あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GIFT08



 船を待つ間、時間はいつもと変わらずに流れすぎていった。
 実に、怠惰で無意味な時間が。
 ミス・グラモン――ギーシュは、キュルケと共にカードゲームに興じていた。
 ただし、その勝負は傍から見ると退屈極まりないものだった。
 キュルケの巧みなフェイントや先読みで、女装の貴族少年は赤子のように翻弄され、コインを奪われていく。
 ギーシュはその度に憤慨して、再戦を挑むのだが……。
 何度もやっても、ただ同じことの繰り返し。
 つまれたコインはまるで流れ作業のようにキュルケのもとへと運ばれていくのだった。
 その見ているだけで不毛な気分になる勝負事の横で、タバサは本を読みふけっていた。
 自分の周辺では、何事も起こっていないと宣言するかのように。
 日が沈み、空に双月が昇る頃、ギーシュはついに疲労困憊して机に顔を伏せてしまった。
 ただ気力と、金を無駄に浪費しただけの、むなしいゲームだった。
 ギーシュは顔を伏せたまま、自戒の念をこめたつぶやきを漏らす。 
 「もう二度と、ギャンブルなんかするものか……」
 その自戒に、どの程度の効力と有効期間があるのかは、神のみぞ知る。
 キュルケからすれば、適当に時間をつぶし、なおかつ小銭まで稼げるなかなか面白い時間だったが。
 ちょうど同じ頃、タバサは読んでいた本を読了していた。
 眼鏡の乙女がパタンと本を閉じると、キュルケは軽く伸びをした。
 「そういえば、ルイズは?」
 友人の質問に、タバサは小さく首を振っただけだった。
 「ああ……。そういえばさっき、散歩してくるとか言ってたけど……」
 全く覇気のない声で言ったのはギーシュだった。


 夜の真っ暗闇――というわけではない。
 港町のことであり、日が暮れたといっても、あちらこちらで灯がともされ、多くの人が行き交っている。
 夜の街は明るかった。
 しかし、それでも闇はある。
 太陽の支配する昼間でさえ闇を駆逐することはかなわない。 
 ましてや、闇が支配権を握る夜の中で、人間が灯した矮小な光が、巨大な闇に対してどこまで有効だというのか。
 その闇に紛れ込み、ルイズは意識を集中させていた。
 蜘蛛の感覚を糸のように、あらゆる方向へと伸ばしていく。
 無数に伝わってくる振動をブラックコスチュームが逐次分析し、的確に処理して、ルイズへと伝える。
 その中でもっとも、重要なものを受け、ルイズはゆっくりと、しかし風のように行動を開始した。
 服や靴をまとめて黒い糸で包み込み、適当な場所へと隠してから、黒いマスクをつける。
 構造的に、明らかに視界を狭くするはずのそれは、逆にルイズの視界――あらゆる五感を研ぎ澄まし、増幅・拡大させていく。
 うまくすれば、100メイル先の針の音をも聞き取ることができそうだった。
 ひどく、気分が高揚し、陶酔感にも似たものが激流のように全身を駆け巡る。 
 そのくせ、頭の中はクリアに処理されて、いつもよりもクールになっていた。
 ルイズはデルフリンガーを背負うと、ふわりと跳んだ。
 光の届かぬ闇の中を、音もなく移動していく。
 そのために、恐ろしく奇異な服装でありながら、彼女の存在に気づく者は誰もいなかった。
 スパイダーセンスに反応したものを目指し、ひたすらに跳び、走る。
 物騒な殺気を放ちながら、しかし目立たぬように動いている一団を見つけるのに、ほとんど時間を要さなかった。
 その集団は一見して団体で動いているようにわからぬよう、一人ないしはごく少数で、ある方向へと進んでいた。
 薄暗い闇の中でも、マスクをつけたルイズの視線はそいつらの格好や顔つきを何の苦労もなく見ることができた。
 おそらく、傭兵の類だろうか。
 いずれも、世間をはばかるか、さもなくば唾を吐きながら生きているのがわかる。
 そういう顔だった。
 なら、まったく遠慮はいらないわね。
 ルイズはマスクの下でニヤリと笑う。
 いや。そうではなく。
 マスクそのものが、ルイズ自身の顔となり、カッと裂けた口でニタリと笑った。
 蛇のような長い舌を不気味に蠢かしながら。
 でも、それはほんの一瞬のことで、ルイズはそのことに無自覚なまま、さらに傭兵たちの動向を探った。
 あれ、これっておかしくない?
 傭兵たちの進む方向は、ルイズたちが泊まっているに『女神の杵』亭のある場所だ。
 偶然か? いずれにしろ、そいつらの目的が友人のパーティーに参加して、愉快に過ごすことでないことは確かだ。
 もっとも、連中にしてみれば、押し込みに入って人を殺すのも、金を奪うのも、パーティーみたいなものかもしれないが。
 いずれにしろ、このまま捨て置けば連中が血生臭いことをするのは、明らかだ。
 だけど、まあ。運が悪かったわ。
 ルイズは手近に場所にいる者を選び、蜘蛛の糸を素早く飛ばして傭兵を引っ張りあげた。
 男が騒ぐ前に首の骨をぼきりとへし折り、死んだのを確認すると、また次の獲物を狙う。
 今度はより確実に、蜘蛛の糸で口をふさぎ、心臓をデルフリンガーで突き刺してから、路地に転がしておいた。
 多分、朝まで発見されることはないだろう。
 闇の中で、左手のルーンが鮮やかに煌き出した。
 もっともっと速く、効率よくできそうだ。
 ルイズはそう確信して、さらに速く動いた。
 気分がどんどん高揚していくのがわかる。
 全身を包むブラックコスチュームがルイズの感情を受けて、力を増幅し、それがさらに……。
 「すげえぞ、相棒! とんでもねえ速さで力が溜まってくじゃねえか!? おまけにこの力、この動き……」
 闇の中で、デルフリンガーの驚愕と狂気の声がかすかに響いた。


 土くれのフーケ。
 そう人から呼ばれるその女は、ハッとして立ち止まった。
 今から指揮するはずの傭兵たちが一人もいないのだ。
 逃げたのかい? いや、それはない……。
 手筈では、これから『女神の杵』亭のいる魔法学院の坊ちゃん嬢ちゃんを、傭兵たちと共に襲うことになっている。
 なのに、手足となる連中がいつの間にか姿を消しているのだ。
 何かがおかしい。 
 フーケは目まぐるしく考えを巡らせたが、結論がすぐに出された。
 身を翻し、『女神の杵』亭から離れていく。
 何かわからないが、これはやばい。
 盗賊家業の中で培ってきた野生動物のような勘が、それを伝えていた。
 狭い路地を、追っ手がかかりぬくい逃走経路を選び、ひたすらに走る。
 このまま逃げれば、あの男や、そのバックが面倒かもしれないが、これ以上関わるのは、もっと危険だ。
 しかし、狡猾な怪盗も、自分の背後を黒いモノが苦もなく追いかけていることに気づくことはできなかった。
 いきなり、何がねばつく巨大な網のようなものがフーケを捕らえた。
 黒い網はその粘着性でフーケの動きを封じ、壁へと貼りつけてしまう。
 こいつは一体なんなんだ?! 魔法!?
 衝撃に眩暈を感じながら、フーケは必死で状況を確認しようとする。
 混乱するところへ、フーケの目の前に黒い影が降り立った。
 全身真っ黒で、銀の網目が走る不気味な怪人だった。
 釣りあがった、肉食昆虫のような不気味な銀の眼がフーケを見ている。
 仮面でもつけているのか、それともそういう顔であるのか、すぐには判断しにくかった。
 怪人の身にまとう雰囲気はオーガ鬼のような巨躯のバケモノだ。
 しかし、実質的には小柄で、おそらくフーケよりも小さい。
 女……? いや、子供?
 それとも、その両方、つまりは少女なのだろうか。
 怪人は何も言わず、フーケを見ている。
 フーケの状況は、まさに蜘蛛の巣にかかった虫だった。
 このまま殺されるのを、ただ待つばかりか。
 今の状態では、杖も振るえない。
 黒い網がしっかりと体を固定してしまっているのだ。
 「……どこのどなたか知りませんけど、命ばっかりは助けてくれるとありがたいんだけどねえ?」
 わざとおどけた態度で、フーケは言ってみた。
 しかし、怪人は何も応えない。
 身じろぎもせずに、フーケを見ているだけだ。
 ちっ。なんだってんだい、こいつは……!?
 薄気味悪いどころの話ではなかった。
 そもそも、こいつに人間の言葉が通じるのか。
 フーケが焦っている時、黒い怪人――ルイズのほうも驚いていた。
 ミス・ロングビル? 人違い? いえ、間違いない……。学院長の秘書が、なんでこんなところにいる?
 それも、物騒な殺気を放って。
 まさかあの傭兵どもは学院とつながりがあるのか? いや、そう判断するのも早計か。
 「あの、兵隊さんたちは、あんたの知り合い?」
 ルイズがたずねると、フーケは顔をしかめた。
 相手の正体がわかったわけではない。
 その声がぞっとするものだったからだ。
 どうやら女であるらしいが、まるで毒蛇か何かがしゃべっているような気味の悪いものだった。
 「何の話だい?」
 とぼけるフーケに、ルイズは念のために用意していたものを投げてやった。
 デルフリンガーで切り落とした傭兵たちの生首だ。
 「……なんだい? 脅しかい? こんな奴らは知らないよ」
 そうか、とルイズはうなずいた。
 まあ、学院と関係していようがいまいが、知ったことか、幸いこっちの顔も素性も知れてはいない。
 死人に口なしだ。
 片手でフーケの首を押さえつけ、空いた腕を振りかざした。
 このままパンチをお見舞いすれば、フーケの顔はミンチになることは確実だった。
 顔がわからなければ、足もつきにくいだろう。
 「ま、待て……!!」
 あわててフーケが叫んだ。
 雰囲気と、その凄まじい殺気から、怪人の行動が脅しではないことを悟ったためである。
 こいつは、虫けらでも踏み潰すみたいに、自分を殺す気だ――
 そう理解したのだ。
 「……」
 怪人は、動きを止めた。
 しかし、構えた拳はいつでもフーケに叩きこめるようになっている。
 そのスピードならば、フーケをノシイカみたいにするのに、瞬きほどの時間も要りはしない。
 「頼まれたのさ……」
 「……」
 怪人は何の反応も示さなかった。
 だが、少し沈黙が続くとフーケの喉をつかむ手に、ぐいと力をこめた。
 それがもう少し強められれば……。
 フーケは息苦しさと、怪人の手の不気味な感触に怖気をふるいながら、次の言葉を口にする。
 「……レコン・キスタにね」
 少し迷いながら、フーケは真実を告げた。
 「レコン・キスタ?」
 怪人の声に、驚きが混じる。
 それにフーケは、得体の知れない相手に人間性のようなものを感じとり、若干安心をした。
 安心をすると、いくらか落ちついた思考もできる。
 「ああ、そうさ。何か知らないが、この先の宿にいる連中が邪魔なんだとさ」
 「で?」
 かすかに顔を近づけ、怪人は訊ねてくる。
 「あたしとあんたが殺しちまった連中とで襲うことになってたんだけどね……。どうもやばそうな雰囲気なんで逃げることにしたのさ」
 で、あんたに捕まったんだよ、とフーケは目で語った。
 ルイズはマスクの下で舌打ちを漏らした。
 こっちの動きは筒抜けか。
 まあ、どうせこんなもんだろうとは、思っていたわ。なにせ、あの脳味噌が楽園(エデン)のアンリエッタ姫だもの。
 さて、それじゃあこの女をどうするか……。
 ミス・ロングビルを見ながら、ルイズは思案をした。
 感じた危険反応からすると、こいつはかなりの使い手らしい。今はいいが、魔法でも使われると厄介だ。
 なら、いっそ後腐れなく……。
 ルイズはミス・ロングビルの喉元から手を離し、相手が息をつく暇を与えずに、すぐさまその口をふさいだ。
 そして、空いた手の指に力をこめると、グローブの先端部分が鋭利に突き出し、真っ黒な爪と化した。
 ロングビルの顔が驚愕に、恐怖に歪む。
 「災難……いや。自業自得だと、諦めることね」
 ルイズは笑った。
 その時、びりびりと、ブラックコスチュームが緊張状態となった。
 コスチューム全体が巨大なレーダー網となり、周囲のあらゆる情報をルイズに伝達し、処理の補助を行う。
 仮面の男が、杖を振るい、呪文を唱えて――黒い怪人……ルイズを狙っている。
 そして得たもっとも重要な情報は――
 ルイズは眼を見開き、夜空に跳躍した。
 この瞬間、フーケは目撃した。
 黒いマスクが、マスクではなく、怪人の顔そのものに変貌するのを。
 眼は鋭い牙、長い舌を見た。耳は不快な怪物の咆哮を聞いた。
 化け物!!
 叫びそうになった途端、フーケの体を雷が貫いた。
 全身が沸騰し、衝撃が神経を伝う激痛を伴って走りぬけた。
 雷撃はフーケを捕らえていた黒い糸を焼き切り、壁の一部を破壊する。
 ライトニング・クラウド!? しかし、誰が? あの化け物か?!
 意識が朦朧となる中、地面に転がったフーケは白い仮面の男が近づいてくるのが見えた。
 そうか……。こいつか……。
 フーケは自分の身が焦げる匂いを嗅ぎながら、男を睨む。
 「てめえ……」
 フーケは怨嗟の声をあげた。
 「てめえはないだろう。お前を助けようとしたんだ」
 男はしれっと言い放ち、身をかがめてフーケの顔を見る。
 「その傷では、作戦には移れそうにないな――」
 「てめえの、魔法のせいだろうがっ……」
 「毒を吐けるようなら心配はいらないな……。しかし、今の化け物はなんだ?」
 「そんなこと、あたしが、知るかよ……」
 「まさかとは思うが……あれが」
 ルイズの使い魔ではないだろうな?
 仮面の男はつぶやき、使い魔が逃げ去った――と思われる空を見上げた。
 「おい……」
 フーケは仮面の男を睨みつけた。
 「そう、急くな。今、手当て……」
 言いかけた時、仮面の男はフッと消えてしまった。
 「……へ?」
 フーケが眼を丸くすると、目の前――仮面の男からすれば、真後ろにあたる暗がりで、物音が響いた。
 ほんのかすかだが、うめき声が聞こえたような……。
 「……ちょっと?」
 震える声でフーケが呼びかけると、暗がりからぬっと影が姿を見せた。
 ただし、それは仮面の男ではなく、逃げたと思われたはずの、黒い化け物だった。
 声もないフーケに、化け物は話しかける。
 「ねえ、お姉さん……。さっきの男は殺した途端、煙みたいに消えちゃったんだけど……。何か知らない?」
 愉しげに言う化け物に、フーケは息を飲んだ。
 「……」
 「そう」
 化け物はフーケの髪の毛をつかみあげる。
 「……ありゃ、遍在さ。風の、スペルだよ」
 「へえ。で、あいつ、なに?」
 「レコン・キスタの一人さ。革命だとかいって、国を裏切った野郎さ。名前は、ワルド……」
 「……」
 化け物は、黙った。
 フーケはやけになり、べらべらと市場の叩き売りみたいにしゃべり続ける。
 「……ゲルマニアとトリステインの同盟を壊すのに、トリステインのお姫様がアルビオンの王子様に送った手紙とやらがいるんだとさ」
 「なるほど」
 「……で、そいつはついでにアルビオンの王子の首、それにヴァリエールの小娘がほしいってね。はっ幼女趣味かよ」
 「ヴァリエール?」
 「よくは知らないさ。でも、姫さんの手紙を預かってる小娘が、妙な力を持ってて、それが欲しいらしい……」
 一気にしゃべった後、フーケは苦痛で顔を歪めた。
 ぐらりと視界が暗転する。
 ちくしょう、ここまでかい……。まったく、つまらないところで死んだもんだ。ティファ……ごめんよ……。
 フーケは唯一の心残り、『妹』の顔を思い浮かべて眼を閉じた。


 「どうするよ」
 闇にまぎれて走る途中、デルフリンガーが言った。
 「どうやら、あのキザは敵の間者らしいや。このまま一緒に行動するのはやべえぞ?」
 「そうねえ。でも、あれだけで信じられるかしら」
 「そりゃそうだがな。だが、ありゃ嘘をついてるって顔じゃあなかったな。ヤケクソで洗いざらいぶちまけったって感じ」
 「剣のくせに」
 「剣だが、人間ってやつは他の人間以上にようく見てるぜ。死にざまは特にな」
 「な~るほど……」
 ルイズは笑った。
 それから、服を隠した場所に戻り、衣服を身につける。
 すっかり服を着込んだ後、ルイズはフッと微笑んだ。
 「まー、しばらく、様子を見ましょ」
 「おいおい、そんなのんきなこと言ってる場合かよ――」
 デルフリンガーが呆れた声で言った。


 「ルイズはどうしたんだ?」
 キュルケたちが部屋でくつろいでいるところ、ワルドは入ってくるなりそう言った。
 「さあ? 散歩してくるとか言ってましたが……」
 「困ったことだな、こんな時にそんな単独行動なんて」
 ギーシュが答えると、ワルドは溜め息をつく。
 そこに、ドアを蹴るようにして短髪の男装少女が入ってきた。
 「ちょっと、ルイズ……」
 その無作法にキュルケは顔をしかめたが、ルイズはキュルケにかまわずワルドを見て、
 「ワルド子爵。すぐに、宿を出ましょう」
 「ど、どうしたんだい?」
 「戻ってくる途中、傭兵らしい連中が大勢この宿に向かって歩いているのが見えたんです」
 「傭兵って……。そりゃ彼らだって宿くらい……」
 ギーシュはちょっと笑ってみせた。
 しかし、タバサはすぐに立ち上がり、キュルケもそれに続いた。
 「あの、みんな?」
 「あのねギーシュ、傭兵が、しかも集団で、貴族相手の宿屋に泊まると思う?」
 キュルケは馬鹿にしたように言う。
 「多分、ここを狙ってくる」
 タバサもうなずいた。
 「そういうことよ、それに……宿に泊まるとしても、武装姿でくると思う?」
 ルイズはぐりぐりとギーシュの金髪をこねまわした。
 「……そうか。よく報せてくれた!」
 ワルドは沈思していたが、すぐに笑ってルイズの肩を叩いた。
 「ぼやぼやして、敵の奇襲を受けることはない。諸君、予定外だが、すぐに出発しよう」
 ワルドの号令で一同が忙しなく準備を始める間、
 (ずいぶんうまくいったわね?)
 (まあ、髭にしても渡りに船ってえ感じだったな)
 ルイズは、デルフリンガーと密かに笑い合っていた。
 (だけどよ、相棒? どうせなら……)
 (なに?)
 (とっとと、あの髭殺して逃げちまえばいいんじゃねえのか?)
 (そうね、その通りだわ)
 (……だったらよお)
 (でも、ダメよ。勘だけど、このほうがアルビオンに行きやすい気がするの)
 (へえ。相棒、やる気だね?)
 (どうかしから)
 ルイズ自身も、何故こんな選択をしているのかわからなかった。
 自分たちの行き先が危険であることは、スパイダーセンスに頼るまでもなく周知の事実なのに。
 共生する生きたコスチュームの本能が、ルイズにも強い影響を与えている。
 その事実を、ルイズはまったく自覚してはいなかった。
 コスチュームはただルイズの肉体を強化しているだけではなく、ルイズから栄養源を摂取している。
 そして、その【栄養】をより多く得るため、コスチュームは宿主に戦えと叫び続けている。
 人を、殺せ! と――


 大急ぎで宿を出たルイズたちは、途中妨害らしい妨害にも合わず、桟橋までたどりついていた。
 実際のところ、襲ってくるはずの相手は全滅しているのだから当然だったが。
 ワルドとミス・グラモンことギーシュはグリフォン。他の三人はタバサの風竜で空を駆けていた。
 風竜は飛行中、ひどく緊張した様子だった。
 途中キュルケはラ・ロシェールのほうを振り返りながら、
 「今さらだけど、ホントに怪しい奴ら見たの? なんかそれらしい気配を感じないんだけど」
 「おそらくあちこち散ってこちらを探してるんだろう。見つかったら厄介だ、急ごう」
 ルイズが答える前に、ワルドがすらすらと言った。
 ルイズはただ肩をすくめただけだった。
 タバサは無言でルイズを見たが、すぐに顔をそらす。
 グリフォンと風竜が並んで、巨樹――桟橋の前に降りたつ。
 その後、幻獣たちから降りた一同は、ワルドを先頭にアルビオン行きの船へと向かった。
 ワルドが船長と交渉している間、ルイズはじっと闇の向こうを見ていた。
 その方向にある浮遊大陸アルビオンへと、その意識は向けられていた。
 髪の毛ほどの小さなものだが、危険信号が針のようにルイズの神経を貫いてくる。
 今も、戦い――殺し合いは続いているのだろう。
 キュルケはドタバタですっかり化粧が落ちたギーシュに、手ずから化粧をしてやっていた。
 「ほうら、とっても奇麗ですわ、ミス・グラモン」
 「……はあ、なんでことに」
 のっているキュルケと比べ、ギーシュのほうはがっくりと、ずぶぬれになった小型犬みたいに肩を落としていた。
 未だ女装をさせられるのは抵抗があるようだった。
 タバサは下から呼び寄せた風竜のそば、ちらりとルイズのほうを見ているようだった。
 「行こう。出発だ」
 交渉を終えたワルドの声に、ルイズはうやうやしく女装のギーシュにもとのかしずく。 
 「お嬢様、お手を」
 「……~~」
 ギーシュは顔をしかめながらも、ルイズの手を取った。
 その様子を見て、キュルケはくくく、と笑う。
 てきぱきとした船員たちの作業のもと、船はゆっくりと動き始めた。
 「いよいよ、白の国ね――」
 キュルケがわずかながら緊張した声で言った。
 それは同時に、ある種の歓喜をまじえたものでもあった。
 どうやら燃え上がるのは色恋だけではなく、荒事においても、らしい。
 「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、包囲されて苦戦中のようだ」
 ジッとしていたルイズたちに近づきながら、ワルドが言った。
 「そ、それで、皇太子は?」
 ギーシュは声を潜めて尋ねると、ワルドは首を振った。
 「そこまではな」
 「最悪、手紙を届ける相手が死んでる、ということも考えられるわけですか」
 ルイズは少年の口調で皮肉げに笑う。
 「なっ」
 毒のある言葉に、ギーシュは青ざめた顔でルイズを見た。
 「そうだが……。死んだとも決まっていないさ」
 「ボクもそう願います」
 わざわざアルビオンまできて、無駄足にならないように、とルイズは驕慢な笑みを浮かべた。
 「あんた……やっぱり、キャラ変わったわ」
 キュルケの声に、ルイズは、
 「別に――? ただ、ボクも色々と学んでいるのですよ。ミス・ツェルプストー」


 気配を感じ、ルイズはすぐさま身を起こした。
 ブラックコスチュームの補助のもと、すぐに眠っていた肉体が再起動し、通常時へと移行していく。
 空はまだまだ薄暗く、太陽はその顔をほとんど出してはいない。
 「ルイズ」
 自分の近づく影がそうささやくのを聞きながら、ルイズはつまらなそうな顔をする。
 「男相手に、夜這いですか? いや、今の時間だと朝這いかな?」
 「そうじゃあないんだ」
 近づいてきた影は羽帽子を持ち上げて、ルイズの顔を見る。
 「では、何の御用です? ワルド子爵」
 「離れている間、君の心はすっかり僕から離れてしまったらしい」
 ワルドはその美顔に似合わぬ、情けない顔で苦笑した。
 「それは、お互い様でしょう」
 ルイズは素の声で、そっけなく言い返す。
 「この際、正直なことを言おう。僕は、君の力が欲しいんだ」
 「婿養子になりたいと?」
 「いや、ヴァリエール家は関係ない。君個人の力さ。それを貸してほしいんだ」
 「私は、ゼロのルイズですが」
 「……確かに、昔から君は、お姉さんたちと比べられ、できが悪いと言われていた」
 「仕方ありません。事実ですもの」
 ルイズは素直にそう認めた。
 今のルイズにとって、魔法とは至上の価値でも、力でもない。
 もっと純粋で、強大なパワーが自分と共にあるのだから、もはやこだわる意味はなかった。
 同時に、父母や姉たちに対する敬意も、どんどんと薄らいでいる。
 「しかし、僕は知っている。君には他の者にはない、特別な力があるとね」
 「嫌味ですか?」
 そう言い返しながら、ルイズは軽く動揺していた。
 まさか、こいつは自分の使い魔、自分の半身のことを知っているのか。
 「違う。ところで……」
 「なんです」
 「君の使い魔というのは、どんなものなんだい?」
 「なぜ、そんなことを?」
 「学院で、恒例の使い魔召喚儀式が行われたはずだろう? 君は何を召喚したんだ?」
 「ですから、なぜ、そんなことお尋ねになるんです」
 「これは重要なことなんだ。頼む、教えてくれ」
 「布きれですわ」
 ルイズは、誤魔化さずに真実を口にした。
 当然重要なことは伏せたまま。
 「ぬの? 布って、あの服とかベッドとかの……あの布かい?」
 予想外の答えだったのだろう、ワルドは眼を白黒させた。
 「ええ、そうですわ。それも汚い襤褸切れが。それが、あなたの言う特別な力を持ったメイジの使い魔ですか?」
 返答につまっているワルドを、ルイズはネズミをなぶる猫のような視線をぶつけて、
 「まあ、特別といえば特別ですわね? 特別の下に、【出来が悪い】とつきますけれど」
 ルイズは吐き捨てるように言って、ワルドから離れた。
 特別な力? そんなものが、あるのか?
 ルイズはぎゅっと手袋の感触を確かめるように左の拳を握った。
 あるとすれば、悪くはない。
 なかったとしても、どういうということもない。
 現状において、ルイズの中でワルドの言った言葉はあまり大きな価値となるものではなかった。
 そんな時。
 不意に、ルイズの頭で何かが爆ぜた。
 それは――かつて、ブラックコスチュームを持っていたものの、記憶。
 断片的だが見たこともない、ものや風景、そして言葉がルイズの頭を走り、消えた。
 誰かが――
 緑色をした何者かが、笑いながら話しかけてくる。
 〝我々は人間ではない。……人間以上のものだ〟
 その通りだわ。
 ルイズは、記憶の中の誰かが言った言葉にうなずいた。
 〝我々は我々が選んだ者になる〟
 そうなのか。
 ならば、自分は、ルイズは何を選択するべきなのか。
 そう考えた時、別の言葉が響いた。
 〝しかし、君を理解できるはもの誰一人いない……〟
 〝私だけだ……〟



新着情報

取得中です。