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雪と雪風_始祖と神(9)


 アルビオン艦隊は、戦列艦はわずかに一隻、全てを合わせても五隻という、不自然なまでに少数の布陣であった。
しかも、旗艦を除けば全てが輸送艦という、定石を無視した布陣である。
いかにアルビオンが空軍強国とはいえ、トリステイン艦隊が相手だとしても、数の論理で圧倒されかねない。

 そしてその旗艦、レキシントン号の艦尾に近い一角、艦長室の隣には、二人の少女が話の花を咲かせている。

「それでね、ミューズ。ワルドったら昨日もわたしの部屋に来て、なんて言ったと思う? 
"ルイズ、この花はね、死が二人を分かつまで、ともに咲き続けるんだ。そして、どちらかが命を失えば、もう一方も枯れてしまう。
愛しいルイズ、どうか、受け取ってくれないだろうか。僕と君とを死が分かつまで。ああ、愛しいルイズ、可愛いルイズ――" 
もう、最後のほうなんてわたしの名前を呼ぶばっかりで、仕方ないから、エア・ハンマーで吹き飛ばしてやったわ」

 ミョズニトニルンは相槌を打ち、愛想笑いを浮かべる。
「あなた、男運ないわねー。それと、そのミューズってのやめなさい。ハルヒでいいわ。べつに、ミス・スズミヤでもいいけど」

 ルイズの話に耳を傾けるのは、ミョズニトニルン、涼宮ハルヒであった。

 表面上は意気投合したように見せかけているが、はっきり言って、
涼宮ハルヒにとって、ルイズの話、それ自体はつまらない。まったくもって、聞く価値もない。
それは、ルイズもまたハルケギニアの常識的な人間だったからかもしれないし、
今のルイズが操られていたからかもしれない。
 しかし、それでも涼宮ハルヒがルイズの傍にいたのは、
ひとえにルイズが、伝説の虚無の使い手であるということを、ジョゼフやワルドから聞かされていたからであった。
涼宮ハルヒは始祖のオルゴールを託され、虚無の発動の鍵を握っている。
しかし、その大役が完全に自身の意思によるものではない、
任務として与えられたものであることが、彼女に割り切れない感情を抱かせていたのではあるが。

「つまんない……、わね。ハルケギニア……」
「そう? わたしは、これ以上に素晴らしい世界なんてないと思うけど?」
「そりゃあ、ルイズがそう思うのは自由よ。だけどあたしにとっては……。
魔法使いっていう超能力者だらけなんだもの。食傷気味にもなるわ。それに……ね」
「それに?」
「な、なんでもないわっ!」
「そう、ハルヒも、いるのね、そんな人が」
「そんなの気の迷いよ。体を持て余してるだけ」
「そう、かしら……」
 ルイズは窓から、遠くトリステインの方角を見やった。

 いっぽう、隣の部屋では、ワルド子爵がくだを巻いている。
「想定外……だった。アンドバリの指輪……、始祖の力で人の心をも操るというが、
言われてみれば確かにその通り、ルイズはアルビオン神聖皇帝に惹かれたのであって、
この僕に魅力を感じてなど、これっぽっちもいなかったのだ……。愛しいルイズ……、振り向いてくれ、ルイズ……」
 ワルドは三本目のワインを空けた。

 + + +

 アルビオン艦隊がトリステインへ向かっているとの情報が公式にもたらされたのは、
翌日の昼過ぎのことであった。急遽トリステイン全土から兵がかき集められる中、
魔法学院にも伝令の使い魔が飛ばされ、その事実が学院中に知れ渡ることとなる。

「来たな……。あとは、どこを上陸地点に選ぶかだが……」
 タバサの部屋には、タバサと長門、才人の三人が集まっている。
「二つ考えられる。一つは、ラ・ロシェール。港湾設備を奪取する。
もう一つは、トリステイン各地に点在する草原地帯のうちどれか。無防備な点から攻める」
「そんなところか……。ただ、艦隊がどこに向かうかが分からないと、俺たちも動けない。
スヴェルの月夜を過ぎて、アルビオンからトリステインまでは、それなりに時間がかかるだろうけど」
「状況は常に動いている。すぐにでも動けるよう、準備しておくべき」
「――そうだな。馬の準備はしておくか……」
 三人は連れ立って、女子寮塔の階段を降りる。

 すると塔を出たところで、ばったりとギーシュに出くわした。
「よっ、ギーシュ」
「やあサイト。両手に花じゃないか」
「なあギーシュ、分かってて言ってるのか?」
「すまない……今のは失言だ。ところで、聞いたかい? 
今、ギトーとシュヴルーズが話していたのを聞いたんだが、
やっぱりアルビオンの艦隊は、ラ・ロシェールに向かっているようだ」
「……そうか、やっぱりな」
「――サイト、きみは、戦場に向かうんだろう?」
「へっ、いや、俺は……」
「隠してもお見通しさ。なに、きみが薔薇だとすれば、その香りはルイズのためにあるようなもの。
どうせ、きみはルイズを助けに行くんだろう?」
「薔薇って言われても、俺はお前みたいな趣味はないぜ。ま、やろうとしてることは正解、ギーシュの言う通りだ」
 タバサが才人の服の裾を引く。
「話しても大丈夫だって。ギーシュに見透かされてるくらいじゃ、隠したって仕方がないよ」
「な、なにを言うんだい、サイト!」
「まあまあ。それで、どうするんだ、ギーシュは? トリステインに殉じるために、アルビオンを迎え撃ちにでも行くのか?」
「……すまないが、遠慮させてもらうよ。僕には僕で、守らなければならない女性がいるからね」
「モンモンか?」
「そうやって簡単に名前を出すものではないぞ、サイト。――ただ、僕も、きみとルイズが学院に戻ってくることを、祈ってるよ。
……ミス・タバサ、ミス・ナガト、サイトとルイズを助けてやってはくれないか」
 タバサと長門は、決まりきった動作で小さく頷いた。それが、彼女達なりの、意思の示し方なのだろう。
 ギーシュは右の手の平を高く掲げる。そして才人と手を打ち合わせ、乾いた音を立てると、塔の中へ去っていった。

「……ていうかギーシュ、女子寮塔に入ってったな。まあいいか――。でも、これで行き先は決まった。ラ・ロシェールへ――」

 + + +

 三人が馬を借りると、厩舎の外にはもう一人、馬に跨って待ち構えていた人物がいる。
「――キュルケ、やっぱり行くのか?」
「あたしもルイズを助けるのに協力するって言ったでしょう? もう、これ以上置き去りはごめんよ」
「ああ、悪かった……。そういやアルビオンに行ったときも、後から追いかけてきたんだもんな……」
「それで、ルイズはアルビオン艦隊についてきてるの?」
「ああ。長門さんが教えてくれた」
「そう――。さすがね、ユキ」

 長門有希はキュルケに目を合わせるだけで、言葉を返さない。
しかしキュルケは、彼女のそんな様子に満足し、にっこりと微笑みかけた。
「……それじゃあ、みんな揃ったところで、出発するか」
 その言葉に呼応し、タバサは自ら杖を掲げた。
才人はデルフリンガーを、キュルケと長門は杖を掲げ、馬上の四人は、ルイズを助け出すことを、改めて誓ったのだった。

 + + +

 しかし、四人がラ・ロシェールへの道のりの半分ほどを走ったところで、
なにやら前方から、長く蠢く人の帯が近付いてきたではないか。

「なんだあれ。ラ・ロシェールから逃げてでもきたのか?」
「……そうでもないみたいよ。――あれは、トリステインの旗……ね?」
「軍隊」
「どうしてこっちに?」

 その間にも、馬に跨った貴族の大群は、土煙を立て四人のいる場所へと向かってくる。
「ダーリン、とりあえず避けましょう」
「あ、ああ」
 踏み跡から馬を除けると同時に、轟音とともに、馬の波が街道を埋め尽くす。
四人はただ、彼らが通り過ぎるのを見守ることしかできない。
「――あれは姫様?」
「ウェールズ王太子もいたわよ」
 そして後には、元通り四人だけが取り残された。

 いや、軍団が駆け抜けた後にも、ぽつぽつと隊列から落伍した貴族たちが通り過ぎている。
「キュルケ、タバサ、長門さん。次に馬が来たら、どこへ向かうのか聞いてみよう。
アルビオンの艦隊を向かい撃ちに行くはずだ」
 才人の言葉に、他の三人も同意する。

 痩せ馬に跨る下級貴族が近付いてくるのを見つけると、
四人の中で唯一、家格を名乗ることのできる貴族であるキュルケが併走し、事態を問い質した。
「ミスタ、いったいどうされましたの? ずいぶんと急いでおられるようですけど?」
 下級貴族は息を切らせつつ、
「……ああ、謀られたんだ。もはやアルビオン艦隊には追いつけまい」
「何があったの?」
「奴ら、ラ・ロシェールに上陸すると見せかけて、素通りしたのさ。おそらく、兵を上陸させられる、適当な草原にでも降り立つつもりだろう」
「草原、ね。トリステインの方ではどこに目星をつけていて?」
「とりあえず一番近い、タルブの村に陣取るつもりだが、おれはもう本隊に合流できないな、はぁ……」
「ほらほら、頑張りなさいな。あなたも貴族でしょう? ――それじゃああたしは先に行くわ。ありがとね」
 キュルケは、速度を落とし離れて走っていた三人の元に戻り、得た情報を伝える。

 その内容に驚いたのは才人である。
「タルブだって?」
「あら、行ったことあるの、ダーリン?」
「いや、その、知り合いの平民が……」
「――しどろもどろになるってことは、女の子ね」
「ああ……、そうなんだ――」
「あらあら、ダーリンもこれで結構、情熱的なところがあるじゃないの」
「そんなんじゃないって。俺はルイズを助けに――。
だけど、シエスタにも世話になりっぱなしなんだ。放っちゃ置けない」
「それでいいのよ、ダーリン。その代わり、二人とも守るのよ」
「ああ。とにかく、俺たちもタルブへ向かおう。手遅れになる前に」
 四人はもと来た道を引き返し、途中、別の街道へと折れる。タルブまではそう遠くはない。

 + + +

 四人よりも先に到着し、タルブ村にほど近い平原に陣取っていたトリステイン軍は困惑していた。
なぜなら、空中に浮かぶ五隻のアルビオン艦が、トリステイン軍を見下ろしつつも、兵も降下させず、何の攻撃も放ってはこないのだ。
かといって、地上からの攻撃も、高度をとるアルビオン艦隊には届かない。
「アンリエッタ、どのような事情があるかは知らないが、このまま事が運べば、こちらの艦隊が間に合うかもしれないな」
「ええ、ウェールズ様。ですが、これが罠でなければよいのですが――」

 いっぽう、アルビオン旗艦、レキシントン号。
 事実、五隻という少なすぎる艦隊、そして、攻撃を仕掛けないこと自体が、罠の筈であった。
そして作戦は、伝説の系統・虚無に、完全に依存し切っていたのである。

「ねえ、ルイズ、その箱って本当にオルゴールなの? あたしには何も聞こえないけど」
「わたしには聞こえるわ。蓋を開けると、虚無の魔法が歌になって頭に流れ込むの。それになんだか、心地よくなるような……」
「まああなたが聞こえるって言ってるんだから、聞こえてるんでしょうけど。
ジョゼフが言うには、それが聞こえるのが虚無の証拠だって言うけど、なんだか胡散臭いわねー」

 ルイズとミョズニトニルン――涼宮ハルヒは、甲板に出て、トリステインの軍勢を見下ろしていた。
「あら、なんなら、イリュージョンの一発でも見せればいい?」
「あっ、それはダメ。ジョゼフに、最初の一発をトリステイン軍に放つまで、
絶対に他の魔法を使わせるなって言われてるの。ルイズ、精神力は大丈夫ね?」
「ええ。始祖のオルゴールを受け取って以来、何の魔法も使ってないわ。
アルビオン神聖皇帝のためだもの、多少の不便は忍ばなくちゃ」
 涼宮ハルヒは、おそらく心の底からそう考えているのであろう、ルイズの発言に戦慄する。
そして、自身がなぜか存在している、この夢のような、理解しがたい世界に対して溜息を漏らすのであった。
「純粋ねー、ルイズは。――そろそろトリステインの竜騎士隊や幻獣隊が来るでしょうけど、
そっちは無視して、トリステインの艦隊が来るまで待つのよ。小物はワルドに任せればいいわ。一旦、中に入りましょうか」

 二人が甲板の下に引っ込むと同時に、トリステイン側の竜、グリフォン、ヒポグリフ、マンティコア、それぞれの部隊が、
空を埋め尽くさんばかりに、アルビオンの五隻の艦へ突進するのを偵察員が確認する。
 しかし、その情報が全艦に伝達されると、アルビオン側、旗艦を除いた四隻の輸送艦は、艦にある全ての開口部を開け放ったのである。
 その中には、詰め込める限りの、アルビオンが誇る竜騎士隊が待機していた。

 旗艦からは黒い風竜に跨ったワルドが飛び立ち、竜騎士たちの先頭に立つ。
「ルイズ、見ていてくれ、僕の戦いを。そして、忘れないでくれ。きみには、きみを守る騎士がいることを――」
 しかしその頃ルイズは、ミョズニトニルンのハルヒとともに、ティータイムの真っ最中であった。

 突如としてアルビオン艦隊を覆った竜騎士に、トリステインの空中各部隊は、半ば恐慌状態に駆られていた。
「まさか……、艦隊決戦を捨てて、われわれだけを潰しに来たとでもいうのか――?」

 一説によれば、この戦法は後年、
ハルケギニアにおける大艦巨砲主義の終わりを先取りしたものであるとも指摘されているが、その評価は後世の歴史家に任せるとしよう。

 + + +

 そして、遅れて到着したタバサ、長門、才人、キュルケの四人は、まさにその大空中戦を、真下から見上げる形になった。
「始まってる、か――」
「どうするの、ダーリン?」
「まず村に向かう。この調子じゃ、相手の兵士が降りてくるのも時間の問題だろう」
 才人たちには、相手が端から降下を考えてなどいないことなど、知る由もない。

 しかし一行がトリステインの隊列から逸れ、タルブの集落にたどり着くと、村の人々は既にほとんど出払い、
わずかに大荷物を抱えた村人が、森の中の小道へ分け入っていくのを目にするのみである。
 才人はそのうちの一人に問いかける
「あの、どこに行くんです?」
「兵隊さんでしょうか?」
「うーん、ま、そんなもんかな」
「おお、よかった、よかった。これでこの村も守っていただける」
「ああ――、それで、村の人たちは、どこへ? 知り合いを探してるんだ」
「知り合いで?」
「シエスタっていうんだけど――」
「お、シエスタの知り合いですか。ということは、後ろの貴族様は、魔法学院の学生さまで?」
「ああ。俺は平民だけど」
「そうですか、そうですか。シエスタも、村の皆も、この奥のほこらに隠れておりますです。
着いてきてくだされ。馬は、引いてくれば大丈夫です」
 四人は、村人に連れられ、村の裏に広がる暗い森へと進み入った。

 しばらく木陰を進むと、突然視界が広がる。するとそこには、石造りながら、
それでいてどこか、才人や長門の世界の言葉でいえば、東洋風の雰囲気がただようほこらが鎮座しているではないか。
「ここが、村の守り神、竜の羽衣を祀ったほこらです」
「あ、ああ。ありがとう、案内してくれて」
 村人は一礼して去っていった。

「サイトさーん!」
 四人を見つけ、代わりに駆け寄ってきたのはメイドのシエスタである。
「シエスタ! よかった、無事か」
「ええ。……あの、助けに来てくれたんですね」
 シエスタは才人の両手を取る。
「え、ああ……、まあ……」
 するとシエスタは、才人の考えを見通していたように、
「ふふっ、分かってますよ。サイトの一番大切な人は、ミス・ヴァリエールですものね。
――でもわたし、嬉しいです。サイトさんが来てくれて。そう思うのは構わないですよね?」
「あ、ああ。……ごめん、シエスタ」
 そんな二人を観察しつつ、キュルケはタバサと長門に聞かせるようにして呟いた。
「あのメイドの娘、長生きするわね。燃え上がるような炎は感じないけれど、こうもしたたかだと、逆に尊敬しちゃうわ――」

「でもシエスタ、大丈夫なのか? いくら森の中とはいえ、上空から見たら、隠れていることになんてなりやしないぜ?」
「それは――、だいじょうぶなんです。竜の羽衣が、守ってくれていますから」
「竜の羽衣?」
「ええ。このタルブの村を守る、ご神体です。――こんなときですけど、見ていきますか? あのほこらの中です」

 才人は三人へと振り向き問う。
「どうする?」
「いい。どちらにせよ、わたしたちは艦隊まで達する手段を持っていない。無為に過ごすより――」
「タバサの言うとおり、見上げるばかりでどうしようもないんだよな……。見せてもらってもいいか、シエスタ」
「はい!」

 + + +

 シエスタに連れられほこらに入ると、家財道具を抱えた村人たちが、不安そうに身を潜めていた。
しかしそれよりも才人が釘付けにされたのは、ほこらの中央に安置されていた、竜の羽衣である。
長門有希でさえ、ぴくりと眉を動かす。
「これが……、竜の羽衣」
「はい」
 才人は思わず手を伸ばし、ご神体に触れる。すると、その武器についての情報が、波となって頭に流れ込む。

「こいつ……、動くみたいだ……」
 才人の得た情報を解説するかのように、長門有希が後ろで呟いた。
「……零式艦上戦闘機五二型」

「――タバサ、キュルケ、長門さん。この竜の羽衣があれば、ルイズを助けに行けるかもしれない」
「……あの、サイト――さん?」
「……シエスタ。これは、いったい?」
「はい、これは、わたしのひいおじいちゃんのもので……」

 シエスタは、曽祖父から何度も話し聞かされた昔話を、才人に語った。
かつてこの飛行機に乗って戦争に行き、気が付いたらハルケギニアのタルブに不時着していたということ、
タルブに骨を埋め、その曾孫がシエスタだということ――。

「そうか――。シエスタ、率直に言う。シエスタのひいおじいさんは、俺の国の人だ」
「――ええっ!?」
「驚くのは分かる。だけど、この竜の羽衣は、元々俺のいた世界にあった、空を飛ぶ武器なんだ。信じられないだろうけれど――」
「……サイトさんの言うことなら、わたし、信じます。でも、一つだけ、確かめさせてもらっても、いいですか?」

 + + +

 四人とシエスタは、ほこらを出、その脇にある、石造りの墓の前に立っていた。
「――海軍少尉佐々木武雄、異界に眠る……」
 ほぼ同時に、才人と長門有希の口から、墓に記された文面と全く同じ言葉が漏れ出た。
「……シエスタ、俺の世界の言葉だよ、これは」
 才人は小さく漏らす。
 長門有希も懐から一冊の文庫本を取り出すと、シエスタに差し出した。
「ミス・ナガト――? これは……。ええ……、わたしには読むことができませんが、
間違いなく、曽祖父が書き残したのと同じ文字です――。わたしたちには読めない文字で書かれた日記がありました……。
サイトさん、ミス・ナガト、やはりあなたたちは、ひいおじいちゃんとおなじ……」
「……ああ。このハルケギニアに迷い込んできたのは、俺や長門さんだけじゃなかったんだ」

 長門有希は皆から離れると、木陰に咲いていた小さな花を摘み取り、墓前へ供えた。
「長門さん……。俺もなにか……」
 すると長門有希は、地面に落ちていた小枝を拾い上げ、杖を差し向けると高速言語を詠唱する。
小さな枝は緑褐色の、細長い棒へと姿を変えていた。
「これを」
「……これは、お線香? ――キュルケ、火、借りていいか?」
「え、ええ。これでいい?」
 キュルケの杖の先に灯った火に、線香の先をかざす。
才人は線香を墓石の前に奉げると、両手を合わせる。長門有希も同様である。
「ダーリン、これは?」
「……俺の国の風習だよ。キュルケたちも、祈ることってあるだろう?」
「ええ……、そうね」
 始祖に祈るときと同じ形ではあるが、キュルケとタバサ、シエスタも、跪き、シエスタの曽祖父へと祈りをささげた。

「――サイトさん。ひいおじいちゃんの遺言があるんです」
「遺言?」
「はい。この墓の文字を読めたものに、竜の羽衣を与えるように、って。
……竜の羽衣は、才人さんとミス・ナガト、二人のものです」
「……いいのか? シエスタ。もちろん、この零戦があれば、俺はルイズを助けられるかもしれない。
だけど、君の、いや、君だけじゃない、この村の皆が大切にしているものを、俺が――」
「いいんです。サイトさんは、愛するミス・ヴァリエールを救おうとしているじゃないですか。
ひいおじいちゃんも、そのためならば、許してくれるはずですよ。――わたしが小さい頃、言ってました。
ひいおじいちゃんは、竜の羽衣で戦争に行ったそうですね。だけど、自分が戦ったのは国のためでも、
ましてや敵が憎いからでもない、守りたい人がいるからだ、って。
サイトさんには、守るべき人がいます。ただそれだけで、十分です」
「……わかった。シエスタ。きみのひいおじいさんの命、俺に預けてくれ」

 + + +

 シエスタが村人に事情を説明する中、才人は零戦に乗り込み、ほこらの扉が観音開きに開放される。
操縦桿を握ると、才人の全身に零戦の情報が流れ込んだ。
半世紀を経てなお、零戦の動作は完全である。唯一、燃料の残量を除けば。
「……長門さん、燃料がないんだ。ガソリンを錬金できないか?」
「――可能。タンクに水を詰めて。情報を再構成する」
「ちょっと、ユキ、水と油だなんていちばん遠いもの同士じゃない。そんな錬金、聞いたことないわよ?」
 キュルケの言葉は、メイジにとっては通常の感性に基づくものである。しかしタバサが、彼女の肩に手を置く。
「ユキを信用して。だいじょうぶ、できる」

「サイトさん、これでいいですか? ほこらに隠れるために運んであった飲み水です」
「……ああ、ありがとう。すまない、村の大切なものなのに。――見ててくれ、竜の羽衣が飛ぶ姿を」
「ええ!」
 長門有希がタンクの口に杖を差し込むと、タンクを満たした水が瞬間にガソリンへと変わる。
「……エンジンの始動を」
「よし……。生き返れ、竜の羽衣、そして俺に力を貸してくれ!」
 竜の羽衣は六十年の時を忘れたかのように、爆音とともに巨体をうならせる。
そして、才人がスロットルを開けると、ほこらに吹き荒れる強風とともにゆっくりと動き出した。
 緑色に輝く竜は、再びその姿を太陽の下へ露にする。
「竜の羽衣……、動いてる――」
 村人たちとともに、シエスタもまた、初めて目にする生きた竜の羽衣の姿に言葉を失う。

 だが零戦がほこらから出ると、才人は風防を開け、皆へと叫ぶ。
「……滑走距離が全然足りない! 飛ぶために広い場所が必要なんだ。なんとかならないのか?」

 すると長門有希が進み出た。
「わたしが空間を作る。許可を」
「……行ってきて。ルイズをよろしく」
「了解した。平賀才人、同行する」
 長門有希は零戦によじ登ると、操縦席の後ろに身を滑り込ませた。

「ダーリン、ユキ、頼むわよ! ルイズは目の前にいるんだから!」
「ああ! 三人で帰ってくるよ! 長門さんもだ。俺が守る」
 そしてタバサは、零戦へと歩み寄り、杖でエンジンエンジンカバーの上をなぞった。
するとそこには、一行の文字が浮かび上がっている。
「タバサ、それは?」
「シルフィード、風の精霊。空に舞う者への加護を」
「……そうか、ありがとう、タバサ」
 才人は、手を高く掲げる。
「よし、長門さん、頼む。やってくれ」
「了解した」
 長門有希が言葉を囁くと、竜の羽衣は、ほこらの前から消失していた。

「消えた……? ダーリンもユキも、いったい……」
「ユキの力。二人は絶対に戻ってくる」

 + + +

 才人と長門は、地平線の霞む、灰色の空間にいた。しかしその中に一本、光の点が線となって伸びている。
「長門さん、ここは……?」
「わたしの情報制御下にある空間。この線が滑走路。この飛行機械が高度をとると同時に、もといた空間へ飛び出す。発進を」
「……わかった。行くぞ、長門さん」
 二人を乗せた零戦は、一条の誘導灯に沿って速度を上げていく。
そして着陸輪が地面を離れ、脚が引き込まれたところで、二人の眼前に青空が広がった。


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