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零姫さまの使い魔 第十一話


「あっしは手の目だ
 先見や千里眼で酒の席を取り持つ芸人だ

 ……とまぁ こんな風な語りをするのも 今回が最後かも知れないね
 なにせ トリステインは国を挙げての大いくさ アルビオン遠征の真っ只中ってんだからさ

 このいくさに関して あっしから言うべき事は何も無ェ
 人には身の丈に合った役割ってェもんがあるからね
 御国の為に戦場を駆けるも 一命を賭して戦争を止めるも
 全ては誇りと信念を持った 愛国者の仕事だろうよ

 あっしら流れ者にゃァ とてもじゃないが そこまで出来るものが無ェ
 本当にやばい時には それこそ身一つでトンズラするってだけさ
 ……例えそれが 祖国のために捨石になろうとしている友人を見捨てる事でも だ

 いずれにせよ これほど話が大きくなっちゃぁ あっしは完全に役者不足さ
 名残は尽きねど お嬢との別れの時は近づいているようだ……」




「何やってるのかしら 私……」

乱痴気騒ぎの始まった酒場の一角で、ルイズが溜息をつく。
天幕の外では、次々と打ち上がる花火の輝きが、舞い散る粉雪を鮮やかに彩っている。
ルイズにとって初めての体験となる、異郷の地での降臨祭。
目に映るのは、とても戦場の一コマとは思えないような、底抜けに陽気で平和な光景ばかりであった。

「何ってそりゃあ『切り札』だろ? お嬢は
 切り札は 使わずに済むならそれに越した事は無ェのさ
 小競り合いは本職の皆々様に任せて デーンッと構えてりゃあいいのさっ……と!」

調子の良い事を言いながら、手の目がグラスを一息に呷る。
複雑な表情のルイズとは対照的に、こちらは偉く上機嫌である。
初めての降臨祭に浮かれているのか、トリステイン・ゲルマニア連合軍の連戦連勝を祝う心があるのかは知らないが、
とにかく彼女は、連合がシティ・オブ・サウスゴータに駐屯を決めた一週間前から、昼夜を問わずこんな調子であった。

「……アンタも少しは自重しなさいよ 私たちがここに来たのは……」

周囲の呼び声に気付いた手の目が、ルイズの説教を遮りながら立ち上がる。

「へへ…… どうやらお呼びがかかたようで」

ふらふらとおぼつかない足取りで、手の目が後方のテーブルへと向かう。
ほろ酔い気分の若者たちが、たちまち歓声を挙げる。

「やあ手の目 相変わらず色気の無い格好してるな」
「芸の前に酌を頼むぜ とびっきりのイイ女に化けてくれよ!」

「ったく 酷ェ事をいう太っちょだね 年増が好みってんなら…… これででどうだ?」

「ひえッ 母さん! やめろバカ 酔いが冷める」

半ば本気で飛びのく若者の有様に、再び どっ、と場が沸き返る。
少年騎士達の馬鹿騒ぎを、ルイズは口を尖らせて見ていたが、やがて空になった手元のグラスに目を移し、再び大きな溜息をついた。

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トリステイン・ゲルマニア連合による、アルビオン遠征の発布から三ヶ月。
その間、連合は大陸に上陸し、幾ばくかの局地戦と都市攻略戦を経て、
アルビオンの交易の要所である、シティ・オブ・サウスゴータを陥落するに至っていた。

降臨祭にかこつけた休戦協定の申し出があった事と、兵糧の補給のために、
それを受けねばならなかった事を除けば、驚くほど順調な行軍であった。

尤も、条約違反を侵してまで敢行した、先のトリステイン攻撃の失敗によって
レコン・キスタは拠るべき大義と虎の子の艦隊を失っている。
この上、兵力を総動員した二国の侵攻を受けては、反抗の余力が無いのも当然であった。
兵士達にとっては僥倖のような連戦連勝も、戦略家の目で見れば当然の結果と言えた。

本来ならば喜ばしい事態ではあるのだが、ルイズにはそれが堪らない。
わざわざ女王陛下が抜擢した秘密兵器として戦場に赴きながら、ついぞ今日まで出番が無かったのだから。
当然、軍内で彼女は、非常にどうでも良いような扱いを受けていた。
戦場を知らぬ深窓の令嬢に、ばさらな出で立ちの芸人のコンビとあっては、預けられた司令官の方がいい迷惑であろう。

出世の場を求めて護衛の任についた少年騎士達にも悪いことをした、などと、当初ルイズは殊勝にも考えたものだが。
彼らはいつの間にやら手の目と意気投合して、あの体たらくである。こうなるとルイズは溜息しかでてこない。

(せめて零戦があれば まだ状況も違ったのに)

実際、あのハルケギニア空戦史史上最強最速の機体が使えたならば、
八面六臂の活躍とまでは行かないまでも、偵察任務くらいはこなせた筈である。
だが、機体を預かるコルベールは、やれ弾が無いだの、燃料が無いだの、エンジントラブルだのと言って、
遂に飛行機を飛ばしてはくれなかった。

ルイズはコルベールの言葉を信じていない。
と、言うよりも、タルブの戦闘の際にはあれだけの無茶を押し通した手の目が
今回は実にあっさりと引き下がった、と言う事に疑問を感じていたのだ。

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「ねえ手の目 アンタはやっぱり この出兵は反対だったの?」
「ん~……」

漸く宴もたけなわに近づいてきたころ、グラスにワインを注ぎ直しながら手の目が答える。

「まぁ 反対っちゃあ反対だが そいつは一個人が言った所てどうこうなるもんじゃねぇだろ?
 幸い今回は勝ち戦だ お嬢が手柄を立てずにすめば それ越した事は無いと思うがね」

「それ どういう意味よ?」

「自分自身が一番分かっているんだろ?
 虚無の力に目覚めたまでは良かったが 今のところ アンタの力は戦場以外に使い道が無ェ」

「! それは……」

手の目の事も無げな一言に、ルイズが思わず凍りつく。
始祖ブリミルが、仇敵エルフを倒し、聖地を奪回するために模索した虚無……。
その力は、戦場以外では役に立たないのでは無いか、という疑念は、少なからずルイズの内にあった。

「こんな所で下手に活躍してみろ アンタ 一生戦場から離れられなくなるぜ
 一個の兵器として見るなら お嬢の魔法は伝説と言っても差し支え無いならね
 そうなっちまったら トリステインの平和は兎に角 アンタの平和はどうなっちまうんだい?」

「でも…… でも そんなのは考えすぎよ
 今回の出兵は あくまでレコン・キスタの脅威を取り除くためであって……
 そう あの聡明な女王陛下が たびたび戦争なんて繰り返す筈が無いわ」

「だが その女王も無欠じゃない
 トリステインは有力貴族の寄り合い所帯だし 
 政治の方は切れ者の大臣に仕切られてるってェ話じゃないか?
 彼らが一団となって出兵を要請したらば お嬢も姫様も無下に出来ない だろ?」

ルイズが絶句する。
政治になんぞ興味が無い、と言った風を装いながらも、手の目は見るべき所は見ていた。

「ただ この戦が無事に終わって 女王陛下の威信を高めることが出来れば 状況は変わる筈さ
 女王は今以上の権限と より強大な重責を負うことになる
 お嬢が本当に働かなきゃならねェのは それからじゃないのかい?
 女王陛下を公私に支える側近としてさ」

手の目の言葉は、確かに一理ある。
ルイズの望みはあくまで魔法を使えるようになる事であり、魔法で身を立てる事では無かった筈だ。
自身の力が平時に無用な乱を呼び込むだけならば、それを隠して生きる方が懸命であろう。
魔法の力が未熟であっても、誇り高く職務を全うしている貴族はいくらでもいるのだから。

だが……


「何故 今 このタイミングでそんな話を
 釘を刺して置かないと 私が無茶をしでかすとでも思った?
 それとも……」

ルイズが言葉を淀ませる。
手の目の忠告が、老婆心からくるおせっかいだと言うのならそれで良かった。
或いは、酔った勢いで舌を滑らせただけと言うのなら……。

だが、ルイズの邪推に対し、珍しく目を丸くしている手の目の表情を見れば
何か他に理由があるのは明白であった。

しばし、手元のグラスを傾けた後、やがて手の目が口を開いた。

「なんというかね…… 嫌な予感があったのさ
 この国に足を踏み入れた時から ずっとね あっしもうまくは言えねぇんだが……」

「アルビオンにいる間は 
 私に積極的に行動して欲しくないって そういう事……?」

「……ああ 出来る事なら このままつつがなく終戦を迎えて貰いてぇ
 実際アンタは動かなくても この戦はなんとかなりそうだしね」

「そう……」

「まあ忘れとくれよ 別に何が見えたって訳でも無ェ
 あっしにゃ先日以来 この国自体に苦手意識があったんだ
 今回の嫌な予感ってのは 多分にその程度のものさ」

「…………」

だが、ルイズは意識せずにはいられなった。
彼女もまた、手の目の言う『嫌な予感』を少なからず感じていたのだ。
初陣による緊張のため、或いは、軍内での微妙な立場から来る焦燥感であろうと
思いこもうとしていた、漠然とした不安感。
手の目の言葉は、ルイズの中に沈んでいた、形容しがたい悪寒を引き出すものであった。

「……それって」

その時、天幕が勢い良く押し開かれ、何者かが室内に転げるように飛び込んできた。
安穏とした空気を打ち破る喧騒に座が静まり、周囲の注目が乱入者へと集まる。

乱入者の正体は、トリステインの騎士と思しき男。
纏った外套からある程度の身なりの良さが窺えたが、その顔は貴族の優雅さが感じられない程にやつれ果てていた。
男はしばしの間、大きく肩で息をしていたが、やがて、幽鬼のように青ざめた顔を上げて、ゆっくりと口を開いた。


―― 男の言葉は、二人の少女が感じていた不吉な予感が、現実のものとなった事を告げるものであり、
   同時にそれが、トリステイン・ゲルマニア連合軍にとっての、悪夢の始まりとなった……。

 ・
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―― 連合軍四万の反乱

何一つの予兆もなく、突如巻き起こったその異常事態は、瞬く間にアルビオンの情勢を一変させた。
一夜の内に全軍の半数もの兵士の離反し、しかも、司令官は消息不明。
たちどころにして連合軍の前線は崩壊し、壊走を始める段になっても、悪戯に情報が錯綜するばかりであった。
反乱兵を吸収したアルビオン軍七万は、猛烈な追走を始めており、
連合は兎にも角にも、大陸より即時脱出を図らねばならない状況だったのだが、
その結論に到達する頃には、既に貴重な時を浪費し尽くしていた。

軍全体の壊滅を避けるため、首脳部は、一縷の望みにもすがらねばならない状況であった……。



「――で お嬢がその『一縷の望み』って言う訳だ」

「…………」

ルイズにも理解できない指令である。
僅かばかりの手勢を率いて、アルビオン軍七万を足止めしろなど、正気の沙汰ではない。
なにしろルイズは、作戦会議どころか、昨日までまともな指令一つ受けた事が無かったのだから。

唯一つ分かるのは、信じてもいない『伝説』の力を当てにせねばならない程、事態が逼迫している、と言う事である。

「手の目 前に言っていたわね アルビオンに来た時から ずっと嫌な予感があったって……」

「ああ…… こうしている今も はっきりと禍々しい気配を感じているよ
 この戦が終わるまでは 決してそちらの方には近寄ら無いようにと そう振舞ってきた
 今更言ってもしょうが無ェことだが あっしも見通しが甘かったようだ」

「そう……」

「……悪い事ァ言わねェ とっととズラかろうぜ お嬢
 お偉いさん方も 事ここに至って死んでくれたァ それこそ今更ってもんだろ?」

「私は貴族よ 手の目」

ルイズの一言が、二人の間に微妙な緊張感を生み出す。
人気の無い寒村、無人となった寺院の一角で、二人の瞳が交錯する。
四万の寝返りも、常軌を逸した命令も、全てはきっかけに過ぎない。
貴族と芸人、秩序の担い手と漂泊の民。両者のルーツに由来する、決して埋まらない溝。
最も重要な場面で、必ず齟齬をきたすであろう価値観の違い。それこそが、二人が感じていた不安の正体であった。


「言いたい事は分かるがよ それじゃあ犬死だよ
 ただ望みが無いってだけじゃねぇ アンタ 上層部の尻拭いのために捨て駒にされたんだぜ
 貴族の誇りをそんな風に利用されて 悔しくはなのかい?」

「誰が得するだとか損するだとか そんな事は関係ないわ
 一つだけ確かなのは 私が任務を達成できなければ 皆の命が失われるって事だけよ
 私の力は 戦場以外では使い道が無い…… そうだったわよね 手の目?」

「…………」

「その私が この場面で任務を放棄して それで生きられると思う?
 誇りを捨て 名誉を失った貴族には 惨めな末路が待つだけなのよ」

「そいつは視野狭窄ってもんだ
 失った名誉は 生き延びて挽回すればいいってェだけさ
 こんなところでおっ死んじまったら もう 名誉もクソも無いんだよ」

「……そんな事が言えるのは あなたがその程度の生き方しかしていないから
 命がけで守らねばならないものを持ち合わせていない 流れ者に過ぎないからよ 手の目!」

「!」

二人の人生を分かつであろう一言を、ルイズが放つ。

「去りなさい 手の目!
 あなたの存在は 一命を賭してこの場に残った兵士達の士気に関わるわ
 信念の無い人間が一緒では 始祖ブリミルの加護も届かないわ」

「ハンッ! ご立派なこって」

売り言葉に買い言葉で、手の目が語気を荒げる。

「こちとらハナッから心中する趣味は無ェさ!
 今度ばかりは流石のあっしも愛想が尽きたよ」

言うが早いか、手の目がクルリと身を翻す。ルイズは無言でその背を睨みつける。

「じゃあな! せいぜい七万の大軍相手に名誉とやらを貫いてみるがいいさ」

手の目は振り向きもせずに右手をひらひらさせ、足早にその場を後にした。

入れ違いに、件の少年騎士の一人が、二人の姿を交互に見合せながら近付いてきた。

「あれでいいのかい? これが今生の別れかもしれないんだぜ」
「いいの」

意外にも抑えの利いたルイズの声に、少年が目を見張る。

「アイツは妙に天の邪鬼な所があるから ああでも言わなきゃ素直に出ていかないわ
 私と違って アイツにはここに残る理由なんて無いんだから……」

手の目の去った後を、ルイズはしばし呆然と眺め続けた。

「さようなら…… 楽しかったわ 手の目」

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「あばよ ルイズお嬢さん
 アンタも随分と粋な計らいをするようになったもんだが
 それであっしをたばかろうたァ 十年早いね」

手の目が往く。

深く暗い森の中、道とも呼べぬ獣道を、勝手知ったる庭のように、右手を眼前にかざして突き進む。

「そう…… この大陸に渡った時から あっしはずっと 何か邪悪な気配を感じていた
 出来る事なら そいつにだけは近付きたくは無かったが こうなっちまえば話は別だ」

額に浮かぶ大粒の汗を拭う。
彼方から感じる悪意は、既に予感という次元を超えて、手の目の五体を苛むかのようですらあった。

「あっしの勘が正しければ 四万もの兵を一夜にして寝返らせたカラクリは この悪意の中心にある筈だ
 何が待ち受けてるかは分からねぇが うまくすれば 差し迫った危機をひっくり返せるかもしれねぇ
 ……こんな事を口にすれば アンタは意地でもついて来ようとしただろうがね」

手の目が天を仰ぐ。
辺り覆う枝の隙間から、沈みゆく太陽の輝きが彼女を照らす。

「……に しても 今回はちょっとばかし長居が過ぎたかね
 あっしも随分とお人好しになちまったもんだ……」

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 ・

――アルビオン軍本隊の野営地より、10リーグほど離れた山中。

生い茂る木々が避けるように、ぽっかりと開いた丘の中央、
そこには、悪意の元凶たる黒装束の女性が腰を下ろしていた。

「……なんだい トリステインの馬鹿どもは 折角の虚無を使い捨てにする気かい?
 物の価値を知らない奴らだねぇ」

何事か頷いた後、女が左手を頭上へと掲げる。
その掌に乗っていた蝙蝠のような奇怪な物体が、キィキィという金属音のような声を上げ、上空へと飛び立った。

ガーゴイル―― 魔力を動力源として動く機械人形。
眼前の黒衣の女が、その場に居ずにして戦況を把握できる理由がそれであった。

「――さて いい加減出てきたらどうだい? 覗き見とは趣味が悪いね」

「……アンタがそれを言うか?」

女の視線の先、枝葉をカサリと鳴らし、大木の影から手の目が姿を見せる。
心なしか、軽口にも緊張が籠る。無理からぬ事である。
手の目の推測が正しければ、彼女は今、連合四万を操り戦略を一変させた、異形の能力者と対面しているだから。

「まったく こっちから出向く手間が省けたと言うものさ
 お嬢ちゃん アンタ 一体何者だい?
 お前は常に トリステインの【虚無】の傍で 使い魔のように振舞っていたが
 その力は【右手】でも無ければ【左手】でも無いようでね?
 或いは まさか……」

「何ワケの分からねぇ事をくっちゃべってやがる
 あっしは手の目 只の…… 只の芸人さ」

「芸人……? フン まあ どちらでもいいか」

黒衣の女がゆっくりと左手を差し出す。
薬指には深水色の指輪、その怪しい輝きを見た瞬間、手の目の背に冷たいものが走った。

「折角だから こちらも自己紹介させてもらおう
 私は【ミョズニトニルン】のシェフィールド
 お前とは違う 正真正銘の【虚無】の使い魔さ!」

シェフィールドの言葉に呼応するかのように、指輪が徐々に輝きを増していく。
本能的に、手の目が右手を眼前にかざす。

「芸人と言ったね? 小娘
 お前の芸が 神の頭脳の前でどれほどの事をやれるか お手並み拝見と行こうじゃないか」

指輪の輝きは一層怪しさを増し、奔放に色を変えながら、一つのうねりとなって手の目を襲う。
まともに立っていられぬ程に背景が揺らぎ、本人の意思とは無関係に、動悸が激しさを増していく。
心を萎えさせ、見る者の思考を奪う先住の光。
並の人間であれば、五秒と持たず、その場にひれ伏していた事であろう……が、

「あっしを相手にまやかしたァおこがましい!
 手の目の刺青は伊達じゃ無ェぞ」


手の目の叫びと同時に、右手の刺青が閃光を放つ。
怪しき指輪の力は一瞬にして掻き消され、光の収束とともに、周囲に静寂が戻った。

「ほう……」
「察するに その指輪が今回の騒動のからくりってワケだ」

右手を前方にかざしつつ、手の目が左手で簪を引き抜く。
豊かな黒髪がふぁさと踊り、トレードマークの山高帽が、少女の影の上へと落ちる。

「そいつを こちらに渡してもらおうか……」

指輪の輝きを右手で遮りつつ、手の目がじりじりと間合いを詰める。

「……とっ組み合いなら 私に勝てると思っているようね」

「勝てるだろうさ 素人同士とはいえ場数が違わァ」

「フフン 認めるよ…… 一対一じゃあ 私には勝ち目が無い」

「! ……ッ」

跳びかかろうとした刹那、後頭部に強い衝撃を受け、手の目が昏倒する。
薄れゆく意識の中、状況を確認しようと、必死に身をよじらせる。
手の目の背後にあったのは、棍棒のように太い枝を携えた、一本の幹。

「まさ……か がぁ ご い……」

「ご明察 察しの鋭い芸人さんも こいつらの迷彩までは探れなかったようだね
 人の心を探れる力が 今度ばかりは仇となったようね」

シェフィールドが指を鳴らす。
巨木の枝が手の目の首根っこを掴み、そのままずるずると引きずると、
主人の眼前で、無理やり顔を引き起こした。

「安心なさい 折角のゲストだもの 
 そう簡単に殺したりはしないわよ」

シェフィールドが、胸元から小さな小瓶を取り出す。

「これが何だか分かる?
 アンドバリの指輪の力の一雫 万を超す人間をも意のままに操れる 精霊の力そのものよ
 貴方は随分と催眠に強いようだけれども これを直に口にしたならどうかしら?」

「…………」

「もう聞こえていないようね…… いいわ ゆっくりとお休みなさい
 良い夢を……」

シェフィールドはおもむろに小瓶の蓋を開け、手の目の鼻をつまむと
瓶の底に僅かばかり残っていた液体を、彼女の口中へと流し込んだ。

朦朧としていた手の目の意識は、そこで途絶えた……。

 ・
 ・
 ・

「フフ 余興の一つと思っていたアルビオンで とんだ拾い物をしたものさ
 私の見込んだ通り いや この娘の力は 私の予想を遥かに超える

 アンドバリの指輪の力を使えば 小娘の秘めた能力の全てを 余す所無く引き出す事ができる
 そして 神の頭脳に刺青の力が加わった今 もはや陛下の前に敵は無い

 トリステインの聖女だろうと ロマリアの糞坊主共だろうと こいつの刺青の前では隠し事は出来やしない
 彼奴等がどれ程陰険な謀を練ろうとも 私の人形の先見があれば どうとでも先手が取れるからね

 いや そんな生温いもんじゃ済まないよ
 未来の全てが見通せる以上 奴らの生殺与奪は全て私の中にあるってわけだ

 元々ミョズイトニルンの力ってのは 影働きでこそ真価を発揮するもの
 なぁに 邪魔者は片っ端から葬ってしまって構わない
 この世で代えが利かないものなんて 敬愛する陛下と私自身
 それに 私の可愛い人形だけだからねぇ

 謀略の一環で 残りの虚無が全て失われたとて それを惜しむ理由はない
 奴らの代用品は 世界の何処かにいるんだから
 手の目の千里眼に指輪の力が合わされば 全ての虚無を陛下の前に揃える事すら容易い
 フフッ そうなれば 世界を制すも滅ぼすも 全てがあの御方の掌の中って事さ

 フフッ 安心しなよ手の目ちゃん 
 全ての虚無を陛下の前にひっ立てた暁には お前は晴れて用無しだ
 陛下の慈愛を賜るのは 私ひとりの特権だからね
 その時には 貴方も前の主人の元に帰してやろう

 あの世で主従水入らず いつまでも幸せに暮らすがいいよ

 ふっ ふふ ふははは
 あはっ あはは あははははは!

 はははは ははははは! はははははははっ!
 はははははははははははははははははは はははははははははははは ははははははははははははは はははっ
 はははははは はははははははははははははははは ははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははは はははははははははははははははは ははははははははははは ははははははは
 ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……」

 ・
 ・
 ・

「……ら 手の目ってば」

「ん……」

耳元の反響に顔をしかめつつ、漸く手の目が瞳を開ける。

「やっとお目覚めのようね」
「お前ら……」

鉛のように重い頭を一つ振い、手の目が辺りを見回す。
彼女の目の前にいたのは、見覚えのある、赤毛と青髪の少女達だった。

「キュルケ…… それにタバサ
 アンタら どうして此処に……?」

「それはこっちの台詞よ
 奇怪な女の笑い声を聞いて飛んで来てみれば 森の中でアンタがぶっ倒れてるんだもの
 あんまり心配を掛けないでよね」

「女の……笑い声?」

手の目の問いに対し、タバサが無言で視線を向ける。
振り向いた先には、既に正気を失ったシェフィールドがいた。
キュルケ達に後ろ手に縛られた窮屈な体勢でも尚、女は潰れ枯れ果てた喉で、ケタケタと笑い声を挙げていた。

「アイツ 一体何者なの? あれはアンタがやったの?」
「ああ……」

二日酔いのように痛む頭部を抑えながら、手の目が状況を再確認する。

「その女の名はシェフィールド
 詳しいことは分からねぇが 四万もの兵士を一夜で寝返らせて
 連合を潰走へと追い込んだ黒幕さ」

手の目の言葉に、二人が思わず息を呑む。

「それで…… ルイズを守る為に アンタがアイツをやっつけたってワケ?」

「いや……
 敵は 万を超す大軍を指先一つで操ってみせる怪物さ
 まともに戦えば ハナっから勝ち目の無ェ事は判っていた
 あっしに出来たのは 助っ人が来るまでの時間稼ぎと囮役だけさ」

「助っ人?」

「そう 助っ人さ」

手の目が傍らの地面に視線を落とす。
そこには役目を終えた山高帽が、風に吹かれて転がっていた。

「助っ人が来てくれるかどうかってのは 一か八かの賭けだったんだが……
 やっぱりあの人は 存在そのものが反則だ
 本体はあちらの世界にありながら 影を通して全て解決しちまうとはね
 助けてもらったあっしにしてすら どっから先が夢だったのか 未だに分からねぇ
 あっしもどうやら まだまだ修行が足りねぇようだ」

要領を得ない手の目の言葉に、タバサが不信げな表情を浮かべる。
だが、隣で聞いていたキュルケには、何かしら閃くところがあった。
倒れこんだ手の目の姿を発見した時点で、キュルケは【彼】がこの場に居た事を確信していた。

「手の目 その人って……」

「まあ ちょっとしたジョーカーみたいな御方さ
 神の頭脳とやらも とんだババを引いちまったもんだ」

そこで言葉を切ると、手の目はしばしの間
自分の体を包んでいた、真っ黒な男物の外套を、愛おしそうに掻き抱いていた……。


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