あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第9話


 パーティは、城のホールで行われているらしい。そこに、ルイズたちも最後の客として参加している。
 けれど、私は1人で月を見ている。
 私には、この城の人間の考えが理解できない。明日、死ぬとわかっていて浮かれる気持ちが分からないし、ルイズたちのように明日死のうという人たちと顔を合わせて冷静でいられる自身もない。
 来るんじゃなかったな。そんな思いが心に浮かんでくる。
 戦争をしている国まで出向いて。そこで、これから死ぬ人たちと顔見知りになって、何もしないで帰る。
 ルイズには、王女が皇太子に送った手紙を取り戻すという任務があって、その護衛に子爵がついてきて。私には何もない。

「ショウコ」
 呼びかける声に振り向いて。私は泣いているルイズがいることに気づいた。
 どうしたのかと聞く私の胸に、ルイズは無言で飛び込んできた。
「いやだわ……、あの人たち……、どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫様が逃げてって言ってるのに……、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」
 自分たちは明日、貴族派『レコン・キスタ』の総攻撃で皆殺しの目に合うだろうと彼らは笑っていたという。
 ルイズも別に他人の死に冷静でいられたわけではないのだと知って。だけど、私は言う。
「貴族だから。じゃないかな」
 かつてルイズは、敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶと言ってフーケのゴーレムに立ち向かおうとした。
 それは、ゼロと呼ばれ誰にも認められなかった少女が意地になって言っただけの愚かしい行為だったのだけど。今のアルビオン王党派も似たようなものなのではないかと私は思うのだ。
 私が何を言いたいのか理解したのだろう。ルイズは傷ついた目で私を見上げて、だけどっ、と続ける。
「愛する人より、大事なものだっていうの? 残される人たちの気持ちはどうなるの!」
 その言葉もまた、そのままルイズに返るものだ。ルイズを愛するものがいないなんて私は思わない。
 今ここにいることを、ルイズの家族が知ったらどう思うだろう。
 思い返してみれば、ここまで無事に来れたのはただの幸運でしかない。そして、無事に帰れるという保障もない。
 王女に頼りにされたと舞い上がっていたルイズの行動は、彼女を大切に思う人たちの気持ちを踏みにじるものでしかない。
 同意と優しい慰めの言葉を期待していたのだろうルイズの眼は裏切りに傷つき、何も言わず身を離しこの場から立ち去っていった。

 残された私も、与えられた部屋で休もうと踵を返しかけ、いつの間にか近寄っていた子爵に肩を叩かれた。
「きみに言っておかねばならぬことがある」
「なんですか?」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
 思いも寄らない言葉に、私は絶句する。明日には、ここは戦場になるのだ。人が死んでいる隣で結婚式を執り行う気でいるというのか。
「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」
「ルイズはなんと言って?」
 同意したのかと問う私に、しない筈がないだろうと子爵は笑う。
「明日の朝すぐ、女子供が乗った艦がここを離れる。きみは出発したまえ。私とルイズはグリフォンで帰る」
 三人は乗れない。だから先に行けという子爵に私は首を振る。
 だけど、私にルイズを置いていくという選択肢はない。
 だから私はこう言う。
「それなら、今から式を挙げたらいいんじゃないですか?」

礼拝堂で、私とギーシュ。そして、媒酌人を務めるウェールズ皇太子が新郎と新婦となる2人を待っていた。
 他に人はいない。みんな明日の戦の準備に忙しく、皇太子も早めに式を終わらせなければ今夜は徹夜になる。

 今夜中に式を挙げてしまえばいい。という私の言葉に、最初子爵は難色を示した。もう夜も遅いのだから、ルイズも皇太子も休んでいるだろうというのが、その理由。
 だけど、決戦の直前に城に残る危険を冒してまで明日に回す必要はない。ルイズの命を危険に曝すほどの理由にはならない。そこに異を唱えさせるつもりはない。
 そして、子爵は渋々だけど同意し、もう休んでいる皇太子の居室に剣を持った者や他国のメイジである自分が行くのは問題があると言って私からデルフを取り上げルイズを起こしに行った。
 正直、その理屈はよく分からないものだったのだけれど、反論する理由も思いつかなかった私は皇太子を呼びに行き、礼拝堂に行こうとしてギーシュのことを忘れていたなと彼を起こしに行った。

 扉が開き、いつもの魔法衛視隊の制服を着て何を思ったのかデルフを背負った子爵と、借り物の枯れない花のあしらわれた冠と純白のマントで着飾ったルイズが入ってきた。
 戸惑っているようなルイズの表情が気になったけれど、だからといって嫌がっているようなそぶりも見えず、私はただ2人を見守るしかない。
「では、式を始める。新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」
「誓います」
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫とすることを誓いますか」
 皇太子の詔に、しかし続く誓いの言葉をルイズは口にしない。
 助けを求めるように私を見つめ、そして皇太子に呼ばれて子爵に顔を向けたルイズは「ごめんなさい」と呟いた。
「ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」
 それは、皇太子には以外な言葉であったはずだが、さして驚く様子もなく。しかし、子爵は怒りに顔を歪めた。
「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがない」
「ごめんなさい。ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったのかもしれない。でも、今は違うわ」
「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためにはきみが必要なんだ!」
 唐突に、繋がりのないことを言い出して掴みかかる子爵にいつもの余裕はなく、その目には狂気を感じさせる光があった。
「子爵……、きみはフラれたのだ。いさぎよく……」
 見かねた皇太子が伸ばした手を子爵は撥ね退け、ルイズを睨みつけて言う。
「ルイズ! きみは始祖ブリミルにも劣らぬ、優秀なメイジに成長するだろう! きみの才能が僕には必要なんだ!」
 叫ぶ声には熱い情熱のようなものが込められていて、だけどそこに相手を思いやる想いはない。
「子爵! 今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃がきみを切り裂くぞ!」
 皇太子が杖を抜いたのを見て、ようやく子爵はルイズから手を離す。
「こうまで僕が言ってもダメかい? 僕のルイズ」
「いやよ。いま分かった。あなた、わたしをちっとも愛してないじゃない。あなたが愛しているのは、あなたがわたしにあるという、在りもしない魔法の才能だけ。誰があなたと結婚なんかするもんですか」
 ルイズが怒りと共に吐き出した言葉に、子爵はそれまで感情をあらわにしていた顔が仮面だったかのように無表情になり、そして唇の端を小さく曲げ。私は胸騒ぎを覚えた。
「この旅で、きみの気持ちをつかむために、随分努力したんだが、こうなってはしかたない。目的の一つは諦めよう」

「目的?」
 首を傾げるルイズに、子爵は哂い人差し指を立てる。
「目的は三つ。一つはきみを手に入れることだ。ルイズ。しかし、これは果たせないようだ」
 当たり前だと答えるルイズに中指を立てて子爵は続ける。
「二つ目の目的は、ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」
「き、貴様……、『レコン・キスタ』……」
 すべてを察したらしい皇太子は、杖を構えて呪文を唱え始める。
 詠唱を終えた皇太子が発動させた風の魔法は、一瞬早く抜き放たれた子爵の手にある剣に吸い込まれて消えた。
「なに!」
「三つ目……、貴様の命だ。ウェールズ」
 予想してなかった事態に驚愕し、動きが止まった皇太子に子爵の剣が振り下ろされ。その剣を私が手にした剣で受け止めた。

「きみの剣は取り上げたはずだが?」
 薄笑いを浮かべ、自身の手にあるデルフリンガーを見る子爵に私も笑い返す。
「私たちの仲間には土系統のメイジがいるのよ」
 この手にあるのはギーシュが錬金で作り出した剣。子爵の行動に疑心を感じた時に作ってもらったものだ。
 もちろん一瞬で作られる物ではなく。
 もしも、私が<<鬼>>でなければ、ルーンがなければ、子爵がデルフを使おうとせず魔法で皇太子を攻撃していれば、一つでも条件が違えば、おそらくは間に合わなかっただろうけれど。
「なるほどね」
 笑いながら振るう剣は『閃光』の二つに恥じぬもので、ルーンの力でそれ以上の剣速をもって振るわれた私の剣は、しかし一合で破壊された。
 ギーシュの作る剣は時間が経つと崩れてしまう半端な代物で、デルフの魔法を吸収する能力の前にはガラスの剣のようなものでしかなかったのだ。
「終わりかね?」
 余裕を持った問いに皇太子が魔法で答えるが、それも剣に吸収される。
「ちょっとバカ剣! なんでワルドなんかを助けてるのよ!」
 ルイズの叫びは私も同意するものだったけれど、デルフは「無茶言うなよ」と返してくる。
 意思を持って話すことができても、剣はただの道具に過ぎない。持つものに逆らうことなどできないのだから。
「ただし、それは使いこなせればの話だ。悪い事は言わねえ、さっさと俺を相棒に返しな」
 忠告するデルフを子爵は鼻で笑う。デルフがどういう剣か知らない彼には、そんな忠告はハッタリにしか聞こえないだろうし、今から教えても信じないだろう。
「自分の剣で死ぬがいい」
 振るわれる剣を私は避けられない。ルーンなしの私の身体能力は子爵と互角。だけど、何のためらいもなく子爵が解放する<<剣>>の瘴気はルーンの加護のない私の動きを鈍く縛る。
 こんなところで死ぬのか。そう思った私を誰かが突き飛ばして、その誰かが私の身代わりになって斬り倒された。
 上げかけた悲鳴を私は飲み込む。斬られたのが人ではなくギーシュのワルキューレだと気づいたから。
「邪魔だな」
 左手に杖を抜いた子爵は、それをルイズの隣に移動し更に六体のワルキューレを錬金したギーシュに向ける。
「やめなさい! ルイズを巻き込む気? あなたの婚約者でしょう!」
「ああ。残念だよ」

 私の制止に意味はなく、皇太子が新たに唱える呪文もデルフに打ち消され、魔法の稲妻が撃ち出される。
「させるかぁーーーっ!」
 その稲妻を追い、その輝きを私は切る。右腕を刃金と成し一本の剣に変えると同時に発動したルーンの力が、それを可能にした。

「なんだ、その腕は?」
 驚く子爵に、デルフと同じものだと答えてやる。まったく同じ物ではないが本質は同じである<<剣>>は子爵の魔法を打ち消した。
「なるほど……。さすがは伝説の使い魔だ。そんな奥の手を持っていたとはな」
 それでも、余裕を失わない子爵は杖を構え呪文を唱える。
 いまさら何の魔法をと思う私は、子爵の体が分かれ四つの分身を生み出すのを目にした。
「偏在かよ。俺と相棒の右手の近くじゃすぐ消えちまうぜ!」
 デルフが笑い。子爵も笑う。
「ああ、その通りだ。だから、『ガンダールヴ』と戦わせようとは思わないさ」
 言葉と共に分身がルイズたちに向かう。とっさに追いかけようとした私は本体に阻まれ、皇太子が唱えた呪文はかろうじて一体を捕らえただけに止まる。
 ギーシュがワルキューレを応戦に向かわせ、ルイズが呪文を唱える。
「逃げなさい。2人共!」
 逃げて逃げ切れるものではないと、理解していても、私にはそれしか言えない。
 そして、ルイズの呪文が完成し、いつか見た失敗の爆発が分身の一つを消滅させた。
「え? 消えた? わたしの魔法で?」
 上手くいくとは自分でも思っていなかったルイズは、驚き状況を忘れた。
 だけど残った分身は、ワルキューレを容易く蹴散らす。
 斬りかかる剣を杖で受けたギーシュは、しかし剣の勢いを止めきれず肩に刃を食い込まされることになる。
 そして、もう一体の分身はルイズに杖を向けて呪文を唱えて彼女を吹き飛ばし、気絶したルイズに止めの魔法を唱えようとしたところで、もう一体の分身と同時に消滅した。

「バカじゃねえの?」
 そう言ったのはデルフリンガー。偏在は本体と同じ能力を持った分身を作る魔法。分身の持つデルフも同じ能力を持たされていたなら自滅するのは当然の理。
 そんな事も分からなかったワルド子爵。分からなくなっていた彼は……。
「おおおおおおーーー、おおおおおおーーー」
 杖を捨てて、剣を振るった。
 その身は浅黒く染まり、右半身に刺青のように浮かぶ文様。そして、琥珀色に輝く右目。
 剣からは、黒い蒸気のような目に見えるほど濃くなった瘴気が溢れ出していた。
「剣に……、飲まれた……」
「みてーだな」
 のんきに答えたのは、剣自身であるデルフ。どうにかならないのかと問う私に、どうにもならないと彼は答える。
 ガンダールヴのための剣であるデルフには、他の人間が持った場合の事が考えられていない。持つものが剣に飲まれたなら、その者が死ぬのを待つしかない。
「どういうことだい? ワルド子爵はどうなったんだい?」

 尋ねてくるのは皇太子。今ここでそんな事を聞いてくる余裕があるのは事態を理解していない彼1人。
「あそこにいるのは剣鬼。<<剣>>に憑かれた鬼です」
 剣鬼と成った子爵は獣の雄たけびをあげて、かつて『閃光』と呼ばれていた頃を軽く凌駕する速度で切りかかってくる。
 迎え撃つのは同じく鬼であり、ルーンの加護を持つ私の右手の剣。
 鬼と鬼。魔法が使えない者と使えなくなった者。剣も同じくカタチを持った混沌。互角の条件を覆すのは剣に込めた意思。
 人を斬ることに恐れを持ってしまった私が、ただ殺すために剣を振るう剣鬼に勝てる道理はない。
 それでも打ち合えているのは皇太子が援護の魔法を撃ってくれているからで、しかしデルフの守りを潜り抜ける魔法の一撃がつける傷は、人の身では致命傷であっても鬼の肉体にはそうではなく、そしてどんなに深い傷も剣の力が癒してくまう。
「本気を出せよ相棒。こいつはもう人間じゃねえ」
 子爵の手に握られたデルフの言葉に私は答えられない。
 そんなことは、わかっている。だけど、頭で分かったからと言って簡単に割り切れるようなら、最初から悩みはしないのだ。
 このまま続けていれば皇太子の精神力が尽きて、私は斬られるだろう。そんな、あきらめに近い思考が脳裏をよぎった時、彼女が目を覚ました。

「ショウコ!」
 その声に込められた感情を私は理解する。それは、フーケのゴーレムに立ち向かったときの決意と、私に血を与えるために自らを傷つけたときの労わりに満ちたそれ。
 一瞬、声の方を見た私は、ギーシュに抱き起こされ杖を構え呪文を唱えるルイズに気づき、その一瞬が作った隙を突かれた私の右足の腿を長剣が貫いていた。
「相棒!」
 デルフの声が遠い。
 痛いとは思わなかった。ただ熱いとだけ思い、だからこそ気を散らすことなく剣を振るうことができた。剣鬼の追撃の一撃で止めを刺されずに済んだ。
 だけど、この傷は致命的。私自身にもだが、それ以上に自分1人では上体を起こすこともできないでいるルイズにとってだ。
 どうにかしなければと、思考は空回りしてついに、その瞬間が訪れる。
 ルイズが何の呪文を唱えたのかは知らない。ただルイズの魔法はいつもの失敗の爆発を起こし、剣鬼はルイズとギーシュを視界に納めた。
 ルイズは死ぬ。それはもう確定した未来。穴の開いた私の足は、剣鬼に立ちふさがることを許してくれず、精神力を使い果たした皇太子では死人を増やす結果にしかならない。
 極度の緊張による錯覚が、時間の感覚を狂わせる。ルイズたちが、恐怖に顔を歪め。剣鬼が、ひどくゆっくりとした足取りで、2人に向かう。
 私は、このままルイズが殺されるのを見過ごすのか。それは嫌だ。ダメではなくて嫌だ。私はルイズを死なせたくない。頭に浮かぶ想いはそれだけ。
 もう剣鬼は私の剣の届く範囲の外にいるけれど、そんなことは関係ない。
「打ち抜けっ━━」
 私の右手の本質は、自在に形を換える混沌。私の戦う意志に反応して剣の形をとっていたそれは、遠間からですら届く長い長い槍へと変じて、剣鬼の背中を貫く。
 海淵に眠る混沌の落とし子そのものであるがゆえに、それが可能。
「その一点を穿てっ━━」
 槍は、剣鬼の心臓を貫いた。だけど、そこで終わらない。鬼といえど心の臓を貫かれて生きていられる道理はないのだけど。そこにいるのは剣鬼、剣に支配され動かされる人形にも等しいモノ。
 だから、槍を剣に戻して踏み出す。足の痛みなど感じない。足が思うように動かない? それがどうした、私は鬼で伝説の使い魔だ。
 模倣するのは、私の知る最強の剣士。鬼をも断つ神懸かった剣の使い手。
「海石榴」
 放つのは牛の首をも一撃で断ち切る断絶の技。模倣に過ぎぬ技も、人を超えた力を与えられた今の私なら、鬼の首を断つ。

「ワルド……」
 転がった子爵の首を見つめるルイズの呟きが宿す感情は悲しみ。
 彼の死を悼んでいるのか、裏切りに傷ついているのかまでは、私には分からない。どちらにしても、今はこれからの事を考えなければいけない。
 右手を元に戻し、首のない子爵からデルフとを鞘を取り戻し。
「やっと相棒の手に帰ってきたぜ……、ってもうちょっと喋……」
 鞘に収めて皇太子に向けて言う。
「お願いがあるんですが」
「なんだい? きみは命の恩人でもあるから大抵の事は聞いてあげたいが」
 命の危険を運んできたのは私たちなのだけど、それは口にせず。
 では、遠慮なく。と口にする私の頼み事は、私たち3人をトリステインの王城に運んでほしいというもの。
 私たちは明日、いやもう今日か、の朝に出航する艦に乗ってこの大陸を脱出することになっている。だけど問題はその後だ。逃げ延びた人々は、それぞれ散り散りに逃げて身を隠して生きる事になる。
 そこからは、私たちは自分たちだけで帰らなくてはならなくなる。
 片足に穴を開けて、どうゆうわけか元に戻した右手が動かなくなった私。左の肩を剣、デルフで傷つけられたギーシュ。そして、深い傷ではないものの、魔法で吹き飛ばされて、全身に打撲を負ったルイズ。
 応急手当ぐらいしか時間的余裕がない以上、正直なところ、この3人で無事に帰りつける自身はない。
 皇太子は護衛をつけようと言ってくれるが、それは遠慮する。理由は信用できないから。
 別に子爵のように貴族派に裏切ることを心配しているわけではない。今この城にいる人たちは皆ここで死ぬ覚悟をしている人たちで、そういう人たちが、決戦から逃げるに等しい私たちの護衛をよしとするだろうか?
 最初から脱出する予定の女子供に私たちの世話を負担するのは心苦しい。
 だから私は願う。ウェールズ皇太子自身に、私たちを送り届けてほしいと。
 彼は言う。他でもない自分が逃げるわけにはいかぬと。だけど、こう言っては何だけど彼の事情は私の知ったことではない。
 私は、私たちにとって何が最善なのかを考え口にしただけなのだから。
 ついでに言えば、子爵との戦いで精神力を使い切った王子が残っても大した戦力になるとも思えない。
 どの道、ここでの皇太子の死には意味は無いと最初から思っていた私は、そのことを遠慮なくぶちまけて、ルイズがまた王女の想いを持ち出してきて。
 その後、彼が何を思いどう決断をしたのか私は知らない。彼は、一度私たちを置いて父王であるジェームズ一世に会いに行き、そして戻ってきた。
 結論として、私たちは皇太子と共に、大陸を脱出したのだった。



 その一
 その頃の出番の無かった人たち

 最初にそれを見つけたのは、タバサの使い魔の風竜だった。
 キュルケとタバサを乗せて飛ぶ風竜が、何かに興味を惹かれたことにタバサが気づき、そんなタバサにキュルケが気づいたのである。
 二人と一頭の見下ろすそこを、急ぐでもなく走る一台の馬車。
 いつもなら、そんなものに興味を持たないキュルケが馬車の御者に話しかけてみようと思ったのは、
その馬車に見覚えがあり、わざわざルイズたちを追いかけていったのにすぐに引き返さなければならなくなった苛立ちを誰かにぶつけたい気持ちがあったからである。
 シルフィードと名づけられたタバサの使い魔が聞けば、散々タバサに愚痴を言っていたくせにと思うだろうが、キュルケにそんな自覚はない。
 タバサの感情を読むことにかけては右に出るものはいないと自認するキュルケは、タバサが自分のいう事のほとんどを聞き流していることを知っており、強引にここまで運ばせたことにも特に不快感をもっていないと理解していた。

 閑話休題

 シルフィードを馬車に並走させて御者に話しかけると、その人物はやはり体調不良を理由に休暇をとっていたミス・ロングビルであった。
「ミス・ツェルプトーにミス・タバサ? どうして、こんな所に?」
 そんな事を尋ねてしまったのが運のつき。怒涛のようにルイズの婚約者への不満を口からあふれ出させる。
 わざわざついて行って助けてやった自分たちへの冷たい態度。女の魅力が分からない。発育不良の幼女趣味の変態。
 いちいち、それは大変でしたね等と相槌をうってしまう人のいいミス・ロングビルはさらに不満を引き出してしまい、もっとじっくり話したいと考えたキュルケはタバサと共に馬車に乗り移り、そしてもう一人に気づいた。
 それは白い髪と蒼い瞳、七歳位の少女であった。
「この子は?」
「遠縁の子なんですけど、学院を見てみたいと駄々をこねられまして」
 苦笑と共に語られ、少女を観察してキュルケは違和感を感じる。
 ぼんやりとこちらを見つめる少女には、なんというかタバサに似た他人への無関心さを感じる。とても、我儘を言うようには見えないのだ。
「あなたは、どうして学院に行きたいの?」
 尋ねてみると、「梢子ちゃんに会いにいきます」と答えが返ってきた。
「ちょっ、ナミ。それは黙ってなさいって」
 などと、ミス・ロングビルの慌てた声に、なるほどと納得する。
 しかし、ショウコか。とキュルケは考える。
 つきあい難いルイズと適当な距離を保ってそれなりの信頼関係を築き、ルイズとあまり仲のよくない自分やギーシュとも上手くつきあう。
 不可解なインテリジェンスソードと、伝説の使い魔のルーンを左手に持つ、異世界から来たと言う少女。
「ミス・ロングビル。この子ひょっとして」
「ええ。わたしのの使い魔です」
 脱力した様子のミス・ロングビルにキュルケは同情する。人間で異世界から来た使い魔などというものを召喚してしまえば、自分だってできる限り隠しておきたいと考えるだろうに、少女にはそれがわかっていない。
「しかし、ミス・ヴァリエールが婚約者と出かけているということは、ショウコさんも学院にはいないのですか?」
 尋ねるミス・ロングビルに、そうよ。と答え、でも用事が済んだらすぐに学園に戻るだろうと付け加える。
 今からルイズたちを追いかけるという選択もあるのだろうが、あまりお勧めはできない。
 男への情熱に突き動かされていない時のキュルケは、冷静で的確な判断力の持ち主であり、何らかの任務で行動しているらしい今のルイズたちを追うのは、どちらにとっても得策ではないと確信していた。
「学院に戻って、ルイズたちが帰るのを待ったほうがいいわよ」
「待つと、どうなりますか?」
「しばらくすればショウコが帰ってくるわ」
 キュルケが問いに答えると、ナミは納得した様子で、「待ちます待ちます」と頷いた。

 その二
 その後の……

 瓦礫の山と無残に焼け焦げた死体が転がるニューカッスル城を二人の男が歩いていた。。
 そこに篭城していた王軍が1人残さず命を落とした戦の二日後である。
 一人は、丸い球帽を金髪の上にかぶり、緑色のローブとマントを身に着けた、三十代半ばの男。
 彼は、『レコン・キスタ』総司令官オリヴァー・クロムウェル。今ではアルビオン皇帝と呼ばれる男である。
 そして、もう1人は左の眼に眼帯をした白髪の額にルーンを刻んだ男。
 いつの頃からかクロムウェルに付き従っていたロウリュウと名乗る男である。
 二人は城内のあちらこちらを探し歩き、ついに礼拝堂であるものを見つけた。
「子爵が! ワルド君が死んでいるぞ!」
「ああ。こいつ、失敗したみてえだなァ」
 彼らが見るのは、首と胴体が離れた男の死体。祖国を裏切り婚約者を裏切り、最後は鬼となって斬られたジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
「むむう。では、件の手紙も見つからず、ウェールズをしとめることもできなかったということかね」
「だろうな。けど、手紙なんざなくても、やることは変わんねえし、王子サマとやらも、どっかその辺でくたばってるだろうさ。生きてたところで……」
 言いかけて、隻眼の男は何かに気づいて、死体を見下ろす。
「どうかしたのかね!」
「こいつは、おもしれえ。コイツ鬼になってから殺されてやがる」
「鬼?」
「ああ。こいつは、ぜひ話を聞かせてもらわねえと、いけねえな」
「では、余がワルド君を蘇らせようかね?」
「いや、コイツは俺の方で生き返らせておくよ。立派な鬼としてなァ」
 そう言って笑い、ワルドの死体を持ち上げる隻眼の男。彼の名は馬瓏琉。隻眼鬼とも鬼一法眼とも呼ばれた鬼族の王であった。






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