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虚無と狼の牙-12


虚無と狼の牙 第十二話

 ラ・ロシェールからアルビオンへと続く空、そこに浮かぶ船の上で一人のおっさんが頭を抱えていた。
「ちくしょー、破産だ。あぁ、もう破産だ。こんちくしょう……」
 どんよりとした空気の漂う甲板で一人両手を付いてうなだれる。
 なんでこんなことになったのだろうか。やっぱり人の不幸を当てにして一儲けしようとしたのが間違っていたのだろうか。神様、これは私への天罰でしょうか? 
あぁ、ならば懺悔いたします。というか、懺悔させてください。それでなんとかなるならいくらでも懺悔させてください。
 おっさんが一通り身勝手な反省をしたとき、何か鈍い音が目の前でして、おっさんは顔を上げた。
 そこには彼の願いを聞き入れたのか、牧師が一人立っていた。
 なんという天からの使い! あぁ、俺の願いは天に聞き入れられたのか! あぁ、今ここで懺悔すれば、オレの罪は赦されるのか!
「ぼ、牧師様! 私は、私はあぁ――ゲフッ!」
 な、なぜ牧師様は私の顔に十六問キックを……?
「……なぜ蹴る?」
 冷ややかな目で男たち二人のやり取りを見ながら、竜から降りるタバサ。首をかしげながらウルフウッドに尋ねる。
「なんかおっさんがいきなり抱きついて来ようとしたから、つい」
 そして、急に抱きついてきたおっさんの顔に見事な十文字キックを食らわせたまま、どうしたらいいのかわからずそのまま固まっているウルフウッド。
「あぁ神よ、そんなに私が憎いのか……」
 おっさんの悲しい声だけが空っぽの空間にゴウゴウとこだましていた。

「おい、おっさん。手短にワイの質問に答えてくれ」
 おっさんはまだどこかに行ってしまった様な目をしていたが、とりあえずウルフウッドの言葉には頷いた。
「あんたら、ラ・ロシェールで人を乗せたか? 一人は長身の大男で髭面で帽子かぶっていてなんかキザで嫌味で『僕仕事できる子だから』ってオーラがいけすかんヤツ。
もう一人が髪の毛がピンクがかった小娘で、身体も小さけりゃ胸も小さいくせに態度だけは一人前にでかいヤツ」
 おっさんは見事に特徴を捕らえているのはいいが、その表現はどうかと思った。
「乗せたよ。あぁ、そうさ。欲をかいてそいつらを乗せて飛んじまったせいでオレたちはこんな目に遭ったんだ」
「こんな目?」
「空賊だよ、くーぞく。オレたちはそいつらに襲われて積荷の硫黄を根こそぎ持っていかれちまったのさ」
「……んで、その二人は?」
「連れいていかれたよ。なんでもあいつらはトリステイン貴族様らしいからな」
 ウルフウッドは舌打ちをすると、くるりとタバサのほうを振り向いた。
「すまんな、ちっこいじょうちゃん。またトラブルや。あいつらどうやら賊に拉致られたらしい。苦労してあいつらの乗った船を見つけたと思たら、ほんまに次から次へと……」
「追う?」
 タバサがシルフィードの首を撫でながら尋ねた。
「あぁ。ここまで来たし、もうしゃあないわ。竜はまだいけるか?」
「問題ない。まだ大丈夫」
 タバサにあわせてシルフィードが「きゅいきゅい!」と鳴いた。
「頼もしいかぎりやな」
 そして、ウルフウッドはまたおっさんのほうを振り向いた。
「ちゅうわけや。その賊がおじょうちゃんたちをさらったのはいつぐらいや? んで、そいつらはどっちの方角へ行った?」
 ここでおっさん思いついた。
 こいつらも例の貴族の知り合いらしい。ということはそれなりに金を持っているはずだ。ならば、せめてもの損失補填をさせていただこうか。
「別に構わないけどよ。こっちだってそれなりの痛手を払っているんだ。きっちりと貰うもんは貰わないと教えられないな」
 おっさん、してやったりと思った。
「……そうか、まぁしゃあないな」
 ウルフウッドはにやりと笑うと、
「これがお礼や。存分に取っとき」
「え……?」
 おっさん、とりあえず今日はとんでもない厄日だと思った。そして、二度と欲をかかないことを固く固く誓った。


 雲の中を飛ぶシルフィードからウルフウッドたちはその下の様子を窺っていた。
「あれは……」
「戦艦」
「なるほどな。通りでごつい得物をぶら下げているわけやで。じょうちゃんたちが連れて行かれたんはあの船で間違いないか?」
「多分。聞いた特徴とも一致している」
 ウルフウッドたちの眼下にある船の上では見張りらしき男が辺りの様子を注意深く窺っているのが分かる。
幸い彼らの注意は戦艦のような大きな船に集中しているようで、雲の影に隠れた竜には気付く素振りはなかった。
「ワイがあそこに乗り込むから、ちっこいじょうちゃんは一旦戻って、残っている連中に経過を伝えておいてくれ」
「わかった」
「お前もこんなクソ重い銃を運んでくれて、ご苦労やったな」
 ウルフウッドはシルフィードにも声を掛ける。シルフィードは得意そうに「きゅいきゅい」と鳴いて、首を振った。
「ちゅうわけや、行くで」
 ウルフウッドは左手に持ったデルフリンガーにも声を掛ける。
「……なんだよ、敗戦処理に使っておいてさ。何が今更行くよ、だ」
「まぁ、そう拗ねるなて。むやみに弾薬を使うわけにはいかへんから、必然的にお前に頼る頻度も上がるわ」
 ウルフウッドは繊細な心を持つ剣の扱いの難しさに苦笑いをする。
「じゃあ、ちっこいじょうちゃん。近づけてくれ」

 見張りに立っている男はつまらなそうに辺りを見回していた。
「こうやって空賊のふりをするのも今日で終わりか。なんだか、妙な気分だな、本当に」
 そう呟きながら、退屈そうに甲板の柵に上半身をゆだねる。
「明日総攻撃をするっていうのに、貴族派の連中もこんな日には戦艦なんか動かさないだろうによ。
にしても、こんな日にあんなわけの分からないメイジを二人も拾って、一体どうするつもりなんだろ……ん?」
 男の耳に何かがドスンと落ちる音が聞こえた。
「なんだ?」
 男が音のしたほうを振り向いた瞬間に目に入ったのは、大きな手。それで口をふさがれると、「すまんな」という声が聞こえて、男はそれから意識を失った。
「……杖? メイジか、こいつは?」
 倒れた見張りの服の裾から転がり落ちた杖を手にとるウルフウッド。まるでメイジであることを隠すように、杖を持っていたことが気にかかる。
 ウルフウッドは当身で気絶させた見張りの男を物陰に隠すと、ゆっくりと辺りを見回した。幸いにして辺りに人はいない様だ。
「相棒……」
「なんや?」
「お前さん、なんかこういった悪事にすごく慣れている感じだね」
「じゃかあしい」

 空賊たちに捕らえられ、この部屋の閉じ込められてから数時間ばかりが経ったのだろうか。その間、ルイズは何もやることがないまま、じっと座っていた。
すぐ傍にワルドがいたが、とても話しかけるような気分にならない。
 なんでこんなことになってしまったんだろうか、と思う。このまま、もう二度と故郷に帰ることは出来ないんじゃないか――
こうして何もせずにじっとしていると想像は悪い方向へばかり傾いていく。
 ありふれたおとぎ話みたいに、かっこよく誰かヒーローが助けに来てくれないかなと考えた。しかし、そんな都合のいい話なんてあるはずがない。
この年になってそんな都合のいい話を信じていられるほど、子供じゃない。
「じょうちゃん」
 え――
 疲れと不安のあまりの幻聴だろうか。聞きなれた声が聞こえた気がした。
「ちょっとでかい音するで。耳塞いどきや」
 再びドアの向こうからは聞きなれた声。これは幻聴なんかじゃない? そして、ガコォンという激しい音と共にドアの蝶つがいごとねじまげて、ひしゃげたドアが開かれた。
 ルイズの目の前にパニッシャーの白い姿が映る。どうやら、このパニッシャーがドアを叩き破ったらしい。
「無事か?」
 何事もなかったかのように、こじ開けたドアから顔を出したのはウルフウッド。自分の、使い魔。
 思わずルイズはウルフウッドに駆け寄った。しかし、言葉がうまく出てこない。
 ウルフウッドはほんの少しだけ頬を緩めると、ゆっくりとルイズの頭を撫でた。

「でかい口を叩いた割には、随分なご様子やな」
「あいにく僕は君ほど前後の見境なく行動しているわけではないのでね。むやみやたらと暴れるわけにはいかないのさ」
 大して動じることなくワルドは立ち上がった。そして、ドアの前で気絶している見張りを一瞥する。
「一体どうするつもりだい、使い魔君? 助けてくれたのはいいが、派手にやったせいでこれでは相手に筒抜けだ」
「じょうちゃんを助けるだけの時間だけ稼げたらええ。それさえ出来たら、あとは気付かれようがかまわへん。ここは空の上。逃げ場がないのは相手も一緒や。
よっぽどのことがない限り、ワイらを道連れに仲良く墜落する道は選らばへんやろ」
「一理はあるね。しかし、空賊相手にこの人数で対抗できると思うのかい?」
「こんな船の中で、連中も派手な魔法や火薬を使った攻撃とかはできひん。なら、小回りが効く分、オレに利がある」
 ワルドはふっと鼻で笑った。
「なるほど。確かに、そういう意味ではこの場での戦闘には君が適任かもしれないね」
「それにや、もともとここの連中にはいろいろと訊きたいことがあったんやろ?」
「どういう意味だね?」
「お前らを助けるのに、何人かこの船の人間をぶっ飛ばしたったけど、全員杖を持っとった。ただの賊にしてはあまりにメイジの数が多すぎる。っちゅうことは、おそらくこいつらの正体は貴族。
大方、クーデターにあって逃げ出した体制派の残党がドサクサに乗じて火事場泥棒みたいな真似をしとるいうところちゃうか。
戦況的に有利な反体制側がそういう真似をする必要があるとは考えにくいしな」
「……常識には疎いくせに、洞察力はなかなかのものだね、使い魔君」
「まぁ、そういうことや。なんにせよ、目的地がある以上、この船はハイジャックさせてもうことになるで。……で、ところでじょうちゃん、いつまでしがみついているんや? 動きにくいんやけど」
 ルイズは顔を赤くすると、あわててウルフウッドから離れた。

 船内を歩き回る三人。しかし、意外なほどに人影が少ない。
 おそらく、相手はどこか一箇所に固まって待ち伏せをする作戦だろう。とすれば、その場所はおそらく――
「操舵室っちゅうのはこっちでええんか?」
「あぁ。大体こういった船のつくりというのは同じだからね。おそらくは扉を開けたら集中砲火といったところかな」
 ワルドが嫌味っぽく笑う。ウルフウッドはそれを軽く流すと、
「ところでじょうちゃん、あんたら船の乗るために桟橋に向かったときに仮面の男が現れへんかったか?」
「え? ええ。確かに仮面の男が襲ってきて、わたしはさらわれそうになったけどワルドが助けてくれたわ。
ライトニングクラウドとか高位の魔法を使っていたから、低く見積もってもトライアングルクラスの力はあるメイジだと思うけど……でも、どうしてそんなことを知っているの?」
「こっちもあの後で例のフーケに襲われてな。そんときに仮面の男がおったから、もしかしたらそいつがそっちを襲ってへんかと思ってな。……無事やったらそれでええわ」
 ウルフウッドはそれ以上仮面の男について話すことはしなかった。
一応、あの後タバサに瞬間移動の魔法があることを訊いてみたが、そんな魔法は聞いたことがないとの返事だったし、なによりこの状況で余計な心配事は増やしたくない。
 ウルフウッドはワルドをちらりと見る。
「おそらくは、貴族派のメイジだろうね。どういう経緯で情報が漏れたのかは分からないが、どうやらこちらの動きをある程度把握しているようだ」
 ワルドが無表情に答えた。


 ウルフウッドたちは操舵室の扉の前にたどり着いていた。船内は不思議なほどに静まり返っている。静かに息を潜めるルイズをウルフウッドは振り返った。
「それじゃあ、開けるで」
 そう言って、ゆっくりと扉を開けると、十数人のメイジたちがウルフウッドたちに杖を向けていた。
 ウルフウッドは軽くひゅうと口笛を吹くと、両手を挙げる。彼らの真正面には白髪の長髪で眼帯をした以下にも空賊というような男が立っていた。おそらくはこの男が船長だろう。
「てめえら、空賊の船を襲うなんざどういう了見だ? ただの馬鹿か、え? そっちのお二人さんは後で尋問してやるつもりだったから、ちょうどいいや。お前ら、何が目的だ? 包み隠さず答えな。さもないと」
 船長は彼の周りに控えるメイジたちに目配せをする。
「お前らの体が穴だらけになるぜ」
 ウルフウッドは「どうする?」という視線をルイズに送った。ルイズはこの部屋に足を踏み入れてからずっと、まっすぐに船長を見据えている。
「まずは大使としての扱いを要求するわ」
「随分と、大きく出るじゃねえか」
「あんたたちの正体はわからないけれども、これだけ多くのメイジを抱えていることを考えると、ただの空賊じゃないわよね? 大方、王党派の貴族が使えるべき主を見限ったのはいいけれども、今更貴族派にもなれずこうして身を落としているのじゃないかしら」
「ふん。なかなかの洞察力だねえ、お嬢さん」
 ウルフウッドはその話はもともと自分が言い出したことだと思ったが、突っ込みは無粋だと思ったのでやめておいた。それよりも、問題は相手がどう出るか、だ。
相手に魔法を打ち込まれたとしても、パニッシャーがある以上おそらくは防げるだろうが、その後をどうするか。如何せん相手の数が多い。今までのように簡単にはいかないだろう。
「本当はそんな恥知らずどもとは一言も口を聞きたくないんだけれどもね。それでもこちらはトリステインからの大使としてこの国へやってきたの。アルビオンのウェールズ王子に用があるから、あんたたちから情報を頂こうって話よ」
 船長はフンと鼻で笑う。
「ってことはあんたら王党派なんだな?」
「ええ、そう言ったわ」
「あんたらも馬鹿だねえ。あいつら明日にでも消えちまうよ。そんな連中に何の用だ?」
「あんたたちみたいな人間に言う気はないわ。ウェールズ王子たちの情報を渡して、そしてわたしたちをアルビオンまで案内しなさい。そうすれば許してあげるわ」
「おいおい、立場ってもんをわきまえてくれ。あんた、自分が命令できるような立場にあると思うのかい?」
 ウルフウッドたちに杖を向けたメイジたちがわざとらしく杖を動してみせる。
「あんたらに下げる頭なんかないわ」
「くくっ。貴族派の連中はなんでも人手不足でメイジを探しているって話だ。オレたちも元王党派だが、さっきかっぱらった硫黄を手土産に連中のお仲間に入れてもらおうかと考えていてね。
どうだい、おじょうさんたちもこっち側に付く気はないか? そっちのほうが賢明だと思うがね」
 ルイズは両手を震わせて、それでも相手を見据えて立っていた。たいしたもんだ、とウルフウッドは思う。こうして銃口を突きつけられてもなお自らの矜持を失わないとは。

「最後通告だ。貴族派につく気はないか?」
「くどいわね。絶対に嫌と言ったら、嫌よ」
 ウルフウッドは小さく頭を振ると、ルイズの前に立った。交渉決裂に奴らが魔法を放つなら、自分がルイズの盾になる。そう思っての行動だった。
「何のつもりだ? 貴様」
「一応ワイはこのじょうちゃんの使い魔やからな」
「使い魔? お前が?」
「あぁ」
 船長は愉快そうに身体を揺らして笑い始めた。
「たった一人で主人を取り戻しに空賊船に乗り込んでくる使い魔と、杖で脅されても一歩も引かないご主人様か。まったく、トリステインの貴族は気ばかり強くでどうしようもないな。まぁ、どこぞの恥知らずどもよりかは何百倍もマシだけどね」
 突然今までのドスの効いた低い声から、快活な口調を変えて、愉快そうな声を上げた。
「失礼したね。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくては」
 周りに控えた空賊たちが、杖を収めていっせいに直立した。
 船長はゆっくりと頭に手を伸ばすと、自らの白髪をむしりとるように外した。その下から金色の髪が露になった。そして、眼帯を取ると、澄んだそれでいてどこか人懐っこさを感じさせる碧眼でウルフウッドたちを見た。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……本国艦隊といっても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」
 金髪の男はクスリと笑うと、
「アルビオン国王子、ウェールズ・テューダーだ」


「まさかこんな形で目的の人物に会うとは思わへんかったで」
 ウルフウッドの言葉にウェールズはニコリと笑うと、
「こちらにも色々と事情があるのだよ」
 そして、硫黄の入った袋を持ち上げてた。
 王子自らがそんな事を、と周りの側近に止められていたみたいだったが、ウェールズはただ一言「ここまで来て王子も何もないだろう。私は自分に出来ることはしっかりやっておきたいんだ」と笑って聞き入れなかったのだった。
「君は君のご主人と僕がどんな会話をしたかについては訊かないのかい?」
「その件に関してはワイはノータッチや」
 ウルフウッドは硫黄の入った袋をふた袋担ぐと無愛想に歩きはじめた。
 彼らは首都ニューカッスルの真下にある彼らしか知らない秘密の港に船を着け、例の船から奪った硫黄を運び込む作業をしていた。
「どうするつもりや? こっから戦況をひっくり返せる自信はあるんか?」
 ウェールズは微笑むと
「我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは、はてさて、勇敢な死に様を連中に見せることだけだ」
「死に戦か」
「そうだね」
 ウルフウッドは微笑んだままのウェールズを短く一瞥すると、「アホが」と呟き、そのまま先を歩いた。

 ウルフウッドがウェールズからあてがわれた部屋に戻ると、そこにはルイズがいた。ウルフウッドは右手を挙げて軽く挨拶をする。
「よう、じょうちゃん」
「よう、じゃないわよ! あんたウェールズ殿下に失礼な態度は取らなかったでしょうね?」
「別に。ワイは普段どおりや」
「それが失礼だっていうのよ!」
 ルイズはピンク色の髪を大きく振るわせてウルフウッドを怒鳴りつけた。しかし、ウルフウッドはそれには構わず、淡々と服に付いた埃を払った。
「……じょうちゃん。随分カリカリ来てるな。なんかあったんか?」
 穏やかなウルフウッドの声。そのウルフウッドの言葉にルイズはうつむいた。
「明日、この城に貴族派の総攻撃がかけられるらしいわ」
 そして苦しく息を吐くように言った。
「どうなると思う?」
 不安そうに尋ねるルイズ。おびえた子供のような目がウルフウッドを捉える。
「あかん、やろな。なによりも肝心のこっち側のほうが勝つことをあきらめてる時点でどうしようもないわ。……じょうちゃんはじょうちゃんの目的は果たせたんか?」
「ええ。殿下から手紙は受け取ったわ。けれども――ねぇウルフウッド。どうしたらいい? どうすればいいと思う? 死ぬなんてダメよ、絶対。姫様もきっと」
「わからん。ワイにはわからん」
「でも」
「わからんもんは、わからん」
 ウルフウッドは自分に言い聞かせるように呟くと、ゆっくりと床に腰を下ろした。ルイズはそんなウルフウッドの態度に、顔をうつむけると、
「……ウルフウッド」
「なんや」
「わたし、さっき、ワルドに求婚されたわ。殿下に式を見届けてもらって、ここで式をあげるって」
 ウルフウッドは何も言わないままに目をつぶっている。
「ねぇ、どうするべきだと思う? この結婚、お受けするべきだと思う? ねぇ、ウルフウッド? わたしはどうしたら――」
「……知らん。それはおじょうちゃんが決めるべきことや」
「何よ、さっきからわからない、知らないって」
「しゃあないやろ」
「何が仕方ないのよ!」
 ルイズは大声を上げて、立ち上がった。
「何よ! 人が真剣に悩んでいるのに、あんたはどうでもよさそうに! あたしのことなんかどうでもいいんでしょ! そうよね、どうせあんたは強引にわたしの使い魔にされたようなもんだし、だから別にわたしのことなんか」
 ルイズは息を荒くして、肩を大きく上下させる。燃えるように力強い光を放つ瞳には、大粒の涙が宿っていた。
「あのときだって、あんたはわたしじゃなくてキュルケたちを守るために残ったし、それで、わたしが仮面の男に襲われたときも、空賊に襲われたときも、助けて欲しかったときにいなくて……わかったわよ。
あんたにとってわたしなんてどうでもいいのよね。だったら、あんたなんかどうでもいい! 好きにさせてもらうわよ!」
 ルイズは走って、乱暴にドアを開けると飛び出していってしまった。彼女の残した空白の中にぼんやりとウルフウッドは佇む。
「なぁ、相棒。あんまし貴族の娘っ子を怒ってやるなよ」
 デルフリンガーの鍔が鳴る音がカチャカチャと響いた。
「わかっとる」
「いろいろあって、きっといろいろありすぎて、ちょっと混乱しているだけなんだ。本心じゃねえよ」
「わかっとる。……ちゃんとわかっとるわ、ワイにはどうしようもないこともな」
 ウルフウッドはぼんやりと天井を眺める。きっとこの天井も明日には跡形もなくなってしまうのだろう。


 人々の喧騒が聞こえる。時折巻き起こる歓声。彼らは踊るのだろうか。そして、踊りきれるのだろうか、悲しいラストダンスを。
「やぁ、こんなところにいたのか。そんなところで人から外れて一人で飲む酒など、大しておいしくもなかろうに」
「こういうのは苦手でな」
 最後の晩餐。そこに参加したウルフウッドは一人外れた場所で酒を飲んでいた。その姿を見つけたウェールズは酒を片手にニコニコと笑いながらウルフウッドの隣に腰掛ける。
「しかし、実に君は失礼な男だな」
 ウルフウッドはため息をついた。また貴族特有のへんなプライドで難癖をつけられるのか。
「悪いか?」
「あぁ、悪いね。実に悪い!」
 ウェールズは愉快そうに笑う。
「私が自分の名を名乗ったのに、君は私に名を名乗っていないではないか!」
 ウェールズはウルフウッドの目を悪戯っぽく覗き込む。
 ウルフウッドは面食らった。今まで出会った貴族の中で、自分を対等に扱おうとした人間はいなかったからだ。
「ウルフウッド。ニコラス・D・ウルフウッドや」
「そうか。では改めてよろしく。ニコラス君!」
 屈託のない笑顔で握手を求めてくるウェールズ。ウルフウッドは頭をかきながらその手を取る。
「変わっとるな、あんたは」
 ウェールズは「ん?」と首を傾げると、
「何を言う。ここまで来て貴族も平民も使い魔もあるか。私は勇気のある人間、誠意のある人間を尊重する。
たった一人で女性を守るために空賊の船に乗り込んできた君の勇気、その勇気の前には形だけの貴族など価値もない土クズも同然だ。今回の一件で実にこの身に染みた教訓だよ」
「ほめすぎや。ワイはそんな出来た人間やない」
 ぶすっとするウルフウッドの背中をウェールズは愉快そうに叩く。
「少し、酔ってしまっているのかな? 私の行動が粗暴でも多めに見てくれたまえ。無礼講というヤツさ」
 カラカラと笑うウェールズ。明日死ぬ男の最後の晩餐。
「空元気はええで。誰かて死ぬのは怖いんや」
 ウルフウッドがぼそりと呟くように言う。
「……そうだな。全く持ってしてその通りだ」
 ウルフウッドの言葉にウェールズが笑うのをやめて、空の一点を見つめた。その目は驚くほどに澄み切っていた。
「けど、死ぬのが恐ろしいのは事実だが、しかしそこまで恐れてもいないのも事実なのだよ。私には果たさなければならない義務がある。守らなければならない名誉がある。それが私の恐怖をやわらげてくれている」
「お前ら貴族いうのはわけわからんわ。そんなに名誉が大事か?」
「……そうだな。少し違うかな。きっと私を突き動かしているのは名誉、などではなく罪の意識だろう」
「罪?」
「私たちの至らなさのせいで今回の戦は起こってしまった。そのために多くの部下、そして民草の血が流される。そんな中で、この国の王子である私がわが身かわいさに逃げ出せると思うかね? 
出来やしないさ、そんなことは。君が今日会った人々のほとんどがきっと明日死ぬ。それも愚かな私たちのために」
 ウェールズは澄み切った瞳をウルフウッドに向けた。
「だから死を恐れるわけにはいかない。私には最後までアルビオン王家の矜持を貫き通す義務があるのだ。私は最後の最後まで奴らに立ち向かう」
 ウルフウッドは静かに目を閉じた。
「アホタレが。何もかも悟ったような口叩きやがって」
「まったくもってしてその通りだな」
 ウェールズとウルフウッドは同じ月を見上げる。月は変わらずに空に上っていた。彼らアルビオン王家が栄華を誇った夜も、そして滅亡へと向かうこの夜も。

「ニコラス君。君に頼みたいことがある」
「なんや」
 ウェールズは左手にはめた指輪を取り外した。
「アルビオン王家に伝わる風のルビーだ。トリステインに伝わる水のルビーと対をなす始祖の秘宝だよ。これを君に預かってもらいたい」
「ワイに?」
「明日、私たちはみな名誉の戦死を遂げるだろう。それは構わないのだが、例の野蛮な貴族派の連中にこのアルビオン王家の秘宝を渡すわけにはいかない。君なら信用できる。預かってくれ」
「……預かって、オレはこれをどうしたらええんや?」
「この国にサウスゴータという都市がある。そこのウェストウッドという場所にそれを埋めて欲しい」
「ウェストウッド?」
「私たちアルビオン王家の愚行の象徴のような場所さ。獣ですら、兄弟で殺しあうことはないのに、私たちは――。思えば、そこでの我々の愚行が王家崩壊の序曲であったのだろうな。
とにかくその場所こそが、我々アルビオン王家の墓碑銘を刻むにふさわしい」
「なんで今日会うただけの貴族でもなんでもないワイなんや」
「言っただろ、君は敬意に値する人間さ。なんならもう少し褒め言葉を並べさせてもらおうか?」
 悪戯っぽく笑うウェールズにウルフウッドは「もうええ」と苦笑いすると、受け取った風のルビーをポケットにしまった。
「わかった」
「ありがとう。それと、明日早朝にワルド子爵とヴァリエール嬢の結婚式を執り行うつもりだが――君はどうする?」
「どうもこうも、じょうちゃんの決めたことや。なら、オレには関係ない」
 ウェールズは困ったように笑った。
「確かに君の気持ちも大事だが、彼女の気持ちも少しは思いやってあげたほうがいいのではないかな」
 ウルフウッドは静かにウェールズの澄み切った目を見つめる。
「いや、こんな亡国の王子の言うことさ。そんなに真に受けないでくれたまえ」
 そしてウェールズは「さて」と呟くと立ち上がった。
「そろそろ僕はパーティーの席に戻るとするよ」
 ウェールズはにこりと笑うとゆっくり右手を差し出した。ウルフウッドも立ち上がると、その手を取る。明日死に行く人間の手は、暖かかった。
「明日、ヴァリエール嬢の結婚式が終わった後、イーグル号で非戦闘員を脱出させる。君も彼女とそれでここから脱出してくれたまえ。そして――」
 そこでウェールズは小さく息を呑んだ。
「最後の最後に君と出会えてよかったよ、ニコラス。始祖ブリミルのお導きに感謝しよう。――あと、アンリエッタには私は勇敢に戦ったと、そう伝えてくれ」
 そして、ウェールズの手の暖かさがウルフウッドから切り離された。


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