ルイズが巫女に選ばれた日から、数日あまり姿を見せなかった残月が、久しぶりに学院に姿を現したのは午後、コルベールの授業
中のことであった。
ちょくちょく学院内をうろついているところを多くの生徒に目撃されていたため、(しかしこの学院のセキュリティはどうなっているのだ)
もはや誰もその変態仮面には驚かなくなっていた。が、今日は少し様子が違った。
「うほおおおおおおおおおお!ふはああああ!!」
まず一番驚いたのは誰あろう、教師のコルベールであった。本来生徒がこのような態度を取れば注意してしかるべき立場の人間が、
いつものえんじんがどうこうという授業を放り出して、残月に駆け寄った。
正確には、残月と共にやってきた竜騎士隊が運んできた、ものに駆け寄った。
突然放置された生徒たちはなすすべなく教室からその光景を見ていた。コルベールが興奮して、運んできたものをあちこち見て
回っているのが、窓越しに見える。
やがて、誰かが
「先生を連れ戻して来ようか?」
と言いコルベールの下へ駆け寄ったが、ネコの子犬の子を追い払うように帰されてきた。
「自習でいいって」
ワッと歓声が起こる。言いだしっぺの子はコルベールの様子から自習になることはある程度予期していたらしい。だが、無断で自習を
してしまえばあとでどんな咎めが来るかわからない。仮にコルベールに非があったとしても、だ。そのためあえてコルベールにお墨付き
を貰いに向かったというわけである。
「あれってタルブの村に鉄人とかいうゴーレムと並べてあったマジックアイテムじゃない?」
さほど熱心でもなく、ちらっと窓越しに見えたものにたいしてキュルケが問いかけた。
「………竜の羽衣。」
さっそく本を取り出し、開いているタバサがチラリとも見ず答える。
「なんであんなもの、あの仮面は持って来たのかしら?ルイズ、あなたはご存知?」
残月がルイズの部屋に頻繁に出入りしていることを知っているキュルケがルイズに話を振る。最近姿を見せないのでほっとしていた
変態仮面が威風堂々授業中に現れ、しかもそのせいで授業が停止したことに頭を抱えていたルイズは、
「……知らないし知りたくもないわ。」
と答えた。そもそも今の彼女にとっては巫女の大役を果たすことが重要であり、この機会にと机の上に白の祈祷書を広げて詔の草案
を練っているところである。
「ところでルイズ、あなた、なにしてるの?」
真っ白な本を広げてうんうん唸っているルイズを見て、キュルケが心配そうに問う。この状態のルイズは、はたから見ると頭の可哀想
な子にしか見えない。
「見ればわかるでしょ。読書よ、読書。」
いや、見てもわからないから聞いんだけど、とつい口に出そうになるキュルケ。真っ白な本を読書など聞いたこともない。あやしい精
神カウンセラーにでもかかったのだろうか?
「でも、その本真っ白じゃないの。」
「これは始祖の祈祷書っていう国宝の本なのよ」
ルイズは説明する。王女の結婚が正式に決まり、自分はその結婚式で詔を捧げる巫女に選ばれたことを。そのときこの始祖の祈祷
書が必要なこと。云々。
キュルケは先日のアルビオン行きが、結婚となにか関係があるとすぐ感づいたが、それは厳重に口止めして話はついた。
そういえばギーシュにはすでに口止めをしておいたし、タバサは気づいても言うはずがない。もっともギーシュはそのためモンモラン
シーに「この前、授業を休んで何してたのよ。」と詰め寄られ、答えるに答えられず、窮地に追い込まれていた。
まあ、ルイズはそんなこと知ったこっちゃないのでどうでもいいことだ。
中のことであった。
ちょくちょく学院内をうろついているところを多くの生徒に目撃されていたため、(しかしこの学院のセキュリティはどうなっているのだ)
もはや誰もその変態仮面には驚かなくなっていた。が、今日は少し様子が違った。
「うほおおおおおおおおおお!ふはああああ!!」
まず一番驚いたのは誰あろう、教師のコルベールであった。本来生徒がこのような態度を取れば注意してしかるべき立場の人間が、
いつものえんじんがどうこうという授業を放り出して、残月に駆け寄った。
正確には、残月と共にやってきた竜騎士隊が運んできた、ものに駆け寄った。
突然放置された生徒たちはなすすべなく教室からその光景を見ていた。コルベールが興奮して、運んできたものをあちこち見て
回っているのが、窓越しに見える。
やがて、誰かが
「先生を連れ戻して来ようか?」
と言いコルベールの下へ駆け寄ったが、ネコの子犬の子を追い払うように帰されてきた。
「自習でいいって」
ワッと歓声が起こる。言いだしっぺの子はコルベールの様子から自習になることはある程度予期していたらしい。だが、無断で自習を
してしまえばあとでどんな咎めが来るかわからない。仮にコルベールに非があったとしても、だ。そのためあえてコルベールにお墨付き
を貰いに向かったというわけである。
「あれってタルブの村に鉄人とかいうゴーレムと並べてあったマジックアイテムじゃない?」
さほど熱心でもなく、ちらっと窓越しに見えたものにたいしてキュルケが問いかけた。
「………竜の羽衣。」
さっそく本を取り出し、開いているタバサがチラリとも見ず答える。
「なんであんなもの、あの仮面は持って来たのかしら?ルイズ、あなたはご存知?」
残月がルイズの部屋に頻繁に出入りしていることを知っているキュルケがルイズに話を振る。最近姿を見せないのでほっとしていた
変態仮面が威風堂々授業中に現れ、しかもそのせいで授業が停止したことに頭を抱えていたルイズは、
「……知らないし知りたくもないわ。」
と答えた。そもそも今の彼女にとっては巫女の大役を果たすことが重要であり、この機会にと机の上に白の祈祷書を広げて詔の草案
を練っているところである。
「ところでルイズ、あなた、なにしてるの?」
真っ白な本を広げてうんうん唸っているルイズを見て、キュルケが心配そうに問う。この状態のルイズは、はたから見ると頭の可哀想
な子にしか見えない。
「見ればわかるでしょ。読書よ、読書。」
いや、見てもわからないから聞いんだけど、とつい口に出そうになるキュルケ。真っ白な本を読書など聞いたこともない。あやしい精
神カウンセラーにでもかかったのだろうか?
「でも、その本真っ白じゃないの。」
「これは始祖の祈祷書っていう国宝の本なのよ」
ルイズは説明する。王女の結婚が正式に決まり、自分はその結婚式で詔を捧げる巫女に選ばれたことを。そのときこの始祖の祈祷
書が必要なこと。云々。
キュルケは先日のアルビオン行きが、結婚となにか関係があるとすぐ感づいたが、それは厳重に口止めして話はついた。
そういえばギーシュにはすでに口止めをしておいたし、タバサは気づいても言うはずがない。もっともギーシュはそのためモンモラン
シーに「この前、授業を休んで何してたのよ。」と詰め寄られ、答えるに答えられず、窮地に追い込まれていた。
まあ、ルイズはそんなこと知ったこっちゃないのでどうでもいいことだ。
さて、場面はコルベールと残月に移る。
奇声を上げて飛び出したコルベールは運ばれてきたものを今にも食いつきそうな勢いで観察している。昆虫記で名高いファーブル
博士も、こういう格好で昆虫を観察していたのだろうな、とつい感慨にふけってしまう。
「きみ!こ、これはなんだね?よければ私に説明してくれないかね?」
目を輝かせ残月に尋ねるコルベール。当年とって42歳。学院に奉職して20年。『炎蛇』の異名をほこるメイジである彼の趣味は、
先にも述べたとおり研究と発明である。激しくコルベールの知的好奇心を刺激したのだ。
「これは『飛行機』ですよ。」
バビル2世が教室のある風の塔から降りてきて、そう告げた。それを見て残月が馬から降り、丁寧に一礼する。
「ひこうき?なんだね、それは??」
「わかりやすく言えば空を飛ぶ機械です。風と、先日先生が作ったエンジンをさらに発展させたものの力で空を飛ぶ。」
「ほう!もしかしてこれが翼かね!羽ばたくようにできておらんな!」
「それはですね。」
バビル2世は地面に拾った木の枝で図を描いて説明をする。翼の上と、下の気流に差ができる、いわゆるベルヌーイの定理である。
運んできた竜騎士を始め、集まった生徒たちもなにごとかと図を覗き込む。
「いろいろな説はありますが、この図のようにして揚力というものを浮かべる力が発生し、それによって飛行機は浮くんです。ちょっと
待ってください。」
懐から紙を取り出し、それを折り始めるバビル2世。そう、紙飛行機を作っているのだ。
それを投げると、ふわっと紙飛行機は10mばかり飛んだ。
おお!という驚嘆の声が野次馬から起こる。
「つまり、この紙飛行機のように、翼が固定されることで逆に身体を持ち上げる力が発生するということです。」
慌てて紙飛行機に駆け寄るコルベール。紙飛行機を慎重に拾い、目を皿のようにして構造を観察する。
「そういえば大きい鳥の中には羽ばたかずに滑るように飛んでるやつがいるな。あれと同じことかい?」
竜騎士の中の1人が問いかけてくる。
「ええ、そうです。」バビル2世は頷く。
「なるほど!なるほど!この後ろの翼や、上に飛び出た翼は姿勢を安定させるためのものだね?」
ふはっ、と鼻息も荒くコルベールが言う。この説明と、紙飛行機を見ただけでそこまで理解するとは、この男は只者ではない。
「さて、ではこの風車はなんだね?」
「プロペラですよ。」
きょろきょろと辺りをうかがい、木の板を見つけたバビル2世は、それをデルフリンガーで削り始めた。
「おい!/オレは肥後の守じゃねえって!/工作に使ってんじゃねぇよ!/久しぶりにものを切ったと思ったら木の板かよ!/」
抗議をするデルフリンガーにお構いなしに木の枝も削るバビル2世。本当は竹があればよかったんですが、と言い完成したものを
両の掌に挟んで、擦りあげた。
ウォオンと、完成したもの…竹とんぼが虚空に舞い上がった。観客に歓声が起こる。
もっとも木製のため、あっという間に落下して来たのだが、それでもコルベールには充分だったようだ。
「なるほど!これを回転させて、風の力を発生させるわけか。回転させるのはえんじんで、前に進むことで翼に揚力が発生する、と。
なるほどよくできておる!」
興奮してウォーウォー叫ぶコルベール。なんとなく嫁の来てがない理由が推察できる。
「残月、これをなぜここに運んできたんだ?」
紙飛行機を生徒や竜騎士の何人かに混じって飛ばしていた残月が、慌てて駆け寄ってくる。
「コウメイ様が今後必要になるはずゆえ、ショウタロウ翁にお借りして来いと……。もっとも『鉄人があるから』といただいてしまったの
ですが。」
恐縮し、ポリポリ頭をかく残月。中身がプリンスオブウェールズと言っても信じる人間はいないだろう。
「孔明が?ふーむ。」
顎に手を当てて考えるバビル2世。いったい何を企んでいるのだろうか。
「おい、ビッグ・ファイアくん!いや、バビルくんだったかな?さっそく飛ばせてみせてくれんかね!ほれ、もう好奇心で手が震えておる」
ぶるぶる震える両腕を突き出すコルベール。まごうことなき武者震いというやつだ。
「ええ、ですがこれを飛ばす燃料が必要です。」
「燃料?」
「はい。ガソリンといいまして、石油を蒸留して作る特殊な油なんですが。」
「バビル2世様。」
残月が後ろから声をかけてくる。
「コウメイ様の指示に従い、ガソリンは用意してあります。ただ、時間が足らずこれだけなのですが。」
ドラゴンのうちの一体がに縛り付けてある皮袋を指差す。それを外してもってきて拡げると、独特の異臭がした。間違いなく、ガソリン
だ。おそらく燃料タンクの底にこびりついていたものから錬金したのだろう。
コルベールは匂いをかいで、何かをメモにとっている。おそらくガソリンの科学的な特徴をさらさらっと書いているのだろう。
「これと同じ油を、どれぐらい作ればよいのかな?」
予想で、少し大目の量をいうバビル2世。
「おもしろい!調合は大変だが、やってみよう!」
「あと、それから、こういったものは空を飛ぶのにある程度の速さになる必要があります。そのため直線距離をとれる場所か、あるい
は一気に加速してやる装置がなければ飛ぶことができません。降りるときもそれなりの距離か、機体を停止させる装置が必要にな
ります。」
「なら正門外の草原がいいだろうな。うん、面白くなってきたぞ。」
「あの……」
盛り上がっているところをすみませんが、と竜騎士の1人が口を挟んできた。
「運び賃のほうは?」
奇声を上げて飛び出したコルベールは運ばれてきたものを今にも食いつきそうな勢いで観察している。昆虫記で名高いファーブル
博士も、こういう格好で昆虫を観察していたのだろうな、とつい感慨にふけってしまう。
「きみ!こ、これはなんだね?よければ私に説明してくれないかね?」
目を輝かせ残月に尋ねるコルベール。当年とって42歳。学院に奉職して20年。『炎蛇』の異名をほこるメイジである彼の趣味は、
先にも述べたとおり研究と発明である。激しくコルベールの知的好奇心を刺激したのだ。
「これは『飛行機』ですよ。」
バビル2世が教室のある風の塔から降りてきて、そう告げた。それを見て残月が馬から降り、丁寧に一礼する。
「ひこうき?なんだね、それは??」
「わかりやすく言えば空を飛ぶ機械です。風と、先日先生が作ったエンジンをさらに発展させたものの力で空を飛ぶ。」
「ほう!もしかしてこれが翼かね!羽ばたくようにできておらんな!」
「それはですね。」
バビル2世は地面に拾った木の枝で図を描いて説明をする。翼の上と、下の気流に差ができる、いわゆるベルヌーイの定理である。
運んできた竜騎士を始め、集まった生徒たちもなにごとかと図を覗き込む。
「いろいろな説はありますが、この図のようにして揚力というものを浮かべる力が発生し、それによって飛行機は浮くんです。ちょっと
待ってください。」
懐から紙を取り出し、それを折り始めるバビル2世。そう、紙飛行機を作っているのだ。
それを投げると、ふわっと紙飛行機は10mばかり飛んだ。
おお!という驚嘆の声が野次馬から起こる。
「つまり、この紙飛行機のように、翼が固定されることで逆に身体を持ち上げる力が発生するということです。」
慌てて紙飛行機に駆け寄るコルベール。紙飛行機を慎重に拾い、目を皿のようにして構造を観察する。
「そういえば大きい鳥の中には羽ばたかずに滑るように飛んでるやつがいるな。あれと同じことかい?」
竜騎士の中の1人が問いかけてくる。
「ええ、そうです。」バビル2世は頷く。
「なるほど!なるほど!この後ろの翼や、上に飛び出た翼は姿勢を安定させるためのものだね?」
ふはっ、と鼻息も荒くコルベールが言う。この説明と、紙飛行機を見ただけでそこまで理解するとは、この男は只者ではない。
「さて、ではこの風車はなんだね?」
「プロペラですよ。」
きょろきょろと辺りをうかがい、木の板を見つけたバビル2世は、それをデルフリンガーで削り始めた。
「おい!/オレは肥後の守じゃねえって!/工作に使ってんじゃねぇよ!/久しぶりにものを切ったと思ったら木の板かよ!/」
抗議をするデルフリンガーにお構いなしに木の枝も削るバビル2世。本当は竹があればよかったんですが、と言い完成したものを
両の掌に挟んで、擦りあげた。
ウォオンと、完成したもの…竹とんぼが虚空に舞い上がった。観客に歓声が起こる。
もっとも木製のため、あっという間に落下して来たのだが、それでもコルベールには充分だったようだ。
「なるほど!これを回転させて、風の力を発生させるわけか。回転させるのはえんじんで、前に進むことで翼に揚力が発生する、と。
なるほどよくできておる!」
興奮してウォーウォー叫ぶコルベール。なんとなく嫁の来てがない理由が推察できる。
「残月、これをなぜここに運んできたんだ?」
紙飛行機を生徒や竜騎士の何人かに混じって飛ばしていた残月が、慌てて駆け寄ってくる。
「コウメイ様が今後必要になるはずゆえ、ショウタロウ翁にお借りして来いと……。もっとも『鉄人があるから』といただいてしまったの
ですが。」
恐縮し、ポリポリ頭をかく残月。中身がプリンスオブウェールズと言っても信じる人間はいないだろう。
「孔明が?ふーむ。」
顎に手を当てて考えるバビル2世。いったい何を企んでいるのだろうか。
「おい、ビッグ・ファイアくん!いや、バビルくんだったかな?さっそく飛ばせてみせてくれんかね!ほれ、もう好奇心で手が震えておる」
ぶるぶる震える両腕を突き出すコルベール。まごうことなき武者震いというやつだ。
「ええ、ですがこれを飛ばす燃料が必要です。」
「燃料?」
「はい。ガソリンといいまして、石油を蒸留して作る特殊な油なんですが。」
「バビル2世様。」
残月が後ろから声をかけてくる。
「コウメイ様の指示に従い、ガソリンは用意してあります。ただ、時間が足らずこれだけなのですが。」
ドラゴンのうちの一体がに縛り付けてある皮袋を指差す。それを外してもってきて拡げると、独特の異臭がした。間違いなく、ガソリン
だ。おそらく燃料タンクの底にこびりついていたものから錬金したのだろう。
コルベールは匂いをかいで、何かをメモにとっている。おそらくガソリンの科学的な特徴をさらさらっと書いているのだろう。
「これと同じ油を、どれぐらい作ればよいのかな?」
予想で、少し大目の量をいうバビル2世。
「おもしろい!調合は大変だが、やってみよう!」
「あと、それから、こういったものは空を飛ぶのにある程度の速さになる必要があります。そのため直線距離をとれる場所か、あるい
は一気に加速してやる装置がなければ飛ぶことができません。降りるときもそれなりの距離か、機体を停止させる装置が必要にな
ります。」
「なら正門外の草原がいいだろうな。うん、面白くなってきたぞ。」
「あの……」
盛り上がっているところをすみませんが、と竜騎士の1人が口を挟んできた。
「運び賃のほうは?」
さて、こちらは孔明である。
孔明はこのところトリスタニアの街をうろついていた。
やっていることは、今風に言えば経営コンサルタントである。
最初はくたびれた屋台が舞台であった。
簡単な歌、今で言えばコマーシャルソングを作り、子供たちに金を払ってそれを広めさせ、流行歌にしてしまったのだ。
妙に耳に残るその歌のため、町の人々は自然にその屋台の名前を覚えた。やがて、歌に出てくる店としてみな商品を買うように
なり、今では押しも押されぬ行列店となっている。
最初はダメでもともと、半信半疑であった店主も、日に日に増えていく客に目を丸くし、今では孔明を
「先生」
と呼んでいる。
やがて噂を聞いた別の店が、「うちにもぜひ商売のコツを」と孔明に尋ねてきた。それをも成功させると、雪だるま式に孔明に教えを
請う店が増えていき、今では商店の8割近くが、孔明にアドバイスを受けている有様である。今ではちょっとした顔役になっている。
孔明の巧みなところは報酬をほとんど受け取らないところであった。まったく受け取らないのではなく、逆に多く受け取るのでもない。
ほんの少しだけ受け取る。それにより恩を売り、また自分についてくれば間違いないと店主に刷り込ませる。
すなわち、これ全て孔明の策略であった。
こうなれば黙っていてもあらゆる商品の、日々の値段の移り変わりが情報として入ってくるようになる。商人同士のネットワークで、
遠い街や国の情報をすぐに仕入れられる。各屋敷に出入りしている商人から、各メイジの実力や懐具合、その他あらゆる情報を入手
できる。
そうして得た情報を、バベルの塔のコンピューターに転送し、分析。あの恐るべき策略を立てていた。
その日も、何軒かに請われてアドバイスをしていた。そのとき、表の通りで諍いが起こったのである。
出てみると、金髪の女兵士が、あらくれものたちと揉めているところであった。
「なにごとですかな?」
と、近くにいた顔見知りの商人に尋ねる孔明。「これは、先生」と商人は挨拶し、
「どうもね、旅の商人と娘が、酒場で性質の悪い兵隊に絡まれたようなんですよ。ふりきって逃げたものの、追いかけてきた連中に
捕まっちまって。そこにあの女の兵隊さんが絡んだってわけで。」
ふむ、と対峙する両者を見比べる孔明。
女兵士のほうは短く切った金髪に碧眼、細身の身体。細く長い剣を腰に挿している。年齢は20歳前半というところか。
対するあらくれものは30歳前半。あごひげを生やし、髪は赤色の長髪。分厚い鉈のような剣を腰にぶら下げ、背丈は2m近い。胸に
さそりのマークのついた、刃物の飛び出た鎧を着こんでいる。他にも仲間はいるが、この男が中心となっているようで、まわりでニタニタ
しながら女兵士と親子連れを囲んでいる。
その娘を渡せ、なんならお前も相手をしてくれるのか?などと悪役・やられ役の典型的な台詞を吐き威嚇するあらくれもの。この時点
でもうあかんなーという気にさせられる。
一方、女兵士のほうは威嚇するあらくれものに対抗するためか、激昂した様子があるものの、その態度はあくまで落ち着き払い、
3人相手に一向に臆することがない。
「ジャック、女の子相手でおびえてるのか?正義を振りかざすアマちゃんに、人生の厳しさを教えてやれ」
あらくれもの以外にも仲間がいたのだろう。野次馬の中からジャックと呼ばれた赤毛の男を挑発する声が上がった。
「うるせえぞ!」とジャックが目を離したすきに、商人親子が逃げ出そうとした。
が、商人は蹴り転がされ、娘の身体へ腕が伸びた。
「逃がすかよ!」
腕が娘の身体を捉える瞬間、赤毛のジャックの身体がぐるんと一回転して地面に顔から突っ込んだ。
「下郎が。」
冷たく言い放ち、女兵士が腕を捻りあげた。さらに剣を抜いてジャックの喉下に当てる。
伸びた腕を引っ張り、足を引っ掛けてバランスを崩し、投げ飛ばしたのだ。
「動くな。動けば、この男の首を掻っ切るぞ。」
周囲に警告し、刃をジャックの喉下に当てる。ツ…と赤い糸が皮膚に浮かぶ。
「ひっ。」
と赤毛のジャックが怯えた声を上げた。
「これ以上暴れるなら、わたしがそっちの全員と相手になってやろう。どうする?」
鋭い視線を向ける女兵士。他の傭兵はてんでバラバラに逃げ出した。
「貴様ももう行け。こんど悪さをしでかしているのをみつければ、下の小さいものを切り取るぞ。」
剣を引く女兵士。ものすごい形相で、赤毛のジャックが立ち上がった。
その途端、ズボンが切れて落ち、一物を公衆にさらす嵌めになる。
「どうした?いますぐ切り落として欲しいのか?」
すこし淫靡な光を湛えた目で、女兵士がジャックを見る。「あわわ」と小さく悲鳴を上げ、前を隠し、捨て台詞を吐きながらジャックは
逃げ出した。
ウワッ!と周囲の野次馬が歓声を上げた。
孔明はこのところトリスタニアの街をうろついていた。
やっていることは、今風に言えば経営コンサルタントである。
最初はくたびれた屋台が舞台であった。
簡単な歌、今で言えばコマーシャルソングを作り、子供たちに金を払ってそれを広めさせ、流行歌にしてしまったのだ。
妙に耳に残るその歌のため、町の人々は自然にその屋台の名前を覚えた。やがて、歌に出てくる店としてみな商品を買うように
なり、今では押しも押されぬ行列店となっている。
最初はダメでもともと、半信半疑であった店主も、日に日に増えていく客に目を丸くし、今では孔明を
「先生」
と呼んでいる。
やがて噂を聞いた別の店が、「うちにもぜひ商売のコツを」と孔明に尋ねてきた。それをも成功させると、雪だるま式に孔明に教えを
請う店が増えていき、今では商店の8割近くが、孔明にアドバイスを受けている有様である。今ではちょっとした顔役になっている。
孔明の巧みなところは報酬をほとんど受け取らないところであった。まったく受け取らないのではなく、逆に多く受け取るのでもない。
ほんの少しだけ受け取る。それにより恩を売り、また自分についてくれば間違いないと店主に刷り込ませる。
すなわち、これ全て孔明の策略であった。
こうなれば黙っていてもあらゆる商品の、日々の値段の移り変わりが情報として入ってくるようになる。商人同士のネットワークで、
遠い街や国の情報をすぐに仕入れられる。各屋敷に出入りしている商人から、各メイジの実力や懐具合、その他あらゆる情報を入手
できる。
そうして得た情報を、バベルの塔のコンピューターに転送し、分析。あの恐るべき策略を立てていた。
その日も、何軒かに請われてアドバイスをしていた。そのとき、表の通りで諍いが起こったのである。
出てみると、金髪の女兵士が、あらくれものたちと揉めているところであった。
「なにごとですかな?」
と、近くにいた顔見知りの商人に尋ねる孔明。「これは、先生」と商人は挨拶し、
「どうもね、旅の商人と娘が、酒場で性質の悪い兵隊に絡まれたようなんですよ。ふりきって逃げたものの、追いかけてきた連中に
捕まっちまって。そこにあの女の兵隊さんが絡んだってわけで。」
ふむ、と対峙する両者を見比べる孔明。
女兵士のほうは短く切った金髪に碧眼、細身の身体。細く長い剣を腰に挿している。年齢は20歳前半というところか。
対するあらくれものは30歳前半。あごひげを生やし、髪は赤色の長髪。分厚い鉈のような剣を腰にぶら下げ、背丈は2m近い。胸に
さそりのマークのついた、刃物の飛び出た鎧を着こんでいる。他にも仲間はいるが、この男が中心となっているようで、まわりでニタニタ
しながら女兵士と親子連れを囲んでいる。
その娘を渡せ、なんならお前も相手をしてくれるのか?などと悪役・やられ役の典型的な台詞を吐き威嚇するあらくれもの。この時点
でもうあかんなーという気にさせられる。
一方、女兵士のほうは威嚇するあらくれものに対抗するためか、激昂した様子があるものの、その態度はあくまで落ち着き払い、
3人相手に一向に臆することがない。
「ジャック、女の子相手でおびえてるのか?正義を振りかざすアマちゃんに、人生の厳しさを教えてやれ」
あらくれもの以外にも仲間がいたのだろう。野次馬の中からジャックと呼ばれた赤毛の男を挑発する声が上がった。
「うるせえぞ!」とジャックが目を離したすきに、商人親子が逃げ出そうとした。
が、商人は蹴り転がされ、娘の身体へ腕が伸びた。
「逃がすかよ!」
腕が娘の身体を捉える瞬間、赤毛のジャックの身体がぐるんと一回転して地面に顔から突っ込んだ。
「下郎が。」
冷たく言い放ち、女兵士が腕を捻りあげた。さらに剣を抜いてジャックの喉下に当てる。
伸びた腕を引っ張り、足を引っ掛けてバランスを崩し、投げ飛ばしたのだ。
「動くな。動けば、この男の首を掻っ切るぞ。」
周囲に警告し、刃をジャックの喉下に当てる。ツ…と赤い糸が皮膚に浮かぶ。
「ひっ。」
と赤毛のジャックが怯えた声を上げた。
「これ以上暴れるなら、わたしがそっちの全員と相手になってやろう。どうする?」
鋭い視線を向ける女兵士。他の傭兵はてんでバラバラに逃げ出した。
「貴様ももう行け。こんど悪さをしでかしているのをみつければ、下の小さいものを切り取るぞ。」
剣を引く女兵士。ものすごい形相で、赤毛のジャックが立ち上がった。
その途端、ズボンが切れて落ち、一物を公衆にさらす嵌めになる。
「どうした?いますぐ切り落として欲しいのか?」
すこし淫靡な光を湛えた目で、女兵士がジャックを見る。「あわわ」と小さく悲鳴を上げ、前を隠し、捨て台詞を吐きながらジャックは
逃げ出した。
ウワッ!と周囲の野次馬が歓声を上げた。
「何用かな?」
騒ぎも収まり、歩き出した女兵士をつける孔明に、女兵士が振り向いて、言う。
「ストーカーというやつか?」
冷たい視線で孔明を睨みつけてくる。その視線を笑みでいなす孔明。
「いえいえ。先ほどのお手並みを拝見していたものです。あの手際、感心いたしました。大の男を軽くいなされるとは…」
「別にどうということもない。拳を使うまでもない、たやすい相手だった。」
プイ、と顔を背け、再び歩き出す女兵士。孔明はニコニコしながらその後をついて行く。
「いえいえ。見事なお手並みでしたぞ、この孔明、感服いたしました。アニエス様。」
完全に無視を決め込んでいた女兵士の歩みが、ぴたりと止まる。
「おや、自分の名を知っているのが意外でしたかな。なに、種を明かせば簡単。偶然、私の近くにいた方が、あなたの名前を知って
いただけですよ。」
こういうとき、孔明のネットワークは便利である。あらゆる場所に出入りしている商人は、人の名前と顔を覚えるのが得意な人間ば
かりである。その中に、王軍に所属するこの女兵士の名を知るものがいたのである。
「べつに悪さをしようというのではございませぬ。こう見えても、私は占いが趣味でして、あなたを一目見て気になるところがございま
したので…」
「……占いなど、あてにはならぬ。」
再び歩き出すアニエス。その背中に「ですが」と語りかける孔明
「それが、あなたの大願成就に影響があると言ってもですかな?」
ふたたびアニエスが静止する。今度は孔明のほうを振り向いた。しかも殺気すら感じる。
「いえいえ、べつに私はあなたのことを知っているわけではございませぬ。ですが、偶然顔の相を拝見させていただきましたところ、
あなたにはある悲願があると出ましたものでして…」
完全に孔明を正面から見据えるアニエス。腰の剣はいつでもぬけるようになっている。
「……聞かせて、もらおうか。」
いつでもお前を切り殺すぞ、といわんばかりの殺気を孔明に浴びせかけるアニエス。しかし孔明は全く動じていない。そのため、
アニエスは逆に興味が少しわいてきたようであった。
そうなったところで、孔明はようやく口を開いた。
「あなたにはしばらく後、祝いの日を迎えんとするとき、転機が訪れるでしょう。南へと向かうことになるはずです。南の地で、光を
見るときに、恐れ退くことがなければ、あなたの悲願を叶える道は開けるでしょう。」
「……南……?光……?」
「はい。おそらく、もし私があなたと再び会うことがあれば、それはあなたに転機が訪れてからでしょう。」
そう言い、会釈をすると孔明は立ち去った。
アニエスなる女兵士は、じっとその言葉の意味を考えているようであった。
騒ぎも収まり、歩き出した女兵士をつける孔明に、女兵士が振り向いて、言う。
「ストーカーというやつか?」
冷たい視線で孔明を睨みつけてくる。その視線を笑みでいなす孔明。
「いえいえ。先ほどのお手並みを拝見していたものです。あの手際、感心いたしました。大の男を軽くいなされるとは…」
「別にどうということもない。拳を使うまでもない、たやすい相手だった。」
プイ、と顔を背け、再び歩き出す女兵士。孔明はニコニコしながらその後をついて行く。
「いえいえ。見事なお手並みでしたぞ、この孔明、感服いたしました。アニエス様。」
完全に無視を決め込んでいた女兵士の歩みが、ぴたりと止まる。
「おや、自分の名を知っているのが意外でしたかな。なに、種を明かせば簡単。偶然、私の近くにいた方が、あなたの名前を知って
いただけですよ。」
こういうとき、孔明のネットワークは便利である。あらゆる場所に出入りしている商人は、人の名前と顔を覚えるのが得意な人間ば
かりである。その中に、王軍に所属するこの女兵士の名を知るものがいたのである。
「べつに悪さをしようというのではございませぬ。こう見えても、私は占いが趣味でして、あなたを一目見て気になるところがございま
したので…」
「……占いなど、あてにはならぬ。」
再び歩き出すアニエス。その背中に「ですが」と語りかける孔明
「それが、あなたの大願成就に影響があると言ってもですかな?」
ふたたびアニエスが静止する。今度は孔明のほうを振り向いた。しかも殺気すら感じる。
「いえいえ、べつに私はあなたのことを知っているわけではございませぬ。ですが、偶然顔の相を拝見させていただきましたところ、
あなたにはある悲願があると出ましたものでして…」
完全に孔明を正面から見据えるアニエス。腰の剣はいつでもぬけるようになっている。
「……聞かせて、もらおうか。」
いつでもお前を切り殺すぞ、といわんばかりの殺気を孔明に浴びせかけるアニエス。しかし孔明は全く動じていない。そのため、
アニエスは逆に興味が少しわいてきたようであった。
そうなったところで、孔明はようやく口を開いた。
「あなたにはしばらく後、祝いの日を迎えんとするとき、転機が訪れるでしょう。南へと向かうことになるはずです。南の地で、光を
見るときに、恐れ退くことがなければ、あなたの悲願を叶える道は開けるでしょう。」
「……南……?光……?」
「はい。おそらく、もし私があなたと再び会うことがあれば、それはあなたに転機が訪れてからでしょう。」
そう言い、会釈をすると孔明は立ち去った。
アニエスなる女兵士は、じっとその言葉の意味を考えているようであった。
老人が意識を取り戻したのは、ラ・ロシェール近くの山小屋の中であった。
「こ、ここは……」
周囲を見渡すが、少々の家財道具があるだけであとはほかに何もない。囲炉裏に火がくべてあり、老人の身体を冷やさぬようにし
てある。老人の身体は全身が包帯で覆われ、まるでミイラ男のようであった。
「お気づきになられましたか?」
扉が開き、中に男が入ってきた。
長身の男だ。
髪は長髪で、黒。オールバックにしており、あごひげがぐるっと回って髪と一体化している。
奇妙なのは、なぜか服の色がピンク色ということだ。
「おお、ズイか……。」
「左様です、呂尚様。お久しぶりです。」
深々と礼をするズイ。両膝を床につき、手を胸の前で組んでいる。目には涙を浮かべ、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「呂尚様は知り合いの男が運んで来たのです。ラ・ロシェールの街で空に消えた老人が、北の森の中で倒れていた、と言っていま
した。全身が酷い火傷なので、以前その男を山の中で骨折していたのを偶然治療してやったことがあり、知っていた私の元へ運んで
きてくれたのです。」
何かを言おうとする呂尚を、ズイは制して、寝かしつけた。
「呂尚様……丸々2週間も寝続けていたのです。まだ傷も癒えきっておりませぬゆえ、今はゆっくりお休みください。師匠…」
呂尚の布団を直し、扉を開け外に出るズイ。外は日が沈み始め、空は赤く燃えていた。
「……あの呂尚様を、いったい誰があれほど痛めつけたというのだ…。うーむ、わからぬ。」
腕組みをして、太陽を追うように沈んでいく二つの月を眺めた。
「こ、ここは……」
周囲を見渡すが、少々の家財道具があるだけであとはほかに何もない。囲炉裏に火がくべてあり、老人の身体を冷やさぬようにし
てある。老人の身体は全身が包帯で覆われ、まるでミイラ男のようであった。
「お気づきになられましたか?」
扉が開き、中に男が入ってきた。
長身の男だ。
髪は長髪で、黒。オールバックにしており、あごひげがぐるっと回って髪と一体化している。
奇妙なのは、なぜか服の色がピンク色ということだ。
「おお、ズイか……。」
「左様です、呂尚様。お久しぶりです。」
深々と礼をするズイ。両膝を床につき、手を胸の前で組んでいる。目には涙を浮かべ、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「呂尚様は知り合いの男が運んで来たのです。ラ・ロシェールの街で空に消えた老人が、北の森の中で倒れていた、と言っていま
した。全身が酷い火傷なので、以前その男を山の中で骨折していたのを偶然治療してやったことがあり、知っていた私の元へ運んで
きてくれたのです。」
何かを言おうとする呂尚を、ズイは制して、寝かしつけた。
「呂尚様……丸々2週間も寝続けていたのです。まだ傷も癒えきっておりませぬゆえ、今はゆっくりお休みください。師匠…」
呂尚の布団を直し、扉を開け外に出るズイ。外は日が沈み始め、空は赤く燃えていた。
「……あの呂尚様を、いったい誰があれほど痛めつけたというのだ…。うーむ、わからぬ。」
腕組みをして、太陽を追うように沈んでいく二つの月を眺めた。