あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第22話 襲撃





 翌日、ルイズ、なのは、タバサの一行は、ガリアの妨害を受けることもなく無事にロマリアに到着した。
 聖地に次ぐ第二の聖なる場所である都市。だがそこは、同時に矛盾に満ちた場所であった。



 「でも驚いた。こんなことも出来るなんて」
 ルイズは言葉を選びつつも、賞賛を絶やさない。
 今タバサ達『四人』は、ロマリアの市街を教皇の元へと向かっていた。
 お忍びであるため、用意された鑑札も、ただの巡礼者としてのものである。この時点で、ルイズ達はこの街に潜む矛盾に気がついてしまった。
 ルイズもタバサも、本来の身分は他国においてもかなり上位のものに属する。だがそのような上位者は、訪問に際しても一定の格式を暗黙のうちに要求される。今回はそんなことをしていたら問題がありすぎるため、あらかじめ仮の身分が用意されていた。
 ルイズを中堅よりやや下の貴族とし、なのはやタバサはその従者という扱いである。タバサは元貴族ということにしておいた。この程度なら無碍に扱われることもなく、また過度に歓迎されることもない。
 信心深い貴族が、あこがれの聖都巡礼に来た、程度の使いで済まされる。
 ただ、困ったのがシルフィードの扱いだ。本来なら馬車か船で来る予定だったのであるが、シルフィードは使い魔とはいえ竜である。普通竜を預かるような場所は軍関連以外あまりない。ないわけではないが、よけいな興味と詮索を引くことは間違いない。
 かといって見知らぬ土地のこと。郊外で待機していてもらうのも問題だ。
 ところがタバサがあっさりと解決策を提示した。
 街外れに着陸したあと、タバサがシルフィードに何かを命じた。
 「ええ~、あれは窮屈だからいやなの~」
 「シルフィード」
 彼女はいやがっていたが、タバサが言葉鋭くにらみつけると、渋々それを実行した。
 次の瞬間、そこに巨大な竜の姿はなく、タバサによく似た青い髪の、スタイルのよい女性が出現していた。
 ……全裸で。
 「な、な、な、」
 何故か慌てるルイズに対して、タバサは顔色一つ変えず、荷物の中から服を取りだした。
 それを思いっきり嫌そうな表情のまま着るシルフィード。
 きちんと服を着てしまえば、タバサの身内といっても通用しそうな姿になった。
 「これで問題ない。行きましょう」
 ルイズがあっけにとられていたのも気にせずに、タバサは街の方を目指した。
 そして一行四人は、なんの問題もなく街に入っている。
 だがその表情は、一様に暗かった。



 「ずいぶん荒んでますね……」
 「噂とは大違い」
 なのはのつぶやきに、タバサが相づちを打つ。
 宿を確保して一息ついた一行だったが、全然疲れがとれるような気分にはなれなかった。
 ここまでの道すがら見た光景は、特にルイズにとって衝撃的なものであった。
 なのははテレビやニュース、そしてわずかだが自分の目でもこういう光景を見たことがある。
 タバサも本国からの任務をこなす折りに何度かこういうものを見ている。
 だが、ルイズは今までこういう世界を見たことがなかった。
 確かにトリステインの下町あたりには貧しい人の集まるスラムのような場所がある。そこが危険な場所だということも知っている。
 だが、それでもそこにいる人々は生活をしていた。飢えてはいたが、あそこではなにがしかの『仕事』をして何とか食べていくことが出来ていた。物乞いだっていたが、それだって……
 こんなにたくさんじゃなかった。
 そして何より、目の光が違いすぎた。
 ルイズにはうまく言えなかったが、こう、『希望を使い果たした』とでもいうような目だった。
 そして何より衝撃を受けたのは、そんな人達がごく普通に町中に点在し、そして明らかに豊かな、きらびやかな服装をした、神官と思われる人達が、

 彼らをまるで存在しないかのように、ごく自然に無視したまま通り過ぎたことだった。



 荷物を整理し終わる頃には、夕餉の時間になっていた。その間ルイズは、ずっと窓の外を無言で見つめていた。
 「ご主人様、ご飯の用意が出来たそうですが」
 宿の人の知らせを受けたなのはは、ルイズに言葉を掛けた。
 「なのは」
 返ってきたのは、短いが、強い言葉だった。
 「なんなの、これ……ここが始祖のお膝元とでもいう場所なの?」
 「知りません」
 怒ると同時に縋るようなルイズの言葉を、なのははばっさりと切って捨てた。
 「私だってここに来たのは初めてです。ご主人様以上のことを知る道理がありません」
 「なのは……」
 不安げに揺れるルイズの瞳。それに対して、その忠実なる使い魔はこう返した。
 「ならば、自分の目で確かめるしかありませんね」
 「なのは」
 「今はやるべきことが他にあります。ですけど、そのくらいの時間は、たぶんとれるんじゃないかと思いますよ」
 ルイズの瞳に力が戻っていた。
 「ご飯。待たせると悪い」
 「おなかすいたの~、きゅい」
 そこへ見計らったかのように、タバサとシルフィードの声がかかる。
 くう
 それと同時に、ルイズのおなかが小さく鳴った。
 ものすごい勢いで真っ赤になるルイズ。だがその時使い魔と親友達は、礼儀正しく後ろを向いてドアに向かっていたところだった。







 夜。
 闇の帳は、ロマリアだけでなく、アルビオンにも、トリステインにも等しく下りてきていた。
 そんな中、郊外にいくつもの大きな塔を抱える建物--トリステイン魔法学院に向かう影があった。
 「手筈を確認する」
 闇の中、一人の男が言った。
 「アルフ隊とベイ隊は、この塔に侵入。四階に宝物庫があるから、そこを見張れ。あの学院には、『眠りの鐘』って言うやっかいなものがある。それを使われたら一気にこちらが瓦解しかねん」
 「出来れば奪取、最低でも宝物庫への侵入を防げばいいんだな」
 「ああ、無理はするな。何しろあそこはメイジの巣窟だ。大半はガキとはいえ、教師の中にも腕利きはいるだろう。本塔の他の場所は他の部隊が押さえる」
 「メンヌヴィル殿の部隊には囮をお願いしたい。困難かつ割に合わない役目だが、他の役では相手を殺せないのだ」
 「まあいいだろう。俺も思う存分人を焼き殺せる」
 「その間に本隊が寮塔を襲撃する。狙いは女子寮だ。男子寮はついででいい。が、押さえられるなら押さえろ」
 「女子寮を押さえて人質を取ったら、他の部隊はいったん撤退、近くに潜伏しろ。交渉終了と同時に、猛攻が来るだろうからな。こちらの撤退を援護してくれ」
 「判った」



 その日はトリステイン魔法学院の歴史に残る日となった。
 早朝……だか、早起きな平民達が起き出してくるには少し早い時間。
 闇を切り裂いて、いくつもの火球が容赦なくそこにあった建物を蹂躙した。
 「うわあっ!!」
 「な、なんだ!」
 平穏をむさぼっていた人達が慌てて逃げ出す。そこに容赦なく襲いかかる新たな炎。
 焦熱地獄が出現していた。

 「何事だ!」
 「賊です! 火のメイジもいるようです!」
 騒ぎに目を覚ました学院の教師達は、本塔へ駆けつけてきた。
 「うろたえるでない!」
 浮ついた彼らを一喝したのは、オールド・オスマンその人であった。
 「賊の目的は不明だが、明らかにこちらを殺す気でかかってきておる! 今日の宝物庫当番は!」
 「あ、はい、私です!」
 シュヴルーズが、宝物庫の鍵を掲げながら叫ぶ。
 「すぐさま『眠りの鐘』を取って来たまえ! ギトー君、彼女と一緒に」
 「はっ」
 打てば響くかのようにギトーが答え、すぐさま本塔を駆け上がる。
 「火と風のものは襲ってくる相手を見定めたまえ! 無理はせんでよろしい。従軍経験のないものは無茶したらいかんぞ! 水と土は守りに入る。狙いは宝物庫か生徒かじゃろう! 寮塔の守りにつくんじゃ」
 なんだかんだと言われてもさすがはオールド・オスマン。相手の狙いを即座に読み切っていた。
 だが彼にとって不運だったのは、相手が自分たちの力量ではとうてい対処できない、一流の部隊だったことであった。



 本塔を駆け上がったシュヴルーズとギトーは、宝物庫の前に取り付く幾人もの人影を見た。
 「曲者っ!」
 ちらりと影が見えると同時に、ギトーはためらうことなく『エア・カッター』をたたき込む。
 「ぐあっ!」
 宝物庫の扉にたかっていた賊は、その一撃であっさりと吹き飛ばされた。
 「ふっ、たわいもない」
 そうギトーが思った瞬間、今度は彼が吹き飛ばされていた。
 「ミスタ……っ」
 シュヴルーズがそういいかけた時、いきなり後ろから羽交い締めにされて喉を押さえられる。同時に別の人間の手が腰に下げた鍵を奪い取っていた。
 「へっ、たわいもないな」
 「思った通りだ。案の定、鍵を持ってきてくれたな」
 その場に投げ出されるシュヴルーズ。男二人は、悠然と宝物庫に近づいていく。
 「く……けほっ」
 喉を痛めつけられ、まともに詠唱が出来ない。相手はメイジの弱点をよく知っている。
 素人は杖を奪って安心する。だが杖は予備を持つことも出来る。
 一番安全なのは、こうやって喉を潰すことだ。詠唱無しでは魔法は使えない。
 今の彼女に出来るのは、せいぜい一番得意な『赤土』の練金程度だった。
 それもせいぜい、小指の先ほどが精一杯だろう。
 だが、それでよかった。ひどい目にあったものの、その点だけは始祖ブリミルに感謝します、とシュヴルーズは思った。
 他の誰でも、このまま為す術もなく、宝物を強奪されていただろう。だが自分なら。
 彼女は痛む喉から声を絞り出して、魔法を使った。
 『……』
 そしてそのまま、意識を失った。



 男達は鍵を開けようとして、その鍵が入らないことに気がついた。
 よく見ると、鍵穴が土でふさがれている。おそらく、『練金』で土を詰められたのだ。
 男は鍵の方を見た。複雑な形状で、差し込んだあと回せばいいと言う単純なものではない。
 刻みをつけただけの鍵ならば何とかなったかも知れないが、このような複雑な形の鍵穴に土を詰め込まれてしまっては、掻き出すことすら出来ない。
 「どうします、隊長」
 「痛み分けだな。宝物庫は封鎖された。しばらくどちらにも手は出せん。そこの二人を縛って人質にしておけ。後は本隊に任せろ」
 「はっ」



 本塔の宝物庫は、シュヴルーズの機転によってかろうじて守られた。
 だが、それ以外の部分ではほぼ全面的な敗北を喫していた。
 数はこちらの方が圧倒的に多い。だが、敵を相手にして立ち向かえる気概を持った人物はほとんどいなかった。
 わずかのうちに、生徒、教師あわせて二百名近くの貴族が人質としてとらえられていた。
 腕に覚えのあった教師も、生徒を人質にされては手が出なかった。
 最初の襲撃によって焼かれ、死んだ教師や衛士もたくさん出ていた。
 その焼け焦げた死体を見せられて、生徒の大半が抵抗の気力をなくしていた。
 「やれやれ、完敗じゃのう」
 オスマンは、縛られたままぼそりとつぶやいた。
 そして捕まった人質達を見渡す。
 (じゃが、まだ希望はある。この場にいない彼らが動いてくれれば……何とかなるんじゃがのう)
 捕まった人物の中に、何名かの欠けがあることにオスマンは気がついていた。
 教師一名、生徒二名。
 だがそれは、オスマンの知る限りこの学院内では有数の使い手であった。



 そのうちの一人、キュルケは近くの茂みに隠れていた。
 決闘の心得はあっても、このような集団の戦い、ましてや無慈悲にも相手を殺戮していく戦いにはあまり縁がなかった。
 つい先頃、アルビオンでそうなり掛けたが、本格的な戦闘が始まる前にルイズとなのはの働きで決着が付いてしまっていた。
 だが、あの体験は決して無駄ではなかったらしい。
 夜半、何故か異様な気配を察知したキュルケは、身支度を調えるとそのまま寮塔を出て使い魔達のたまり場へと向かった。そこでフレイムの姿を見た時、襲撃が始まった。
 罪もない平民の宿舎を焼き払い、出てきた平民すら焼き殺す残虐さ。
 いち早く飛び出した幾人かの教師もあっさりと倒された。
 そこまで来て、初めて自分が感じた異様な気配が、つい先日、ニューカッスルで奇襲を受けた時のそれとそっくりだったことに気がついた。
 前回もきっとこの気配はあったのだろう。だが自分にはそれがなんだか理解できなかったため、無意識的に無視していたに違いない。
 だが前回の奇襲で、この感覚ははっきりと『危険』と認識されたらしい。そして再び同じ状況に陥った時、今度は体がはっきりと警告を発したのだった。
 フレイムをつれ、襲撃者から逃れる方に動く。何とかしたいが、一人では多勢に無勢だ。
 学院のみんなには悪いが、最悪自分だけでも脱出して王城なりなんなりに知らせを届けることになるかも知れない。
 その時、キュルケの目が光を捕らえた。まだ伏兵が? と思ったが、その光の位置がある名物教師の実験小屋であることに思い至った。
 まさか、と思いつつ、キュルケはそちらへと向かった。



 まさかがそこにあった。
 実験室の扉を開けると、そこではミスタ・コルベールがなにやら怪しげな機械を動かしている最中だったのある。
 「ミスタ・コルベール!」
 さすがにキュルケも頭に来て怒鳴ると同時に杖を振りかざす。だがそこまでしてもコルベールは目の前の機械の方に注目していた。
 さすがにキュルケも違和感を感じる。彼は変わり者ではあっても、人の話を無視するタイプではない。よく見ると彼の耳に何かが詰まっているのに気がついた。
 どうやら何かの理由で耳栓をしていたらしい。これでは外の騒ぎも判るはずがない。
 彼女は黙って彼の背後に立ち、それにコルベールが反応する前に彼の耳から耳栓を抜き取った。
 「わっ! なにを……おや、ミス・ツェルプストー……!」
 何事かと振り返ってキュルケの方を見るコルベール。が、次の瞬間その表情が一変した。
 キュルケも見たことがない、ものすごく引き締まった『武人』の表情。
 思わず彼女は目をこすってしまった。
 「ミスタ……?」
 「敵襲ですか、ミス・ツェルプストー」
 驚いたことに、こちらがなにも言わないうちにコルベールは今の状態を『敵襲』と言い切った。
 「はい」
 そう答えることしかできないキュルケ。
 コルベールは機械を止めると、外の様子をうかがいつつ言った。
 「本格的にこれを実験する前でよかった。本格稼働させるとこの機械は轟音を発するのでね。そんなときに扉を開けたら、一発でこちらの存在がばれるところでした」
 「それで耳栓を……」
 問い返すキュルケに対して頷くコルベール。
 「ミス・ツェルプストー。判っている限りの状況を」
 いったん扉を閉め、わずかな明かりもすべて落としてから、コルベールはキュルケに聞いた。
 「はっきりとしたことは判りませんわ。ですが、ここが気づかれなかったことといい、相手の動きは収まり掛けている気がします」
 「そうですか……だとすると、偵察してこないといけませんね。ミス・ツェルプストー、あなたはここに隠れていなさい。明かりが付いていたにもかかわらず襲われなかったということは、相手はここに気がついていない可能性が高い」
 「……はい」
 不満ではあったが、とりあえず頷くキュルケ。
 「自慢できる話ではありませんが、ここに来る前は軍にいたこともあります。それに私は教師ですよ」
 そういってコルベールは実験室を出て行った。
 キュルケは、まるで別人のように精悍な表情をしていたコルベールを思わず見送ってしまったが、もとよりこんなところにじっとしていられる彼女ではない。
 だが彼のいうとおり自分の技量では危険なのは確かだ。だが付近の様子は気になる。
 少し考えた後、キュルケはこんなときこそ活躍できそうな相棒の存在に思い至った。幸い襲撃していたのは火のメイジ。それだけということはないだろうが、主力が火なら危険は格段に少ない。
 (いきなさい、フレイム。夜の散歩のように、私に状況を伝えて)
 (御意)
 ギーシュやモンモランシーほど熱狂することはなくとも、しっかりと日常会話は教え込んでいたキュルケ。会話できるほどの語彙はないものの、このような返事が出来るくらいにはなっていた。
 そしてキュルケの忠実な使い魔であるフレイムは、ゆっくりとたまり場から離れていった。



 一方、夜の闇の中をコルベールは走る。普段とは別人のように鋭く、確かな動きで。それでも彼にとっては不満な動きでしかなかった。
 (だいぶなまっていますね……まあ私も歳ですし)
 自嘲しつつも、その動きは素人のものとは思えない。
 闇に紛れるようにして付近を動き回った彼は、襲撃者の配置をほぼ掴んでいた。
 (ある意味終わっていますね……兵力の大半が撤収中、有力なもの何人かが交渉に備えて待機というわけですか。これは僥倖です)
 相手の動きを見て、コルベールにはその意図がほぼ掴めていた。人質を取り、それを監視できる人数を残して残りが周辺に潜伏・待機。これはおそらく政府筋に要求を出したあと、人質解放と共に脱出するための布陣。
 当然のことながら交渉時には相手も武力を率いてくる。包囲されることになるだろう。そうなると脱出には外部との連携がどうしても必要になる。そのための兵力をこうしてあらかじめ外に出しているのだ。
 (こんなご時世にこんなことをするとすれば、相手はアルビオンのレコン・キスタとかいう奴らでしょうか。なんでこんなことをするのかはよく判りませんが……)
 ルイズ達のことは学院内では当事者以外ではオスマンしか知らなかった。
 (人質になっている生徒達は、朝までは大丈夫でしょう。まずは……)
 それからさほどの時も経たないうち。
 学院を出、近くの森の中で再集合した部隊の元に、死に神が降り立っていた。
 森の中、点呼する彼らの間に、わずかな異臭が漂う。
 油の匂い? と思った時には遅かった。
 決して派手ではないが、わずかな閃光のみを伴った燃焼が一帯に炸裂する。
 それはコルベール必殺の魔法。練金によって燃えやすい油を空気中に漂わせ、それを一瞬にして燃焼させることにより大気中より酸素を奪い取り、範囲内の相手を窒息させる虐殺の魔法『爆炎』。
 それを今回、術の一部に手を加え、代名詞でもある爆炎が目立たないように炸裂させた。
 燃焼には必ずしも光を伴うとは限らないのだ。
 そしてほんの数分の後、周辺には顔を紫色に染め、苦悶の表情を浮かべた死体がたくさん転がっていた。
 それを沈痛の表情で見るコルベール。
 「『科学』の知識は、本来決してこんなことに使うものではないはずなのに……」
 それはかつて、自らの手で燃やしたとある村に伝わっていた書物。
 自らの死が避けられないと知った時、遺産として受け取ったもの。
 『あなたもきっと、なにも知らされずにここへ赴いたのでしょうね……』
 疫病の根絶の名目の元行われた新教徒狩り。その中で託されたもの。
 それは一つの赤い貴石と何冊かの書物。
 『私の命は上げるわ。でもこれは、これだけは駄目なの。これは残さなければならない……もしあなたの仕事が『疫病にかかった村人の処分』なら、これを廃棄する理由はないはずよ』
 結局彼は、その遺産を人知れずに受け取った。
 赤い貴石は、戒めのために手元に置いている。
 書物は内容をすべて暗記したあとに燃やした。
 その書物は、使い方によってはまさに世界を根本から変えてしまう意味を持っていたからだ。
 『自然科学』と称されていた、未知の学問。
 この世界を魔法に頼らずに見つめ直した書。
 今使った『爆炎』の魔法の原理も、その書から学んだものだった。
 人が生きるためには、『酸素』と名付けられた、大気の一要素が必要であり、それは燃焼によって使用される。
 火事で人が息を詰まらせて死ぬのは、そのせいである。
 そのほかにも、その書はこの世界のあり方を、『魔法抜きで』語っていた。
 若き日のコルベールは、それにあこがれると同時に、その危険に気がついた。
 その書物には、それが発展した場合の文明の姿も暗示されていた。
 そこには魔法使いなどいなくても人は豊かになれる--そういうことが書かれていたのだ。



 コルベールにとっての誤算は、襲撃者の中にある人物が混じっていたことだった。
 視覚に頼らず、敵を察知できる人物が一人いたこと。
 その人物だけは、それからすこしのち……コルベールが学院に戻るより早く、別働隊の運命を悟っていた。
 風に乗って運ばれる、炎と死の臭いによって。



 「すまん、少し出る」
 メンヌヴィルはそういって立ち上がった。
 現在この場に残っていた仲間は総勢七名。二百人いる人質を押さえるにはどう見ても少ないが、そこはそれ、ちゃんと手は打っていた。
 人質を二つに分け、その一方だけを厳重に監視する。
 厳重な方はほとんどが女性。それもトリステインで特に身分が高い女性を厳選している。
 筆頭公爵の娘が不在だったのは残念だが、それでもこちらの誰かが傷ついたら大きな問題になる人物だ。
 それに縛られて男子生徒を初めとする教師達すら手出しが出来ない。
 「どうした?」
 そう聞いてくる同志に、メンヌヴィルは軽く手を振って答えた。
 「なに、野暮用だ。用足しって言うやつさ」
 「なんだ。時間掛けるなよ」
 「とは言ってもなあ、ま、急いでくらぁ」
 そういうメンヌヴィルの顔は、何故か不自然なくらい輝いていた。

 (間違いない……この臭い、別働隊、全員やられたのか? だとすると相手はおそらく、あの隊長並みの腕利きか……)

 これから始まる闘争の予感に、彼は全身が激しく昂ぶるのを感じた。
 その時、彼の嗅覚に、かすかに漂ってくる『匂い』があった。
 獣や蛇の匂いに混じって、ほんのわずかに漂う『女』の匂い。
 ここで捕らえた『乙女』とは違う、男をよく知る『雌』の匂いだ。
 メンヌヴィルは盲目の戦士であった。目を失った代わりに、彼は匂いと温度に対して異常なまでに敏感になった。
 特に肉の焼ける匂いと、人間の体臭・体温に。
 それはある意味視覚を越えていた。
 そんな彼の感覚にかかった新たな匂い。男をよく知る女の匂い。
 おそらくはこちらの手を逃れた教師か。メンヌヴィルはそう判断した。その匂いがこちらを伺っている。
 「ちょうどいい……食前の酒をいただこうか」
 メンヌヴィルは、あえて隙を作りつつ、木陰へと向かって行った。



 フレイムに様子をうかがわせていたが、敵は小勢にもかかわらず、呆れるくらいに隙がなかった。生徒と教師の大半……おそらくは全員が講堂に集められているらしい。
 しばらくフレイムの目を通じて監視していたものの、相手の動きもコルベールの動きも判らない。
 彼が逃げたなどということは、キュルケは毛ほども疑っていなかった。彼が見せたあの表情は、キュルケの男を見る目を直撃していた。
 もしあれが逃げるような男だとしたら、自分の目は節穴以下である。
 だが、ついに動きがあった。
 一人の屈強そうな男が、講堂から出てきたのだ。
 監視の目を男に移すと、男は何かを探すように動き、やがて木陰に向かって行った。
 その行動にキュルケは覚えがあった。男がトイレを探す時の様子だった。
 しめた、と思った。人間、出すものを出している時はきわめて隙が大きくなる。
 これはチャンスだ。
 キュルケは意を決して、隠れ場所であった研究室から出た。



 木陰で立ち小便をするふりをしていたメンヌヴィルは、『女』の匂いが急激に強まったのを感じていた。先ほどまでの残り香とは違う確かな匂いが、空気の中に漂っている。
 まだ熱を感じ取れるほどではないが、近づいてきているのは確かだ。
 それを悟った彼は、股間から己のものを取り出すと、本当に放尿をはじめた。
 これは彼にとっても賭だった。自分の出したもので、女の匂いがどうしても途切れるからだ。もしこのときに遠距離から熱も匂いも伴わない攻撃……土系統の魔法などで攻撃されたらかなり不利になる。だがそれは杞憂だった。紛れもない女の熱が、彼の感覚にかかってきた。
 そしてそれを越える、熱い炎の感触。
 どうやら相手は火のメイジだったようだ。
 そして彼は、しずくを切って己のものをしまうと、一歩横に動いた。
 その脇を、巨大な火球が通り過ぎていき、奥の立木に命中した。
 あっという間に火だるまになる立木。講堂の方にもばれるだろうが、今の状況でならせいぜい出てきても一人だろう。なら邪魔をするなと言えばいい。
 そして彼は悠然と女の熱の方を見ると言った。
 「よう、お熱いお誘いだな」
 相手の体温が上がるのを、彼は察知していた。




新着情報

取得中です。