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IDOLA have the immortal servant-11


「おお……始祖ブリミルよ……なんという……」
 ルイズにラグドリアン湖での顛末を聞かされたアンリエッタは、青褪めた表情で言葉を失っていた。
『アンドバリ』の指輪の能力と、それを操る者。それらを繋ぎ合せれば、アルビオン貴族派の破竹の勢いの裏側にある物が見えてくる。
「―――以上です。指輪の能力故に、姫さまに直接お話するのが最良と判断しました」
「……よく話してくださいました。『アンドバリ』の指輪をクロムウェルが所有しているとなれば、これは……」
 脅威以外の何物でもない。ただ、実際に対峙する前に知ることができた。これは大きなアドバンテージだ。
 少なくとも、ゲルマニア皇帝とガリア王の耳には入れるべきだろう。
 その上で善後策を練るべきだ。このことが明るみに出れば、クロムウェルの求心力は大幅に低下する。
「姫さま。わたしはこの事を何とか逆手にとって、アルビオン王家の人々を救えないものかと思案していました」
 フロウウェンの言う通り、ここまで傾いた天秤を一朝一夕で覆すのは難しい。
「死して後、意に反して顎で使われるなど屈辱の極み。このことをアルビオン王家に知らせ、亡命を勧めてみるということも考えたのですが……」
 アルビオン王族の死体ですら、貴族派……いや、クロムウェルに利用される可能性が高い。というよりも間違いなくそうするだろう。
「亡命……ですか」
 アンリエッタは泥を吐くように言葉を紡いだ。ルイズもまた理解していた。アルビオン王家の者を匿ったとあらば、貴族派は大義名分を得てトリステインを次の標的と定め、意気揚々と乗り込んでくるだろう。
 アンリエッタの決断一つで、ともすればトリステインを戦争に導くことになる。懐かしい旧友との思い出話から一転。とんでもない話になったものだ。
 アルビオンの貴族派はハルケギニアの統一と聖地の奪還を謳っている。実際は戦うのが早いか遅いかの違いでしかないが、そこがトリステインの命運を分けるのだ。
 各国と連携して迎え撃つにせよ、アルビオンに封じ込めるにせよ、準備の時間はどうしても必要だった。だからこそのゲルマニア皇帝との婚約なのだ。
 ただ、アルビオンに封じ込めておくというのは、『アンドバリ』の指輪のことを考えると不安が残る。クロムウェルを打倒し、その手から指輪を奪わねばならないだろう。
「わたくしは……」
 何のかんのと理屈を捏ね回しているが、自分の心の内は解っているのだ。王党派が敗れれば、皇太子ウェールズの亡骸と心は、指輪の力によって涜神されるだろう。そんなことをされても、自分は今しているように静観できるだろうか。
 元より、指輪のことがなかったとしても、アルビオン王家……いや、皇太子ウェールズを助けたいというのが偽らざる本音なのである。
 それは、国家の大事と己の恋心からくる執着を天秤にかけているということだ。それにもとっくに気が付いていた。
 アンリエッタはそんな自分の矮小さを呪っていた。それでも尚、愚かしいと知ればこそ想いは強くなっていく。
 自分は公平にも冷静にもなれないという理解も手伝ってか、アンリエッタには亡命を勧めることを諦めるでも決断するでもなく、ただ答えを出すことを留保してきたのである。
 だが、追い詰められたアルビオン王家には時間そのものが無い。そして、時間が無くなったのは自分とトリステインも同じだ。
 マザリーニの献策は客観的に見れば上策だろう。ただ、それには一つ障害になるものがあった。自分がウェールズに送った恋文だ。
 だから―――
(だからわたくしは、自分の決断が齎す結果が怖くて、マザリーニに全てを任せてしまうというの? トリステイン王家には杖が無い? それは他ならないわたくしが、マザリーニに頼り切っているからではないの?)
 アンリエッタは唇を噛む。
「……ルイズ。わたくしはゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのです」
「ゲルマニア! あんな野蛮な成り上がりどもの国に!?」
「仕方が無いのです。アルビオンの貴族派からトリステインを護る為には、早急にゲルマニアと結ぶ必要があった。トリステインは単独で貴族派と戦うのは難しい情勢なのですから」
「そう、だったんですか……」
 優しげな笑みを浮かべるアンリエッタだったが、それが余計にルイズの目には悲しそうに見えた。
「アルビオンの王家に亡命を勧めるのは、時間的な猶予をトリステインから奪い去ってしまう。ですから、彼らを見殺しにするしかないのかと諦めていました。けれど……」
 アンリエッタの表情から笑みが消える。何かを決意したかのような表情だった。
「指輪のことを知っていると、あの恥知らずで卑怯者の司教に伝えてやりましょう。
彼個人への揺さぶりで、判断を遅らせ、幾らかの時を稼ぐことができると思います。恐らく、彼らの掲げる貴族議会すらもクロムウェルの傀儡でしょうから。その間に、各国にこれを知らせ、軍事連合を組みます」
「……姫さま。それでは、姫さまの御身に危険が」
 ルイズの顔が青くなる。
 それもルイズは手の一つとして考えてはいたのだ。確かに多少の時間は稼げるだろう。しかし、そうした時にクロムウェルがどういう手に出るだろうか。
 クロムウェルも馬鹿ではない。こちらが何時指輪の情報を得ていたか判らない以上、まずは既に各国諸侯に知れ渡っているものという仮定するだろう。
 だが実際は、噂という形ですら指輪のことが自分の耳に届いてこない。であるなら情報を入手したばかりで公表されていない段階と判断し、情報の拡散を防ぐ意味で早急にアンリエッタの暗殺か誘拐という手に出るはずだ。
 何せ、暗殺の対象となるアンリエッタでさえ、殺しさえすれば火消しに利用できるのだ。『アンドバリ』の指輪はそんな後ろ暗い使い方をするのにも、非常に有用だった。
 それはそのまま、誰であれ、おいそれと信用はできないということも意味する。生前に二心は無くとも、死者になれば、もうその者の意思は関係が無い。
 アンリエッタは暫し黙考した後に、言った。
「そうですね。わたくしの身辺警護には平民の者を用いることにしましょう」
「平民……ですか?」
 目を瞬かせて、ルイズはアンリエッタの言葉を反芻する。
「そうです。平民にディティクトマジックをかければ、普通は何の反応も示さないでしょう。
しかし、指輪の力で動いているならば或いは……いえ、先住の力を感知できなかったとしても、いざと言う時は、このわたくしの身一つでも抵抗できるでしょうから」
「なるほど……」
 ルイズは素直に感心した。
 指輪の力で護衛そのものを刺客としたとしても、メイジであるアンリエッタには抵抗の手段が残されている。直接手を出しにくいという状況を作れる。
 元より、近衛の護衛は時間をほんの少し稼げれば良いのだ。それだけで他の味方が駆けつけ、暗殺や誘拐の成功率は格段に下げることができる。
「後は、誰をアルビオン王家に亡命を勧告する大使として遣わすか、ですね……」
 アンリエッタは独りごちた。
 諸侯に指輪の存在をすんなりと信じさせる為にはアルビオン王党派の協力が必要であった。誰がどのように裏切りをしたか、その不自然さを説いてもらう必要がある。
 その点から言えば、当事者たる王党派には心当たりがある。それ故、彼らに指輪の実在を信じさせるのは苦労しないであろう。
 いずれにしても指輪の存在を大義名分として反貴族派の軍事連合を組むならば、王党派の協力は不可欠と言えた。
 つまりアンリエッタの策は、王党派の亡命と協力が前提となっている。アルビオンへ遣わす大使が、この策の成否を分けるのだ。人選は慎重を期す必要があるだろう。
 昼間会話をした、ワルドという貴族はどうだろう。すぐにでも命を下して動かすことができる。その力量はマザリーニも認めるところだ。
「ヒース……」
 ルイズは困ったようにフロウウェンに視線をやる。
 フロウウェンは静かに頷いた。彼女がそう言い出すであろうことは既に予想がついていたからだ。
「ルイズの思うようにするといい」
 少し意外そうな顔で己の使い魔の顔を見返すも、やがてルイズも大きく頷き返した。そして、アンリエッタに向き直り、言う。
「姫さま。その役目は是非、このわたしに」
「何を言い出すのです! アルビオンは内戦の只中なのですよ!」
 ルイズが実力者だというならアンリエッタも手放しで任せただろう。しかし、アンリエッタはルイズのメイジとしての力量を耳にしたことが無い。ルイズが自分から申し出るまで候補になどとは考えていなかった。
「危険は承知の上です。姫さま。『アンドバリ』の指輪がある以上、誰が敵と通じているとも分かりません」
「それは、確かにそうですが……」
 その点で言うならルイズには確かに問題がない。
 まず、脈絡なく『アンドバリ』の指輪などという突拍子のないマジックアイテムを持ち出して、ルイズが自分を騙す理由が無い。現実味の薄い話だからこそ、彼女の言っていることに偽りは無いと思えた。
となれば、その忠誠にも偽りが無いということだ。
 そして指輪の話が真実であったとするなら、ルイズが操られている可能性は限りなく低い。そうであるなら「指輪をクロムウェルが所有している」という、貴族派最大の弱点を自分に明かす必要性がないからだ。
 ともあれ、ルイズは腹芸の類を一切使っていない。
 それは宮廷で育ち、必要とあらば自分も行使することを厭わないアンリエッタにしてみれば、俄かには信じられないことだ。
 困難な任務ということを百も承知で、自分から志願するというのは驚きと共に尊敬と信頼に値するものだった。
 そういえばそうだった。昔からこういう真っ直ぐな子だったはずだ。アンリエッタは眩しいものように、ルイズを見やる。
「……わかりました。あなたの忠誠を信じます。わたくしの為……いえ、トリステインとハルケギニアの安寧の為に、アルビオンに向かってくださいますか?」
「一命にかえても」
 ルイズは再び恭しく跪いて答えた。
「失礼ながら、少々よろしいか」
 その時、フロウウェンが静かな声で言った。
「何でしょうか?」
 フロウウェンはアンリエッタの問いかけに答えず、そっと壁沿いに部屋の中を進むと、おもむろにドアノブに手をかけ、勢いよく内側へと開け放った。
「うわあっ!?」
 身体の支えを失って、何者かが部屋に転がり込んで来る。
「……何かと縁があるな」
 鍵穴から漏れる廊下の明かりが遮られていた。誰かが扉の前で聞き耳を立てていると判断したのだが、正解だったらしい。
 しかし、その者を見るなりフロウウェンの緊張は解けて、苦笑いを浮かべていた。部屋の中に転がり込んできたのがギーシュ・ド・グラモンだったからだ。 
「ギーシュ!? あんた今の話を立ち聞きしてたの!?」
「ふっ。薔薇のように見目麗しい姫殿下をお見かけしたが、共の者を連れていなかったから、これは大事があってはいけないと、陰からお守りしようとしていたのだ。いや、僕のことよりも……」
 ギーシュは立ち上がると、芝居がかった口調と仕草で言う。
「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけくださいますよう」
「え? あなたが?」
「姫殿下のお役に立ちたいのです」
 またモンモランシーと揉め事の種になるだろうな、と、ルイズとフロウウェンは揃ってそう思った。だがギーシュは女にだらしないが信念には正直だ。そういう点では信頼していい人物と言える。
「グラモン? あのグラモン元帥の?」
「息子でございます。姫殿下」
「あなたも力になってくださるの?」
「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう望外の幸せにございます」
 ギーシュの言葉にアンリエッタは微笑んだ。
「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるのね。ではお願いしますわ。ギーシュさん」
 その言葉と笑みだけですっかりギーシュは舞い上がってしまったらしい。
「姫殿下が! 姫殿下が僕の名前を呼んでくださった! トリステインの可憐なる花が! 薔薇の微笑みの君が僕に! この僕に微笑んでくださった!」
 そのままギーシュは後ろに倒れてしたたかに頭を打ち、幸せそうな顔を浮かべたまま失神した。
 ルイズはギーシュの奇行も見慣れているのか、咳払いを一つすると真剣な声で言う。
「では明日の朝、アルビオンに向かって出発することにします」
「王室の方々はアルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます」
「了解しました。以前姉たちとアルビオンを旅したことがございますので、地理には明るいかと存じます」
「どうかくれぐれも気をつけて。アルビオンの貴族たちは、貴女方の目的を知ったらどんな手を使ってでも妨害しようとするでしょう」
 アンリエッタは机に向かうと、ルイズの羽ペンと羊皮紙を使って手紙をしたためる。
 そして手紙を巻くと、杖を振るった。たちまち封蝋がなされ、花押が押された。
 その手紙は二通。片方をルイズに手渡し、言う。
「これをウェールズ皇太子に」
「プリンス・オブ・ウェールズ? あの凛々しき王子さまにですか?」
 ジェームズ一世ではないのだろうかとルイズが首を傾げると、アンリエッタが答える。
「ウェールズ皇太子はわたくしが以前したためた手紙を所有しているのです。あの手紙はゲルマニアとの同盟の妨げになるもので、それも手元に取り返さねばなりません。ですから、この手紙はウェールズ皇太子に。
もう一通のこちらは、その件の手紙の代わりに、クロムウェルが見つけるであろう手紙ですわ」
 悪戯っぽくアンリエッタは笑う。
「少しは卑怯者への意趣返しになるでしょうか。吉報のつもりで人の秘密を覗き見たつもりが、そこには自分の秘密が記されていた、なんて」
 そういうことか、とルイズも笑みを浮かべた。
 それからアンリエッタは右手の薬指から指輪を引き抜くと、それをルイズに手渡してきた。
「これはあなたに。母君からいただいた『水のルビー』。せめてものお守りです。お金が不安なら、売り払って旅の資金に充ててください」
 ルイズは深々と頭を下げる。
「この任務にはトリステインとアルビオンの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように」
 アンリエッタはルイズの手を握り、それからフロウウェンを見やる。
「どうか、わたくしの友のことをよろしくお願いします。頼もしい使い魔さん」
「この老いぼれで良ければ全力を尽くしましょう」
 フロウウェンは一礼すると、言った。
「姫殿下。一つ提案がございます」
「なんでしょうか」
「まずは……この指輪をご覧下さい。これは遥か東、ロバ・アル・カリイエに伝わる魔法の品。『アンドバリ』の指輪には遠く及びませんが、変わった力を持っています」
 フロウウェンが手にしている指輪は、水の精霊の話を聞いて、彼が提案したものだった。『アンドバリ』の指輪の話からヒントを得たものだ。
必要に迫られてやむなくテクニックを使ってしまった時の「言い訳」として、この指輪の力でテクニックを行使したのだ、と主張する腹積もりでいるのだ。
 因みにルイズもフロウウェンの薦めで、人前でグランツを使ってしまった時の為に同じような指輪を手に入れている。
実際はディティクトマジックを掛けられた時の為にわずかな魔力が込められているだけの、安物の指輪なのだが。
 しかし、ここでそれを言い出すということは、テクニックを用いて何かするつもりなのだろうか。
「中庭までご足労願えますか。その力をお目にかけましょう」


「姫殿下!?」
 自分の寝泊りする部屋へと戻る道すがら、アンリエッタはそんな声に呼び止められた。
 周囲を見回して、大きな翼が羽ばたく音を聴き、上空に声の主を見つけた。
「あなたは……」
 声の主は、グリフォンに跨ったワルド子爵であった。
「殿下。供の者はいかがなされました?」
「わたくしに所用があったのです。彼らに責はありません」
 失敗した、とアンリエッタは内心で思った。フードを被り直すことも忘れていた。それほどに、さっき見せられたものが物珍しかったからだ。
 とはいえフードを被っていたら、不審者として呼び止められ、詰問を受けていた所だ。
「承知しました。このワルド。今夜のことは決して他言は致しませぬ」
 グリフォンから下りて、ワルドは恭しく膝をつく。
 そんなワルドを見ている内に、先程はワルドに使者を任せようかと思っていたことを思い出す。
 友を政情の不安定な内戦真っ只中のアルビオンに送り込もうというのだ。
大人数を都合することはできないが、布陣は可能な限り強力な方が良いに決まっている。そこで、ワルドが信頼に足るかどうか、少し探りを入れてみることにした。
「……あなたの領地はラ・ヴァリエール公爵領の近くだと聞き及びましたが」
「ラ・ヴァリエール公爵領は隣地です。殿下」
「そうだったのですか。では、公爵夫妻とも面識が?」
「よく存じております。私事ですが、父親同士の口約束でラ・ヴァリエールのご息女と婚約もしている身の上です」
 ワルドは苦笑いを浮かべた。
「まあ! それは素敵なことですわね。お相手はカトレア様?」
「いえ。ルイズ嬢です。殿下」
「そうですか。ルイズの婚約者……なるほど」
 アンリエッタの口元に笑みが浮かぶ。これならば行けるかもしれない。
「ワルド子爵。あなたの忠誠と腕前を見込んで、頼みたいことがあるのです」
「なんなりとお申し付け下さい。殿下」
「明日、あなたの婚約者のルイズと、白の国アルビオンに向かってはもらえませんか。道中のあらゆる危険から、彼女の身と、彼女に持たせた手紙を守って欲しいのです」
 ワルドは一瞬驚いたような顔になるが、すぐに表情を戻すと恭しく応えた。
「はっ。仰せのままに」
 忠臣を装い答えるが、内心は笑い転げたい気持ちでいっぱいだった。
 レコン・キスタは、アンリエッタが密かにウェールズに送ったという恋文を探している。
どういう経緯を経てその情報を得たものかワルドは知らなかったが、オリヴァー・クロムウェルの、あの『虚無』の力であれば、アルビオンの忠臣からそれを聞き出すのも造作のないことだろう。
 この時期に、アルビオンに向かえなどというのは余程の事情だ。アンリエッタがアルビオンに使者を遣わすのならば、理由は十中八九それだ。
あのルイズを使者にしたのは解せないが―――と思い差して、ワルドは心の内で首を横に振った。
 そう言えばトリステイン魔法学院の女生徒が『土くれ』のフーケを追い詰めて、その手から宝を取り戻したのだと噂になっていた。
 その女生徒の中に、ワルドはルイズの名を聞いた。なかなかどうして彼女もやるものだ。恐らくはアンリエッタも、その噂を聞いてルイズに任せようと思ったのでは無いだろうか。
 或いは幼馴染であるアンリエッタのことだ。自分のようにルイズの未知数の才能に目をつけていてもおかしくはない。
 しかし両親に叱られて泣いてばかりいた、あの小さな少女が『土くれ』を追い詰めるほどに成長するとは、とワルドは笑う。
 自分もフーケを探していたのだが、どうにも尻尾を掴ませなかったのである。
 そう。レコン・キスタからは、近年トリステインを騒がしている、フーケと名乗る盗賊との接触を命じられていた。
 何でも彼女の本名はマチルダ・オブ・サウスゴータという名で、アルビオンを追放された貴族なのだとか。アルビオン王家の罪業を象徴するような存在だ。レコン・キスタにとっては政治的な利用価値が高い、ということだろう。
 つい先日、この魔法学院にも現れたらしい。惜しい所で本人には逃げられたということだ。どうせなら捕らえていてくれれば自分の仕事もやりやすくなっただろうに。
 やりかけの仕事が残っているというのは残念だが、それよりもこれは重要な任務となるだろう。
 レコン・キスタの走狗としてスパイを続けてきたが、風のスクウェアたる自分の武勇もレコン・キスタに見せ付ける、絶好の機会が訪れたという事だ。
 しかも、婚約者のルイズと一緒に、と来たものだ。いや、アンリエッタがルイズを信頼して使者としたからこそ、その婚約者である自分も、今日昨日顔を覚えられたばかりのアンリエッタに信頼されたのだろう。
 いよいよ自分にも運が向いてきたらしい。
 お前はよくよく素晴らしい婚約者だよ、ルイズ―――。
 アンリエッタに跪くワルドの口元には、三日月のような笑みが張り付いていた。


「……ヒースは止めるかと思ってたわ」
 アンリエッタと別れて部屋の中に戻ると、ルイズが言った。
「行きたがっているのが傍目から見て分かったからな」
「う……」
 理想を信じてひた走るのは若さ故だ。それを悪いことだとフロウウェンは思わない。己にもそんな時分があったのだし、誰かの為に何かを為したいという理想や情熱があったからこそ軍に身を置いたのだ。
 そんな自分が、ルイズを止める理由などない。ルイズは戦いに赴くわけではないし、何より自分で考え、その上で決断したことだ。彼女の未熟は、自分の経験が補えれば良い。
「ルイズはトリステイン王家に仕える貴族。ならば臣下として務めたいというのを止めるわけにもいくまいよ」
「うん……」
 自分の行動や考え方を肯定してくれているというのがルイズは嬉しかった。
 嬉しいのだが、素直に喜べない。
 タバサやキュルケのようにトライアングルだったら……いや、せめて自分がラインにでも達していたなら、無力なままで行動を起こそうとすることに引け目を感じなかったのだろうか。
 グランツは使えるようになった。そこから四大魔法を使いこなす為に自分の力を制御する為の訓練を重ねているが、相変わらず系統魔法はからっきしで、依然メイジとしては『ゼロ』のままだ。
「一つだけ、約束してくれるか? フーケの時のような無茶は絶対にしないこと。勝手な行動は自分だけでなく、仲間を危険に晒すということを忘れるな」
「わかったわ」
 唇を噛んで小さく頷くルイズに、フロウウェンも頷き返した。


 朝靄の中、ルイズ達は馬に鞍を取り付けていた。フロウウェンの姿は人目を引かないように、ということで執事の格好である。デルフリンガーも布で包んでおり、傍目からは貴族に付き従う使用人の姿だった。
 ルイズは何時もの制服姿に、乗馬用のブーツという出で立ちだ。かなりの距離を馬で移動するつもりらしかった。
 マグも持ってきているが、それはフロウウェンに預けている。
「僕の使い魔を連れて行きたいんだけど」
 旅の用意をしていると、ギーシュが言った。
「オレは構わないが」
「いいけど、どこにいるのよ」
「ここ」
 二人の言葉に、ギーシュが地面を指差す。
「いないじゃない」
 ルイズの言葉に、ギーシュはにやっと笑い、爪先で地面を叩く。すると、土が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。
「ヴェルダンデ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」
 それは小型のクマほどもある巨大なモグラだった。その生き物を抱き締めてギーシュが頬擦りする。
「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」
「そうだ。ああ、ヴェルダンデ。君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうほどね。どばどばミミズはたくさん食べてきたかい?」
 ヴェルダンデは嬉しそうに鼻をひくつかせてそれに答える。
「そうか! そりゃよかった!」
「ねえ、ギーシュ。その生き物、地面の中を進んでいくんでしょう?」
「そうだよ。ヴェルダンデはモグラだからね」
「わたしたち馬で行くのよ?」
「平気だよ。結構地面を掘って進むの早いんだぜ。なあ、ヴェルダンデ」
 首を縦に振るヴェルダンデ。
「地面を掘り進んで馬に着いていけるのか。かなりのものだな」
 呆れたようにフロウウェンは呟く。
「何言ってるの。アルビオンに行くのよ。地面を掘って進んでいく生き物なんて、ダメよ」
「……空に浮かんでいるのだったか。しかし、この使い魔は優秀だと思うが」
「いやあ、ミスタ・フロウウェンは話せる! そうだとも! ヴェルダンデは可愛いだけでなく、とても賢いんだよ!」
「優秀って……ちょ、ちょっと!? きゃあ!?」
 ヴェルダンデは鼻をひくつかせると、いきなりルイズに圧し掛かった。
「や! ちょ、ちょっと! どこ触って! くすぐったいったら!! やめなさい!」
 モグラの鼻で身体のあちこちを突付きまわされて、ルイズは堪らずに悶えて暴れた。
「これは……なんというか芸術的だね」
 それを見て、感慨深そうに悠長なことを言うギーシュ。
「こらこら」
 見かねたフロウウェンがヴェルダンデの前足を抑えると、やっとのことでルイズはヴェルダンデの下から這い出す。
「懐かれたんじゃないかい? ルイズ」
「嬉しくないわよっ!」
 ヴェルダンデはそれでも名残惜しそうに、ルイズの身体を鼻で嗅ぎ回った。やがて、ルイズの右手に光るルビーを見つけると盛んにその指輪に鼻を摺り寄せようとする。
「え? こ、この指輪? ダメよ! これは姫さまに頂いたものなんだから!」
 指輪を庇うようにルイズが右手を後ろにやると、ヴェルダンデもそれを追おうとする。
「なるほど。指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね。いつも貴重な宝石や鉱物を僕の為に見つけてきてくれるんだよ」
 ヴェルダンデを抑えながらギーシュの話を聞いていたフロウウェンだったが、ふと上空を見上げた。
「グリフォンじゃないか。誰の使い魔だい?」
 フロウウェンの視線を追ったギーシュが言った。その幻獣の背には何者かが跨っている。その人物が、いきなり宙に飛んだ。
 マントを風に翻しながら中空で一転すると、鮮やかに地面に降り立ってみせた。
 羽帽子を被った、凛々しい顔つきの貴族だった。
「ワルドさま……!?」
 ルイズが驚いたような声を上げた。
「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」
 人懐っこい笑みを浮かべて、男はルイズに駆け寄ると、その身体を抱え上げた。
「お久しぶりでございます」
 はにかんだような笑みを浮かべて、ルイズが答える。
「相変わらず軽いな、きみは! まるで羽のようだね!」
「……お恥ずかしいですわ」
 ルイズを地面に降ろすと、ワルドはギーシュとフロウウェンに向き直る。
「姫殿下よりきみたちに同行することを命じられてね。お忍びの任務ゆえ、一部隊付けるわけにもいかない。そこで僕が指名されたってワケだ」
 そうして、羽帽子を取って一礼する。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵だ」
「魔法衛士隊! それは心強いね!」
 魔法衛士隊はトリステイン貴族の憧れである。それはギーシュも例外ではないらしい。
「彼らを紹介してくれたまえ」
 帽子を目深に被り直しながらワルドがルイズに問う。
「ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のヒース……ヒースクリフ・フロウウェンです」
 二人はルイズからの紹介を受けて、ワルドに一礼した。
「ルイズの使い魔が人とは思わなかったな」
 ワルドは気さくな笑みを浮かべて、フロウウェンに近付く。
「僕の婚約者がお世話になっているよ」
「こちらこそ。ルイズに婚約者がいたとは初耳だ」
「お互いの親同士の口約束だけれどね」
 かなり鍛えられた体付きをしているのが、衣服の上からでも解る。グリフォン隊の隊長だと言っていたし、相当な腕利きをアンリエッタは助っ人に寄越した、ということだろう。
ルイズの婚約者という立場ならば、任された理由にも納得が行く。
 ワルドが口笛を吹くと、空を旋回していたグリフォンが舞い降りてくる。ひらりとそれに跨ると、ルイズに手招きした。
「おいで、ルイズ」
 ルイズは気恥ずかしいのか、暫くもじもじとしていたが、やがてワルドに抱きかかえられて、グリフォンに跨った。
 ワルドは手綱を握り、杖を掲げると高らかに叫ぶ。
「では諸君! 出撃だ!」
 グリフォンが駆け出す。雰囲気に酔い易いギーシュが、感動した面持ちでそれに続く。フロウウェンも馬に跨ると一行に続いた。
 ……少しだけ、フロウウェンにはワルドの瞳が気にかかった。
 鷹のように鋭い眼光を湛える瞳に、本心からの笑みを浮かぶことがなかったからだ。婚約者のルイズに向ける笑顔でさえ、その瞳は氷のようなままで、変わらなかった。
 覇気に満ちている若者は嫌いではない。だが、それにしてもワルドのそれは野心的に過ぎた。


 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見詰め、祈っていた。
「彼女たちに加護をお与えください。始祖ブリミルよ……」
 隣ではオスマンが鼻毛を抜いている。
「見送らないのですか? オールド・オスマン」
「ほほ、姫、見ての通り、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますでな」
 おどけたオスマンの仕草に、アンリエッタは首を横に振った。
「トリステインの……いえ、ハルケギニアの未来がかかっているのですよ? 何故そのような余裕の態度を……」
「すでに杖は振られたのです。我々にできることは待つことだけ。違いますかな」
「そうですが……」
「なあに。彼ならばやってくれるでしょう。姫さまも、ご覧になったのでしょう?」
「……ええ」
 オスマンにも話を通していた。昨夜見た、指輪の力。
 何とも不思議な老人だった。
「フーケから宝物を取り返したのも彼の力によるところが大きい。どこかの星から来たというだけに、姫が昨晩目にしたものを含めて、色々隠し玉があるのでしょうな」
「星? 彼は星から来たのですか?」
「……そう申しておりました。ま、よく知らんのですがの」
 喋りすぎたことをオスマンは察した。王室に全てを話すのは時期尚早というものだ。
 学院長室の扉がノックされる。オスマンが入室を促すと、フーケが書類の束を抱えて入ってきた。書類を机に置くと、窓際のアンリエッタに気付いて恭しく礼をする。アンリエッタはそれに応えると、再び物憂げな顔で窓の外を眺めた。
「ならば、わたくしは星に祈りましょう」
 そうしてアンリエッタはまた祈り始めた。
 フーケはアンリエッタの視線を追って、そこにルイズ達の姿を見る。アンリエッタの思いつめたような表情から、一流の盗賊の勘で何かあったと鋭敏に感じ取ったらしい。
(……あのグリフォン……魔法衛士隊か? それが揃ってお出かけとはね。あの男も一緒、か)
 魔法衛士隊に命令を下せるのは大后マリアンヌ、王女アンリエッタ、枢機卿マザリーニぐらいのものだ。アンリエッタの切羽詰った表情から、単なるお使いなどではないことは容易に想像がつく。
 いずれにせよ、自分には関係のないことだ。
 ただ少しだけ、あの使い魔のことが頭をよぎった。
 先日の惚れ薬で酔っ払っていた時の行動や言動は、何から何まで不本意だったが、一つだけ目を醒ました今でも変わらない印象がある。
 あの男は自分の父親に似て、不器用なお人好しだ。
 それが、あの男にとって災いにならなければいいのだが。
 貴族は嫌いだが、あの男は貴族ではない。だから、無事に帰ってくることぐらいは、あの無垢な姫のように祈ってやってもいいか―――
 フーケは一瞬思い差して、祈りなど自分の柄ではないと心の内で自分を嘲り笑う。そして学院長室を退出した。
 それから、昔最後に無事を祈った相手は、父親その人だったのだと、フーケは忌々しそうに舌打ちをした。



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