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ワルキューレの誓約

――ニューカッスルのホールでは、いつ果てるとも知れぬ宴が続いていた。

贅を尽くした料理に舌鼓を打ち、上等な酒を水のように流しこんでは大言を吐く。
城内には、総勢数百名にすぎないアルビオン軍。
そして城外は、その百倍以上の数からなる、レコン・キスタの大軍により包囲されていた。

盤上においては、既に大勢が決していた。
後は彼らが、物見遊山で乗り込んでくるであろう敵に対し
どれほどの貴族の意地を見せつけることが出来るか、ただそれだけであった。
ともすれば胸中を締め上げんとする恐怖に対し、彼らは酒と、勇気と、自慢の諧謔精神でもって耐え続けていた。

そんな城内の乱痴気騒ぎを、騒ぎを引き起こした張本人である
アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーは、どこか冷めた視線で眺めていた。

勿論彼もまた、この一戦で、誇り高く死ぬつもりであった。
大それた野望を抱く敵に対し、己が命を賭して一矢報いるという、その言葉に嘘はない。
それが偽りであったならば、ウェールズはこれほどまでに、彼らを戦いに酔わせることは出来なかっただろう。
だが、仮に彼らの命を救う術があったならば、確実に飲み込んでいた言葉でもあった。

救うことが出来ないから、せめて酔わせる。
それだけが、無能な指導者が唯一選ぶことが出来た、愚かな選択肢だったのだ。

「孤独を知り 憂いを知らねば 人は真の勇気を得ることが出来ない
 お前は漸く 歴代の戦士に肩を並べる資格を得たのだよ ウェールズ・テューダー」

「え……?」

聞き覚えのある声に、ウェールズがテラスの方を振り返る。
彼女がウェールズの元を訪れるのは、いつだって突然のことだった。

見る者に、どこか死神を連想させる長い漆黒の髪。
視線だけで相手を試すかのような、高潔な精神を閉じ込めた鋭い瞳。
白い肌に良く映える、血のように赤い唇。

出会った頃と何一つ変わらない、凛とした黒髪の乙女。
唯一変ったのは、ウェールズの背丈がいつの間にか、彼女の長身を追い越していた、と言う事だけだった。

「ああ……」

万感の思いを込め、ウェールズが呟く。

「来て下さったのですね 漆黒の女神よ」


幼い頃のウェールズは、英雄譚や冒険譚が大好きな子供だった。

小さな体に無限の勇気を宿し、強大な竜に立ち向かう勇者が好きだった。
流浪の果てに仲間を集め、故国奪回のために戦う王子の姿に憧れた。
見たことも無い使い魔を従え、世界中を飛び回り、美しいお姫様を救い出す英雄になりたかった。

その日、人知れずサモン・サーヴァントを行うなどと言う暴挙に出たのも
元を正せば、ささいな英雄願望から始まった、突発的な行動に過ぎなかった。

ゲートが放つ輝きと共に、幼き王子の前に現れたのは、
そんな、憧れの世界から飛び出してきたかのような、異装の乙女であった。

淀みの無い、冷たく澄んだ双眸は、何かを推し計るかのように、幼いウェールズを捉えていた。
風にたなびく乱れた黒髪は、どこか死神を連想させた。

傷つき歪んだ黒光りする胸甲、大きく欠けた肩あて。
所々刃こぼれし、亀裂の入ったハルベルト。
袖口の破れた上着に、血が染み込み、誇りと泥にまみれた白いスカート。
腕と言わず顔と言わず刻まれた、大小さまざまな傷痕……。

ウェルーズは純粋に、彼女を美しいと思った。
くすんだ風体も全身の傷も、彼女の魅力を損なうには至らない。
むしろ、それらの傷のひとつひとつが、彼女が自らの高潔さを試し続けた証にさえ見えた。

ゆっくりと辺りを見回したあと、乙女は低く、くぐもった声で、ウェールズに語りかけてきた。

「汝が我を こちらの世界へ呼んだのか……?」

「え……? は はいッ! 多分
 あの サモン・サーヴァントで……」

「サモン?」

「あの 使い魔を呼ぶ魔法 で……」

使い魔、と言う言葉に、乙女の眉が釣り上がる。
しまった、と咄嗟にウェールズは思った。
暫くの間、信じられないといった表情で、乙女はウェールズを見つめていたが、
やがて、両肩を小刻みに震わし……、

「……ふっ はは はははは」

と、弾かれたようにからからと笑いだした。
異国の死神が、突然、うら若き乙女に変貌した。
ウェールズがそう思うほどに、屈託のない、無邪気な笑顔だった。

「そうか そういう事もあるのか
 居場所を失ったこの身を 人の子が呼び出して使役しようとはな
 出来過ぎだ 今は無き盟主の意思すら感じられるようだ」

ひとり納得した風の乙女に対し、恐る恐る、ウェールズが問い掛ける。

「あなたは…… 女神 なのですか? それとも まさか…… 死神?」

「どちらも正解だ
 我は闇の中の闇…… 破壊と殺戮を司る戦乙女だった事もある
 もっとも 今はもう 何者でも無いがな」

乙女はゆっくりと屈むと、その澄んだ鋭い瞳で、ウェールズの瞳の奥を覗き込んだ。

「使い魔の件 委細承知した お前 名は何と言う?」

「ウェ ウェールズです ウェールズ・テューダー」

「ウェールズか……」

「あの…… あなたは?」

ウェールズの問いに対し、乙女は何事か考えこんでいたが
やがて、冷めた視線を虚空に投げかけながら呟いた。

「私はもはや 名乗るべき名前すら持ち合わせていない
 お前の好きに呼べ ウェールズ」


――そして、女神はウェールズの使い魔となった。

もっとも、彼女は他の使い魔のように、四六時中、彼と共にあった訳ではない。
彼女は神出鬼没で、いつもウェールズが気づいた時には、忽然と姿を消していた。
初めの頃は、自分は使い魔を呼ぶ夢を見ただけではないかと、ウェールズは頭を捻ったものだった。

それでいて、ウェールズが何か悩みを抱え込んだ時には
気が付けば、彼女の姿がウェールズの傍らにあった。

些細ないさかいから、従者と喧嘩をした時
簡単な魔法の実演に失敗した時
頼りにしていた近臣の陰口を耳にしてしまった時
王家の暗部の一端を目にした時
父王が病に倒れた時

全てを見透かすかのような彼女の瞳の前では、ウェールズは嘘をつけなかった。
悩み、苦しみ、葛藤、憤り…… しどろもどろになりながらも、ウェールズは己の心情の全てを吐露した。
そんなウェールズの告白を、乙女はあくまで毅然とした態度で、だが辛抱強く聞いた。
大抵の場合、彼女は安易な叱咤激励をしたり、彼に適切なアドバイスをくれたりはしなかった。
その代わりに、自分が居た世界の話をウェールズに聞かせた。

神々の盟主が下した英断、恐るべき執念を宿した巨人、公正さと慈悲深さを併せ持った誇るべき友――。

いつしかウェールズは、それらの話の中に、彼女が伝えんとしているテーマが含まれている事に気付いていた。
彼女は自らの意見を述べる事も、使い魔として直接的に主を守る事もしなかったが
彼女の話の中には、常にウェールズを自分と対等に扱おうとする、戦士としての思いやりがあった。

ウェールズは彼女の事を、決して他人に話したりはしなかった。
始祖ブリミルの加護に成り立つハルケギニアでは、彼女の存在は余りにも異端過ぎた。
彼女の言葉が真実であるかはウェールズにも分からないし、それを確かめる術もない。
だが、そんなくだらない詮索で彼女を失う事は、ウェールズには耐えられなかった。

ウェールズは、彼女の話が好きだった。
彼女の聞かせてくれる、人間の勇者の話が好きだった。
彼女の述懐する勇者達は、かつての御伽噺のような、無欠の英雄ではなかった。
誰もが心に憂いを抱え、拭いきれぬ悲しみを背負いながら、最後の尊厳を守り抜くために剣を取る、誇り高き戦士であった。
ウェールズはいつしか、自分も彼女の詩の一部となれる事を願っていた。


運命は残酷なものである。
彼女の在り方を手本に、ウェールズが立派な青年へと成長した時には、
既に、王家の滅亡は避けられぬものとなっていた。

事ここに至って、ウェールズに迷いは無い。
彼の知る異世界の勇者達は、こういう場面でこそ、強く、大きく、偉大であった。
そして、心の底に沈んでいた無力感すらも、こうして彼女に会えた事で、すっかり取り払われていた。

「こんな時にいう事でもありませんが あなたに出会えて本当に良かった
 幼き日に あなたと会えなかったならば 
 私は運命を呪い 孤独に震えながら死なねばならなかったでしょう」

「そうか……」

と、ウェールズの謝意に対し、黒髪の女神は淡白に応じた。
その仕草に、ウェールズが疑問を覚える。
未だかつて、彼女がウェールズの前で、こんなにも曖昧な態度をとったことは無い。
あるいは、別離の寂しさが彼女の表情を曇らせているのかとも考えたが、それも即座に否定できた。
彼女は戦士の誇りを何よりも重んじる存在である。
本来の彼女ならば、目の前に避けられぬ別れが迫っているからこそ、
その剣先が鈍らぬよう、晴れ晴れとした笑顔で見送ってくれるはずだった。
こんなにも儚げな彼女の姿は、ウェールズは見たことが無かった。

しばしの沈黙の後、おもむろに彼女が口を開いた。

「――かつて 古の神々の時代が終わりを迎えた日
 私は仲間達と共に 強大な隻眼の巨人と対峙していた」

「!」

ウェールズが思わず目を見張る。彼女が自分自身の話をするのは、これが始めての事だった。

「その巨人は地上の ありとあらゆる負の感情を纏ったような 粗暴で邪悪な怪物だった
 多くの仲間の命を犠牲に 私は奴を討ち果たしたが 肉体を失って尚 そいつの怨念は生き続けた

 大神も巨人族も皆死に絶え 地上の全てが灰に還っても その妄執だけはこの世に留まり
 やがて 漸く再生を始めた世界を再び滅ぼさんと 実体を伴って動き出した

 私は奴を結界に閉じ込め 今度こそ その魂を消滅させるべく闘いを続けた」

ウェールズが息を呑む。それは、古の邪神と古き軍神の、果てることなき永劫の死闘の記憶だった。

「その頃 私同様 終末を生き延びていた かつての同胞たちは
 地上に新たな秩序を築くべく 努力を積み重ねていたが 私はそれを一瞥にもしなかった

 無用の混乱を避ける為とはいえ 彼らが かつての勇者達の戦いの記憶を
 忘却の彼方に捨て去った事が許せなかった
 大神の去った世界に 勇者のいない地上に 私は何の価値も見出せずに居たのだ」

「…………」

「だが それらは全て過ちだった
 無限の闘いの果てに 傷つき倒れた私を救ったのは 脆弱な体しか持ち得ぬはずの地上人だった
 そして 強大な怨念を葬ったのは私ではなく 新しい世界で生まれた まだ名も無き女神だった

 彼女たちは皆若く 未熟で 不安定だったが
 自分たちが生きる『今』を守ろうという 純な意思に満ち溢れていた
 かつての私や 私の同胞たちのように……

 結局 私自身も件の巨人と同様 過去の妄執に囚われた怨霊だったのだ
 かの女神が最後に放った一太刀は そんな私のくだらぬ執念をも斬り落としてくれた
 私はもはや 自分がその世界に居るべき存在では無い事を悟った

 始めにお前と出会った時 名乗る名を持ち合わせていないと言ったのは つまり そういう事だったのさ」


「……あなたは 過去を悔いているのですね
 神々の列に加われなかった事ではなく 友の力になれなかった事を」

「私は後悔とは無縁の存在だ 
 だが 愚かではあったと思う
 過ぎ去った日々に囚われる余り 私は真に守るべき者を見失っていたのだ」

「真に 守るべき者……」

それっきり、女神は口を閉ざした。
テラスを吹きぬける夜風が、ウェールズの熱狂を奪い去っていく。

ウェールズはふと、かつて彼女が一度だけ、愛馬に乗せてくれた時の事を思い出していた。

その漆黒の天馬は、翼を雄大に羽ばたかせ、二人の体をたちまち上空へと運んだ。
広大な畑を耕す農夫が見えた。賑やかな街並みを行きかう人々の姿が見えた。
草原を駆け抜ける子供達が見えた。
黒き女神はただ一言「あれが、お前の守るべき世界だ」と言った。

はるか高みから見下ろしたアルビオンは、どこまでも美しい世界だった。



「……私が間違っていました 女神殿
 あなたが来てくださらねば 私はまた 大きな過ちを犯すところだった」

「…………」

「私は 生きてみます
 生き延びて 奴らから守らねばならぬものが 確かに私の中にもありました
 今更ここを生き抜ける術があるとは思えないし 死に恥を晒すだけかも知れませんが
 その最後の瞬間まで必死に足掻きぬく事を この場であなたに誓います」

長い沈黙の後、ウェールズはその言葉を口にした。
仲間を犠牲にする事も、父王を裏切る事も、生き恥を晒す事も恐れず生き延びる。
それはウェールズにとって、何よりも勇気のいる誓いであった。
変節漢の汚名を被る恐怖に比べれば、眼前に迫る死は、救いそのものにすら思えた。

「……すまぬな」

「何を謝る事があるのです? 私にとって あなたはかけがえの無い師だ」

「私はそんな者ではないさ」

そう言って、女神はどこか悲しげに星空を仰いだ。

「お前を使って 己が過去を清算させようとしているのだよ 私はな」


居並ぶ重臣達の中に、ウェールズの変節を咎めるものはいなかった。
ウェールズが、己がかわいさ故に信念を曲げる主では無い事は、誰もが知るところである。
むしろ、この戦いで、最も強く自らの死を望んでいるのは、他ならぬ彼であろう。

ウェールズが、自らの無力さゆえに部下を巻き込んだ事を憂いていたように、
兵士たちもまた、自分達の我侭に主人を巻き込む事を憂いていた。
彼らは皆、等しく憂いを抱えた勇者であった。

最大の問題は、ニューカッスルからの脱出の方法であった。
イーグル号――城に残った唯一の戦艦を使う事は出来ない。
その船には、女子供といった非戦闘員を乗せねばならない。
ウェールズが乗りこめば、同乗した者も地の果てまで追われる事となる。

「やはり 替え玉を使うしかありますまい」
「…………」

老臣・パリーの提言に、ウェールズの顔が悲痛に歪む。
兵士達の中から顔立ちが似た物を選び、影武者に仕立てた上で夜陰に乗じて脱出させる。
無論、敵に補足される事を前提に動く。
敵が影武者の一団を見つけ、包囲の輪を乱した隙を狙い、ウェールズ本人は、搦め手より単独で脱出する。

余りに悲しい策である。
囮となる兵達は確実に全滅し、しかも脱出できる公算は限りなく低い。
さらに悲しいことに、その策こそが、現状考えうる最善の手であった。
ウェールズが頷きかけたその時、後方より、木戸を押し開く乾いた音が室内に響いた。

「無用 王子の晴れの門出に 逃げ出す算段は要りませぬ」

居合わせた重臣達が、思わず息を呑む。
彼らはまるで、自分達が神話の一部に立ち会っているかのような畏怖を感じていた。

室内に現れたのは、戦支度を整えた、黒き乙女であった。
簡素な装飾が施された黒色の胸甲は、長年使い続い込んだ重みを感じさせるように、鈍い輝きを放つ。
背丈よりも長いハルベルトを片手に、悠然と闊歩する姿は、あたかも歴戦の兵のようだ。
羽飾りのついた漆黒の兜、フェイスガードの奥で、双の眼が、どこまでも澄んだ輝きを放っている。
白い肌に映える、血のように赤い唇。風を孕んだ長い黒髪が、見るものに、どこか死神を連想させる。
黒一色で纏めた威圧感あふれる容姿に対し、純白のスカートだけが、乙女の凛然とした心根を感じさせた。
そこに居たのは、あたかも書物の世界から飛び出してきたかのような、美しくも逞しい軍神であった。

「女神殿…… なぜ?」
「陛下」

黒き女神は玉座の前まで進むと、恭しく肩膝を突いた。

「陛下があくまで 誇り高き死を望んだならば もはや私に出来る事はありませんでした
 けれど 貴殿は生を望んだ
 ならば私も 一切の立場を捨て 使い魔として 貴殿に尽力致しましょう」

ウェールズもまた、彼女に呑まれていた。
長い付き合いである。彼女の美しきも逞しきも知る彼ではあったが、
甲冑を纏った彼女の勇姿が、これほどまで震えるものとは想像しなかった。

「なんという 見事な姿
 あなたはまるで…… まるで 伝説のワルキューレのようだ」

ウェールズの感嘆に対し、乙女は出会った時以来の、無邪気な笑みを浮かべ呟いた。

「なんだ 知っていたのか? 我等の呼び名を」


「ハルケギニアの人類が父 大いなる始祖・ブリミルよ!」

戦乙女の澄みきった声が、戦場に高らかと響く。

「かつて『神』を名乗った身でありながら 今 使い魔の約定に従い
 人の子の争いに介入する無礼 まずはご容赦あれ!」

乙女の堂々たる口上に、嘲笑が止む。
城門が開き、鎧姿の乙女が現れた時は、散々に罵倒を浴びせた彼らであったが
その口上は、既に笑い飛ばせる域に無かった。

自ら神を名乗り、始祖ブリミルに対しその進退を述べる。
傲慢を超えて狂人としか思えぬ物言いだが、目の前の黒き乙女は、真剣に天意を問うように振る舞った。

「革命の子らよ!」

乙女は戦場に向き直ると、今度は敵である彼らに対し、その信念を問うた。

「我が名はグングリーズ
 殺し 破壊し 奪い取り 捧げる者 破壊と殺戮の戦乙女なり
 汝等の理想に 真の志あるならば その一念を刃に変えて 我が歩を止めて見せよ!」

口上が終わると同時に、乙女は悠然と歩みだした。
あたかも眼前に、万を越す大軍など存在せぬかのような、自然な歩みで……。

手近の一団が、弾かれたかのように跳び出していた、問われた答えを示すかの様な、本能的な動きであった。
黒き乙女は尚も歩みを止めず、ゆっくりと得物を振り上げた。

直後、横薙ぎのハルベルトの旋風に前衛の数名が薙ぎ払われ、後続を巻き込んで大きく吹き飛ばされた。
戦斧の一撃は当たってすらいない。
乙女の膂力が引き起こした烈風が、対手の剣を、鎧を砕き、全てを弾き返したのだ。

同時に、敵陣から恐声が上がる。
恐怖は時に、人を残酷にする。恐るべき数の殺意が、眼前の戦乙女に向けられた。
その段になって尚も、乙女は悠然とした歩みを止めない。

一斉に放たれた矢の壁は、乙女が軽く体を捻ると、手品のようにすり抜けていった。
彼女を刻まんとする烈風の刃は、大地を砕く瀑布の如き一撃に阻まれた。
乙女を飲み込まんとした巨大な火球も、叩き付ける様に振るわれた大盾に阻まれ、周囲に炎を四散させただけだった。

攻城用に準備されていた三体のゴーレムすらも、乙女の歩みを止める事は出来ない。
戦乙女は、時に邪悪な巨人にすらも、生身で立ち向かう任を負う。
いかなる巨体を誇ろうとも、魂篭らぬ土人形が、神に連なる戦士に拮抗できるはずがなかった。
一体は右足を砕かれて派手に転倒し、もう一体は腹部に風穴を開けられ砕け散り。
最後の一体は、天空からの一撃で、唐竹割りに両断された。


奇跡のオンパレードとしか呼べぬほどの、乙女の八面六臂の活躍に、城兵が沸き立ち、歓声が上がる。
そんな中、主であるウェールズだけは、丸っきり別の事を考えていた……。

これ程の力を持ちながら、この土壇場まで彼女が助力してくれなかったのは何故か。
答えは、彼女自身が口上で示していた。

彼女は、その圧倒的な力を用いて、人の戦に介入し、その運命を揺るがすのを忌避したのだ。
それが神なる者の矜持によるのか、何らかの理ゆえなのかは分からない。
一つだけ確かなことは、彼女がウェールズの為に、己が信念を曲げたと言う事だった。
戦斧を振るう彼女の勇姿が、余りにも悲しかった。不甲斐ない己が身を呪いたかった。

「ストルムヴィンド! 主の下に飛んでくれッ!」

――そして、気がついた時、ウェールズは周囲の静止を振り切り、信念も計算も無く跳び出していた。

「殿下!」

家臣の声が後方に消える。
暴風の名を持つ漆黒の天馬が、一直線に前線を駆け抜けていく。

「ウェールズ!?」

天馬にまたがり、自らの前に現れた主人の姿に、初めて乙女が動揺の声を上げた。
彼女がストルムヴィンドを託したのは、万が一の時、ウェールズを脱出させるためであった。
だが、愛馬は主人を裏切り、守るべき王を伴って眼前に現れた。

「黒き女神よ! あなたはこれ以上戦っては駄目だッ!
 これは私の 私たち人間の戦いだ!
 あなたが矜持を捨ててまで やらねばならぬ事ではないッ!」

「陛下……」

やがて、ウェールズの意思に呼応するかのように、鴇の声が後方より上がり、
凄まじい形相の一団が、主と女神を守護するように突っ込んできた。

「女神殿! お見事な戦ぶりでござった」
「殿下の申されるとおり ここから先は我等の戦い!」
「我等の戦いぶり とくとご覧あれ」

ウェールズが吼える、付き従う兵士もまた、全身を震わせ咆哮を上げる
数百名からなるアルビオン王国全軍の突撃に、今度こそレコン・キスタは震え上がった。
戦術も、打算も、信念もない。ただ一太刀ごとに己が命を刻み込むような、狂人たちの行軍。
それはまさに、触れるもの全てを黄泉路に送る死の壁だった。

初めに乙女が望んだとおり、敵の中に、真剣に国家を憂い、革命に命を捧げた者がいたならば、
或いは、この突撃も支えられたかもしれない。
だが、彼らは所詮、烏合の衆であった。
皆、指導者の奇妙な力に恐怖し、大勢に流され、欲望に酔いしれて従軍していたに過ぎない。
本物の軍神、そして、本物の狂人達が起こした奇跡に、対抗する術を持ち合わせてはいなかった。


一行が気がついた時、万を越す敵の大軍は、既に地平の彼方にあった。

『見事な突撃だった 感服したよ
 最後にこのような友人達と同じ戦場に立てた事 本当にうれしく思う』

「女神殿……?」

誰もが事の成り行きに呆然とする中、ウェールズは乙女の声に振り返った。
漆黒の女神の姿は、既に戦場には無かった。

やがて、自分達の勝利を確信し、兵士たちの中から、喚起の声が一斉に沸きあがった。

『暴風は 貴殿の事がいたく気に入ったようだ
 暫くの間 貴殿に預けておこう
 貴殿がもう一度 私に戦乙女としての役目を与えてくれた事 心より感謝する』

熱狂の中、乙女の声が風に乗って聞こえてくる。
ウェールズは天馬の頬を撫でながら、寂しげに中空を見上げた。

「ありがとう…… さようなら 私の偶像」

もう二度と、彼女と出会うことは無いだろう、
そう確信めいた予感が、ウェールズの心中でざわめいていた……。



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