あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の闇-02


次にルイズの目に入ったのは、真っ白な天井だった。
普段は非常に寝起きの悪い彼女だが、こういう場所特有の匂いがちくちくと刺激し、比較的にスムーズな目覚めとなる。

「ふにゅ……?」

ルイズは子猫の鳴き声のような声を出しながら、思い切り体を伸ばして活を入れた。夢の世界で溶けていた体と意識が、少しずつ現実へと引き戻される。
体を起こした反動で長い桃色の髪がふわりと落ち、視界に縦筋をいれるそれを無意識のうちに手で脇へどける。そのまま寝そうになって、首が落ちかけた反動で目を開けた。
誰がどう見ても寝ぼけているという状態のまま固まるも、幾ら寝起きの悪い彼女とて少しは覚醒したようだ。大きく欠伸をし、目を擦りながら首をかしげた。

なんでこんな場所で寝ているのだろうか。しかも制服を着ていたはずなのに、いつのまにか真っ白い変な服に着替えさせられている。

まだ半開きの目を何度も開け閉めしつつ、ルイズは寝癖の飛び出た頭で記憶を掘り返し始めた。もう一度大きく欠伸をする。
寝起きの頭は錆付いたように回転が遅いが、それでも無理に動かせば回らないこともない。

「えーっと……。たしか、演習場で、使い魔を……。使い魔っ!?」

一瞬で覚醒状態になったルイズは、あの恐ろしいものはどうなったのかと、ブンブンと頭を振って周囲を見渡した。
無意識のうちにシーツをまくりあげ、被るようにして身を守ろうと身構える。その格好はまさに小動物のように可愛らしいものだったが、本人は必死である。
部屋の隅から隅まで視線を走らせ、少なくともここには居ないとわかると、あからさまに安心してほっと胸をなでおろした。
留年や退学は嫌だが、あんなとんでもないものに食われるよりはよほどましだ。今思い出してもありありと恐怖が蘇り、震えるぐらい背筋が冷たくなる。

「授業の前に……トイレにいっておけば、よかった……」

顔を真っ赤にしながら呟く。倒れる直前など、背筋とは逆に内股が暖かくなってしまった。
いつの間に清められたのか変な感じはしないし、下着も服も新しいものになっている。そのままの方が良いとは言えないけれど、信じたくない事実だ。
16にもなってこれでは、貫き通している貴族のプライドもずたずただった。着替えを使用人がやったのならいいが、医務室の担当メイジだったら一大事。恥ずかしいなんてものじゃない。
いつも野次を飛ばしてくる相手に見られでもしてていたら、更に更に不味い事になる。特にライバル視しているツェルプストーだけには知られたくなかった。
ただでさえ自分の体の発育具合にコンプレックスを持つルイズにとって、ゼロ以上の屈辱な二つ名は、例えば"お漏らしのルイズ"なんて物を許すわけにはいかない。
「あら、ルイズ。貴方ってば体だけじゃなく、頭までお子様なのね」なんて台詞が目に浮かぶようだった。ちょっと胸が大きいからって!
ツェルプストーが何を召喚したのかは知らないけれど、自慢してくる事だけは間違いない。「ほ~ら、私の使い魔よ。貴方のはどうしたの?」また脳内で声が響く。
ぶぶつと文句を言いながら、頭の中でツェルプストーを言いくるめる筋道をシミュレートする。
だが想定する敵は蛇のように狡猾で嫌味ったらしく、どうやっても負けてしまって……。

「あれ? 使い魔っていえば……、も、もしかして……。
サモン・サーヴァント、成功だったんじゃ、ないの……? 一応は、呼び出せたんだし……?」

ぱっと心の中が輝きだすような閃きだった。恐怖で青くなっていた顔にみるみる血の気が戻り、目にキラキラした光が宿る。
そうとも、自分はあれを呼び出したのだ。クラスの誰よりも凄い事ではないか。あそこまでの迫力、今まで体験したことも無い。……お母様を除いて。
沈んでいた気持ちがフライをかけられたように飛び上がり、顔にはしてやったりという抑えきれぬ笑顔が浮かぶ。握り締められた腕の中でシーツがキュッと音を立てた。

「私はもう"ゼロ"のルイズじゃないわ! そうよ! ついに、偉大な魔法使いとしての道を歩みだしたんだわ!」

興奮で燃えるように熱くなった顔を手で押さえつけ、足をシーツの中でぱたぱたと動かす。きつく目を閉じていても、嬉し涙が溢れてしまいそうだ。
クラスメイトからの蔑みの視線、教師の疲れたようなため息、嘲笑の笑い声。それらすべてはもう過去の事になったのだ。
これからはきっと、目もくらむような栄光の日々が訪れるに違いない。長年の努力がついに実を結んだ!

まずは使い魔だ。あれほどの存在でなくても、ドラゴンの一匹や二匹、呼び出すことはわけないだろう。
もしかしたら、余りに大きくて強いものを呼んでしまって、厩舎を改築させなければならないかもしれない。その費用に頭を悩ませるかも!
この学校を見下ろすようなドラゴンの首に乗り、今まで自分をゼロだといって見下してきた者達が口々に叫ぶ賞賛の言葉を聞いてやらなければ。
『おお、ルイズ様。今までの無礼をお許しください』
『私は間違っておりました。貴方こそ始祖ブリミルの生まれ変わりに違いありません』
使い魔品評会でありとあらゆる賞を総なめにする自分に、憎たらしいツェルプストーが歯軋りする光景が目に浮かぶようだった。
ならば、こんな所で油を売っているわけにはいかない。私には未来があるのだ、一刻も早く現実の物にしなければ!

「ミス・ヴァリエール? 目覚めましたか」

「へっ? あああっ、ミ、ミスタ・コルベール!」

「うん、どうやら大丈夫のようですね。一時はどうなることかと思いましたよ」

いつの間にか入り口に立っていたコルベールの姿に、ルイズはあわてて捲くれあがったシーツを放した。
まったく、せっかく見直されそうだったのに、変なところを見せてしまった。今度は恥ずかしさで頬が高潮する。

「し、心配してくださって、ありがとうございます。ミスタ・コルベール。
と、とと、ところで、サモン・サーヴァントの儀式は、どうなったのでしょうか?」

「大丈夫です、ミス・ヴァリエール。無事に終わりましたよ。
貴方が呼び出したあれは、何か強大な力を持った精霊、もしくは我々とはまったく別の種族だったと考えられます」

この言葉を聴いて、ルイズの中にあった自信は決定的なものになった。何しろハゲているとはいえ、トライアングルメイジのお墨付きを得たのだ。
表情だけは平静を装ってはいるが、その実、内面ではパレードの真っ最中である。ついつい口元が綻ぶのは当然といえた。
さらに、ミスタ・コルベールが平然としてここに居られるという事は、自分が召還してしまった化け物は無事に追い返すなり出来たという事だ。
建前では神聖な儀式とか言われているけど、誰だって変なものを召還したらこっそり返したいと思うのは当然。だから、きっと裏技のようなものがあると思っていた。教師だけが使える呪文みたいなものが。

「そ、それで、次のサモン・サーヴァントの儀式はいつになるのですか?!」

「……そのことで、大切なお話があります。落ち着いて聞いてください」

有頂天なルイズをたしなめるように、コルベールの目がキッと真剣になる。急に張り詰めた空気が医務室を支配した。

「先ほども言ったように、貴方が召還したあれが何なのかは不明です。
しかし、ミス・ヴァリエール。貴方はすでにそれとコントラクト・サーヴァントを交わしてしまっているようなのです」

コルベールは手を伸ばすと、シーツの上に置かれていたルイズの右手をそっと持ち上げる。
そこには日焼けなど知らない真っ白な手をキャンパスにして、なにやら複雑なルーンが刻まれていた。ルイズは反射的に体を引く。

「なななな、なに、これっ!」

「わかりません……。あれは魂、またはエネルギーのみの存在で、精霊に近いものだったと考えています。
このような事態は前代未聞でして……。現在、調査を進めています」

自分自身が使い魔であるメイジだなんて、悪い冗談もいいところだった。
留年や退学という選択肢が頭の中で大きくなり、再びルイズの顔色が悪くなる。

「さ、再召喚させてください! つ、次こそ、ちゃんとしたのを呼んで見せますから! お願いします!」

「落ち着いてください、ミス・ヴァリエール。試験の事を心配しているなら、大丈夫です。
トラブルはあったものの召喚は成功していますし、いかなる物を召喚しようとも、生徒が責任を取らされることはありません。
水メイジの魔法によれば、ルーンが現れた以外に影響は見られませんでしたし……」

コルベールは言いよどみながらも、できるだけ解り易く残酷な事実を伝えた。
使い魔が死ななければ再召喚は不可能。つまりどうにかしてルーンを消さなければ、使い魔を持つ事は出来ないであろう、と。
一般的には使い魔を持たないメイジというのも数多く居るので、使い魔が居ない事自体は特別異常という訳ではない。
学園側としてもルーンを消す事の手伝いはするし、曲がりなりにも成功したのだから進級は認めるが、今直ぐにはどうしようもなかった。

「つつつ、つまり……。このままでいるしかない、と?」

「仕方ありませんが、そういう事なのです……」

それはルイズには死刑宣告に等しい言葉だった。
長い長い絶壁の頂に手をかけたところで、いきなり足元が崩れ去ったような気分だ。
せっかく魔法が初めて成功したのに、次こそはちゃんとしたのを召還するつもりだったのに、そのチャンスは永遠に訪れない。
初めて成功した魔法で呼び出したのは威圧感ばっかりの死にかけの幽霊で、どこに行ったのかも分からないのだ。そして使い魔は自分。

自分自身を使役するメイジだなんて、お笑いの一言でしかなかった。それか悪夢だ。本当に最悪だ。もう夢も希望も無い。
嫌みったらしいツェルプストーが尋ねてきたら、なんと言えばいい? 右手のルーンを見せて、これが使い魔だとでも?
あの無駄にでかいものを震わせながら、大笑いされるのは目に見えていた。そのまま笑い死ねばいいのに。

「はぁ……」

ルイズのご機嫌グラフがあれば、底を貫いて紙の外まで一直線に落下していただろう。なまじ期待が大きかっただけに、絶望も何倍も大きかった。
コルベール先生は必死になだめてくれたが、シャベルで山を消そうとするようなものだ。とても清々しい気分になどなれない。
ついに諦めたコルベールが医務室を出ていってから、ルイズはひたすらにため息ばかり吐いていた。

「はぁ……。もう、やだ……」

退学や留年という最悪の事態こそ逃れた物の、未来の事を考えると憂鬱の一言に尽きた。
今日はこのままここに泊まり、明日から専用の個室へと移るのだという。経過を見て問題が無いようなら、来週の頭には授業に復帰するらしい。
その間は笑う事が目的で来るような生徒は追い返してくれるようだけど、その後は使い魔も居ないゼロだと笑われるのは確実だろう。
言い訳をしようにも、ルイズだってこんな結果が成功だとはとても言えなかった。
「流石はゼロだな! 相変わらず君は笑わせてくれる!」
「あんたってばほんと、見てて飽きないわ。可笑しい」
「おいおい! 自分にルーンを刻んでどうするんだよ! ゼロのルイズ!」
投げつけられる罵倒を想像しただけで心がかき乱され、目の前が暗くなってくる。私はこんなに努力してるのに、どうして誰も助けてくれないの?

私は悪くない。なら、悪いのは……。悪いのは人間だ。だから皆殺しにしてやればいいのだ。世界を闇で包み、この世に冷たい絶望の嵐を……。

思い浮かべてしまった悪魔の所業に、ルイズは体を震わせながら否定した。そんな事が出来る訳が無い! 私は貴族なんだから!
手の震えを止めるため、おぼろげな光を放った右手のルーンに手を重ねると、皮膚の下で何かが蠢いたような錯覚を覚えた。
気持ちが悪い……。



人間が死んでいる。夥しい数の人間が殺されている。
魔物たちの持つ槍に貫かれ、巨大な斧で断ち割られ、鎌のような爪で引き裂かれて壊されている。
小さな村の広場に、100人近い人間が集まっていた。その手には弓や剣、あるいはクワや鉄製の熊手といった農具が握られている。メイジの杖を持つものは誰も居ない。
村人よりずっと数の多い魔物たちは、獲物を逃がすまいと包囲していた。生きた壁となって獲物を取り囲んでいる。

彼らの腕や触手には、かつて人間だったものの切れ端が握られていた。
赤黒い断面は宝物のように掲げられ、染み出した血がボタボタと広場を流れ落ちていく。
魔物たちが少しばかり腕や爪を振るうを、まるで紙くずのように人間が散らばった。
重力に従って降り注ぐ臓物が、よりいっそうの歓喜と狂気を呼び込む。

一人の子供が輪から外れ、植物のつるのような触手に捕まった。はるか高く持ち上げられた彼は、割れんばかりの声で親を呼んでいる。
しかし剣山のような牙の生えた口の中に入れられてしまうと、呼び声はすぐに聞こえなくなった。変わりに肉と骨を租借すると戸が響く。
それを見て泣き崩れた女性が居る。魔物の群れへ、目を血走らせて駆け出した男が居る。
村人たちは口々に呼び止めたが、男はすぐにどこに行ったのか分からなくなった。7つほどに引き裂かれてしまったからだ。

ルイズはそれを見つめていた。心にあるのは、身を貫くほどの愉悦のみ。
ああ、なんと素晴らしい事か。滴る血の美しいことよ。人々の絶望の味は蜜のよう。
大魔王ゾーマと化したルイズには力が、野心があった。
世界を闇で覆いつくしてもまだ足りぬ。天に穴を開け、すべてを絶望で染め上げる……。



「ひっ……!」

ルイズはベッドから飛び起き、肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返していた。全身は汗でぐっしょりと濡れ、薄い寝巻きは体にぴったりと張り付くほどだ。
夢の中でルイズは大魔王ゾーマと呼ばれる存在で、何万という魔物を指揮し、その何倍もの人間を殺して絶望を啜っていたのだ。
しかし何よりも恐ろしいのは、それをルイズが楽しんでいたという事実だった。
心を埋めている恐怖の中に、今もこの身を焼くほどの愉悦は燻っている……。

「違う……そんな、そんな訳が、無い……私は……」

何度否定しても、自分の心を否定することは出来なかった。心のどこか暗い部分で、確かにそう思っているのだ。
ルイズはシーツに包まったまま、震えながら夜を明かした。自分が作り変えられていく感じがする。でも力が手に入るのなら……?

それからというもの、毎夜のように襲い来る悪夢がルイズを蝕むことになる。


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