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鋼の使い魔-26


 コルベール研究塔前から飛び出して、エレオノールは脱兎の如く走る。その片手にはルイズの首根を掴んで。
 ルイズに折檻していたエレオノールにギュスターヴが何とはなしに咎めると、エレオノールがビクッと震えて走り出したのである。
 走って走って建物を駆け昇り、エレオノールはルイズの部屋に飛び込んだ。
「はっ、はっ、はっ……」
「きゅう~」
 投げ出されたルイズはベッドに倒れこんで目を回していたが、さもありなん。
 そんな様で、ルイズとエレオノールが話を出来るようになって、ギュスターヴが部屋に戻ってくるまで、たっぷり10分は無駄に慌しく時間は流れたのであった。
(あぁ…あんな…傭兵のような荒々しい風情に磨き上げたエメラルドのような澄んだ佇まいの殿方がいるなんて…しかもそれがちびルイズの使い魔なんて!)
 エレオノールは悶々と。
(頭がぐるぐるする…姉さまが走って…私は捕まって…ああ~ぐるぐるするぅ…)
 ルイズは昏倒して。
(あれがルイズの姉か…全寮制の学舎にやってくるんだから野暮用ではあるまい。ましてやルイズは大貴族の列席だというのだから…)
 そしてギュスターヴは黙考して、ルイズの部屋で談話が始まる。



 ルイズの部屋にギュスターヴが戻ってくると、四方山話の最中でエレオノールの視線がギュスターヴへ流れていく。ギュスターヴは静かにルイズの傍に立ち、
外を半目で眺めながら二人の会話を記憶に留めようとしていた。その様がエレオノールには静林のテラスで憂う紳士に見えた。
「あのぉ…姉さま、聞いてます?」
「へ?…ぁ、コホン。聞いてるわよ。ツェルプストーの小娘の一件はとりあえず、貴方の言い分を飲んでおくわ」
 ルイズは実は先ほどから延々と「キュルケなど学友でもなんでもない。勝手に声をかけ、あまつさえ使い魔にちょっかいを出し…」と、言い訳なんだか
釈明なんだかわからない話を続けていたのだ。
(どう言い繕っても十分学友だと思うのだが…)
 恐らく本気で宿怨の敵、などとキュルケの一族は思っちゃいないだろう。国内で鉄火を時に交えながら合従や分散をしているらしい帝政ゲルマニアなら
恋人を掠め取られたなんて仲は安いものだ。無論、隣り合う別国なら戦も構えただろうが、敵視してるなら留学などするまい。と、ギュスターヴは考えていた。
「でもルイズ。私は今日は遊びに来たんじゃないの。貴方宛てに殿下から預かり物があります」
「アンリエッタ殿下から?」
 傾げるルイズの目に、エレオノールは鞄から旧い装丁の本を取り出した。木板と厚紙、さらに上から皮を張った丈夫な装丁の本。にもかかわらず、
厚い装丁は年月を経てくすんで、何人もの手を介したことが判る、飴色の光沢を持っていた。影に翳すと、箔押しの題字が薄らと水色に光る。
「勿体無くも貴方に婚儀で祝詞を詠う祝いの巫女役を命ぜられたわ」
「わ、私が?!」
 王族の婚儀への参加、しかも特別の役を与えられて。
 それがどういう意味か判らないイズではなかったし、傍らのギュスターヴも耳を欹てた。
「覚え目出度いことに二代続けてラ・ヴァリエール家の人間が婚儀の巫女をされたのよ。これがどういう意味か貴方も判っているでしょう」
「わ、私が…巫女役を…」
 ルイズは見るからに諤々と震えていた。顔は凍土のように強張り、冷や汗が張り付いて青くなっている。
「エレオノール女史。一つ質問してもよろしいかな」
「は、はい?な、なんでしょう?」
 エレオノールは目の前の固まりきったルイズがまるで居ないかのように肩が浮いてしまった。
「先ほど『二代続けて』と言っていたが、そのくだりを自分にも判る様にお教えして頂きたい」
「は、はぁ。…今より凡そ20数年前、現在女王として玉座におわしますマリアンヌ陛下がトリステインの王妃として、アルビオンから渡ってきた
亡きジェームズ一世の弟君と婚儀を交わした時。私とルイズの母親であるカリーヌ・デジレは、既にラ・ヴァリエール公夫人となっていたのですが、マリアンヌ様との
ご親交の篤さから巫女役を命ぜられた、という経緯があるのです」
 ギュスターヴの与り知らぬ話であるが、カリーヌ・デジレという人物はトリステイン史に幾重にも名前を残す人物である。
今でも王宮官庁の重鎮らはカリーヌの名と功績に敬意を払っている。
 歴年の重臣の一族。中央政治に名を残す女性の娘が、二代続けて役を拝命される…。
 貴族足らんと常に自分に課しているルイズであっても、それは実に重くのしかかっているのだった。

「ルイズ」
 振り向いて声をかけたエレオノール。その声でルイズの肩が跳ねた。
「貴方はこれから、この『始祖の祈祷書』を婚儀まで肌身離さず持ち歩きなさい。式では祈祷書にある祝福と祝祭の祝詞を諳んじる。それが巫女の仕事よ」
 そういってエレオノールはルイズの両手に祈祷書を渡す。祈祷書はしっかりした装丁と、込められた重責でずっしりとしていた。
「これが『始祖の祈祷書』…」
「そんなに大事なものなのか」
 ギュスターヴにとって名家の家宝といえば珍品名品のグヴェルしか知らないので、目の前の旧い本を珍しげに見ていた。
「始祖ブリミルが祈りを捧げた際に唱えた呪文や訓戒が記されている物よ。物なんだけど…」
 言ってルイズは静かに祈祷書を開いた。古書特有の紙の匂いがほのかに、開かれた面は色褪せの感漂う白紙であった。
「…白紙じゃないか」
「…トリステイン王家の所有する『始祖の祈祷書』は、知られる限り世界で最も旧いものです。ですが、一字の文字も記されていないことで知られているのです」
 エレオノールは少し苦しそうに話す。

 世に『始祖の祈祷書』と名の付く品物は数多ある。贋物でも出自の知れたものは元より、真贋定かならぬものはそれこそ星の数ほどあるという。
歴代のロマリア教皇府が制定する始祖の教えは何処まで遡っても変化し続けており、歴代教皇の制定する祈祷書や、それの注釈書を並べるだけで
巨大な図書館が出来上がってしまうだろうという。
「というわけでルイズ。貴方はこれから婚儀で諳んずる詩を作りなさい」
「え、えぇー?!」
 厳かな場で、失敗しては絶対いけない場所で、自作の詩を披露しろ。
 いかなルイズとて、それは無理な要求だと言いたくなったが、エレオノールはそれを無視して鞄からまた、なにやら別の本を取り出した。
祈祷書がルイズの両手に余るほどならこちらは片手に収まるもので、同じデザインのされた2冊の本だった。
「参考になるように歴代の祝詞を編纂した詩集を置いていくから。あとオールド・オスマンにも話を通してあるから、相談にも乗るでしょう。
あの人はあれでもトリステイン有数の頭脳なのだから」
「は、はい…」
 病人のように萎えはじめているルイズに、エレオノールは続けた。
「これはアンリエッタ王女殿下直々のご指名なのよ。光栄に思いなさい」
「殿下、直々…」
 アンリエッタの名前がルイズの気骨を立てていく。恋人を失い、国と民のために一人孤独にたたずむアンリエッタの姿がルイズの脳裏によぎった。
 アンリエッタはかけがえなき友人だ。例え望まぬものかもしれなくても、言祝ぎ、未来の希望を願うのが友人であり、臣下の義務であるべきだ。
 ルイズの心にぐっと火が入っていく。
「判りました。…しっかりお勤めを果たして見せますわ。姉様」
「当然よ。…時間も時間だし、私はもう王都に帰るけど、学業をおろそかにしているようだとお母様に報告するから」
「は、はぃ…」
 母を出されてルイズは再び青くなるのだった。



「そ、それと…」
 盗み見るようにエレオノールはギュスターヴに視線を向けた。その様はきりっとした容貌とは裏腹に挙動不審である。
「あ、貴方」
「…自分が何か」
 聖堂の大釣鐘のように響いている――と、エレオノールは感じていた――ギュスターヴの声に当てられそうになりながらも、ぐっとこらえたエレオノールは
胸を反らせて言った。
「お…王都に、用事があるようであれば、一声、かけなさい。…ほら、人の身で使い魔なんて苦労ばかりでしょう?
妹の使い魔がそれではラ・ヴァリエールの沽券に関わるし…」
 言葉の先が霧消していくエレオノールを不思議そうに見ながら、ルイズはギュスターヴと王都のつながりを頭で追った。
「そうえいば、ギュスターヴ明日王都に行くのよね?」
「ああ」
「本当?!」
 驚き立ち上がったエレオノールに驚くルイズとギュスターヴの視線が集まる。二人の目にエレオノールは…奇妙な事に『春先の野花』のようにパァ、とした笑顔だった。
 わけもなくルイズは薄ら寒い、と感じる。
「え、えぇ。ねぇ、ギュスターヴ」
「ああ。出資している商店が開店するから顔を出せと言われている」
「そうなの…。あのっ、その…そのお店って何処にあるのかしら?」
「ブリトンネ街の×××‐×××の場所に」
「×××‐×××ね。わかったわ」
「興味有るんですか姉さま」
「えっ?!そ、そんなわけないじゃない!平民が出入りするお店なんてみだりに入るものじゃないでしょう」
 そうは言うが肩がわずかに震えてそわそわした空気がエレオノールを包んでいる。明らかに動揺していた。
「じ、じゃあ、私はもう帰るわね」
「あ、はい。今日は有難うございました、姉さま。外まで見送りに…」
「だ、大丈夫よ!それよりほら、貴方は祈祷書と詩集でも広げて原稿でも作ってなさい!馬車も待たせてるから、もう行くわね」
 ぴしゃりとルイズを机に向かわせて、エレオノールは一人ルイズの部屋を後にした。
部屋を出るとき、ふと振り返ってこちらをなんとも言いがたい目で一瞥して出て行ったのはなぜなのだろう。
 突然の来客から、嵐のように過ぎ去った姉であった。
「変な姉さま…御領ではとっても厳しい人なのに。…王都で何かあったのかしら」
「さぁな……」
 ギュスターヴは何も言えなかった。

 二頭引きの馬車が街道を揺れる。5人は乗れる車内でひとり、暮れ始めた陽をカーテンで遮り、エレオノールはマントのすそを両手で引き寄せ、
少女のように浮かれあがっていた。
「明日…ブリトンネ街…かぁ…♪」
 おそらく彼女を知るものは一人としてこのようなエレオノールは見たことが無いであろう。
親譲りの凛とした顔つきから緊張がすっぽり抜け、ぼんやりとあらぬ彼方に視線が飛んでいる。
 勿論御者はそんなエレオノールなど露知らず、ぱっかぱっかとトリスタニアまで進むのだった。

 その夜、トリスタニアにあるラ・ヴァリエール別邸では、謎の艶やかな呻き声が夜中に聞こえたとか聞こえなかったとか。



 『歯車は外から回る?』



 翌日。
 周囲に漏らした通り、ギュスターヴはトリスタニアはブリトンネ街にやって来ていた。しかし、ただ一人ではない。
 開店に際し協力してくれたシエスタが同伴していた。さらに言うと、冷やかしなのかキュルケとタバサがくっついていた。
「なんで二人も一緒に来たんだ?」
「興味有るもの。ねぇ?」
 こくこくとタバサも頷いている。タバサはあの組み手以来、ロングダガーとタクトタイプの杖はベルトに収めて携帯するようになったらしい。
一人だけマントが剣の鞘にかからないようにたくし上げられている。
「どんな風になってるんでしょうね、お店」
「最後に見に行った時は改築中だったからな…」
 一行は昼間のブリトンネ街を進む。人の流れを見ると、角の先の方へ集まっていくように見える。
「この角を曲がったところだ」
 先導するギュスターヴとシエスタに連れられたタバサとキュルケは、角を曲がると目に周りの建物より一段立派な建物が目に飛び込んできた。
「あれだな」

 「百貨店」店舗は元々小規模な貸し倉庫であった建物を上方向に建て増し、4階建てとしたものである。
 一階――といっても、フロアの全体が地下に入っている――は石とレンガで出来たしっかりしたもので、そこには商人は入らず事務所が置かれている。
2階から上は木造で階段を軸に左右対称に仕切られた店舗スペースが置かれ、そこに契約した露天商達が店を構えているのだ。
 露天商達は契約期間中はそこで商売をし、契約期間が切れれば仕入れのために店を開けるか、契約期間の更新を選択できる。
 朝の6時から夕方の6時まで一階の扉は開かれていて、その間は一応事務所の目を通してではあるが、自由に出入りできる。
6時以降は扉が閉じられ、翌日まで特注の錠が掛けられるため、商人達は安心して商品を置いて家路につけるというわけである。

 ギュスターヴ達が店に到着した時には、既に出入り口はさまざまな人が入って混雑していた。
「す、すごい繁盛ですね…」
「でもこれじゃ中に入れないわね」
 大きく開けられた百貨店の出入り口。通りから短い下り階段になっていて、そこは人が行き交っているのだ。
おそらく大半の人々は物珍しさからやってくる一見客で、本当に買い物していく人はそれほどいないのだろう。
 建物の脇でギュスターヴは路地に目をやった。
「裏から回ろう」
「裏?」

「やぁやぁギュスターヴさん、いや、ここは社長さん、オーナーさんというべきなのっかな?それっとシエスタもいらっしゃい。
面白い話に巻き込んでくれてありがとうね。それからそれから貴族のお嬢様方。むさ苦しい場所でございますが、どうか勘弁してくださいな」
 裏手の出入り口から中に入れてもらうと、仕切り壁に格子窓の入った事務所では気さくな風情でジェシカが迎えてくれた。
その格好は『魅惑の妖精』亭で見た布地の少ない給仕メイド姿ではなく、茜で染めたややゆったりとした服だ。
腰帯とそこに指された鼈甲柄のナイフが商人らしさを出している。
「随分繁盛してるみたいだな」
「いやぁそれはもう。お父さんのお店でも宣伝してもらってたし、露天商の人たちも店がもらえるって頑張ってたからね。
でもさ、看板を上げたいんだけどなんて書きゃいいかわかんないから、白看板が残ってるんだよ」
 事務所は概ね魔法学院の生徒寮並の広さがあり、棚には帳簿らしき紙の束が皮ひもで結ばれて置かれている。
机が三つあり、飾り気のないソファセットを囲むように配置されている。そしてジェシカの言うとおり、確かに事務所の脇には看板らしき板が白地のまま置かれていた。
「それなら決まったぞ。『百貨店』だ」
「それはまた、大きく出た名前だね。まぁいいや。早速書いちゃってよ」
「私にやらせてくれる?」
 手を上げたのはキュルケだった。燃え立つような髪が揺れている。
「これでも字は得意なのよ」
 言うと杖を抜いて短くルーンを唱える。白地看板の脇に置かれたペンキ壷と刷毛が動いて、看板に大胆な筆致で字が入ってゆく。

『百貨店 ギュス』
『筆 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ』

「こんな感じでいいでしょ」
「うわっはぁ!お嬢さんお上手!」
 最後に自分のサインを入れる辺りがキュルケらしい。

 ペンキが乾くまで事務所ではキュルケがジェシカに開店までの話を聞いたり、看板に書かれたキュルケの筆ぶりを話した。
八分ほど乾いてペンキが垂れなくなった頃、巧い具合に人の出入りが落ち着いてきたので一行は看板上げを手伝う事とした。
 出入り口の真上に取り付けられた看板が、陽光に照らされている。
「これでいいかな」
「ばっちしばっちし。まぁオーナーさんは私にドーンと任せておけばいいよ。ばっちり売り上げ上げて見せるからさ。と言っても、実際に売るのは店の皆なんだけど」
 そう自分で言ってジェシカは笑う。
「さーて。今から店内の見回りに行くんだけど、一緒に来る?」
「勿論」

 建物の中心を貫くような螺旋階段は無骨な鉄製で、昇るたびに金属の音がする。
 2階には織物と干し肉や干し魚を扱う店、3階には紙や冊子を売る店、地方の工芸品を売る店が入っていた。
特に紙屋の前ではタバサが浮遊霊のように吸い寄っていって離れるのに苦労するのだった。

「さ、次が4階だよ。香水の量り売りに散髪屋が入ってる。特に香水売りの人は一番高い所がいいってごねてさー」
「どうしてまた」
「何でも、見晴らしがいい方が綺麗なお客さんが集まるとか何とか」
 到着した最上階は他の階より気持ち大きめに窓が取られ、前言の通り中々の見晴らしを持っていた。
 やってきた客の一部は商品を見ないで外の景色を愉しんでいるようだった。
メイジならともかく平民にとって高い所から景色を見るということ自体が娯楽性を感じるのだろう。
「これはこれはジェシカさん、それにオーナーさん。いらっしゃいませ」
 香水の置かれた店から壮年の男がやってくる。柄は違うが、服の構成がジェシカに近く、一目で商人だとわかる格好だ。
「こんにちわ香水屋のおじさん。どうだい客足は」
「おかげさまで結構な具合です。オーナー、そちらのお連れは…」
「魔法学院に在籍している貴族の令嬢と、ジェシカの親族だ。何か用立てるようだったら贔屓にしてやってくれ」
「貴族のお嬢様なんて!いやお恥ずかしい。私のような露天商上がりが買って頂けるような品などありませんよ」
「あら、そうでもないわよ?」
 挨拶をしていた二人を置いてキュルケはサンプルのガラス瓶が並んだ棚から一つを選び取ってラベルを眺めていた。
「ふーん…貴方、なかなか悪くない趣味ね。ついでだしどれか頂こうかしら」
「ほ、本当ですか?!」
「嘘は言わないわよ。ついでにこの子に合いそうな物も用立ててくれると嬉しいんだけど」
 そういってキュルケにくっついて猫のように棚を眺めていたタバサを指す。シエスタはおのぼりさんもいい所で、きょろきょろとしている。
「ありがとうございます!オーナーさん。このようなお客様を連れてきてくれるなんて、感謝しても足りませんよ」
「いやなに、喜んでもらえるなら越した事はない。頑張って商売してくれれば、それでいいよ」
「ええ、是非とも!ではお嬢様方、こちらへ…」
 そういって香水屋は、キュルケとタバサに香水を調合する一角で接待するのに夢中になるのだった。

 キュルケの香水の用立てが済み、タバサが渋々香水の代金を払うのを一同は待っている。シエスタは香水を見るだけで済ませるのだった。
「凄い感謝されてますね、ギュスターヴさん」
「みたいだな」
 代金の引き換えに瓶を受け取るタバサにぺこぺこと香水屋は頭を下げているのが此処からでも見える。
「…それにしてもミスタ。貴方って前から思ってたけど、結構物怖じしないのね」
「うん?」
 キュルケは手に収まる香水瓶を透かしていた視線を向ける。
「普通、ああやって頭下げられたら結構落ち着かないもの。貴族ならともかく…ね」
「ん…まぁ、俺も若くないし、色々と、な」
 半目で濁すギュスターヴだった。

「とりあえず一月ごとに様子を見て、仕入れに出たいって人だけ店を畳んでもらって、空いたところには別の人が入れるようにしてみるよ」
 店も一通り見た一行は螺旋階段を下りている。ジェシカは自分なりに考えた今後の展開についてギュスターヴに語っていた。
シエスタとそう変わらないはずの年で、ジェシカは世間慣れした一端の商人であった。『魅惑の妖精』亭でしか彼女を知らない人が見たら変貌振りに驚くかもしれない。
「とりあえず備品とかを置いておける倉庫か何か用立てるつもりでさ…あれ?」
「どうした…ん?」
 ちょうどそこは3階。見えるは紙や冊子を売る店なのだが、不自然な人だかりできてなんだか騒がしくなっている。
「なんでしょう?」
「気になるからちょっと見てくるね」
 足音高くジェシカは階段から走って人だかりに飛び込んでいった。

 紙冊子売りの店先では、店主が冷や汗をダラダラと流しながら、金髪を揺らす女性に頭を下げていた。
「一体、どういうつもりなのかしらね?」
「いや、その、どうか許していただけないかと」
「貴族にこんなものを売りつけようなんて意地の悪い平民を許せるほど私は心が卑しくないのよ」
「そこをどうにか、どうにか…」
 女性は凛とした顔筋にめがねを掛けている。その身には貴族の証であるマントと魔法の杖を持っている。
マントにはアカデミーのシンボルである『百合の葉と羽根ペン』といわれる刺繍が施されていた。
 エレオノールである。彼女は今、憤怒に燃えている。

 人ごみを掻き分けてジェシカが二人の間に立った。
「はいはいどいてどいてー。おやおや貴族のお嬢様、果たして一体何がご不満なんでしょうか」
「下がりなさい娘。お前に用はないわ」
「そうは言っても私は一応ここの管理を任されていますので、店先でこんな具合じゃ色々と困ってしまいますから」
「ああ~ジェシカさ~ん」
 大の男は泣きながらジェシカにすがり付いてくる。ジェシカはぺしぺしと紙屋の頭をはたきながらあしらいつつ、仁王立ちのエレオノールに向かい直す。
「ほらほらいい男が泣くんじゃないの。で、お嬢様、なにが不満なんでしょうか」
「これよ!」
 どん、とエレオノールが突き出したのは古ぼけた羊皮紙の束。つらつらと書き綴られた字は経年によって少し読み辛くなっている。
「そこの男に何か古い本や書き物は無いかって聞いたら、男は自信ありげにこれを私に出して売りつけようとしたのよ」
「なんなんですかこれは」
「ゲルマニアの女性メイジ『ドラングフォルド』が遺した魔法研究書の欠けた部分だっていうのよ、そこのは」
 睨むエレオノールに紙屋はジェシカの影に隠れる。ジェシカ自身は古書に通じているわけでは無いので、答えようがない。
「はぁ」
「ところがこれ、私の見立てじゃ真っ赤な偽物。第一こんな場末の紙屋で伝説の書物の欠落部分を売っているはずなんて無いとは思ってたんだけど、
まさか偽物を売りつけられるとは思って無かったわ。こんな不届きな考えの商人に罰を下そうとしていたところよ」
「はぁ、なるほど。…で、紙屋さん。本当にあれ、偽物なの?」
「い、いいや。仕入れのときは確かに魔法書の欠落部分だって聞いて仕入れたのさ」
「はぁ?貴方、字が読めないのかしら?大メイジの本の欠落部分に、なんで杖を使わない戦闘方法や空想御伽噺が書いてあるのよ!」
 バシッ、とエレオノールは床に紙束を叩きつける。すっかり紙屋は脅えきっててエレオノールの勢いと睨みで恐慌状態になっている。
「ひぃぃっ!」
「貴族を謀ろうとした罪は重くてよ」
「ちょっとお待ちくださいな。何とか許していただけないでしょうかね」
「駄目よ」
「そこを何とか!」
「絶対に駄目!」
「もう一声!」
「駄目ったら駄目って言ってるでしょう!あんまりつっかかるとギルドに言いつけるわよ!」
 ジェシカがぽんぽんと言葉を積むのに比べてエレオノールはどんどんと声量が上がり、合せてどんどんと視野が狭くなっていく。
 だから人だかりからギュスターヴがやってきてジェシカの後ろから声を掛けた時も、掛ける直前まで彼女は塵芥ほども気が付かなかったのである。
「随分とお怒りの様子で。エレオノール女史」
 もう、今に振り上げた杖から魔法が飛び出そうだったエレオノールは、狭くなった視界の外から入ってきたギュスターヴに対して、まったく無防備だった。
 具体的には振り上げた腕のまま、顔に浮かべた憤怒の表情が吹き飛んで呆然としていた。
「ギュ、ギュスターヴ…………さん」
 無意識の語尾は小さくて恐らく誰にも聞こえなかっただろう。それはエレオノールにとって幸いだった。
「ああ、オーナーさーん!」
 ジェシカにまとわり付いていた紙屋は今度はギュスターヴにすがりつく。ギュスターヴも困り顔でとりあえず紙屋を引き剥がした。
「おお、どうか泣かずに。…エレオノール女史。どうか一つ杖を納めてくれないだろうか」
 ギュスターヴの目はすっと直刃のようにエレオノールを見ていた。
 エレオノールは、その視線に耐えられなくて視線を逸らした。上がったままの腕がしおしおと下がっていく。
「えと…その…」
「弁償、というわけではないが、何か償うことはできないだろうか」
 この場を収めるためのギュスターヴの施策で、ギュスターヴ本人は至極真面目に提示した案だった。だったのだが、提示されたエレオノールは、なぜか
……もじもじしている。
「そ、そうね…」
 その空いた手は無意識にマントのすそを引き寄せている。視線を逸らしたエレオノールの先に、工芸屋が見える。
 ロマリアやゲルマニアの辺境部、ガリアの工房などで作られたアクセサリーが所狭しと並べられていた。
「!そ、そうね。じゃあオーナー。私にあちらの店で一番高価な品を譲ってくれますかしら」
「は?」
 エレオノールが人の輪の外側を指したことで、ギュスターヴも一瞬、集中が切れて間の抜けた声が出てしまう。
「ここの一番の責任者は貴方でしょう?なら貴方自身に罰を受けてもらうと思いますの」
「はぁ…」
 生返事のまま、ギュスターヴは答えた。


 結局、ギュスターヴは工芸品屋で「深海の秘石【ディープブルー】」と名札の付いた首飾りを購入して譲渡したことで、エレオノールは溜飲を下げた。
その価格、8エキューと50スゥ。
「あっ、ありがとうございます。大切にいたしますわ」
「それは、どうも」
 代替案で本来なら渋々納得するはずなのに、エレオノールはなぜか凄く嬉しそうである。
「しかし、エレオノール女史はなぜここに?先日は来る気が無いと聞いたのですが」
「え?!いや、その、あの…」
 当然の疑問なのであるが、エレオノールは目が泳いでいる。
「あっ!もうこんな時間じゃない。それではギュスターヴ殿。私はこれで失礼」
 まくし立ててそれだけ言うと、エレオノールはさっさと階段を下りて百貨店から出て行ってしまう。ちなみに3階には何処にも時計に類するものは置かれては居ない。

「……なんだったのかしら、あの人」
 人だかりの外側で、騒ぎを見物していたキュルケはため息混じりにつぶやいた。
 脇に座り込んでいたタバサは、メガネをハンケチーフで拭きながら答えた。
「はた迷惑。妹に似てる」
「むしろ姉に似たんじゃない」

 一方、外に出たエレオノールはブリトンネ街を全力疾走していた。
 全速力でブリトンネの外、貴族の市街生活用の別邸が立てられている区域の境界を目指していた。
 エレオノールは馬車でブリトンネに入らず、御者を境界に待たせて一人でやってきたのだった。
(言えないっ!お店に行けばギュスターヴさんに会えるかも、なんて思ってたなんてっ!)
「言える訳無いじゃないのよーッ!!」
 叫び声は遠く町を駆け抜けるだけだった。


 さて、なんとはなしに騒動が終わり、人だかりがなくなると紙屋はギュスターヴ一行に深深と頭を下げていた。
「助かりましたオーナーさん、ジェシカさん。どうにか商売を続けられそうです」
「散々だったねぇ紙屋さん。ま、これからもがんばりなよ!」
 ぱしぱしとジェシカが背中を叩く。
「お礼に皆さんには商品の中からどれでも好きなものをお持ち帰りになってください」
「…大丈夫なのか?」
「ええ。さっきの文書以外は値段もそれほど高いものを持っておりませんから…」
「私達もいいの?」
 キュルケとタバサが問うと、紙屋の主人は自信気に答えた。先ほどとは随分な違いである。
「ええ、どうぞどうぞ。本当は貴族様が買い物されると箔が付きますんで、さっきも頑張ったんですけど、あんな様になってしまいましたし…」
「この文書は幾らなんだ?」
 エレオノールに地面に叩きつけられた『ドラングフォルドの魔法書』をギュスターヴは拾い集めた。
なるほど、経年で古くなっているせいか、書かれている文章が若干かすれている。
字体が旧いのか、字自体が綺麗じゃないのか、ギュスターヴには明瞭に読み取れなかった。
「50エキューと45スゥです」
「へぇ、こんな古い紙束がねぇ…」
「寺院の使う古い説法書や地方の領主が趣味で作った研究書なんかは大体これくらいの値段なんです」
 キュルケはギュスターヴの手にある文書を一度眺めてから、店の中に入っていった。
「オーナーさん。これをお求めで?」
 問われて気が付くと、タバサもキュルケもシエスタも、各々で店の棚を物色している。問われたギュスターヴは再び、手の中の古文書をまじまじと見た。
「ん…どうしようかな。高いんだろう?」
「いいえ。先ほども言いましたが、ただで結構ですよ。なに、此処を貸していただければ十分稼いで見せますから」

 時間は3時も過ぎた頃、一行は百貨店を後にしてシルフィードの背中にいた。
 結局、タバサは古い本棚から『イーヴァルティの勇者』の異説本、シエスタは冊子から小咄集を紙屋より貰っている。
「随分お土産もらっちゃいましたねぇ…」
 ちょっとシエスタは気を咎めている。貧乏性ともいう。
「持ち主がいいと言ってるんだから、ここはありがたくもらっておこう」
 ギュスターヴも他に之といったものに目がつけられず、『ドラングフォルドの魔法書』を貰ってきてしまっていた。
「ミス・ツェルプストーは何をもらったのですか?」
 話を振られたキュルケは不敵に笑うと、しまい込んでいたものを取り出す。
「ふふふ。見なさい」
 じゃらり、と見せたのは古い紙の束。それには、何やら抽象的な地図に印が付いている。
「古紙片の中に紐で纏めたままだったのをもらってきたのよ。これきっと宝の地図ね。お宝が見つかれば一財産築けるわ」
 うきうきとしてキュルケの弾む声に対し、ギュスターヴは渋い顔をした。
「そういう眉唾なものはどうかと思うが…」
「あら、思ったより夢が無くてねミスタ」
 そんなやり取りでブリトンネ街からの帰路は進んでいくのだった。



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