あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

IDOLA have the immortal servant-17


 まだ夜も明け切らぬ内に、ウェールズは部屋に飛び込んできた兵士によって起こされることになった。
 その報告に耳を疑い、息せき切って港に駆けつけ、その惨状を目の当たりにする。
『イーグル』号、中破。『マリー・ガラント』号は既に消失。
 積荷の火薬が、突然爆発したらしい。
 全体から見れば航行不能なほどの損害ではないが、浮力を得るための風石が吹っ飛ばされたのだ。
『イーグル』号はというと、まだ港から、その船体を目にすることができた。
 墜落していきそうなところを、何とか支えているのは、駆けつけたメイジ達が、一斉にレビテーションをかけているからだ。
しかし、艦の巨大な質量を支えるには至らない。イーグル号は緩やかに港から墜落していこうとしている場面であった。
「なんたることだ……!」
 見張り数人が心臓を貫かれて殺されているのが見つかった。
 クロムウェルの手の者が、城内に紛れ込んだということか。 死を受け入れる覚悟を決めた。そんな折、真実を知らされて絶望し、汚名を受けても生きると決めた瞬間に、また退路を断たれる。
 どこまでクロムウェルは自分達を弄べば気が済むのだろう。
 ウェールズは港の淵まで走って、レビテーションをかける輪の中に加わった。
 そうして艦を支えて、ややもすると理解する。
 時間をかけて暗闇に沈み落ちていく艦は、緩やかに落下速度を増しつつある。
 断崖の上からかけるレビテーションでは、次第に効力の届かない距離へと遠ざかっていくのだ。力量に劣る者のレビテーションから射程外となり、残った者の受け持つ負担が加速度的に大きくなる。
「レビテーションの届かなくなった者は、二人一組になり、片方のメイジはレビテーションでパートナーを空中で支え、もう片方は艦を支えよ! 土メイジは急ぎ、『錬金』で艦を支える足場を作れ! 『錬金』が届かなくば、他のメイジに空中で支えてもらえ!」
 ウェールズは大声で指示を飛ばした。
 風石はまだ城内か艦内に残されているのだろうか? 修復と乗船はレコン・キスタの攻撃までに間に合うのか?
 次の瞬間、支えていた糸が切れたように『イーグル』号が大きく揺れた。まずい、と思ったときにはウェールズのかけているレビテーションすら、用を成さなくなっていた。
『イーグル』号は、岸壁の側面にぶち当たり、轟音を撒き散らしながら暗黒の中へ消えていった。
 これで、王立空軍艦隊の、その全てをウェールズは失ったことになる。
「くっ!」
 ウェールズは思わず、地面を拳で叩いていた。
 彼の指揮と対策は的確だったが、現場に辿り着いたタイミングが遅すぎた。もっとメイジの頭数さえいれば支え切れたのだろうが、人数が集まってきた時には、既に手遅れだったのだ。
「殿下!」
 血相を変えて港に駆け込んできたのは、ルイズとフロウウェンだった。
「きみたち、か。ご覧の通りだ。我々は、艦を失った。退路は残されてはいない」
「な……」
 ルイズは、港の黒々とした淵を覗き込む。『イーグル』号も、『マリー・ガラント』号も、どこにも見えなかった。
 ウェールズは、港の片隅にいたワルドのグリフォンを指差し、言った。
「子爵のグリフォンで脱出するのが良かろう。四人ぐらいならその背に乗せ、滑空して陸地に辿り着くくらいは可能だろうからな」
 ルイズは首を振って、立ち上がる。そして、言った。
「殿下。皆が脱出する方法はあります。急いで、港に皆を集めてください!」


 早くから就寝し、精神力の回復を図った。まだ暗い内から起き出して、風石に火薬を仕掛け、頃合を見て遍在に爆破させる。
 潜入しての破壊工作や暗殺は風メイジの得意とする所だ。サイレントの魔法で物音を消すことができるのだから。
 港には見張りもいたが、さほど多くも無く容易いことだった。遍在を港の中へ密かに送り込んでその目を盗み、必要とあらば遍在に、ワルドの顔を見せて油断させ、その命を奪った。
 そして目論見通り、王党派は艦を失った。
 これで、誰もニューカッスルから逃げることはできない。まず、王党派には、ここで全員死んでもらう。
 指輪の能力の発覚はクロムウェルには知らせない。亡命を防ぐことで功績を立て、クロムウェルを油断させ、奴も殺す。
『アンドバリ』の指輪を奪い、トリステインに取って返す。アンリエッタも殺そう。マザリーニもだ。
 指輪の力でアンリエッタとマザリーニを傀儡にすれば、明日からは自分がトリステインに号令を下す立場となる。ルイズは……言うことを聞かないなら殺し、遺体を回収すればいい。彼女を操るということは、本当の虚無の力を手元に置くということだから。
 ワルドの口元が笑みを形作る。
 あのクロムウェルの大物然とした取り澄ました顔が、どんな風に歪むのか。今から楽しみだ。自分を騙して良いように踊らせてくれた礼は、しっかりとしてやらねばならないだろう。
 偽の虚無の力でハルキゲニアの統一と聖地の奪還とは。まったくご大層な錦の旗を掲げたものだ。
 安心しろクロムウェル。後は自分が引き継いでやる。聖地は俺が、俺の目的の為に砂漠の悪魔どもの手から奪還してやるよ。
 後は待つだけだ。すぐに脱出し、レコン・キスタと合流してもいい。
 計画の最初の段階は上手くいった。
 上手くいった、というのに―――
(奴らは、一体何を始める気だ?)


 港は人でごった返してした。王党派の主だった者達、兵士、それから民間人、女、子供、老人、傷病兵と言った非戦闘員達―――。
 人垣の中心に、ルイズとフロウウェン、それからウェールズとジェームズ一世の姿があった。
「ミス・ヴァリエール。どうしようというのだ?」
 ウェールズが怪訝そうな面持ちで訊ねてくる。
「ヒース」
 フロウウェンがルイズに促され、一歩前に出る。
「殿下。この指輪は遥か東、ロバ・アル・カリイエに伝わる魔法の品にございます」
 左手の指輪を見せながら、出立前にアンリエッタに語ったのと同じ言葉を、フロウウェンは口にした。
「……ただの、古ぼけた指輪にしか見えないが」
「百聞は一見に如かず。指輪の力をお見せしましょう」
 フロウウェンは目を閉じて、左手を突き出す。そして何事か、呪文のようなものを呟いた。
 光の粒子……フォトンがフロウウェンに向かって集中していく。
 そう思った次の瞬間、フロウウェンの足下を囲うように光の輪が生まれた。
 耳慣れない、低くうねるような音が聞こえてくる。
 ウェールズも、ジェームズ一世も、呆気に取られてその光景を見やる。
「これは……なんだい?」
「双方向に行き来できる、サモン・サーヴァントのゲートのようなものです。殿下。そしてこのゲートは、トリステイン魔法学院の、わたしの部屋へと通じております」
 ルイズは少し声のトーンを落とし、ウェールズ達だけに聞こえるような声で言った。
 正確には、フロウウェンの文明のテクニック、『リューカー』である。自分の現在地と拠点を繋ぐテクニックだが、使い手が自分の本拠地と認識し、詳細なイメージを描ける場所にしか繋ぐことができない。この場合は、つまりルイズの部屋へ。
 ラグオル地表から、衛星軌道上の星間移民船すらをも繋げる術だ。トリステインとアルビオン間を繋ぐ程度、容易いことだった。
「黙っていたことをお許し下さい。これでは『イーグル』号や『マリー・ガラント』号のようなものは運ぶことはできませんので、船で脱出を図るなら出番はないと思っておりました。
何より、ゲートは一つしか開くことができず、この大きさでは一度に二、三人しか通れませんので、避難に時間がかかってしまいます。もしこれに人々が殺到するようなことがあれば、怪我人も出ましょう」
「……だろうね」
 ゲートの大きさを目にして、ウェールズは苦笑いを浮かべた。半径にして一メイルに満たない。
 こんな状況で自分をからかうとも思えないが、ニューカッスルにいる人々全ての命運を、このちっぽけな光の輪に託すというのもゾッとしない話だ。否応の無い状況でなければ、方法を聞いていても船での脱出を選んだだろう。
「しかし、これで、本当にトリステインまで行けるのかい?」
「お疑いでしたら、わたしがゲートを潜り、何かこちらへ持ってきましょう」
「行き先は、君の部屋だったね」
 ウェールズは一瞬黙考する。証拠の品は何でも良いのだが、ルイズの部屋にありそうな物が良いだろう。
「では……そうだな。枕を」
「はい」
 ルイズは言うが早いが、光の輪に飛び込んだ。一瞬だけ閃光を残して、姿が掻き消えた。
「これは……」
 本当に忽然と、ルイズはニューカッスル城の港から、いなくなってしまった。その光景にウェールズは色を失う。
「きみは、何者なんだ? どうしてこんな物を?」
 ウェールズはフロウウェンに問うた。
「……詳しく話すと長くなりますが、私は異国の地から彼女に召喚されました。故郷には、こういった技術があるのです」
「それはコーラルという場所だね?」
「その通りです」
 やや間を置いて、枕を抱えたルイズが輪の中から現れる。
「いかがでしょうか」
「……こんな短時間で何千リーグも離れた距離を移動したと……」
 ウェールズは逡巡したが、
「試しに僕も往復させてもらおう。疑うわけではないが、自分で試さず、許可するわけにはいかない」
 と、リューカーの中心に立った。
「どうすればいい?」
「思うだけで」
 ウェールズが、言葉通りにすると先ほどと同じ、光を残して、ウェールズの姿が消えた。


 何とも不思議な感覚であった。
 暗闇の中を青白い光の粒が輪を形作り、その輪が連なって道を作っている。波に揺られるようにうねりに身を任せて、気がつくと見知らぬ部屋の、光の輪の中心に立っていた。
「これは皇太子殿下。よく参られた。歓迎致しますぞ」
 声の方に目を向ければ、それはウェールズの見たことのある顔であった。
 トリステイン魔法学院、学院長のオールド・オスマンだ。
「オールド・オスマン……そうか。ラ・ヴァリエール嬢はこの状況を予期して、手配していたというわけですね?」
「そういうことですな」
 オスマンは白い髭を扱きながら頷いた。
「僕はすぐに戻らねばなりません。これから多くの者達がこちらに現れるでしょう。彼らの誘導と、保護をお願いしたい」
「承りましたぞ」
「感謝します」
 ウェールズが戻ろうとすると、オスマンが呼び止める。
「何か?」
「姫殿下も学院に逗留なさって、殿下をお待ちしておりますぞ」
 ウェールズは無言で頷くと、ルイズの部屋から掻き消えた。
「しかし、若い娘の部屋の匂いは……なんというかこう……良い。実に良いのう。モートソグニル」
 オスマンは、ウェールズが聞いていれば尊敬を失いかねないセリフを、掌に乗せた使い魔に向かって投げかけるのだった。


 脱出が始まった。ジェームズ一世の指示により、非戦闘員が優先的に避難することになった。兵士やメイジ達は人々が殺到しないよう二列に並ばせ、列の先頭からそれぞれ一人ずつ。つまりは一度に二人ずつを、間を置きながら順番に脱出させていく。
 王を信頼して着いてきた人々だけに彼らは粛々と兵士と貴族の指示に従って動いていた。
 最初に、錬度の高い兵士を向こうに数人送っている。魔法学院で誘導を担当すると共に、避難民の転倒など、異常があれば合間を見計らい、向こうからこちらに渡ってきて報告するという手筈になっている。
「殿下。正午までには間に合いますか?」
「このペースなら大丈夫だろう」
 一方で、たまったものではないのがワルドだった。折角危ない橋を渡って艦を沈めたというのに、またあの使い魔めが余計なことをして計画を台無しにしようとしている。
 なんだというんだ。その『テレパイプ』の指輪とかいう、ふざけたマジックアイテムは。
 フロウウェンを殺せば、あのゲートはなくなるのだろうか。指輪の力だとルイズに説明されたから、指輪を奪って破壊せねばならないのかもしれない。もし、それでもゲートが閉じなかったら?
 どちらにせよ、現状ではワルドは動けなかった。いきなり襲い掛かれば、あの使い魔を殺すことはできるかもしれない。だが、こんな状況下ではその後自分が他の者に殺されるだけだ。
 まだだ。まだ待て。
 ワルドは焦れる心を抑えつける。
 ジェームズ一世は言っていたではないか、自分は最後に脱出する、と。
 であれば恐らくウェールズもルイズも、性格上最後の最後まで残るだろう。そうなれば、あの使い魔もだ。
 そしてその顔ぶれは、全員が全員、誰かに何かがあったとき、自分だけ逃げ出すような性格をしていない。
 勝負は、その時だ。ウェールズかジェームズを仕留められれば、その死体を餌に、クロムウェルを一人にするチャンスが生まれる。まだ大丈夫だ。クロムウェルは、『アンドバリ』の指輪が発覚したことを、知る術が無いはずだから。
 最大の障害は、やはりあの得体の知れないヒースクリフ・フロウウェンだ。ウェールズも確かに相当な使い手だが、同じ風メイジとして格の劣るウェールズは、その手の内も見当がつく。
 だが、あの男。あの男だけは底が読めない。剣の腕。体術。頭の切れ。『ライトニング・クラウド』を反射したインテリジェンス・ソード。ゲートを作る指輪。全てが未知数だ。
 だから最初に殺すのはあの使い魔だ。上手くすれば、それでゲートも消える。老いたジェームズ一世と、ゼロのルイズは自分にとって何の障害にもならない。
 例え国中から追われる身の上になったとしても、『アンドバリ』の指輪さえ手に入れれば、為政者を裏から操ることで全てを帳消しにできる。ワルドはそう考えていた。一世一代の大博打であった。
「ルイズ」
 フロウウェンが枕を抱えたままのルイズに言う。
「何?」
「今の内にマグを装着しておけ。この状況では艦を沈めた敵が紛れていても動けんと思うが、念の為にな」
 フロウウェンの肩にマグ……ヤクシャが取り付いた。
「解ったわ」
 ルイズも荷物からマグ・ヴリトラを取り出す。色は違うが、形状がキュルケのマグと同じなのが玉に瑕だ。
 精神力補強優先で育てるとこうなる。最低もう二段階形状が変わるらしいが、その時は桃色のマグと黄色のマグは同じ種にはならないそうだ。まあ、今は我慢しよう。
「それは、なんだね」
 ワルドが少し疲れたような声で尋ねてくる。
「マグっていうの。メイジを補助する……そう、ガーゴイルのようなものよ」
「ガーゴイル、ね。もう、きみらが何を出そうが驚かんよ。僕は」
 できれば、この辺で打ち止めにして欲しかったが。


「傷病兵の方々はあちらへ! 水メイジ達が治療してくださいますわ!」
 アンリエッタの指示が引っ切り無しに飛ぶ。
 トリステイン魔法学院の中庭は、アルビオンからの避難民で溢れかえっていた。
 その一画。『錬金』で即席で拵えられた壇上に、アンリエッタの姿はあった。
 勿論、彼女のすぐ側には魔法衛士隊が付き従い、彼女の護衛に当たっている。
 始めに向こうからやってきたのは怪我人や病人、女、子供、老人と言った、非戦闘員ばかりだった。
 学院の中庭は、さながら野戦病院のような様相を呈していた。しかし、物資は充分にある。アンリエッタとオスマンはこの事態を予想していたからだ。薬や食料、衣類、毛布を用意する時間もあったのである。
 マザリーニはアルビオンからの避難民が突然学院に現れたことに目を白黒させてアンリエッタに詰め寄ったが、アンリエッタから『アンドバリ』の指輪の話を聞き、事情を飲み込むとすぐに王宮へと出立した。
既にアンリエッタはガリア、ロマリア、ゲルマニアの三国に使いを出している。緊急に会談が開かれるだろう。その準備をする必要がある。
 もし、そんな指輪をクロムウェルが手に入れているなら。それを知らずに激突したなら。ゲルマニアとの連合でさえ勝利はおぼつかなかったかもしれない。
 いや、間違いなくアルビオン王家の二の舞になる。どれほど善戦しようと神算鬼謀を尽くそうと、戦死者を全く失くすことは不可能だ。
戦場で貴族の死体を手に入れれば、それが貴族派の尖兵と化し、次の戦場での敗北の呼び水となる。相次ぐ重臣どもの寝返りは、王が人心を手放したからではなく、指輪の力によるものだ。
 一時は、内憂を払えぬ王家、かのアルビオンも堕ちた物だと侮った目で見ていたが、ジェームズ一世は必要とあらば非情な決断も下せる強い王であったことを、マザリーニは思い出していた。
 その一方で、姫殿下もなかなかやるものだ、とマザリーニは嬉しくなった。クロムウェルに直接揺さぶりをかけ、すぐにはトリステインに手出ししにくい状況を作ってくれている。
自分に相談もなく動いたのは頂けないし、まだまだ甘いが、及第点の仕事はきっちりとこなしてくれていた。
「そちらの子供は親とはぐれてしまったようです! 食堂に連れて行って上げて下さい!」
 アンリエッタがこうやって避難民誘導の陣頭指揮を執っているのも、マザリーニの献策だ。
 賽が振られてしまった以上は仕方がない。王党派は最大限利用するのが正解である。
 アルビオン王党派を利用する手はマザリーニも少しは考えていたが、言うまでも無くリスクが高すぎる。そもそも亡命してくるとも思えなかったのだ。
 だが現実に、アルビオン王家は亡命を受け入れた。指輪の話がそれだけ衝撃的だった、ということか。
 そうなると、アンリエッタがアルビオン王家に対して好意的で、こういう場で積極的に動いてくれるのは実に都合が良い。
 アルビオン王家とその臣民に恩を売れるというのもあるし、アンリエッタのイメージを損なわないままでカリスマ性を高め、それを国内外にアピールできる絶好の機会でもある。生の戦場に近い空気に触れさせることもできる。
亡国とはどんなものであるか、肌で感じさせることができる。
 今はまだ種を撒いた段階に過ぎないが、それらは後で必ず芽を出すだろう。
「ふう……」
 ようやく落ち着きが見え始めて、アンリエッタは一息ついた。
 しばらく前から、ゲートから現れるのは兵士ばかりになった。彼らは秩序だって動いてくれるので手がかからなくて済む。誘導するトリステインの貴族も、その指揮をするアンリエッタにも負担が少なかった。
「姫殿下。貴族派は、正午にニューカッスル城へ攻撃を開始するとのことです」
 トリステイン魔法衛士隊、マンティコア隊隊長のド・ゼッサールがやって来て耳打ちして行った。王党派から入手した情報だ。
「正午……」
 アンリエッタは、空を見上げた。正午まではまだ時間がある。が、自分の親友も、愛しい人も、まだ、来ない。


「これなら攻撃が始まる前には、充分間に合うな」
 ウェールズは状況を確認すると満足げに頷いた。残すところ、アルビオンの貴族が十数人。この連中の中には、王族の護衛である近衛も含まれている。ウェールズとジェームズ一世、それからルイズ、フロウウェン、ワルド、マチルダの四人だ。
「陛下。トリステインでお待ちしております」
「うむ」
 貴族達はジェームズ一世と短く言葉を交わし、一人、また一人とリューカーを潜っていく。
 近衛のメイジはジェームズやウェールズから離れることを渋ったが、ジェームズは自分は最後だと、頑として聞かない。根負けして、リューカーの光の向こうに消えていった。
「殿下」
 涙ぐむパリー。その手を取って、ウェールズは笑う。
「今からそんな調子では困るな、パリー。これからが大変なんだぞ」
「……その通りですな。では、パリーめも向こうで殿下が来るのをお待ちしております」
 やがて、最後の一人。ウェールズの侍従パリーもゲートの向こうに消えた。
 ワルドの目が細まる。「その時」が近付いている。
「では、そなたらも」
 ジェームズがルイズ達に促す。
 最初にマチルダがおずおずと前に出て、ゲートの前に立った。
 ―――まだだ。あの女も実力のあるメイジ。先にトリステインに行ってくれるなら、それでいい。
 マチルダは目を閉じた。本当はこのまま城を抜け出してウエストウッド村に向かいたかったのだが、この状況下ではそうもいかない。
 ウエストウッド村への帰郷は、また改めてということにしようと諦め、トリステインに向かって、マチルダは消えた。
「次は……」
 ウェールズが視線を巡らせるが、ルイズは首を横に振った。
「わたしにも最後まで見届ける義務がございます。わたしの使い魔も、このゲートを維持せねばなりません」
「では、子爵」
「僕には、あのグリフォンがおります。あれにゲートを潜らせたら、僕の婚約者の部屋が壊れてしまうでしょう? 空から帰ることにしましょう」
 港の隅で大人しく主人を待っているグリフォンを指差し、冗談めかしてワルドは答えた。
 ウェールズは苦笑すると、頷いた。
「うむ。きみほどの男なら大丈夫だろうが、充分に気を付けてくれたまえ。では父上。共に参りましょう」
 ウェールズがジェームズの手を取る。ワルドに背を向ける格好で。
 ワルドは無造作に黒塗りの杖を引き抜き、口の中で小さく呪文を唱えると、それをルイズに向けた。
「え?」
 ルイズが邪気のない目で見上げてくるので、ワルドは困ったように笑みを浮かべた。
 滑稽なほど、自分を疑っていない顔だった。
 次の瞬間、ルイズの身体が至近距離からの『エア・ハンマー』で吹っ飛ばされた。華奢な身体が数メイルも飛ばされ、鍾乳洞の壁にぶつかって、転がった。
「な……」
 ウェールズが異常を察して振り返える。遅い。このタイミングならウェールズ達にも『エア・ハンマー』を食らわせて、その後でフロウウェンを迎え撃つことができる。
 そう思った。
 が、事態を目の当たりにしていたフロウウェンの逡巡は、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた、その刹那の間だけであった。
 事情を伺うのは、斬り伏せた後からで充分だからだ。フロウウェンに迷いは無い。
 気が付いた時には、ワルドは肩口から斬撃を叩き込まれた後だった。斬られた後で、ワルドはやっとそのことを認識した。わずか、急所を逸らしているが、更に返す刀で杖を握っていた右手が断ち切られて宙を飛んでいた。
 ―――なんだ? 今のは?
『女神の杵』亭で見せた初太刀など、まるで児戯だ。受け止めるつもりでいたのに、太刀筋を見ることすらできなかった。
 抜刀、踏み込み、斬撃の全てが一挙動。且つ神域の速さを伴っていた。
 ワルドの知る由もないことだが、フロウウェンの知己であるゾーク・ミヤマの流派に伝わる技法の発展形だ。
ミヤマ流のネフ・ミヤマという男に教えられたそれを、更にフロウウェンが長年かけて磨き、実戦に向くように改良を加えたものである。
「ルイズ!」
 切り捨てたワルドを一顧だにせず、ルイズに向かってフロウウェンは駆け寄った。
「う……ヒース」
 腕に抱えられ、苦悶の呻きをルイズが漏らす。
「待っていろ。今……」
 レスタを使おうとしていた、手が止まる。
「ヒー……ス?」
 ルイズが眉を寄せる。
 フロウウェンの口から零れたのは、真っ赤な鮮血だった。生暖かい血が、一滴。ルイズの頬に撥ねる。
「相棒!?」
 デルフリンガーが驚愕の声を上げ、ゆっくりとフロウウェンが崩れ落ちた。
 その背中から、長大な氷の柱が生えていた。『ジャベリン』だ。
「い……やあああああああああああああ!!」
 一瞬遅れて、ルイズの絶叫が港に響き渡った。血で汚れるのも構わず、半狂乱になってフロウウェンの身体を揺さぶり、名を呼ぶが、反応はなかった。
「いやはや。今の技は驚いたよ。最初にルイズを吹っ飛ばしたのは正解だったな」
 鍾乳洞の暗がりから、鋼鉄の拵えの杖を突き出したままワルドが現れる。
 まずはルイズを吹き飛ばす。こうすれば、不測の事態があってもジェームズとウェールズは逃げ出すまい。それからジェームズとウェールズを撃って戦闘力を奪い、その後でフロウウェンを迎え撃つつもりだった。
 だが、弁明の機会も貰えず、反応の余地すらも無かった。容赦も呵責も無い斬撃で、遍在の一体は散らされてしまった。
 その一撃を見たときには、まともに戦っても勝ち目が薄いことを悟った。斬撃を見切れなかったこともそうだが、得体の知れない隠し玉が多すぎる。
 ならば卑怯との謗りを受けようと、ワルドは躊躇わない。ワルドにとって唯一無二の目的の前には、全ては些事だ。
 そうだ。彼女を、最愛の人と再びまみえる為ならば、おれは喜んで悪魔にでも魂を売ろう。
「子爵……きみは……!」
 背を向けていたせいで、まだ事態を把握し切れていなかったウェールズだったが、目の前で切られたはずのワルドが消え失せ、別のワルドがフロウウェンを背後からジャベリンで貫いたことで、ようやくその正体を察したらしい。
 ウェールズが杖を構えるが、ワルドは余裕の笑みを浮かべた。背後にはジェームズもいる。巻き添えを恐れて、ウェールズは迂闊に動けはしない。
 例え今からゲートに走ったところで、こちらの魔法がウェールズやジェームズを、背中から貫く方が早い。
「ん? ああ。僕はレコン・キスタの一員でしたよ。ま、沈み行く船に用は無いのですが」
 事も無げにワルドが言う。
 ごう、と突風が舞い起こり、ウェールズの右手を強かに打ち据える。手にしていた杖が飛ばされて地面に転がった。
「ぐっ!」
 ウェールズが蹲る。ウェールズの手を撃ったのは背後から現れた、もう一人のワルドだった。そのワルドが、リューカーの前に立ち塞がるような位置を取る。
 港の物陰から、本体と合わせて四人ものワルドが現れた。
「風の……ユビキタス……」
 ジェームズが呻くように言った。
 風のトライアングル・メイジとして、その呪文の恐ろしさを知っているウェールズは慄然とした。
 さっき斬られた遍在も合わせて四体もの分身を作り出しているということになる。目の前の男はどれほどの実力を持っているというのか。
「その通り。風は遍在する。勝ち目がないことはお分かりいただけたか。できれば、抵抗しないで頂けるとこちらとしても楽で良いのですが」
「たわけたことを……!」
「―――どうして?」
 絶望に満ちた声に、ワルドがそちらを見やる。ルイズだった。幽鬼のように虚ろな目で、ワルドを呆然と見ていた。
「説明して、きみに理解してもらえるとも思えんな。僕は僕の目的の為に、虚無であるきみの協力と、レコン・キスタが必要だった。
だが、必ずしもそうでは無いと解ったから、こうしたまでだ。きみが僕と来るというなら拒む理由は無いが……まあ、きみのような高慢な女には、それを望むべくもあるまいな」
「きょ、む……」
 それを他人事のように、ルイズが復唱する。
「……ラ・ヴァリエール嬢が虚無だと?」
「と、僕はそう思っているのですがね。さて。話にも飽きました。そろそろ―――」
 そこまで言ったところで、ワルドの言葉が中断させられる。
 剣を支えに、フロウウェンが立ち上がってきたからだ。
「相棒! じっとしてろ!」
「駄目! そんな傷で動いたら……!」
「ほう」
 ワルドが驚きの声を上げた。
 あれで死ななかったのか。しかも、立ち上がってくるとは。
「そういえばルーンの力があるのだったか。よかろう。立ち直る前に引導を渡してやる!」
 ワルドは杖を構えるが、様子がおかしかった。何事かをぶつぶつと呟いている。
「ルーン……ルーン……か。……これは、枷だ。この……世界……は、D因子を……抑えるフォトンに満たされて、イる。だから、ルーンが、選別……シ、吸収……。
そうか……フォトンを取り込むのは……この、とき、に……主を、巻キ込まぬためノ……ふ、ふふ。出来スぎテいる……仕組まれテ……いるようニも……思エるな……」
「何だ? 何を言っている?」
 ジャベリンが、肺でも傷付けた……のだろうか? その声が、時折人間のそれではない、奇妙な篭り方で聞こえる。
「この……状況でハ、全員を守ル……のは不可能だ。……ガ、手は残さレている……という、ことだ」
 フロウウェンはデルフリンガーを地面に突き立てて、手放す。
「相棒……?」
 フロウウェンは小さく笑う。
「お前は……お前だ。オレと共に行く必要は、無い。お前といタ時間は、なかナか、悪くなかった、ぞ」
 そして、両腕を広げた。
 ―――めきり、と軋むような音がした。


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