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ゼロのエルクゥ - 25


「有り得ぬな。何かの間違いだろう」
「おいおい。少しは考える素振りを見せたらどうだ?」

 ガリア王国首都リュティスの郊外、王族の住まうヴェルサルテイル宮殿の一室で、男は金髪にその長い耳を揺らしながら、憮然と答えた。

「アーハンブラ、か。大方、その辺りの領主が先に手を出したのではないのか?」
「そんな骨のある奴をおれがあそこに置くとでも思うのか? 今の時代、エルフに手を出そうなどと考えるのは、神に狂った長靴どもだけだぞ」
「ふん……」

 尖った耳に人ならぬ美貌を持つ男―――エルフ族に対しているのは、ガリア王族特有の蒼い髪を短く刈り込んだ、大柄の偉丈夫である。

「それに、証拠もある」
「何?」

 その大男は、今しがた『エルフの住処である砂漠と接しているアーハンブラ城がエルフの軍勢に襲われている』との報告をもたらした伝令役の翼を持ったガーゴイルの手から、手の平大の球体を受け取った。
 それを、座っている椅子の手元の台座にあるくぼみにはめ込むと、南向きの磨かれている壁に一筋の光が伸びる。
 光は壁に向かって広がっていき、そこに映像を結んだ。

「馬鹿な……!?」

 映し出されたのは、紛うことなき戦争の―――いや、虐殺の光景だった。
 驚愕に目を見開いた彼と同じ、長い耳を持ったエルフ族達が、その手で、爪で、 メイジ、兵士、民間人の区別なく、人々を引き裂いている。

「おお。エルフというのはなかなかに野蛮なのだな。てっきり不可思議な先住魔法でも使っているかと思えば、これではまるで亜人か獣だ!」
「おのれ蛮人め! このようなもの、どうでっちあげた!」
「はて、これは面妖な。この『追憶の水晶球』はお前等のマジックアイテムだろうが。先住魔法の使えぬおれ達がどういじるというんだ?」
「くっ……!」

 エルフの苦悶の表情が、その理屈の正しさを物語っていた。
 『追憶の水晶球』。それは、その面に映った映像を記録し、映し出す事が出来る道具だった。風と水の精霊の強い加護を必要とするこのアイテムを、どう足掻いても人間風情が扱えるはずはないのだ。
 しかし、それはつまり、目の前に映し出されているこの光景が真実であるという証左に他ならず。
 エルフ族の男にとっては、到底認められる事ではなかった。

「そんなに疑うなら、暇をやるから自分の目で見てくるといい。ああ、ついでに、この映像が本当だったら、ちゃんと追い返しておいてくれよ?」
「……言われるまでもないっ! このような蛮行、ネフテスの名において許してはおかぬ!」

 弾かれるように席を立ち、怒りを顔に滲ませながら、エルフ族の男は部屋を出て行った。

「ははは。エルフもあのような顔をするのだな。しかしまあ、こいつはまた……」

 部屋に残された男は、それを片目で見送って、映像に視線を戻した。
 壁面には、虐殺の映像が延々と流れている。エルフ達は嬉々とした表情で殺戮を楽しんでいるようだった。

「気色悪い事だなぁ」

 何の感慨もないように呟いて、男は球体をくぼみから抜く。
 映像がふっとかき消え、部屋に夜の闇が戻った。

「ふーむ。よし、ちょうどよい。おれの可愛い姪にも働いてもらうか。敵も味方も母の心を狂わせたにっくきエルフだ。さぞ奮迅の働きをしてくれる事だろう」

 全ての所作が仮面のように平坦だった大男の、くっく、と肩を震わせるこの笑いにだけは、確かな何かが篭っていた。

「しかしひどいものだったな。殺すだけで喰ってはいないようだったが……さすがに人を喰っているところが映っていたら、おれも明日の食事に肉は勘弁だったな」

 一人ごちながら、サイドテーブルに置かれていた血のように赤いワインを軽く傾ける。

「お前もそう思うか? 余の戦神(マルス)よ」
「……いや、ふつーにあの光景見てワイン飲めるあんたがすげぇよ。うぇっぷ」

 そして誰にともなく中空に呼びかけると、椅子の後ろに突如、黒いローブ姿が現れ、呆れたような声を出した。
 少年から青年に至る途中の、高さの残る男の声だった。

「無能王と蔑まれてはいても、一応は王だからな。王は騎士の長。斬ったはった程度でもよおしておるようでは務まらんだろう? さて、珍しくも白の国でしくじったと急報は届いておるが、詳しく報告を聞こうか、余のマルスよ?」

 立ち上がって後ろを向いた男―――現ガリア王ジョゼフ一世は、大仰に腕を開き、自らの使い魔を薄笑いで見下ろした。

§

 首都トリスタニアの中央通りはブルドンネ街の突き当たり、トリステインの王宮には、奇妙な騒がしさが蔓延していた。
 ゲルマニアとの同盟の破綻と、アルビオン内戦の決着。
 最大の危機が来ると同時に最大の危機が去ってしまい、対策会議を開きつつも、宮廷貴族達は対応を決めかねているのだった。

「―――以上が、今回の密命の詳細になります」

 チン、と剣が鞘に収められる音がした。
 公爵令嬢とインテリジェンスソードの報告を聞いていた王女は、手の上に返された『水のルビー』を見つめたまま、無言で目を見開いている。

「力及ばず、申し訳ありません。いかなる処罰をも受ける所存でございます」
「どうしてそんな事を言うの? 顔を上げてちょうだい、ルイズ・フランソワーズ。わたくしの一番大切なおともだち。あなたはわたくしの頼んだ以上の事をしてくれたのよ。レコン・キスタを倒してしまうなんて!」

 ルイズの目が覚めた翌日の朝。
 絢爛な王族家紋のついた馬車が魔法学院に横付けされて王宮に出頭したルイズは、アンリエッタにアルビオンでの始終―――先日、学院長室で話したものと同じ内容を話し終えていた。

「しかし、手紙は奪われ、ゲルマニアとの同盟は……」
「いいの。いいのです。レコン・キスタという脅威のなくなった今、もはやその必要もなくなったのですから」

 言いながら、アンリエッタは俯いてしまう。ルイズは、その顔に滲んだ罪悪感に言葉を飲み込んだ。
 わかっているのだ。レコン・キスタの事がなくなっても、あの手紙がどれほどこの国を窮地に陥らせるか。下手をすれば、面子を潰されたゲルマニアが攻め込んでくるかもしれないのだと。
 実際は、彼女一人ではそんな結論には辿り着けなかった。ゲルマニア皇帝の抗議から休みなしで行われている対策会議が散々に紛糾した結果、何度も何度も宮廷貴族達に嫌味を言われる事で思い知らされていたのだった。

「謝らなければならないのはわたくしの方よ。わたくしの杖から出た錆を拭うために、あなたに大怪我を負わせ、メイジとして何よりも大切な使い魔を失わせてしまった……あなたとあの使い魔さんには、どれほど感謝してもしきれません」

 座っていた椅子から落ち、膝を付いて両手で顔を覆い、涙を流し始めた。

「まさか、ワルド子爵が裏切り者だったなんて……裏切り者を護衛に選んでしまったわたくしのせいで、ウェールズ様のお命ばかりかあなたの命まで危険に晒し、挙句にあなたの使い魔は……ごめんなさい。本当にごめんなさい、ルイズ」
「い、いいのです。この命、姫さまのためにと誓いました。姫さまのお役に立てて本望です」

 ルイズは、さめざめと泣くアンリエッタを静かに抱きしめる。
 抱き止める少女の傍らに置かれた剣だけを観客に、王女の寝室には、しばらく嗚咽の声が響き渡った。

「……ありがとう。情けないところを見せてしまいましたね。使い魔を失ったあなたの方が、よほどつらいですのに」
「いいえ。心中お察しいたします」
「あなたは、本当にわたくしの一番のおともだちよ、ルイズ」

 椅子に座りなおし、アンリエッタは微笑んだ。そう言ってくれる事自体は光栄の極みだったが、なぜか素直には喜べなかった。

「功には報いるところがなくてはいけません。しかし先日、『シュヴァリエ』の爵は軍属の者にしか与えられぬ事になってしまい、あなたに与える事が出来ないのです」
「そのお言葉だけで十分です」
「いいえ、そういうわけにはいかないわ。全てを明らかに出来るのならば、『シュヴァリエ』の称号などでは到底贖えぬほどの功績なのです。そうね、とりあえずは……」

 アンリエッタは部屋中の棚を引っ掻き回し、出てきた宝石や金貨をそっくりとルイズの手に持たせた。
 その中には、先ほどルイズから返された『水のルビー』までもが含まれていて、ルイズは飛び上がった。

「こ、こんなに……! いただけません!」
「いいの、持っていって。金銭などいくら積み上げてもあなたの働きには足りませんが、今のわたくしに出来る事は、本当にそれぐらいなのです」
「姫さま……」
「出来るならば、王女直属の女官として、与えられる限りの権限を与えたいのですが……」

 アンリエッタの顔が曇り、絞られるように言葉を続けた。

「……あの手紙の事が公になって、宮廷内は揺れています。ともすれば、わたくしは放逐されるやもしれません。直属などとしていたら、あなたにも迷惑がかかってしまいますから」
「そんな……」
「わたくしは、まつりごとには不向きです。わたくしが流される事でゲルマニアの面目が立ち、戦争を避けられるというのであれば、それでいいのかもしれませんね……宮廷内のゴタゴタが、民にまで波及せぬかどうかだけが心配ですが」

 その、どこか吹っ切れたような微笑みが、ルイズにはとても痛々しく感じられ……続く言葉への反論を、飲み込まざるを得なかった。

「ルイズの胸で泣かせてもらって、覚悟が決まりました。枢機卿には全てを話し、あなたの功績を出来るだけ取り立ててもらえるように尽力致しますわ。それが、無力なわたくしが最高のおともだちに出来る、最後の事でしょうから」

§

「ふふっ」

 大層不満げに部屋を出て行った最高の友人の顔を思い出し、アンリエッタはクスリと忍び笑いを漏らした。

「いかがなされましたかな?」
「なんでもありませんわ、枢機卿」

 隣を歩くマザリーニが怪訝そうに自分を見やるが、気にもならない。
 ルイズが帰るなり間断を置かず、会議に戻るよう迎えに来たのだった。またあの嫌味の中に戻されるのかと思うと気が滅入るが、今までほど憂鬱にはならなかった。
 破滅に酔っている、と言われればそうかもしれない。悲劇のヒロインぶっている、と言われればきっとそうだ。だが、自らに引導を渡す覚悟のためにそれを支えにする事を、悪いとも思わなかった。
 彼を生き残らせてくれた友人の為ならば、不肖のこの身の一つや二つ、いくら捧げても惜しくはない。

「枢機卿、後で少しお話があるのですが……」
「伺いましょう、姫殿下。ですが、今はこちらに集中していただきたい」
「……摘み取られるのを待つだけの飾りの花に、何か出来るとお思いなの?」
「ご自分を卑下なさるのは、人事を尽くしてからになされませ。それに……先ほどまでとは少々事情が変わったのです」
「事情?」
「とにかく、中へ」

 会議室のドアの前で、半歩先を歩いていたマザリーニが恭しく先を譲る。
 怪訝に思いながらも、ドアに手をかけ、開けて―――そのまま、体が固まった。

「う……そ……」

 目の前の光景を、信じられなかった。
 豪奢な椅子にふんぞり返っている見慣れた宮廷貴族達の中に、見慣れぬ……そして、焦がれてやまぬ最愛の人の姿があったのだから。

「アルビオン王国特使、ウェールズ・テューダーと申します。お久しぶりにございます、アンリエッタ姫殿下」

§

「姫さまが追放されるなんて……」

 魔法学院へと帰る馬車の中で、ルイズは一人呟いていた。

「何とか出来ないのかしら……」
「無理だろうな。ありゃ、『覚悟』が決まっちまった眼だ。事が事じゃなけりゃ、いい眼をするようになった、なんて言えるところだがなぁ」

 御者台に座るのは物言わぬガーゴイルで、その言葉に答えるような存在は一見見当たらなかったが、返答の声が響く。
 その声の主は、その腕に持たれた―――彼女の使い魔の形見である剣だった。

「私はまた、何も出来ないのね……コーイチの時も、姫さまにも」

 自分の命を差し出して庇わなければ、ウェールズを救えなかった。それによって手紙を奪われて瀕死の重傷を負い、自分の使い魔の死に際すら看取れなかった。
 魔法が使えない貴族。その無力さを、ルイズは噛み締めていた。
 同年代の少年少女に見下される悔しさ。親や姉達の期待に答えられない悲しさ。平民にすら同情される情けなさ……そしてこの無力感が、ルイズの心を打ちのめした。

「……人間、出来る事と出来ない事があらーよ」
「そうね。私は……魔法が出来ないのよね」
「娘っ子」
「いいの。泣き言かもしれないけど……まずはそれを認めないと、先に進めない気がするから」

 虚飾を捨て去り、自分を見つめ、一歩一歩進んでいく。
 それはとても苦しく、プライドを傷つけるものだ。普通に魔法が使えるメイジでも、出来る者など一握りだろう。『ゼロ』であればなおさら。
 しかし、今のルイズにはそれが出来る。未知に触れ、無力を知り、こだわろうとしていたものの脆さを知った今なら。

「あのね、デルフ」
「なんだい」
「私ね、自分は、『サモン・サーヴァント』に特化したメイジじゃないかなって、そう思うの。他の魔法が使えない代わりに、すごく強い使い魔を―――そう、伝説の虚無の使い魔みたいなのでも、呼び出せるって」

 どの系統の魔法も使えない自分。唯一成功したのは、召喚と契約の魔法。召喚されたのは、どの系統にも属さず、『ゼロ』である主人の身の丈とは比べ物にならないほど強力極まる『エルクゥ』などという謎の種族で、しかも虚無の使い魔『ガンダールヴ』らしいと。
 与えられたそれらの材料から考え続けて、それが出された結論だった。

「学院に帰ったら、すぐに学院長に直訴して、次の使い魔を呼ぼうと思うわ。私の才能が、本当に『サモン・サーヴァント』にあるのだとしたら……その使い魔が、何とかしてくれるかもしれないから」

 その瞳は、まっすぐに前を向いていた。他人に頼る弱い心からの言葉ではない、それこそが自分の力なのだと理解する頭脳の輝きだった。

「あなたは、許してくれる?」

 デルフリンガーは答えなかった。
 間違いだ、と否定するのはたやすい。自分は伝説の剣であり、彼女の魔法の真実を知っているのだから。
 しかし、その輝きを……『虚無の担い手』ではない『ただのルイズ』が放つその眩しさを、『伝説』なんて野暮なもので濁らせてしまうのは惜しい……などと、そんな風に思ってしまったのだ。

「……薄情だって、思う?」
「……いんや。そんな事はねーよ」

 デルフリンガーは、剣らしくない自分の思考に戸惑いつつ、そう答えるのが精一杯だった。

§

 アルビオン大使である皇太子の語る言葉に、会議場は騒然となっていた。
 それは、アルビオン内乱の裏で蠢いていた謀略と真実。そしてその黒幕。

「その名は『アンドバリ』の指輪。ラグドリアン湖に住む水の精霊が守るという秘宝です。彼奴は―――ガリア王ジョゼフはそれを用い、同胞を先住の水の力によって操り、内乱を起こさせたのです。水の精霊と縁の深いトリステイン王家ならば、この真偽がわかりましょう」

 上座に座るマリアンヌ太后とウェールズは、揺るぎないまま互いの瞳を見つめている。
 その横に座るアンリエッタは、何度目かわからない騒がしさに包まれる広間を見渡して、まるで制御を失った舟の上にいるようだ、と思った。
 川を流れる水が一粒とて同じところに留まらぬように、ただ流れるままに流されていくだけ。
 先ほどまで自分を流し去ろうとしていた宮廷貴族達を翻弄するウェールズの姿は、現実感などというものを全て吹き飛ばしてしまうほどの衝撃だった。

「私と同じ使者をゲルマニアとロマリアにも送っています。闇に暗躍するガリアに対する包囲網として、これら四国による同盟を提案したく思います」

 アルビオン大使がもたらしたその知らせは、あまりに荒唐無稽で、そしてあまりに恐ろしいものであった。
 ―――結局、ウェールズを交えた喧々諾々の会議で決定されたのは、『明日もう一度話し合う』という事だけであった。

§

「……まさか、ウェールズ殿下御自らお越しなさるとは。このマザリーニ、少々肝が冷えましたぞ」
「はは、すまないね枢機卿。今まさにトリステインを揺るがしている元凶が来てしまって」

 個人の客をもてなす為の応接間には、紅茶を片手にくつろいだ姿を見せる、ウェールズとマザリーニ、そしてマリアンヌ太后とアンリエッタの姿があった。

「わかっておられるのならば、これ以上この老骨の胃を痛めつけるような真似は慎んでいただければと」
「まだまだ卿は現役ですよ。これからもアンリエッタを支えていただかなくては」
「隠居出来る日は遠そうですな」

 マザリーニが、あからさまに肩をすくめる。

「先ほどの話の通り、ご懸念であるゲルマニアとの関係も取り持つつもりではあるのですがね」
「わざわざこうして私達だけの席を設けるという事は、それ以上の労働をさせるおつもりなのでしょう?」
「はは、枢機卿にはかないません」

 談笑を楽しんでいるかのように見えたウェールズの目が、鋭く細められる。

「トリステインには、レコン・キスタと通じていた背信の徒がおります。それをあぶり出していただきたい」
「―――っ!」

 アンリエッタは、息が止まる瞬間というものを、初めて体験した。

「穏やかではありませんな。レコン・キスタというのは、不可思議な指輪の力によって操られていた集団という話でしたが?」
「全て、というわけではありません。操られていた者の多くは、影響力を多大に持つ有力貴族達です。領地を持たぬ下級貴族や従者、侍女、出入りの商人……そのような人々のほとんどは、指輪の効力を受けていませんでした」

 考えてみれば当たり前の話である。先住の力故に断言は出来ないが、例え無尽蔵に使えたとしても、元々大貴族の命令に逆らえないそのような人々一人一人にまで術をかける必要がない。

「さすがに、間諜を担当していた者の近くの人間には、そのような平民にも術がかけられていましたが……幾人か、数日入れ替わっただけの侍女や偶然訪れた商人などは無事でした。そして、その者達の見聞きしたところによると……」
「我が国に、情報を売っていた売国奴がいると」
「はい。それも宮廷の中央深くに」
「ふぅむ」

 マザリーニは唸った。マリアンヌは憂いを帯びた表情で眉を落とし、アンリエッタは俯いてしまっている。

「多量の金銭が動いていた事がわかっていますので、金の動きを調べればおおよその見当はつくかと思われます。捨て置けばガリアにも通じましょう。それは、誰にとっても都合が悪いのではないですか?」
「……わかり申した。そちらの件については手を打ちましょう」
「お願い致します」

 マザリーニが頷くと、にっこり、とウェールズの顔から緊張が抜ける。
 目的は果たしたのだろう。たわいもない事を話しながらも、紅茶のカップを傾ける回数が増え、飲み干したら退室するつもりであるのがわかる。
 アンリエッタは、俯いていた顔をまっすぐに上げた。そう、あの話をするには、ちょうどいい。

「……一人、心当たりがあります」
「姫殿下?」

 思わずウェールズやマザリーニが息を呑むほどに、その瞳には強い意志が込められていた。

「魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。彼はレコン・キスタに与していて、ウェールズ様のお命を狙い……そして、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔によって討ち取られたと聞いています」

§

「暇ねぇ……」
「…………」

 虚無の曜日を明日に控えたダエグの曜日。トリステイン魔法学院は午前中で授業が終わり、午後は社交の時間に当てられる。
 そんな昼下がりの魔法学院はタバサの居室で、キュルケはぐでーっと艶やかに、部屋主のものであるはずのベッドで寝転がっていた。
 枕元では、タバサがいつものように本を広げ、黙々とページをめくっている。

「ルイズは王宮に行っちゃってつまらないし、いい男は少なくてつまらないし、いい女はもっと少なくてつまらないし……やれやれよね」

 タバサに向けているのか、ただの愚痴なのか……どちらにしても、タバサはキュルケの言葉に反応せず、視線を本に固定するままだった。

「何を読んでるの? ……『東方見聞録』? へえ、東方に関する文献なんだ?」
「っ!」

 キュルケが表紙のタイトルだけを流し見て興味深げに中身を覗き込むのと、タバサが弾かれたように顔を上げて窓の外に目をやるのは、ほぼ同時だった。

「ど、どうしたのよ、タバサ。……フクロウ?」
「…………」

 窓には、足に手紙が括りつけられたフクロウが一匹、とまっていた。
 タバサは無言で窓を開け、手紙を取り外す。フクロウはその間、微動だにしなかった。

「……ガーゴイル、なの?」

 生き物が体に触れられれば、どれほどの訓練を受けていても、多少なりとも身じろぎをする。
 彫像のように動かぬそのフクロウは、魔法で作られた人形だった。

「……用事が出来た」

 じっと見つめていた手紙を畳んでスカートのポケットに仕舞いこんだタバサが言うと、キュルケは上体を起こし、にんまりと笑った。

「ついていっちゃダメ?」
「……危険」
「ならなおさらよ。友達が危険な目にあってるのを、黙って見過ごせって言うの?」
「……すごく、危険」

 どこか不安げな表情でじっと見つめてくるタバサに、キュルケはただ事ではないと思い直し、表情を引き締める。

「……そんな危険なところに、何故行かなければならなくなったの?」
「…………」
「教えて、とは言わないわ。でも……あなただけをそんなところに向かわせて、もしそのままいなくなってしまったとしたら……それは、とても悲しい事よ」

 しばらくの間、二人の視線だけが交差する。
 やがて折れたのは、タバサの方だった。ポケットから先ほどの手紙を取り出し、キュルケに渡す。

「読んでいいの?」

 こくり、と頷かれたので、キュルケは遠慮なく手紙を広げ―――そして、目を剥いた。

「が、ガリアの王印? って、これは―――っ!」

 そこには、トリステインの南に位置するハルケギニア一の大国、ガリア王国の正式な印章と共に、このような文章が書かれていた。

『北花壇騎士七号に告ぐ。アーハンブラ城にエルフの軍勢が攻め寄せた。速やかに急行し、これを撃退せよ。 北花壇騎士団長イザベラ・ド・ガリア ガリア王ジョゼフ一世』


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