなるの?ウェールズ皇太子は、愛する人よりも名誉が大事なの?それが、立派な貴族なの?わたしもう、わけわかんない……」
ルイズは、まとまらない考えをこねまわしながら、頭をぐりぐりとティトォに押し付ける。
「アルビオン王家には、もう行き場がないんだよ」
ティトォは静かに言った。
「もしトリステインに亡命したなら、貴族派にトリステインへ攻め込む格好の口実を与えることになる。
ゲルマニアやガリアも、同じことさ。亡命を受け入れて、わざわざアルビオンを牛耳る貴族派を敵に回すような真似はしたくないだろう。
王党派を受け入れてくれる国はどこにもないんだ。とすれば、内憂を払えなかった王家にできることと言えば、討ち果てるまで戦うことくらいだ。
『誇りと名誉』を後の世に示す、と考えれば魂も慰められる」
ティトォの言葉に、ルイズはぎゅっと服のスソを握りしめた。
「……そんなの、ただの理屈じゃない。あんたの言葉、冷たいわ。貴族派がなによ。たとえトリステインに不利をもたらすとしても、姫さまはウェールズ皇太子の亡命を受け入れるにちがいないわ。愛してるんですもの」
「皇太子だって、姫殿下を愛してるよ。愛してるからこそ、身を引かなければならないこともある。姫殿下に、ひいてはトリステインに迷惑をかけることになるのは耐えられないんだ」
それは耳に優しい響きの言葉だったが、ルイズは気に入らなかった。
「ずいぶんとわかったような口をきくじゃない。あんたに皇太子の気持ちの何がわかるのよ」
「言葉や表情の断片から、その人となりを読み取るのは難しくないよ。人の心だって、その気になれば読める……」
ルイズはかっとなって、どんとティトォを突き飛ばした。泣きはらした赤い目で、ティトォを睨みつける。
「お利口さんなティトォ。理屈だけで、人の気持ちもなにもかもわかると思ってるのね。それって、すっごく傲慢だわ」
ティトォのそういうところが、ルイズはきらいだった。
ティトォだけじゃない。
姫さまを残して、勇敢なる死を選ぶ王子様。
自分のことしか考えてない、王軍の人たち。
男なんて、みんな傲慢だ。
「わたし、ワルドにプロポーズされたの」
ルイズは、ティトォの目を見ながら言った。
「わたしはそれを受けるかどうか、悩んでるわ。これは理屈じゃない、気持ちの問題よ。憧れていたのは確かだけど、自分の今の気持ちがわからないの」
ティトォは黙って、ルイズの言葉を聞いている。
ワルドは『結婚式を挙げる』などと言っていたが、ルイズはまだ悩んでいたのだ。しかし、ルイズの心は決まったらしい。
「でもね、今決めたわ。わたし、ワルドと結婚するわ。あの人、頼りがいがあるから、きっと安心ね。それに、あ、あ、あんたより、ず、ず、ずっと人間らしいもの」
ルイズは感情的になって、声が震えていた。
それだけ言うと、ルイズはくるりときびすを返し、暗い廊下をずんずんと歩いていってしまった。
ティトォはルイズの姿が見えなくなるまで見届けると、窓に寄りかかって、月を見上げる。
「……あんな言い方、冷たいって?」
ティトォが呟いた。まるで、誰かに話しかけるような口ぶりだった。
「ルイズとおんなじこと言わないでよ。ぼくだってわかってる。悲しくて、気持ちが荒んでたんだ。だからつい、あんなふうに言っちゃったんだ」
ばつの悪そうな顔をして、そんな言い訳がましいことを言う。
辺りは静まり返っていたが、ティトォには、声が聞こえていた。
それは、不死の身体の中に眠っている二人の言葉だった。
今、存在を許されていない二人の言葉は外の世界に届くことはなかったが、ティトォにははっきりと聞こえていた。
「理屈だけで考えすぎる、か。ルイズはああ言ったけど、それはぼくの一番の武器なんだ。でも……、きっとそれ、ぼくの悪いところでもあるんだろうな」
ティトォは小さくため息をついた。