あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロと波動 第11話


「すまん、逃げられた」

「まあ、仕方ないわね。あんたで捕まえられなかったんなら、誰にも捕まえられないわ」
「だから有名なんでしょうね」

リュウがフーケを逃してしまったことをルイズもキュルケも別段、責めたりはしなかった。
実際、リュウで無理ならここにいる誰もできるとは思えない。
ただ、タバサだけが何も言わずリュウの顔をじっと見ていた。

「それにしても、ミス・ロングビルが”土くれのフーケ”だったとはねぇ」
キュルケの呟きに他の面々もうなずく。

「それで、『破壊の珠』はどうするんですか?」
シエスタが問う。

「いくらフーケでも馬車より早くは移動できないだろう。このまま進んで先に『破壊の珠』を回収する」
フーケは『破壊の珠』を返すと言っていたが、それを正直に言うわけにもいかないのであくまで取り返すというスタンスは崩さない。

「じゃあ、改めて気を引き締めて、レッツゴー!」
「ちょっと!なんであんたが仕切ってるのよ!」
キュルケが片手を挙げて言い放つが、フーケ討伐隊の隊長は自分だと勝手に思い込んでいるルイズがそれに噛み付く。
「別に誰がしたっていいじゃない。っていうか、なんでいちいちそんなことつっかかってくるのよ」

「あの~・・・ぜんぜん気が引き締まってるようには見えないんですけど・・・」
恐る恐る声をかけたシエスタは二人に完全に黙殺された。





1時間ほど進むと、フーケが言ったとおりの広場に出た。
広場の中央には廃屋と思しき小屋が一軒。

罠がないことはフーケから聞いて知っていたが、一応リュウが先頭にたって扉を開ける。
確かに罠はなかった。
罠はなかったが、代わりに一行が小屋の中に見たもの。
それは地獄絵図だった。

家具といわず天井といわず、あたり一面に血が飛び散り、床は絨毯でも敷いたかのように赤く染まっている。
そして、いたるところに転がるオーク鬼の死体。
ある死体は胴体から真っ二つに切り分けられ、またある死体は頭を握りつぶされている。
一方的な虐殺劇であったことは容易に想像できた。

それを目の当たりにしたシエスタは惨状に耐え切れず、小屋から走り出ると木陰で嘔吐してしまった。
シエスタは田舎育ちなので豚や牛の解体なら見慣れていたが、例え顔が豚に似ていようとも解体されているのが人間の形をしているものとなると話は違った。

ルイズは自分は貴族であるというプライドからなんとか嘔吐を堪える。
キュルケとタバサは顔こそしかめたものの、傍から見る限りでは大丈夫そうだった。

浮世に現れた地獄のような小屋の中に、リュウが吐き気に襲われながらも入っていく。
それに続くルイズとキュルケ。
タバサは小屋の入り口の辺りで周りを警戒している。



小屋の中央にあった血塗れのテーブルには箱が置いてあった。
フーケが言っていた箱と特徴が一致している。
そして、既に蓋の開けられている箱の中からは異様な殺気が溢れ出していた。
この殺気に誘われてオーク鬼が集まってきたらしい。
リュウが辺りを警戒しながら箱に近づき、中を覗く。

「こ・・・これは・・・なんでこんなところに!?」
箱の中身、『破壊の珠』の正体を知ったリュウが愕然とした。
と、同時にリュウの様子がおかしくなる。

「う・・・うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
咆哮をあげるリュウ。
うずくまり、苦しそうに自分の頭を抱える左手が妖しく光を放っている。


「ちょ!?ちょっとリュウ!!大丈夫!?」
ルイズが心配してリュウに近づこうとした、そのとき

「ブモーーーーーッ!!」
突然奥の部屋の扉が蹴破られ巨大な何かがリュウに襲い掛かった。
苦しんでいるリュウに避ける術はなく、まともに体当たりを食らって小屋の壁を突き破り、遥か後方まで吹き飛ばされてしまった。



「リュウ!」
ルイズが悲鳴をあげる。
何が起こったのか理解できない。

そんな中、いち早く行動を起こしたのはタバサだった。
一番出口に近かったタバサが『フライ』の呪文を詠唱し始めたのだ。
キュルケはすぐさまタバサの行動の意味を理解した。
取り乱したルイズに飛びついて担ぎ上げ、小屋出口に急ぐ。
それを加速させるためにタバサが『フライ』の呪文をキュルケにかけて小屋の外まで緊急離脱させる。

お互いを信頼しあう二人だから出来る連携だった。
『フライ』の呪文だけでは詠唱時間中に襲われる。
かといってキュルケがルイズを担いで走ったのではとてもではないが間に合わない。
そこで、詠唱が完成するまで、少しでも距離を稼ぐためにキュルケが走ったのだった。

小屋から脱出するとルイズはキュルケの腕から飛び出した。
リュウの元にかけより、様子を窺う・・・どうやら気を失っているだけのようだ。
「良かった・・・生きてる・・・」

最悪の事態は免れた。が、状況はあまり芳しくない。
あのリュウが一撃で戦闘不能にされてしまったのだ。

全員が小屋から離れ、リュウを襲った犯人の正体を探ろうとする。
少しして、そいつは小屋の中からのそりと現れた。

リュウを戦闘不能に追いやった正体。
それは返り血で全身を真っ赤に染め上げた、身の丈3メイルにも及ぶのではないかという巨人だった。
腰に何かの動物の革を巻きつけているが、それ以外は全裸である。
しかし、全裸だからこそよくわかる。
巨人の身体は異常なまでの筋肉に覆われていた。
桁外れの体格を誇るリュウの身長が3メイルあったとしても、これほどにはならないだろう。
最早丸太という表現すら生ぬるい腕には人間の倍はありそうな巨大な血塗れの斧を、まるで棒切れか何かのように振り回し
もう片方の手には上半身しかないオーク鬼の頭をぶら下げている。


そして、決定的に人と違ったのが首から上。
人の顔の代わりに、牛の頭が生えていた。

『破壊の珠』が放つ禍々しい殺気はオーク鬼のみならず、牛頭の巨人までも呼び寄せていたのだ。
手にぶら下げていたオーク鬼の亡骸を放り捨てると、のそりのそりと近づいてくる巨人。


「・・・ミノタウロス」
タバサが呟く。
最悪の相手だった。


スクウェアクラスならともかく、トライアングルクラスの自分達では勝負にならない。

「無理。撤退」
タバサが宣言して短く鋭く口笛を吹くと、すぐさま1匹の風竜が現われた。
タバサの使い魔。風竜のシルフィード。
シルフィードはタバサたちを拾うために急降下する際、ついでにミノタウロスに一発蹴りを入れようと近づいて、足を思いっきりミノタウロスの頭に突き出す。
「きゅいっ!」

が、それは大きな間違いだった。
ミノタウロスは身体に似合わぬ鋭い動きでシルフィードの足をかわすと、逆にすれ違いざまにシルフィードの尻尾を掴でしまった。

「きゅいぃ!?」
必死で逃げようともがくシルフィード。
まだ幼生とはいえ、人間数人を乗せて飛行できるシルフィードの力をもってしても尚抗えない凄まじい腕力。
ミノタウロスが腕を引っ張るとシルフィードは成すすべなく地面に叩きつけられ、そのまま意識を失ってしまった。

「シルフィード・・・」
タバサは短く呟くと杖を構えた。
顔は変わらず無表情だが、目には静かな怒りの炎が燃え盛っている。

「こうなったらもう、やるしかないわね・・・」
キュルケも覚悟を決めて杖を構えた。

「いくわよ・・・」
キュルケの眼前に現れたのは直径1メイルを超える特大の炎の玉。

「ファイアボール!!」
炎の玉は一直線に牛頭の巨人を目指し、直撃する。

「ふんっ!ざまあみなさい!」
勝利を確信したキュルケだったが、爆煙が収まりつつある爆心地を見て顔を歪ませる。

「頑丈なやつねぇ・・・」
煙の中から現れたミノタウロスには火傷の痕すらなかった。

ミノタウロスはただの巨人ではない。
巨大な身体に猛牛のタフネスさと、分厚い皮膚による耐久力を兼ね備えている。
その上、知性は低いが獰猛な性格からくる戦闘への集中力は非常に高い。
それ故に有り余る体力もあいまって魔法に対する抵抗力は桁外れに高かった。
まさに生粋の狂戦士。




「ちょっとは効きなさいよ。こっちのやる気がなくなっちゃうじゃない・・・」
口では軽口を叩くが、内心は穏やかではなかった。
今、放ったファイアボールはキュルケが全力で撃ち込んだ一発だったのだ。
これ以上の威力の魔法は使えないし、そもそも今のでかなりの魔力を消耗してしまった。

ミノタウロスがゆっくりとキュルケに近づく。

――まずい。完全にわたしに狙いを定めてる・・・避けられるか・・・?――

キュルケの倍はあろうかという巨大な斧を振り上げる牛頭の巨人。

「ウィンディ・アイシクル」
「ブモッ!?」
キュルケに斧を振り下ろす寸前、突然後ろから襲撃されたミノタウロスがバランスを崩してたたらを踏む。
こっそり後ろに回っていたタバサがミノタウロスの頭と首の継ぎ目がけて何本もの氷の槍を放っていた。
首の後ろ、延髄には大事な神経が集中している。
どんな生き物だろうと脊椎動物である限り、延髄は弱点。

「ブモーッ!」
だが、例え弱点であろうとも、トライアングル・クラスのタバサの魔法の出力ですら威力が足りていなかった。
ほとんどダメージを受けた様子すらないミノタウロスは標的をキュルケからタバサに移すと、凄まじい勢いで突進してくる。
発育著しいキュルケと違い、身体の軽いタバサは身を躱すことに長けていた。
だが今回は相手が悪い。
躱すべき対象が大きすぎるのだ。
少々身を翻したところでミノタウロスの突進を避けられそうにない。
タバサは自分の身体が宙に舞うのを覚悟して目を瞑る。

「させません!」
猛スピードでタバサ目掛けて突進するミノタウロスを、それ以上のスピードで追いかけたのはシエスタだった。
ひとしきり胃の中身を出し切ったあと、キュルケたちの危機に気づいて応援に向かった。
シエスタはなんとかミノタウロスに追いつくと、横から体当たりする。
重量差があり過ぎるので正面からぶつかったのでは勝ち目はないが、横からぶつかれば勢いの向きを変えるぐらいはなんとかできる。
無理やり進行方向を変えられたミノタウロスはタバサの横を通り過ぎた。

「ブモーーッ!!」
突然邪魔に入ったシエスタに標的を変えるミノタウロス。
口から涎を垂らし、斧を構えてシエスタと対峙する。
だが、牛頭の巨人を前にシエスタも一歩も引かない。

――なんなんですかあのデカイ斧は。
あんなので殴られたりしたら痛いじゃすまないんだろうなぁ――

先ほどの小屋の中の惨状と重なって思わずザクロな自分を想像をしてしまい、ぶんぶんと首を振って頭から嫌な映像を追い出すシエスタ。
死と隣り合わせの恐怖にガクガクと震える膝を無理やり押さえつける。

毎日毎日リュウの修行をこっそり見て、真似ていたのだ。
リュウがどのように動いていたのかは覚えているし、形だけなら自分にもできる。
それに自分は力だけは強い。

嘔吐している最中にリュウが吹き飛ばされているのを見た。
リュウが戦えない今、彼女らを守るのは自分の役目だ。
怖がっている場合ではない。
シエスタは使命感に燃えていた。



「いきます!せぇ~のっ!」
シエスタは自分の中から恐怖心を無理やり追い出して覚悟を決めると、ミノタウロスに向かって突進した。
ミノタウロスがシエスタの胴体めがけて斧を横殴りに振るう。
恐ろしく速いスピードで襲い来る自分よりも遥かに巨大な斧を跳んで躱すと
上半身を思い切り捻って横向きの回転を身体に加える。

「見よう見まねで竜巻ぃ~」
ミノタウロスの頭の側に達したところで、溜めに溜めた下半身を思い切り捻って1回転し、即頭部に踵を叩きつける。

「しゅん風脚!!噛んだ!?」
あながち間違っていない。
空中だったので一撃しか加えることはできなかった。

「しょーりゅーけん!!」
着地と同時に続けざまに再び跳び上がって顎を下から殴りあげる。
二度、三度、左右の拳で跳び上がりながら殴り上げるが一向に倒れる気配のないミノタウロス。
それでも自分の片腕ほどもない小動物から、まさかの威力の攻撃を喰らって一瞬たじろいでいる。
だが獰猛な戦士はすぐに気を取り直すと、斧を持っていない左手で殴りかかってきた。
斧を持っていないので先ほどとは比べ物にならないスピードで特大の拳が飛んでくる。

「ひっ!?」
慌てて両腕を交差させて自分の頭を庇う。
リュウの練習を見ていると、こういうときは相手の攻撃を違う方向に逸らすべきなのだろうが、シエスタにそんな余裕はない。
ミノタウロスの拳をまともに両腕で受けとめる。
シエスタ2、30人分はありそうな体重から襲い来る拳の威力は凄まじかった。
頭こそ庇ったものの、そのまま吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、更に幾度かバウンド。
それでも泥だらけになりながら気丈に立ち上がり、身構える。

「こんなの、どうやって戦えばいいんでしょう!?」
思わず愚痴がこぼれる。
身体中が痛い。
地面に叩きつけられた背中も痛いが、それよりも腕がまずかった。
殴られた衝撃で痺れてしまっている。まったく動かない。

「とにかく、痺れが取れるまでなんとか時間稼ぎしなきゃ・・・」
ミノタウロスが、今度は油断なくゆっくり近づいてくる。
知能が低い彼にも理解できた。目の前の人間のメスが楽には勝てない相手だと。

「マズイわね・・・猪突猛進・・・じゃなくて牛突猛進?だったら、もしかしたらあの子ならどうにかなるかもと思ったけど、警戒されちゃったわね・・・」
キュルケが呟く。

「・・・援護」
タバサが呪文の詠唱を始めた。

「そうね。わたしの方はもう残りかすみたいなもんだけど、ないよりはマシね」
キュルケも再びファイア・ボールの詠唱を始める。

幾本もの氷の槍が背後から巨体を襲い、その直後に炎の玉が直撃する。
間髪いれずに再び氷の槍。
その次に飛んできた炎の玉は先ほどよりもだいぶ小さかった。
そしてまた氷の槍。
こちらは勢いが衰えない。
ダメージこそ殆どないものの、鬱陶しいことこの上ない連続魔法掃射。
ミノタウロスが忌々しそうに魔法の出所に首を向ける。



「今のうちに!」
タバサとキュルケの時間稼ぎのおかげで幾分腕の痺れの取れたシエスタが、何やら難しい顔をして両手を揃え、自分の腰のあたりに据える。
まだ痺れは取れきっていないので直接殴るには無理があるが、リュウが練習の際に空に向けて放った一発。
もしあれが自分にも出来ればどうにかなるかもしれない。

「集中・・・集中・・・」
半身を捻って腰に溜めた両手に意識を集中する。
シエスタの掌がうっすらと光ったような気がした。

「見よう見まね・・・はどーけん!」
シエスタは腰に溜めた両手をミノタウロスに向けて思いっきり突き出した。

 ・・・が、それだけ。
シエスタの手からは何もでない。

「そりゃそうよねー」
冷や汗をたらしながら苦笑いするシエスタ。
ほんの一瞬だけ跳ね上がった闘いの気配を察したミノタウロスは目標を再びシエスタに定めて突進し、巨大な身体で彼女を捉える。

「ぎゃん!」
何メイルも吹き飛ばされ、生えていた大木にぶつかって止まる。
大木はシエスタがぶつかったところを基点に折れてしまい、地響きをたてて地面に横たわった。

「いった~~い」
したたかにぶつけた頭をさすりながら起き上がるシエスタ。
身体中が痛いし口からは血が溢れるが、幸い腕の痺れの方はかなり治まってきた。

「あったまきた~~!」
ぱんぱん!と両手をはたいて手の痺れが治まったのを確認すると、自分の俊足を活かして全速力でミノタウロスにかけより、勢いそのままに拳を突き上げる。
走った勢いを利用しているのでリュウの昇竜拳のように垂直にはあがらず、大きく斜め前方に飛び上がった。

「見ようみまね・・・しょーおーけん!!また噛んだ!?」
むしろ、正解。
ミノタウロスの顎にめり込むシエスタの拳。
思った以上に遠くから飛んでくる拳にミノタウロスも反応できなかった。
ミノタウロスの顎に自分の拳をめり込ませてもシエスタの勢いは止まらず、そのまま数メイルひきずるように巨体を押し込んでいく。
やがて小屋の壁にぶつかり、壁を壊してようやく止まった。

崩れた壁や屋根の一部が瓦礫となってミノタウロスとシエスタの上に襲い掛かる。

「ちょっ!?ちょっと!?大丈夫なの!?」
生き埋めになったシエスタに慌てるキュルケ。
タバサは瓦礫をどけようとレビテーションの詠唱を始めている。

そのとき、瓦礫がガラリと音を立てた。
タバサの呪文はまだ完成していない。

瓦礫の中から這い出してきたのはシエスタだった。
彼女は埃まみれの顔でボロボロになったメイド服のスカートを翻らせ、高らかに言い放つ。
「あたしにだって 負けられない理由があるんだから!」

それきりミノタウロスは動かなくなった。

「リュウだけが特別だと思ってたけど、そうでもないみたいね・・・」
口から泡を噴いてのびてしまったミノタウロスを遠巻きに見ながら感想を漏らす。

「・・・あの娘、怒らせるのはやめとこ・・・」
ボソリと呟いたキュルケの隣でタバサがこくりと頷いていた。



「やった!やりました!・・・ってあれ!?」
大金星に飛び跳ねて喜んでいたシエスタが、突然膝から崩れ落ちる。

「ちょ!?ちょっと!?シエスタ??」
シエスタの只ならぬ様子に心配して声をかけるキュルケ。

「あ・・・あれ?あれ?」
何度も立とうと膝を立ててみるが適わない、まるで自分の身体ではないようだ。
最初、極度の緊張から開放されて腰が抜けてしまっているだけかと思った。
だが、どうやらそれも違うらしい。
なぜなら、シエスタの全身を先ほどまでとは比べ物にならない強烈な激痛が襲ったから。

いかな屈強なシエスタでも、やはりミノタウロスと渡り合うのは無謀だった。
本来の彼女の限界を大きく超えて動き続けた為に幾箇所もの筋が断裂し、腱は伸びきり、心臓もパンクしそうなほどバクバクと脈打っている。
その上二度にわたるミノタウロスの打撃で折れた肋骨が片方の肺に刺さったらしく、口から溢れる大量の血。
分厚く硬いミノタウロスの顎を殴り続けたために両の拳の骨は砕けて最早握ることすらできない。
恐らく肺の他にも内臓がいろいろと大変なことになっているだろう。
身体中が悲鳴をあげていた。

生きているだけで奇跡に近く、とっくに身動きできない状態だったが皆を守りたい、助けたいという一心で無理やり身体を動かしていたに過ぎなかったのだ。

「なんか・・・思った以上に・・・身体を・・・酷使してた・・・みたい・・・です」
口から血を流しながら息も絶え絶えに苦笑いを浮かべるシエスタ。
本来ならのた打ち回るほどの痛みのはずだったが、精神に異常をきたさないように脳が防衛本能として痛みの大半をシャットアウトしてくれたのは幸いだった。

「まったく、無茶したわね。でもおかげで助かったわ。ありがと。急いで学院に戻って、水のメイジに頼んで治してあげるわね。
水の秘薬もじゃんじゃん使ってあげるから安心して。大丈夫よ、ツェルプストー家は裕福だからね」
文字通り身を挺して自分を守ってくれたシエスタ。
今にも泣き出してしまいそうな自分を鼓舞するためにわざと軽口を叩きながらキュルケが肩を貸すためシエスタに近づこうとしたとき・・・

「ブモーーッ!」
怒りのこもった雄叫びとともに瓦礫を蹴散らして現れたのは完全にのびていたはずのミノタウロス。
シエスタの膂力をもってしても、狂える牛頭の巨人から意識を刈り取るのは数瞬が限度だった。

口からはだらしなく涎を垂れ流し、怒りに狂った目は充血しきって真っ赤に染まっている。
そして真っ赤に染まった瞳に映っているのはただひとつ。
自分の半分もないくせに生意気にも滅多打ちにしてくれた人間のメス。
巨人は腕を振り上げ、憎きメスに狙いを定める。

「シエスタ!」
キュルケが悲鳴をあげる。魔法を撃ち込もうにも間に合わない。それに、そもそもキュルケ自体魔力がまるで残っていなかった。
一方のタバサはミノタウロスが立ち上がった瞬間から呪文の詠唱を開始していたが、こちらも間に合いそうにない。

今まさに自分に向けて振り下ろされんとする特大の拳。
が、もう腕をあげて顔を庇うことすらままならない。
きつく目を閉じるシエスタ。

直後、鈍く、しかし激しい音が響く。



――あれ?痛くない?――

シエスタが恐る恐る目を開けると、巨人は顔を抑え、数歩後退していた。

「もう一発いけ~っ!」
離れた場所でルイズが叫ぶ。
そして、叫ぶルイズの隣には両手を揃えて腰に据え、構える男。リュウが立っていた。

両の掌の間で何かがうっすらと光る。
淡い光は圧縮されたような揺らぎを一瞬見せたあと、はっきりと目視できるエネルギーの塊となった。

「電刃・・・」
エネルギーの塊に帯電したような稲光がほとばしる。

「・・・波動拳!」
リュウが上半身を捻り、両手を突き出すと同時にエネルギーの塊がバチバチと放電しながら凄まじい勢いでミノタウロスを襲った。
ミノタウロスはこれを両手で防ぐが、電気を纏ったエネルギーの塊に打たれて身体が硬直してしまう。

”殺意の波動”と”波動”
二つの摩擦によって電気を生み出し帯電された波動拳は相手の神経伝達組織に流れる微弱な電流を霍乱させて身体の自由を奪う。
帯電させることに大半の力を収束させるため、波動拳自体の威力はさほどでもないが、相手の防御を一切無視するリュウの奥の手だった。

「ブモーーッ!?」
突然身体の自由が利かなくなって恐慌状態に陥った相手に、一気に駆け寄るリュウ。
リュウが間近に迫ったときにはミノタウロスの硬直も解けていた、が、構わず懐まで潜り込む。

「ふんっ!!」
左足をミノタウロスの左横まで踏み込ませ、左の拳で右の胴を横向きに、胴に対して垂直に殴る。
人間ならば肝臓に当たる部分。
肝臓に強い衝撃を与えると、肝臓は肝臓自体の修復に全力を注ぐ。
その為に一時的にグリコーゲンの精製が止まり、筋肉の活動が著しく阻害されてしまう。
故にレバーブローは絶大な効果を持っている。

首から下が人間である以上、ミノタウロスの肝臓の位置も人間同様と踏んでレバーブローを放った。
そしてリュウの予想は当たり、ミノタウロスの動きが一瞬止まる。
筋肉の動きが阻害され、腹筋に力を込めることができなくなったところで、返す右の拳を鳩尾に突き刺す。
一般に鳩尾は筋肉がつかない為に人体の急所だと言われている。
が、実際には発達した腹筋ならば十分に鳩尾を覆い隠せる為、鍛え上げられた肉体にとって鳩尾は弱点足り得ない。
しかし直前に放たれたレバーブローによって弛緩してしまった腹筋は鎧としての役割を全うできず、リュウの拳が胃を直撃する。


「ブモッ!」
レバーブローと無防備な鳩尾への打撃という未知の痛みに直面し、困惑するミノタウロス。
あまりの痛さに斧を手放して膝をついてしまうが、それでも野生の本能でリュウに殴りかかる。
殴りかかってくる右腕を、左の前腕で手前に巻き込みながら受け流す。
ミノタウロスは膝をついて身をかがめている為に、今、リュウの目の高さにあるのは牛の頭。
巻き込んだ際にできた上半身の右の溜めを開放し、右の拳で思い切り牛の顎を突き上げる。

桁外れた膂力によって突き上げられる拳に無理やり立ち上がらされるミノタウロス。
即座に左右の拳に全神経を集中するリュウ。

「真!」
再び落ちてくる牛頭の顎に左の拳を打ち込み、突き上げる。
「昇竜拳!」
続けざまに跳び上がりながら右の拳で追い討ち。

骨が砕ける鈍い音とともに天高く打ち上げられたミノタウロスは地面に叩きつけられたあと、今度こそ動かなくなった。



新着情報

取得中です。