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零姫さまの使い魔 第七話



ギン、という鈍い金属音が洞窟内に響く。

とても少女の胸板とは思えない、恐ろしく硬い何かに、杖先が止められる感覚。
右手に伝わってくる痺れにより、男は我に返った。

眼前にあったのは、刃が半ばまで突き立った、山高帽の乗った大岩。
少女はいない。斬り飛ばした筈の右手首も無い。
ただ、羽を断たれた蝙蝠が一羽、足元に転がっていただけである。

「――たく 酷ェ事しやがるもんだ」

突如、真後ろから聞こえてきた呟きに、男が反射的に振り向く。
その眼前に、手の目の刺青がぴたりと添えられる。

「随分とえげつねぇ真似をしやがるじゃねえかッ!
 さあ! その化けの皮 すっかり引っぺがさせて貰うぜ!」

かざした右手に、手の目が神経を集中させる。
男の動きがダラリと止まり、右手から得物を落とす。
その、線の細い柔和な顔立ちが歪み、徐々に彫りの深いものへと変わっていく。
ここまでは彼女の予想通りであったが……

「なッ!」

手の目が思わず声を上げる。
突如、顔と言わず手足と言わず、男の全身が大きく歪み、実体を失い始めたのだ。
魔法による変装を予想していた手の目にとって、この変化は予定外であった。
彼女が驚いている間にも、男の体は、どんどん背景と同化していき
最後には、一陣の風となって消え去った。

「これは…… 風? 
 くそッ そういうことか!」

手の目は一声叫ぶと、城内へと踵を返した。



「あっしは手の目だ 見ての通り とんだドジを踏んじまったようだ
 昨日 あの妙な作戦を提案された時点で あっしはワルドを【黒】と判断した
 そして その上で奴の策に乗った
 奴が あっしの方を先に始末しにくるようだったら 罠にかかった振りをして返り討ちにする
 逆に狙いがお嬢だった時には ふたりの後をつけ 修羅場に割って入るつもりだった

 フン! どうやらあっしの小賢しい策も 奴さんは先刻承知だったらしい
 なんとか無事でいてくれ お嬢!」



「新郎 子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド
 汝は始祖ブリミルの名において この者を敬い 愛し そして妻とする事を誓いますか?」

「誓います」

礼拝堂の中にワルドの声が響く。
新郎新婦と媒酌人の、三名のみの結婚式。
その、人生を大きく左右する厳粛な儀式も、今のルイズの中では、どこか上滑りしていくのみだった。

「では 新婦 ラ・ヴァリエール公爵家三女
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」

ウェールズの自分を呼ぶ声もまた、遠い世界のものと思える。
軽く頭をふった後、覚悟を決め、ルイズが顔を上げる。
ワルドを信じると決めた以上、すぐにでも行動に移らねばならなかった。
始祖ブリミルに誓いを立てた後では、何もかもが遅すぎるのだ。

「……汝は始祖ブリミルの名において この者を敬い 愛し そして妻とする事を誓いますか?」

「…………」

「新婦……?」

当の新婦の沈黙に対し、ウェールズが怪訝な声を掛ける。
初めは緊張によるものかと思っていたが、どうもルイズの様子がおかしい。
傍らにいたワルドもまた、ルイズに視線を向ける。

「ワルド…… この 右手の意味 あなたに分かる?」

緊張した面持ちで、ルイズがゆっくりと右手をかざす。
その掌には、何の意味があるのか、目の模様をあしらった刺青が描かれていた。

それを見た瞬間、ワルドが豹変する。
顔に見る見る内に朱が差し、直後、強烈な平手がルイズ目掛けて浴びせられた。

「きゃッ!」
「子爵! 貴殿は何を……!」

咄嗟にルイズに駆け寄ろうとしたウェールズを、ワルドが片手で制する。

「お下がりを 殿下
 あそこに転がっているのは ルイズ・フランソワーズではありません」

「何だと!」

「おそらくは彼女の使い魔です
 何の目的でルイズに化けたかは分かりませんが
 右手の刺青を用いた先住魔法で 他人に幻覚を見せる事が出来ると聞いております」

先住、という禍々しい響きに、ウェールズは思わず目を見張り、二人を交互に見比べる。
状況は何一つ理解出来なかったが、先のルイズの怪しい態度を思えば、迂闊に動くことは出来なかった。



「全く驚いたな……
 貴様は確かに 港に向かっていた筈だ」

動かないルイズに対し、ワルドは油断無く杖を構えながら、言葉を繋ぐ。

「答えろ 本物のルイズはどうした あるいは既に船の中か?」

「……どうして」

「何だと?」

咄嗟の機転でウェールズの動きを封じたワルドだったが、そこで彼も異変に気付いた。
呆然と座り込み、涙を浮かべるルイズの姿は、とても手の目の変装とは思えなかった。

「何故あなたは 手の目の力を知っているの
 私は手の目の能力を【芸】としか伝えていない……
 それに 手の目はあなたの前では 一度も右手を開いていない
 手の目の右手に刺青があるなんて あなたは知る由も無い筈なのに……」

「…………」

「いえ…… そうじゃないわ
 何故 私が替え玉を使うなどと考えるの……?
 あなたが生涯の伴侶とすると誓った私が 始祖ブリミルの前で偽者を立てるなどと」

ルイズが右手に涙を落とす。
その掌の模様が、涙で徐々に滲み出す。

「……ただの 墨 か?」

「答えて ワルド! あなたは…… あなたは一体 何をしようとしているの」

堂内が静寂で満ちる。
しばしの間、俯いて視線を落としていたワルドだったが、
やがて、ぽつりと言葉を漏らした。

「その右手は 彼女の案かい?」

「…………」

「見事な推察ではあるが 愚かな行いだ
 余計な詮索さえしなければ 主人は幸福でいられる筈だったのだから
 彼女はやはり 使い魔としては失格だ」

「ワルド……?」

「真実なんて知るべきじゃ無かったんだよ 愛しいルイズ……
 君はただ 僕を信じ ただ僕を愛すれば良かった
 そうすれば 君は幸せで居られた 少なくとも…… 今よりはね」

要領を得ないワルドの独白。
いまだかつて見たことの無い、光の宿らぬワルドの視線に、ルイズがぞくりと震える。
鼓動が早鐘のように高鳴り、ルイズの体内で警鐘を響かせる。

「子爵殿…… これは……?」
「ウェールズ様! 駄目ッ! そいつは……」


ルイズが本能的に叫びを上げた刹那、ワルドが動く。
恐るべき軽やかさで身を翻すと、瞬時に詠唱を完成させ、その杖先でウェールズを一気に刺し貫いた。

「し 子爵…… お前 は 」

ワルドがゆっくりと杖を引き抜く、血泡を吹きながら、ウェールズは前方へと崩れ落ちた。
眼前で起こった信じがたい光景に、ルイズが目を見張る。

「ワ ワルド あなた……」

「……こういう事さ 真実を知って それが何になる?
 全てを知ったところで 君は何一つ出来やしないだろう?」

「ワァルドォーッ!」

ルイズが杖を構える。その先を取って、ワルドが詠唱を完成させる。
直ちに発生した疾風の一撃が、ルイズを壁面へと容赦なく叩き付けられる。

「――そして君はここで死ぬ
 残念だよ 愛しいルイズ
 僕を疑いさえしければ 君は永久に幸せで居られた」

「ワ… ル ド……」

尚も反撃しようと、ルイズが震える手を杖へと伸ばす。
ワルドは先の光宿らぬ瞳のまま、冷酷に杖を向ける。
直後、

「待ちやがれッ!」

――と、いう叫びと共に、礼拝堂の扉が押し開かれ、手の目が舞台へと飛び込んできた。



「まるでジル・ド・レイだな この変態野郎がッ!」

手の目の怒声に、ワルドが露骨に目を細める。
言葉の意味は分からずとも、手の目が碌でもない罵倒をしている事は見て取れた。

「貴様か…… 随分と余計な事をしてくれたものだ
 貴様のせいで 俺は婚約者を殺さねばならなくなった
 この責任 お前の血で償ってもらおうか?」

「下衆めッ!」

手の目は一言で斬って落とすと、右手をかざしてゆっくりと近付く。
右手の刺青から、徐々に眩い閃光がこぼれだす。

――が、

「無駄だ」
「……ッ! ぐっ」

直後、真横から飛んできた衝撃に、手の目は大きく弾き飛ばされ、石畳へと転がる。
かろうじて身を起こし、手の目が振り向いた視線の先には、もう一人のワルドの姿があった。

「……そいつが 先の手品の正体ってわけだ」

「ユビキタス・デル・ウィンデ…… 風は遍在する」

ワルドが尚も詠唱を重ねる。
更に現れた分身が合わせて四つ、室内の四隅へと散り、手の目を取り囲んだ。

「貴様がいかに幻覚で背景を歪ませようとも
 俺は遍在の存在を知覚する事で 幻を打ち破る事が出来る
 そして 貴様が何処に姿を眩まそうとも 五つの刃からは逃れることは出来ん」

「ハッ」

手の目は一つ吐き捨てると、震える体に渇を入れて起き上がらせた。

「駄目…… 逃げて 手の目
 スクウェアクラスのメイジが相手では あなたに勝ち目は」

「お嬢」

しばし、手の目はルイズの方を見つめていたが、やがて、不敵ににやりと笑った。

「なぁに もう何も心配する事は無ェ 
 さっきので あっしには全部見えちまったからな」

「えっ?」


手の目は再びワルドへと向き直ると、左手で簪を引き抜いた。
少女の豊かな黒髪が、ふぁさりと肩まで下りる。

「成程 女芸人の旅の心得…… という訳か
 だが そんなチンケな髪飾り一つで どうやって現状を凌ごうと言うのだ?」

「手の目の刺青は伊達じゃねェ! 
 こっちはもう すっかりお見通しなんだよ
 ワルド 王子様とお嬢の分 テメェにゃきっちり地獄を見て貰おうか!」

「幻惑は効かないと言った……!」

再び右手をかざした手の目に対し、ワルドが油断無く杖を振るおうとしたが
その動きが、不意にピタリと止まった。
ルイズが驚愕する。
ワルドがみるみる内に青ざめていくのが、遠目にも分かる。
四方に配された遍在達も、皆、苦悶の表情を浮かべ、身動き一つとる事が出来ない。

「きッ…… キサ 貴様! なんと……何ということを!」

「どうした? 確かにこいつは幻覚さ
 ご自慢の五つの刃で ズタズタに切り裂いてみたらどうだ…… こんな風によ」

言いながら、手の目が左手の簪を首の前へと持って行き、勢い良く振るった。
勿論、それは仕草だけであり、刃は空を切ったのだけなのだが……。

「うっ うわあアァーッ!」

と、ワルドはまるで、自らの首が断たれたかのような叫び声を上げた。

「こいつはよ 因果応報ってやつさ
 アンタは大切な者をを裏切っちまったんだ
 残念だがね 頚動脈を切られたくらいじゃあ 幻は消えやしないぞ だからよ……」

「ヒッ」

ワルドの呻きを無視して、手の目は無常にも、左手を顔の前へと持っていく。

「だからこうして…… 両目を潰し!」
「やッ」
「鼻を削ぎ落とし!」
「やめッ!」
「耳を落として!」
「やめろ やめろォ!」
「口を真一文字に切り裂いてだなァ!」

「やめろおォオオオオォ! やめてくれェエエエーッ!」



手の目の見せた幻覚を前に、遂にワルドが悲痛な叫びを上げた。
四方にいた遍在も、いつの間にか掻き消えている。
それほどまでに、ワルドは幻に心乱され、消耗していた。

ワルドが戦闘意欲を失ったと見ると、手の目は両手をだらりと下ろして
相変わらずの突き放した視線で、憔悴しきったその姿を睨み据えた。

暫くの間、ワルドは両肩で大きく息をしていたが
やがて、顔を上げ、手の目をきっと睨み据えた。
その表情にルイズが驚きの声を漏らす。
力強く歯を喰いしばった下唇からは、行く筋もの血が滴り落ち。
大きく吊り上った両目は真っ赤に充血し、涙の後が頬を濡らしている。
こう迄も余裕の無いワルドの姿を、ルイズは見た事が無かった。

「キサマ 貴様ッ! 覚えていろッ キサマはいずれ この手で八つ裂きにしてくれる!」

何一つ余裕の無い、文字通りの捨て台詞を残すと、ワルドは中空へと飛び去った。

「ヘン 一昨日来やがれ 田吾作め」

手の目はワルドの背に餓鬼のような罵倒を浴びせた後、ふぅ、と大きく息をついた。

「立てるかい? お嬢」

「ええ ……でも 殿下が」

「ああ…… あっしが読み違えたばっかりに 可愛そうな事をしちまった
 だが まあ 遅かれ早かれって奴さ」

手の目の言葉は、どこまでも聞き捨てならないものだったが、ルイズは敢えて聞き流した。
それは、死に名誉を求める者と、生そのものが誇りである者
先が見えない者と、見えてしまう者との、決して交わらない価値観の問題であった。

「ねえ 手の目 あなたはさっき 何をやったの……?」
「全く 皮肉な話だがね」

回答を後回しにするかのように、手の目が謎解きを始める。

「ワルドは決して 本心からの悪党ではなかったのさ
 お嬢の前で 無理に悪党を気取ろうとした事によって 
 却ってあっしにゃあ 奴が守ろうとしていた本心が透けて見えたのさ
 もっとも そいつを黙って見過ごすほど あっしは優しい女じゃないがね」

言いながら、手の目ふらふらと歩き出す。

「ワルドの本心?」

「ああ 簪を引き抜いたのは 攻撃の為じゃねェ
 髪を下ろして 少しでも外見を似せる為だったのさ」

やがて、手の目は先刻のワルドの位置へ立つと、何かを拾い上げ、ルイズ目掛けて放った。

「何? これ ペンダント……?」

「八つ裂きにしてやったのさ ……あいつの母親をね」



彼方から、金属音と爆発音、そして兵士達の咆哮が聞こえてくる。
やはりと言うべきか、おそらくは、ワルドがウェールズを仕留めた頃合を見計らい
総攻めを仕掛けてくる手筈になっていたのだろう。

「手の目…… これからどうするの?」

「さて あっしの方は 手品の種が尽きちまった 後は……」

「きゃっ! ちょ ちょっと 何すんのよ?」

ルイズの抗議も聞かず、手の目が容赦なく彼女の体をまさぐる。
やがて、手の目はルイズの懐から、目当ての物を引き抜いた。

「それ 姫殿下の下さった路銀」
「後はもう 友人の【芸】に期待するだけさ」

そういうと、手の目は金貨や宝石の束を、袋ごと中央へと投げ打った。

――やがて、ぼごんという響きとともに地面が盛り上がり 
  謎の巨大生物が、もぐもぐとばかりに顔を出した。

「え! こいつって 確かギーシュの……」

「おうおう! 凄いねェ ヴェルダンデの旦那
 本当にお嬢の いや お嬢が持ってる宝石の匂いだけで
 ここまで辿り着いちまうとは……!」

直後、ヴェルダンデの掘った穴の中から、いつもの面子が顔を見せる。

「はぁい! 恩を売りに来てやったわよ ヴァリエール
 ……って どうやら軽口を聞いている場合じゃない見たいね」

周囲の喧騒に対し、キョロキョロと室内を見渡しながら、キュルケが呟く。

「シルフィードを待たせてある」

タバサはそれだけ言うと、即座に穴の中へ顔を引っ込めた。

「とにかく 状況を説明している時間は無いわ 早く脱出を!」
「あら? お髭の子爵さまは?」
「……残念だが あっしの勘が当たっちまったよ」


「ちょ ちょっと待ったーッ!」


突然のギーシュの叫びに、三人の動きが止まる。

「差し迫った事態は確かに分かる
 だが この窮地を救った 僕等主従の活躍に対し 
 何か言うべきことがあるんじゃないのかい?」

ギーシュの空気を読まない発言に対し、手の目は面倒臭げな視線を向けたが
やがて、山高帽の埃を払いながら、ぶっきらぼうに言い放った。

「悪いがこちとら素寒貧だ 給金は土竜の旦那から貰ってくんな」




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