あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と狼の牙-13


虚無と狼の牙 第十三話

 空が白んでいく。
 ウルフウッドは夜明けのアルビオンを一人、城のバルコニーから眺めていた。あの晩餐の後、また部屋の戻る気分ではなかった彼は、こうして朝までずっと空を眺めていた。
「長い――今日が始まるな」
 ぼそりと独り言をつぶやく。今日これから起こるべき事がまるで夢のように感じられる。しかし、そのポケットにはしっかりと、ウェールズから託された指輪の感触がした。
「相棒」
 一人目を閉じたまま何かを考え込むウルフウッドにデルフリンガーが話しかける。
「なんや」
「馬鹿なことは、考えるなよ」
「馬鹿なこと?」
 デルフリンガーは少し間を置いた。
「連中のために一緒に戦おうとか、そういう類のこった」
「悪いけど、ワイはそんなお人好しちゃう。いつでも、自分のことだけでいっぱいいっぱいや」
 ウルフウッドは静かに言い放った。朝の、霧の匂いのする空気が彼にまとわり付く。
「じゃあ、これからどうするつもりだい?」
「じょうちゃんの結婚式が終わるのを待って、それから船で陸に戻る」
「……ここで待つのかい?」
「あぁ」
 こともなさげにウルフウッドは呟く。デルフリンガーは、もしも息が吐けるなら特大のため息を付いてやりたいところだと思った。
「相棒。お前さん、じょうちゃんの結婚式には出ないつもりかい?」
「そや」
「あのよぉ、相棒。あのワルドって貴族が気に食わないのはわかるけれどもよぉ。子供じゃないんだ。拗ねてもどうしようもないぜ?」
 デルフリンガーがあきれ返るような声を出した。
「ちゃう。そんなんやない」
「じゃあ、どんなんだよ」
 ウルフウッドはゆっくりと下唇を噛んだ。そして、静かに言葉を続けた。
「ワイの手は汚れすぎてんねん。とてもやないけど、人を祝福することなんてできひん。牧師いうても、葬式専門がええとこやな」
 ウルフウッドは己の両手を開いて、手のひらをみつめる。彼の目には、そこにおびただしい量の血がついているのが見えた。
「血塗られたこの手で、一体何を祝福できるいうんや」
 両手を朝日に透かしてみた。指の間から漏れた朝日がウルフウッドの顔に差して、彼は目を閉じた。



 礼拝堂。そこにルイズとワルドとウェールズの三人はいた。
「すまないな、ワルド子爵。いかんせん、こんな日なのでね。本来ならもっと盛大に祝福をしたいところなのだが」
「いえ、構いませぬ。殿下。そんなことよりも、殿下が我らの結婚式の媒酌人をお引き受けしていただいたことには、感謝の言葉もございませぬ」
 ワルドが慇懃に礼をした。
 ウェールズは皇太子としての正装でワルドに向かい合って立っている。そして、ワルドの隣には花嫁衣裳に身を包んだルイズがいた。
「さて、いつ貴族派の連中が襲ってくるかもわからぬ。略式で申し訳ないが、結婚式を始めさせていただこう」
 ウェールズは大仰に手を二人の前で上げた。
 そのまま辺りを見回して、結局彼は来なかったか、と心の中で呟く。
「どうかなされましたか、殿下?」
「ん? いや、なんでもない。失礼。それでは」
 ワルドの言葉に襟を正して、ウェールズは気を取り直すと、
「では、式を始める」
 ウェールズの声が、静かに響く。
 しかし、ルイズはその言葉にも反応せず、静寂の中で時間が止まったように佇んでいた。
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」
「誓います」
 ワルドは重々しく頷き、落ち着いた声ではっきりと言った。
 ウェールズ領くと、視線をルイズに移した。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読みあげていく。
 ルイズはただ考え込むように、下を向いている。
「新婦?」
 ウェールズが不思議そうにルイズの名を呼んだ。
 ルイズは慌てて顔を上げる。
 頭の中でさっきから繰り返されているのは、ウルフウッドの言葉。
――それはおじょうちゃんが決めるべきことや。
 ワルドとの結婚。それは自分で決めたことだったろうか。
 いや、違う。許婚と決めたのはお互いの両親同士の話だ。それも、遠い昔子供の頃の。 あの頃は、将来ワルドと結婚するものだと思っていた。けれども、それは本当に自分自身で決めたことだろうか。
 違う。
 ワルドと結婚するのが嫌だとか、そういうことじゃない。ただ、これは自分の答えではない。
 それが間違いでもいい。ただ、自分で決めたことを後悔しないだけでいい。胸を張って、自分で決めたことを自分で貫き通したい。
 そうしないと、いつまでも自分は追いつけない。
 ルイズは顔を上げて、はっきりと前を見据えた。フーケのゴーレムに立ちはだかったときのように。空賊の頭と対峙したときのように。
「続けてもよいかな? では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と……」
 ウェールズはそんなルイズの目を見てにこりと笑った。彼女は彼女の答えを出した。ならば、それでいい――
 ルイズは深く深呼吸して、決心した。
 ウェールズの言葉の途中、ルイズは首を振った。

「新婦?」
 ウェールズは柔らかい笑みでルイズに声を掛ける。
 せめて、この目の前の小さな少女には、自分で決めた生き方を貫いていって欲しい。
「ルイズ?」
 ルイズは、不思議そうに彼女の顔を覗き込むワルドに向き直った。
「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」
「違うの。ごめんなさい、ワルド……」
「どうしたんだい? 日が悪いなら、改めて……」
「そうじゃない、そうじゃないの。ごめんなさい、ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」
「新婦は、この結婚を望まぬのか?」
 ウェールズは優しい声でルイズに問いかけた。
「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」
 ワルドの表情が少し歪んだ。思わずルイズの手をとろうとしたワルドをウェールズが遮る。
「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」
「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒むわけがないじゃないか」
「ごめんなさい。ワルド。あなたのことが嫌いなわけじゃない。ただ、今のわたしにはあなたと結婚することを決心できるだけのものがないの」
 ワルドは静かに両手をだらんと垂らした。そして、その場にある石を見るような目でルイズを見た。
「ルイズ。一体僕の何が物足りない? 力も、名誉も、僕にはある。それでも、君は僕に何が足りないと言う?」
「ワルド……」
「ルイズ、君がそれでも満足しないなら、僕は世界を手に入れる。世界をこの手にね。ルイズ、そのためには君の力が必要なんだ。君は僕と共に来れば世界を手に入れられるんだよ?」
「わたし、世界なんか、いらない……」
 ワルドは深く息をつきながら、首を左右に振った。その様子にルイズは無意識に後ずさりをした。
「そんな爬虫類みたいな目をしないで」
「……魔法の才能、そして従順さ。君はそれだけあればいい。自らの意思など、貴族としての矜持など、そんなものは君には必要ないんだ」
 ワルドはゆっくりとルイズを振り向いた。
「自分の行き方を自分で決めて、わたしは後悔したくないだけ。ワルド、あなたがわたしに望むのが、あなたの傀儡なら、わたしはわたしの貴族としての誇りにかけてお断りするわ」
「随分立派になったものだ。あの泣き虫が。誰の影響だ? まぁ、もうそんなことはどうでもいいか」
 ワルドはそのままルイズに正対する。落ち着き払った態度が逆に不気味だった。
「ワルド子爵。彼女の意思は固い。あなたも貴族なら、ここはおとなしく引き払ったらどうかね?」
 ウェールズがルイズとワルドの間にすっと割って入った。
「君の気を引くために色々小細工をしたのが、徒労に終わったか。まぁいい。目的の一つはあきらめよう」
「……何を言っているのだ、子爵?」
 ワルドのどこか異様な雰囲気を感じ取ったウェールズが杖を構える。
「今回の旅の目的は三つあった。一つは、君。ルイズを手に入れること。二つ目は、君の懐にあるアンリエッタの手紙」
「逃げるんだ!」
 全てを察したウェールズはルイズを振り返り、大声で言い放った。そして、杖を構えて詠唱を始める。
 しかし、ルイズは動けなかった。頭で状況が理解できても、心は納得してくれない。呆然と、そのまま立ち尽くす。その視界の片隅で、ワルドが杖を抜くのが見えた。
 ドン、という鈍い音がした。ほぼ同時にルイズの顔に何かがかかった。
「がっ、はっ……」
 恐る恐るルイズが視線を向けた先で、ウェールズが口から血を溢れさせていた。彼の服が見る見るうちに紅く染まっていく。
 彼女の頬にかかったのがウェールズの血だと気が付くのに、そう時間はかからなかった。

「『閃光』こそがわが二つ名。アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー、確かにその命頂いた」
 ワルドがウェールズの身体に身を預けるようにして立っている。その手元では杖が深々と腹に刺さっていた。
 ウェールズが詠唱を終える前に、ワルドの術による凶刃が彼を捕らえていた。杖を持ったままのウェールズの右手が震えている。ウェールズの顔が痛みに歪む。
「さてと、これでルイズ。あとは君から手紙を頂けば、僕の仕事は終わりだ。おとなしく渡してくれるなら、それでいいのだが――」
 ルイズはワルドの言葉に我に返ると、胸のポケットに入った手紙をかばうように礼拝堂の入り口へと走り出した。
「やはり渡してはくれないみたいだね。仕方がない。ここは力ずくで頂くとしよう」
 ワルドは杖をウェールズから引き抜こうとした。しかし、抜けない。
「……殿下。往生際が悪いですぞ」
 ウェールズが必死の形相で、ワルドに抜かせぬべく左手で杖を握り締めていた。口から血を溢れさせながら、今にも倒れそうな足で、ワルドをにらみつける。
「悪いが、きっちりと仕事はさせていただいた。致命傷だ。あなたは助からない。さっさと、この手を離されたほうが楽になりますぞ」
 最後の力を振り絞るウェールズにワルドはあざ笑うような視線を投げかける。
「――!」
 その刹那、ウェールズがおもむろに上半身を上げ、右手の杖をワルドへと向ける。とっさの判断で杖から身を離し、体勢をしゃがみこませるワルド。
 ウェールズの杖から放たれた最後の魔法は、ワルドにかすることすらなかった。ウェールズの放った真空の刃で出来た竜巻は、礼拝堂の入り口のドアを破壊した。
 ワルドは「ふぅ」と息を吐くと、安心したように笑う。
――どうか、気が付いてくれ。
 力を使い果たしたウェールズはそのまま身体を折り曲げて、床に崩れ落ちた。
「最後の力を振り絞って相打ちを狙うまではよかったが、残念でしたな」
 こと切れたウェールズの身体を足で仰向けにひっくり返して、ワルドは杖を引き抜いた。ウェールズが死んでいるのを確認してから、ワルドは杖を構えてゆっくりと逃げようとしているルイズへと振り向いた。
 ワルドの放った風の魔法がルイズの足を取る。逃げようとしていたルイズは足をとられ、地面に叩きつけられた。
「手荒な真似をしてすまないね、ルイズ。けど、今君にここから出て行かれると、いろいろと厄介だ。悪いがさっさと終わらせてもらうよ」
 床に手を着いたままおびえるルイズに、ワルドはゆっくりと近づいていく。
 しかし、ワルドはこのとき気が付いていなかった。ウェールズの本当の狙いは成功していたことを。

「さて、ルイズ。手紙はどこだい? 渡してくれないか?」
 ルイズは涙を溜めた目で、ワルドをにらみつける。絶対に泣くことはしない、そう決意した目だった。
「仕方がないな。下手に手荒な真似をして、手紙を破ったりしたら大変だからな」
 ワルドは大げさに嘆息してみせると、杖を大きく掲げた。
「だから、ここは君の首でも切り落とさせていただくとしよう」
 ワルドが魔法の詠唱を始める。ルイズは目を瞑った。
 もうどうしようもない。絶体絶命だ。
 けど、けど――
 ルイズの頭の中で一人の男の顔が浮かぶ。
 わたしは、ちゃんと自分のことは自分で決めたよ。ちゃんと言われたとおりに、がんばった。だから、だから――助けて!
 心の中で、叫んだ。
 次の瞬間、聞こえてきたのは、何かが爆発するような音だった。それも一瞬のうちに何発も。
 目の前で、何かが殴り飛ばされるような激しい音がした。それは、自分が襲われる音ではなかった。
 ルイズは恐る恐る目を開けた。目の前のワルドが何かの衝撃で横なぎに飛ばされ、床に横たわっている。
 そして、
「無事か! ルイズ!」
 聞きたかった声が聞こえた。
 ルイズは安心して、ぽろぽろと泣き始める。こくりと頷くのが精一杯だった。そして、それだけで十分だった。
 彼女の視線の先にある壊れた礼拝堂の入り口には、巨大な十字架と大きな剣を構えた彼女の使い魔がいた。


 ワルドとウェールズ。突然ウルフウッドの左目の視界に奇妙な光景が映った。
「なんや……」
「どうしたんだい、相棒?」
「ワルドとウェールズが見える。これは……じょうちゃんの視界?」
 ウルフウッドは左目を抑えがら、呟く。
「使い魔と主人の感覚は繋がっている。まぁ、そういうこともあらぁな。けど、どうして今になってそんなもんが見えるだろうな、っておい!」
 ウルフウッドはデルフリンガーを乱暴に掴んだ。そして、立ち上がりパニッシャーを背負う。
「まずい」
「え?」
「まずいことになった! クソ、しくってもうた!」
 ぎりぎりと歯を食いしばりながら、胃の奥から吐き出すような声で吐き捨てるウルフウッド。
「まさか、あの娘っ子の身に?」
「あいつらは、あいつらは今どこにいる!」
「わ、わからねーよ! 結婚式っていうんだからどっかの礼拝堂だと思うけど」
「ちっ!」
 ウルフウッドはがむしゃらに走り出した。彼の左目に映る光景、そこにいるワルドの姿は――見慣れた殺人者の目だった。

「くそ! 礼拝堂ってどこやねん!」
 ウルフウッドは城内を走る。しかし、辺りには人影は見当たらない。全員、今は地下で戦闘と脱出の準備を進めているはずだった。
「相棒、落ち着け! とにかく見晴らしのいい場所に出るんだ!」
 間に合うか?
 その言葉だけがウルフウッドの頭の中を埋め尽くす。焦る心は冷静な判断力を奪う。
 血を吐いているウェールズの姿が見えた。
 急がなくてはいけない。事態は刻一刻と悪い方向へ向かっている。
 そのときだった。何かが爆発するような音が聞こえた。
「……あっちや!」
 ウルフウッドは全力で走り出した。
 確証はないが、確信はある。ルイズたちは間違いなく、そこにいる。
 ウルフウッドたちはまっすぐに先ほどの爆発音の場所にたどり着いた。
「相棒、間違いねえ。ここが礼拝堂だ!」
 粉々に砕け散った入り口の扉越しに、ルイズと――ワルドの姿が見えた。
「相ぼ――」
 デルフリンガーが声を掛けるよりも早く、ウルフウッドはパニッシャーを構えた。
 警告も何も必要ない。叩き込むだけだ。ワルドに向かって、己の牙を。

 十数発の弾丸は確実にワルドを捉えた。撃たれた衝撃で教会の床を転がっていくワルド。土煙を上げて転がるワルドを見届けると、ウルフウッドは礼拝堂の入り口へと走りこんだ。
「無事か! ルイズ!」
 大声で叫び、ウルフウッドは礼拝堂の砕けたドアの破片を乱暴に踏みしめる。
 こちらを向いたルイズと目が合う。泣いてはいるが、傷はなさそうだ。
 ウルフウッドはルイズがこくりと頷くのを見届けると、ここでほんの少しだけ肩の力を抜き、辺りを見回した。
 床にへたり込んだまま泣いているルイズ。そのルイズに襲い掛かろうとしていたワルドがパニッシャーの弾丸を受けて、中央の床に倒れている。そして、その奥には――
「……ウェールズ」
 唇を噛み締めながら、ウルフウッドは呟いた。彼の視線の先に横たわっているのは、昨日の夜話をしたアルビオン王国皇太子ウェールズ。
 彼の服が血に染まっているのが見て取れる。おそらく、あの出血量では――
 くそったれ。
 なんでこんなとこで終わっとんねん。お前は王家の誇りとやらを見せるん違ごたんかい。なにを、こんなところで――
 ポケットに入れた風のルビーの感触が、痛い。
「う、ウルフウッド……」
「すまん、じょうちゃん」
 震えるルイズの声に立ち尽くしたまま、ウルフウッドは小さな声で応えた。
「本当に、すまんかった」
 何が、自分には資格がない、や。結局のところ、オレは逃げ出しただけで、それで、その結果がこれや――
 気が付いていたはずだった。ワルドという男に何かがあることは。しかし、それを自分には関係ないと勝手に決め付けて、そしてその結果が、これだ。
 自己嫌悪。ウルフウッドは唇を血が出るまで噛み締めた。鉄の味が、口の中に広がる。

 なにをやっとんねん。なんも成長してへんやないか。
「ウルフウッド、あの、わたし」
「大丈夫や。なんも言わんでも、大体の事情はわかる――」
 ウルフウッドの目が見開いた。殺気が、する。
「じょうちゃん、伏せろ!」
 ウルフウッドはルイズの前に走りこみ、パニッシャーを盾のように構えた。そこへ、巨大な雲のようなものが迫ってくる。それはウルフウッドを包み込むと、
「がぁっ!」
 ウルフウッドの全身に鋭い衝撃が走った。身体が、痛い。そして、熱い。
 全身から煙を出しながら、ウルフウッドは肩膝を付いた。全身がしびれたように力が入らない。
「おんどれ……」
 ウルフウッドが上目遣いににらみつけた、その先には、平然と杖を構えるワルドがいた。

「ふう、危ない危ない。全く、恐ろしい火力の銃だ」
「あんだけ、ぶちこんだったのに、無傷やと?」
 ウルフウッドは歯を食いしばる。確かにあの時パニッシャーはワルドの身体を捉えていた。彼の視線の先にいるワルドはしっかりとその足で立っている。対するウルフウッドは、パニッシャーである程度防いだとはいえ、それでも全身にダメージを食っている。
「どれだけ火力があっても、それは銃だ。僕は風のスクエア。風を使って銃弾の方向を変えてやれば、ダメージは受けないよ」
 余裕の表情で立っているワルド。
 不意をついたはずなのに、防がれた。知っていたのだ、ワルドは己の武器を。
「くそったれ。こっちの手の内はバレとったか」
「例の手合わせのときに、隠して通したのが無駄になったな。まぁ、あの手合わせの際に本気を出していなかったのは、僕も同じことだが」
 この状況はまずい。こちらの攻撃が通じない上に、相手の攻撃を防ぐ術がない。
 ここは礼拝堂だ。辺りには備え付けの椅子が並んでいる。小回りの効いた動きで魔法をかわすのは難しい。
「じょうちゃん、もう立てるな? 逃げろ」
 ウルフウッドは搾り出すように声を出した。
 しかし、ルイズは首を振る。
「逃げろ、言うとんねん。駄々こねんといてくれ」
 それでもルイズは首を振り続ける。
「いや。わたしも戦う。わたしは逃げない。逃げたくないの。誰かを置いて逃げたくないの」
「わがまま言わんといてくれや。この状況がわからんわけちゃうやろ」
 ウルフウッドはゆっくりと立ち上がる。
 敵に背を向けないものを貴族という――なんとなく、今ならその意味が理解できるような気がする。
 ルイズは涙を流しながらも、その場から動こうとしない。健気にも杖を構えている。
「泣くな、ルイズ。お前は間違ってへん。堂々と胸を張れ」
 素直に敬意を払おう。自らの主人の勇気と、貴族としての矜持に。
 ウルフウッドはパニッシャーを持ち上げ、力強くワルドを見据える。
「使い魔と主人の美しい絆、と言いたいところだけれども、こっちも時間がないのでね。無粋だが、これで終わらせてもらう」
 ワルドは二人の様子を鼻で笑うと、魔法の詠唱を始めた。
 ウルフウッドはパニッシャーをワルドに向けて撃った。しかし、その銃弾はワルドの手前でワルドを避けるように曲がり、後ろの方向の椅子を打ち砕くだけ。
 ウルフウッドは歯を食いしばる。
 何をやっとんねん、ワイは。結局、なんもできひんのか。こいつにいいようにやられて、それで、それでもうアカンいうのか。こんな小さい女の子一人守れへんのか――
「相棒! オレを構えろ!」
 デルフリンガーの声が響いた。
「お前……」
「思い出した、思い出したぜ。相棒、お前の心が震えたから、オレは思い出した」
「何をや」
「説明は後だ。来るぜ!」
 さっきと同じ、いや、それ以上に巨大な雷雲が彼らに迫る。
「ちっ、この際や。どうにでもなれ!」
 ウルフウッドは左手のデルフリンガーを構えて、その雷雲にぶつけた。
 ぶつかった瞬間、ウルフウッドは電撃を覚悟した。しかし、その瞬間は訪れない。代わりに、デルフリンガーが触れた雷雲が見る見るうちに小さくなっていく。
 見ればウルフウッドの左手が力強く光り輝いている。

「こ、これは?」
「へへへ。思いしたぜ、相棒。オレはよー、ガンダールヴの左手。こうして相手の放った魔法を、吸収することが出来るんだ」
 得意げに響くデルフリンガーの声。見る間にワルドの魔法は消え去った。
「馬鹿な」
 驚きを隠せない表情で、ワルドはウルフウッドを呆然と見つめている。
「なるほど。なら、これで五分やな」
 ウルフウッドがにやりと笑う。そしてパニッシャーですばやくワルドの足元を撃った。弾丸の衝撃で木屑が飛び散り、椅子が砕け散る。
 ワルドは足場を取られないように飛んだ。その隙を逃さずに、ウルフウッドが一気に距離を詰める。
しかし、ワルドはウルフウッドの作戦を見抜いていたかのように、魔法を放って迎撃した。ウルフウッドは向かってきた巨大な風の刃をデルフリンガーでなぎ払い、後方に下がる。
 魔法で受けたダメージはあるが、身体の痺れは抜けてきた。これならば、いける。
「さすがは、伝説のガンダールヴ。一筋縄ではいかないか」
「こっちの弾が尽きるか、そっちの魔法力が尽きるかの勝負やな。じょうちゃん、危ないから、どっかに隠れとき」
 ウルフウッドはパニッシャーを構えた。長距離からの銃撃は風の防壁に遮られ通じない。ならば、近距離に持ち込むしかない。
 お互いにロングレンジの攻撃は効かない。ならば、先に尽きてしまったほうが、負けだ。
「悪いが、馬鹿正直に消耗戦に付き合う気はない。一気に決めさせてもらう」
 そしてワルドは呪文の詠唱を始めた。
「……魔法は通じひんで?」
「わかっているさ。ただ、これから使う魔法は攻撃魔法ではない。そうだね。ちょっとした、手品みたいなものだよ」
 そう言ってワルドが笑った瞬間、まるで風に揺られるように、彼の身体が五つに分かれた。
「なんやと?」
「偏在のスペル。言っておくが、これらは全て幻などではない。全て実体として存在している。あぁ、そうだ、せっかくだから種明かしもしてあげよう」
 ワルドは懐から仮面を取り出した。そしてそれを被ってみせる。
「……なるほど、全てはお前の手の内にあったいうことか」
「その通り。いろいろと策を練った割には大した成果は得られなかったが、まぁいいさ。さて、果たして我々五人から同時に魔法攻撃を受けて、防ぎきれるかな?」
 ワルドの偏在たちはウルフウッドを囲むように広がった。
「これで終わりだ!」
 ワルドの偏在の一人が魔法を放った。巨大な雷雲がウルフウッドに迫ってくる。
「相棒!」
 ウルフウッドは走り出した。パニッシャーを構えて雷雲へと突進する。
「無駄だ! 銃弾は効かないと言ったはずだ!」
 ワルドのあざ笑うような声が響く。しかし、ウルフウッドはそれに構わず前へと走る。パニッシャーを盾にして、魔法を真正面から受け、正面のワルドの懐へと飛び込む。
 ウルフウッドの全身から煙が起こる。それでも、焼け爛れた足で、焼け爛れた腕で、ウルフウッドは前へと進む。
 デルフリンガーで防御するものと高を括っていたワルドは少しだけ面食らう。
「馬鹿め! 防ぎきれないと見て玉砕に出たか」
「……お前の風の防御壁いうのは、これだけ近づいても効果あるんか?」
 ウルフウッドはパニッシャー銃口をワルドの身体に当てた。
 ワルドの顔が強張る。偏在の一人が慌ててウルフウッドに向けて魔法を放ったが、
「まずは、一人目」
 パニッシャーのゼロ距離砲撃がワルドの身体を射抜いた。銃声と共にワルドの身体にいくつもの穴が空く。

 ダメージを受けたワルドの偏在が薄くなり、そして消えた。
「偏在を一つ倒したくらいで調子に乗ってもらっては困るね!」
 ワルドの魔法、巨大な真空の刃がウルフウッドに迫る。しかし、それをウルフウッドは何事もなかったかのようにデルフリンガーで横なぎに払った。
――今だ!
 ワルドはその隙を逃さない。ウルフウッドの死角から偏在の一人が魔法で剣と化した杖を構えて、背後から刺し貫くべく突進する。これはウェールズを死に至らしめた魔法だった。
 しかし、ウルフウッドはその動きを読んでいたかのように、ワルドの姿を見ることなくデルフリンガーを回転させ、突きを放った。
「ごふっ」
 ワルドの杖とデルフリンガー、レンジの差で先にデルフリンガーが深々とワルドの喉元に突き刺さる。
「これで二人目や」
「……甘いね」
 ワルドの偏在は深々とデルフリンガーをその旨刺したまま不敵に笑った。そして、デルフリンガーを握り締めると、思い切り身体をひねる。
「偏在をにはこういう使い方もあるのだよ!」
 ワルドの偏在はウルフウッドの手からデルフリンガーを強引にもぎ取った。ガランという音と共に消え去るワルドの偏在とデルフリンガーが床に転がり落ちる。
「相棒!」
「ウルフウッド!」
 デルフリンガーとルイズが叫んだ。
「これで、貴様にはもう魔法は防げまい!」
 ワルドの偏在は杖を構えて魔法の詠唱を始めた。
 偏在二体を破壊されたのは痛いが、それでこの男の手からデルフリンガーを奪い取れたなら、十分だ。風の魔法で防御している以上、銃弾は効かない。
「甘い」
 ウルフウッドは不敵に呟く。
「何が――」
 その瞬間、ワルドはウルフウッドが足元にあった何かを投げたことに気が付いた。自らの元へまっすぐに飛んでくる、それ。それは、
「ウェールズの、杖だと?」
 ウェールズの杖が自分へと向かって飛んでくる。しかし、そんなものを放り投げたくらいで、ダメージを受けるはずがない。
 ワルドはウルフウッドの行動を悪あがきと重い、あざ笑った。
「往生際が悪い。こんなもので一体何が出来るというのだ!」
「……三人目。きっちり食ろうてもらうで?」
 その刹那、ワルドへ向かって飛んだウェールズの杖に向かって、ウルフウッドはパニッシャーを振りかざした。それはまるでパイルバンカーのようにウェールズの杖の背を押し、ワルドの胸を貫いた。
「なん、だと?」
 銃弾よりも激しい力を持って、叩き込まれた杖を胸に深々と刺したまま、ワルドの偏在は宙を舞う。そして、ワルドの偏在はまた一つ消えた。
 デルフリンガーさえ奪えば、ウルフウッドは何も出来なくなる。そう考えたことで、ワルドは大きな過失を犯した。
 偏在を破壊されたワルドは焦った。残った二体で一気に魔法を放って、勝負をつけようとする。しかし、ウルフウッドはワルドのその焦りを見逃さなかった。
「四人目、もろたで」
「しまっ――」
 ウルフウッドはパニッシャーを右手で担ぎ上げ、大きく回転させると、ワルドの偏在へ向かって砲火した。
 勝負を焦ったワルドは、風の防壁を維持することを怠った。ゆえに杖を構えたままなすすべもなく、銃弾にその身体を貫かれる。
「残り一体。これで終わりやな、ワルド」
 パニッシャーの銃口を下げ、涼しげにウルフウッドは言った。
「馬鹿な……」
 ワルドは自分の思い違いを後悔した。
 このウルフウッドという男のもっとも恐るべき点は、圧倒的火力を誇るパニッシャーなどではない。言うならば、その戦闘センス。
強引に可能性の扉をこじ開け、戦況をそのままひっくり返してみせる、驚異的なカン。
 その全てを完全に見誤っていた。

「くそっ。こ、この『閃光』の二つ名を持つ私が、ここまで追い詰められるとは」
 いらだたしげにワルドは呟くように言った。表情からさっきまでの余裕は消えている。
「二つ名、か。お前ら貴族はそういうのを持っているんやったな。自慢やないけど、似たようなものならワイにもあるで。ニコラス・ザ・パニッシャー」
 ウルフウッドはパニッシャーの銃口をワルドに向けて構える。
「お前ら風に言うなら、『断罪』。それがオレの二つ名や」
 ワルドは悔しげに唇を噛む。
――何が『断罪』だ、ふざけるな。
 しかし、ワルドにはもう精神力はほとんど残っていないのが実情だった。強力なスペルの連発に、偏在の魔法。風の防御壁を維持するだけでも、相当の精神力を消耗する。
 今のこの状況では、風の防御壁をほんの数分保持するだけで、自分の精神力は尽きてしまうだろう。
 追い詰められている。自分が、スクエアメイジの自分が。
――くそ、偏在のスペルなど使うべきではなかった。
 そんなワルドの状態を見抜いているのか、ウルフウッドは積極的に攻撃を仕掛けようとしてこない。
 こうしてワルドに牙を突きつけているだけで、彼を追い詰められることにウルフウッドは気付いていた。
「殺しはせえへん。その代わり、しゃべってもらうで。洗いざらいな」
――ふざけるな。たかが使い魔ごときが、偉そうに。見下すんじゃない。
 ワルドは考えた。
 今、ウルフウッドの手にデルフリンガーはない。魔法を防がれることはないはずだ。あとは、このパニッシャーさえ、なんとか出来れば――まだ、勝機はある。
 そしてワルドは気が付いた。ウルフウッドの後ろ、そこにいるルイズの存在に。
 ワルドはにやりと笑った。そしてスペルを唱える。
「まだ抵抗するんか!」
 強力なスペルはいらない。我が二つ名は『閃光』。ヤツが銃弾を撃つよりも早く――
 ウルフウッドは、ワルドの目が自分に向いていないことに気が付いた。歪んだワルドの目の先に目をやる。ルイズが何が起こっているのかわからないという表情で、ウルフウッドを見た。
「くそが!」
 ウィンドブレイクがルイズに向かって飛ぶ。ワルドは賭けに成功した。ウルフウッドの行動より早く、魔法を放った。
 ウルフウッドはすばやく、右手に持ったパニッシャーを投げつけるようにして、ルイズをかばう。風の塊が当たる衝撃に、ウルフウッドの右手が宙を泳ぐ。
 その隙をワルドは見逃さなかった。がら空きになったウルフウッドの胸元めがけて、一気に突進する。
ほとんど最後の魔法で、鋭利な刃物と化した杖。これをこの男の胸につきたてれば全ては終わる。ヤツの左手には、何もない。この攻撃を防ぐことは出来ない。
――もらった。その甘さが命取りだ!
 ワルドは心の中でそう叫んだ。しかし、その直後、彼の身体は芯から冷え切った。
 ウルフウッドが彼を見ていた。その目は恐ろしいほど空っぽで、間違いなくそれは殺人者の目だった。
 殺すものと、殺されるもの――今、間違いなく自分は殺されるものの側にいる。ワルドは直感的に恐怖を感じ取った。
 ウルフウッドは左手を懐に差し込む。そして、拳銃を取り出し、それをワルドの頭へと向けて構えた。ワルドにはその一連の行動がスローモーションで見えた。
 まずい。避けなくては――
 ワルドは必死に体勢を変えようとする。しかし、勢いの付いた身体はもうどうしようもなく、まっすぐに狼の牙へと向かっていくことしか出来ない。
――終わった。甘かった。
 そうワルドが覚悟を決めた瞬間、
「ウルフウッド!」
 ルイズの声が礼拝堂に響いた。
 その声にウルフウッドの動きが止まる。彼の目が殺人者としての光を失った。
 そして次の瞬間、ドンという音と共に、深々とワルドの刃がウルフウッドに突き刺さっていた。

 ワルドは一瞬何が起こったかわからなかった。確かに、ウルフウッドの銃は自分を捉えていたはずだ。なのに、なぜまだ生きている?
 そこで、今自分がウルフウッドの身体に身を寄せていて、自分の杖が深くウルフウッドの腹に突き刺さっていることに気が付いた。
 なぜかウルフウッドは引き金を引くのをためらった。ワルドにはその理由はわからない。しかし、確実に現実として言えることは――これで自分はもう勝ったも同然だということだ。
 急所は外してしまっている。だから、もう一つ止めを刺せば、ウルフウッドは死ぬ。

――何をやっとんねん。ワイは。
 ウルフウッドは腹から伝わってくる痛みを感じながら、自嘲していた。
 引き金を引くのをためらってしまった。絶対の場面で、自分はためらった。その結果がこれだ。
 なぜためらってしまったのか、と思う。
 あの瞬間、ルイズの声が聞こえた。そのとき、彼は不思議な感覚にとらわれた。いつだったか、孤児院の前で戦ったときと同じあの感覚。
 見ないでくれ、人殺しとしての自分を――
 なんということだろうか。自分は、ルイズの目の前で、彼女に自分が人を殺すところを見られるのを――怖がった。彼女に人殺しとしての自分を見られるのが、怖かった。

「僕の勝ちだな」
 ワルドはにやりと笑う。爬虫類のような目が歪んだ。
 杖を引き抜き、止めを刺すべく構える。心臓を一突き。これで、終わる。
「死ね!」
 ウルフウッドは覚悟を決めた。急所は外れているが、ダメージは深い。左手にも右手にも力が入らない。
――終わり、か。
 あきらめて目を閉じようとしたときだった。
 目の前で爆発が起きた。その衝撃にウルフウッドは目を見開く。直撃を食らったワルドの身体が、視界の横へと飛んでいく。
 ウルフウッドは右を振り返った。そこには杖を構えたルイズがいた。
「がぁ!」
 爆発の衝撃にワルドは床を三メートルほど床を転がる。直撃を受けたらしい左肩からおびただしい量の血が流れている。
 ルイズは震えながら、杖を構えて立っていた。涙で濡れた目は赤く、表情は青ざめている。恐怖と、初めて人に向けて魔法を放ったショックだった。しかし、それでも彼女は立っていた。
「ル、ルイズ。貴様……」
 ほとんど千切れそうになっている左腕を押さえながら、うめくようにワルドはルイズを見据える。ワルドの顔が痛みに歪む。
「ぐっ」
 ウルフウッドはドスンと崩れ落ちるように床に腰を落とした。黒い服が血に染まり、床に血溜まりをつくっている。
「ワルド。……あなたの思い通りには、させない」
 震える声で、震える指で、ルイズはワルドに杖をむける。
「まさか、君にやられるとは思わなかった。やってくれるじゃないか、ほとんど左腕がちぎれそうだよ。まったく、これじゃ『閃光』の二つ名が形無しだ」
 半身を起こしながら、ワルドは自嘲気味に笑う。ルイズは唇をかんだまま、ワルドを見据える。
「まぁ、目的の一つを果たせただけで、今回はよしとしよう。厄介な君の使い魔も急所は外してしまっているとはいえ、その出血量では助かるまい。
それに、こちらもそれなりにダメージを食ってしまった。今回はここで退かせてもらおう」
 そう吐き捨てると、ワルドは最後の力でフライの呪文を唱えた。礼拝堂の窓を突き破って、外へと飛び立った。
「もうすぐ、我がレコン・キスタの大群が押し寄せる。果たして、その傷だらけの状態で生き延びられるかな?」
 そう言い残して。


「ウルフウッド、 大丈夫? しっかりして」
 ルイズは床に崩れ落ちたままのウルフウッドの背中を揺さぶる。
「よう、じょうちゃん。すまんな。ヘタ打ってもうたわ」
 ウルフウッドは痛みで歪む表情で「助かったわ」と強引に笑ってみせる。
「じょうちゃんに助けてもろたな。ワイ一人やったらほんまにあかんとこやったで」
「何言ってるのよ……。わたしが、わたしが、いたせいで。だから、ウルフウッドはわたしをかばって。あぁ、血が、止まらない……。どうしよう」
 ルイズはウルフウッドの傷口にハンカチを当てる。しかし、すぐにそれは紅く染まり、全く意味のない物となる。その朱色のハンカチの上にルイズの涙が一滴ずつこぼれていく。
「わたしが、わたしがちゃんとした魔法を使えたら。水の魔法を使えたら……ごめん、ごめんなさい」
 泣きながら掴むウルフウッドの服の生地の感触はぼろぼろだった。二度もライトニング・クラウドを食らったせいだ。
「泣くな言うたやろ。大丈夫や。急所は、外れとる。ワルドのヤツ、へっぴり腰やったからな」
「それでも、血が」
「大丈夫や。それよりもおじょうちゃん。あんたは早う船に行け。その手紙を届けなあかんのやろ? やったら、はよせえ。置いてかれるぞ」
「いやよ! あんたも行くの!」
 ルイズはウルフウッドの両肩に手を入れて、ずるずると引きずる。床に血のわだちが出来ていた。
「あほか。こんなちんたらしとったら、間に合わへんで」
「使い魔を見捨てるなんて、メイジじゃないわ!」
「くそったれが……」
 ウルフウッドはルイズの手を払うと、ゆっくりと自力で立ち上がった。右手で血のあふれ出る傷口を押さえる。
 ゆっくりとした足取りで、ふらつきながらも、床に落ちたままになっていたデルフリンガーとパニッシャーを拾い上げる。
「そ、その身体でそんな重たいもの持てるわけないでしょう!」
「そうはいかへん。これはワイの身体の一部みたいなもんや」
「あ、相棒……」
「お前にも世話になったしな。置いていくわけには、いかへんやろ」
 ふらつく足取りで、椅子に手をかけながらドアへとゆっくりと歩いていく。そんなウルフウッドにルイズは駆け寄り肩を貸した。
「じょうちゃん、ちっこいなぁ。バランスがめちゃめちゃやんけ」
「うるさいわね! あんたが馬鹿でかいのよ!」
 ルイズは涙を流しながらも、精一杯目を吊り上げて怒鳴りつける。なんとか二人は助け合いながら、外へ出た。
 遠くから遠雷のように怒号が聞こえる。もう、侵攻は始まっているようだった。一刻の猶予も許されない。
「ぐっ」
 小さなうめき声を上げて、ウルフウッドがルイズを押し倒すようにして倒れた。パニッシャーが落ちる重たい音が響く。
「あかんなぁ。ちと、血の気が抜けすぎや。視界が、白うなってきた」
「ウルフウッド! しっかりしなさい!」
「……じょうちゃん。すまんなぁ。これ以上は無理みたいや」
 ウルフウッドは空を見上げながら、大の字で倒れている。もう、満足に腕も動かせない。
「何言ってるのよ! い、一緒に行くのよ!」
「あほか。ワイに付き合うとったら、助かるもんも助からん。行け、行くんや」
「いやだって、言っているでしょお!」
 ルイズの泣き声が響く。
「じょうちゃん、忘れろ。何もかも忘れろ。目の前で、人が殺されたことも、人に裏切られたことも、そして人を傷つけたことも。お前には似合わん。
お前みたいに気の優しいやつには血なまぐさい世界は似合わへんのや。そんなんと関係ない世界で生きろ。忘れろ。全て忘れるんやで。ええな?」
「な、何を言っているよ? そんな別れの言葉みたいに……あんたも来るの。あんたも、一緒に来るのよ!」
「使い魔は主人を守るんやろ? やったら、その使い魔のせいで主人が死んでもうたら、本末転倒やないけ」
 アカン。もう薬はないか。血がこんだけ、だばだば出とったら、もうアカンな。
 白くなっていく世界の中でルイズの顔が見える。
 何べん泣くな、言うたらわかんねん、こいつは。
 アホが。行けいうとんのに。仲良く一緒にくたばる必要なんかないんやで。
「ウルフウッド、しっかりして!」
 早よ、行け。ボケ。
「ウルフウッド! ウルフウッド!」
 早く、行け。そう言うとんのじゃ、ボケナス。
 ルイズが口をぱくぱく動かしているのだけが見える。
 あぁ、くそ。ついに耳までいかれてきたか。
 やから、早く行け言うてるやないけ。このアホルイズ。
 ルイズの顔がぼやけていく。ウルフウッドの視界が滲んだ。
 そして、そこで彼の意識は途絶えた。


新着情報

取得中です。