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零姫さまの使い魔 第十二話


それは、奇跡と呼ぶには余りにも不可解な状況であった。

敗走する連合を一飲みにせんと、ロサイス近郊まで迫っていた筈のアルビオン軍。
その彼らが行軍を停止してから、はや三日。

事態を不審に思い、密かに斥候に出た殿の部隊が、アルビオン軍の野営地で見たのものは
肩まで土中に埋められ、身動きが取れなくなっている七万の兵士達であった。

一体、何をどうすればこのような状況に陥るのか。
完全に衰弱している者、必死で這い出そうと悪足掻きを続ける者、
始祖ブリミルに祈りをささげる者、互いを口汚く罵り合う者。
兵達の態度は十人十色であったが、一介の傭兵から高級仕官に至るまで、
その地に居合わせた全ての者が、その身を土中へと沈めていた。

部隊を率いていたルイズ・フランソワーズは、ありのままを本営へと報告した。
とても現実とは思えぬ突飛な話に、首脳部も混乱をきたしたが、
圧倒的優位な状況にありながら動こうとしない敵軍自体が、彼女のもたらした情報の正しさを証明していた。

ともあれ、この一連の事態で、アルビオン軍は主力の大半を失い、連合に野戦を仕掛ける事は不可能となった。
戦いは瞬く間にアルビオン首都・ロンディニウムの攻防戦へと推移した……。

大勢は決した。
後に残ったのは、敗色濃厚のレコン・キスタと、補給に難を抱える連合が、
どこで事を手打ちにするかという、政略上の問題のみであり、
戦術面での価値を失った桃色髪の少女は、敵城の陥落を見る事なく、本国帰還の命を受けた。

伝説の虚無の担い手、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの初陣は
結局、ただの物見遊山のみで終わりを迎えたのだった……。

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「ほれ アンタ達が探してたのはこいつだろ?」

手の目が軽々と放った指輪を、キュルケが片手で受け取る。
三日前より幾分小さくなった深水色の宝石が、キュルケの手の中で怪しく瞬く。

水の精霊の力を宿したアンドバリの指輪。
二人が学院を長らく休み、戦乱のアルビオンを訪れたのは、この指輪を手に入れる為であった。

「そいつは人の子が扱うには 余りにとんでもない力を秘めた道具だ
 下手な欲は出さずに 無事に持ち主の下へ返してやっとくれよ」

「フン どの口が言うのやら……
 私から言わせれば あの廃人の記憶を覗いて
 見様見真似で指輪を使って見せたアンタだって 十分とんでもないと思うわよ」

「よしてくれや くどいようだが あっしのは只の芸さ」

どうかしら、とキュルケがシェフィールドを見やる。
風竜の背に拘束された女は、未だ心定まらずといった風の、憔悴した視線を地面に落としていた。
しばしの間、その様を見つめていたキュルケだったが、その内、ふと胸中の疑問を口にした。

「でも なんだってあんな回りくどい事をしたの?
 あの女がやったように 七万の兵士を丸ごと寝返らせた方が楽だったんじゃない?
 衰弱した四万の味方に加え 三万もの捕虜を抱え込んだんじゃ
 連合も城攻めどころじゃ無いでしょうに……」

「何でって……
 そこまでやっちまったら あっしもアイツと同じ 只の外道だろ?
 あっしは別に トリステインの味方ってワケじゃねぇし それに……」

「……それに 連合が勝ち過ぎない方が あなたには都合がいい?」

「!」

傍らのタバサの大胆な発言に、キュルケが思わず目を見張る。
一方、手の目はさして驚いた風も無く、タバサの問いを肯定した。

「まぁね……
 物事が順調に行き過ぎると 欲を出したくなるのが人の業ってもんさ
 トリステインのお偉いさん達が何を考えてるかは分からねぇが
 暫くは外征の余裕が無いぐらいのゴタゴタを抱え込んでいた方が お嬢のためにゃいいだろう」

言いながら、手の目はかぶっていた山高帽をとると、タバサの前へと差し出した。

「手間をかけるが こいつをお嬢に渡しといてくれるかい?
 あっしが持っているよりも よっぽど役に立つ筈だからね」

「……本当に このまま行く気?」
「そうよ 手の目!」

ずいっと、キュルケが会話に割り込んでくる。

「ルイズとの口論だって お互い演技だったんでしょ
 このまま本当に出て行ったりしたら あの娘 相当落ち込むわよ」

「別にあんな痴話喧嘩を気にしてるワケじゃァ無いよ
 ただ 成り行きとは言え お嬢の元には長居しすぎたからね
 今回の一件は丁度良い機会と思うのさ

 あっしも先の戦いじゃ 自分の未熟さを思い知らされたからね
 あちこち見聞を広げて 己が芸を磨き直してェのさ」

「……これから どうするの?」

「とりあえずはトリステインに戻って それから東かね……
 まあ 零戦の件もカタをつけなきゃならねェし
 その内に学院にも顔を出すようにするさ」

言うが早いか、手の眼は漆黒の外套を羽織り直すと
飄々と二人の前を通り抜けて行った。

「それじゃあ 元気でやっとくれよ お二人さん!」

「手の目ーッ ルイズには便りの一つも送ってやりなさいよ!」

キュルケの叫びに対し、手の目は振り向きもせず
彼女らしい鷹揚さで右手をひらひらと振って応えた……。

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「……それで アンタ達は手の目を黙って見送ったって言うの?」

学院の自室で事情を聞いたルイズは、実に恨みがましい視線を二人に向けた。

「しょうがないでしょ 彼女には彼女の意志があっての事だし
 それに 彼女をクビにしたのはあなた自身でしょ ヴァリエール?」

「だって あの時はああ言うしか……」

山高帽を受け取りつつ、ルイズが言い淀む。
ルイズが手の目と喧嘩別れしたのは、彼女を無事に逃す為の方便であり、ルイズなりの気づかいであった。
だが、小癪なる当の使い魔は、全て承知の上で狂言に乗り、
主人の預かり知らぬ所で無茶をやった上、一人で事態を解決して、颯爽と消えてしまったというのだ。
ルイズとしては、嬉しいやら情けないやら腹立たしいやら、
高ぶる感情のぶつけどころを失い、一人やきもきとするしか無かった。

「手の目 何だって私に一言も言わず……」

山高帽に視線を落とし、そこでルイズのぼやきが止まる。
何事かに気付いた二人も、思わず帽子を覗き込む。

「タバサ…… これ」
「あ」

ルイズが帽子の中から取り出した封筒に、タバサも驚きの声を洩らす。
おそらくそれは、手の目からルイズに宛てられた、別れの言葉であろう。

「手の目」

震える指先で手紙を取り出し、ゆっくりと紙面を開く。
手の目は一体、どのような想いを込めて、この手紙をしたためたというのか……。

「…………」

読めない。
まったくもって読めない。

書面には、毛筆を使って書かれたと思われる、伸びやかな異国の文字が踊っていた。
改めて考えると、手の目がハルケギニアの文字を勉強している姿を、ルイズは見た事が無かった。

「読めないわよこんなのッ!
 アイツ バカじゃないのッ!」

手紙を投げ打ち、ルイズが勢いよくテーブルを叩きつける。
突然の剣幕に、ビクン、と二人が身をすくめる。

「ルイズ 落ち着きなさいよ!」
「だって! だって……」

憤怒の形相でキュルケを睨み返したルイズだったが
そのうちに、徐々に瞳がうるみ始めた。

「だって こんなのあんまりじゃないッ!
 アイツはいつだって自分勝手で おせっかいで……
 私 この前のこと まだ謝ってもいないのに行っちゃうなんて」

支離滅裂な言葉を並べながら、ルイズはやがて、メソメソと泣き始めた。
情緒不安定な友人の姿に、キュルケとタバサは互いに顔を見合わせていたが、
意を決したキュルケが、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇルイズ 彼女と話をしたいのなら もう一度 呼び出してみてはどうかしら?」
「……え?」
「サモン・サーヴァント」

説明不足なキュルケの言葉をタバサが引き継ぐ。
思わずルイズが、あっと声を上げる。

「そう あなたと手の目は まだ正式な契約を結んでいない…… でしょ?
 そんな事は 長い学院の歴史の中でも異例の事態でしょうけど
 でも それならもう一度 彼女を召喚出来るかも知れないわ
 あなたと彼女の『縁』が まだ切れていないというのなら……」

キュルケの説明を聞き、ルイズの表情が翳る。
もし、魔法が失敗したら、
いや、あるいは、まったく別の使い魔が召喚されてしまったら……。

最悪な予想が胸中を巡り、ルイズは思わず身を震わせたが、
長考の後、きっ、と顔を上げて言った。

「……やる! やってみるわ
 それだけが アイツともう一度会える方法なら」

ルイズはおもむろに杖を取り出すと、瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸を始めた。
キュルケとタバサも部屋の隅に避けると、固唾を飲んで事態の行方を見守る。
やがて、落ち着きのある澄んだ声で、ルイズが詠唱を始めた。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
 五つの力を司るペンタゴン! 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

高まる魔力のほどばしりと共に、杖を前方にかざす。
膨大なエネルギーが徐々に形となり、ゆっくりとゲートの形を成し、そして……

「う うわあああァァ―――ッ!?」
「え? なっ きゃあああァー!」

どすん、と
突如、ゲートから転がるように飛び出してきた何者かが、
テーブルを蹴散らし、ルイズを勢い良く押し倒した。

「ぐっ…… てぇ~ 何なんだ 一体……?」
「そ それはこっちのセリフ……」

ようやく顔を上げたルイズの瞳が、乱入者の視線と交わる。
困惑した瞳を向ける、黒髪の異装の少年……。

――いや、かつてルイズは、ハルケギニアではない何処かで、確かにその少年と出会っていた。

色とりどりの魅惑的なネオン。
近代的なビルディングに不釣合いな、雑多な屋台。
血沸き肉踊る、奔放なパーカッション。
異形達が奏でる、百鬼夜行のパレード。
そして……、

「……サイト ヒラガサイト……なの?」
「え? お前……」

 ・
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 ・

「読めるよ この手紙」

長い長い状況説明の後、件の少年―― 平賀才人は、手の目の手紙を見て、そう言った。

「ほ 本当?」

「ああ やけ古めかしい文字だし 文章も妙に堅苦しいけど……
 でも これは間違いなく俺達の国の言葉だ」

才人の言葉に、ルイズの顔が華やぐ。
才人は一つ咳払いをすると、たどたどしい口調で手紙を読み始めた。

「え~……
 拝啓 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール殿……」



――拝啓、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール殿

 貴方がこの手紙を読んでいる頃には、貴方は既に、本当の運命の人と出会っている事でしょう。
先ずはその件、心より祝福致します。

 今更言う事でも御座いませんが、貴方と初めてお会いしたときから、手前には、この結末が見えておりました。
つまり、近い将来、貴方の前には本物の使い魔が現れ、偽者の私は貴方の元を去るだろう、と。
どちらが先になるかまでは分かりませんでしたが、要は、今がその時だった、それだけの事で御座います。

 尤も、運命に逆らうのも又運命、眼前に敷かれたレールに従う道理などは存在しない訳ですが、
どうにも手前には、今、この時こそが旅立ちの好機と思えるのです。
 王道を志す貴方と、芸に生きる私、長く寄り添う事は、互いの為にもならないでしょう。

 勿論、今生の別れという訳では御座いません。
佐々木氏の遺言の件も残っておりますし、各地を巡り、己が芸を見つめ直した暁には、
再びトリステインの地を踏もうと考えております。
その時には、酒の席にでも声を掛けて頂ければ幸いです。

 最後に、差し出がましい事では御座いますが、御二方の未来を先見した事を報告致します。
先が変わるといけないので詳しくは話せませんが、二人の未来は薔薇色だった、とだけ申しておきます。
今後も貴方の行く先には、様々な困難が付き纏う事でしょうが、自らの信念に従い進むならば、
きっと道は開ける事でしょう。

 それでは、短い間ではありましたが、本当にお世話になりました。
近い将来、貴方と再会する日を楽しみにしております。

                                               敬具――



(追伸―― 本当にどうしようもない時には、手前よりも、若旦那の方をお頼りなさい。
      ああ見えて、高貴なレディには甘い御方です。
      貞淑な態度で涙の一つも見せてやれば、ニヤケ顔で万事解決して下さる事でしょう。)

「――以上 終わり
 ……しっかし バラ色って言われてもなぁ」

「運命に逆らうのも運命 ねぇ
 どうするルイズ あいつを探す?」

「ううん……」

朗読が終わった後も、暫く手紙を見つめ続けていたルイズだったが
やがて顔を上げ、どこか吹っ切れたような表情を見せた。

「考えてみれば いつまでもアイツに頼りきりってのも冴えない話だし
 ヴァリエール家に飼い殺しにされる手の目ってのも サマにならないわよね……

 うん 決めたわ!
 覚悟しておきなさいよ 手の目
 いずれ 女王陛下はじめ居並ぶ国賓達の前で アンタの芸を披露してもらうわよッ!」

妙な情熱を燃やし始めたルイズに対し、キュルケとタバサは、やれやれといった風に顔を見合わせる。
そんな二人の事を気にもせず、ルイズは未だ状況が掴めていなそうな少年に視線を向けた。

「そんなわけだから 今日から宜しく頼むわ サイト!」

「え? あ ああ こちらこそ……」

親しげに差し出された右手を、おずおずと才人が握り返す。
ルイズは悪戯っぽい笑みを浮かべると、右腕に力を込め、一気に才人を引き寄せた。

「え ええッ!?」

吐息がかかるほどの至近距離での交錯に、才人の視線がドキリと止まる。

「――五つの力を司るペンタゴン この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」

短く詠唱を唱えると、ルイズはゆっくりと瞳を閉じた……。

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「……などと 格好つけて出てきたまでは良かったが」

店内の喧騒を尻目に、手の目が大きく溜息をつく。

「まさか路銀が足りなくて いまだにトリステイン国内にいるとは思うまい
 シエスタに連絡を取ってもらって 何とか住み込みの働き口こそ確保したものの……」

手の目が改めて自分の姿を見つめ直す。
いつもの仰々しい着物も、お気に入りの外套も、今は身に纏ってはいない。

フリルの付いたきわどいスカートから伸びる、カモシカのようなスラリとした足。
小ぶりながら形の良い胸元が、今にもこぼれ落ちんばかりに大きく開いた黒のビスチェ。
華やかなハイビスカスの髪飾りで結い上げられた、豊かで艶やかな黒髪。
大胆なスリットから露わになる、白磁のように白い背。

これで口さえ開かなければ、妖精と言っても差し支えないほどの可憐な少女の姿が、そこにあった。

「嗚呼…… こんな姿 お嬢にだけは見せられねェな」

「ほら 手の目 何をブツクサ言ってるのさ!
 とっととお客さんに酌しなさいよッ!」

「へェ! ただ今」

まとめ役の少女の剣幕に、ヤケクソ気味な愛想を振りまきつつ、手の目が店内を駆ける。

「やぁ お待たせしやした
 本日はあっしをお引き立て頂き まことに有難う御座んす

 おや若旦那 見ない顔だね
 こういった店は始めてかい?
 ああ そんなに硬くならなくても良いんだよ
 やれやれ 初心な御方だ

 うん あっしかい? あっしは手の目だ
 先見や千里眼で酒の席を取り持つ芸人だ
 親無し 根無しの浮草家業 あちこち旅をしてきましたが
 今じゃちょいと色々あってね ここの店で草鞋を脱いだって訳でさァ

 へぇ? ここの店に来る前の話しかい
 はてさて 一体どこから話したもんか……」

ちょっと小首を傾げながら、手の目が右手をかざす。
すると、たちまちその背が縮み始め、
若者が気付いた時には、ようやく十を過ぎたばかりといった風の
小便臭さの残る、こまっしゃくれた童女の姿へと変貌していた。

(手の目の十八番はむしろ、香り立つような色年増に化ける事だったのだが
 店のコンセプトから離れ過ぎているためか、客からの評判はすこぶる悪く
 現在ではそちらの芸は、店主から使用を禁じられていた)

「そうそう 丁度こんな頃合だ
 あっしも漸く座敷のイロハを覚え始めたばかりの 小生意気な餓鬼の頃だった

 あっしが今から話すのは そんな時分に巡り合った
 やたら奇妙な座敷での 長い長い一夜の噺だ

 へへ どういう訳だか あっしはこの店じゃ泣かず飛ばずでさァ
 若旦那さえ宜しければ 今宵は明け方まで とっぷりと御付き合い下さいやし……」


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