あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

魔導書が使い魔-04a


「…………」
「…………」
重い、重い沈黙を横たえながら2人は黙々と教室を片づけていく。
あれから一時的に意識を取り戻したシュヴリーズはルイズに教室の片づけを命
じると、そのまま救護室へと運ばれていった。
今後あの中年教師にトラウマが刻み込まれるだろうが、今は関係ないことであ
る。
「…………」
ルイズは煤と壊れた机の破片を掃き集め。
「…………」
アルは残った机の上で腕を組んで胡坐をかき。
「てけり・り」
どこからか聞きつけてきたのかダンセイニが壊れた机を移動させていた。
「って、なんであんたは働いてないのよ!」
今更ながら気が付いたようにルイズはアルに向かって叫ぶ。
アルはルイズを見て。
「なぜ汝の不始末を妾が拭わねばならん」
「――う」
鋭い指摘だった。
なにか反論する材料を探そうと、ルイズは言葉につまり。
「だ、だけど……」
考えられた思考は、取り繕う彼女からボロボロと錆のように落ちていき。
「だって……あんたは、わたしの……使い魔なの……よ」
今更通用しないと判っている理屈を取り出すしかなかった。
思い起こされるのは遠い過去から続く今までの日々。
国の中でも有数の家系、英雄視されることもある両親、あらゆる才を花開かせ
る姉。
気がついたときから、自分はひたすらに努力を積み重ねてきた。
学を学び、才の方向を試し、礼を刻み込み、精神を叩き上げる。
経済、歴史、社会構造を覚え、理解できるまで噛み砕いた説明を父親から聞き
だし。乗馬、剣術、弓術などを体験し、自分に合ったものを上の姉の指導の元
練習を重ね。テーブルマナーに家臣への接し方に王族謁見のマナーから隣国の
貴族との会食マナーを母さまに厳しく躾けられ、時折逃げることはあったが弱
音を吐くことはなく。心の強さ、優しさ、暖かさをちいねえさまから与えられ、
そしてそれに応えようと常に自身へと問いかけることは忘れない。
言葉にすることは簡単だが。自分にできることを、できないことを。できるよ
うになるまで、またはできないとわかるまで、自分という土台を積み重ね、踏
み固めていった。
そう、やればやるだけ結果は応えてくれる。伸び悩むこともあるが、続ければ
必ず報われるのだと自分は、そう思っていたのだ。
誰もが――自分でさえ――その将来に大きな希望を持った。
だが――
箒を痛いほど握り、掃き集めていたはずのゴミは無秩序に転がされる。砕けよ
というかのごとく歯は噛み締められ、目に溜まった雫を零さないように更に力
をかけられる。
――だがたった一つだけ。ある意味最も望み、あることが当然だと思われる物
――魔法。
ただそれだけが、たったそれだけが、そんなことだけが……自分にはなかった。
熱心で出来るたびに褒めてくれた家庭教師は、魔法を見ると侮蔑のような目を
向けてきた。
どんなことがあっても優しく頭を撫でてくれる父さまの目は、魔法のことを言
うと痛ましく歪む。
はじめは修練が足らないと叱っていた母さまも、月日が経つうちにその頻度も
少なくなっていく。
なにかと魔法をネタにいじっていた姉さまも、そこには触れなくなった。
ただ、ちいねえさまだけはなにも変わらなかったが、逆にそれが辛かった。
そして己を変えるため、自分を脱ぎ捨てるために、父さまの反対を押し切りこ
の学院に入った。
勉強した。家の蔵書数を遥かに超える学院の図書館を嘗め尽くす勢いで、魔法
関連の本を読み漁る。『火』『水』『土』『風』から『コモン』マジック。広
く使われる攻撃魔法から回復魔法、防御魔法、生活に根差す『錬金』や、誰も
知らないようなマイナーな魔法まで。
練習と勉強と復習と予習とを夜や朝、昼なども自由になる時間を、全てを費や
し繰り返し、座学では学年で一番の成績を収めるまでになった。
それでも――魔法だけは、使えなかった。
泣きそうだった、だけど歯を食いしばって耐えた。必ず芽が出る、必ず報われ
る。
そう……言い聞かせて……自分を騙し続けてきた。
「ふっ……く、くぅ……っ」
だけど胸の奥。いつも押さえ込んでいた突き崩すような衝動に耐えるには、
心はもう限界だった。
「てけり・り~……」
聞こえた声のほうを見ると、ダンセイニが手(?)を止め、こちらをうかがい。
気づけばアルもこちらを見ていた。
「そ、そうよね……っ。ど、どうせあんたも。わたしに失望したでしょ!」
「――」
たとえ心が折れそうでも、彼女は反射的に虚飾を取り繕うとする。
「言われてた、でしょ? ゼロの、ルイズって……」
顔に無理やり笑みを貼り付け、たとえそれが自分でも崩れそうだとわかってい
ても、止める事はできない。
「……わたしはっ! 昔か、ら……こんな、のっ」
俯きそうになる顔を、わざと相手に向け。決して逃げることはしない。それが
悲しいまでの彼女の性。
「一度もっ……魔法が、成功しなっくて」
吐き出す言葉は刃。本来なら他人を切るはずの言葉は、その向かう方向が違う。
そして致命的な刃は。
「――もうっどう、や……てっも……魔法なんてっ!」
自らを深く突き刺さ――
「――ある男の話だ」
アルが口を開く。
「その男はひどく貧乏人でな。ガスは止められる電気は止められる水道は止め
られる家賃は払えず、日々の食う物さえもないありさまで。毎日教会に行って
は食事をタカルしまつ」
「え――?」
突如始まった話に困惑していると、さらにアルは話を進めていく。
「探偵なんぞしていたが、とんだ三流。来る仕事は犬猫などのペット捜索。す
ぐにへたれるし、あげく女には甘いと来る!」
話が進むごとにアルはなぜか興奮したみたいに鼻息を荒くする。
「なんだあれは! 巨乳か! あの脂肪の塊がいいのか!」
「ちょっ、ちょっとなに!?」
なぞの迫力にルイズが口を挟むが、アルは取り合わない。
「そんなのだから、いつもいつも。貧乏くじを引いて泥沼へと引きずりこまれ、
いつも痛い目を見るのだ。だがな――」
ふと、そこで口調が和らぎ、顔に笑みが浮かぶ。
「どんな苦境に立たされようとも、どんなに痛い目を見ようとも。たとえ、
今やっていることが無駄であろうとも」
それはまるで、子を見守る母のような微笑。伴侶を自慢する愛する者の喜び。
「そやつは、決して諦めなかった。決して膝を屈しなかった」
アルがルイズへと顔を向けた。
「千回。万回。億回。何度失敗しようとも、挫けそうになっても。その男は必
ず立ち上がり再び挑んだ」
そこで一度言葉を切り。
「それで、汝はどうだ?」
まるで試すような瞳が、ルイズを捕らえる。
「“たかが今まで成功しなかった程度”で全てを投げ出すのか?」
そしてアルは。
「たった千回の失敗で、たった万回の失敗で、億回にもいかぬ失敗で諦めるほ
ど。汝の目指す道は軽いのか?」
負けを認めるのか、と聞いてきた。
「さあ、応えよ我が契約者――ルイズ」
「――」
それに彼女は――ルイズは硬く硬く手を握り締め、きつくきつく歯を食いしば
り。
「全てを投げ出す? 諦める? 冗談じゃないわっ!」
アルへ顔を向けて、キっと睨み付けると。
「千回? 万回? 億回の失敗? 上等っ! その男ができたんなら、わたし
に出来ない筈がないじゃない!」
その胸を焦がすは新たなる灯火。
「上等じゃないアル。わたしは決して諦めてなんてやらない!」
そう、他人から逃げを、負けを誘われて膝を屈するほど、ルイズの誇りは軽く
はない。
「うむ、それでこそ妾の主にふさわしい」
「てけり・り~♪」
アルはそれに満足そうにうなずき、ポヨポヨとダンセイニが跳ねる。
「いや、それは止めて……」
うめくルイズの横。
「……早々簡単に壊れてもらっては困るからの」
なにか不穏な言葉も聞こえたが。
ともあれルイズは改めて、気合を入れ直すと箒を握る。
「よし! ちゃちゃっと済ませちゃいましょうアル!」
「てけり・りっ!」
拳を振り上げるルイズに倣い、触手を拳のようにして合わせる。
「待て」
そこでアルが異論を挟む。
「なによ」
アルは悩むように腕を組み。
「そのアルと言うのは、もしかせんでも妾のことか?」
「あんた以外に誰がいるのよ」
「な、汝もか!」
「あんたなんてアルで十分よ。それよりさっさと手伝いなさいよ!」
「ええい! 誰が手伝うか!」
そうして、騒がしくも教室の片付けは進んでいく。



「これも違う……」
コルベールはトリステイン学院本塔の図書館。教師のみ閲覧可能の『フェニア
のライブラリー』で唸っていた。
30メイルもある巨大な本棚の上部。『レビテーション』で浮いている彼の手に
は一冊の本。
タイトルは『始祖ブリミルの使い魔たち』。ハルケギニアにおいて、知らぬ者
はいない物を扱った書である。
彼が他にも抱える本は『ルーンの総称意義』『ハルゲギニアの伝記伝承』など
がある。
書に目を通していたコルベールだが、一番大きな挿絵を見つける。
その絵には始祖ブリミルの使い魔たちのルーン描かれているのだが。
「……これは?」
コルベールは懐から紙を取り出す。
それは先日、気絶したルイズから写し取ったルーンが描かれている。
「まさかっ!」
彼の顔が驚きに歪む。
「おっとっとっ!」
抱えていた本が落ちそうになり、あたふたとしたあと。
「こうしておりません!」
本を乱雑に戻し、急いで図書館を後にした。

学院長室。おおよそ、このハルケギニアにおいて最高峰と呼ばれる魔法使いオ
ールド・オスマン。
数々の功績と、群を抜く実力、膨大な知識量。300年も生きていると言われ、
白い口ひげと髪はその通り抜けた歴史を感じさせる。
そのハルケギニアの伝説の魔法使いは。
「ヒマじゃのー……」
とても時間を持て余していた。
前はそれなりに学院長として仕事があったのだが、最近は有能な秘書を雇った
おかげでサインと判子だけで事足りる。
期限ぎりぎりまでやらない主義であるオスマンでも、それならすぐに済むのだ。
むろん、いつも余裕で書類や仕事の期限をぶっちぎることで困っていた関係者
は喜んだが、オスマン本人は大きくヒマを持て余すこととなる。
「ヒマじゃのーーーー…………」
そういって、大の大人が重厚なテーブルにベチャリと突っ伏す姿はいかにもア
レな感じである。
ふとオスマンが視線を向けると、そこには黙々と書類と向き合っている秘書
――ロングビルがいた。
眼鏡をかけてキリリとした表情で書類と向き合うその姿は、いかにも出来る女
といった感じである。
しばしその姿を眺めていたオスマンは、ふと悪戯を思いついたような顔をする
と。
「モートソグニルや」
ちゅう、と可愛らしい声を上げてオスマンの肩に自身の使いまであるハツカネ
ズミが現れた。
「ちいと頼みごとがあるんじゃが」
オスマンはゴニョゴニョと使い魔に頼みごとを伝えると。
モートソグニルはちゅう、と小さく鳴いた。
「よし、頼んだぞ」
彼は勇敢にもロングビルの机へと駆けていき――
ガシャン!
ぢゅう!?
絨毯から現れたトラバサミに挟まれあえなく散っていった。
「モートソグニルぅぅぅううっ!?」
慌てて駆け寄るオスマン。
書類作業を止め、ロングビルは『錬金』を唱え終えた羽ペンを置く。
「ミス・ロングビル……なんと酷い事を……」
ピクピクと痙攣しているネズミを労わる様に手にするオスマンは、ロングビル
へ言った。
「セクハラする時間があるなら仕事をしてください」
それにロングビルは勤めて冷静に返す。
「なんじゃいなんじゃい、そんなにもこの老体を苛めて楽しいのか!」
カッと目を見開き、詰め寄るオスマンにロングビルは動じず。
「そう言いながら胸の谷間を凝視しないでください」
ぐいっとオスマンの頭を押しのけた。
「かー! 見られるぐらいでガタガタ言うな! そんなのだから男がよりつか
んのだ!」
吐き捨てるようにオスマンが言うと。
「…………」
「痛い痛い痛いっ! 止めてごめんなさい! 殴らないで蹴らないでっ!」
無言で殴る蹴るを繰り返すロングビル。
そんな日常的な行為を行っていると。
突如勢いよく扉が開け放たれた。
「大変です! オールド・オス……マン?」
慌てたように入ってきたコルベールが見た物は、地面にうずくまるオスマンと、
それとはなんの関わりもないように机で黙々と書類を整理するロングビルであ
った。
一瞬なにをしているのかこの痴呆老人、と思った物のコルベールは本題を思い
出した。
「オールド・オスマン! そんな遊んでいる場合ではありません!」
「いや、遊んでいるわけでは……」
恨みがましい目を秘書に送るも、ロングビルはどこ吹く風と淡々と仕事をこな
す。
オスマンはローブを叩きながら立ち上がるとコルベールと向き合い。
「で、どうしたんじゃ。ミスタ……コールベル」
「私は呼び鈴ではありません! コルベールです!」
「おお、そうじゃったそうじゃった。で、なにかの?」
飄々と笑うオスマンにコルベールは改めてその意を告げた。
「オールド・オスマン、これを」
手に持った書を掲げる。
「『始祖ブリミルの使い魔たち』じゃと? まーたカビ臭いものを」
「それはいいのです!」
そうして次にコルベールがその書の挿絵を開いた後。
「これは、6000年来の伝説が舞い降りたかもしれません!」
ルイズのルーンの写しを取り出した。
「…………」
オスマンの顔が一瞬にして引き締まり。
「ミス・ロングビル少し席を外してくれぬかの」
ロングビルは無言で席を立つと部屋から出て行った。
それを確認するとオスマンはコルベールへと問いかけた。
「それで、詳細を話してくれんか」



「むう……」
アルは唸りながら廊下を歩いていた。
「てけり・り」
その後ろをうねうねとダンセイニが続く。
ルイズの姿はそこにはなく、1人と1匹は当てもなく学院を歩く。
「あの小娘め……」
怨嗟の篭った声でアルが呟いた。

教室の片付けをなんとか終えた3人(2人と1匹?)は少し遅くなった昼食へと
行こうとしたのだが。
そこでルイズはアルに向かい。
「ああ、あんたは昼食抜きね」
と告げたのである。
当然のことながらアルは抗議したが。
「あんたは片づけを手伝わなかった上に、朝食では随分と恥をかかせてくれた
わね。少しは反省しなさい!」
ルイズは聞く耳を持たず、これを覆すことはなかった。

そうして空腹な1人と1匹は飢えを満たすべく、こうして彷徨っているのである。
「うぬぬ……妾が餓死したらどうしてくれよう」
「てけり・り」
魔導書であるアルは実際なにも食べなくてもいいのだが、最近まで人間と同じ
生活をしていたため習慣となってしまった。
「……今頃、あやつはどうしておるかな」
ぽつりとアルが言葉を漏らす。
思い出すのは懐かしき日々、教会での騒がしくも賑やかな食事。
暴走するシスター、騒ぎ出す餓鬼たち、主を地獄へ叩き込む妾、おちょくられ
る■■■――
「あ――」
なぜか、重要なことが、思い出せない、気がした。
それは――愚か者で――うつけで――馬鹿で――未熟者で――暖かくて――大
切で――かけがえのない――その名は□●◎■○△
「ああ――」
そのことを詳しく思い出そうとすると頭に奔るノイズノイズノイズ――
「くぅ……っ」
「てけり・り?」
立ち止まったアルを心配そうにダンセイニが見上げるが、それどころではない。
バックヤードで疾走する術式を呼び出す。
現状記述損傷率は38.35――失礼これは違う――36.51844% 修復率は1.26548%
どこかがおかしい、確実に修復が進んでいるはずなのに。前より深刻化してい
る気がする。
なにか重要なことが検閲されているような――
「――どうしました」
そんな時だった。声をかけられたのは。
「……?」
アルが見上げた先で、黒髪を揺らした少女がこちらを見て問いかけた。
「どこか具合でも悪いのですか?」

「もう、おかわりはいいですか?」
「うむ、もうよい」
「てけり・り」
空っぽになった皿を前にアルとダンセイニは満足そうな声を上げた。
シエスタと名乗った少女はこの学院のメイドらしく、ダンセイニの姿に一瞬驚
きはしたもののすぐに順応した。
そしてアルが空腹であると告げると快く厨房へと案内してくれたのだ。
腹が膨れて機嫌がいいのだろう、アルはほぼ空っぽになった鍋を持つシエスタ
に言った。
「馳走になったな小娘」
どう見ても年下に小娘と言われてシエスタは。
「ふふ、どういたしまして」
背伸びをしている子供とでも見ているのだろう、優しい笑みを浮かべる。
そしてシエスタはアルへと話しかける。
「でも、大変ですね。平民なのに使い魔なんて」
「ん? 小娘なぜそれを?」
平民と呼ばれたことはこのさい無視して、アルは最も気になったことを聞いた。
シエスタは軽く笑い。
「だって、今日の朝食であんなに騒いだらすぐに噂は広まりますよ」
「ふむ」
それもそうかとアルが納得していると、奥から恰幅のいい男が現れると野太い
笑みを浮かべ話しかける。
「どうだい? 俺の料理は」
「うむ、美味であった」
「がははははっ! いいねぇ! あんな食べっぷりでそんなことを言われると
嬉しくなるねぇ!」
「ぬあっ! 汝っ! 頭をっ振り回すな!」
グシャグシャと髪をかき混ぜる手をアルは跳ね除けると。
威厳高々に口を開いた。
「妾はあらゆる外道の集大成。最強魔導書『アル・アジフ』なるぞ!」
その言葉に一瞬ぽかんとなる男。だが。
「がはははっ! それなら俺はこの厨房のコック長のマルトーだ!」
笑いながらアルの頭をまたかき混ぜる。
「だからするなとっ!」
「賄でよければいつでも食いにきな」
抗議するアルに、マルトーは男臭い笑みを浮かべ、笑いながら厨房の奥へと帰
っていく。
「よいしょっと」
それに連動するようにシエスタも鍋を置くと、近くにあった銀のトレイを掴む。
「ん? 汝どうした」
「今からデザートを運ぶんです」
そうか、とアルが呟くと。クイクイと袖が引っ張られる。下を見ると。
「てけり・り」
うにょうにょとダンセイニが動いていた。
「なんだ?」
「てけり・り」
「ふむ、確かに一宿はないが一飯の恩はあるな」
「てけり・り!」
「ふむふむ、それもよいか」
人外と人外が不思議な会話を繰り広げる中。
「あのー……」
置いて行かれるシエスタが声をかけようとした時。
「よし!」
アルが勢いよく立ち上がりシエスタへ振り返ると、偉そうに言い放つ。
「感謝せよ。汝の雑務を手伝ってやろう」
「てけり・り」
それにシエスタは、一瞬ぽかんとした後。
「はい、それじゃあお願いしますね」
微笑ましいと笑った。



ルイズは食後の紅茶を嗜みながら、ご満悦であった。
なにせあの生意気な使い魔に現在昼食抜きという罰を与えているのだ。
ああすれば、あいつも少しは懲りるに違いない。
「ふふ……ふふふふ」
薄暗くほくそ笑むルイズは、不気味な笑みを周囲に振りまき近寄りがたい雰囲
気となっているのだが。
(まあ、これで反省する態度を見せたら、夕食はまともに取らせてあげようか
しら)
ふふふふふ、とにやけながら紅茶を含んだルイズは。
「てけり・り~」
「ぶーっ!!」
「きゃあ!」
突如聞こえた聞き覚えのある声に口の中の物を噴出した。
不幸にも通りがかったモンモランシーが直撃を食らったが、それを気にしてい
るどころではない。
口元を拭きつつ周囲を見渡すと。そこには。
「ほれ」
「はい」
「てけり・り~♪」
アルがケーキの乗った銀のトレイを差し出すと、シエスタがはさみでケーキを
つまみ貴族へ配っていき。ダンセイニはその体を生かして運搬と配膳の両方を
こなす。その異形の姿になぜか女性を中心に人気を集めている。
ダンセイニと目が合った。
ぷにょぷにょと体を少女たちに触られていたダンセイニはルイズに近づくと。
「てけり・り」
ケーキを皿に乗せる。
(あ、イチゴのショートケーキ。しかもほかのよりも少しイチゴが大きい)
そんなことにルイズは少し幸福感を――
「って、なにしてんのよあんたたちっ!!」
かみ締めるほど余裕はなかった。
叫び声に注目が集まり渦中にいるアルは、その声に振り返ると。
「なんだ、汝か」
疲れたように言った。
「なんだはないでしょう! なんだは!」
ルイズが歩み寄ると、アルと言い争いをはじめた。
シエスタはなにかを察したのか、静かにアルからトレイを受け取るとその場を
離れていった。
「ええい! 本当によくもまあさえずるな汝は!」
「なによ! 使い魔のくせに!」

少しその場を離れ、シエスタは言い争う2人を見た。
桃色の髪を揺らし理不尽とも取れることをまくし立てる少女と、それに対して
負けじと理不尽を理不尽かつ偉そうに拒否する銀髪の少女。
当人たちにとっては真剣なのだろうが、故郷に多くの兄弟を持つシエスタから
見ると姉妹喧嘩のようで微笑ましいことこの上なかった。
零れそうになる笑みを押さえ込み、1人でトレイからはさみでケーキを配って
いく。
それを横目に見ていたせいだろうか。
「おい、ギーシュ! ほんとはどの子と付き合ってるんだよ!」
「誰が恋人なんだ?」
「ふ、僕は薔薇。薔薇というものは多くに愛でられるからこそ意味があるんだ」
目の前で複数の少年に囲まれ質問をはぐらかすキザな少年――ギーシュから転
がり落ちた小壜を思わず拾う。
「あの、貴族様。これを落としましたよ」
「うん?」
小壜を差し出されたギーシュは、一瞬だけ苦い顔をすると。
「そんな物は知らないな」
しれっとした顔で言った。
普段のシエスタならそこでなにかを察しただろう。だがルイズとアルのやり取
りを見てお節介な心が頭を擡げ、シエスタはギーシュへ言いすがる。
「ですが、確かに」
「しつこいな君は――」
それに早々に話を打ち切ろうとしたギーシュの声は。
「――おいこれ! まさかモンモランシーの香水か!」
先ほどから彼に質問をしていたマリコルヌによって遮られ、周囲の少年はその
声に敏感に反応した。
「この小瓶の形、間違いない!」
「しかもこの鮮やかな紫色は!」
「これってモンモランシーが自分自身のためにしか調合しない特別な香水じゃ
ないか!」
こうなればもうギーシュにもシエスタにも止めることはできない。
「これをギーシュが持っていたということは」
「ギーシュ! お前はモンモランシーと付き合っているのか!」
「いや、それは――」
ギーシュはそれを必死に弁解しようと、口を開いたとき。
「ギーシュ様……」
気がつけば、ギーシュが振り向いた先に栗色の髪の可愛らしい少女が居た。マ
ントの色からして1年生であるその少女を見たとき、ギーシュの顔に焦りが浮
かんだ。
「け、ケティ!」
ケティと呼ばれた少女はじっとギーシュの顔を見ると、急にボロボロと涙を流
し始める。
「ギーシュ様……やっぱりミス・モンモランシーと」
「違うケティ! これはなにかも間違いで! その小壜は僕がさっき落ちてい
たのを拾ったんだ!」
「もういいですっ!」
あたふたと言い訳をするギーシュを少女は遮ると。大きく腕を振りかぶった。
踏み締められた足は地面を掴み。その踏み込みから生まれた剄を螺旋と捉え。
足から膝、膝から腰、腰から肩、肩から肘、肘から手へと伝達増幅する。鞭の
ようにしなった腕は震脚と剄力を一切漏らさず、ギーシュの頬へとその衝撃を
解き放つ。
――ドゴン!!
「ぐべらぼへっっ!!??」
おおよそ人体が発するとは思えないような打撃音と共に、カンフー映画の如く
その場で4回転し墜落するギーシュ。
「さようなら!」
拳法の達人にも劣らぬ見事な平手を放った少女は、泣きながら走り去っていっ
た。
ポカンと言い争うことも忘れ、お互いに見入っていたアルとルイズの傍。巻き
髪の少女がつかつかとギーシュの元へと一直線に歩いていく。
「お、お、お、お、お……」
首が直角に曲がったままゾンビの如く立ち上がったギーシュに巻き髪の少女が
話しかける。
「こんにちは、ギーシュ」
「も、モンモランシーっ! これはだね――」
一瞬にして復活したギーシュが弁解の言葉をつむぐ前に。
「うそつき!」
「べぶしゃっっ!!??」
どこから取り出したのか、四角い石塊に柄を付けただけハンマーでモンモラン
シーはギーシュを殴打。
そして更に殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打――殴打!
生肉と硬い骨を無理やり鈍器で叩き潰すような生々しい音が暫し響いた。
周囲に鮮血と肉片とピンクのなにかが散らばる中、モンモランシーはハンマー
を投げ捨てると、そのまま歩き去っていく。
「ふんっ!」
後に残されるは血塗れたハンマーと、R-18指定とモザイクがか
かりそうなギーシュだった。
「「「「「…………」」」」」
乾いた……乾いた空気が場を駆け抜ける。
「……お、おい」
だが、ようやく様子を見ていた少年が、目の前の惨状に水のメイジを呼ぼうと
口を開いたが。
「――ふっ!」
「「「「「――ッッ!!??」」」」」
バネ仕掛けのごとくピョンッと立ち上がったギーシュに周囲はビクリと震えた。
「いやー、あのレディたちは薔薇の存在の意味というのを理解してなかったみ
たいだね」
薔薇の造花を取り出し普段のキザを演じるギーシュ……頭が一部陥没し、頂点
から胸元まで血に濡れているが。
「薔薇というものは僕のシンボルリックマークであり、シンボルと言うことは
世界に掲げるもので……あれぇ? ということは薔薇である僕は世界に掲げら
れる存在で、そんな僕はアイドルになるというのか! ああ、敬遠なる信徒達
よ……僕の愛は無限……神は皆の心に居る。そう僕は言い皆を信じた結果、十
字架に縫いつけられ小高い丘へ晒されるために運ばれていくのであった……裏
切り者はどこだぁぁぁあああっっ!!」
どうやら、かなり遠い場所へと頭が旅立ったらしい。
だが、この時に逃げていればよかったものの。
「そこなメイド」
あまりの情況と変貌についていけず立ち尽くすシエスタにギーシュが薔薇を突
きつける。
「君のおかげで僕の世界的な愛を受けるべき2人のレディが勘違いをしてしま
ったじゃないか。どうしてくれる」
シエスタは困った。本来なら杖を意識して、それに恐れたことにしないといけ
ないのに。目の前で思考がトンでしまっている少年を見たことで、怖がり方が
頭から吹き飛んでしまっていた。
「え、えーと……」
しどろもどろに声をだす。
これではいけないと判りつつ、謝罪の言葉すら思い浮かばない。謝らなければ
いけない、怖がらなければいけない。なぜなら、それが周囲も自分も傷つかな
いための、彼女の処世術なのだから。
「さあ、どうしてくれるんだ」
さらに迫る薔薇。
「あ、あのっ」
「――まあ、なんとも情けない男だな」
シエスタはようやく謝罪の言葉を思い出したが。それは嘲るような声の前に出
ることは無かった。
周囲の注目が移った。
「なんだとっ!」
そこには銀髪を揺らしながら歩く1人の少女。
アルはシエスタの前に立つと腕を組み、胸を張って言った。
「汝が醜態を晒した原因は。元はといえば自身がまいたタネだ。なぜこやつが
攻められねばならぬ」
その言葉に周囲は爆笑した。
「確かにギーシュ! それはお門違いだ!」
そうだそうだ、と周りの野次が飛び交う中、ギーシュは自身の主張を曲げない。
「そこのメイドがもう少し気が利いていれば、レディたちが傷つくこともなか
ったんだ!」
「やれやれ……」
それにアルはため息を吐くと。
「汝も人なら、人間の理解できる言葉を喋らんのか」
ギーシュの顔に朱がさした。
「平民ごときが貴族に口答えをするのか!」
発した言葉はこの世界にとって絶対にして当然のこと、貴族とは平民よりも上
位の存在であるという自負。
だがそれも。
「汝、それは身分が違えばどんな醜態を晒しても恥ずかしくないと言う事か?
随分立派な考えだな」
目の前の少女には関係が無かった。
もう怒りのあまり震える拳をギーシュはなんとか押さえ込む。溢れんばかりの
怒りは1周して逆に冷静にさせる。そしてギーシュは薔薇をアルに突きつける。
「よろしい、ならば貴族の礼節というものを教えてあげよう。決闘だ!」
「ふん、よかろう」
おお、と周囲が際限なく盛り上がり。目の前の出来事について行くだけで必死
のシエスタをよそに。

「なに勝手なことやってのよあんたはっ!」

さらなる闖入者が現れる。
野次馬の輪が広がる。そこから出てきたのは桃色の髪の少女。ルイズを見てギ
ーシュはアルのことを思い出す。
「そうか、……君はルイズの使い魔だったな!」
一々セリフごとにポーズを取るギーシュをルイズは無視し、アルへと近づくと
その腕を取ると引っ張った。
「さあ、行くわよ」
ぐいぐいと引っ張られそうになるのをなんとかアルは踏みとどまる。
「こ、こら! なにをする小娘!」
ルイズはアルに向き直ると。
「なに勝手に首を突っ込んで、勝手に喧嘩売って、勝手に決闘なんてしてるの
よ!」
先ほどから溜めていた怒りを吐き出した。
シエスタを指差し。
「なんであんなメイドのことを庇ってるのよ!」
「うむ、あやつには恩義があるからな」
当然と返すアル。それにルイズはギーシュを指差し。
「なんで、あんなのの決闘なんて受けるのよ!」
「断る道理もなく、負ける道理もないからだな」
「だからなんであんたはそんなに偉そう――」
ギーシュをそっちのけで言い争いを始めようとする2人に。
「僕を無視して仲良くお喋りとはいい度胸だルイズっっ!!」
存在を無視されていた当人が切れた。
「使い魔の不始末は主人の不始末だ! 君にも決闘を申し込む!」
ざわりと先ほどとは違うざわめきと共に周囲は騒いだ。
いきなり決闘を申し込まれ戸惑うルイズは。
「ちょ、ちょっとちょっと! 貴族同士の決闘は――」
「――逃げる気か? まあ、魔法成功率“ゼロ”のルイズじゃしょうがないな」
その言葉に、周囲は一瞬昼の授業を思い出しルイズに注目するが。
「ふん、それがどうしたのよ」
彼女はあっさりとそれを跳ね除け、馬鹿馬鹿しいとばかり背中を向ける。
「ほら行くわよ」
「だから引っ張るな!」
いつもの彼女ならすぐに噛み付いただろう。だが少し前に、溜め込んでいた毒
を吐いていたルイズには普段には無い余裕があった。
ある種の覚悟を背負ったルイズに軽薄にもギーシュは。
「ふん、本当に怖気づいたのか。どうせその平民も、君みたいに口とプライド
だけの存在なんだろうな!」
「――」
なにか触れてはならない物に触れてしまった。
ピタリとルイズが立ち止まる。
「ぴぃっ!?」
ルイズの近くにいたマリコルヌが恐怖から悲鳴を上げた。
ゆっくりとルイズが振り返る。
「――いいわ、ギーシュ」
その目には闘争の炎が燃えていた。
「その決闘、受けて立とうじゃないの」



騒ぎを遠巻きに見ていたキュルケは戸惑っていた。
食後ウニョウニョと可愛らしい生物がケーキを運んできて。そのケーキを堪能
しようとした時、馬鹿話をしていたギーシュたちが騒ぎ始める。
二股によって受けた裁き。まあ、過剰攻撃とも思えたが本人達の心の傷を思え
ばそう攻める気も起こらず、元より首を突っ込む気もなかった。
その後、醜態を晒すようにメイドに喚き散らしていたが、それだけならなんて
ことはない。
どうせ本当に処罰するほどの度胸などギーシュにはないのだ。
ここまでならキュルケも別に戸惑いはしない。
だが突如、メイドを庇うように現れたルイズの使い魔。
そしてそれに決闘を申し込むギーシュ。
ここまでは、ここまではいいとしよう。勝っても平民をいたぶる趣味の悪い男、
負けたら平民に負けた貴族の面汚しと、貴族が平民に対して決闘を申し込むな
ど恥の上塗りにすぎないが。
だが、使い魔を止めようとしたルイズにもギーシュが決闘を申し込んだ時、キ
ュルケは食べていたケーキを喉に詰まらせそうになった。
そして始めは断ったルイズが、ギーシュの言葉の何が原因か。決闘を受けたと
き、思わず息が止まった。

「ちょっとルイズ!」
ヴェストリの広場で待つ、と先に出て行ったギーシュたちと入れ替わるように
キュルケがルイズへ詰め寄る。
「なによキュルケ」
ぶすったれた表情でルイズは返す。
すぐ横ではルイズの使い魔――アルがメイドに何か言われている、がそんなこ
とを気にしている余裕は無かった。
「なんであんな決闘受けたのよ!」
「あなたには関係ないわ」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょっ!」
思わずキュルケは怒鳴った。
いつものギーシュなら女に怪我を負わせるようなことはしないだろう。だが、
いかんせんあのグラモン家は女癖と血の気が強いときている。
あの頭に血が上り、遠くに旅立ったギーシュに手加減など望むことは出来ない。
「ともかくっ。今すぐ決闘なんて止めなさい!」
我がことのように焦り声を上ずらせるキュルケ。
「いや」
他人事のように淡々と喋るルイズ。
普段の彼女たちからすれば、まるで立場が逆であった。
「いやって……そんな我侭言ってどうするの! あなたは魔法が使えないんだ
から。こんなつまらないことで命を落とすかもしれないのよ!」
必死に引きとめようとするキュルケに、ルイズはポツリと言った。
「あいつは」
思わずルイズの顔を覗き込んだキュルケは息を呑む。
「――っ!」
「わたしの使い魔を侮辱した」
その目は、なにも譲らないと語っていた。
「あー、もう」
グシャグシャとキュルケは髪をかき混ぜ、背を向けた。
「好きになさい!」
「好きにするわよ」
ふん、とルイズはアルを連れそのまま広場へ歩いていく。
ルイズが食堂を抜けた頃になって、キュルケはため息をついた。
「はあー……」
これからどうするかを考え。
「このまま見て見ぬ振りってわけにもいかない、か……」
自分も広場に行こうとしたとき、背後から声がかかった。
「……心配性」
いつのまにかいた親友――タバサにそう言われ。
「違うっ」
キュルケは顔を赤くして怒鳴った。



事件の渦中にいたはずのシエスタは大いに戸惑っていた。
本来なら自分が咎を受ければ丸く収まるはずだったことが、いつの間にか自身
の手を離れ。貴族と平民の決闘騒ぎまで大きくなってしまったのだ。
途中、アルの主人であるルイズが止めようと入ったが。結局は彼女も決闘を受
けることになった。
たとえ貴族である彼女がいても、シエスタは噂で知っている。ルイズは魔法が
使えない貴族だということを。
魔法の使えない貴族は、立場以外は平民となんら変わりは無い。
平民が貴族と戦って勝てるわけはないのだ、普通は。
それを昔実感していたシエスタは、ここで初めて青くなった。

「アルさんっ!」
先に広場に行くギーシュと野次馬、まだこの場に残っているアルにシエスタは
向かった。
アルはシエスタに気がつくと笑いかける。
「汝、怪我はないな?」
まず自分の心配をする彼女にシエスタは言葉が詰まった。
「そ、そんなことより! 決闘なんて止めてください! 死んじゃいますよ!」
「だがな」
「だがじゃありません!」
シエスタは必死だった。貴族であるルイズはともかく、平民であるアルの命を
あのギーシュが気にかけるとは思えない。
「――なんでこんなことをっ」
もはや懇願するかのように言うシエスタに、アルは酷くそっけなさそうに。
「いや……こういうのを見過ごすと、後味が悪くてな」
信じられなかった。本当に死ぬかもしれないのに、彼女はたったそれだけこと
で自分を庇ったのだ。
「妾もどこぞのうつけに毒されただけだ」
そう恥じるように、誇るように、後悔するように言うアルに。
「――」
シエスタは言葉もない。
「それにな、負ける道理など一欠けらもない」
なにも言えないシエスタの横を、ルイズが通る。
ルイズはアルと2、3言い合うと、残った野次馬を連れてそのまま食堂を出て行く。
残されたシエスタは1人、拳を握った。
「……っ」



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