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マジシャン ザ ルイズ 3章 (49)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (49)意志力

トリステインの大艦隊。
その中央、周囲の船に守られるように一隻のフネがあった。
百メイル級以上の大きさを誇る大型艦、その形は周囲のフネとはやや趣を異にする。
船体は流線型、細長い木の実のような形をしたフネ。
一般的なハルケギニアのフネとは違い、その甲板上にマストがない。
また、船側に取り付けられる船翼が、通常のそれよりも後方部に設置されている。
このような際だった差異を有する船は、現在のハルケギニアにおいてはただ一隻。つまりは、ウェザーライトⅡ号である。

そのブリッジでルイズは、ただ一人、椅子に座っていた。
薄暗い無人のブリッジ。幽霊船じみた不気味な光景ではあるが、それでもこの船に限っては、それで航行に支障が出ることはない。
その証拠に計器類は正常に動いているし、操縦席の操縦環は必要に応じて回っている。
全ては、自動操縦。
今この船で動く全てのものは、機械仕掛け。
エンジンルーム他、動力室や制御室で稼働に必要な最低限の整備に従事しているのもアーティファクト。
全自動航行システム。ウルザが初代ウェザーライトの教訓を生かし、『生ける船』から『死せる船』へとコンセプトを変更するに当たって組み込んだものの一つである。

彼女に出来ることはなにもない。
ルイズはそこで、ただ独り、孤独に船が目標地点へ到達するのを待っていた。




帝都ヴィンドボナは、帝政ゲルマニアの首都にして、芸術の都の二つ名を持つ、ハルケギニア最大級の規模を誇る都市である。
同時に周辺には複数の衛星都市を有し、帝都そのものは堅牢な城壁で囲っている、防衛に適した都市でもある。

そこからほんの数リーグ離れた場所が、最初の戦場。
そこではトリステインとアルビオン、両軍の旗を掲げた兵達が、命をかけた戦いを繰り広げていた。
片方の目標は西の空を狙って巨体を晒す、四機の長距離対空砲台の破壊。もう片方はその防衛。
モット伯爵は、そんな戦いの最前線に立っていた。

「ふんっ!」
裂帛の気合いと共に、『ブレイド』の呪文を纏わせた杖を横に振り抜く。
赤い血が吹き上がり、豚の首が二つ、宙を舞った。
「お見事!」
馬上のモットに声がかかる。
その背を守るようにして、馬に乗った一人の士官がモットの背後についた。
「しかし前に出すぎですぞ! 伯爵殿!」
「はははっ! まだまだ行けるぞ副長! この波濤、この程度では止まりはせんよっ!」
晴れやかに叫ぶその姿に気圧されたのか、周りを取り囲んでいた者達はじりじりとその輪を広げていく。
「はっ!」
そこに隙を見つけて、すかさずモットが馬を走らせた。
途端に輪が乱れる。背を見せて逃げ散らすオークの一団。
モットはすくい上げるように杖を振るい、一匹のオークの背を切り裂くと、そのまま馬を走らせた。
続いて副長も行きがけの駄賃とばかりにオークの首を一つばかり刎ねると、その背後を追走する。
鬼神の如き二騎が、自陣の内深くに切り込んでいくのを見ながら、オーク達は呆然と立ち尽くしていた。

ヒュッという音、つむじ風。


次の瞬間、空から矢の雨が降り注ぎ、残ったオーク達は残らず脳天を射貫かれ絶命した。
そして崩れ落ちる屍体を蹴散らしながら、十騎ばかりの甲冑を着込んだ兵士達が先行して走る二人を追いかけていった。

「隊長! お歳の割には元気ですなぁ! まるで二十歳過ぎのお盛んな少年のようですぞ!」
「はっはっはっ! 下の方はまだまだそのつもりだよ副長! それより他の者達はどうした!」
「はっ! きちんと我々の後ろを付いてきていますよっ!」
「よろしいっ! では我々でアレを落とすぞっ!」
言ってモットは高々と杖を掲げ、それで前方に威容を見せる巨体を指し示した。
数十メイルはあろうかという、規格外に巨大な大砲、それを狩ると宣言する伯爵の言葉に、彼の元について十日ばかりの副長は身を震わせた。
「ははっ! これまで口先だけのお貴族様は沢山見てきましたがっ!」
「惚れるなよ副長! 私に惚れて良いのは若い娘だけだよっ! それもできればメイドが良いっ!」

そう叫んでモットが馬の進路を変えようとしたとき、件の巨砲が轟音を立てて火を吹いた。
その音に驚いて、モットの馬がヒヒンと啼いて、前足を上げて足を止める。
「おおっとぉ!?」
モットは手綱を掴んで危うく落馬を免れる。
轟音の元凶となったと思われる方角を見る。
するとその視界の先では、もうもうと黒い煙を上げる鋼鉄の巨体が鎮座していた。
「くそっ! 早すぎる、もう空の連中が射程に入ったのかっ! 急ぐぞ副長! これ以上聖女を危険にさらすわけにはいかんのだっ!」
せいやと声を掛け、再びモットは馬を走らせる。
その背中は、正に波濤の名に相応しかった。



最初にドンッという音。続いて襲った衝撃で、椅子に座っていたルイズは床に投げ出された。
「……つっ」
何かが起こったらしいが、倒れたままの姿では、確認することすらままならない。
ルイズは立ち上がろうとして腕に力を入れたが、それは適わなかった。

力を込めて体を起こしていた肘がかくんと折れて、再び床に突っ伏してしまう。

既に病魔の進行は、取り返しのつかないところまで進み、ルイズの体から四肢の自由すらも奪い去っていた。

それはウルザの言いつけを守らずに虚無の魔法を強行した罰か、元々の病の進行具合なのか、それともそれすらも彼の中で織り込み済みだったのか、
ルイズには分からない。

悔しさのあまり、ルイズの目に涙がにじむ。
色のない世界、思い通りにならない手足、そしてウルザにワルド。自分をさいなむ全てに、ルイズは無力だった。
それでも彼女は、一人の力で立ち上がろうとする。

そこに、すっと何かが差し伸べられた。
「馬鹿ね。ほらっ、掴まりなさいよっ」
ルイズの驚きをよそに、声は続ける。
「差し出された手を掴むのは、恥じゃないわよ」
それはここにいないはずの少女、モンモランシーの手だった。


「も、モンモランシー!? 何であんたがここにいるのっ!?」
「よっ、と。ふぅ。……ルイズ、あんた軽いのは羨ましいけど、もうちょっと食べなきゃ駄目よ。体壊しちゃうもの」
「そんなことより! 答えなさいよモンモランシー!」
椅子に座り直させてもらってから、ルイズは唾を飛ばす。
対してモンモランシーは腰に手を当てて言った。
「別に私だけじゃないわ、ギーシュだっているもの」
それだけ口にすると、モンモランシーは『悪いのは私だけじゃないもん』と言外に語ってそっぽを向いた。
そちらの方角を目で追うと、ブリッジと船内を繋ぐ扉から、ギーシュが顔を半分だけ出していた。
「や、やぁ」
「ギーシュッ!? あんたまでっ!」
「いや、僕ぁやめようって彼女に言ったんだよ。それなのに彼女ときたらちっとも聞いてくれなくて……」
「こんの馬鹿っ! そう言うときはふん縛ってでも止めるものでしょう!?」
「縛るって……そんな嬉し、じゃない、酷いこと……」
と、口にしてギーシュがその身を現すと、今度はルイズの口がぽっかりと開いた。
「あんた……一体それ、どうしたのよ……」
そう言ってルイズが指さしたギーシュは、背に背嚢、腰にはいくつも布袋をぶら下げている。おまけに胸には彼自身の背丈ほどもあろうかという大剣を抱いていた。
その上、背嚢や布袋の口からは、ものが入りきらずにものが多数飛び出しているのが見える。
まるで火事場泥棒のようなていである。
と、そこでぽかんと見ていたルイズが気づいた。
「あんた! それ、ミスタ・ウルザのものじゃないっ!?」
ギーシュの体がビクンと震える。
彼が抱えている大きな剣、それはウルザが手にしていた「シュペー卿の作った剣」に違いなかった。
「いや、その、これは……ええと、何かと物騒かと思ってね。備えあれば憂い無し、転ばぬ先の樫の杖と言うじゃないか」
「だからって、勝手に持ち出していいと思ってるのっ!?」

再びドンという音、三人の足下が揺れた。
ルイズの怒りが船を振るわせた訳ではない。先ほど同様に衝撃が船を襲ったのだ・
先ほどのものに比べれば小さかったのだが、それでもやはり気になるのか、ギーシュは落ち着き無く、ちらりちらりと外を見た。
「ぼ、僕は外の様子を見てくるよ、君達はごゆっくり……」
言って、ギーシュは荷物を抱えたまま、入り口から窓を目指して壁沿いに蟹歩きに動いていく。
ギーシュがそう言ってそそくさとと移動を始めてしまうと、今度はルイズの激昂の矛先がモンモランシーに向いた。
「大体! どうやってこの船に忍び込んだのよ! 出航前には一通りミスタ・ウルザが魔法でチェックしてたのに!」
「あー、えーと、そこはこれ、ポーションを使ったの」
そう言ったモンモランシーがポケットから取り出したのは小さな小瓶だった。
「ちょっと! あんたまさか、またご禁制のポーション調合したの!?」
「ご、ご禁制って、人聞きが悪いわね! これは材料の入手が困難なだけで、別に法に触れる代物じゃないわよっ!」
そこで更に再び小刻みな揺れ。
大きさは先ほどと同じくらいだが、今度の方が長い。
「おいっ! 君たちっ、大変だ!」
二人から距離を離すようにブリッジの外縁部、窓の近くまで逃げていたギーシュが血相を変えて叫んだ。
「戦闘が始まってる!」



トリステイン第二飛竜大隊は、三騎編成の小隊を三つで中隊とし、その中隊を三つ合わせて大隊とする、トリステインで最高位の機動力と連携力を有する部隊の一つである。
その彼らが、最初に敵と会敵していた。


風を切って恐ろしい早さで空を駆け上る三騎の竜騎兵。
彼らは螺旋運動を取りながら、敵である彼らの竜より二回りは大きい赤い鱗の竜を追い詰める。
逃げるものと追うものの距離が、ぐんぐんと縮まっていく。
逃げ切れないと判断したのか、火竜は反転。追いすがる敵に対して灼熱のブレスを吹き付ける。
だが、愚直な一撃は、追跡者達を捕らえられずに空を焼く。
迎撃のために大きく失速した巨体を、螺旋を描いた三騎が火竜を追い抜いた。
次の瞬間、空に赤い血がしぶく。

火竜の体がばらばらに切断されて地表へと落下していく。
その様子を確認してから、三騎の竜騎士達はその上昇をやめた。

「火竜程度、俺たちの敵じゃねぇぜ!」
無鉄砲という若さゆえの特権に溢れた声がそう叫んだ。
その声に、厳格な父親のような貫禄を感じさせる声で注意が飛んだ。
「油断するな! 次の敵へ向かうぞ!」
「南西の方角、21時の方向。味方小隊が交戦中です」
最後に落ち着き払った青年の声がかけられた。
見ると確かにそちらでは三対一で苦戦する友軍の姿が見えた。
しかし、リーダーである男は暫くじっとそちらを見てから、いいやと口にした。
「我々は別のを狙う。あれは後ろにひよっ子をつけて相手するには少々荷が勝ちすぎる」

彼らミッチェラン小隊は、後にトリステイン第二飛竜大隊のエースとして呼び称されることとなるが、彼らの隊長ミッチェランが、敵を前に躊躇ったのは後にも先にもこの一度だけだったという。



よく訓練された竜騎兵達。
その連携はかのアルビオンの竜騎兵隊と比べても遜色ないというのが、彼らの自負ところであり、意地でもあった。
そして、それは今空を駆けている勇者達が等しく信じる神話でもあった。

三騎に対して単機で交戦している男が、危機的状況の中で喜びの笑いを上げる。
「ハッハァッ!」
男が騎乗していた竜が放った炎のブレス、それを風竜は軽々とかわしてみせる。
だが、男はその回避すらも読み切って、避けた先に火線を放つ。
とっさ、トリステインの風竜はピッチを上げることで、皮膜を焼かれながらも主人を守った。
竜と人の連携、竜は人を信頼し、人も竜を信頼する。
竜騎士の本領発揮。
「遅い!」
そんなことを歯牙にもかけず、無慈悲な戦闘者は距離をつめる。
男の乗る竜の鱗は赤い、けれどもそれは、とても火竜とは思えないような速度の飛翔で、きりもみに落ちる竜へと迫る。
苦し紛れで放った騎兵のエアカッターが、恐るべき早さで滑空してくる火竜に向かってカウンター気味に放たれ、回避運動すら許さず火竜に直撃した。
男の騎乗する竜の顔、首、胴体、手足が切り裂かれ、そこに深い裂傷が走る。
だが、血は出ない。
「浅いわっ!」
そう叫びが上がった頃には、既に彼我の距離は数メイル。
男の持つメイス型の杖から勢いよく炎が吹き出して襲いかかり、騎乗していた兵士を瞬時に炭化せしめた。
ついで、男の騎乗していた火竜の顎が、風竜の喉を抉る。

「ふん。死ぬときも仲良く一緒か、竜騎士の鏡だな」
伝説と呼ばれる傭兵メンヌヴィルが凄惨な笑みを浮かべて呟いた。

そんな彼に、雲に紛れて上空から肉薄せんと降る影。
「よくもぉおおおおおおお!!」
竜騎士は通常三から四騎で一部隊。
戦友を失った二騎が、上天から、矢のようにメンヌヴィルに迫る。
先ほどのメンヌヴィルの焼き直し。
または、先頃ミッチェラン小隊の竜騎士達が行った連係攻撃を、天地逆さまにしたような構図。
二騎ないし三騎の風竜と竜騎士をもって螺旋飛行を行い、至近距離にはすれ違い、僚騎との直線上を結ぶ空間を切断せしめる。必殺の連携技。

二匹と一匹、二人と一人が交錯する。
必ず殺すと並べて必殺。それを受けて無事で済むものなどいるはずがない。
バラバラに切断された肉塊が空で散ったのをすれ違いざまに確認して、若い騎士が気勢を上げた。
「やった!」

「いいや、残念だ」
声の直後、青年騎士は自分の顎部が粉々に砕け散る音を聞いた。
「タネの割れている手品は、退屈に過ぎる」
後ろへ向けて崩れて倒れる騎士、その後にはまっすぐに伸ばして上げられた丸太のような足だけが残された。

よっ、と上に伸ばした足を曲げ、腕の力だけで体を持ち上げる。メンヌヴィルは軽業のように体を入れ替えると、超然と風竜にまたがった。
騎士の方は死んでこそいないものの、ヒューヒューという息を漏らして気を失っている。
彼が真っ逆さまに落ちていかないのは、騎士と竜を固定している鞍のおかげである。
「誰にも死んで欲しくないなら、こんなところにこなければよいものを……ぬ」
言いかけたメンヌヴィルの体が、左右に振られる。
「っと、まだお前が残っていたか」
主人を襲われた竜が、背の上の敵を振り落とそうと蛇行飛行を開始したのである。
メンヌヴィルはその手綱を右手で掴んだ。
「畜生にしては悪くない判断だ。だが、果たしてこれに逆らえるかな」
メンヌヴィルの右手に刻まれたルーンが、怪しく輝きを放つ。
するとそれまで激しく暴れていた竜が急に大人しくなった。
そう、これがメンヌヴィルの右手に刻まれたルーン、ヴィンダールヴの効果。
どのような獣であろうともたちどころに従えてしまう能力だった。

「くくく、悪くない、悪くないぞ。……だが、まだだ! まだ俺の熱はあの温度には遠い!」
残虐で知られる伝説の焼却者は、トリステインの竜を駆って、次の被害者へと狙いを定めたのだった。



「メンヌヴィルめ。派手に暴れているではないか」
視線の先ではメンヌヴィルが縦横無尽に戦場を飛び回り、次々に敵を撃墜していくのが見える。
彼の中の獰猛性、顕示欲が刺激されて、ざわざわと心がさざめく。
だが彼はそれを抑えつけ、知性の宿る眼によって戦場を見渡していた。
周囲を睥睨しているのは、一匹の竜。
赤と見えれば青にも見える、青と見やれば赤にも見える。
両極端な色合いを持ちながらも、不思議な調和を保つ鱗を纏う、人語を喋る竜。
そのようなものは、ドミニアを探しても彼しかいない。
「どれ、次は私も混ぜてもらうとしよう」
分析を終わらせた竜がそう呟いて羽をうつ。
空域に、もう一つの脅威が牙を向く。



想うようにして、その実想われている。
仕掛けているつもりで、仕掛けられている。
そして、見渡しているつもりで、見透かされている。

竜が戦場を眺めていた様子を、観察している者が遙か彼方に一人いた。
「はじまった、か」
映し出された立体映像を前に、そう口にしたのはウルザだった。
そこはトリスタニアにあるアカデミーの地下魔法実験場。
病室のように白い壁が周囲を覆われている、見晴らしの良い広い円形をした部屋。
普段は殺風景なその場所に、今は様々な機器や魔法具がそこかしこに並べられていた。

ウルザの計画の重要な位置を担うその場所にいるのは、彼ともう一人。
助手として選ばれて隣に立つ女性もまた、戦場から遠く離れた場所にいて、始まった戦いの様子を目にしていた。
「ミスタ・ウルザ……」
顔を青くして横に立つ老人に何かを言いかけた彼女は、ウルザに選ばれたアカデミーの才女だった。
長くウェーブのかかったブロンドの髪、白く清潔そうなブラウスに、今はアカデミーの研究員であることを示す白衣を身に纏っている。
普段は勝ち気につり上がった目をしているが、今は不安そうに眉をひそめている彼女は、ルイズの姉、エレオノールであった。
「あの子は大丈夫でしょうか。ミスタ・ウルザ……」
語る目は、目の前に繰り広げる凄惨な戦いに釘付けられている。
このような場所に、自分の可愛い末妹がいるかと思うと、いっそ今からでも駆けつけて、無理矢理にでも連れ出したい衝動にかられる。
そんなエレオノールの肩にぽんと、大きな手が置かれる。
「安心したまえ、君の妹は強い」
ウルザだった。
「何よりも、これから執り行う儀式が成功すれば、彼女に危害を加えようとするものを打ち倒すことができる。その為には君の協力が必要だ」
心中にまで力強く響く言葉に、エレオノールは一時躊躇った後に頷いた。

「よろしい、ではこれより『トリステイン・ブルー』を開始する」
そう言って、ウルザは床に手をついた。


途端に地面から彼へと流れ込む莫大な量の、魔力の塊。
凡百の魔術師なら処理しきれずに、内部から焼き尽くされる魔力を、ウルザはいとも平然とその内部に溜め込んでいく。
しかも、それが一度で終わらない。
強大な精神力でもって、それを何度も繰り返す。
決して倒れぬ不屈の精神力。

途中、いくつものアーティファクトが部屋の中に召喚される。
エレオノールは事前に指示されたとおりに稼働させたり、場所を動かしたりする仕事に翻弄される。
その間も、ウルザの動作は止まらない。
自身が立てた行動計画に則って、術を積み重ねていく。
事前に想定仕切れなかった揺らぎや不確定要素に対しては、その都度天才的なひらめきでもって解決。意外な幸運に際しては、それを利用してより多くの実りを得てゆく。
緻密にして大胆。
正に、ウルザという人物像そのままの行動計画。

ウルザがアカデミーから引き出したマナは、知識に変換されて流れ込む。
そして知識でもってより的確に、より効率的にアカデミーのマナを刺激し活性化させる。
それをウルザは不屈の精神力で汲み上げる。
繰り返される魔法の連鎖。


魔力がどんどん膨らんでいく。

知識はマナへ、マナは知識へ。
廻る廻る、魔力が廻る。

いつしか実験場を中心として、トリスタニア全体が輝ける渦の中にあった。

いつか見たあの島の再現。
時間が捻れ、絡み合った、あの惨劇の再来。
そう、ウルザを中心にして起こっているのはあの災禍の――時間実験際に観測されたもの。
即ち『時のらせん』と呼ばれる時空現象。



「己を過信したな老人め」
闇の中に、瞑想状態であったワルドから、嘲りを含んだ声が漏る。
トリステインでウルザが宿敵を屠るべく術技を組み上げていた頃、同様にワルドもまた、宿敵を討ち滅ぼすための策を練り上げていた。

ワルドが舞台として用意したアルビオンの中枢は、地下に存在する大空洞。
その中心に据え付けられた赤石の椅子に腰掛けて、ワルドは暗くほくそ笑む。
「貴様が私を倒すために小細工を巡らしていたのは知っていたさ。だが、何も切り札を準備して備えるのは、年寄りの専売特許じゃない」
口にして、左手を掲げる。
広げた手のひら、そこに同化するようにして埋め込まれた眼球が、ぎょろぎょろと動いて回った。
「一撃で相手を倒す必滅の技。貴様だけのものではないことを教えてやる」
ワルドは椅子に座ったまま手を伸ばし、その足下、すぐ傍にあったものを掴み取った。
彼は掴んだものを眼前に持って行き、その成長具合を確認する。
手の中のそれは、ワルドの求めるところを完全にクリアしていた。

〝機は熟した〟

ワルドが手にしているのは甘い匂いを発する、手のひらに余るほどの大きさの、一輪の花であった。
それだけではない。花はワルドの足下で、その下にあるものを埋め尽くすように一面に咲き狂っていた。
「ふふふ。美しい花だ。ルイズ、君にも見せてあげたいくらいだ、この花の咲き誇る様を。君はこの美しさが、死体を栄養分にするものだと知ったら驚いてしまうかな?」
そう、彼の言葉の通り、それは死体にのみ根を生やす寄生植物の花。
彼の周囲を埋め尽くす花の園。その下にはいくつものいくつもの死体が、年齢、性別、体格、死因、どれも共通するところのない無数の死体がうち捨てられているのである。
「確かに、貴様の時間実験によって生成される余剰エネルギーは、熟達のプレインズウォーカーであっても一撃で焼き尽くすものだ。
 だが、それももう千年も昔のこと。貴様は知らぬのだろうが、同じように大量のマナを生成・集約する秘儀はいくつも生み出されている。これがその一つだ!」
ワルドは花を掴んだその手を掲げると、それを頭上で握りつぶした。
死体を養分にして成長する植物の花、その中には生命を効率よく魔力変換した液体が流れている。
握りつぶした花から、血のように赤黒い、その汁が垂れ落ちる。
口を開け、ワルドは喉を鳴らしてその液体を嚥下した。
「漲る……っ、漲るぞっ! 力が五臓六腑に染み渡る! は、ハハハハハ! これは思った以上に爽快な気分だ!」
ワルドはそう叫ぶと席を立ち、近くにあった大きめの花から力任せに摘み取って、片っ端からその汁を啜り始めた。
「足りない、この程度では足りない、もっと、もっとだ!」
白い制服が汚れるのも気にもとめず、一心不乱にどす黒い液を啜る、絞り尽くす。
そうして、あらかた手の届く範囲にあった採取するのに適した大きさのものを摘み終えてしまうと、今度は両手を掲げて天井に向かって、野獣のような叫びを上げた。


「まだだ! もっと力を!」
ワルドが叫びが大空洞にこだまする。

すると彼の足下が発光し、それが地面を伝わり波紋のように広がっていった。
体内に大量に集められたマナが、両の足を伝わってアルビオンへと流れ込んでいるのだ。
そうして根のように張り巡らされたマナ=神経が、様々な情報をワルドに伝える。
ワルドの目的はその膨大な知識の中にある、土地の核となる大いなる脈動の情報。
これに力を注いで、力を吸い尽くして枯渇した土地を、再び活性化させるのである。
途中、不要になった土地を分離したことで、アルビオンの外殻の大地はがれ落ちて落下していったが、ワルドはそんなことは気にもとめない。
力を注がれた土地は新たな活力を生み出し、それがワルドの足下に転がる死体を伝わって、花をつける。
そうしてワルドは死体の花の収穫を再開する。

知識はマナへ、マナは知識へ。
廻る廻る、魔力が廻る。

奇しくも二人が選んだ手段は、共に同じ類のもの。
純粋に破壊に費やすならば、世界すらも打ち砕くほどの力の結集。
そこに込められた意志はただ一つ。
〝反撃をする暇すら与えず、徹底的に滅ぼしてみせる〟


渦巻く怨忌、絡み合う憎悪。
引き絞られたマナは、飽和の末に火花散らす


――そして

  「獲ったぞ!」

赤光が、走る。


                    エレオノールは隣の人影の方を向いて言った。
                    「あの子は大丈夫でしょうか、わたしにしてやれることはないのでしょうか」
                    「できることはただ一つ」とウルザは言った。
                    「待つのだ」

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