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鋼の使い魔-34


 風石船の港があるラ・ロシェールの町から、南西に20リーグの場所。
 山岳丘陵とそれを囲む深い森に覆われているラ・ロシェール領の一角上空に、白百合の軍旗をはためかせる船団が滞空していた。
 トリステイン王国の空軍艦隊である。旗艦は2等戦列艦『メルカトール』号以下フリゲート艦を含めた30隻で構成された艦隊は、
神聖アルビオン共和国からやってくる艦隊と、それに搭乗するアンリエッタの婚儀に出席する国賓を迎える為にトリステインの時刻0900より上空に待機していた。
 『メルカトール』号の艦橋では艦長フェヴィスと艦隊司令長官ラ・ラメー伯が正装で眼前の空を見据えていた。
 ラ・ラメーは艦橋に掛けられた時計を睨んだ。
「彼奴等は遅いな。艦長」
 事前通告では1000には両艦隊合流、アルビオン側からの祝辞文書、及びそれに伴うトリステイン側からの返辞文書の交換など、
外交上のやり取りをする手はずになっているのだが、現在時刻は1020。精強とされるアルビオン空軍にしては、と、この遅刻は不愉快を誘った。
「事前通告によれば、向こうは『ロイヤル・ソヴリン』を旗艦に艦隊を組んでいるとのこと。巨艦を主軸にしているならば足も遅いでしょう」
「ふん。王家を殺した犬共め。犬なりに格好をつけるつもりらしいな」
 ラ・ラメーは神聖アルビオン共和国に対する軽蔑の心を包み隠さない。路地裏で乞食に這い付かれたように鬱陶しげであった。


 実のところ、トリステイン側の貴族、特に王宮に入り込み政治の一部を担う者達の中で、アルビオン側から降って沸いた『不可侵条約』打診をどのように見ていたのか。
 彼らは『内乱に疲れた貴族派はトリステインとの戦いを恐れているのだ』『ゲルマニアと手を組んだトリステインと戦う事を避けている』等と解釈していた。
 無論、凡そ全てのトリステイン貴族がそう思っていたわけではなく、ゲルマニアとの軍事協約を取り付けたマザリ―ニなどは、
かの国から秘かにとある集団をトリステインに呼び寄せていた……。
 ともかく、トリステインの中枢にあって体勢を占めたのは「王家を蔑ろにしたアルビオン貴族め、恐れるに足らず。吾らは始祖より賜りし王家を担ぐ者なり」
という自負であった。
 もっともキュルケの言葉を借りるなら、その傲慢と自負がトリステインを小国にしているのだが。





 『メルカトール』号艦橋に、見張り台より導管を伝って声が入った。
「11時の方向に艦影多数!」
 北に向けられた艦首より北西の空から三層に組まれた艦隊が、やがて姿を現した。
 艦隊陣形は勇ましくも紡錘陣だ。一際巨大な艦影がその中央に陣取っている。
「あれが『ロイヤル・ソヴリン』か…。実に巨きいな」
 ラ・ラメーは艦橋の窓から、アルビオンの旗艦をまじまじと見た。
「過去の一等戦列艦と比べても格別の巨艦ですな。随伴の艦艇が小さく見えます」
「連中も下品極まるな。めでたい祝いの時にあのような船でやってくるなど…」
 やがてアルビオン艦隊は相対距離300メイルで停止した。大マストの上で信号士が杖を振ってこちらに平文で信号を送ってくる。
『貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』艦長』
「艦長名義の発信とは嘗められたものだな…。忌々しい」
 ラ・ラメーは自分が虚仮にされたと見てぎりりを歯を噛んだ。同時に、決して重厚とは言えない自分の艦隊を振り返り、忸怩の思いに駆られる。
「…返答は如何しますか」
「…まぁ、良い。返信は『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎ス トリステイン艦隊司令長官』。以上だ」
 脇に起立していた副官が書き取られた返信文を復唱し、『メルカトール』号の大マストの信号士へと送られる。
 返信が行われた後、アルビオン艦隊側から轟音が飛び込んできた。
 礼砲である。空砲によって艦隊歓迎に対する感謝を表すものだ。
 『レキシントン』の礼砲は全砲『81』門全てを使った空砲であり、その衝撃はトリステイン艦隊を振るわせた。
「…こちらの礼砲は幾つになさいますか」
 艦長はラ・ラメーに聞く。相手の礼砲に対し、こちらも答えなければならない。
 王家またはそれに順ずる最高位の貴族及びそれらの名代に対しては、11発の空砲を行うのが慣例だ。以下、相手の位が下がるほどに空砲の数は減らされる。
「…7発でよかろう」
 因みに7発は、最上位から2段下がる者に対する答砲になる。位で言えば、「一軍の大将」に対するものである。
 ラ・ラメーなりの皮肉であり、意地でもあった。


 『レキシントン』号艦橋にて、ヘンリー・ボーウッドは左舷に展開しているトリステイン艦隊を見た。
 等間隔で響く空砲を静かに聴いていたのであったが、脇にいる今回の『親善訪問』司令官であるジョンストンは、対照的にそわそわとして落ち着きなく上座に座っていた。
「艦長、あまり距離を詰めすぎるな。…君らはいい。揚陸に向け待機している兵達は空に慣れない。不用意だと士気が下がる」
 本音では自分が怖いのだろう、とボーウッドは脳裏で唾を吐くが、そんなことはおくびにも出さないだけの礼儀は身についていた。平坦な口調で答える。
「サー。しかしながら、相手側に警戒されないためにも、また、こちらの砲を有効に機能させるためにも、ある程度の距離を殺さないといけません」
「そ、そうか…まぁ、いい。そろそろ準備に掛かりたまえ」
 司令官とはいえ、ジョンストンは戦の素人だ。ボーウッドは実務指揮に関しては彼から一任されている。
「左舷砲戦準備、『火竜弾』装填。『ホバート』号の係留ロープを切断せよ」
 『ホバート』とは艦隊陣形の左端、ちょうどトリステイン艦隊の正面に近いところで陣形に参加している艦である。艦齢も古く、装備も旧式の老朽艦だった。
 今現在『ホバート』号に人員は乗っていない。…いや、ラ・ロシェールに入るまでは乗っていた。だが、人員は途中で他の艦に乗せられ、代わりに多量の火薬を詰め、
ここまでは他の艦にロープで引っ張られる形で運ばれてきていた。遠景からは無人艦であると悟られないように巧妙に偽装して…。
「左舷砲戦準備完了。1番から15番までいけます」
 砲撃長から導管で報告が来る。この間、トリステイン側の礼砲が4度、轟いた。
 そして、トリステイン艦隊6度目の空砲が空に響く。





 「アルビオン艦隊に異変!左翼の艦艇で火災発生の模様!」
 『メルカトール』の艦橋に見張り台からの報告が届く。
 トリステイン艦隊の正面に位置し、アルビオン艦隊の左翼に当たる艦の一つから煙が上がっているのだ。
「む。事故か…?」
 いぶかしむラ・ラメーであったが、艦艇で事故はつきものである。さして留意もしなかった。
 だがアルビオンの艦隊は、艦の火災を鎮火する素振りを見せない。火災に見舞われた船はどんどんと煙を上げ続けている。
 そしてついにその船――『ホバート』号は、爆発炎上した。炎を蜥蜴の舌のように伸ばして船は高度を保てず降下していった。
「な、何事だ?!なぜアルビオンは救助に向かわない?」
 傍観していたラ・ラメー以下、艦橋は騒然となった。
 艦長フェヴィスも呆然としていたが、直後信号士から届いた文書を見て、さらに唖然とした。
「皆、落ち着いてくれ!アルビオン側から信号が届いた」
 その声に艦橋の騒ぎが静かになる
『『レキシントン』号艦長ヨリ トリステイン艦隊旗艦 『ホバート』号ヲ撃沈セシ、貴艦ノ砲撃ノ意図ヲ説明サレタシ』
「砲撃だと?!向こうの事故じゃないか!」
 息巻くラ・ラメーは信号士まで直通の導管を開く。
「アルビオン旗艦に返信だ!『本艦ノ射撃ハ答砲ナリ 実弾ニアラズ』」
 しかし、ラ・ラメーの命令が行き届く前に、アルビオン側から再度の通信が入った。
『只今ノ貴艦ノ射撃ハ空砲ニアラズ 我ハ貴艦ノ攻撃ニ対シ応戦セントス』
「ふざけるな!言いがかりだ!」
 だが、ラ・ラメーの声は虚しく、『レキシントン』からの砲撃で掻き消えた。
 砲撃が着弾し、『メルカトール』が揺れた。
「送れ!『砲撃ヲ中止セヨ 本艦ニ交戦ノ意思アラズ』!」
 しがみつくように導管に吐き出されるラ・ラメーの言葉にアルビオン側はそれに答える事無く、砲撃が続く。
「艦長!被弾箇所から激しい火災が発生しています!」
「消火が間に合いません!」
 船体の各部から悲鳴のような報告が届く。
 そんな最中、再度の着弾を受ける『メルカトール』。今度は艦橋に近い場所に被弾し、艦橋全体が大きく揺れた。
(ちぃっ!このままでは船が沈む!それにアルビオン側の有無を言わせぬ砲撃…手際が良すぎるではないか!)
 フェヴィスはここに至って、アルビオン側が始めから婚礼の賓客としてではなく、戦闘を意図してここにやってきたのだと理解した。
「司令!応戦しないとやられますぞ!」
「だが艦長、このままでは国際問題に発展するぞ!それだけは避け」
 ラメーの言葉はそこで途切れた。艦橋にアルビオンの砲撃が当たったからである。
 着弾の衝撃にフェヴィスは壁に叩きつけられた。
 致命傷を免れたフェヴィスは意識が途切れるのを必死に繋ぎ止めてどうにか立ち上がった。ほんの一瞬の出来事だった。
だのに艦橋は通常の砲撃ならありえないほどの大火災に陥っていた。
 振り向けば、ラ・ラメーは足首から上が消し飛んで靴先だけを艦橋に残していた。
 血の吹き出る頭を抑えて、彼は艦全域に向けて導管を開けた。
「艦隊司令長官戦死!これより旗艦艦長の私が艦隊指揮を執る!各部は被害状況報告!各砲座は砲撃準備!陣形両翼は前進、中央は後退する!全艦全速を出せ!」




 『レキシントン』艦橋では、ボーウッドが坦々と艦隊に指示をしていた。
「左翼は後退、右翼は前進し敵の左翼を抑えろ。中央は10時方向に火力を集中させて敵の右翼を潰す」
(前弓陣から反弓陣に変え、こちらを包囲したいのだろうが、残念ながら層が薄すぎる…)

 前弓陣とは弓の反りのように陣形を作り、反りの部分を前面にした布陣である。反弓陣は逆に、反りを後方にした布陣だ。
 本来なら紡錘陣形を迎えるのに適する反弓陣だが、なにせアルビオンと比較すると、トリステインの艦隊はどうしても船の数で劣る。
包囲するにも艦隊の層が薄すぎるのだった。
 加えて今回、アルビオン側の旗艦『レキシントン』には改修艤装時に積み込んだ新兵器『火竜弾』がある。
 『火竜弾』は、固定化を施した空洞の青銅球に、特殊な配合をした液体を詰めた砲弾である。砲弾は着弾と同時に爆ぜ、
発射時に熱せられた青銅球の破片と液体が触れると猛烈に燃焼し、着弾部を焼き尽くす。また、この燃焼する液体はある程度の粘り気を含み、
着弾の衝撃で爆ぜる時により広い範囲の着弾部破壊が期待できるのだ。

「いやぁ、おみごと、おみごと」
 指揮に没頭していたボーウッドの背筋が凍る。背後には深く帽子を被ったワルドが立っていた。
「実に見事な戦闘ですなぁ。トリステインの艦隊がまるで的のようだ」
 実に剣呑としているワルド。ボーウッドは前を見直す。
 ボーウッドはふと、自分が死体に埋もれているような錯覚を覚えた。聞こえる声に、くちなわが這うような冷たい腐臭を思い出させる。
(なにを馬鹿な…ここは既に戦場だ。気を保て、ヘンリー)

「既に勝敗は決した。後は子爵、君の仕事だ」
 ボーウッドの言うとおり、艦隊戦はほぼ終わりを迎えつつあった。
 トリステイン艦隊規艦『メルカトール』号は山のような火災を上げて降下、爆沈し、残る艦隊も指揮系統を失ってバラバラの運動を始めていた。 
 ボーウッドは信号士を介して隷下の艦隊に向けて号令する。
「本艦は揚陸部隊の火力支援を行うためにこの空域を離脱する。艦隊指揮を『デ・ダナン』号に一時移す。各艦は残存する敵艦を掃討せよ。
しかる後、合流地点『カイ』に集結されたし」
 そして『レキシントン』は動き出す。揚陸を目的に作られた5級戦列(フリゲート)艦を率いて、ラ・ロシェールを離れようとした。
「歴史に名を残しますな。艦長」
 からからと嗤うワルドに、表情を殺したボーウッドが答える。
「なに、ただの戦争が始まっただけさ」



 『タルブ戦役・序―開戦―』






 魔法学院から馬車に揺られて王宮に参上したルイズ。その鞄には始祖の祈祷書、指には『水のルビー』が秘かに輝いていた。
 通された大きな部屋には、既にトリステインの各所より婚礼に祝辞を述べ、歓迎に来た貴族達が集まっていた。学院で顔を見たことのある若者も、何人かいる。
 今はサロンで集まっているだけの時間で、正式な参上は夕方からとなるため、来ている者は皆、(格式を意識した上でだが)砕けた風情であった。
 おそらく来ているであろう父、ラ・ヴァリエール公爵を探していると、背後から耳を引っ張られる。
「何をきょろきょろとしているのかしら?」
「あいたたたたっ!…ぁ、姉様」
 引かれる耳痛さに振り向けばエレオノールが見慣れた澄まし顔で立っていた。その格好は普段よりも上品に抑えられたもので、
そこはやはりどうにもルイズとは世間の見られ方が違うのを意識させる。
「お父様から貴方を迎えに行くように言われたのよ。ついて来なさい」

 エレオノールに連れられて大広間を後にし、広い通廊を行く。歩きながら姉の挙動が微妙に落ち着かないのにルイズは気付いた。
「姉様?」
「…きょ、今日は、ギュスターヴ殿、いらっしゃらないのね」
「ぇ?うん。こういう場所に連れてくるわけにも行かないし」
「そ、それもそうね…はぁ」
 どこか落胆しているようなエレオノールだった。

 開祖が王室の庶子であるラ・ヴァリエール家は、他の貴族に比べても別格の扱いをうけて王宮の中で一角を使うことを許されていた。
 今そこで、ヴァリエール公は来客を受けている。相手は宰相マザリーニ枢機卿である。
「細君はご出席にならないと聞きましたが」
 丸帽を被った僧侶姿のマザリーニが普段と変わらぬ風情で聞く。
「本来ならば罷りならぬことですが、カトレアの具合が優れず。領地を空けるわけにも行きませんので。ご容赦を」
 一通の書状をマザリーニに渡しつつ、ヴァリエール公は謝した。

 カトレアとはヴァリエール公の娘の一人。ルイズの姉、エレオノールの妹に当たる。慈愛に溢れた令嬢として社交の世界では知られているが、
生来の病気を抱えているため、領地から出ることは稀であった。

 部屋のドアが叩かれ、エレオノールとルイズが入ってきた。
「ルイズを連れてきましたわ。お父様」
「む、そうか。…では枢機卿。後ほど」
 一礼してマザリーニは部屋を出て行く。

「お父様。ご健勝とお見受けします」
 礼をするルイズ。一瞥してヴァリエール公は頷いた。
「春の帰省以来だなルイズや。お前も仔細無き様で、父は嬉しいぞ」
 目を細めて笑うヴァリエール公。三姉妹で年の離れた末子のルイズを、ヴァリエール公は最も大事に思っていた。
「この度、お前は殿下ご婚儀における巫女に選んで頂いた。代々の領主にも胸を張れる大役だ。万難を排して勤め上げるのだぞ」
「はいっ。不肖、ルイズ・フランソワーズは、巫女役を拝命されてから今日まで、殿下のご婚礼を祝福するための祝詞に推敲を重ねてまいりました。
必ずや、お父様や歴代領主、拝聴される各位に恥じない勤めを果たして見せますわ」
 ぐっと拳を握ってルイズは宣言した。ここに嘘偽りはない。
 ゼロと呼ばれ、魔法のまともに使えぬ私でも、殿下とトリステインのため、貴族として謗られない仕事が果たせるのだ。
 その一念が今のルイズの脳裏を埋め尽くしているのであった。
「うむ。その心意気や良し。…とはいえ、それまで時間はある。今は力を抜いて休むのだぞ。まずは夕刻7時よりの諸侯による祝賀まで、ここに居ておくれ。
エレオノール。お前はルイズの支度の手伝いをしてやっておくれ」
「わかりましたわ」
「私は少し、諸侯に挨拶をしてくる。…領地にいることが長いからな、こういう時でもないと顔を見ない輩も多い…」
 そう言ってヴァリエール公は部屋を抜けていった。
 威厳を保ちつつも暖かな父の言葉を受けて呆然とするルイズに、エレオノールはむにっと頬をつねり上げる。
「あうぅっ?!」
「まったく、何ぼうっとしてるのよ。…本当はね、あんたが巫女役に選ばれなければ私がお父様と列席するはずだったのよ」
「ぇ、そうだったの…?」
 聞かされて、姉の役を奪ってしまったような罪悪感を感じる。
「ま、いいわ。社交の場に出るの、それほど好きじゃないし。たまには妹に晴れの舞台をあげるのも年長の勤めってやつよ」
「姉さま…」
「ほら、ぼさっとしてないの。うちの針子呼んでるから、あんたの今夜の衣装を決めるわよ」
 感心するルイズを部屋の奥へ引っ張っていく。奥にはヴァリエール家専属の針子師が何人も待ちうけているのだった。





 王宮の【大サロン】にて、ヴァリエール公が諸侯と情報交換をしていると、壮年の官吏が通廊から飛び込み、、サロンに来るや否や文書を読み上げ始めた。
「この場にお集まりのトリステイン諸侯の皆様方。マリアンヌ女王陛下の名において、大会議室へ移動して頂きたい方々がおられますので、
僭越ながら読み上げさせていただきます」
 ざわり、とサロンがどよめいた。官吏は権力者達から集まる視線に強張りながらも文書を注視した。
「王国軍元帥・グラモン卿、高等法務院長官・リッシュモン卿、拝爵三位・ラ・ヴァリエール公……」
 づらづらと官吏は10人強に昇る貴族の名前を挙げていく。その悉くはトリステインの中枢を治める大官僚か、国内有数の地位を持つ大貴族だった。
 そのことにさらにサロン中はどよめいた。せっかくの祝いの席のはずなのに、実に物々しいではないか。
「…以上の各位につきましては、至急大会議室に来るようにとマリアンヌ陛下並びに宰相閣下のご命令にございます」
 それだけ言うと官吏は額に汗を浮かべつつ、深々と諸侯に頭を下げてサロンを出て行った。
「はて、陛下は何の御用か?」
 ヴァリエール公に近寄ってきたのは元帥杖を下賜されて長いグラモン卿だった。
「…ともかくも、陛下の御命令であるなら至急に向かうべきでしょうな」
 眉をひそめながらもヴァリエール公は足早にサロンを出てゆく。グラモン卿もそれに続いた。

 マリアンヌの召集とはいえ、誰もが一目散に集まるわけではない。サロンにいたため格好が崩れ過ぎている者は急いで当てられた部屋や屋敷に帰り、
身支度をせねばならなかった。
 もっとも、グラモン卿とヴァリエール公はサロンに出向いた格好のまま大会議室へと向かっていた。彼らはトリステイン貴族の中でも上位に当たる者達だ。
「…公爵、此度の招集は本当にマリアンヌ様のご意思と思うかね」
 長い通廊を行く男二人の言葉は、硬い。
「恐らく宰相殿が陛下の御名を借りたのだろう。それくらいは辺境にいても存じてますぞ」
 通廊を横切るとそこは大会議室の入り口。両開きの絢爛なる扉が開けられている。
 当然の事ながら、まだ会議室には誰も参上していなかった。最上段にも陛下がおられず、変わりに最上段の玉座から一段下がる卓に、
静かに文書を読んでいる枢機卿が座っていた。
「マザリーニ殿!此度の召集は如何なるものか!」
 グラモン卿が卓のマザリーニに駆け寄る。
「これはグラモン卿。お早い参上ですな。…ひとまずこれをお読みになられよ。先ほど来たばかりの伝書ですぞ」
 平時と何等変わらぬ風情のマザリーニはグラモン卿に手の紙束を渡す。渡されたグラモン卿も黙ってそれに目を通した。
 目を通しながら、グラモン卿の顔が赤くなり、次に青くなった。紙束を握る手が締まっていき紙に皺が寄っていく。
「鳥の骨!これは一体どういうことだ?!」
 読み終わると同時に憤怒に駆られたグラモン卿は我知らず市井に流布するマザリーニの渾名を口にした。
 一方マザリーニは淡々と答える。彼にとって渾名陰口の類など耳朶にも掛からないのだ。ゆえに宰相でありながらおおっぴらに渾名が呼ばれる。
「見てのとおりです。神聖アルビオン共和国側が我が方の艦隊を壊滅させ、トリステイン国土内を我が物顔でうろついているのですよ」
「のんきに構えている場合か!」
 かっかと噴火するグラモン卿。そこにヴァリエール公が寄り口を開いた。
「聞いていたアルビオン側との不可侵条約交渉は時間稼ぎであったということですな」
「おのれ!国家間の条約をなんだと思って居るのだ連中は!ラメーもラメーだ!なぜ踏み留まらず壊走しよった!」
「『メルカトール』は真っ先に狙われて撃沈したとあります。こちらが歓迎に専念して警戒をしていなかったのがそもそもの原因でしょう」
 ぎりり、と老体のグラモン卿は怒りに身体をブルブルと震わせている。
 対してヴァリエール公は沈着に、理性を湛えた瞳でマザリーニを見た。
「…して、現況はいかがな様子で」
「一部はラ・ロシェール南西に進路を取り、もう一部は北西へ向かったという。後者の行き先は不明だが前者は恐らく、タルブ盆地の占領が目的だろう。
あそこを取れば王都まで障害になるものが無い」
 マザリーニもまた冷静だった。アルビオンが何を欲しているのか粒さに観察していたのである。
 そうこうしているうちにぞろぞろと召集された諸侯が会議室へ参上し始め、大会議室は俄に騒がしくなり始める。
「…さて、両人。問題の解決はこれからの閣議にて決めなければなりませぬ。陛下の参上まで、しばし、お待ちを」
 枢機卿の目に炯とする光があった。


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