あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の闇-03


ルイズがサモン・サーヴァントの儀式を終えてから、早くも5日が過ぎていた。
相変わらず夢の世界は血と暗黒で閉ざされており、安らぎを得られるような物ではなくなっている。
だが水メイジには目立った悪影響として発見されず、本日から通常通り授業にも復帰になった。

ミスタ・コルベールに何か変化は無いかと聞かれたが、自分が殺戮を楽しんでいるという悪夢を話せる訳も無かった。
彼の事を心から信頼していれば話せたかもしれない。きっとルイズは悪くないと慰めてくれ、解決策を探してくれるはずだから。
でも、もし見下されたら? 精神の異常だと攻められたら? そう思うと怖かった。
もう蔑まれるのは嫌だったのだ。例えミスタ・コルベールはちゃんと受け止めてくれたとしても、ほかの教師は違うと思ったから。
きっと大半は、ゼロのルイズがとうとう歪んだ、程度にしか捉えてくれないと思った。だって私はゼロ、おちこぼれのゼロのルイズなんだもの。

今日もルイズは夢の中で数百人もの人間を殺しており、戯れに築き上げた屍の山の上で、ワイングラスを揺らしながら生き血を楽しんでいた。
中でも酷かったのは年端も行かぬ少年の胸を断ち割って、心臓を抉り出し口に押し込んだ事だ。
蜜のような血の味は、とても夢とは思えないリアルさだった。まるで過去の記憶を体験しているように。

「あらルイズ、どうしたの? 顔が真っ青よ……?」

「っ! ツェルプストーっ! な、なんでも! なんでもないわ……」

恐怖で歪んでいるはずの自分の顔が、なぜか笑っているように見えて恐ろしかった。本当に魔物と化したような気さえする。
それをこんな朝から訪ねて来たツェルプストーに見られたときは、心臓を鷲掴みにされた思いだった。

「ちょ、何よ?! どうしたのよ!」

「いいの! 私は大丈夫なの!」

必死になって彼女を部屋から追い出して鍵を掛け、服を放り出すようにして着替える。
出会った人間すべてが自分を哂っているような錯覚を覚え、息が切れるぐらい走って食堂へと逃げ込んだ。
朝早くだったために疎らにしか人影はなかったが、何人かが此方をみて笑っている。自分の存在が否定されているようで恐ろしかった。
下を向いて誰とも目を合わせないようにしていると、いつもより大きく侮蔑の言葉が聞こえる気がして、怯えながら朝食を取った。



「錬金!」

ルイズの呪文と共に発された魔力はテーブルの上の小石を直撃し、いつもより数段酷い爆発を引き起こした。
教室の屋根板が何枚も剥がれ落ちて落下し、教卓は跡形も無く焼け焦げ、発生させた熱と衝撃波でミス・シュヴルーズを医務室送りにしてしまう。
幸いなことにそれ以上の怪我人は出さなかったけれど、それはルイズのお陰ではなく、ただ皆解っていて机の下に逃げ込んだからだ。
『ゼロは相変わらずゼロだな!』
『あんな騒ぎを起こしたのに、使い魔も出せずこの有様とは。才能ゼロだね』
『なんで彼女ってここにいるの? さっさと退学にしちゃえばいいのに』
『まったくだな。いい迷惑だよ、ゼロは』
聞こえてきたのは使い魔を呼び出す前と何一つ変わらない、いつもどおりの蔑みの言葉だった。
曲がりなりにも使い魔を出せたのだから、と思っていたのに、結局自分はゼロのままだった。

何も出来ないダメなルイズ。才能のかけらもないゼロのルイズ。使い魔も呼べなかった出来損ないのルイズ。

一人で教室の掃除を続けている間、そんな言葉ばかりが胸に湧き上がった。
重い机は指に食い込み、腕は酷使されて悲鳴を上げ、慣れない掃除は急速にルイズの体力を奪う。
いつものルイズならメイドを呼びつけてやらせたり、使い魔が居ればそれに押し付けたりしただろう。
だがそんな事をすれば、メイドはきっと自分の事をあざ笑うと思った。平民にまで蔑まれたくなかった。まだ貴族で居たかった。
この失敗は自分のせいなのだから、後始末ぐらい自分でする。そうすれば自分は、貴い精神を持つ貴族なのだと言い訳が出来る。

非力な少女が机の整頓まで行うには多大な時間がかかり、どうにか格好がついた時にはお昼過ぎになっていた。
途中で何度か教室の前を他の生徒が通過したが、大半の生徒はルイズの事を滑稽だ、無様だと笑った。
魔法を使えば重い机だって、高い位置にあるガラスだって、杖を振るだけで簡単に処理できる。平民のように汗水垂らすのは、貴族の姿とはとても思えないと。

「あれ……?」

最後に掃除用具を戻していた時、ルイズの視界が急に乱れた。
困惑して目を擦れば、指先には温かい水の感触。それでやっと、自分は泣いているのだと気付く。

「うあ……止まって、止まってよ……」

何度目を擦っても、止めようとして目をきつく閉じても、涙は次から次へと溢れ出た。
胸の奥から嗚咽が込み上げる。鼻水で鼻が詰まる。目頭が燃えるように熱くなって、もうどうしようもなくなった。
掃除したばかりの床の上に、何粒もの涙が落ちていく。貴族が泣き顔を見せる訳には行かないと、マントで顔を覆いながら廊下を駆け抜ける。昼食の時間で本当によかった。
どうにか自分の部屋へ入ると、震える指先で鍵をかけなおした。こんな顔は誰にも見せたくない。

「私は、ゼロだ……」

ゼロの自分を認めるわけにはいかないと、どんな事でもやってきた。自分なりに最大限頑張って来た。
教科書なんて全部暗記しているし、精神の集中法なら軽く20はすぐに出来る。杖の振り方だって腕が千切れるぐらいやり直した。
他にも書物だってたくさん読んだし、実技以外の勉強は誰にも負けないぐらいやっている。知識を試すようなテストなら誰にも負けない。
貴族として恥ずかしくないように、テーブルマナーやダンスといった、厳しいばかりの社交だって必死になって練習した。
でも、どんなに努力してもゼロはゼロのままだった。どんな魔法を唱えても、不躾な爆発が起きるばかりでちっとも成功しない。

「ゼロ、だなんて……。わたし……が、一番、わかってる、わよぉ……」

漏れるのは今までずっと感じていた、けれども一度たりとも口には出さなかった、出せなかった言葉。
口に出したら本当になってしまいそうで、自分が平民より劣るような存在であると認めてしまうようで怖かった。
魔法を使えないメイジ、ヴァリエールの面汚し、出来損ないの役立たず……。コモンマジックを成功させるだけで覆せる事実なのに、その程度すら自分には出来ない。
家に居たときは、平民のメイドたちにすら陰口を叩かれていたことを知っている。
お前ごときが何様のつもりだと。ただ貴族として生まれただけの、運がよかった平民だと。
魔法の才能の変わりに、それならば他の誰よりも貴族らしく在ろうと、俯いた背中を見せてはならないと、がむしゃらに頑張ってきた。
絶望で砕けそうになる背筋を無理やりに伸ばし、威厳など欠片も無いのに胸を張ってきた。
自分の不出来を補うために磨いてきた物のために、魔法に対するあてつけはより酷いものになったけれど、それでも負けたくなかった。
茨の道を走って、走って、走り続けて……。自分が魔法を使えないという理不尽に、ただ貴族たらんとして耐えてきた。
しかし茨のトゲは余りにも鋭く、進んできた距離はあまりにも長く、ついに膝を折ってしまった。
張り詰め続けてきた糸が、とうとう切れてしまったのだ。
それは荒れ狂う負の感情となってルイズに押し寄せた。

「わたじ、だって……すきで、ゼロ……じゃ、ない……。ひっく……。
ほんと、は……ふつう、に……。うぇぇぇぇぇん」

夕食すら取らずに泣き通し、ただ無念さと不甲斐なさを吐き出しつつけた。
それだけルイズは使い魔に賭けていたのだ。ワシでもフクロウでも変な生物でもなんでもいい。最低限、とにかく召還と契約さえちゃんと出来ればよかった。
もちろん凄い使い魔ならそれに越したことは無いが、心の底では自分がそんなものを呼べるはずも無いと分かっていた。
だから、せめて連れて歩ければ……。自分の魔法が成功した証である使い魔の姿を見せることが出来れば……。
今はそれすら出来ない。本当に、何も、なんにも出来ない。

「ぐすっ……ひっく……。ゼロ、だなんて……。ゼロなんて、やだぁ……。やだよ……ちい姉さま……」

使い魔を見ればメイジの実力が分かる、言葉通りだろう。
所詮ゼロである自分には、何も無いし何も出来ない、無能なゼロの使い魔がお似合いということだ。
部屋の扉が何度も叩かれたけれど、こんな顔を誰に見せる事が出来ようか。枕に頭突っ込んで無視を決め込む。

「ちょ、ル、ルイズ?! まさか……」

入ってきたのはツェルプストーだった。なんでこんな時に来るのよ!
もう頭の中はぐちゃぐちゃで、思い切り枕を投げつけて部屋から追い出してやった。
よりにもよってツェルプストーに泣き顔を見られちゃうなんて最低だ。最低の更に下だ。

なぜ始祖ブリミルは、私に力を与えてくれなかったのだろう。平均以上なんて望まない、せめて基礎だけでも出来ればよかったのに。
神様が力を与えてくれなかったら、もう、悪魔に頼るしかない……。

力が、力が欲しかった。
なんでもいい、自分を笑う者が居なくなるぐらいの力を。
世界を変える力を。






キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは後悔していた。
原因は隣室に居る、発育の非常に悪い少女のとの関係についてである。彼女は通称ゼロのルイズ、ヴァリエール家に生まれながら魔法を何一つ使えない女の子。
ここまでならただの落ちこぼれとしてキュルケが目を付ける事も無かっただろうが、コモンマジックさえ使えないあの少女は、今まで付き合ってきた数多くの男たちより貴族らしかった。
実際の薄汚れた世界では建前とされている事だって律儀に守り、どれほど罵倒され哂われても折れず曲がらず、ひたすらに自分を貫き通す。逆境の中でなお強くある彼女の姿は尊敬してもいい。
しかし心身ともに発育不足のようで、さわり程度にからかうだけで親の敵みたいな勢いで食いついてくる反応はお子様そのもの。キーキー騒ぎ立てる姿には余裕のよの字すらなく、そのギャップがキュルケを楽しませてくれた。

今まで通りなら何も気にする事などなかったのだが、最近のルイズはどうにも様子がおかしいのだ。
具体的には嫌な意味で小動物のようで、お見舞いがてらルイズが移されていた個室を訪ねた時など、何かに怯えたようにこちらを見る瞳には力が無かった。
ちょっとばかりやり過ぎてしまったのか、持って行ったフルーツの詰め合わせを押し付けても反応がいまいち。普段なら「病人扱いしないでよ! これぐらい何ともないわ、ツェルプストー!」などと言いそうなのに、拒絶を含んだ曖昧な微笑みを返されるだけ。
これでは肩透かしもいいところだ。まるで他人に媚を売るような笑みの浮かべ方が癇に障り、いつものように"ゼロのルイズ"を口に出せば、はっきりと恐怖と絶望を浮かべた表情を向けられ、ばつが悪くなってすぐ帰ってしまった。

「やっぱり、サモン・サーヴァントの儀式のせいかしらね……」

ルイズは細くて小さい体とは裏腹に、誰にも負けないようなしっかりした芯を持っていたはずだ。それがキュルケがルイズを気にしている理由でもあったのだから。
どんなに笑われても、罵倒されても、何もかもが上手くいかなくても、彼女はまっすぐ前を向いて生きていた。妥協も諦めも心から締め出して、魔法を使うための努力を惜しまなかった。
だが、使い魔の召還を失敗したことが事が決定的になってしまったのだろう。かつて輝いていた姿は見る影も無く光を失い、身を縮こませて食事を取っている姿は見ているこっちが痛々しい。

今日など久しぶりに授業に出てきたので治ったのかと思えば、ルイズは魂をすり減らした老人のように痩せこけて見え、常に周囲を気にする様子は哀れなほど小さく見えた。
未来を見据えていた相貌は暗い失望で塗りつぶされ、腐臭が漂うほどに濁きっている。かつてころころと色を変え、キュルケを楽しませた面影はまったく残っていない。
誰も、何も見ないために折り曲げられた背は、この世のすべてを拒絶して殻に閉じこもっているようだ。

「励ましてあげたいけど、私の性に合わないのよねえ……」

自分にも彼女をああしてしまった責任の一端が有る。凹んでいる彼女を励まそうとして、恨まれるような事を口に出した回数は数知れない。
そしてそれ以上に、ただ遊ぶためにつついた過去があった。顔を合わせた際の恒例というか、何の気なしにやっていたが……。自分がそんな目に合ったなら、絶対に怒ってファイアー・ボールを打ち込むだろう。貴族のプライドを傷つけたという大義名分だってある。
しかしルイズは魔法が使えない。あの教室を吹っ飛ばすほどの爆発を起こせば医務室送りは確実だけれども、いつも勝てもしない舌戦に乗ってくるだけで、ルイズは一度たりともそんなことはしなかった。

そこでふと気づいたが、果たしてルイズの愚痴を聞いてくれるような友人が誰か一人でも居るのだろうか?
ルイズに親しく話しかけている人物など見たことも聞いたことも無いし、恋人などいる訳も無い。思いつく相談相手は変人のコルベールぐらい?
プライドの高いあの性格からして家族への手紙でも強がっていただろうし、ルイズは今までずっと孤独だったのでは?

「うわぁ……、考えるんじゃなかった」

考えれば考えるほど、自分の犯した罪の大きさが身に染みた。軽率すぎた自分の行動に猛烈な自己嫌悪を感じる。
誰にも頼れずに針の筵の中で生きている少女を嗤い、それを当然の権利の如く振舞い続けていたわけだ。
ヴァリエールとツェルプストーの因縁の根はかなり深いとはいえ、自分よりも弱い立場にあるのをいい事に苛め殺すなど、微熱のプライドからすれば唾を吐きたくなるような行為のはず。
一部の生徒のように陰口を叩いて回ったり、授業中に周囲を巻き込んで大っぴらに囃し立てた事は無いが、上品な行為だったとはとてもじゃないが思えなかった。これでは平民を家畜か奴隷と同等に扱う恥知らずと何も変わらない。

「微熱が、冷めちゃうわ……」

せめてもの償いにと部屋を訪ねたものの、人の気配はあるのに何度ノックをしても返事が無かった。ルイズなら風邪こじらせて死にそうだろうと、私は平気だと言い張るために出てくるだろうに、とキュルケは首をかしげる。
そういえば昼食にも夕食にも出てこなかった。ただでさえお子様体系であるルイズがそんな事をしたら、栄養不足で倒れてしまうのではないのだろうか。ますます不信感が募る。
ドアが揺れるほど強く叩いても、中にいるはずのルイズは相変わらず返事すら返してこない。これは異常では? 中にいるのはあのルイズだというのに。
もしかして、返事を返さないのではなく、返せないのではないだろうか? 何か嫌な予感がし、キュルケの脳裏を最悪の光景がよぎる。今の彼女なら十分に考えられるだけに、その想像はより一層リアルな物になった。
薄暗い部屋の中、天井から下げられたロープに首を……。

「ちょ、ル、ルイズ?! まさか自殺なんて……」

慌てて杖を取り出し、道を間違える前に止めようとアンロックで部屋に押し入った彼女が見たのは、ベッドに突っ伏して大きく肩を震わせているルイズの姿だった。
こちらを向いた顔は涙でぐしゃぐしゃ。希望という言葉すら失くしたほど深い絶望に染め上げられ、目は充血して真っ赤になっている。よほど上手い演技でもない限り、現在進行形で大泣きしている現場に違いない。

「あ、その……」

向かい合ったまま硬直し、一瞬が永遠とも思えるほど重苦しい沈黙が流れた。
まだこの学校で一度も見たことがなかったルイズの涙を、恐らく今まで誰にも見せなかったであろう物を見てしまった。
あのルイズが自殺だなんて、逃げの手を打つ訳が無いじゃないか。自分の間抜けっぷりに悪態をつきたくなる。慰めるには最悪のタイミングだ。

「……てって! 出てってよ! 出てけ!」

抱きしめるぐらいしてやれば良かったけれど、あのルイズが号泣しているという雰囲気に耐えられなかった。飛んできた枕を足元に置き、慌ててドアを閉める。
ルイズに"自分を笑う無数の人間の一人。その中でもとびきり気に入らないやつ"と認識されている事を考えれば、この対応は最悪に近いものだった。
キュルケにその気はなくとも、このネタで自分をより貶めるだろう、などと考えられているのは想像に難くない。キュルケは己の間の悪さと思慮の浅さに深い溜息を吐く。
謝りに行ったのに、余計に傷つけてしまった。……まったく、自分は何をやっているのだろうか?

もう少し勇気を出せて、無理やりにでも抱きしめるとか、そのぐらい出来れば違ったかもしれないけれど……。

背にした扉を通して、おぼろげながら中の様子が伝わってくる。押し殺したような唸り声と、しゃくり上げる嗚咽の音が耳に痛かった。

「ルイズ、ごめんなさい……」

噛み締めた唇の隙間から洩れた謝罪の言葉は、誰にも聞かれぬまま溶けていく。


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