第六話
ルイズは一人、夜の学院を歩いていた。
窓を見やると、雲一つない澄みきった夜空に、二つの月が皎々と輝いている。
暗い学院の敷地内のあちこちを淡く照らし出す月の光を見て、ルイズはその光源に顔を向けた。
暗い学院の敷地内のあちこちを淡く照らし出す月の光を見て、ルイズはその光源に顔を向けた。
(月が綺麗……)
そう思った瞬間、突然強い耳鳴りがルイズを襲う。
「……っ!」
ルイズは思わず両手で頭を抱え、しゃがみこむ。
「……っ!」
ルイズは思わず両手で頭を抱え、しゃがみこむ。
辺りを見回したが、特に変わった様子はない。
そう思った時、壁に掛けられた鏡に気づいた。
鏡の方を向き、恐る恐る覗いてみる。
すると、そこには異様な物が映り込んでいた。
そう思った時、壁に掛けられた鏡に気づいた。
鏡の方を向き、恐る恐る覗いてみる。
すると、そこには異様な物が映り込んでいた。
全身真っ白で、のそのそと動く人の形をした影のようなものが、丁度ルイズが立っている後ろの辺りを通り過ぎようとしている。
その光景にルイズは総毛立ち、あわてて後ろを振り返る。
が、誰もいない。
もう一度鏡を見ると、そこに映っていたはずの白い影もなかった。
いつの間にか、耳鳴りも消えている。
もう一度鏡を見ると、そこに映っていたはずの白い影もなかった。
いつの間にか、耳鳴りも消えている。
ルイズは再び、その場にへたりこんだ。
「ま、まさか、今のって……」
「ま、まさか、今のって……」
「……と、いうことがあったのよ」
そう言うと、ルイズは紅茶の入ったカップを口に運んだ。
そう言うと、ルイズは紅茶の入ったカップを口に運んだ。
残っていた紅茶を飲みほすルイズの姿を見ながら、キュルケが言う。
「へぇ……。でもそれ、本当に幽霊だったのかしら。顔つきとか分からなかったの?」
「暗くてよく見えなかったし……」
腕を組み、眉をひそめてあの時のことをよく思いだそうとしながら、ルイズは答えた。
「へぇ……。でもそれ、本当に幽霊だったのかしら。顔つきとか分からなかったの?」
「暗くてよく見えなかったし……」
腕を組み、眉をひそめてあの時のことをよく思いだそうとしながら、ルイズは答えた。
「でも、幽霊以外に考えられないわよ。あんな姿の生き物なんて聞いたことないし……ねえ、タバサ?」
ルイズはタバサの方に顔を向け、尋ねる。
が、彼女からの返事はなかった。
ルイズはタバサの方に顔を向け、尋ねる。
が、彼女からの返事はなかった。
それどころか、タバサは大きく目を見開き、小刻みにその小さい体を震わせている。
開かれている本のページが、先ほどからいっこうに変わっていない。
開かれている本のページが、先ほどからいっこうに変わっていない。
答えられそうにない彼女に代わって、キュルケが言った。
「ああ。この子、幽霊とか大がつくほど苦手なのよね。女の子っぽいっていうか、なんというか……」
「ああ。この子、幽霊とか大がつくほど苦手なのよね。女の子っぽいっていうか、なんというか……」
「へぇ……タバサにも苦手なものとかあったんだ。」
何があっても動じない、常に冷静な普段のタバサを思うと、ルイズは少し親近感をおぼえたのであった。
何があっても動じない、常に冷静な普段のタバサを思うと、ルイズは少し親近感をおぼえたのであった。
ギーシュと浅倉の決闘から三日。
あの日以来、ギーシュは毎日のように浅倉に呼び出されていた。
あの手この手で浅倉がワルキューレたちを次々と打ち倒していく光景に、その物珍しさからか、いつも見物客が集まっていた。
あの手この手で浅倉がワルキューレたちを次々と打ち倒していく光景に、その物珍しさからか、いつも見物客が集まっていた。
今では、広場のちょっとした名物となっている。
今日もそんな「決闘」を終えた浅倉は、いつものように意気消沈しているギーシュをよそに、厨房の方へと向かっていった。
「あ。浅倉さん、いらっしゃい。」
厨房に着くと、黒髪の給仕シエスタが笑顔で浅倉を出迎えた。
結果的にシエスタを庇ったことになる浅倉は、彼女にすっかり気に入られていた。
厨房に着くと、黒髪の給仕シエスタが笑顔で浅倉を出迎えた。
結果的にシエスタを庇ったことになる浅倉は、彼女にすっかり気に入られていた。
料理長のマルトーを始めとする厨房の面々にも、貴族に臆せず立ち向かう浅倉は平民の鑑であるとして『我らが剣』と崇められる始末。
いつの間にか、厨房で好きな時に食事ができるという権利を獲得していたのであった。
いつの間にか、厨房で好きな時に食事ができるという権利を獲得していたのであった。
浅倉は厨房にあった椅子にどっかりと座り込むと、脇にあるテーブルに肘をつき、足を組む。
「何か食い物は……!!」
言いかけた時、元いた世界で感じ慣れていた「あの」感覚が突然、浅倉を襲った。
タバサは廊下で立ちすくんでいた。
あの二人がいつまで経っても別の話題に移ろうとしなかったため、思わず部屋を飛び出してきてしまった。
とりあえず気分転換にでもと図書室へ向かっていたのだが、今になってこの判断をしたことを悔やんだ。
とりあえず気分転換にでもと図書室へ向かっていたのだが、今になってこの判断をしたことを悔やんだ。
誰かに見られている気がする。
ルイズの話を聞いていなければ、ただ気配に気をつけるだけで先に進めただろう。
しかし、話の内容はすでに記憶済みだ。
その上運の悪いことに、ここの壁には鏡が掛けられているのである。
しかし、話の内容はすでに記憶済みだ。
その上運の悪いことに、ここの壁には鏡が掛けられているのである。
ルイズの話を思いだし、全身に鳥肌が立つ。
タバサは覚悟を決め、顔をゆっくりと、壁に掛けられた鏡の方へと向けた。
タバサは覚悟を決め、顔をゆっくりと、壁に掛けられた鏡の方へと向けた。
しかし、鏡はいつもと同じ廊下の風景と、緊張してこわばったタバサの姿以外、何も映し出していなかった。
(特に変わった様子はない……)
ふぅ、と思わずため息をつく。
ふぅ、と思わずため息をつく。
そして、急に馬鹿馬鹿しくなってきた。
そもそもルイズの話だって、どこまでが本当なのか分からない。
それをそのまま真に受けてしまったなんて。
そもそもルイズの話だって、どこまでが本当なのか分からない。
それをそのまま真に受けてしまったなんて。
そう思うと、いくらか気持ちが楽になった。
鏡から顔を背け、再び歩き出そうと足を一歩踏み出した、その時。
後ろから、ウヘ、という声がした。
タバサが反射的に後ろを振り向くと、そこには、見たこともないものが立っていた。
二メイルほどの、所々に線状のくぼみがある白い体。
頭部は透明の膜のようなものに覆われていて、顔と思わしき部分が透けて見える。
口元に生えた金属製の牙や、何かを着けたような丸みを帯びた両腕は、およそ生物とは思えない出で立ちであった。
頭部は透明の膜のようなものに覆われていて、顔と思わしき部分が透けて見える。
口元に生えた金属製の牙や、何かを着けたような丸みを帯びた両腕は、およそ生物とは思えない出で立ちであった。
常に絶やすことのないぐねぐねとした動きに合わせて、ウへ、ウへ、という不気味な声をあげている。
タバサは絶句した。
何もいなかったはずの場所に、いつの間にか奇妙な怪物が存在していたのである。
何もいなかったはずの場所に、いつの間にか奇妙な怪物が存在していたのである。
(これが、噂の幽霊……!?)
見た目からして、明らかに幽霊ではない。
それどころか、生物かどうかも怪しい。
ゴーレムやガーゴイルの類だろうか……?
見た目からして、明らかに幽霊ではない。
それどころか、生物かどうかも怪しい。
ゴーレムやガーゴイルの類だろうか……?
タバサが観察していると、目の前の怪物がのそのそと動き出した。
杖を構え魔法の詠唱に入ろうとした時、怪物の口から突然何本もの白い糸が吐き出された。
杖を構え魔法の詠唱に入ろうとした時、怪物の口から突然何本もの白い糸が吐き出された。
「!!」
いきなりの動きに反応できず、四肢と首を取られ、杖を手放してしまう。
怪物が相変わらずぐねぐねと動きながら、タバサを鏡の方へ引きずっていく。
いきなりの動きに反応できず、四肢と首を取られ、杖を手放してしまう。
怪物が相変わらずぐねぐねと動きながら、タバサを鏡の方へ引きずっていく。
タバサは必死に糸を掴むが、抵抗らしい抵抗ができない。
怪物が鏡まであと一歩と迫った、その時。
何処からか駆けつけた浅倉が、横から怪物に飛び蹴りをくらわせた。
怪物の糸に絡まれたままのタバサも吹き飛ばされる。
怪物の糸に絡まれたままのタバサも吹き飛ばされる。
突然の乱入者に驚いた怪物は、タバサを捕らえていた糸を回収すると、慌てて鏡の中に消えていった。
浅倉はその光景に笑みを浮かべながら、呟く。
浅倉はその光景に笑みを浮かべながら、呟く。
「まさかこの世界にもいるとはな……。ま、戦えればどうでもいい」
言い終わると鏡の方を向き、紫の箱をかざした。
タバサは吹き飛ばされた体勢のまま、呆然とその様子を眺めている。
言い終わると鏡の方を向き、紫の箱をかざした。
タバサは吹き飛ばされた体勢のまま、呆然とその様子を眺めている。
機械のベルトが装着された後、右腕を胸の前で前後させ、叫んだ。
「変身!」
ガラスの割れるような音と同時に、その姿が紫の蛇の鎧へと変わる。
ため息とともに首を回すと、王蛇は一瞬タバサの方へ顔を向けたが、すぐに鏡の方へと向き直し、鏡に向かって歩き出した。
ため息とともに首を回すと、王蛇は一瞬タバサの方へ顔を向けたが、すぐに鏡の方へと向き直し、鏡に向かって歩き出した。
王蛇が鏡に吸い込まれるようにして消えると、廊下の奥からバタバタという足音が聞こえてきた。
見ると、ルイズがこちらに向かって駆け足で近づいてくる。
見ると、ルイズがこちらに向かって駆け足で近づいてくる。
タバサは杖を拾って立ち上がり、服についた埃を払った。
「タ、タバサ! 大丈夫!?」
ルイズが慌ててタバサに駆け寄る。
ルイズが慌ててタバサに駆け寄る。
「どうしてここが?」
キョロキョロしているルイズに、タバサが尋ねた。
「変な耳鳴りがしたから、それがする方に近づいていったら……それより、一体何が?」
キョロキョロしているルイズに、タバサが尋ねた。
「変な耳鳴りがしたから、それがする方に近づいていったら……それより、一体何が?」
タバサが鏡の方を向き、彼女とルイズを映し出している鏡面を指さして、言った。
「怪物」
「えっ!? よ、よく分からな……」
ルイズが鏡に顔を向けると、口を開けたまま、その目を大きく見開いた。
「怪物」
「えっ!? よ、よく分からな……」
ルイズが鏡に顔を向けると、口を開けたまま、その目を大きく見開いた。
「あ、あのときの……バ、バケモノ!? 白いバケモノが後ろで……あれ?」
後ろを振り向くが、誰もいない。
後ろを振り向くが、誰もいない。
「ど、どういうこと……!? あっ、アサクラ!! アサクラが中に!!」
ギーシュとの決闘の時と同じ格好をした浅倉が、鏡の中で怪物に剣を振るっている。
ギーシュとの決闘の時と同じ格好をした浅倉が、鏡の中で怪物に剣を振るっている。
「見える? 何が?」
タバサが再び尋ねた。
タバサには、普段通りの鏡の様子しか見えていない。
アサクラと呼ばれたルイズの使い魔が鏡に消えていくのは目撃したが、その後の消息は分からない。
タバサが再び尋ねた。
タバサには、普段通りの鏡の様子しか見えていない。
アサクラと呼ばれたルイズの使い魔が鏡に消えていくのは目撃したが、その後の消息は分からない。
「えっ……? 見えないの?」
王蛇と怪物が鏡の中に存在し、タバサはそれが分からないという。
ルイズの頭は混乱しきっていた。
王蛇と怪物が鏡の中に存在し、タバサはそれが分からないという。
ルイズの頭は混乱しきっていた。
「い、一体何が、どうなって……」
「ハァッ!!」
かけ声とともに剣が突き出され、白い怪物、シアゴーストが火花を散らしながら弾き飛ばされる。
後から湧いて出た二体を巻き込み、呻き声をあげながら廊下の床に倒れ込んだ。
後から湧いて出た二体を巻き込み、呻き声をあげながら廊下の床に倒れ込んだ。
「ふん……餌には丁度いい」
王蛇はそう言うと、箱から素早くカードを抜き取り、杖に装填する。
王蛇はそう言うと、箱から素早くカードを抜き取り、杖に装填する。
『FINAL VENT』
杖から音声が鳴り響くと、王蛇のいるすぐ後ろの壁をぶち破り、鋼鉄のサイ、メタルゲラスが姿を現した。
銀色の表皮に包まれたその体は王蛇より一回り大きく、二・五メイルはあるだろうか。
頭部には黄色い角が反り立ち、顔の両脇では赤く鋭い目が光っている。
唸り声をあげ、肩を上下に揺らしながら、王蛇の真後ろで待機していた。
頭部には黄色い角が反り立ち、顔の両脇では赤く鋭い目が光っている。
唸り声をあげ、肩を上下に揺らしながら、王蛇の真後ろで待機していた。
右腕にメタルホーンが装着されると、王蛇は飛び上がり、後ろから走り出したメタルゲラスの肩に足を乗せる。
まるで一本の巨大な角と化した王蛇は、猛スピードで廊下を駆け抜けていく。
まるで一本の巨大な角と化した王蛇は、猛スピードで廊下を駆け抜けていく。
起き上がった三体のシアゴーストたちは、必殺の一撃をその身に受けると、ウヘァという断末魔の叫びとともに爆発し、消滅した。
「あっ! アサクラ!!」
浅倉が廊下の鏡から元の世界に戻ると、その場にいたルイズとタバサが、驚きの表情とともに出迎えた。
ガラスの割れるような音とともに王蛇の姿が砕け散り、浅倉の姿に戻る。
浅倉が廊下の鏡から元の世界に戻ると、その場にいたルイズとタバサが、驚きの表情とともに出迎えた。
ガラスの割れるような音とともに王蛇の姿が砕け散り、浅倉の姿に戻る。
「一体何がどうなってるのよ!! あのバケモノは何なの!? それになんであんなところにいたのよ!?」
困惑した表情で、ルイズが浅倉に向かって矢継ぎ早に質問を浴びせる。
だが、浅倉はニヤリと笑うと、踵を返して無言で廊下を去っていった。
困惑した表情で、ルイズが浅倉に向かって矢継ぎ早に質問を浴びせる。
だが、浅倉はニヤリと笑うと、踵を返して無言で廊下を去っていった。
「あ、待ちなさい! 質問に答えなさいよー!!」
ルイズが慌てて浅倉を追いかける。
ルイズが慌てて浅倉を追いかける。
「お礼……」
追いついたルイズが捲し立て、浅倉がそれを無視して歩き続ける。
礼を言うタイミングを完全に失ったタバサは、そんな二人の姿を見ながら、ぼんやりと立ち尽くすのであった。
追いついたルイズが捲し立て、浅倉がそれを無視して歩き続ける。
礼を言うタイミングを完全に失ったタバサは、そんな二人の姿を見ながら、ぼんやりと立ち尽くすのであった。
日は既に傾き始め、大地を朱色に染め上げていた。