あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

愛しのシェフィ01



(はて……)
 ミッシェルは、その若者の顔を見た時、一瞬誰であるのか、わからなかった。
 どうもどこかで見たような顔なのだが、名前が出てこない。
 どこかの客人、であるということは、まずない。
 確かに、何度も見たことがある顔なのである。
 答えはすぐそこまで出かかっているのだが、なかなか出てこない。
(誰だったか……。確かに、この城のかたに間違いないんだが……)
 ミッシェルはヴェルサルテイルの厨房で、コック長として勤めている。
 城の人間の顔は、王からメイドまで、よく見知っているはずなのだが。
 煩悶としているところへ、鈴の音を転がすような声が響き、ミッシェルの思考を中断させた。
「ご主人様、お茶の用意ができました。召し上がっていただけますか?」
 一人のメイドが、若者のそばへパタパタと寄っていく。
 格好は城のメイドたちと同じものだが、顔に見覚えがない。
(新しく入ったメイドか……)
 十五か、十六ほどの、ぱっちりとした瞳の可愛らしい少女だった。
 体つきは細身で、髪も瞳も真っ黒という、ガリアではずいぶんと珍しい容姿なのである。
 顔つきも、明らかに異国人のそれだった。
 しかし、表情はふんわりとして柔らかく、優しげな眼差しをしていた。
 内面の暖かさが、その顔に表れているらしい。
 城内の格好ばかり着飾った貴婦人連中にも、是非見習ってほしいくらいだ。
(……ふうん。これはいい娘らしいな)
 ミッシェルはひと目で、このメイドに好感を抱いた。
(それにしても、ご主人様? そんな風に呼ばれる、こっちのかたは……)
 と、ミッシェルは若者のほうへと視線を移した。
「……前から言ってるが、その、ご主人様というのはやめてくれ。どうも、勝手が悪い」
 若者は赤面しながら、小さい子供にでも言って聞かせるように、メイドに言った。
「は、はい。それじゃあ、ジョゼフ様」
 メイドは少しどもりながら、言い直した。
「ああ、そっちのほうがいい」
 若者はほっとした口調で笑った。
 それに釣られるように、少女もニッコリと笑った。
(ジョゼフ様?)
 と、もう一度若者を見やり、ミッシェルは驚いた。
(これは……確かに)
 よく見れば、確かにかのジョゼフ王子に間違いはなかった。
 しかし、メイドと対するジョゼフの顔は、明らかにミッシェルの見たことのない顔であった。
 ミッシェルの知るジョゼフは、王子にふさわしい美男子でありながら、どこか暗く、険を含んだ表情をした若者だったからだ。
 いや、ミッシェルだけのことではない。
 およそ、ジョゼフという若者を知るほとんどの人間は、同じような感想を抱くのではないか。
 それが、メイドと接する彼の顔は、丸く柔らかく、少年のようでいて、しかし、<男>の顔なのである。
 ミッシェルは、王子の無表情な仮面の下に、美しく輝く素顔を見たような気がした。
(あんなにも、変わるものかな。人間の顔というやつは……)
 ああしていると、ごく普通の若者である。 
 普通というには、少々顔の造作が良過ぎるけれど。
 二人の間柄はどうやら、王子とメイドというわけではなさそうだが、それをどうこういうのは野暮というものだ。
(昔から、別にない話でもないしな)
 ミッシェルは微笑をたたえて、そっとその場を離れていった。

 ガリアの第一王子ジョゼフについて、<妙な>噂が流れ始めたのは、春の祭が終わってしばらく後のことであった。
 ジョゼフに、一人の愛人ができたという噂である。
 若い王子のことであるから、別にそういった<夜伽>の相手がいることなどおかしくはない。
 その相手というのが、平民の娘らしいということも、存外珍しくはなかった。
 容姿の良いメイドなどが奉公先で主人の手つきになることは、よくある話だからである。
 何が妙なのかというと、ひとつはその愛人というのが、ガリアの人間ではないらしい……ということだ。
 それもトリステイン、アルビオン、あるいはゲルマニアといった近隣諸国の者というのではなく、遠方の地からきた蛮族の娘であるというのだ。
 ジョゼフは、悪い意味で有名な男である。
 王族でありながら、生まれてこのかた、まともに魔法が使えたことがないのだ。
 魔法大国ガリアにあって、これは致命的ともいえる欠陥だった。
 いや、ハルケギニアであれば、どこの国であっても同じことだろう。
 当然民衆の支持や人気はない。
 弟のシャルルが、百年に一人という天才であったこともそれに拍車をかけていた。
 ある意味で、その噂は<好意>を持って流れ、伝えられていた。
 無能王子と、蛮族の娘のラブ・ロマンスとして。

 茶を飲みながら、ジョゼフはぼんやりと花壇を見つめていた。
 そばでは一人のメイドがつきっきりで給仕をしてくれている。
 メイドの視線は、ジョゼフと同じく庭先の花壇へと注がれていた。
 ジョゼフと違い、その瞳には言うに言われぬ感動の輝きがあった。
 彼女の生まれ育った地では、ああいった情景はなかったらしい。
 そう、ジョゼフは考える。
 花の育ちにくい、痩せた土地だったのだろうか。
 ジョゼフにとって、あの花壇の花は見慣れたものでしかなかった。
 むしろ、嫌いであったとも言える。
 見事に咲き乱れる花々は、機嫌の悪いときにはまるで自分を嘲笑っているように思えたほどだ。
 けれど、この少女と一緒にいると、この花壇も何だか優しいものに見えてくる。
(勝手なもんだ……)
 自分自身呆れる他ない。
 しかし、こうやって落ち着いて花を見るなど、今まであっただろうか。
 思い返してみれば、そんな余裕はなかった。
(花だけじゃあない)
 ほっと落ち着いた時間といったものが今まであったであろうか。
 ようく考えてみれば、それもないのである。
 我がことながら、何ともはや薄ら寒い思いがした。
(俺は今まで、薄暗い氷室のようなところにいたのか……?)
 それはいささか大げさであるとしても、まるっきり的外れというわけでもなかろう。
 内心で冷や汗をかきながらも、横の少女を見ると氷の棘も溶けて消え去るような気がした。
 太陽の香りを持った少女だった。
 彼女という存在。
 それが人間ではないというのが、未だに信じられない。
 花壇の花を見ながら、ジョゼフは彼女を己がもとに召喚した時のことを思い出す。

 世間は、すでに冬を忘れ、春の陽気で浮かれ気味であった。
 伝統行事である春の祭が近いことも、理由のひとつであるかもしれぬ。
 けれども、そういった世間の浮かれ様とは裏腹に、ジョゼフの心は暗く沈んでいた。
 そも、この若者の心が明るく弾んだ日などあっただろうか?
 ジョゼフ・ド・ガリア。
 目の覚めるような美男子である。
 まだ少年の面影があるけれど、日頃馬術や武術で鍛えこんだ肉体は、見事な形を成している。
 今年で十八になるガリアの王子は、広いヴェルサルテイルの中、人気のない小部屋にいた。
 ジョゼフの前には、一個の小さな人形が転がっている。
 貴族の令嬢が遊び道具とするようなものではなかった。
 土をこねて焼き上げたのであろう、まったく原始的な土人形なのである。
 極めて素朴な、埴輪のようなものだった。
 こんな王城の中にあるより、古い古代の、それも蛮族の石室にでも置かれているほうがふさわしい。
 何故、このようなものがここにあるのか……。
 ジョゼフが、持ちこんだからである。
 もっときちんと説明するならば、ジョゼフがサモン・サーヴァントによって召喚したためだ。
「は、ははは……」
 ジョゼフは顔を引きつらせ、何とも言えぬ、ある種の狂気すら感じさせる笑みを浮かべていた。
 全身が、微かだけれど瘧にかかったように震えている。
「これが……こんなものが、俺の使い魔か?」
 喉を痙攣させるように、ジョゼフはつぶやいた。
 深い絶望のこもった声であった。
 主のつぶやきにも、土人形は答えることなく、床に転がったままだ。
「ふふ、ふふふ。なるほど、確かに俺に相応しい」
 ジョゼフは自虐的な笑みを浮かべて、土人形を拾い上げた。
 メイジの実力をもっとも如実に表すのが、使い魔である。
 それゆえに、使い魔召喚の魔法は神聖なものだ。
 メイジと使い魔は、ある意味で夫婦や恋人、親子以上に密接な絆で結ばれる。
 文字通り、死が両者をわかつまで、その絆は途切れることはないのだ。
「……コモンすらまともに扱えぬ俺が、まがりなりにも使い魔を召喚できたのだ。それだけで、十分なのかもしれんな」
 ジョゼフは自嘲をこぼし、土人形を見た。
 大国ガリアの王族、それも本来なら世継ぎとなるべき長兄に生まれながら、魔法が使えぬ無能者。
 それがジョゼフという人間だった。
 平民ならば、たとえば腕力が弱くとも、それを補える知恵があれば決して無能などとは呼ばれまい。
 算盤が苦手でも、手先が器用ならば職人としての道もあろう。
 何から何までこなせるという人間のほうが、むしろ少ないはずだ。
 しかし、魔法は違う。
 貴族の証である魔法が使えぬ貴族など、貴族とは呼べまい。
 言うなれば、算盤の使えぬ商人、武術も馬術も心得ぬ戦士のようなものだ。
 それでもなお、貴族であるというのなら、それはもはや単なる紛い物である。
(紛い物の王子には、お似合いの使い魔か……。それもいい)
 ジョゼフは濁った目で土人形を見つめ、契約の呪文を唱える。
「我が名は、ジョゼフ・ド・ガリア。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」
 古より伝わる儀式にのっとり、ジョゼフは人形にくちづけた。
 その一瞬後、ジョゼフがまったく想定していない事態が起こった。
 小さな爆発音にも似た音が響いたのである。
 ジョゼフはまた失敗して、いつもの爆発が起こったのかと思ったが、そうではなかった。
 土人形が人に変わったのである。
 黒い髪をした、人間の少女へと変化したのだ。
「うわ……!?」
 ジョゼフは叫ぶが、その叫びは少女が発した悲鳴によってあっさりとかき消された。
「うわっちちーーーーーーーーーーー!!」
 声をあげる中、少女の胸には使い魔であることを示すルーンが刻まれていた。
 つまり、コントラクト・サーヴァントの魔法は成功したことになる。
(なんだ、こいつは……?)
 ジョゼフは妖怪でも見るように、いきなり現れた少女を見る。
 年齢は十五、六か、あるいはもっと幼いかもしれぬ。
 少女は自分の胸のルーンを確認すると、すっとジョゼフを見つめた。
「お前は……誰だ?」
 そうジョゼフが問いかけると、少女は床に平伏をした。
「額への口づけと、乳房に所有の証の焼印をいただいてしまいました。今より私は、あなた様の奴隷でございます」
 何でもないように、そう言った。
 土人形が人間に変わる。
 まさか、マジック・アイテムだったのだろうか。
 そういえば、血を吸わせた人間とそっくりの姿と能力を得る魔法人形の話を古い書物で読んだことがあった。
 この少女も、そういった魔法人形の一種なのであろうか。
 しかし、話を聞くとどうにも頓珍漢であった。
 少なくとも、このハルケギニアとは異なる文化圏の者であることは間違いないようだ。
 未開の地の蛮族、というのが一番適当なのか。
「私は土地の首長の、八人目の娘でございました」
 彼女の自己紹介はこんな台詞から始まった。
「ある時山向こうの村に攻められて父が死に、季節が四回巡って年頃になった私を新しい首長が十一番目の妻にしてくださいました」
(一夫多妻か)
 ハルケギニアの貴族にも、実質そんな生活をしている者もいるが、あまりおおっぴらにすることはない。
 一応世間体というものがあるのだ。
「私が妻になってすぐに首長は死にました」
「また戦で?」
「いいえ、天寿でございます。首長は生涯に四十一度も春を巡ったそうでございます」
 簡単にそう述べる少女に、ジョゼフは文化の違い、育った環境の違いの大きさというものを感じた。
 彼女の部族は、極端に寿命が短いのか。
(そうとばかりも言えないか……)
 ものの本によると……。
 過酷で原始的な生活を送っている辺境の地に住む人間は、体は極めて頑強だが、その分寿命も短く、老化も早いということだ。
 平均寿命もせいぜい三十歳ほどだったという。
(すると、彼女らの感覚からすれば、四十一というのはかなり長生きの部類になるわけか……)
 ジョゼフは一人で考え、納得をする。
「首長は私にとてもよくしてくださったので、私は心をこめて冥土での奴隷となる土人形を造りました」
「それが、あの人形か?」
「はい」
 少女はうなずいた。
「でも、私は不器用で……。うまく作れなくて、他の妻たちに反対されてしまい、首長の室に入れてもらえませんでした」
 少女が恥ずかしげに言うのを、悪いと思いつつジョゼフは苦笑しそうになった。
 確かに、あれはひどく出来だった。
 そこらの子供のほうが、よほどまともなものを作るだろう。
「けれど、あきらめきれず、一人でこっそりと首長の室に入ったのです」
「それで……」
 なるほど、すると土人形には製作者の想念ともいうべきものが宿っているのか。
 では、人形を作ったというこの娘は?
 ジョゼフが未知への恐怖と好奇心をない交ぜにしながら、少女の言葉を待った。
「横たわった首長のお顔を見ていたら、悲しくて涙が止まらなくなりました」
 そう語る少女の視線は、ずっと遠く、おそらくは遥か遠くのものとなった首長の顔を思い返しているのだろうか。
 少女の顔はひどく綺麗で、悲しそうだった。
 よほど、その男のことを愛したに違いない。
 他人事であるはずのジョゼフの胸にも、何かしらジンとくるものがあった。
 そして、次に出てきた言葉は、
「……そのままうっかり眠りこんでしまって、そのうち室が閉じられて、息がつまって私は死にました」
 こういったものであった。
 悲惨な話だが、恥ずかしそうに赤面する少女の顔を見ると、今ひとつ重大さというものが感じられない。
 ジョゼフとしても、反応に困るものだった。
 さすがに笑う気にはならないのだが、大変だったなと肩を叩くのも、何か違うように思う。
「私の魂は人形に宿り、新しいご主人様をお待ち申し上げておりました」
 少女はそう締めくくって、
「よろしくお願いいたします」
 両手を床について、嬉しそうな顔でジョゼフに言った。
 こんなことが信じられようか。
 とはいえ、信じる信じないに関わらず、少女は目の前にいるのだ。
 はっきりと手に触れることのできる彼女は、幻でも妄想の類でもない。
 結局、ジョゼフは少女を受け入れることにした。
 自分の召喚によって、はるばる遠くからやってきたのだから、今さらいらんと言うわけにもいかぬ。
 それに、
(一度コントラクト・サーヴァントを交わしたメイジと使い魔は、死によってしか離れられぬ、というしな)
 能力的には平民の少女そのものだが、考えようによっては、そのへんの犬や猫よりも高等と言えよう。
 しかし、対面的なことを考えると、恥ずかしくもあるし、ややこしいことでもあるので、使い魔ということは伏せておくことに決めた。
 少女にシェフィールドという名前を与え、一応自分が専属として雇ったメイドということにしたのである。
 さすがに奴隷と公言してもらっては困る。
 いくら無能王子と呼ばれる自分でも、その悪名に加えて、鬼畜王子などとは呼ばれたくない。

 シェフィールドは、もとが素焼きの土人形でもあるにも関わらず、何事にも早く順応した。
 王宮内での作法はもとより、十日もしないうちに、簡単な文字の読み書きもできるようになったのである。
(もしかすれば、俺なんかよりも、ずっと頭がいいな)
 根が素直なので、知識の吸収や消化も早いのだろう。
 また、のんびり屋だが決して愚かではない。
 甲斐甲斐しくなんでもこなしてくれるので、ジョゼフのほうも、
(可愛いやつ……)
 と思わざるえない。
 本人たちは、お互いに納得し、仲良くやっていたわけだが。
 巷に、シェフィールドの噂が流れており、当然王宮内ではとっくに知れ渡っていた。
 使用人たち、ことにメイドたちはその手の噂を絶やさなかった。
 ある日突然に、どこの国の人間とも知れない相手が<同僚>となったのだから、無理もない。
 シェフィールドはジョゼフの直属なので、メイド長をトップとするメイドとしても異端であった。
 さらに、ジョゼフの部屋のすぐそばに個室を与えられ、メイドとしては破格の待遇だった。
「なんなの、あの田舎者。うまく取り入って」
「私たちがさんざんこき使われてるに、ジョゼフ様のお世話だけしてればいいなんて、楽なもんよね」
「あんなとぼけた顔して、どーやってたらしこんだんだか」
 と、まあこういった陰口がメイドの間で、ひそひそと飛び交っていた。
 ある意味でプラスに働いたことは、ジョゼフが平民たちからも蔑まれる<無能王子>であったことだ。
 これが天才の誉れも高く、人気者のシャルルではあれば、どんな嫌がらせをされたか、わかったものではない。
 いくら王族に生まれても、日陰者でもあることが確定している<無能王子のお気に入り>という地位など、女たちにとっては魅力のあるものではなかったのだ。

 そうして、すっかりシェフィールドとの暮らしにもなじんだ頃……。
(いっそ、ここを離れてどこか、田舎のほうにでも引っこんでしまうか……)
 ジョゼフは、半ば本気でそう考え始めていた。
 実は今までも、そういったことを考えたことはあった。
 あるにはあったのだけど、それはすぐさま自分自身で否定していたのである。
(このまま引っこんでたまるものか)
 どこで、そんな意地があったためである。
 はっきり言って、このヴェルサルテイルにジョゼフの居場所などない。
 いや、ここばかりではなく、貴族社会そのものに、ジョゼフがいるべき場所はないのである。
 それはむしろ、わかりきっていたことだった。
 メイジたちの、貴族の社会に、魔法の使えない者が座れる席はない。
 まったく当たり前の話だった。
 それを今まで頑なに拒んできたのは、やはり王族に生まれた者としての誇りがあったせいかもしれない。
(いつか、俺を馬鹿にしてきた奴らを見返してやる!)
 そういう気概もあった。
 今は駄目でも、いつかという期待のせいでもあったのかもしれぬ。
 あるいは、明日への希望という幻想にすがって、自分を保ってきたのだろうか。
 だが、それも今では風に吹きつけられた砂の城のように崩れつつある。
 寂しいことは寂しいが、ほっと安心することもできた。
(もう、このへんでいいだろう)
 まだ十八歳の若者にふさわしからぬ、さめた思いがあった。
 ジョゼフは、己が真っ当な人間であるとは思ってはいなかった。
 長年人から蔑まれてきたためか、歪みねじれた心の持ち主なのである。
 それに関しては自覚もあったし、あまりにも日常的なことなので、いい加減で嫌でも慣れてくる。
 だが、それでもなおちっぽけな自尊心というやつは消えることなかった。
 悪いこともあったが、そればかりでもない。
 安い自尊心は、苦痛をもたらすが、気力というやつを与えてくれた。
 魔法が使えないという欠損を埋めるように、知識を深め、肉体を鍛える。
 そのおかげか、体は頑丈になり、肉体は健康そのものだ。
 もしも普通に魔法が使えれば、こうまではならなかっただろう。
 また、例え自分にトライアングルクラスほどの才能があったとしても、あまり問題は解決しないだろうと思えた。
 こう考え出したのは、最近のこと、シェフィールドを召喚してからだ。
 それまでは、せめてドットでもいい、魔法が使いたいと願い続けていた。
 もしそれがかなえられるなら、すぐさま死んでもいいと思ったことさえある。
 しかし、死ぬの生きるのは別として、たとえトライアングルだろうがドットだろうが、シャルルという最高の存在がいる限り、おそらくは何も変わらない。
 いや、なまじトライアングルなどであれば、今頃はシャルルを暗殺していたかもしれない。
 トライアングルクラスのメイジとて、スクウェアに及ばなくても、貴重な存在に間違いはない。
 そこまで到達するにはよほどの才能と、それプラス努力が必要なのである。
 魔法というのは基本天性のものだが、いくら才能があろうと、努力をしない者に花は開かない。
 けれど、トライアングルの秀才も、スクウェアどころか稀に見る天才の前に立てば、それはただの凡才に成り下がる。
 それは間違いない。
 そんな比較は愚かだと言えるのは賢者のみのことで、ジョゼフを含め世間一般の俗人というのは、比較の中でしか物事をはかれないのだ。
(もしもだ……) 
 もしも自分がトライアングルになれるとして、さらに大甘に見積もって十代半ばでトライアングルになれるとして、そこまでいくため、どれほどのものを犠牲にせねばならないか。
 血を吐き、茨の道をひたすら歩み続けて、それでようやく宝物を手にした、そのすぐ横で自分よりもずっと立派な宝物を手にした弟が人々の賞賛を浴びている。
 自分はといえば、所詮凡人として引き立て役になっているだけ。
 想像することさえ辛いものだった。
 <無能>に生まれついたことが幸運とは思えない。
 さりとて、普通の才能を持って生まれたとしても、似たようなものではないか。
 そこから脱するには、シャルル以上の魔法の才能を持って生まれるしかなかった。
(馬鹿らしい)
 そこまで考えて、ジョゼフは失笑した。
 生まれたことがもはや結果なのである。
 それを、ああだこうだと思い煩ってみたところで、それが全体何になるというのか。
 大いなる無駄というものである。
「どうか、されました?」
 ふと、横のシェフィールドが振り向いた。
「いや」
 ジョゼフは首を振った。
 シェフィールドと話す時は、あんな薄暗い感情など引きずっていたくはなかった。
 気持ちを切り替えようと、ジョゼフはシェフィールドに笑いかけた。
「なあ、シェフィ、お前はこれからどうしたい?」
「ええとですねえ……。洗濯物をとりこんで、それから……」
「違う、って。そうじゃないんだ」
 つらつらと家事の予定をのべようとするシェフィールドを、ジョゼフはあわてて止める。
「だからな、将来の夢とか」
「そーですね。うーーん……」
 シェフィールドは、しばらく視線を宙に泳がせた後、ぽわっとした笑顔を見せて、
「ご主人様と同じお墓に入りたいです♪」
 と、言った。
 ジョゼフはしばらく二の句が告げなくなった。
 とんでもないことを、さらりと言ってくれる。
(これじゃあ、まるで……。プロポーズじゃないか)
 もともと、死者の供養のための人形である彼女にすれば、それは当然の発想なのかもしれぬ。
 だが、言われたジョゼフは、一時的ながら肉体的にも精神的にも、麻痺しそうになった。
 しばらくたって、それが溶け始めた頃、
(王族なんぞ、やめちまおうか……)
 そんな思いが浮かび上がってきた。
 王族であること、まず王冠を受け継ぐなどありえないだろうが、一応は次なる王位継承候補者であること。
 少なくとも、今までジョゼフが支えとしてしがみついてきたものではあるが……。
 それらに固執していることが、どうしようもなく馬鹿らしく、恥ずかしく思えてきた。
 仮に、王になったところで、
(無能王子が、無能王になるだけのことだ)
 そう考えると、あまりのくだらなさに泣きたくなる。
 ついでに吐き気まで催しそうだった。
 シェフィールドの横顔を見ていると、今までの自分がどれだけの阿呆か痛感させられる。
(花か)
 ジョゼフは唐突に思いついた。
 そういえば、シェフィールドは花が好きだ。
 ヴェルサルテイルの花壇も見事だが、野に一面に咲く花畑というのは、まだ見せたことがない。
 近いうちに、彼女に広い花畑を見せてやりたい。
 ジョゼフはそう思った。
 そればかりではなく、いっそ……。
(いっそ、本当にこの城を出るか)
 弟のシャルルがいれば、国も宮中もうまくことは運ぶであろうし、心配することなどあるまい。
 リュティスを離れ、もう少し静かで環境の良い場所にいくのもいいではないか。
 ジョゼフはそんなことを算段しながら、シェフィールドの頭を撫でた。
 シェフィールドは子犬のようにそれに身をまかせ、微笑んだ。



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