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虚無と狼の牙-16


虚無と狼の牙 第十六話

 ラ・ロシェールの町は混乱を極めていた。辺りを逃げ惑う人々の悲鳴と、それを掻き分けるように進む兵隊の怒号が響く。我先にと、断崖の外へと走り出す人の波。
先行きの見えない不安を怒号で掻き消すように叫ぶ兵士たち。ついさっきまで穏やかなこの町の光景は一変していた。
 タルブと程近いこの町。もしもアルビオンのタルブ侵攻が真実ならば、間違いなく次の侵略先はこの町だ。コルベールが慌てて戻ってから十分も経たないうちに、町は大混乱の中にあった。
「そ、そんな馬鹿なことが……。アルビオンは不可侵を表明していたはずよ?」
 ルイズが青い顔でコルベールにつめよる。
「状況は、どないなっとんねん?」
 ウルフウッドは遠くの、これから艦隊が現れるであろう方角をにらみつけ、低い声で呟いた。
「姫殿下の婚約の祝いにやって来たアルビオンの船を、トリステインの艦隊が砲撃したのが原因と聞いていますが……」
「嘘よ! そんなことがあるわけがないじゃない! 今、この状況でトリステインがアルビオンに戦争を仕掛けるのがどれだけ無謀なことかは、軍人が一番よく理解しているはずよ!」
「そうです。その通りです。ですから、これはつまり――」
「向こうが仕掛けてきた、いうことやな?」
 ウルフウッドがコルベールの言葉の後を継いだ。コルベールは無言で頷く。
「そ、そんな。よりにもよって、まだゲルマニアとの軍事同盟が正式に結ばれていないこのときに……」
「いえ。このときだからこそ、でしょう」
 コルベールが顎に手を当てて、深い息と共に言葉を吐き捨てた。
「状況はどう見る?」
「アルビオン艦隊には最強の船、レキシントン号がいると聞きました。おそらく、奇襲を受けた我々の艦隊では、足止めすらも満足に出来はしないでしょう。連中がラ・ロシェールまで侵攻してくるのは時間の問題です」
「……タルブの町は?」
 ウルフウッドの頭の中に、タルブでであったシエスタの家族の顔が思い浮かぶ。
「艦隊戦が行われている間に、住民は避難したと聞きました。そこらへんは不幸中の幸いといった所でしょうか……」
「そうか」
 ウルフウッドは顎に手を当てて考え込む仕草を見せた。
「もしも、連中の艦隊がここへやってきたとしたら、どうなる?」
「……おそらくは、この町に爆弾が降り注ぐでしょう」
 ウルフウッドはコルベールの言葉にゆっくりと頭を上げた。
「センセ。例のガソリンの練成、頼むで」
 そして、ウルフウッドはおもむろに踵を返した。


「他愛のないものですな」
 レキシントン号の甲板でワルドが冷めた声で言った。
「不意打ちだからな」
 艦長のボーウッドは忌々しそうに吐き捨てた。甲板では兵士たちの万歳の声が大きく響いている。
「これほどの大勝利だというのに、あまりご気分が優れない様子ですな」
「不意打ちでの勝利を喜ぶほどの恥知らずではないよ、私は。これほどの戦力であれば、真正面からぶつかっても負けはしないものを」
「そう言われますな。これも何よりも心優しきクロムウェル閣下が、親愛なるアルビオン兵の命を無駄に投げ出すことを嫌われたゆえの結果ですぞ」
「……ワルド子爵よ。こんなときに気休めなどいらぬよ」
 ボーウッドの言葉に、ワルドは唇の端だけをゆがめて笑うと、帽子を深くかぶって、遠くを見据えた。ワルドの視線の先ではまた一つ、トリステインの船が墜落していった。
「全軍に告ぐ! これから我々は部隊を二つに分けて作戦活動を行う! このレキシントン号はタルブ近郊の草原に降下し、ここを占領活動及び拠点の構築を行う! そして残ったもう一つの部隊は護衛艦四隻を先行させ、ラ・ロシェールに先制攻撃を仕掛けよ!」
 ボーウッドが大声を張り上げた。さっきまで歓声の上がっていた甲板の騒がしさが、別の騒がしさに変わる。
「艦長、新たな歴史が始まりましたな」
 ワルドはトリステインの艦隊が落ちた残骸を横目で見やった。
「……戦争が始まっただけだよ」
 ボーウッドは吐き捨てるように呟くと、艦長室へと身を翻した。
「さてと、それでは、母国を侵略するとするか」
 ボーウッドを見送ったワルドは、マントを翻し、右腕で左肩を押さえた。先日、ルイズの魔法で受けた傷により、彼の左腕は義手になっていた。


 ラ・ロシェール爆撃に向かう四隻の船は、タルブからまっすぐにラ・ロシェールへと向かう航路を取っていた。
「トリステインの連中ものんきなもんだなぁ。不可侵条約なんか真に受けてよ」
「その方がいいじゃねえか。おかげでオレたちはこうして楽ーに、無防備な相手を頭の上から爆撃するだけなんだからよ」
「ちげえねえ」
 砲門に弾薬を詰めながら、二人の兵士が笑う。
 タルブ地方に駐屯する艦隊は先ほどの艦隊戦で全滅。距離的にこの短時間でトリステインからの応援の艦隊も期待できず、ゆえにラ・ロシェールには陸の兵力しか残っていない。そこに艦隊による爆撃を行うことはつまり、あまりにも一方的な蹂躙でしかなかった。
「けど、本当に大丈夫かなぁ」
「何がだよ?」
「いやさ。油断していると、メイジの連中が陸から魔法で攻撃とかしてきたりしたりしてよー」
「んなこたぁ、ありえねえよ。地上からこの船までどれだけ距離があると思ってんだ? そんな遠くから戦艦一隻を落とすメイジなんざ、スクエアクラスでもいねえって」
「それもそうだ――」
 その言葉の続きは大きな爆発音にかき消された。衝撃波が、空に響いた。この兵士たち二人も、その衝撃に思わすその場に倒れこんだ。
「な、なんだ? 誰か、暴発でもさせやがったのか!」
 倒れこんだ拍子に舞い上がった埃を手で払いながら、兵士は立ち上がった。
 慌てて砲門の傍にある窓から顔を出して、辺りを確認する。煙は自分たちの船からは出ていない。そのことに安心して首を引っ込めようとした瞬間だった。
「お、おい! あ、あの船が燃えている!」
 もう一人の兵士が戦慄く声を上げた。彼が示す指先では、一つの船が炎に包まれていた。
「な、なんだっていうんだよ! 火薬庫が暴発でもしたのか?」
 先ほど窓の外を見ていた兵士はさらに身を乗り出して、燃え上がる一隻の戦艦を凝視した。火薬庫に引火したらしく、船は真っ赤に燃えている。その甲板からちらほらと脱出をする兵士たちの姿も見える。
「……まさか、トリステインの攻撃か?」
「馬鹿! あるはずねえ、ってさっき話してただろうが! これはただの事故だ――」
 彼の言葉は最後まで続かなかった。窓から身を乗り出していた兵士の目に、奥にあるもう一隻の船に何か白い軌跡が下から向かっていくのが見えた。そして、それが船に到達した瞬間――
耳をつんざくような激しい爆発音が鳴り響き、船が大きく上に傾いた。そして、瞬く間に炎に包まれていく。
「な、なんだってんだよ……」
「お、おい。……一体どうなってるんだよ?」
「逃げるぞ!」
「え? な、なんなんだよ?」
 窓を見ていた兵士は慌てて、もう一人の兵士に声を掛けて走り出した。納得できない表情のもう一人の兵士は辺りをキョロキョロと見回す。
「わからねーよ! けど、間違いねえ! あれは事故じゃない! 誰かの攻撃を受けたんだ! この船もあぶねえ!」
 悲鳴に近い声で叫びながら、甲板へと向かう階段を登りきったとき、彼ら二人の体は地面から突き上げる衝撃と共に大きく宙を舞った。


「信じらんねーな」
 デルフリンガーが鍔を弱弱しく鳴らして、呟いた。
「あんだけしこたま火薬を詰めこんどったら、まぁあんなもんやろ」
 特に何の感慨もなさげな様子でウルフウッドは答える。
「ちげーよ。もちろん、お前さんのその銃の破壊力にもおでれーたが、それ以上にお前さんの行動がさ」
「どういう意味やねん」
「艦隊相手にたった一人でケンカを売るなんて、正気を疑うぜ? 何考えてんだ、相棒? お前さんにとっちゃこの戦争は部外者のはずだ。それがこんな風にでしゃばるなんてよ?」
 ウルフウッドは無言でバイクにまたがったままパニッシャーを構えなおす。四隻目の戦艦に照準を合わせた。
「これで――終わりや」
 ウルフウッドが引き金を引いた。白い軌跡を描いて、まっすぐにロケットランチャーが船の下腹部へと飛んでいく。そして、爆発音と共に空がまた赤く染まった。
「隠し玉、だな。それも例のワルドん時も使わなかった取っておきのよー」
「ワルドとの戦いのとき使わへんかったんは、アレが室内やったからやのと、万が一風の魔法でこっちに跳ね返されたら洒落にならへん事態になっていたからや」
 ウルフウッドは煙を吐くパニッシャーの銃口を閉じた。
「……これでまた、随分とぎょうさんの人が死ぬな」
 落ちていく船をウルフウッドは静かに見つめる。
「何、大したことはねえよ。メイジたちはフライでこの程度の高さなら逃げ切れるし、脱出用の小型の船もいくつかあるはずだ。三割方は生き残るんじゃねえのか」
「それは残りの七割は死ぬ、いうことやろ」
「相棒、これは戦争なんだぜ?」
「……わかっとるわ、それくらい」
「本当にどういう風の吹き回しだい? 貴重な、貴重な隠し玉まで使っちまってよー? 借りを返そうって、つもりかい? 例の礼拝堂でのよ」
 ウルフウッドは短く鼻で笑うと、何も見ていないような目で遠くを見つめた。
「……あの町には、いろんな人間が生活しとる。大人も、老人も、そしてガキ共も。その上に爆弾なんて落とさせるわけにはいかへん――それでは不十分か?」
 デルフリンガーは答える代わりに、鍔を短くカツンと鳴らした。


 先行した艦隊が落ちる直前、ラ・ロシェールからタルブへ向かう街道の脇にある森をコルベールは馬で駆け抜けていた。その背中にはルイズががっしりと捕まっている。
「先生! もっと急いでください!」
「無茶を言わないでください、ミス・ヴァリエール。この悪い道で下手にこれ以上スピードを出したら、落馬してしまいますよ」
 そうは言うものの、無意識のうちにコルベールの馬に振るう鞭の速さが増していく。
「何を考えているのよ、あの馬鹿使い魔。一人で、アルビオンの艦隊に立ち向かうなんて……」
 ルイズは唇を噛んだ。コルベールは無言のまま、馬を走らせる。
 ウルフウッドはコルベールからガソリンを受け取ると、それを給油するやいなや、ルイズたちを置いてバイクを発進させた。「センセ。じょうちゃんを安全なところまで、頼む」とだけ、言い残して。
 ウルフウッドの向かった方角はタルブ。パニッシャーとデルフリンガーを携えて、遠ざかっていく背中を呆然と見つめたルイズは、はっと気がついたようにコルベールを振り返ると「ウルフウッドを止めて!」と叫んだ。
 コルベールもウルフウッドを止めることに異論はなかった。いくら彼でも、艦隊相手に一人で立ち向かうのはあまりにも無謀すぎる。
「どうして、あいつは、こんな馬鹿な真似を……」
 ルイズの言葉にコルベールは心の中で頷いた。
 コルベールにも、異世界から来た部外者であるはずのウルフウッドが、なぜこのような行動に出たのか理解できなかった。彼にとってはこの戦争は無関係であるはずだ。例のアルビオンの一件があるにしても。
「ミス・ヴァリエール。彼の乗っているばいくのスピードは馬など比べ物になりませんが、あの機体の性質上、このような森の中を走ることは出来ません。ゆえにおそらく街道をまっすぐに走っているはずです。
つまり、我々がこうして森の中をショートカットして走っている以上、追いつくのはそう難しくはないはずですよ」
 コルベールには、自分で言った言葉が気休めにもならないことはよくわかっていた。
「先生、手遅れにならないうちに、お願いします」
 ルイズの声はか細く、今にも消えそうな響きだった。
「どうして、あいつはわたしの気持ちなんか考えずに、いつもいつも自分勝手に……」
「ミス・ヴァリエール。あなたは、彼に対して、随分と献身的ですね」
 コルベールは表情を変えないまま、無機質に言った。ルイズは一瞬戸惑ったような表情をしたが、
「だって、あいつは、その、わたしの使い魔、ですし」
「ミス・ヴァリエール。そういうのは、もうやめたほうがいい」
「え?」
「これ以上、彼の影を追いかけないほうがいい。どれだけ追いかけても、彼はあなたに応える事はできないのですから」
 コルベールはわざと冷たく言い放った。うっそうとした森の中は、太陽の光が届かず、冷たい風が彼の頬をなぶる。
「……なぜ、ですか? なんで、そんなことが言えるんですか?」
 コルベールはルイズを振り返らなかった。しかし、彼女の声から戸惑いと、そして怒りの色ははっきりと感じられた。
 コルベールは漠然と理解していた。思えば、初めて彼を見たときから。なぜなら、自分もそうだから。
 同じように血塗られた過去に押しつぶされそうな人間。おぞましい血にまみれた両手では、この少女の手を握り締めることは出来ない。
「わたしが、ゼロだからですか? 魔法の才能のないゼロのルイズだからですか? それで、他にも何のとりえもない、足手まといのゼロのルイズだからですか?」
「違いますよ、ミス・ヴァリエール」
「じゃあ、なんで?」
「あなたは自分を卑下する必要などない。……人を傷つけることしか出来ない魔法ならば、そんなもの使えないほうがよっぽどいい。そういうことです」
 そういった過去に押しつぶされそうになりながらも、ただ生き続けている空っぽの人間。そう思うと、ウルフウッドがなぜ一人でアルビオンの艦隊に立ち向かおうとしたのか、その理由が分かるような気がした。
「……先生?」
 コルベールの態度にルイズは不思議そうに首を傾げる。しかし、ルイズはその理由は訊いてはいけない気がした。
 その直後、けたたましい爆発音が二人の耳を貫いた。ルイズは反射的に身を屈める。
「な、なに? 砲撃?」
 おびえた声でルイズが叫ぶ。梢が激しく揺れた。
「い、いえ。違います。あれは――」
 そう言って見上げるコルベールの視線の先には、燃え上がる戦艦があった。そして、同じようにもう一隻の戦艦にも火の手が上がる。
「……まさか、ウルフウッドがやったの?」
 呆然とするルイズの声。個人の力で戦艦が沈められるなどという常識を大きく逸脱した事態にコルベールも言葉を失う。見る見るうちに、四隻の船が炎に包まれた。
「アルビオンの軍艦を、全部沈めちゃったの?」
「……いえ」
 コルベールは短く否定した。今、撃沈した四隻はあまり大きな船ではない。おそらくは巡洋艦であろう。となれば、肝心のレキシントン号がまだ残っていることになる。
「おそらくはラ・ロシェールへの先行部隊でしょう。まだ、アルビオン最大の戦艦レキシントン号は残っているはずです」
 四隻の巡洋艦が先行したということは、残るレキシントン号の部隊は陣地を構築しているのか。コルベールはそう予測した。
 コルベールは改めて、後ろのルイズを振り返る。ルイズは不安を隠しきれない目でコルベールを見つめた。
 彼の予測では、ウルフウッドがタルブに侵攻した部隊に鉢合わせする前に、追いつくつもりだった。しかし、ウルフウッドのパニッシャーに単騎で戦艦を打ち落とす火力があったのは予想外だった。事態は、彼の予想を大きく超えた展開を見せ始めていた。
 コルベールはルイズはラ・ロシェールに置いてくるべきだと後悔した。あたりには燃え上がる戦艦から脱出したアルビオン兵がいるはずだ。今彼女を一人でラ・ロシェールに返すわけにはいかない。
 コルベールとルイズは、このまま突き進むしかなかった。


 大きな足音を立てて、一人の男がレキシントン号の艦長室の扉を乱暴に開けた。
「ボーウッド、これは一体どういうことだ!」
「サー・ジョンストン、こちらも現在情報収集中です」
「情報収集中だと? 何をのんきな! 現に我が艦隊の巡洋艦が四隻も沈められたのだぞ!」
 ボーウッドは気付かれないように、小さくため息をついた。目の前の総司令官ジョンストンの鼻息は荒い。冷静な話し合いなどできそうもなさそうだ。
「トリステインの艦隊は全滅したとほざいたのは一体どこのどいつだ? え? ならば、なぜ我が軍の艦隊が沈められるのかね?」
「……例の先行した部隊から戻ってきた竜騎士の報告によると、艦を沈めたのはトリステインの戦艦ではありません」
「だったら、何だと言うのだ! では、一体何が戦艦を沈めるなどという芸当が出来るというのだ、え?」
「竜騎士の報告では、相手はたったの一騎。いえ、たった一人の人間だったそうです」
「な……。そんな馬鹿な話があるか! スクエアクラスの火のメイジでもそのような芸当は出来まい! 貴様は総司令官であるこの私を馬鹿にしているのか!」
「いえ、断じてそのようなわけではありません。ただ、そのような報告を受けた、というだけのことです」
 冷静な態度を崩さないボーウッドに対して、ジョンストンはこれ見よがしに舌打ちをしてみせた。ボーウッドはこの局面において悪戯に事態をかき回す司令官を、あきれた表情で見つめる。
「トリステインの新兵器、かもしれませぬな」
 ボーウッドの隣に立っていたワルドが話に割って入った。
「ワルド子爵、トリステイン貴族である貴殿は何かをご存知なのかね?」
 ジョンストンが不審げにワルドに視線を向けた。
「いえ、具体的にその正体を知っているわけではないのですが、それをやりかねない人間なら一人心当たりがございます」
「それは、一体どういうことなのかね?」
 ボーウッドがワルドを問いただした。
「ですから、仔細は私は存じませぬ。ただ、作戦としては本艦はこのままタルブ平原上空にて占領活動を続けるべきですな。相手はゲリラ的です。見通しの悪い場所へ足を踏み入れるほうが危険であると思われます。
こちらからは下手に手出しをせずに、相手の出方を見ましょう。つきましては、竜騎士を数機、偵察に出すべきかと」
 静かにそう自分の考えを告げた後、ワルドは彼ら二人から背を向けて、唇の端を歪めて笑った。ワルドの左腕の傷が疼いた。


 ウルフウッドは無言のまま、落ちていく最後の戦艦の姿を見つめていた。
「で、相棒、どうするんだい? 一応、これでラ・ロシェールへ向かう部隊は全滅させられたわけなんだがよー」
「そやな。けど、まだ――」
「肝心の連中最大の軍艦が残っているってか」
「それもある。けど、敵さんもこのまま大人しく待っていてはくれへんやろ」
「確かに」
 嘆息するようなデルフリンガーの言葉が終わらないうちに、ウルフウッドは身を屈めた。その上を、火の玉が通り過ぎていき、地面に辺り火は四散した。
「あいつらは、アルビオンの兵隊、やな」
「竜騎士ってやつだよ、相棒」
 竜にまたがった兵士が次の呪文を放つべく杖を構えて詠唱を始める。そして、その後を追うようにして、五機の竜騎士がウルフウッドにせまっていた。
 ウルフウッドは小さく舌打ちをすると、バイクのアクセルを一気に吹かす。
「このまま、一気に突破するで」
 先ほどの竜騎士が再び放ったファイヤーボールをたくみにバイクを操作しかわし、そしてそのまままっすぐに敵陣の中へ突っ込んでいく。炎の弾が撒き散らした地面の欠片が、背中に当たった。
 ウルフウッドは右手でパニッシャーを担ぐと、銃口を開いた。時速八十キロで走りながら、相手に照準を定める。
 引き金を引く。パニッシャーが火を噴く。放たれた弾丸は、正確に相手の竜の羽を捉えた。竜の羽に穴が開き、それでもなお羽ばたこうとする風圧で散り散りに千切れていく。空中でバランスを失った竜と竜騎士はもんどりうちながら、地面へと落ちていった。
 目の前の光景に他の竜騎士たちは一瞬どよめいた。しかし、彼らも戦闘のプロだ。すぐに頭を切り替える。
「一気に畳み掛けろ!」
 号令と共に残りの竜騎士たちがファイヤーボールを放った。迫り来る火の玉を前に、ウルフウッドはバイクの前輪を大きく持ち上げ、ユーターンさせた。
「臆したか!」
 その姿を見て、一人の竜騎士が果敢に突っ込んできた。彼らの放った合計四発のファイヤーボールが爆風と煙を巻き上げる。そして、竜騎士はウルフウッドを追撃すべく、爆風の中を竜で駆け抜けた。
「なっ……」
 煙を抜けて、その竜騎士が見たものは、ウルフウッドの背中と、そして自分へと向けれらた銃口。ウルフウッドに彼の行動は見抜かれていた。銃口が火を噴くのとほぼ同時に、彼は最高速の勢いそのまま地面に叩きつけられ、肩で地面を削りながら木に激突した。
 仲間が撃ち落された光景を目の当たりにした残りの竜騎士たちは、慌てて火竜にブレスを吐いて焼き払うよう手綱を振った。しかし、それは遅すぎた。遮るもののない空中に浮かぶ彼らは、ウルフウッドにとっては、ただの的でしかなかった。


 タルブ方面から飛んできた竜騎士たちが戦闘を開始したのを遠めに見て、コルベールは唇を噛んだ。事態はもう引き返せないところにまで来ていることを、彼は悟った。
「せ、先生! あれ!」
 コルベールの後ろで馬にまたがったルイズが竜騎士を指差す。コルベールは無言のまま頷いた。
 竜騎士たちの動きを横目で伺いながら、馬の手綱を右へと傾ける。
「ミス・ヴァリエール。少し、遠回りをします」
 ルイズは「え」と小さな声を上げた。そして、慌てた表情で竜騎士たちを指差す。
「先生! あそこに、あのウルフウッドはいるんですよ!」
「だからこそです!」
 コルベールが返事をする間に、数発の銃声がして一匹の竜騎士が撃ち落された。それから、彼らがファイヤーボールでも放ったのだろうか、どす黒い煙が巻き起こる。
「そ、そんな……。先生はウルフウッドを見捨てるんですか? なら、降ろして! わたしは一人でも」
「勝手な真似はするなっ!」
 コルベールの鋭い声が辺りを切り裂くように響いた。普段とは違うコルベールの迫力にルイズはビクッと体を震わせ、続く言葉を失う。
「……ミス・ヴァリエール。冷静に、冷静になってください。ここはもはや戦場です。無策に飛び込むわけにはいかないのです」
 コルベールは考えた。自分一人なら、まだなんとでもなる。しかし、相手は戦闘のプロだ。ルイズを連れて、彼女も無事守りきる自信はない。やはりここは引き返すべきなのだろうか。それとも――
 コルベールが一人思考を回している間に、空中で大きな爆発が起こった。おそらくは、ウルフウッドが火竜の喉元にある燃料袋を撃ち抜いたのだろう。
 コルベールに満足に考える時間を与えないまま、事態は彼らを待つことなく、無情に進んでいく。


「偵察に向かわせた竜騎士部隊が全滅だと……?」
 伝令兵の報告を聞いたジョンストンは表情を凍りつかせる。
「は、はい。ラ・ロシェールへ続く街道にて、巡洋艦を落としたと思われる人物と交戦。全竜騎士が撃墜されるのを遠見の魔法で確認いたしました」
 全速力で走ってきた伝令兵は肩を震わせながら報告を続けた。
「その人物は今どこにいる?」
 ボーウッドは冷静な声で伝令兵を問いただした。
「はっ。四隻の戦艦が撃沈した位置と竜騎士部隊が全滅した場所を考えると、我々のいるタルブ方面へ移動していると考えられます」
「ワルド子爵! これは貴殿の失態だぞ! 貴様の言うとおり竜騎士を派遣したら、この様ではないか! 相手は一人で戦艦を沈めるような男なのだぞ!」
 ジョンストンが唾を飛ばしながら、杖をワルドに向けて、怒鳴り散らす。
 先ほどまで一人の人間が、戦艦を沈めたことなど信じてもいなかったのに、随分と都合のいいことだ。ボーウッドは心の中で呟いた。
「申し訳ありません、司令官殿」
 ワルドは慇懃に直立の姿勢で礼をする。
「ええい。貴様らにはもう任せられん。こうなれば、この私自らが残りの竜騎士部隊の指揮をとる! ボーウッド、貴様は竜騎士部隊その旨を通達せよ! この船を落としに現れたところを返り討ちにしてくれるわ」
 鼻息が荒いまま、ジョンストンは乱暴にドアを開けて甲板へと向かった。
 ボーウッドはその背中を見送ってから、大きくため息を付いた。戦争においてはいつだって、敵よりも愚かな味方のほうが厄介なものである。
「すまぬな。ワルド子爵。貴殿も軍人ならば上官の指示には従ってもらうぞ」
「お気遣いは無用ですよ。艦長殿」
 ワルドはまったく悪びれた様子もなく、爽やかな笑顔すら浮かべている。
「ところで、伝令兵の君。その戦艦を落とした男の特徴を教えてくれないか」
 そして、伝令兵の答えを聞いたワルドはただ一人不敵に笑った。


 目の前に映った町の姿はほんの一ヶ月ほど前の記憶とは大きくかけ離れていた。家は片っ端から燃やされ、まだ煙のくすぶる灰の上で兵士たちが新たな陣地の構築を始めている。
 ウルフウッドはその町の一角を見やった。先日、世話になった家族たちの家は、燃え落ちてただの黒い炭の塊になっていた。
「くそったれが……」
 ウルフウッドは小さく呟くと、いらだたしげに地面をつま先で蹴った。
「ひどいもんだねー」
 デルフリンガーがどこか能天気な声で相槌を打つ。
「なぁ、相棒。悪いことは言わねえ。もう、この辺にしておけ。お前さんはもう十分すぎるほどやったさ。あとは、放っておきな。これ以上の深入りは、おすすめできないぜ」
 ウルフウッドは答えない。静かに、ただ静かに、燃え上がる村の光景とその上に浮かぶ巨大な戦艦を見つめる。
「なぁ。この戦争っちゅうやつで、一体何人の人間が家を焼け出されて、何人の人間が家族を失って、どんだけのガキ共が親のいない孤児になってしまうんやろな」
「……お前さんの落とした戦艦にも、子供の親だったヤツはたくさんいただろうよ。相棒、わかっているだろ? 戦争なんてそんなもんだ。そんなことを言っていりゃあ、きりがねえよ。
戦争で何かを助けるということは、相手から何かを奪うということだ。一度そうなっちまったら、もうどうしようもないんだよ」
「わかっとる、わかっとるわ。けど、けどな――」
 ウルフウッドは静かに眼を閉じた。彼の脳裏に今まで出会ってきた人たちの顔が浮かぶ。魔法学院の人々、トリステインの城下町で出会ったジェシカたち、タルブのシエスタの家族。
そして、自分をこの世界に呼び寄せた小さくて、勝気で、わがままで、そして心優しい少女。
 この世界に来て数ヶ月間、彼らと暮らしてきた。自分が今たっている場所、この空の下には彼らの生活がある。この世界に来てからの日々を共に過ごした人々が。
「みんな、何も持ってへんかったワイを受け入れてくれたやないか。――どうせ、ここへ来るときに拾たちっぽけな命や。誰かのために牙になれるんやったら、それで十分すぎるくらいやろ」
 ウルフウッドはアクセルを吹かした。その目に、自らが牙を突きたてるべき相手をしっかりと映す。
「わかったよ。そこまで言うなら、もう構わねえさ。こうなりゃ、とことんまで付き合ってやるぜ、相棒!」
 デルフリンガーに向けて、ウルフウッドは小さく笑うと、アクセルを握り締めた。


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