あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

IDOLA have the immortal servant-13


 フロウウェンとワルドは『女神の杵』亭の中庭で対峙した。二人の距離は二十歩ほど。剣より魔法が優位に立つであろうという距離だ。
 錬兵場は今では物置として使われているのか、樽や空き箱が積まれて、かつての面影は薄れている。石でできた苔生した旗立て台が、わずかにその名残を残すばかりだ。
「かのフィリップ三世の治下には、ここでよく貴族達が決闘したものさ。ヒースクリフの歳なら知っているかな?」
「いや。オレは外国人だからな」
 感慨深そうに周囲を見渡している。
「ほう。そうだったのか。古き良き時代。王がまだ力を持ち、それに従った時代……名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。
だが、実際は下らないことで杖を抜きあったものさ。そう。例えば女を取り合ったりね」
「何時の世も、どの国でも変わらんものだな」
 フロウウェンは苦笑した。
 自然体のままのフロウウェンに、ワルドは内心で少々の苛立ちを覚えた。
 これだけ焚き付けて思わせぶりなことを言っているのに、気に留めている風がない。これでは自分一人で踊っているようではないか。
 いや、実際そうなのだろう。ルイズもこの男も、お互いを恋愛対象などに見れるような年齢ではない。
 それでもルイズはこの男に随分な信頼を寄せているようだ。ならば、彼女の目の前で叩きのめして、自分こそがルイズにとって最も頼れる男であるということを誇示しなければならない。
「さて、始めるか」
 フロウウェンがデルフリンガーの柄に手をかけると、ワルドは左手で制する。
「立ち会いにはそれなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」
「立ち会い? 介添え人だと?」
 フロウウェンは眉を顰めた。
「安心したまえ。もう呼んである」
 実戦を想定の訓練ではなくて、まるで正式に決闘でもするかのようだ。
 つまり、ワルドはここでの勝敗に拘っているということか。
「ワルド。来いって言うから来てみれば、何を始める気なの?」
 物陰からルイズが現れた。フロウウェンの姿を認めると訝しそうにワルドに問う。
「彼の実力を試したくなってね」
 と、ワルドは嘯いてみせた。
「もう、そんな馬鹿なことは止めて。今はそんなことをしているときじゃないでしょう」
「そうだね。でも貴族というやつは厄介でね。強いか弱いか。そんなことが気になるともう、どうしようもなくなってしまうものなのさ」
 不敵な笑みを浮かべるワルド。
(女を取り合って、と言ったか。嫉妬されるような歳でもあるまいが)
 それでもワルドはルイズの婚約者だ。力を誇示して意中の相手の気を引く、というのは解りやすい話ではある。
 だが、腕が立つことと良い夫であることは別だ。
 さもルイズを愛しているというような言動を取りながら、向けられる瞳が冷やかなのは、彼女の持つ家名や財産を必要としている、といったところか。
「ヒースも、やめてよ」
「すまんな。少々、子爵に興味が湧いた」
 フロウウェンは視線をワルドに向けたまま答えた。
 現時点でのフロウウェンのワルドに対する評価は「利害が一致している間は頼りにしていい男」だ。
 剣を交えればもっとワルドのことが理解できるだろう。
 どのような時にどのような手を打つか。引く時。押す時。それら全てに性格や考え方というものが出る。
「では、介添え人も来たことだし始めるか」
 ワルドは腰から杖を引き抜いた。フェンシングのように、前方に突き出す。
金属で拵えられたそれは、接近戦に持ち込まれた時のことを想定して作られている。ワルド自身の構えにも隙がないのを見る限りでは、近接戦闘もこなせるのだろう。
 フロウウェンはデルフリンガーを抜き放ち、正眼に構える。そのまま遠巻きに出方を伺うが、ワルドには呪文を唱える気配が無い。
「なんでえ、あいつ。やる気あるのかよ」
 デルフリンガーの呟きに、フロウウェンが眉根を寄せた。
「招き入れて迎え撃つ気なんだろう」
 次の瞬間、フロウウェンの身体が弾けるような速度で前に出た。影さえ留めない速度で打ち込まれたデルフリンガーを、しかしワルドは杖で受け止めた。
 固定化がかかっているのか。かなり強固な杖だ。
 フロウウェンは強引には押さず、自分から一歩間合いを開くと、右上段に振りかぶり、袈裟懸けに斬り込んだ。
 早い。だが、モーションが大きい。そうワルドは感じた。
 あれを避けて杖での反撃を加え間合いを開く。ワルドにしてみれば容易い―――はずだった。
「ぐっ!?」
 ワルドが苦悶の声を漏らして飛び退る。
 斬撃そのものがフェイントだ。本命は斬りと同時に放たれた、コンパクトなモーションの蹴り。
 踏み込み自体が攻撃に直結していた。
 体勢を崩さぬよう、悟られぬよう、小さく鋭い動作だった。だから威力はさほどでもない。しかしワルドの軸足の膝を横から、的確に捉えている。
 フロウウェンの視線は上段から打ち込まれる剣戟の軌道から、全く動かなかった。だから、見切れない。
「ちっ」
 ワルドは舌打ちすると、フロウウェンが踏み込んでくる前に呪文を完成させた。風の防壁だ。
 フロウウェンは踏み込まずに、出現した風の防壁に一太刀を叩き込む。切っ先を暴風に捕らわれて、剣の軌道があらぬ方向に逸らせられていった。
 それを見届けて、ワルドは小さく息をついた。
 初撃は正統派の、一流の使い手のそれだった。だが唐突に、教科書にはない技と動きが飛び出す。
 元より魔法衛士隊での近接戦における体術は相手を倒すことよりも、距離を詰められた時に敵をいなして、間合いを取ることを主眼に体系づけられた技術だ。
 体術の心得の無い平民やメイジであれば苦も無く翻弄もできよう。しかし相手が本職の剣士となると、これとまともに切り結ぶのはワルドと言えど分が悪い。
 一度の接触でワルドは確信した。近接戦闘での向こうの引き出しは、こちらより遥かに多い。
 追撃に出ず、回避行動も取らず、防壁に斬撃を加えて性能を確かめた。その事実にワルドの背を冷たい汗が流れていく。
 先程の蹴りの目的は明白だ。数秒の間、自分の体捌きを鈍らせる効果を狙ったもの。であるなら、呪文の用意もない状況で間髪置かずに斬り込まれるのは非常にまずい。
 詠唱の長い大技を使う余裕はなく、短い詠唱の小技でも避けられれば後がない。フライで逃げるなど、ルイズの目の前では以ての外だ。だからこその防御魔法だった。
 それを向こうは読んでいた。
 模擬戦である以上、殺傷力の強い魔法を使うはずが無い。そういう前提があるからこそ、そんな選択をしたのだろうか。それとも完璧に心理まで読み切られたのか。
 いずれにせよ、経験から来る洞察力と応用力というのは計り知れないものがある。
達人などと呼ばれて若者を寄せ付けない老齢のメイジがいるのも、経験に裏打ちされた読みが、単純な魔法の威力や体力差を引っくり返すほどの効果を発揮するからに他ならない。
 なるほど。自分の婚約者は恐ろしい男を使い魔としたものだ。
「いや、失礼した。おかげで目が覚めたよ」
 それでもワルドには余裕があった。
 達人は達人だろうが、魔法ではなく剣の達人だ。ならば、いくらでもやりようはある。防御魔法の性能を見られたと言っても突破されたわけではないのだ。
 では、魔法を撃たれた場合の対処はどの程度のものか。
 足は少し休んだお陰で回復した。ワルドは飛び退って間合いを開くと、レイピアを扱うように杖を長く前方に突き出した。
 重心は退避に向くように後ろに置く。敵との間合いを測り、防御に主眼を置いた構えだ。
 フロウウェンは構わずに切り込む。
 動きの速さはほぼ同等だ。フロウウェンが押せば押した分だけワルドは下がる。技巧で負ける以上、まともに切り結ぶつもりはワルドに無い。こちらには踏み込まずとも、体勢を崩さずとも、必殺の武器がある。
「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」
 フロウウェンの攻撃をいなすことに集中しながらも、何万回と繰り返した詠唱が、半ば以上無意識的にワルドの口から紡がれる。
 剣を合わせる度にワルドの口元が動いて、何事か呟いていることにフロウウェンも気付いた。
「相棒! 魔法がくるぜ!」
 デルフリンガーの言葉にフロウウェンの姿勢が極端に低くなる。視界の端へと滑り込んでいくフロウウェンの姿を追って、ワルドは魔法を解放した。
 空気が衝撃波となって爆ぜた。
『エア・ハンマー』。巨大な空気の槌だ。まともに当たれば人間を軽々と吹っ飛ばす威力がある。
 が、フロウウェンの体を捉えてはいない。積み上げられた樽にぶち当たって、ガラガラと崩れる音が中庭に響き渡る。
 フロウウェンは姿勢を低く保ち、衝撃波を避けやすい体勢を作っていた。更に狙いを不正確にする為に近距離から横に回ることで視界から消えていく。実に理に敵った回避手段だ。
 それぐらいはやってのけるだろうということは、ワルドも承知していた。魔法を放つと同時に、フロウウェンの飛んだ方向を確認もせずに、その逆方向へと走りながら、続けざまに詠唱を始める。
 今度は魔法衛士隊の、リズムを伴った呪文詠唱法ではなく、『閃光』の二つ名の由来ともなっている高速の詠唱である。
 振り返りもせず、勘でフロウウェンのいるであろう方向に向かって『ウィンド・ブレイク』をぶっ放す。
 こちらは『エア・ハンマー』ほどの貫通力はないが、より広範囲を薙ぎ払うことができる。
「くっ!」
 フロウウェンの声。思惑通りに風の壁は敵を捉えたらしい。
 ワルドが跳躍にひねりを加えて振り返れば、吹き飛ばされないよう腰溜めになって耐えたフロウウェンの姿があった。
 ダメージにはなってはいないが、足止めができればそれで充分だ。ワルドは間髪を置かず、『エア・ハンマー』を放つ。
 今度は間合いが充分に開けている為にワルドの視野が広い。狙いはその分正確になるが、その分着弾まではタイムラグがある。フロウウェンは不可視のはずの空気の弾丸を、見事に回避して見せた。
(雑な攻撃をすれば、即座に間合いを詰められるな)
 内心でワルドはその体術に舌を巻く。
 体裁きが卓越している。実際の速度以上に素早く見える上に、方向転換が自在で先読みもしにくい。
 確実に魔法を当てるなら先程よりも至近距離に呼び込んで、切りかかってくる所をカウンターの要領で魔法を叩きつけるという手が考えられる。しかし、その間合いはワルドにとっても避けたい距離であった。
 距離が離れている間は、一方的に攻撃を仕掛けられる。圧倒的優位な立場にあるのはワルドの方なのだ。
 二手、三手ほどしくじって間合いを詰められても、こちらには風の防壁を張れる余裕があるし、向こうが一度でも対処を誤って風の魔法を受ければ、それで勝負が決まるほどの打撃になる。
 だから、魔法を回避されても無駄撃ちだとはワルドは考えてはいなかった。
 ワルドの唱えている『エア・ハンマー』は、不可視且つ、一抱え程もある巨大な衝撃波を放つ術だ。その性質上、紙一重で避けるということができない。
回避するならば、正確に軌道を予測した上で、余分に大きく動かねばならず、それだけで集中力と体力の両面を削ることができる。
 だから敢えて危険を冒す必要はない。相手が剣で挑んでくるのであれば、最も確実で、最も正解に近い戦術であった。
 ただ、ワルドは二つ、情報不足から来る読み違えをしている。
 フロウウェンの体力は、ルーンの力によって通常では考えられないほど早く回復し続けるという点。それからテクニックがある為に、間合いを取ることによる優位性は絶対ではないという点の二つだ。
 とはいえ、これが模擬戦ということを除いても、フロウウェンにはテクニックによる反撃に移れない理由がある。
 テクニックがハルケギニアに置いてはイレギュラー的要素ということもあるが、発動させるには精神集中の為に一瞬足を止める必要があるからだ。
 だから『エア・ハンマー』で追い立てられている内はフロウウェンにも遠距離からの反撃は不可能だった。
 といっても、フォースではないフロウウェンのテクニックには、熟練したメイジの系統魔法のように一撃で人の命を奪い得る程の威力はない。
 結局の所、フロウウェンを含めたハンター達にとっては、攻撃用のテクニックも敵の喉元まで切り込む為の補助的な役割にしかならない。
「奴さん、とにかく詠唱が早いね。なかなか見れないぜ。あんなの」
 デルフリンガーが感心したような声を上げる。
 躊躇もせずに手数で攻めてくる戦法を選んだことから、精神力切れはしないという自信と実力があるのだろう。
全てを回避し続けるというのは現実的ではない。今はまだ避けていられるが、こちらの体術に慣れれば次第にワルドの読みも正確になってくるはずだ。長引けば不利になるのは明白である。
「テクニックや魔法を剣で斬れれば楽な物だがな。フォース相手の戦いでは、常々思うことだが」
「んん……?」
 その言葉を聞いたデルフリンガーの思考に、妙にざわつくものが走った。大事なことを忘れている気がする。思い出せそうなのに出てこない。インテリジェンスソードのデルフリンガーにとっても、もどかしい感覚だ。
 ともあれ、無い物をねだっても仕方が無い。フロウウェンは走りながら、ワルドの攻撃で中庭に散らばっていた、砕けたワインの瓶を拾う。
 瓶を投げつけるつもりか、とワルドは視界にそれを捉えて眉根を寄せた。
 単なる平民の悪あがき――とは思っていなかった。
 投げつけられれば否応なく迎撃はしなくてはならない。それ自体は容易い。ただ、一瞬とはいえ、注意を払うべき対象が増える。解っていても意識が散漫になり、詠唱の手間も時間も増える。
 フロウウェンは杖を持っていない側へと回りこむような動きを取る。
少しでも魔法の狙いを不正確にし、発動を遅らせようという意図がそこには見える。体勢を低く保って動くことといい、魔法への対処は理詰めであった。
 それはフロウウェンの対メイジの経験――正確には対フォースの経験なのだが――が豊富であることをワルドに窺わせる。
 時折、平民でありながら技量や機転を以ってメイジを打倒する者がいるということをワルドは知っている。メイジ殺しと言われる者達だ。
 あの技量と魔法への対処。そして高齢まで生き延びているという事実。対峙する男がメイジ殺しであるのは確実だと見るべきだ。なにせ、こうまでいいように魔法を回避された経験はワルドにもない。
 であるなら、こういう局面で有効な手立ても知っているということだ。ならば油断をするわけにはいかない。
 ――と、その時だ。
「こ、こりゃ何としたことだっ!?」
 中庭を覗いて、頓狂な声を上げた者がいた。でっぷりと太った宿の主人だった。


「いや、すまないね。少しばかりムキになりすぎたようだ」
 ワルドは人の良さそうな笑みを宿の主人に向ける。
「勘弁願いますよ。旦那様」
 弁償と称して、ワルドは幾ばくかの貨幣が詰まった袋を握らせた。それでも宿の主人の表情は少し引きつったような愛想笑いであった。
相手が貴族ということもあって強く出られないのだろう。
 フロウウェンが低い体勢を取っていたということもあって、『エア・ハンマー』を乱射した割には、物置に置かれた物品の損害はさほどでもなかった。
その代わりあちこちの地面に、今しがた掘り返したような色の土が覗いている。
 元は錬兵場だが、今はれっきとした物置なのだ。そこで派手な立ち回りをされて、宿の主人がいい顔をするはずが無い。
おまけに騒ぎを聞きつけて、他の宿泊客達が物見遊山に集まってくる始末だ。その中にはタバサやマチルダの姿もある。
 ルイズ達の同行者に、手の内は出来るだけ明かしたくなかった。ワルドにしてみればこの辺が潮時ではあった。
 注目されて貴族派に情報が伝わるのも拙いと理由を伝えると、フロウウェンはあっさりと中断することを承諾した。
「いや、きみの使い魔は流石だよ。誇っていい。ルイズ。多分、ラインクラスのメイジなら一蹴だろう」
 フロウウェンの実力を賞賛するも、言外にスクウェアの自分は別というニュアンスを漂わせて、ワルドは宿の中へと戻っていく。
「いやあ、あの貴族は強いな。多分スクウェアクラスだぜ」
「言えた義理ではないが……手の内は見せなかったな」
 ワルドの背を見送りながらフロウウェンが呟く。
 積極的に倒しに来るわけではなく、こちらの動きを観察するような戦いぶりだった。実戦本位の訓練とも、ルイズの気を引くための戦いとも思えない。
 アルビオンに乗り込む前に、毛色の違う自分の戦力を把握する為のものだった、というところだろうか。それとも―――
「ヒース」
 フロウウェンの思索を中断させたのは、傍らにやってきたルイズの声であった。
「大丈夫? 怪我は?」
「見ての通りだ。互いに加減はしていたようだからな」
「なら、いいけど……」
「ルイズこそ、大丈夫か?」
 フロウウェンは少し目を細めてルイズに問う。
 俯くルイズの表情が浮かないものだったからだ。
「え、え? だ、大丈夫ってなにが?」
 狼狽するルイズの態度はフロウウェンの言葉を肯定しているようなものだ。ただ、それを隠そうとするというのは、フロウウェンには詮索して欲しくないということなのだろう。
「……いや。思い違いか。さて。朝食にしよう。運動した後は腹が減る」
 小さく笑うとルイズの頭に軽く手をやって、フロウウェンは宿へと戻っていった。
「ちょ、ちょっと!? 貴族の頭を軽々しく撫でないで! 聞いてるの!? ヒース!」
 一瞬呆気に取られて立ち尽くしていたルイズだったが、ふと我に返ってフロウウェンの背に黄色い怒声を飛ばし、後を追うのであった。


 重なって一つになった月が高く昇る。スヴェルの夜だ。
 一行は1階で酒を飲んで騒いでいた。アルビオンに渡ればそんな暇も無くなるだろうから、騒げる内に騒いでおこうということだろう。といっても騒いでいるのは専らギーシュなのだが。
 ルイズは昨晩のワルドとのこともあって、楽しく飲むという気分ではなかったのだが、一人でいればまたフロウウェンに心配をかけてしまう。
 朝のあれは、フロウウェンが自分の触れて欲しくないことに触れないでいてくれているだけだ。それぐらいは解っている。
 それでも一時的にとはいえ、悩んでいたことを忘れさせてくれたのはありがたい。考え過ぎて気分が落ち込んでいく前に止めてくれた。まあ……やり方は感心しなかったが。
 だから、今はともかく任務の達成を第一に考えることにする。ワルドとのことは、彼もそう言ってくれたように一時保留だ。今は考えない。考えない為にも皆に混ざって飲むことにするのだ。
「いやいやいや。あれは外見こそ確かに地味かもしれないが、機能美との黄金比なんだ。そう。既に完成された形状をしている。奇をてらって変える必要なんてあるはずがない」
「そう? 色合いなんて地味じゃないの。あたしだったらもっと胸を強調してスカートの丈を半分にデザインするわね」
「秘めてこその華じゃないか。薔薇は蕾の時でも咲き誇った時の美しさを連想させて楽しませてくれるよ」
「……何の話?」
 ルイズが少し考え込んでいた内に話題が変わっていた。
「メイド服」
 タバサが山盛りになったハシバミ草のサラダを突付きながら答える。
「は?」
「いや、学院のメイド服ってもっと派手でもいいんじゃないって話よ」
「それで胸を強調だとかスカートの丈を短くするとか言ってるの? それじゃいかがわしい酒場みたいじゃないの」
 キュルケの言うようなメイド達がアルヴィーズの食堂で働いているところを想像して、ルイズは眉根を寄せる。
「ゲルマニアじゃ、色なんてこうオレンジ色とかで、スカートもこの辺までしかない給仕のいる食堂が話題になってるわよ」
「そ、そんなの下着が見えちゃうじゃない!」
「それが良いのよ」
「それ……オールド・オスマンの耳には入れないで下さいね」
 疲れたような声でマチルダ。どうも色々苦労しているらしい。
「うーむ。学院のメイド服はあれで完成していると思うが、それはそれで良いかもしれないね!」
「トリステインはそういうとこが保守的でつまらないのよ。ねえタバサ。ガリアはそういうのないの?」
「ネコミミメイド食堂」
「なっ、なんだねそれは? もっと詳しく!」
 ガタッと音を立ててギーシュが立ち上がる。
 その時だ。勢いよく宿の扉が開け放たれ、武装した傭兵らしき一団が飛び込んできた。
「いたぞ! 奴らだ!」
 言うなり、先頭の一人が矢をつがえてルイズ達に向けてくる。
「食らえっ!」
 問答無用だった。引き絞られた矢が容赦なく放たれる。タバサの風の魔法で狙いは逸れ、カウンターの奥に並べられた酒瓶が砕け散った。
 他の客達が悲鳴を上げて、我先にとカウンターの裏やテーブルの下へ逃げ込む。
 タバサに続いてマチルダが杖を振るう。一枚岩から切り出された一番大きなテーブルの足が折れて倒れ、即席の盾となった。ルイズ達はその裏側へと逃げ込む。
 タバサ、キュルケ、ワルドが魔法で応戦し、先頭にいた数人を倒したが、どうも効果は芳しく無い。
傭兵達は魔法を見てから回避できる、或いは届かない距離を最初の接触で見極めたらしく、戸口や窓の外側から積極的には踏み込んでこない。代わりに矢を雨あられと降り注がせてきた。
これでは顔も出せない。下手に身体を出せば針鼠のようになる。
 それはつまり、魔法の狙いが正確にはつけられず、効果的に使うことができない、ということだ。
「数が多すぎる!」
 力押し、というわけにもいかない。敵の総数も把握しない内から先頭の連中を大技でなぎ倒しても、新手が来たら終わりだ。魔法以外に武器を持たないメイジは、持久戦に持ち込まれて精神力が尽きたら、戦う術が無い。
「わしの店になんの恨みがある!」
 カウンターから顔を出した宿の主人が傭兵達に向かって喚く。
「顔を出すな!」
 フロウウェンがそれに向かって注意を促すが、報われなかった。腕に矢を食らって床に転がり、悶絶する。
 阿鼻叫喚だ。ワルドが肩を竦めた。
「参ったね。これは」
「昨晩の連中。物盗りじゃなかったみたいね」
 傭兵達は明らかに自分達を限定して襲撃を掛けてきている。
「あの人数を動かす資金力から見ても、アルビオン貴族派が裏で糸を引いているのは間違いないな」
「これはちびちび魔法を使わせる作戦ね。精神力が尽きた頃に突撃してくるでしょうね。どうする?」
「ゴーレムを作って防ぐのは?」
 ルイズが言う。誰の、とは言わないが、マチルダの巨大ゴーレムに期待しているのだろう。
 が、マチルダにはギーシュやワルドの前で巨大ゴーレムを見せるつもりは毛頭なかった。ミス・ロングビルとしての顔で取り澄ましたマチルダがつらつらと答える。
「ゴーレムで突撃を防ぐのは難しいでしょう。小さいゴーレムでは人数次第で押し負けるでしょうし、大きなゴーレムは室内で作ったら建物が崩れます。それよりも」
 マチルダが呪文を唱える。『錬金』の呪文だ。机の向こう側の床がそこかしこで斜めに盛り上がって、鋭く尖った石の槍が傭兵達に向かって地面から突き出した。
「こうやってバリケードを作ってやれば、一斉突撃は不可能になります」
「ほう」
 ワルドが感心する。
 離れた場所にあれだけの規模の『錬金』を行うのはかなりの高等技術だ。
土はワルドの専門ではないから正確なところは判らないが、相当才能のあるラインか、トライアングル並の実力がないと難しいと思えた。
 タバサ、キュルケも、呪文の精度を見る限り、かなりの実力者のようだ。あのグラモン家の小僧も、この任務に選ばれたことや血筋を考えれば油断はできまい。
 ルイズの助っ人にやって来たメイジ達は揃って優秀なようだ。これを全員アルビオンに引き連れていくのは避けるべきだ。
「良いかな。諸君。このような任務では半数でも目的の場所へ辿り着ければ、成功とされる」
 その言葉に、タバサが反応する。ギーシュとキュルケ、フーケ、それから自分を杖で指して囮。ワルド、ルイズ、フロウウェンを指して桟橋へと、短く口にした。
「私は今の『錬金』で殆ど打ち止めです」
「じゃあ脱出して桟橋へ」
 タバサの言葉に頷くマチルダ。本当はもう少し余力があるのだが、そこまでしてやる義理は無いと考えていた。
「時間は?」
「今すぐ」
「よし。裏口から桟橋へ向かうぞ」
(……寡兵でありながら戦力の分散、か)
 フロウウェンとしてはあまり賛同できない案であったが、この世界に来て日が浅いのも手伝って、メイジと傭兵の戦力差を正確に把握できているわけではない。
 実戦経験が豊富なワルド、タバサ、キュルケ辺りにはまだ余裕が見られることから、この手勢で撃退する自信があるものと判断するしかなかった。
「で、でも……」
 仲間を置いていくことに抵抗があるのだろう。ルイズがキュルケ達を見やる。
「ま、あたしたちは何しにアルビオンに行くのか知らないしね」
 キュルケは余裕の表情で笑ってみせた。
「ううむ。ここで死んだらモンモランシーや姫殿下には会えなくなってしまうな」
 薔薇の造花を弄るギーシュ。
「行って」
 ルイズ達に向かって頷いてみせるタバサ。
「ギーシュ」
 フロウウェンが、唐突にギーシュを呼び止める。
「なんだい」
「お前は開き直ると強いが、今日は一人ではないぞ。オレとの時のように最後まで戦おうとはするな」
 ギーシュはきょとんとした顔でフロウウェンを見ていたが、やがて言わんとしていることを理解して、少し困ったように笑った。
「そうだね。囮役の男は僕だけになるから、女の子も護らなければいけないしね。貴方も御武運を」
「ああ。キュルケ、タバサも」
「ええ。また今度、今日みたいにお酒でも飲みましょう」
「また。絶対よ」
「あら、ヴァリエール。あたしはおじさまに言ったのよ? ま、あなたもついでだから一緒でもいいけど」
「つ、ついでですって!? い、今は時間が無いから止めとくけど、覚えてなさいよ! ツェルプストー!」
 ルイズが何時ものように怒鳴ると、キュルケは楽しそうに笑う。それから、早く行け、とばかりに手をひらひらと振った。
 ルイズはまた何か言おうと口を開きかけたが、きっと口を真一文字に閉じると、傭兵達の様子を伺う三人の背に向かって頭を下げ、ワルドに続いた。それにマチルダが続く。フロウウェンはデルフリンガーを抜き放って、殿に付いた。
 脱出組に矢が射掛けられるが、タバサの魔法がそれを散らす。
 厨房から通用口に辿り着くと、酒場の方から派手な爆発音が聞こえてくる。キュルケのものだろう。
「始まったみたいね」
 ルイズが唇を噛んだ。
 ワルドは裏口のドアにぴたりと身体を当て、向こう側の様子を探る。
「誰もいないようだ」
 その言葉に、フロウウェンは違和感を覚えた。
 持て余すほど人員がいて、前もってこちらの場所まで特定していながら、包囲がぬるい。当然一斉突撃に備えて裏口からも挟撃されるもの、とばかり思っていたのに。
 どうも都合の良い話だ。待ち伏せする別働隊がいるもの、と見ておくべきだろう。


「じゃあそろそろ始めますか」
「なんだい。それ」
 キュルケとタバサの左肩に人の頭ほどの大きさのある、何かが浮かぶ。
 キュルケの従えるそれはやや流線型で、タバサの方は丸みがあって小さい角と尻尾がついている。
「マグ。ガーゴイルのようなもの」
「ふうん」
「後で貸してあげるわ。仕上げはワルキューレに突撃してもらうから。それよりギーシュ。あなたのゴーレムで、厨房の揚げ物鍋を取ってきてちょうだい」
「お安い御用だ」
 ワルキューレを作り出すと、厨房へと走らせる。何本かの矢が突き刺さって、衝撃で少しよろめいたものの、痛覚のないゴーレムにとっては、矢のようなものでは関節部が破壊されない限り致命的ダメージには至らない。
「よし。取ったぞ」
 キュルケに視線を戻したギーシュは彼女を見て呆れた。手鏡を覗いて化粧なんて直している。
「それを、入り口の連中に向かって投げて?」
「化粧直しなんて、こんな時に随分余裕だね。君は!」
 ワルキューレがギーシュの言葉を合図にするかのように、鍋を放り投げた。
「モテる女はね……余裕のあるものなのよ!」
 キュルケが杖を振るうと、撒き散らされる油が空中で燃え上がり、戸口にいた傭兵の一団と、その周囲へ降り注いだ。
 マチルダの作った槍衾のようなバリケードで突撃をためらっていた所にそれだ。どよめきが起こって、火に撒かれた傭兵達がうろたえる。
 キュルケは机の影から立ち上がり、堂々と、それでいて色気たっぷりの仕草で一礼して見せた。
「さあて。名もなき傭兵の皆々様。不肖ながら今宵の宴席は、この『微熱』のキュルケめがお持て成しさせていただきますわ。心行くまでごゆるりと楽しんでいかれて?」
 一抱えもある火球がキュルケの眼前に生まれる。更に膨れ上がり、女神の杵亭の酒場を煌々と照らした。
 その間も矢がひっきり無しに射掛けられるが、それはタバサによって吹き散らされる。
 ごう、と唸りを上げ、戸口へ向かって火球が飛ぶ。途中で三つ、四つと分裂して、戸口と窓へ着弾し、それぞれ派手に爆発を起こした。窓をぶち破って、通りにまで炎を撒き散らす。
「あっはっはっはっ! マグってすっごいわねえ! これは絶好調って奴だわ!」
 いつもの調子で唱えた呪文の、その会心の手応えにキュルケは高笑いを漏らした。
「よし。僕の出番だな!」
「ヴリトラ! ギーシュの所へ!」
 キュルケの肩からマグが離れて、ギーシュの肩に取り付く。
「お……おおっ!?」
 瞬間、ギーシュは内側から溢れるような力を感じた。キュルケにしてみれば「すこぶる調子が良い」という程度の強化だが、精神力の絶対量が少ないギーシュにとっては、マグの補助が相対的に大きなものに感じるらしい。
 そのまま杖を振るって5体のワルキューレを作り出す。見た目はいつもと変わらないが、割増で装甲の厚みが強化されている。
「なんかわからんがこれはいける! いけるぞ! よーし! お前たち! 突撃! 突撃だ!」
 ギーシュの号令一下、ワルキューレ達が槍を揃えてバリケードを飛び越え、炎を突っ切って傭兵達へと切り込んでいく。
 ワルキューレのパワーも、スピードも、自分のコントロール能力さえも補強されているらしい。火炎を身体に纏った青銅の戦乙女が、手慣れの傭兵達を苦もなく薙ぎ倒していく。タバサの魔法が強い追い風に炎を乗せて、更に勢いを後押しした。
 困ったのは傭兵達だ。矢を射掛けても石のテーブルの裏にいるメイジには当たらない。直接切り込もうにも突き出した石槍のバリケードが邪魔で、人数を頼みに一挙に戦列を進めることができない。
 暴れまわるゴーレムに応戦しようにも、生き物のように操られる炎と熱風に晒されてはまともな反撃すらも困難だった。
 おまけに指揮を取るものはいない。彼らの雇い主である白仮面のメイジは、少し前に傭兵達にこの場を任せてどこかに行ってしまった。
 前列にいた傭兵達は大混乱に陥っていた。大挙して詰め掛けていたのも災いして、下がることもできない。
 傭兵達が総崩れとなって敗走するのに、さして時間は掛からなかった。



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