あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無のパズル-12


港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で二日、アルビオンへの玄関口である。
港町でありながら、狭い峡谷の山道に設けられた、小さな町である。
人口はおよそ三百ほどだが、アルビオンと行き来する人々で、常に十倍以上の人間が町を闊歩している。
峡谷に挟まれた薄暗い街の一角に、はね扉がついた居酒屋があった。『金の酒樽亭』である。
ならず者がたむろする酒場で、しょっちゅう武器を付き合わせての喧嘩騒ぎが起きるので、
見かねた主人によって『人を殴る時はせめて椅子をお使い下さい』という張り紙がなされている。


さて、本日の『金の酒樽亭』は満員御礼であった。
「アルビオンの王様はもう終わりだね!」
「いやはや!『共和制』ってヤツの始まりなのか!」
「では『共和制』に乾杯!」
彼らは、アルビオンの王党派に付いていた傭兵たちである。王党派の敗色濃厚と見て、内戦状態のアルビオンから逃げ帰ってきたのだった。
そして、ひとしきり乾杯が済んだとき、はね扉が開いて、長身の女が一人現れた。
女はすみっこの席に腰かけると、ワインと肉料理を注文した。
女は目深にフードを被っているので、顔の下半分しか見えなかったが、それだけでもかなりの美人に見えた。
こんな汚い酒場に、こんなきれいな女が一人でやってくるなんて珍しい。店中の注目が、彼女に注がれる。
幾人かの男が、目配せしながら立ち上がり、女の席に近付いた。
「お嬢さん。一人でこんな店に入っちゃいけねえよ」
下卑た笑いを浮かべながら、男の一人が女のフードを持ち上げた。ひょお、と口笛が漏れる。
女が、かなりの美人であったからだ。切れ長の目に、細く、高い鼻筋。
女は『土くれ』のフーケであった。
フーケが男の手を、ぴしゃりと払いのけた。
すると一人の男が立ち上がり、フーケの頬にナイフを当てた。
「気の強いお嬢さんだ!でも気をつけなよ、ここは危ない連中が多いからな」
男はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべている。
しかしフーケはナイフに物怖じした様子も見せず、身体を捻り素早く杖を引き抜いた。
素早く呪文を唱えると、男の持ったナイフが、ただの土くれに変わり、ぼとぼととテーブルの上に落ちた。
「き、貴族!」
男たちは後じさった。マントを羽織っていなかったので、メイジと気付かなかったのである。
「わたしはメイジだけど、貴族じゃないよ」
フーケはうそぶくように言った。
「あんたたち、傭兵なんでしょ?」
「そ、そうだが。あんたは?」
年かさの男が口を開いた。
「誰だっていいじゃない。あんたたちを雇いにきたのよ」
フーケはそう言って薄い笑いを浮かべた。
その隣には、いつの間にそこに現れたのか、白い仮面とマントを身に纏った男が立っていた。


魔法学院を出発して以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。
ティトォとギーシュは付いていくのがやっとで、途中の駅で二回、馬を交換したが、ワルドのグリフォンはタフで、まるで疲れを見せていなかった。
「ちょっと、ペースが早くない?」
抱かれるような格好で、ワルドの前に跨がったルイズが言った。雑談を交わすうち、ルイズの喋りかたは昔のような丁寧なものから、今の口調に変わっていた。
ワルドがそうしてくれと頼んだせいもある。
「ギーシュもティトォも、へばってるわ」
「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだが……」
「無理よ。普通は馬で二日かかる距離なのよ」
「へばったら、置いていけばいい」
「そう言うわけにはいかないわ」
「どうして?」
ルイズは、困ったように言った。
「だって、仲間じゃない。それに……、使い魔を置いていくなんて、メイジのすることじゃないわ」
「やけにあの二人の肩を持つね。どちらかがきみの恋人かい?」
ワルドは笑いながら言った。
「こ、恋人なんかじゃないわ」
ルイズは顔を赤らめた。
「そうか。ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて知ったら、ショックで死んでしまうからね」
そう言いながらも、ワルドの顔は笑っている。
「もう、人をからかって」
ルイズはぷいと顔を背けてしまう。
ギーシュが恋人?冗談じゃないわ。
確かに顔は可愛いけど、キザだし、落ち着きがないし、はっきり言って趣味じゃない。
おまけに彼女いるし。モンモランシーが。フラれたみたいだけど。
じゃあティトォは?
そういえば、キュルケも姫さまもワルドも、彼の顔見ると『恋人?』なんて聞いてくるのよね。
そんなに恋人同士に見えるもんなのかしら。
そりゃまあ、四六時中一緒にいる男女なんて、恋人くらいのものかもしれないけど。
……そういえば、わたし今ティトォと同じ部屋で寝泊まりしてるのよね。
男の子と一緒に暮らしてるのに、よく考えたら、あんまり意識したことなかったわ。
なんでだろ?
使い魔だから?
わたしなんかよりずっと長生きしている、不死の人間だから?
違う世界の人だから?
……なんだか、そういうのじゃない気がする。
いい言葉が見つからないけど……、なんだか、ティトォのことは、よく分からない。
ルイズがもの思いに沈み、黙ってしまうと、ワルドがおどけた口調で言った。
「おや?ルイズ!ぼくの小さなルイズ!きみはぼくのことが嫌いになったのかい?」
その言葉に、ルイズは頬を染めた。
「だ、だって、親が決めたことじゃない。それに、もう小さくないもの」
ルイズは頬を膨らませる。
「ぼくにとっては未だに小さな女の子だよ」
ルイズは先日見た夢を思い出した。生まれ故郷のラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。
忘れ去られた池に浮かぶ、小さな小舟……。
幼い頃、そこで拗ねていると、いつもワルドが迎えにきてくれた。
親同士が決めた結婚……。
幼い日の約束。婚約者。こんやくしゃ。
あの頃は、その意味がよく分からなかったけど……、今ならはっきりと分かる。結婚するのだ。
「嫌いなわけないじゃない」
ルイズは、ちょっと照れたように言った。
「でもワルド、あなた、モテるでしょ?貴族の憧れ、魔法衛士隊の隊長さんだもの。何も、わたしみたいなちっぽけな婚約者のことなんか相手にしなくても……」
「ぼくは決めてたんだ。父と母が亡くなって……、領地を相続してからすぐに、ぼくは魔法衛士隊に入った。立派な貴族になりたくてね」
ワルドは笑って、ルイズの顔を見た。
「立派な貴族になって、きみを迎えにいくって、決めてたんだ」
その言葉に、ルイズは顔を茹だらせて、俯いてしまった。
ワルドのことは、そりゃ、嫌いじゃない。確かに憧れていた。
でも、ワルドはルイズにとって、遠い思い出の中の人だった。
ワルドのことは、夢に見るまでずっと忘れていた。
ワルドが魔法衛士隊に入ってからは、会うこともなくなっていたし、婚約だって、とうに反故になったと思っていた。
それがいきなり、婚約者だ、結婚だ、なんて言われても……、ずっと離れていた分、本当に好きなのかどうか、まだよく分からない。
「旅はいい機会だ」
ワルドは落ち着いた声で言った。
「いっしょに旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」


「もう半日以上、走りっぱなしだ。どうなってるんだ。魔法衛士隊の連中は化け物か」
ぐったりと馬に体を預けたギーシュがぼやいた。
隣を行くティトォも同じように、馬の首にぐったりと上半身を預けている。
なんだか疲れきっていて、言葉を返すのもつらそうだった。
そんなティトォに、ギーシュが声をかけた。
「ぼくもあまり体力ある方じゃないけど……きみはまあ、ずいぶんと貧弱だねえ。そんなんで使い魔が務まるのかい」
「馬なんて乗ったことないんだ。大目に見てよ」
ティトォは苦笑しながら返す。
「ねえ。港町に行くのに、なんで山に登ってるんだろ?」
ティトォがそう言うと、ギーシュが呆れたように言った。
「きみは、アルビオンも知らないのか?」
「ぼくは、住んでいるところからあまり離れたことがないんだ」
この言葉の半分は真実であった。
ティトォたち不死の三人は、ここ50年ばかり、天然結界の中に引きこもっていたのだから。
そのときだ。
ふいに、ティトォたちの跨がった馬めがけて、崖の上から松明が何本も投げ込まれた。
松明は赤々と燃え、馬を進める峡谷の道を照らした。
「な、なんだ!」ギーシュが怒鳴った。
いきなり飛んできた松明の炎に、戦の訓練を受けていない馬が驚き、前足を高々とあげて、ティトォとギーシュは馬から投げ出された。
と、それを狙って、ヒュウと風を裂く音がした。
「危ない!」
ティトォがギーシュを突き飛ばす。次の瞬間、ティトォの肩に矢が突き刺さった。
ティトォはその衝撃で、地面に倒れた。
ひ、とギーシュが息を呑む。
「敵襲だ!」
ワルドの叫びとともに、無数の矢が崖の上から放たれた。
「わっ!」
もはやこれまでと、ギーシュは思わず目をつむった。そのとき……。
一陣の風が舞い起こり、それはみるみる大きくなって、小型の竜巻となった。
竜巻は飛んできた矢を巻き込むと、あさっての方に弾き飛ばした。
グリフォンに乗ったワルドが、杖を掲げている。
「大丈夫か!」
ワルドの声が飛んだ。
「ぼ、ぼくは大丈夫です。でもティトォが……」
ギーシュは震えながら答えた。
「ティトォ!」
ルイズが叫ぶ。
ワルドは地面に横たわるティトォの姿を見ると、チッと小さく舌打ちをして、崖の上を睨みつけた。
ワルドが崖の上に向けて、杖を振るおうとすると……。
そのとき、ばっさばっさと、羽音が聞こえた。どこかで聞いたことのある羽音である。
崖の上から男たちの悲鳴が聞こえてくる。どうやら、いきなり自分たちの頭上に現れたものに、恐れおののいているようだった。
男たちは夜空に向けて矢を放ちはじめた。しかし、その矢は風の魔法で逸らされた。
次に小型の竜巻が舞い上がり、崖の上の男たちを吹き飛ばす。
「おや、『風』の呪文じゃないか」
ワルドが呟いた。
「ワルド!わたしを降ろして!」
ルイズは叫ぶと、グリフォンから飛び降りた。
ワルドはあわてて『レビテーション』の魔法を唱える。
ふわりと地面に降り立ったルイズは、倒れるティトォと、その隣でおろおろしているギーシュの元へ駆け寄った。
「ティトォ!」
「大丈夫、心配しないで」
ティトォは痛みに顔をしかめながら、むくりと起き上がった。
動く方の手でライターに火をつけると、たちまち炎がティトォの全身に燃え広がった。
肩に突き刺さった矢が、ボン!と炎に押されて抜けた。
ティトォの傷は、みるみる消えていく。回復魔法『ホワイトホワイトフレア』の力であった。
それを見て、ルイズはほうと安堵のため息をついた。ティトォの魔法をはじめて見るギーシュは、目をぱちくりさせている。

「そうよね。あんた、不死の体だものね。心配することなかったわ」
ティトォがライターの炎を消すと、身体を包んでいた炎も消えた。
ルイズがふと上を見上げると、ワルドのグリフォンの姿がなかった。どうやら崖の上で、襲撃者たちの相手をしているようだった。
「ワルド、大丈夫かしら……」
「大丈夫だと思うよ。あの人、強そうだし。夜盗なんかには負けないよ」
「どうして夜盗だって分かるのよ。アルビオンの貴族の仕業かもしれないじゃない」
「貴族……メイジなら、弓なんて使わないでしょ」
あ、そうか、とルイズは小さく呟いた。
「それに、メイジが大挙して来てたら、ぼくたち生きてなかったかもしれないよ」
「なに言ってんのよ。あんた、不老不死なんじゃない」
「いや……」
ティトォが、崖の上を見上げたまま言った。
「確かに、この体は不死身……、どんなダメージをくらっても生き返る。強力な魔法によって、ぼくらの魂がつなぎ止められているからね」
ティトォはそう言って、胸の中心に手を当てる。
「でも、同じく魔法の力なら、ぼくらの魂と不死の体を結ぶ鎖を、ぶっちぎることができるんだ」
「え」
魔法の力なら。それって。
ティトォはやや緊張した面持ちで、言葉を続ける。
「そう、この魔法がありふれているハルケギニアでは、この不死の体の優位性は、だいぶ失われているかもしれないね」
横にいるギーシュは、何が何やら分からず、ぽかんと二人のやり取りを聞いていた。
やがて崖の上の騒ぎが収まると、ワルドのグリフォンといっしょに、見慣れた幻獣が姿を見せた。
ギーシュが驚きの声をあげる。
「シルフィード!」
確かにそれはタバサの風竜であった。その背中に、シルフィードの主人のタバサの他に、見慣れた赤髪の宿敵の姿をみとめ、ルイズは一気に不機嫌になった。
「何しにきたのよッ!ツェルプストー!」
キュルケはシルフィードからぴょんと飛び降りると、優雅に髪をかきあげた。
「助けにきてあげたんじゃないの。朝方、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして、後をつけたのよ」
これはお忍びの任務なのよ、そんなこと知らなかったわ、などとやり合っているルイズとキュルケを尻目に、タバサはいつものように本のページをめくっていた。
キュルケに叩き起こされたままのパジャマ姿であった。
グリフォンが地面に降り立つと、ワルドは襲撃者のリーダー格とおぼしき人間を、三人ほどグリフォンの背中から突き落とした。
襲撃者たちは地面に投げ出され、口々にワルドたちを罵った。
「こいつらはただの物取りだそうだ。捨て置いてかまわないだろう」
そう言うワルドに、ルイズとの口論を切り上げたキュルケがにじり寄った。
「おひげが素敵よ。あなた、情熱はご存知?」
ワルドはちらっとキュルケを見つめて、左手で押しやった。
「あらん?」
「助けは嬉しいが、これ以上近付かないでくれたまえ」
「なんで?どうして?あたしが好きって言ってるのに!」
とりつく島のない、ワルドの態度であった。
「婚約者が誤解するといけないのでね」
そう言って、ルイズを見つめる。ルイズの頬が染まった。
「なあに?あなたの婚約者だったの?」
キュルケはつまらなさそうに言った。
キュルケはワルドを見つめた。
遠目では分からなかったが、目が冷たい。まるで氷のようだ。キュルケは鼻を鳴らした。
なにこいつ、つまんない、と思った。
ワルドはティトォに視線をやった。
「きみ、大丈夫なのかい?肩を射られたように見えたが」
「そうだよ!きみ!あの魔法はなんなんだい?傷を癒す炎なんて、はじめて見るよ!」
ギーシュも疑問をぶつけた。
ティトォは炎の回復魔法・ホワイトホワイトフレアのことを、二人が納得する程度に説明した。
その話を聞くと、ワルドもギーシュも、とても驚いたようだった。
目を見開いて驚く二人を見ると、キュルケはなんだか愉快になって笑った。
そうよ、やっぱりティトォの方がずっと面白いわ。
「許してちょうだい!ちょっとよそ見はしたけれど、あたしはなんたってあなたが一番心配だったのよ!」
キュルケがティトォにしなだれかかると、ティトォは困ったように笑った。
タバサはそんなキュルケを横目で見て、小さなため息をついた。
あれは友人の悪い癖であった。
ワルドは颯爽とルイズを抱きかかえ、ひらりとグリフォンに跨がった。
「今日はラ・ロシェールに一泊して、朝一番の便でアルビオンに向かおう」


一行は、ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした。
ワルドが『桟橋』で乗船の交渉に言っているあいだ、一行は一階の酒場でくつろいでいた。
といっても、ギーシュとティトォは一日中馬に乗ってクタクタになっていたので、机に突っ伏して、半分死んでいた。
男連中の情けない姿に、ルイズはため息をついた。
「まったくもう、しゃんとしなさいよね。みっともない」
「アウアウアー」
「アウアー」
もはやまともな返事すら帰ってこなかった。
キュルケは介抱を口実に、ここぞとばかりにティトォに擦り寄ろうとしたが、ルイズが油断なくキュルケの行く手をブロックした。
何度かの攻防ののち、キュルケは鼻を鳴らした。
「欲張りね、ヴァリエール。あなたにはあの子爵さまがいるでしょうに。ティトォまでそばに置いておきたいの?」
「違うわよッ!」
そんなんじゃない。
ティトォは確かに、今一番身近な男の子だし、優しく接してくれるけど……
なぜか彼と話していると、心に引っかかるものがある。
それが、ルイズにティトォと一定の距離を置かせるのだった。
だから、ティトォが他の誰かと付き合うことになったとしても、ルイズは多分、素直に祝福できるだろうと思っていた。
しかし……
「ツェルプストーの家には、小鳥一匹くれてやるわけにはいかないわ」
色ボケの家系(キュルケ曰く『恋する家系』だそうだが)であるツェルプストー家は、ヴァリエール家の恋人を誘惑し続けてきたのだ。
今から二百年前、キュルケのひいひいひいおじいさんのツェルプストーは、ルイズのひいひいひいおじいさんの恋人を奪ったのである。
さらに、ルイズのひいひいおじいさんは、婚約者をツェルプストーに奪われた。
さらにさらに、ひいおじいさんのサフラン・ド・ヴァリエールなど、奥さんを取られたのである。
そんなわけで、使い魔をキュルケに取られるようなことになったら、ご先祖様に申し訳が立たないのであった。
そうやって二人が睨み合っているところに、困った顔をしながらワルドが帰ってきた。
「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに……」
ルイズが口を尖らせる。
机に突っ伏した男二人は、内心喜んだ。これで明日は休んでいられる。
「どうして明日は船が出せないの?」
アルビオンに行ったことのないキュルケが尋ねる。
「明日の夜は月が重なるだろう?『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンがもっともラ・ロシェールに近付くのさ」
ワルドは鉤束を机に置いた。
「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋を取った。キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとティトォが相部屋」
そう言いながら、部屋の鍵をそれぞれに渡して行く。
「そして、ルイズとぼくが相部屋だ」
ルイズがはっとして、ワルドを見る。
「婚約者だからね、当然だろう?」
ひゅう、とキュルケが口笛を吹いた。
貴族の子女らしからぬ行為だったが、キュルケがやると妙に様になっていた。
「大胆ね。もっとも、殿方は強引なくらいがいいのかもしれないけど」
キュルケの野次に、ルイズは顔を耳まで真っ赤に染めた。
「そんな、ダメよ!まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」
ルイズはうろたえて、叫んだ。しかしワルドはルイズを見つめて、呟いた。
「大事な話があるんだ、二人きりで話したい。部屋で待っていてくれないか」


キュルケとタバサ、幽霊のようにふらふらしたギーシュ、俯いて顔を真っ赤にしたルイズは、それぞれの部屋に向かって行った。
後には、机に突っ伏してへばっているティトォと、その向かいに腰掛けたワルドが残された。
指一本動かせないほどの疲労が、ティトォの身体を机に縫い付けていた。
ホワイトホワイトフレアを使い、魔法の炎を身に纏えばこの程度の疲労は一瞬で回復するのだが、こんなことに魔法を使うのも情けない話なので、やめておいた。
ティトォはふと、何十年か昔のことを思い出していた。
『おいティトォ。聞いたぜ、もうすぐメモリア発つんだってな』
そうティトォに話しかけるのは、不死の体を手に入れてから出来た、かけがえのない友人、バレットだ。
『三人で話し合ったんだ、ぼくらだけで暮らそうって。今まで匿ってくれてありがとう』
『三人だけか、気をつけろよ。なんなら護衛でも付けるか』
『父ちゃん、護衛なんていらねーって。アクアやプリセラが千人分つえーよ』
無邪気に言うのは、バレットの幼い息子、グリンだ。
『ま、そりゃそーか』
『でもティトォも強くなんないとだめだぞ!』
『そうだ、お前はもっと強くなってから帰ってこい!』
『はあ……』
そんなやり取りを思い出して、ティトォは苦笑いした。
(魔法や『技』を鍛えることはしたけど……、やっぱもっと体力付けなきゃダメかな)
ワルドはティトォの前に、コトンとワインの入ったグラスを置いた。
「あ、ありがとうございます」
コップの中身をぐいと飲み干すと、ティトォはやっと上半身を起こし、ワルドに礼を言った。
ワルドの前にもワインの入ったグラスが置かれている。ワルドは人の良さそうな笑顔で、ティトォを見ていた。
「部屋、行かなくていいんですか?ルイズが待ってますよ。あ、でも、まだあの子学生だし、あんまり強引なのはどうかと思うんですけど」
ティトォは自分で言っておいてなんだけど、大きなお世話だよなあ、と思った。
しかしワルドは気分を害したふうもなく、ティトォに話しかけた。
「きみと話がしたくてね。使い魔くん」
「ぼくと?」
「フーケの一件で、ぼくはきみに興味を抱いたのだ。先ほどグリフォンの上で、ルイズに色々聞かせてもらった。なんでもきみは、系統魔法とは異なる理の魔法を使うそうじゃないか。
 実際、ぼくもこの目で見させてもらったが、いやはや驚いたよ。『火』が傷を癒すとはね。おまけにきみは、伝説の使い魔『ミョズニトニルン』だそうだね」
どうやらルイズは、不死の身体のことは黙っていてくれたようだ。しかし、おや?とティトォの心に疑問が浮かぶ。
誰が『ミョズニトニルン』の事を話したのだろう。それはルイズも知らないことのはずであった。
ぼくは歴史と兵に興味があってね。フーケを尋問した時にきみの話を聞き、王立図書館で調べたのさ。その結果『ミョズニトニルン』に辿り着いた」
「はぁ。勉強熱心ですね」
「ああ、何しろルイズの使い魔が、彼女と歳の近い男ときたもんだ。婚約者としては、気が気じゃなくてね。色々調べておかないと気が済まないのさ」
ワルドは冗談めかして言った。
「あはは。ぼくはルイズの使い魔です。そんなんじゃありませんよ」
ティトォは苦笑した。
「心配なら、なおのことルイズのそばにいてやった方がいいんじゃないですか。ぼくも部屋で休みます。もう、慣れない馬で疲れちゃって」
「待ちたまえ」
ティトォは席を立とうとしたが、ワルドがそれを引き止めた。
「使い魔というのは、契約の段階で主人への愛情と忠誠を植え付けられる。そうでなければ、野生の動物を側に置くことはできないからね。
 しかし、きみは人間だ。きみがそういった呪縛にかかっているようには見えない。ならば、人が人に仕えるには、何か理由があるはずだ。忠誠か、束縛か、それとも恋慕か……」
ワルドの顔からは先ほどまでの笑みが消え、真剣な表情になっている。
「魔法衛士隊の隊長なんてやっていると、色々汚いものも見ることが多くてね。いつの間にか、人の顔を読むのが得意になってしまった。だが……」
ワルドは、ティトォのその人形のような瞳を見つめた。
「きみの顔からは、なにも分からない」
ワルドとティトォの間に、しばしの沈黙が流れた。
「きみは、何を考えている?なぜ、ルイズに仕えているんだ?」
ティトォは、静かに席を立った。にこりと笑って、ワルドの問いに答える。
「ぼくはルイズの友達です」
それで説明としては十分だろう、と言った口ぶりだった。
「それじゃあもう、失礼しますね。ワイン、ありがとうございました」
ティトォが去っていくと、ワルドは小さく鼻を鳴らした。
得体の知れない少年だ、とワルドは自分のグラスのワインをぐいと飲み干した。


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