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虚無と狼の牙-14


虚無と狼の牙 第十四話

 ルイズは、ぼんやりと、夢の中にいた。
 故郷のラ・ヴァリエール。忘れ去られた中庭の池……。
 そこに浮かぶ小船の上で、ルイズは寝転んでいた。つらいことがあると、ルイズはいつもここで隠れて寝ていたのであった。自分の世界。誰にも邪魔されない、秘密の場所……。
 何もかも忘れ去りたかった。何も考えたくなかった。
 目の前で人が殺された。
 殺したのは、自分も良く知っている人。自分の元婚約者。
 そして、その男から自分を守るために傷ついた自分の使い魔。
 彼の身体を引きずった重さがずっと手に残っている。
 魔法で焼け爛れた肌の熱い感触も。そして、地面に広がっていった赤い血も。
 ルイズは小船の上で、泣いていた。
 何もかもから逃げ出したかった。このままずっと一人ぼっちの世界にいたかった。
 そう、もう誰にも――
「ドボァ!」
 突然視界が反転した。突然の奇声を発しながら、両手を広げて水にダイブした。
 ゴボゴボと水を飲みながら、必死に手足をばたつかせる。
 何、何が起こったの――?
 頭の中で疑問を浮かべながら、必死に手足をばたつかせていると、足が固いものに当たった。その感触に少し冷静さを取り戻す。
 どうやらそれは池の底らしい。足をばたつかせるのをやめて、足を伸ばすと、すくっと水面から身体が飛び出した。水かさは膝くらいまでしかない。
 よかった――。
 どうやら足が立つ程度の深さしかなかったらしい。
 立ち上がってポカーンと安心すると、先ほどまでの不安が一気に怒りに変化し始めた。間違いない。これは誰かがボートをひっくり返したのだ。犯人は誰――?
「そうやって一人でいじけてやり過ごすつもりか? ほんましょうもないやっちゃで」
 犯人を捜そうと、首をきょろきょろと振っていたルイズの背後から声が聞こえた。ルイズの頭の中に稲妻が走る。
 間違いない。犯人はこいつだ。
 ルイズは背後に振り向く。そこには頬に絆創膏をした目つきの悪い黒髪の少年が立っていた。
 少年は年齢は十二歳くらいで、両腕を組んで唇を突き出しながら、ルイズを見ている。
 ルイズの頭が一気に沸点に達した。
「あ、あんたが船をひっくり返したのね! 思いっきり水の中に落ちたじゃない! 何するのよ!」
 少年はピンクブロンドの髪から水をしたたらせ猛り狂うルイズを、フンと鼻であしらう。
「なんやねん。うじうじ泣いとったかと思たら、今度はキーキー吠えくさって。それにしても、お前のリアクションはおもろかったな。『ドボァ!』って、女の言うセリフちゃうで」
 ぐぅとルイズは言葉にならないうめき声を飲み込む。
 なんて憎たらしい少年だろうか。涼しい顔して、口が悪い。
 突然だったから仕方がないじゃないか。『ドボァ!』なんて声を出して、大の字で湖にダイブしたって。というか、常識的に考えて、いきなり船をひっくり返すというのがむちゃくちゃすぎる。
 一気に腹が立ったルイズは少年を指差す。
「そ、そういうあんた。そう、そのあんた! あんたは一体誰なのよ!」
「ニコラスや。食え」
 にこりともせずに少年はぶっきらぼうに言うと、すっとパンを一つ差し出してきた。
「な、なんのつもりよ?」
「あんだけ泣いとったら、腹減るやろ」
 ……これは一応、自分を思いやってくれているのだろうか?
「何を泣いとるんや?」
「あんたには関係ないでしょ」
 ルイズはなんとなく受け取ってしまったパンを胸に抱きながら、少年から顔を背けて素っ気無い態度を取る。
「それもそやな」
「なっ――」
 自分から訊いてきたくせに、あまりにもどうでもよさそうなニコラスという少年の態度に、ルイズは思い切り眉をしかめる。
「何をグジグジ悩んどったんかは、知らんけど、んなことしている暇があるんやったら、なんかせえ」
「なんかせえ、って何をしろっていうのよ?」
「知らん。そんなんワイの知ったことか。お前に出来ること、お前にしかできひんこと、お前がやるべきことや」
 少年の言葉に食いかかろうと勢い込んだルイズを無視して、少年はくるりと踵を返した。そして、そのまますたすたと歩き去っていく。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!」
 大声で叫ぶルイズに振り向かないまま右手を挙げて答えると、少年の姿は深い霧につつまれるように消えていった。
 ルイズは目を覚ました。ほとほとと身体が揺れる感触がして、新しい木の匂いがつんと鼻につく。
 ほんの数秒の間があいて、彼女は自分が今馬車の中にいることに気が付いた。もちろん、今自分の髪も服も濡れてはいない。あれはやはり夢だったのだ。
「あら、やっと起きたの?」
 どこか間延びした声が、聞こえて、ルイズはその声の方を見やった。
 そこではキュルケが退屈そうに足を組んで、頬杖をつきながらルイズを見ていた。
「まぁ、仕方がないわね。あんたが馬鹿みたいにグーグー寝ても。あれだけのことがあったんだから」
 キュルケは素っ気無く言うと、指で馬車の壁の木目をなぞり始めた。
「な、何よ。何か文句があるの?」
「別に何も」
「何よ。はっきりと言いなさいよ。なんか、いつでも無遠慮にずけずけ言うあんたがはぐらかすと気味が悪いわ」
「あら、私はあんたに言いたいことは、この間全部言ったから、別に今更わざわざ言うべきことはなくてよ。それとも、もう一度言って欲しい?」
「……別に」
「そう」
 キュルケはどこか退屈そうにふぅと息を吐いた。
「トリステインの王宮までは、あともう少しっていうところよ。あんたもそろそろしゃっきとしなさい。今のあんたには、今のあんたにできることしかできないのよ」
「わかっているわよ」
 ルイズは唇を噛んでうつむいた。
 今、彼女とキュルケはアンリエッタの依頼であった手紙の件を報告するために、トリステインの王宮へと向かう馬車の中にいる。
 ルイズはゆっくりと服の襟を正した。懐にはちゃんとウェールズから受け取った手紙が入っている。
 今の自分にできること――それは一体なんなのだろう。
 キュルケからその言葉を投げかけられたのは、昨日のことだった。
 ラ・ロシェールになんとかたどり着いたルイズは、ウルフウッドの傍に付いている、と主張した。自分の使い魔だから、主人である自分が傍にいないとだめなのだ、と。
 そんなルイズをキュルケは言葉で一刀両断した。
「今ウルフウッドがそんな状態なのは誰のせいか、考えなさい。あなた、ウルフウッドがワルドと戦っているとき魔法で助勢できた? ウルフウッドが血を流していたとき、魔法で治療が出来た? 何も出来ないで、ただ足手まといになっただけでしょ? 
今だってそうじゃない。あんたはそうやって傍にいるだけしかできないじゃない。そんなの、はっきり言ってただの自己満足よ」
 痛烈な言葉だった。ルイズは何も言い返すことが出来なかった。すべて、事実だった。
 そして、キュルケはこう続けた。
「あんたがどんだけ背伸びしたって、あんたにできないことはできないの。だったら、まずはあんたに出来ることからしなさい。あんたには今やるべきことがあるでしょうが」
 ルイズはこのときほど自分が魔法を使えないことを、深く恥じたことはなかった。
 そして、こうしてルイズにしかできないこと――つまりは、アンリエッタへの報告のためにトリステインへと向かっているのである。
 キュルケも、ルイズ一人だと心配だし、あぁいう重い雰囲気は苦手だから、という理由をつけてルイズに付いてきた。そして、こうして今二人で馬車の中にいる。
「……ねぇ、キュルケ。わたしにしかできないことってなんだろう?」
 ルイズの頭の中にずっと浮かび続ける疑問。
「さぁ。そんなの知らないわ。ただ、本当に自分に出来ることを知りたいんだったら、背伸びじゃなくて、ちゃんと背を伸ばしてみせることね」
 そういえば、夢の中に出てきたニコラスという少年も、同じようなことを言っていた。無愛想でぶっきらぼうで不親切だけれども、どこか暖かさを感じさせる少年。
 いつの間にか、ワルドに変わって自分の夢に居ついた少年。
 そう、彼は、よく似ている。


 目を開けると、眩しい光が飛び込んできた。
 生暖かい感触。少しずつ目の前の景色の輪郭がはっきりしてくる。
 刺された傷口を手で触ってみた。包帯の感触がした。
「……ワイは、生きてるんか?」
 ぼんやりとまだ霞んでいる視界に向けて、ウルフウッドは静かに声を出した。
「ウルフウッド! 意識は戻ったのかい?」
 視界にギーシュの顔が映る。どうやら、彼が今自分の顔を覗き込んでいるようだった。
「あぁ。っちゅうか、小僧、なんでお前がここにおんねん?」
「おいおい、これはまた随分な言い草だね、命の恩人に向かって。もっとも、君はあの時意識を失っていたから仕方ないか」
 ギーシュは大げさに両腕を広げる。
 そんなギーシュの動きを横目でみやると、おもむろにウルフウッドは体を起こした。服はいつものスーツから、楽な入院着に着替えさせられている。
「おい、寝てなくていいのかい?」
「大丈夫や。こう見えても結構体は頑丈でな。ところで、ここはどこや? ワイは今どこにおるんや?」
「ここはラ・ロシェールさ。それで今、君がいるのは病院」
「……ワイは助かったんか? あの状況下で?」
「あぁ、もちろんだよ。今の君は幽霊なんかじゃないから安心したまえ」
 ウルフウッドは首をひねる。助かったのはわかるが、あの状況下から一体どうやって? どう考えてみても、手詰まりだったはずだ。
「どうやって助かったんだ? って訊きたそうな顔だね」
「あぁ」
 ギーシュどこか得意そうに笑うと、「コホン」と咳払いをした。
「例の礼拝堂の前までルイズと一緒に行ったのは、記憶にあるかい」
 ウルフウッドは頷いた。そして、記憶はそこから途絶えている。
「本当に危険な状態だったよ。出血がひどくてね。発見が遅れていれば危なかった。まぁ、手遅れにならないうちに君を発見できたのは、僕の手柄だけどね」
「お前の?」
「……そんな露骨に疑うような目で見るのは失礼じゃないかい? まぁ、いいさ。ヴェルダンデだよ。ヴェルダンデがルイズの持っていた水のルビーの匂いを頼りに、アルビオンの地中を掘り進んで君を見つけ出したんだ」
「ちゅうことは?」
「そう。僕たちはちょうど君たちが礼拝堂でやり合っていたころに、アルビオンにたどり着いていたのさ」
「ワルドが裏切ったことも知っているんか」
「あぁ。ルイズから聞いた。それで、君を見つけ出したときはびっくりしたよ。君は血だらけで、その横でルイズがワンワン泣いているし。
それで、話を聞けば、もうすぐ貴族派の連中が襲ってくるという話じゃないか。僕たちは君を連れて、慌てて逃げ出したわけさ」
 ここでウルフウッドはルイズの姿が見えないことに気が付いた。
「じょうちゃんも無事やったんやな? 姿は見えんけど」
「あぁ、ルイズなら無事だったよ。今は、アンリエッタ王女へ報告するためにトリステイン王宮への道中のはずさ」
「そうか」
 ウルフウッドはそう言って、少しの間黙りこんだ。
「……そういえば、パニッシャーやデルフリンガーはどうした?」
「あぁ、それならば――」
「おう、オレはここにいるぜ、相棒」
 ギーシュの言葉を遮って、デルフリンガーの明るい声が聞こえた。声のほうを見やると、デルフリンガーが壁に立てかけられていた。そして、その傍らにはパニッシャーの姿もある。
「よく、あんな重たいもん運んでくれたな」
「ルイズが『あれも運んで』ってうるさくてね。あと、例ならタバサにも言ってくれたまえ」
「タバサ、ってあのちっこいじょうちゃんか?」
「そうだよ。彼女の使い魔シルフィードが僕たちを運んでくれたんだけれども、これだけの人数とあの重たい銃だろう? 
さすがに無理があったのを、タバサが風の魔法で手助けしてくれたのさ。あと、ついでに君に止血の応急処置をしたのも彼女だ」
 そして、ギーシュはウルフウッドの隣のベッドを指差した。ウルフウッドがゆっくりとカーテンを引くと、そこには白いシーツにくるまれて眠るタバサの姿があった。
「君を運ぶのに、随分と精神力を使ってしまったみたいでね。今は、そうして休んでもらっている」
「そうか。ちっこいじょうちゃんとあの竜には、改めて礼を言わんとな」
 ウルフウッドは、タバサが杖を胸に抱いて眠っているのに気が付いた。その姿を見て、なぜか心の奥底がぎゅっと痛んだ。
「とは言っても、それでもやっぱり限界はあってね。今にもタバサの魔法力が尽きそうになっているときに、運よくアルビオンから脱出してきたイーグル号を見つけてね。そこに不時着して何とか難を逃れたわけさ。
それで、さらに運のいいことにイーグル号には医者の水のメイジがいてね。彼が君を治療してくれたのさ」
「そうか……。ほんまに、お前らには迷惑かけてもうたな」
「まぁ、そう気にすることはないさ。こういったトラブルは貴族の職業病みたいなものだからね」
 ギーシュは得意そうに胸を張る。その姿がどこか滑稽に映って、ウルフウッドは笑う。
「……んで、じょうちゃんはどや?」
「どや、って?」
「色々あったからな」
 ギーシュは「あぁ」と納得した声を出した。
「ワルドに裏切られたショックとか、目の前で皇太子を殺されたショックとかは、あまり感じなかったな。彼女はひたすらにキミのことばかり心配していたよ。
例のイーグル号にいた医者にも、『お金ならいくらでも出すから、秘薬を出し惜しみせずになんとか助けて』ってね」
 その光景がありありと想像できて、ウルフウッドは苦笑いをする。
「その医者に言わせれば、本当に結構危険な状態だったらしかったけれども、キミの体力が人並みはずれているおかげで助かったんだ。普通の人間なら、危なかったってさ」
 普通の人間――その言葉は静かにウルフウッドの胸に重くのしかかった。
「――大丈夫や。ワイは、そう簡単には死なん」
「まったくだ!」
 そんなウルフウッドの微妙な変化に気が付かなかったギーシュは、愉快そうに大声で笑う。
「あれからの情勢はどうなった?」
 そのウルフウッドの質問にギーシュは分かっている限りの状況をかいつまんで説明した。
 アルビオン王家はあの日の総攻撃で全滅したこと。そして、クーデターに成功したレコン・キスタはクロムウェル首相のもと神聖アルビオンを名乗り、事実上国を乗っ取ったこと。
そして、現在アルビオンはトリステイン・ゲルマニアに対しては交戦の意図を表明しておらず、事態は小康状態であること。
「連中がトリステインと交戦の意思はないと言っていても、それをどこまで信じていいものやら。まさしく、明日にはどうなっているかわからない危険な情勢だよ」
「今、アルビオンには渡れへんのか?」
「何かアルビオンに忘れ物でもしたのかい?」
「……まぁ、そんなとこや」
 ウルフウッドは傍らのチェストを開けて、自分の服があることを確認した。そして、そのポケットを触って、風のルビーの感触を確かめる。
――サウスゴータのウェストウッドという場所に埋めて欲しい。
 その遺言はまだ果たせぬままだった。
「一応、国交は形式上は断絶されていないが、こんな時期にトリステインとアルビオンを行き来する船なんて、ないよ。下手をすれば、それが戦争の火種になるかもしれないこんな緊迫した状況下ではね」
「そうか……」
 ウルフウッドは静かに、自らの心の奥底に染み渡らせるように呟いた。
 結局、何も出来なかった自分の無力さが、どうしようもなくうらめしかった。


 ラ・ロシェール。アルビオンとトリステインを繋ぐ港として繁栄している町。
 この町も中継地点としての役割にそぐわず、人の行き来は非常に多い。
ゆえに、食べ物だとかみやげ物だとかそういった文化が発達するのは必然なわけで、つまりはこの町には名物のプリンがあるのだった。
 ルイズは今、そのプリンを片手にラ・ロシェールの病院へと向かっている。
無事、王女への報告をなんとか終えた彼女は、数日ぶりにこの町へと戻り、そして入院している自らの使い魔の様子を見に戻ってきたのだ。
 使いに出したふくろうからウルフウッドが意識を取り戻し、順調に回復していることを聞いていた。ゆえにそういう意味ではとても気が楽なのだが、別の意味で彼女は自らの使い魔と会うことを恐れていた。
――ウルフウッド、怒っていないかな?
 あのワルドとの戦いで彼が生死に関わるような大きな傷を負ったのは、間接的には自分のせいだ。
 それ以前に目を閉じれば、あの日の光景がありありとよみがえる。
 目の前で血を吐きながら斃れたウェールズ。あの時、頬にかかった彼の血の感触はまだ生々しく残っている。
 自分を殺そうとしたときのワルドの目。まるで、蛇のような目をして、彼は自分に向かって杖を振り下ろそうとしていたのだった。
 そして、ワルドに杖を突きたてられて、崩れ落ちるウルフウッド。あの時、引きずった彼の体の感触と、少しずつ血の気を失っていく彼の姿が頭にこびりついて離れない。
 もう一つ。初めて、魔法で人を傷つけた。血があふれ出る左肩を押さえながら、自分をにらみつけたワルドの目。自分の魔法で、人の肉と血が飛び散った。
 ルイズは、そこで頭をフルフルと左右に振った。
 嫌なこと、辛いことは早く忘れてしまうに限る。
 終わってしまったことはどうあがいても変わらない。なら、それにとらわれて悩むだけ無駄だ。
 今大切なことはそんなことではない。今はそんなことを考えずに、ただいつも通りに振舞ってみせよう。
 お見舞いに買って来たプリンを二人で食べよう。まず、今やるべきことは、それだけだから。
 ルイズは病室の前で深呼吸した。つい数日前まで一緒にいたのに、なぜこんなに緊張するのだろうか。
 意を決してドアをノックする。コンコンという乾いた音を二回響かせて
「わたしよ。入るわよ」
 慎重にドアのノブを回した。間接的とはいえ、ウルフウッドの怪我の原因を作ってしまった自分を、彼はどう見るのだろう? 改めて、恐怖が頭の中に浮かぶ。
 ルイズは意を決して、一歩部屋の中へと足を踏み入れた。
「よう、じょうちゃん。久しぶりやな」
「って、なんであんたはそこまで普段通りなのよー!」
 気が付けば、ルイズは思い切り怒鳴りつけていた。
 気さくにベッドで半身を起こしたまま右手を挙げて挨拶をしたウルフウッドは「なんやねん?」と不思議そうに首をかしげている。
「はぁ……。まぁ、いいわ。あんたがそんななのは今に始まったことじゃないしね。いい加減わたしも慣れてきたわよ」
「はぁ、そうけ」
 まだ、どこか納得の行かなさそうな表情のウルフウッド。
「傷は、もう大丈夫なわけ?」
「まぁな。もうしばらく安静にしたら、退院してもええいう話やで」
 ウルフウッドの傷は、実はほぼ現時点で完治していたのだが、彼はあえて入院したままでいた。
彼の人間離れした回復力について問い詰められるのもうっとおしかったし、とりあえずここにいればルイズと落ち合えるので、病院に滞在したままでいた。
「おおきいじょうちゃんは? 一緒違うんか?」
「キュルケのこと? あいつはトリステインからそのまま学院に戻ったわよ。『また、ラ・ロシェールまで行くのはめんどくさいわ』とか言って。それはそうと、タバサも帰ったの?」
「あぁ。あの子、礼言ういても頷くだけやったけどな」
「ふーん。そう」
 一通り当たり障りのない世間話をして、二人の話題は尽きてしまった。
 ウルフウッドも、ルイズも、あのアルビオンの一件について話すことはお互いに避けていた。
 ウルフウッドはルイズを気遣って。ルイズもウルフウッドに怪我を負わせた負い目からうまく切り出せないでいた。
「ところで、じょうちゃん。その手に持っている包みはなんや?」
 沈黙に耐え切れなくなったのか、ウルフウッドがルイズの手に持っている荷物を指差した。
 よっしゃ、キター! ナイス話題振り! とルイズは内心でガッツポーズを取った。これなら、自然にお見舞いの品を渡せれる。
 二人で仲良くプリンを食べて、このぎくしゃくした感じから脱出する。これで、この計画を自然に実行できる。
 変に不器用なところのあるルイズは、お見舞いの品一つ渡すだけでも、苦労するのだった。
「こ、これはね。そ、そのあれよ。一応、主人としてつ、使い魔を気遣うのは当然の義務というか――って、ウルフウッド、そのベッドの脇にあるのは何?」
「これか?」
 緊張して言葉をかみながら喋っているルイズは、ウルフウッドのベッドのサイドテーブルにおいてあるブツに気が付いた。なんか、どっかで見たことがある気がする。しかも、つい最近。というか、ついさっき。

「これは、この町の名物やいうプディングや。けっこう、イケるで」
 ウルフウッドはしれっと言ってのけると、傍らの皿を手にとって食べかけのプリンを食べ始めた。
「ち、ちょっと待ちなさいよ! なんであんたが、そんなものを食べて――」
「やや! これはミス・ヴァリエール、お久しぶりですな!」
 ルイズの背後から、聞き慣れた声が聞こえた。
 あぁ、大体わかったわよ。声と喋り方で大体わかったわよ。
 ルイズはその声の方向を振り向いた。そこには見事に後光の差すありがたい頭が。
「……なんで、コルベール先生が、ここに?」
「いや、先日ウルフウッド君が怪我をして、病院に運ばれたという話を聞きましてな。心配になって、こうしてお見舞いに来たのですよ」
「んで、このプディングは先生が、さっきお見舞いの品に持ってきてくれたんや」
 空気を読め、このハゲが。
「え? 今、なにかおっしゃいましたかな、ミス・ヴァリエール?」
「……いえ。何も」
 ルイズは顔をうつむきにし、全身からどす黒いオーラを出し始めた。
 せっかくのとっておきの仲直り計画が見事に頓挫だ。どうしてくれる?
 そのオーラに圧倒されたコルベールは慌てて、ウルフウッドの傍による。
(ウルフウッド君。なんかミス・ヴァリエールの様子がおかしくないですか?)
(あんだけ色々あったから、じょうちゃんも結構精神的に辛いんやろ)
 ブラックホールのようなオーラを放つルイズをみながら、ウルフウッドとコルベールは小声で語り合う。
「おや? ミス・ヴァリエール、その手に持っておられるのはひょっとして、この町名物のプリンですか?」
 ルイズは唇の端だけを引き上げて笑った。
 触れてはいけないことに触れたな、このハゲ。
 その様子が怖かったので、コルベールとウルフウッドは身をのけぞらす。
「……えぇ。そうよ。でも、残念ですわ。わたし一人でこのプリンを、ウルフウッドの目の前でおいしそうに食べてやろうと思って持ってきたのに。
先生が使い魔にプリンを買い与えていたなんて。やだわねー。あらやだ、ほんと。オホホホ……」
 ゴクリとウルフウッドとコルベールはお互いの顔を見やって、同時に唾を飲み込んだ。 そして、やけくそになったルイズはその場でプリンを二個、一気に食べた。


 コルベールは病院の裏庭で一人パニッシャーの整備を行っていた。
 外装に固定化の魔法を掛けたおかげで、ワルドの魔法攻撃を何度か食らっても、パニッシャー自体はほぼ無傷で無事だった。
「しかし、改めて惚れ惚れする技術の高さですなー」
 コルベールは額の汗を袖で拭きながらひとりごちた。
 持ってきた予備の銃弾を装てんする。
 結果的に自分の整備した銃が、人に向けて発砲されてしまったわけだったが、それによって少女一人の命が救われた。ならば、まだよしとしよう。
 コルベールは心の中で、そう自分に言い聞かせた。
「……センセ。ちょっと、相談したいことがあるんやけれども」
 突然、背後から声を掛けてきたウルフウッドに、コルベールは背中をびくっと震わせた。
「う、ウルフウッド君。いきなりびっくりさせないでくださいよ」
「びっくりしたんはこっちの方や、センセ」
「……なにか、あったんですか?」
 ウルフウッドのただ事じゃない様子に、コルベールは表情を引き締めた。
「じょうちゃんの様子がおかしい」
「ミス・ヴァリエールの?」
 こくりとウルフウッドは頷く。
「んでワイにはどうしたらええかわからんから、こうしてセンセに相談とるねん」
「おかしいって、具体的にはどういう風におかしいのですか?」
「こっちに来たときもなんか様子がおかしかったけど、今回のはもっとおかしいねん。何言ってるか、わかりにくかもしれへんけど、ちゃんと聞いてや?」
 コルベールは頷いた。いつもは飄々としているウルフウッドがいつになく真剣だ。いや、悩んでいる。これはとても珍しいことだ。
「今日、病室でじょうちゃんがなんか本みたいなものを広げていたんや。んで、ワイはなんとなくそれを覗き込んだ。そしたら、それは白紙やったんや。やからワイはこう訊いた『じょうちゃん、なに書いてるんや?』てな」
 コルベールとウルフウッドは病院の裏庭で二人頭をつき合わせて、うんこ座りの姿勢で話し合っていた。傍目に見ると、なかなかに奇妙な光景だった。
「そしたら、じょうちゃんはこう答えたんや。『違うわよ。書いてるんじゃなくて、読んでるの。これは本よ』って。けどな、それはなんぼ見ても白紙やねん! なんも書いてへんねん! 
センセ、これっておかしないか? 最近じょうちゃん様子おかしいし、なんかやばいことになっているんちゃうか?」
 ウルフウッドの言葉にコルベールは深く考え込んだ。そして、重々しく一つの言葉を言った。
「空鍋……」
「え?」
「聞いたことがあります。私はそれに近い症状の症例を。ウルフウッド君、もしかしたらことは一刻を争うかもしれません! 早速、この町の図書館へ調べに行きましょう!」
 コルベールは切羽詰った表情で、やおら立ち上がった。ウルフウッドもその勢いに後押しされるように立ち上がる。
 一人の少女を救うために、今ここに二人の男が立ち上がった。


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