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眠りの地龍-04


左手の甲が疼く。


しかしそれを感知する意思と余裕は、左手の持主にまだ無い。
小さなミトコンドリアの集合体から、劇的に変化し続けた体の構造が、
ようやっと1つの形に固定されてから、全く間も経っていないからだ。


しかしその固定された形が意味するのは、
生命が歩き息吹く外の世界に進出した直後に立ちはだかるのが、多大なる試練である事。


亡き父の血を受け継ぎ、種族最後の存亡を託された証として、
その小さき身に装着されし証という名の碇は、気の遠くなるほどに、重い。
しかしそれを外す方法も、付けられた理由も、今は知る由が、この小さき者には与えられていない。


そもそも、安らかに目を瞑るその小さき者に、碇について思考させるのはまだ早過ぎる。
生きる方法すらもまだ学んでいないのに、それは最早酷の領域だとすら言い切れる。


髄脳は正常に活動を開始し、心臓における二心房一心室も成形され、血液の循環に苦しない体制は整った。
あとは時を待つだけである。それが1時間なのか1日なのか、はたまた1年なのかは判らないが。
急ぐ必然は、不要だ。


硬い殻に包まれた羊水に浸かる、彼或いは彼女は、もう少し、この平穏で静寂なる時間を、
己の運命に不安を覚えるをも必要としないまま、貪り続けるのであった。


母と共に。



 眠りの地龍  第4話  「うたかたの安眠」



春の季節が終わりに近い日の午後、温かい日光の下ゆったりと椅子に座り、
色とりどりの花が咲き乱れる庭園を眺めながら飲む茶は、実に格別である。
そんな余裕を楽しむ心得を、この一見冷血そうにも見える、2人の男は人並に備えていた。

ガリア王国首都リュティス、王の住まうヴェルサルテイル宮殿には、国が誇る巨大な庭園がある。
その内2キロ平方メイルを占拠するは、麗しき花、主にバラを植えた広大な花壇であった。
宮殿から徒歩数分、少し地表から盛り上がった丘の上には、
その花壇を寛いで鑑賞できる、簡易天幕が設けられていた。
天幕から少し距離を置いた地点に、何名かの歩哨が立っているのを除くと、とても穏やかな光景だ。

天幕の下には、高価なテーブル、それを挟むように置かれた、2つの座り心地の良い椅子がある。
テーブルの上には、熱い紅茶が淹れられた高級カップと、
ワインの代わりに、氷を溶かした冷水が注がれてるワイングラスが、それぞれ2つずつ置かれており、
さらに菓子を盛った白い皿と、対局中らしきチェス盤があった。

「なぁ、ジョゼフ。名前は決めたのか」
「名称か。何に対してだ」

椅子に座り、向かい合ってチェスの腕を競う2人の男。
青色の顎髭を無造作に触りながら、白の駒を操る、ガリア王ジョゼフと、
片や黒の駒の策士に興ずる、黒い頭髪に白髪が交じっている男。
昨夜の仕事で疲れ、こうして花壇を見ながら休息していた処、
余興としてジョゼフがチェスのお手並み拝見を持ちかけた次第だ。

熱い紅茶では喉を潤すのに適してないと考えたか、ジョゼフはグラスを手にして冷水を1口含んだ。
余談だが、昼間から酒を呷るのは控えた方が賢明だと思うんだが、とは白髪交じりの男が先日言い放った意見。
世界の有史上、所謂アルコール中毒君主は存在しなかったでもない。
尤も、それは男が以前居座っていた世界での実例であり、ここハルケギニアとの関連は乏しいが。
ともかく、男はただ純粋に、友人ジョゼフに健康面での助言として、
禁酒とまでいかずとも、過剰摂取は避ければどうかと言ったまでである。

こうして、朝昼だけはワインでは無く、茶と水で過ごそうとジョゼフは決めたのだ。
王とここまで馴れ合い、剰え気軽に意見を述べ、その意見を素直に受け取らせることができるのは、
イザベラという血縁を除けば、この白髪交じりの男だけだろう。

「ガリア守護機人のことに決まっているだろ。名無しのゴンベエじゃ様にならない」

男は言いつつ、次の戦略が閃いたらしく、黒のルークを白のクイーンに隣接させた。

「ゴンベエ?」

聞きなれない、しかし何処か面白い響きの言葉であるな、と思い浮かべながら、ジョゼフは、
ここでクイーンを守るのは黒側の思う壺と判断したか、盤の一番右端の白ポーンを1歩前進させた。

「青ヨルムンに赤ヨルムン。で良いだろう」
「……味気無さ過ぎやしないか、ジョゼフ?」

それ以後、2人の会話はぴたりと止まった。
終盤となり始めたチェスに意識を集中させているためである。
10分後、ジョゼフによる「チェックメイト」発言で、揺るぎなき勝敗が決定した。
クイーンを犠牲にし、その代わりポーンを端攻めさせたのは正解だった。
黒側ナイト2駒の攻防を掻い潜り、相手側の最終列に到達し、ポーンから昇格し、暴れまわれたからだ。
ステイルメイトを回避するため、クイーンではなくルークに成ったのも戦況を大幅に変えた要因である。

「やはり、チェスは難しいな」
「貴様の故郷に無かったのか?」
「いや、あるにはあったし、何度か、齧りはしたが、それほど、のめり込みは」

男の言葉が不自然に途絶えたのを耳にし、ジョゼフは男の顔を視界の真正面に入れる。
見ると、その瞼が今にも塞がりそうに、小刻みに震えているのが判った。

「眠いのか」

「少し」

「そうか。俺もだ」

天幕に、来訪者が1人。いや、護衛の数もカウントすれば3人か。
モリエール夫人は、一応はジョゼフの愛人として、ヴェルサルテイルに伺候する貴婦人である。
一緒に茶でも啜ろうかと、護衛を引き連れ宮殿内をうろついていた様だ。

「階下。今日も此処にいらしたのですね?」

言ってから十数秒程黙り、ジョゼフからの返答を待っていた夫人だったが、
うんともすんとも言わない後頭部を見つめるのを止め、ジョゼフの顔を覗くために回り込む。
やはりジョゼフは、椅子で眠っていた。
最近ジョゼフは、『ガリア守護機人』なる、巨大な剣士人形の製作に熱意を注いでいる。
昨日も深夜まで、完成間近の巨大人形を、注意深く我が目で見届けていたのだろう。

何故巨大人形作りに、多くの人材を雇い、安くはない資金を投じてまで取り組むのか。
最初夫人は、豪勢に金を注ぎ込んだ道楽かと捉えていたが、ジョゼフ曰く文化のために作っているらしい。
よく意味が解せないが、つまり『ガリア守護機人』とは、
国の技術力などを象徴する、マスコットキャラクターか何かなのだろうか?
どうあれ、こうして国のために事を成しているジョゼフを見て、モリエール夫人は安堵感を覚える。

そして、もう1人。
半年かそこらの付き合いらしいが、ジョゼフがいたく贔屓する、白髪交じりの男。
今日もまた、ジョゼフとの茶会を先越されてしまった。

王は、確かに私には身体を交わせてくれる。
だがベッドの上で夜を共にする程度、別に私でなくても、
性欲を放出する器を備える女でさえあれば、誰でもいいのだろう。
しかしこれまで誰一人として近寄らせなかった王の腹心に、唯一辿り着きつつあるのは、
つまり王が心を打ち明かすのは、この何処の馬の骨とも知れない男のみ。
一体何者なのだろうか? 私では、ガリア王の心の支えは務まらないのだろうか?

モリエール夫人は、少しだけ、白髪交じりの男に嫉妬した。
ほんの少しだけ。

「これ。階下とご友人に、御身体を冷やさせられないよう、毛布を」

夫人に付添っていた護衛兵は、宮殿へと急いだ。



名を、ジジという。
栗色の長髪を生やし、茶色く大きな瞳を持つ、可愛らしいその女の子。


親より生命を与えられてから17年、刺激と縁を拒絶した平凡な暮らしを幸せと把捉するのかはともかく、
彼女自身今の生活には、さりとて不満は抱かないでいた。というより、抱きようがなかった。
いや、姉との永遠の別れに直面したあの頃、今より10年程は、悪い意味で退屈しない日々があったか。
しかしそれも過去の物語であり、今は限りなく凡常なる時を過ごす毎日である。

同世代の友人は、都市だかへの出稼ぎに身を投じたため、とうに1人残らず村から立ち去っていた。
寂しさに煩わなかった、と言えば嘘になる。
しかし両親と祖母思いの優しいこの娘には、おばあちゃんの世話は私がする、と村に残る意志があった。

彼女が住むこのエズレ村は、ガリアとトリステインの国境沿いにある、
深い森に囲まれ、さらに川に挟まれた小さな農村だ。
国境沿いとあるが、それがガリア寄りなのかトリステイン寄りなのか、実ははっきりとしていない。
それほど辺鄙で小さな村だ。
僅かな畑と、自然の恵みが収入源であるこの村は、言うまでもなく貧困で、寒村とすら表せれる。


この日ジジは、家での家事を終えると、針と糸を持って、村の中央にある酒場に向かった。
破けてしまった頭巾を直してくれないかと、酒場の店主から父越しに頼まれたからだ。

酒場といっても、店の開業以来ここに足を踏み入れ酒を飲んだのは、村人だけで、
置いてある酒は、恐らくハルケギニア全体の市場で最も安く購入できる葡萄酒のみで、
その安酒を、塩で味付けした乾燥木の実を肴に飲むのが、村人達の数少ない楽しみなのである。
また、エズレ村の集会場も兼ねており、というか寧ろそちらの方が主要となっている。

「エギンハイム村んとこみたく、翼人が邪魔するってんでもないし、やっぱ俺達も始めるか?」

今日酒場は、まさにその集会場と化していた。
狭い店内に、店主を除く7人の男達が集まり、何やら話し合っている。
ジジは店主から破れた頭巾を受け取ると、店の隅で裁縫を始めた。

「しかしだなぁ……。昔から教えられた言伝えを、僕らの代で破るってのも気が引けるんだけど」
「山神様がお怒りになる云々ってやつだろ? いつまであんな与太話に縛られないといけないのさ」
「しかもドミニク婆さんだけだろ、今もそれぎゃあぎゃあ唱えてんの」

そのドミニク婆さんの孫がすぐ傍にいるにも関わらず、大声で言う髭面の大男。
しかしジジとて、一々反論するのもとうの昔に飽きた。
祖母を大切に思う心は変わらないものの、確かに少しボケが進行してる点は一様に否定はできない。
ジジが見て見ぬ振りで裁縫を続けている中、男達の話し合いは進んだ。

「その山神様が怪物だとしてもピンとこないな。10年前ならともかく、もう心配するこたぁねぇだろ」
「だがよ、何かしらが潜んでる可能性は否定できないぜ。
 俺の息子が前に、森で獣の鳴く声を聞いたらしいし」

それに続き、足音を聞いた者、恐らく自然の力以外で薙ぎ倒された大木を見た者、
という具合に、これまで特に他言しなかった目撃談を、今になって口にする村人達。
それらの証言を総合すると、確かに得体の知れない何かが森に生息しているのは間違いない、と結論が導かれた。

実際このエズレ村は、10年前にも怪物ミノタウロスの恐怖に怯えていた時期があった。
牛頭の化け物が、村娘を生贄として毎月1人は住処である洞窟に攫っていたのである。
人間の肉は実の処かなり生臭く、味や栄養源でいえば猪でも狩った方が余程賢いのだが、
このミノタウロス、性欲にも随分がめつかったらしく、
攫った村娘を洞窟内で慰み者として散々弄んだ挙句、使い物にならなくなった次第胃袋に収めていたらしい。
その村娘の中には、ジジの姉もいた。

あまりにも残虐なこのミノタウロスを討伐するべく、
当時の村人達は、なけなしの金で勇士を一時的に雇おうと相談していた。
そんな時だった。
件の洞窟から程離れていない林の中で、
頭の半分と両腕と下半身が‘噛み千切られた’ミノタウロスの残骸が発見されたのは。

村人達は歓喜し、そして新たなる不安を覚えた。

……一体、何がミノタウロスを喰ったのだろうか?

それから10年。

ミノタウロスの脅威は今でも語り継がれているが、
そのミノタウロスが死亡した経由への疑問心は、徐々に薄れていった。
しかし今になって、山神様かは知らないが、ドラゴンだか大型サラマンダーだかの存在説が浮上し、
かつて怪物を喰らった怪物、という新たな恐怖対象が沸き出てしまい、村人達は途端に浮足立った。

「おいおい、じゃぁその化け物をなんとかしないと、俺達何も出来んじゃねぇか」
「しかし本当にいるのか? 森の奥に入って調べようたって、おらぁ勘弁だよ」
「騎士か誰かを調査人として頼めば……」

喧々諤々、様々な意見が飛び交う中、それまで黙っていた老人が、冷静に言葉を放った。

「んな金が、あるとでも?」

その一言に、村人達は、今己らの手にある資産の残額を頭に浮かべ、全員がほぼ同じタイミングで落胆した。
今日明日の食事がようやっと確保できるか否かな、ギリギリの生活を要いられている彼等にとって、
騎士を雇いでもすれば、あっと言う間に糧は萎れ、飢え死にしてしまう。
手も足も出ないこの状況、だからこそ新しい生計を立てるべく、森に腐るほど生えた大木に目を向けたのだが。

「あんまり言いたくはないんだがの、経験もありゃせんのに林業を始めようって考案自体が、
 最初っから無理があったんじゃ」

現実的な問題からすれば、怪物がどうこう以前に、まったくもって老人の言う通りだった。
木々の切り倒しとて技量がいる。素人が無理強いに切ってしまうと、加工し難い傷が付くだけだろう。
勿論プロの技術屋を呼ぶ金は無いし、故に知識や方法を学ぶことすら無理な話にある。
畑仕事用の鍬では到底大木なぞ切れないので、道具も一式揃えなければならないし、無論購入資金は零。
また、多くの若者が村から出て行ってしまったので、人材も不足しているし、彼等が帰ってくる気配すら無い。

村の領主、エメルダに頼る選択肢はハナから視野に入れてない。
何故ならこの領主、絵に描いたような守銭奴で、治める村から税金を絞り取るだけ絞り取り、
碌に税を払えない村を見つけたならば、その村へ一切の援助を途絶えさすという、身勝手極まりな輩だ。

要するに、この領主がドケチな限り、エズレ村が少しでも豊かになるのは有り得ないのである。


老人の的確な発言後、大人達の、誰もが黙り込んだ。

すわ村心中でも為兼ねない重苦しい雰囲気に、耐えきれなくなったジジは、そそくさと酒場から抜け出した。
頼まれた頭巾の補修は終えたので、留まる義務も無い筈だ。
そのままとある場所へ向かう最中、ジジはドミニクおばあちゃんの事を思い浮かべた。

山神様。
村の古い言伝えによれば、エズレ村の森の奥、そこに聳える山岳には、山の神がおり、
普段は大人しいが、人間達が森や山を身勝手に破壊すれば、容赦なく罰を与えるという。
今や子供も聞きたがらないつまらん話だ、と嘲笑されているが、
ジジの祖母は唯一、その伝説を尚も信じているのである。
彼女自身、これまで伝説に興味は無かったのだが、酒場での話を耳にするに、
山神様という存在に、何か魅かれるものを感じた。

ジジは考えた。今夜、おばあちゃんに山神様について、詳しく聞いてみよう、と。

山に続く深い森の手前に生える、丸く屈折した大木は、まるで森のアーチ状出入り口の様である。

ジジは今、その森の入口が目の前にある、人気のない川原に訪れている。
村の端から徒歩2分ともかからない場所だが、高い木々と多くの草花が、
ジジに気兼ねなく1人でいられる、人目を気にする必要がない空間を提供していた。
彼女は、ここの川で泳ぐのが、束の間の楽しみなのである。

着ていた麻の服をするすると脱ぎ、丁寧にたたむと、川原の砂利にそっと置いた。
貧しさ故、下着を買う家財すらあらず、その服を脱いだだけで、彼女は生まれた時と同じ姿となった。
17歳の少女の、幼きと大人の中間点にある細い肢体は、美容を意識せずとも美白で柔らかである。
乳房が女性として自信を保てる大きさに成長するまでには、まだまだ幾年かの熟成が必然ではあろうが、
ジジという少女が村一番の美人であると讃えられるには、十分すぎる容姿だと言えた。

川に入る前に、腓返り防止のため手首や足首を回し、体を解す。
深呼吸してから、少し爪の荒れた右足の指先を、ゆっくりと水面につけ、水温を確かめる。
ここいら川周辺は、場所柄日光が木々に遮られ、陰に覆われ易いので、体感温度が若干低めであり、
うっかり飛び込むと体を極端に冷やし、風邪をひいてしまうため、入水の際は自然に慎重となる。
水温に慣れてから、彼女は1歩ずつ川の中央へ歩んだ。

この一帯の川の水深は、最も深くてせいぜいジジの腰を濡らす程度で、水流も穏やかだ。
川底の岩や貝、水草を足の裏で認識しつつ、最深部に到達したジジは、まず肩に水をかける。
それから、息を止め、ゆっくりと水中に身を頭ごと沈めた。

冷たい水が、ジジの身体全体を包む。
日頃の仕事で溜まった垢などが流れ、身も心も清浄される心地だ。
汗の塩分によって少し強ついていた長い髪も、濡らしながら手でほぐす。
息が続かなくなったので、立って上半身を水面上に出した。
ジジはしばし立ち尽くす。川のせせらぎや、森から聞こえる鳥の鳴き声が、彼女を癒した。

川魚の群れがギギの足元を横切った。この魚は、夏になると今より大きく成長し、
食材として加工して都市へ送るため、村の貴重な収入源の1つである。
去年よりも数が減った気がするが、あくまでそんな気がしただけであってもらいたい。

ふと――

川のせせらぎに交じり、何か異質の音響が介入したのを、ジジは耳に認識した。
獣の鳴き声に聞こえなくもないが、それにしては、妙に雑音の籠った音だと疑問符を浮かべる。
先程まで囀っていた鳥も、その音響が鳴った以降、大人しくなった模様だ。
念のため、川に入ったまましゃがみ込み、息を止め目と頭だけを水面に出し、辺りを窺った。
村人の思わぬ来訪だったり、野生動物が水飲みの休憩に現れたりした気配はない。
どうやらその音は、森の奥、山の方角から聞こえてくるようだ。
ジジは、水と跳ね上がるが如く素早く立ち上がり、耳を澄まして音の正体を探る。
音は断続に、長い時は十数秒間放たれている点から思うに、やはり動物の咆哮かと仮に判断した。

「もしかして……山神様?」

不思議と、畏怖の感情は芽生えず、寧ろその声の主が、自分を遠くから見守ってくれているような気さえした。
その声がどこか、厳かさと生命独自の生きる強い意志を、ありありと感じさせているからかもしれない。
雑音に聞こえたのは、2つの異なった鳴き声が重なり、不協和音を生じさせていたから、であるらしかった。
声が重なるという事は、その声の発信源が少なくとも2つ存在する立証となる。
こんなにも力強い声の持主が、2体もこの森には潜んでいる、とでも確信させたいのだろうか。

「山神様は、独りぼっちではないの?」

ジジは、実在するかどうかも疑わしい山神様に問うように、深い森の入り口を見据えて言った。
だがその直後から不協和音は途絶え、せせらぎ以外は、何も聞こえなくなった。




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