あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのエルクゥ - 22


 体の中心が引き裂かれるような衝撃。
 スクウェアの風の刃は、容易く臓腑を貫き……痛み、なんて言葉では到底表せない致命傷の苦痛に、ゼロのメイジの意識は闇に落ちた。

 ―――死ぬのかな。私。
 ―――任務を果たせず申し訳ありません、姫さま。
 ―――ワルド様が、なんで……。
 ―――ああ、ウェールズ様。私などに構わず、お早くお逃げください……。

 麻痺した意識とも夢の中ともつかない闇の中に、そんな言葉が浮かんでは消える。

 ―――コーイチ。

 最後に浮かぶのは、変貌した自らの使い魔の、大きな背中。
 あれが、エルクゥ。なんと恐ろしい生き物だろう。なんと力強い生き物だろう。
 命を賭してようやく人一人をなんとか一度庇えるぐらいでしかない『ゼロ』が、なぜあんなものを使い魔にできたのだろう。
 わからない。なぜだろう。なぜ―――。

「―――?」

 思考が螺旋に入り込んだところで、周囲の闇がゆっくりと晴れていく。
 目に映ったそこは、街並み……おそらく、街並みであろうという風景だった。
 見た事もない風景が流れていく。
 灰色で幾何学的に窓がついている四角い建物。
 魚の鱗のような奇天烈な屋根がついた三角の建物。
 色とりどりの不可思議な……そう、コーイチと同じような、てぃーしゃつ、とか、じーんず、とかいう服を着た人々。
 道の端には四角い建物と同じ灰色の柱が幾本も立ち並び、そのてっぺんには黒いひもが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。足元は固い何かで綺麗に覆われ、舗装されていた。

 やがて到着したのは、大きな邸宅だった。
 魚鱗屋根のついたタイプで、周囲を大きく塀で囲まれている。
 ヴァリエール家の本邸に比べれば猫の額に等しいが、これまで見てきた建物の中では、随一の広さを誇っていた。
 木とガラスで出来た引き戸を開けて中に入ると、板張りの廊下の先に、なんと紙で出来た扉があった。
 徹頭徹尾見慣れない、異国と言うのもおこがましいほどの異風景。
 しかし、怪我のために意識の薄いルイズは気にもせず、足が歩くに任せていく。
 靴を脱ぎ、廊下に上がり、見た事のない木々が生え揃う庭を眺めながら廊下を抜けて、紙の扉を開けた。

「おかえりなさい、耕一さん」
「おかえり、耕一」
「おかえりなさい! 耕一お兄ちゃん!」
「……おかえりなさい」

 4人の女性が、そこにはいた。
 優しげな微笑みを浮かべながら、どこか自らの長姉を思わせる鋭さを持つ女性。
 活動的な短髪をヘアバンドでまとめたボーイッシュな外見のくせに、けしからん胸部装甲を持つ女。
 それとは違ってかなり親近感の持てる体型の、ぴょこんと一本髪の毛の飛び出した、一番小さな女の子。年下っぽいのに雰囲気が次姉に近く、不思議な感じ。
 そして……どこか陰を背負ったような、残りの一人。

「ど、どうも。お邪魔します……」

 そこは『ただいま』と言うべきじゃないのかしら、と思ったが、『私』の口から出たのは、そんな他人行儀な挨拶だった。
 彼女達は四姉妹であり、『私』の父の兄の子……つまりは従姉妹だった。
 『私』の父は彼女達四姉妹と住んでおり、『私』の住んでいるところは、ここ―――隆山ではなく、遠くの東京というところで。
 その父が死に、その葬式のために、この家に厄介になりに来た、というところであるらしい。
 色々と複雑な事情でそうなっていたようだが、『私』にはそれ以上の事を彼らの会話から聞き取る事は出来なかった。

 ……これは、コーイチの記憶。

 流れるように時間が過ぎていく中でルイズが思ったのは、まずそれだけであった。

§

「きゃああああああああっ!!」

 ニューカッスル城客室から、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。

「ぐ、う、あああっ……!!」
「コーイチっ!? カエデ、あなた何を!?」

 耕一が腕を抑えて膝をつき、キュルケが目を剥いて叫ぶ。
 ―――耕一の左の手首から先が、すっぱりと切り落とされていた。

「……! 左手の、使い魔のルーンが?」
「……こりゃ、おでれーた」
「やっぱり、これが耕一さんを……っ!」

 どくどくと床が赤く染まっていく。
 床に落ちた左手の甲から、スゥッと使い魔のルーンが消え失せるのを見ていたのは、タバサと楓の二人と腰に差さっているデルフリンガーだけだった。

「使い魔のルーン? どういう事よ、説明して……ああもう! その前にコーイチを治さないと! ほらあんた! 混乱してないで早く治療して! ルイズの方は落ち着いたんでしょ!?」
「あっ、は、は、はいっ!」

 あまりの光景に、最初に金切り声を上げたまま放心していた水メイジの女性は、キュルケの一喝に、慌てて耕一に向かって杖をかざす。
 先ほどまで血を吐いて苦しんでいたルイズの呼吸は、うって変わって落ち着いていた。
 落ちた手首を切断面に当て、杖をかざして呪文を唱える。
 水色の光が患部に灯り、じわじわと出血が止まっていった。多量の出血のためか、苦悶に歪んでいた耕一の顔がふっと緩み、床に倒れ込んで眠り始めてしまう。

「……すいません。残っていた精神力では応急処置が精一杯で……見た目だけはくっつけられましたけど、中身は全然……」
「ありがとう。とりあえず命が助かったんならそれでいいわ。さあカエデ、説明してもらうわよ」

 女性がふらつきながら言うのに頷いたキュルケは、騒動を引き起こした張本人―――今しがた、その手刀で恋人の手首を切り落とした少女に視線を向けた。

「……はい。ですが、その話は、行きがてらにしましょう」
「? どこへ行くのよ?」
「……耕一さんとルイズさんを、治せる人のところへ」

§

 どうやら、『私』はあまり父親の事が好きではなかったらしい。
 お葬式の間、四姉妹達はひどく悲しみに暮れていたというのに、『私』の態度は平静そのものだったからだ。
 式も終わり、しばらく父親の傍にいてやって欲しい、という姉妹の長女の頼みで、『私』はその家―――柏木家に滞在する事となった。
 ブツダン、という、おそらく死者を弔うためのものであろう祭器におざなりに手を合わせ、やる事もなく退屈を持て余して日々が過ぎていく。

 そして、夢を見る。
 今の『私』が夢を見ているような状態なのに、その中でまた夢を見るというのは不思議な体験だったが、その夢は、そんなものを吹き飛ばすほどの衝撃だった。
 怪物が、自分を乗っ取ろうとしてくる。
 乗っ取られれば、その怪物は圧倒的な力で、周りの人間と言う人間を殺し尽くすだろう。
 そんな事をさせるわけにはいかない。
 少しでも気が緩めば、怪物は表へと出てくる。
 気を張り詰め、心の中の檻を抑え付け、じっと目が覚めるのを待つ事しかできないのだ。

 朝になれば、怪物は大人しくなる!
 朝だッ!
 朝はまだか!
 アサだあッ!
 アサあッ!

 朝はまだかあぁーッ!!

§

 少しの後、未だ眼を覚まさないルイズと、出血の為に眠っている耕一を連れた5人は、空の上の人となっていた。
 困憊していたシルフィードは一度ぐずったものの、特に急がなくていい&帰ったら好きなだけ肉を食べさせるという(彼女の主人にしては)破格の約束を取り付け、今は上機嫌で翼を広げていた。

「違和感はあったんです。エルクゥの力ではない、何か別のものが、耕一さんを動かしている……と」
「それが、使い魔のルーン?」

 キュルケの答えに、こくりと楓は頷いた。その膝の上では、少し青い顔で、耕一が寝息を立てている。

「耕一さんが鬼となって暴れていた時と、先ほどルイズさんをエルクゥにしようとした時……何か金属の刃のような、熱いような、冷たいような感じがして……その時に、ルーンが光っているのが見えたんです」
「ルーンがコーイチの意志を無視して体を操り、ルイズの仇を取るために暴れさせて、ルイズの命を助けようとさせた……って事? そんな強力な強制効果、使い魔のルーンには無いわよ」
「でも、そうとでも考えないと……耕一さんが、他の人間をエルクゥに変えようとするなんて、するはずがないんです……」
「……と、言ってもねえ」

 楓の言葉に嘘はないとはわかる。しかし、『コントラクト・サーヴァント』によって刻まれる使い魔の証の紋章にそんな強い服従の効果があるというのも、またキュルケの知識ではあまり考えられない事だった。

「……考えられなくはない」
「タバサ?」

 風竜の背びれに背中を預け、本に目を落としていたタバサが、ぽつりと呟いた。

「『コントラクト・サーヴァント』は、危険な魔獣であっても主人に友好的にしたり、小さな小動物が人間の言葉を理解出来るようになったり、主従で感覚のやりとりが出来るようになったり……かなり強く、頭の中身を変えてしまう魔法とも言える」

 最後の言葉を語る際、タバサの声がほんの少しだけ沈んだが、気付いた者はいなかった。

「人間に掛けられた例は、少なくとも記録にはない。人、もしくはそれに類する思考や意志を持つ者に掛けられた場合、その者の意志を、主人に友好的なように誘導、強制する効果は、どちらかと言えば、あると考えるのが自然」

 そして、少しだけタバサの言葉が熱を帯びる。

「何かしらの行動が使い魔本人の性質や信条に著しく反するようなものであり、尚且つ、その行動をしなければ主人の命が危ない、というような極限の場合には……もしかしたら、無理矢理に体だけを強制させる、と言うような事もあるのかもしれない」

 例として、通常の動物の使い魔が自発的に主人を庇って死んだと言う話は枚挙に暇がない、と付け加えた。

「……なるほどね」
「特に……彼についていたのは、ガンダールヴのルーン。どんな効果があっても不思議ではない」

 タバサの言葉に、カチリ、と耕一の差している剣が微かな金属音を立てた気がした。

「がんだーるぶ? 何それ?」
「始祖ブリミルに仕えたという4体の使い魔の一人。神の左手ガンダールヴ」
「始祖ブリミルの使い魔って……ちょっとちょっと、初耳よ?」
「……どちらにしろ、今は消えてしまったもの。もう意味は無い」
「……はあ。もう、つれないんだから」

 打ち切るように言葉を切ったタバサに、キュルケは髪を書き上げて溜め息を付いた。

「それにしても、珍しく饒舌ね、タバサ」
「……機会があって、調べた事があるから」

 ふい、と、まるで照れて顔を背けるかのように、タバサは本に目を落とす。
 それを見て、キュルケはくす、と小さく含み、楓に向き直った。

「話を戻すと、だからルーンのあった左手を切り落とした、って事?」
「はい。耕一さんにあんな事をさせるものを、放ってはおけなくて……」
「……無茶するわねえ。消えてくれたから良かったようなものの、右手とかに新しく出てきたりしたらどうするつもりだったの?」

 呆れたような、微笑ましいような、そんな複雑そうな感情を滲ませて、キュルケは苦味を含んで笑った。
 ……右手だったらヴィンダールヴ、とタバサが本に目を落としたまま小さく呟いた言葉は、風に消えていった。

「……ごめんなさい。衝動的にしてしまった事ですから、そこまでは考えていませんでした」
「私に謝られてもね。ま、後でゆっくりコーイチに謝っておきなさいな」
「はい……」

 耕一のあまり整えられていないざんばらな髪をそっと手櫛で梳いて、楓はそっと顔を伏せた。

§

 ……うわぁ。コーイチって、ロリコンだったんだ。

 目の前に展開されるピンク色の光景に浮かんだ感想は、ただそれだけだった。
 滞在して数日。あれよあれよという間に、四姉妹の三女―――少し陰のあるカエデという少女といい仲になってしまい、その部屋で男女の関係を築いてしまっているのだから。
 ―――いや待て。待つんだルイズ。そうじゃない、そうじゃないぞ。
 だって、今この状況をロリコンだと認めてしまったら、このカエデとかいうあまり発育の良くない少女よりさらにヤバイ私は、ロリータなどという言葉では表しきれない幼児体型という事になってしまうではないか。
 それはない。ないから、コーイチはロリコンではない。これ既定事項ね。破ったら殺すから。ここ、殺すから。

 『私』が現実逃避をしている間に、二人は行為を終えて身なりを整え、真剣な顔で話し込んでいた。
 それはいつか聞いたお話だった。そう、確か……『雨月山物語』。
 剣士の男と鬼の娘の、悲しい恋の物語。
 それはこの地方に伝わる昔話であり、コーイチとカエデはその二人の生まれ変わりだというのだ。
 なるほど、と疑問が氷解した。それは、スッキリと心地よい感覚だった。エルクゥと、ジローエモンと、コーイチの関係。本人ではないが同一人物であったと。
 何はともあれ、来世で再びと誓った二人は今ここに結ばれ、めでたしめでたし。

 ―――とはいかなかった。
 エルクゥとは、紛れも無い『鬼』であるのだから。

§

 そして数刻。シルフィードの背に乗った一行の目に、大きな森が見えてくる。

「あの森の中です。しばらく行ったところに森を切り開いた小さな村があります」

 楓の指示通り、タバサはシルフィードを下降させ始める。

「そんなところに、腕のいい医者がいるっていうの?」
「……医者、というわけではなくて」

 どう言ったものだろう、と思考を巡らせたところで、ふと気が付いた。

「……そういえば、お二人とも、エルフと言うのはご存知ですか?」

 彼女は、この世界では迫害、敵対種族であるらしい、という事に。

「そりゃ知ってるわよ。この世界のメイジでエルフの事を知らない奴なんていないわ」
「ん」

 二人ともが、肯定の意を示した。
 彼女はきっと、そういう事に敏感だ。先に言っておくべきだろうと楓は判断した。

「怪我を治せる人というのは、エルフ……いえ、人間とエルフの間に生まれたハーフエルフらしいんです。見ても驚かないであげてください」
「ええええええええっ!!?」

 見てもどころか、聞いただけで、キュルケが素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっ、ハーフエルフっ? 何それ、なんでエルフがこんなところに? いや、そんな事より、エルフとの間に子供なんて出来るものなの? ああもうっ、今日は驚いてばっかりだわあたしっ!」

 自棄になったかのような言葉だが、その語調は、どこか愉しげですらあった。
 世界は、まだまだ新鮮な発見と驚きに満ちている! ゲルマニアの、ツェルプストーの血は、学院で楓に出会ってからというもの、騒ぎっぱなしだった。

「……そのハーフエルフが、治療を?」
「はい。耕一さんの痕跡を追っていた私を偶然召喚した方なんですが……私を送り出す際、誰かに怪我があれば戻ってこい、完全に死んでいなければ治す事が出来るから、と」
「エルフの治療、か。確かに良く効きそうではあるわね。オーケー、機嫌を損ねないようにしとくわ」

 キュルケが爛々と目を輝かせて頷き……タバサは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。

「……一つ、いい?」
「タバサ?」
「その人が治せるのは……怪我だけ?」

「……何を治したいのかは知りませんが、ごめんなさい、わかりません。私も、そう言われただけですから」
「……そう。……降りる」

 特に何の感慨もないように言い、小さく宣言した通り、ばさっばさっと翼のはためく音が響き渡って、シルフィードは地に降り立つ。
 そこは、港町ロサイスの近郊、ウエストウッドと呼ばれる森だった。いきなり村の広場に竜が舞い降りてきたので、遊んでいた子供達は驚きつつも、興奮を隠そうとせずにはしゃぎまわる。
 ちょうど子供達の遊び相手をしていたティファニアは、最初こそ戸惑っていたものの、その背に乗っている人影の一人を見て、ぱあっと顔を綻ばせた。

「カエデさん!」
「テファさん、いきなりですいません、この人の治療をお願い出来ますか?」

 眠ったままの耕一を抱えて風竜の背から降りた楓は、挨拶をするのももどかしいというように、耕一を地面に横たえた。

「この人は……わ、わ、手、手がっ!?」

 ティファニアはその人物をぐるりと眺め回し、その左手首を見て仰天した。赤黒く幾筋もの血線が走っており、くっつききっていないところから向こう側の地面が垣間見える。

「水の魔法で外だけはくっつけたらしいのですが、中までは駄目だったと……」
「わ、わ、わかりました」

 ティファニアは深呼吸をして気を落ち着けると、その指にはまっている指輪をかざし、目を閉じた。

「……お願い、お母さん。おともだちの大事な人を、助けてあげて……っ!」

 その小さな願いの言葉が届いたのか、指輪と耕一の体が青く光りだし、みるみるうちに左手首の傷が無くなっていく。
 光が消えた時には、手首だけでなく耕一の体全体が、すっかりと血色を取り戻していた。
 すがりつくように、楓がその体を一度抱きしめる。続けて風竜の背から降りてきたキュルケ達が、その光景をほっとした様子で見守っていた。

「ありがとうございます……テファさん」
「う、ううん。治療したのは私じゃなくて、この指輪だし……そ、それに、わ、私達、おともだちでしょ?」
「……はい」

 その透き通るような白い肌を朱に染めながら、ティファニアは言う。二人はじっと見つめあい、ほんわかとした雰囲気が流れ始めた。
 入りにくい空気ねえ……と淑女らしくなくぽりぽり頭を掻いて、キュルケが一歩進み出た。

「あー、再会を喜んでるところ悪いんだけど、こっちも治してもらえるかしら?」
「は、はいっ!?」
「ご、ごめんなさい、キュルケさん」

 ティファニアが飛び上がるように驚き、楓が我に帰って頭を下げた。

「あちらの桃色の髪の子も治してあげてくれますか。お腹を刺されたそうなんです」
「う、うん。わかったわ」

 戸惑いつつも、ティファニアは同じように指輪をかざす。ぽうっとルイズの体に青い光が灯り、消えた。

「どうもありがとう。貴女がカエデを召喚したっていうハーフエルフのお方? 随分と可愛らしい方ですのね」

 キュルケが一礼して胸を張ると、そのメロンのような双子の山が、まるでその正面にあるスイカに対抗するかのように、健康的に跳ねた。

「…………エイケニスト」

 タバサは、じーーーーっと、そのティファニアの胸元のスイカだけを見つめ、誰にも聞こえないほど小さく何事かを呟いた。

「あ、あの、あ、あなたがたは? というか、ハーフエルフって……ええええっ!? わ、私の事、怖くないんですかっ!?」
「……なんだか、本当に可愛らしいわね。エルフって、皆こんなのなのかしら?」

 夜に出歩く悪い子はエルフが来て食べられちゃうぞ、と母親が子供を躾るぐらいにハルケギニアで怖れられている種族を目の当たりにしたキュルケは、どこか気の抜けたような、安堵したような顔で、ほっと溜め息を付いた。

§

 長く艶やかなその黒髪が、風もなく、自然と舞い上がる。
 吹き付ける冷気が、彼女―――四姉妹が長女、千鶴の『鬼』を示していた。
 そして、それに呼応するように、『私』も『鬼』を目覚めさせる。
 目の前の千鶴は人の姿をとったままだが、『私』は違う。
 目覚めた鬼の遺伝子が、体を作り変えていく。
 人間の域を越え、骨と筋肉が増殖、再構成されていく。
 膨張する体が内側から服を破り、膨れ上がった腕の先に刃のような爪が伸びた。
 体の奥底から溢れ出る力。
 『私』は目覚めた殺戮の本能のまま、近くにいた楓に爪を振るい、それを庇う千鶴との殺し合いを始めた。

 何合も何合も、腕と爪を交差させる。
 そのたびに風が舞い、地は震え、水を揺らし、火が身体中を駆け巡る。

 人智を越えた戦いの神楽の中、『私』は思った。

 ―――ああ。私も『これ』になってしまったのだ、と。



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