あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

もう一人の『左手』-32


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「え……?」

 少女は耳を疑った。
 あの竜騎士は、確かにいま自分の名を呼んだ?
 ルイズ、と叫んだ?
 そんなバカな? 貴族派の竜騎士が何故自分の名を呼ぶ?
 いや、疑ったのは自分の耳だけではない。目もだ。
 爆光の中、彼女は確かに見た。
 爆発のあおりを食らったドラゴンの鞍から、宙に弾き出された少年。たすきがけに背負った一本の長剣。メイジであるはずの竜騎士にもかかわらず、杖を持たず剣をたばさむ?
 まあ、それはいい。ワルドのようにサーベル状の杖を持つメイジもいる。
 だが、彼が着ていた衣服はどう考えても軍服ではなかった。後頭部にフードをつけた、青と白のツートンカラーの上着。

 ルイズは知っていた。
 彼女がよく知る少年も、同じような衣服を着衣として使用している事を。
 そして、その着衣は、ハルケギニアには存在しない素材と製法で作られた、類似品さえ在り得ないシロモノであるということを。いや、そもそも、さっきの叫び声すらが、間違えようもないほどに聞き覚えがある人物の声である事を。

(サイト……!?)

 しかし、記憶と直感を理性が否定する。
 あの使い魔の少年が、ここにいるわけがない。
 いわんや、貴族派の竜騎士のドラゴンに何故、自分の使い魔が乗っている? そもそも馬さえ乗れないアイツが、あんな巨大な風竜を乗りこなす? そんなこと在り得るわけがない。
 なら、今のは何!? ――決まっている、空耳だ。それと幻覚。もしくは錯覚。そうに決まっている。ありえない場所でありえない人物を見て、ありえない声を聞いた。それが現実であるはずがない!!

 彼女――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの脳漿が、その結論を導くのに費やした時間は、おそらく2秒にも満たなかったであろう。なぜなら、その2秒後には、ふたたび事態は動き出していたからだ。
 脳にはしる混乱を落ち着かせようと頭を振り、再度、夜空に目をやったルイズの視界に飛び込んできたのは、さらなる竜騎士の遠影。だが、その背に騎乗していたのは、数日振りに見る級友たち――。
「キュルケ……タバサ……それにあれは……ギーシュ……!?」
 そして、その後続のドラゴンに騎乗する黒髪の男。
「……カザミ……ッッッッ!?」

「なに!? 一体何が起こったんですの!? 何故あの国賊のフネは爆発を!?」
「って言うより、自爆じゃない!?」
「陛下、一体これは……!?」
「決まっておろう! 王に逆らいし国賊どもに、始祖ブリミルが怒りの稲妻を下しなさったのじゃ!! すなわち、天は我とともに在りという事じゃッッ!!」

 背後でジェームズたちが何か勝手な事を言っているが、ルイズは彼らを振り向きもしない。客観的に見れば、先程の『レコン・キスタ』の戦列艦は、確かに突然、謎の自爆を遂げたように見えても仕方がないからだ。
 ならば、かくいうルイズ本人は、事態の真実を把握しているのかと問われれば、それもかなり疑わしい。
 さっきのフネが起こした大爆発は、自分の呪文の結果である事。それは間違いない。
 そして、その呪文は、始祖のオルゴールから聞こえてきた“声”に導かれて唱えたものであることも、間違いはない。更に言えば、その“声”の所有者は、オルゴールを後世に遺した当の本人・始祖ブリミルであろうことも。

――ならば今の呪文は、始祖の系統“虚無”なのか?

 ルイズには分からない。
 確かに、先程自分の唱えた呪文は、追っ手を爆発させ、絶体絶命の危機を回避させた。
 だが、……自分の呪文が爆発を起こすのは、いつもの事ではないか?
 その威力は、自分が日常的に起こしている『失敗呪文』の比ではなかったとはいえ、それでも結果に於いて爆発という見慣れた光景を現出したのは間違いない。


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 ルイズには分からない。いや、もう考えられない。
 頭脳を働かせようと、懸命になればなるほど、血の巡りは鈍くなる一方だ。
 原因は分かっている。さっきの少年兵。――彼の持っていた剣、彼の着ていた服、彼の叫んだ声、そして彼が呼んだ自分の名。あれは錯覚で空耳だ。そう理性が断定しようとすればするほど、彼女の無意識下に押し込められた自我が抵抗する。

――やっぱりあれは、サイトだったんじゃないの……?

 違う! 違う!! そんな事はない! 在り得ないっ!!
 馬にも乗れないアイツが、竜に乗れるわけがないとか、それ以前の話よっ!!
 わたしとアイツは喧嘩してるのよっ!? 二度と顔を見せないでって言ったのよ!? そんな勝手なわたしをアイツがわざわざアルビオンくんだりまで会いに来るなんて、そんな事があるわけないっ!! そうよ、サイトはいないわ! アイツはいないのよ!!

「なっ、なんじゃああ~~~~~ッッッ!?」
「『レコン・キスタ』よっ、『レコン・キスタ』の竜騎士が、また来たわっ!!」
「みなさんっ、杖を取りましょう!! 及ばずながら、私たちだけでも陛下を守りましょう!!」
「ええっ!?『たたかう』って伯爵夫人、ワタクシたちがですのっ!?」
「何を仰ってるんですっ!! 当たり前でございましょうっ!!」

 なにやら背後が騒がしい。
 ジェームズと、その取り巻きの女官や貴婦人たちが、また恐慌に陥っているらしい。
「ルイズっ!!」
 聞き覚えのある声――クラスメートのギーシュ・ド・グラモンの声。
 ルイズは顔を上げた。
 羽音が聞こえるほどまで近くに、二騎の竜騎士が接近している。
 戦うも何も、こんなに接近されてしまえば、手の施しようがないではないか。杖を取るまでもなく、ドラゴンのブレス一発で黒コゲにされるのがオチだ。
――まあ、その鞍上にあるのが、顔見知りの少年少女たちでなければ、自分ももう少し、泡を食っていたかもしれないが。

「ギーシュ、頭が高いわよっっ!!」

 久しぶりに見る金髪の級友。その端整な顔が、一瞬キョトンとなる。
 いや、彼だけではない。彼とともにいるタバサは少し眉をひそめ、キュルケも「え? 何言ってるのコイツ?」と言わんばかりの怪訝な表情をこっちに向けた。
 その彼らの視線が、余りにもあからさまだったので、さすがに気分を害したルイズは思わず声を荒げる。

「この御方は、アルビオン国王ジェームズ・テューダー陛下よ!! 知らぬ事とはいえ無礼は許されないわ! 貴族ならば作法に乗っ取った礼を尽くしなさいっ!!」

 変わらず無表情なタバサはともかく、金髪の少年と赤毛の少女は飛び上がらんばかりに驚き、三人は『フライ』で小型艇に乗り移ると、次々と老人の眼前で膝を着き、無礼の詫びと名乗りをあげた。
「この三人は敵ではありません。皆わたしの級友でございます」
 やや困惑したような王は、しかし、安心した表情を浮かべると、
「大儀であった」
 と、鷹揚に言葉をかけ、そのさらに背後――いまだドラゴンの背から降りようともしない黒革の上下を身に纏った男へと視線を向けた。

「頭が高いわ“ブイスリー”ッッ!! 王の御前と知っての事かッッ!!」

 唖然とした表情の三人を放置して、後方にいる風見に一喝するジェームズ。だが、ルイズはニューカッスル城にいるときから、最前線で戦闘をしていた改造人間を、この老王が毛嫌いしていた事実を知っているため、さすがに慌てた。
「へっ、陛下、違いますっ!! あの者はニューカッスルにいた“ブイスリー”ではなく、わたしの使い魔めにございま――」


「アルビオン王国のジェームズ1世国王陛下でございますな」


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 彼女も知る、風見志郎の錆びたアルトヴォイス。
 思わず振り向くルイズだが、不遜という枠にさえ収まり切らない冷徹な彼の視線は、その場にいた全員から声を奪った。
 彼の視線や声音に含まれる威圧感。
 ルイズは知っている。
 その不躾さは、風見志郎という男が身に纏う、体臭のようなものに過ぎないということを。
 だが、主であるはずの自分でさえ、数日振りに味わえば、やはりその剣呑さに息を呑まざるを得ない。いわんや、唯々諾々と顔を俯けて王の罵倒を聞くだけだった“ブイスリー”しか知らないジェームズにとっては、言うまでもない。
 だが、二人は気付いていない。
 ここにいる風見志郎は、ルイズの知る“使い魔”とも、ジェームズの知る“王党派の赤い悪魔”とも違う、全くの別人である事を。
 彼が何者かを知るのは、風見と行動をともにしていた三人の学生たちだけであったが、彼らが状況に口を挟める空気では、勿論なかった。

 風見は散歩にでも行くような飄然とした態度で、ふらりと小型艇に飛び移る。“風”のメイジと見紛う程の、まるで体重を感じさせない動きで。
 ジェームズと婦人たち、舵取りの青年とルイズ、そしていま新たに乗り込んできた三人の少年少女たち――ラッシュ時の電車並みに人口密度の多い小型艇の人垣が、途端に分かれる。まるで風見の行く手を遮る事を恐れるように。そして“道”の終着点に“王”がいた。

「きっ、貴様……“ブイスリー”……ッッッ!?」

 ジェームズが泡を食ったように目を白黒させる。彼はすでに杖を手にして立ち上がり、臨戦体勢を取っていた。万が一、この亜人が牙を剥けば、文字通り、自分は八つ裂きにされてしまうだろう。――ジェームズには、そうされるだけの心当たりがあったのだから。
 だが、風見の視線は、まっすぐ彼を向いたままだ。ルイズにさえ一瞥たりとも向けられる事はなかった。
 この男が一体何をする気なのか?
 この場にいる全員の神経は、その一点に尽きた。
 が、ジェームズを前にして風見が取った行動は、ある意味、常識的な――違う意味で彼らの予想を裏切るものであった。

 風見は膝を着き、作法どおり頭を垂れ、視線を落とした。
 まるで宮廷貴族が国王にそうするように、自然な所作で。
 数瞬、ジェームズは凝然としていたが、それでも冷静さを取り戻し、わめく。
「ぶっ、無礼者っ!! 目通りすら叶わぬ亜人の貴様が、王に誰何を致すなど――」
「我が主、ロマリア教皇・聖エイジス三十二世からの親書をお届けにあがりました」


 わがあるじ……ッッッ!?
 ロマリア教皇……ッッッ!?


 ルイズの顔が歪む。いや、彼女だけではない。ジェームズと、その周囲の女性たちもだ。
「あっ、あんた何言ってのよッッ!?」
 声を上げようとするルイズを、タバサが抑える。
「何すんのよタバサっ、放しなさいよっ!!」
「王の御前。許可を得ない発言は無礼」
 おそらく、今この少女を黙らせようとするなら、これ以上的確な言葉はなかったであろう。激昂のあまり頬を紅潮させたルイズだが、そう言われて、なおもわめき続けられるほど血の巡りは悪くはない。しぶしぶだが、その口を閉じた。
 逆に、ジェームズは憤然どころか、半ば呆然とした表情で口を開く。

「“ブイスリー”……おのれは何を言っておるのだ……!? お前の主は、この余であろうが……!?」

 が、次の瞬間――ハッと何かに気付いたような素振りをすると、老人はわなわなと、今度こそ怒りに形相を歪ませる。
「貴様……亜人の分際で、余を見限るつもりか……!? 『レコン・キスタ』の国賊どもと同じく、王家の恩を忘れて、新たな飼い主に尻尾を振る気なのかッッッ!?」
 だが、王の怒りをまともに喰らっても、風見は微動だにせず、反論どころか顔すら上げない。
「何とか言わぬかっ、この裏切り者めがッッッ!!」
 そう言って、ジェームズが杖を振りかざした瞬間、初めて風見が動いた。


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――といっても、彼が何をしたわけでもない。
 単に顔を上げて、王に視線を向けただけだ。だが、その骨すら刺すような氷の眼差しは、ただ一瞥で痩せた老人の動きを封じた。

「きっ、貴様……ッッッ!?」
「何か、勘違いをなされておられるようですが……陛下の仰る“ブイスリー”なる者と、私は全くな別人でございます。……その親書をお読み下されば、お分かり頂けると思いますが」
「――なっ、なにぃっっ……!?」
「その“ブイスリー”なる者と面識はございませんが、彼は言うなれば、私の双子の兄弟とでも言うべき者。同じ顔と肉体を所有していても、その存在は全くの別人でございます」
 そう言いながら、風見はゆっくりとルイズにも視線を送る。
 よく見ろ、とで言いたげに右手の手袋を外しながら。

「うそ、でしょう……ッッッ!?」

 その右手には、彼女の見慣れた文字で刻まれた、使い魔のルーンがあった。
――ヴィンダールヴ、と記されたルーンが。


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「どういうつもりですか、大司教閣下?」
 シェフィールドが硬い視線を、黒衣の男に送る。
「ウェールズを殺さぬどころか、側近に加えるですって? そんな勝手な事を誰が貴方に許したというのです?」
 まるで成績が下がった子供を叱責する教師のような、冷たい声。
『レコン・キスタ』の関係者が、この光景を見れば、おそらく唖然とするだろう。そして、この女性は首領の秘書に過ぎない、という事実を疑い始めるに違いない。

――そう。この女性は単なる秘書などではない。
『レコン・キスタ』と、その真なる黒幕とを結びつけるパイプ役。クロムウェルが振舞った莫大なる軍資金も、“虚無”と謳われる奇跡も、いや正確に言えば、その貴族連帯の理念さえも、その黒幕が与えたものに過ぎない。
 神輿・傀儡と評されて憚らないクロムウェルであったが、その人形の繰り手は、世間の言うような貴族派中枢の大諸侯たちではない。無論、アルビオンの大諸侯たち本人は、そうは思っていないようではあるが。
 そして、傀儡であるはずの男は、その主に叱責されてなお、切れるような笑みを、口元から失わせる事はなかった。

「ミス・シェフィールド」
 クロムウェルは言った。
「一度、陛下と話をさせて頂けませんかな?」
「……ッッ!!」
 シェフィールドの表情が怒りに歪む。彼女の敬愛する主は、クロムウェルごときが馴れ馴れしく口にしていい人物ではない。
「あの御方の事を気安く呼ぶなっ!!」
 だが、眼前の男の反応は、彼女が知るはずのクロムウェルとは一線を画したものであった。


「貴女では話にならない」


 男は臆病者であるはずだった。
 僅かばかりの謀才を鼻にかけた、小賢しい男であるはずだった。
 キナくさい臭いを敏感に嗅ぎつけたなら、何よりまず、身の処し方を考える男であるはずだった。
 そんな男が、自分に向かって――いや、“あの御方”に向かって、こんな不遜な態度を取る。
……シェフィールドは、このときに気付くべきだった。
 自分たちが下したクロムウェルという人物に対する評価は、あるいは間違っていたのではないか、という事に。
 この男は自分たちが考えていた以上に食えない男だったのではないか、という事に。
 だが彼女は気付かなかった。否、気付けなかった。

「陛下ならば、ウェールズを我が側近に加える意味を御理解頂けるはずでございます」


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 シェフィールドは一歩後ずさると、ふんと鼻を鳴らし、クロムウェルを睨みつける。
 それが『レコン・キスタ』のためになると、この男なりに考えた結果の行動であるならば、自分は何も言うまい。この保身に長けた男が、考えもなしにそんな危険な行為をするとも思えないからだ。
「念のために訊いておきますが、大諸侯たちがその人事に納得するとお思いですか?」
「テューダー王朝の嫡子が、革命の理念を認めたのですよ? 何をいまさら若造ごときを警戒する必要がありますか?」
「ウェールズが実権を握れば、彼が王政復古を唱える可能性があるのでは?」
「ありえませんな」
「その根拠は?」
「彼が生きている限り、アルビオンの民はジェームズ陛下の失政を忘れぬでしょう。そんな中で、テューダー朝の再興を考えるほどに彼は愚劣ではありませんよ」
「ならば、ウェールズが王党派の復讐を大諸侯たちに果たそうとする可能性はない、と?」
「そんな気があれば、そもそも彼が『レコン・キスタ』に参加するはずもございませんよ。地下に潜ってゲリラ活動をする方が、ある意味よほど簡単だ」
「……」
「御納得いただけましたか?」
 そう問われて、シェフィールドは顔を上げた。

「始祖の秘宝は?『風』のルビーと始祖のオルゴールは?」
 そう。これだけは彼女といえど、絶対に譲れない。
 始祖の秘宝を入手するのは、彼女が主から受けた、絶対の最優先命令なのだから。
 だが、その事実を知らないクロムウェルは気楽な口調で答える。
「ウェールズがこちら側にいる限り、たとえ誰が入手したとしても、簡単に返還を請求できますよ。むしろ、それを宣戦の口実に使ってもいい。――どちらにしても、『レコン・キスタ』の最終目的は“聖地”の奪回ですからな。始祖の秘宝など関係ないでしょう?」
「……あの御方の命に逆らうつもりなのですか、大司教?」
 シェフィールドの目が据わる。
「分からん方ですな」
 だが、むしろクロムウェルは、なだめるような口調で続けた。
「王家の嫡子を折角こちらに取り込む事が出来たのですよ? 秘宝を持って逃げたのがジェームズである以上、腕ずくで回収するような真似をすれば、ウェールズの決心に水を差す結果を招きかねない。長い目で見れば、結局それは組織のためにならないと考えますが」
「言い訳ですか?」
「それとも、いますぐ始祖の秘宝を入手せねばならない理由があるのですか? 私にも聞かされていない、別の事情が?」
「図に乗るなッッッ!!」

 その言い草に、さすがにシェフィールドも切れた。彼女は元来、気の長い女性ではない。
「ひっ!?」
 クロムウェルは、反射的に声を上げてへたり込み、怯えた目で彼女を見上げる。

――そうなのだ。この男は、やはりこういう男なのだ。しょせん腰抜けの小才子。王国のカリスマというべき皇太子をまんまと篭絡して図に乗ったようだが、結局のところ地金が剥き出せば、途端にこのザマだ。
 シェフィールドは、むしろ安心した。
 手柄に酔って調子に乗る程度の元気がなければ、むしろ自分たちの傀儡は勤まらない。だが、一瞬でも自分を苛立たせた走狗には、やはり釘を刺しておかねばなるまい。主の手を噛むような勘違いをする前に。
「秘宝の入手は『レコン・キスタ』の存在意義における最優先目的。分からんようなら、貴様の首をスゲ替えるまでだ。――それが分かる人間とな」
「……出過ぎた言葉を吐きました……申し訳ございません……!!」
 ガタガタ震える黒衣の男を、虫でも見るような視線で一瞥すると、シェフィールドは踵を返した。
「この一件は、あの御方に報告させてもらう。貴様には本来、独断専行など許されてはいないということを、よぉくわきまえなさい」


「役者だな、大司教」
 廊下の陰から現れたウェールズは、いまだへたり込んだままのクロムウェルに苦笑を投げかけた。
「これも仕事のうちですよ、殿下」
「ならば、いよいよ君の後継を辞退しておいてよかったと言うべきだな」
「しかし閣下、もし殿下が『レコン・キスタ』の首座に就くことを承知なされたら、閣下はその後、いかがするおつもりだったのですか?」
 ウェールズの背後からワルドが顔を出す。
 彼らはそうやって、廊下の隅からクロムウェルとシェフィールドの会話を窺っていたのである。


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 腕利きの“風”のメイジである彼ら二人が、その気になって気配を消せば、なまなかな者ではその存在を感知することは出来ない。彼ら以上の戦士であれば話は別だが。
「決まっているだろう子爵」
 立ち上がり、ブザマにへたり込んだ尻から埃をはたきつつ、クロムウェルは笑った。
「もし、殿下が『レコン・キスタ』を引き継いでくださるならば、後顧の憂いなど何もない。どこかの田舎で庵でも結んで隠棲するさ」
 本気か嘘か全く分からぬその返答に、ワルドは、ぽかんとしてしまった。
 一人苦笑いを隠さぬウェールズは、
「冗談じゃない。人をこんな百鬼夜行に引っ張り出しておいて、自分は楽隠居を決め込もうなんて虫が良すぎると思わないか?」
 と、楽しそうに呟いた。

 艦橋にふたたび入室した三人は、給仕が淹れ直した熱い紅茶に舌鼓を打ち、思い思いにくつろいだ。
 ウェールズは、先程まで座していた椅子に。クロムウェルは、王子に背を向けつつ窓から月を眺め、ワルドは、その二人を俯瞰できる位置に立ち、壁にもたれていた。
「それで殿下、段取りは手筈どおりに進んでおられますか?」
「一応、な」
 クロムウェルが言う“段取り”とは、王党派の撤兵のことだ。
「『イーグル』号のパリーと、地上部隊のマーヴェリーからは、したためた書状の返書が先程届いた。王党派総員三百名、速やかにトリステインに向かう、とな。――大司教、フネの用意は?」
「地上部隊撤収用の大型船なら、すでに手配は完了してあります。砲門の取り外しに、もう少し手間がかかるようですが」
「砲門の取り外し?」
 ワルドが怪訝そうな顔をしたが、ウェールズが紅茶をすすりながら答える。
「僕の決断は、いわば白旗挙げた逆賊どもから、こっちが背中を見せて逃げるという事だ。そんな命令に、血の気が多い部下たちが素直に従わない可能性があるだろう? そんな連中に貸す軍艦に、武装をそのままにしておけるものかよ」
「なるほど……。ならば『イーグル』号が、殿下を取り戻そうと攻撃してくる可能性もありますな」
「いや、それはない」
 斬り捨てるようにウェールズが言う。

「兵どもならば知らず、パリーならば分かっている。この交渉のキモは、僕が人質になる危険を顧みず、クロムウェルとの直談判で撤収の時間を稼ぐ、という点にある事をな。僕の努力を不意にするような真似を、パリーは絶対にしない」
 その言葉に、クロムウェルが口を挟む。
「王党派の中核たる三百人が生き延びている限り、王朝再興は可能であるということですか。ならばこそ、一足先にトリステインで殿下の帰還を待て、と?」
「希望を持たせてやらない限り、奴らがそんな命に従うわけがないからな」
 抜け抜けと言うウェールズだが、さすがに背中からは、そんな家臣たちを裏切る後ろめたさを漂わせているのが、ワルドには見えた。
 王党派の兵団がトリステインへの亡命を了承したのは、この王子の身柄を一番に考えての事だ。そうでなければ、こんな敵前逃亡に等しい屈辱を、彼らが容易に受諾するわけがない。――しかし、もはやウェールズに、彼らのもとに戻る意思はない。
 ならば、自分がやるべき事は決まっている。――ワルドは口を開いた。

「殿下、しばしの間、わたしにトリステインに帰国する事をお許し願いたい」

 ウェールズとクロムウェルは、思い詰めた表情を浮かべるワルドを硬い視線で見つめる。
「……僕のフォローをしてくれるつもりなのか?」
「殿下を待つ者たちには、殿下が戻らぬ理由が必要になりましょう」
「礼を言う、ワルド」
 そう言うと、ウェールズは立ち上がり、悪戯っぽい眼差しをクロムウェルに向けた。


「そうだな。なら――『ウェールズはクロムウェルに一度殺され、“虚無”の秘術で甦り、彼の側近に加えられた』ということにでもしておいて貰おうか」




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「なっ!?」
 さすがにワルドとクロムウェルの表情が凍りつく。
「僕がすでに死んでいる、ということになれば王党派の残党も士気が上がるまいし、弔い合戦を謳う連中にとっても、僕が大司教の側近となっている事実は、やはり戦意を削ぐだろう」

 こともなげにウェールズは言うのを、クロムウェルは呆然となって見ていた。
 黒衣の首領が行使する“虚無”の噂は、いまだ『レコン・キスタ』の上層部にしか知られていない軍事機密なのだ。
 何故それを知っていると訊きたいのをこらえ、ワルドは口元を歪めた。
 この情報を知っているということは、ウェールズは『レコン・キスタ』内部に、相当の諜報網を布いているという事になる。じりじりと敗けを装って、ニューカッスルに撤退しながら、その間に、貴族派内部にこれだけの協力者を手なづけていたというのか……?
 ならば、王党派があれほどの敗北を重ねたのは、何故? 貴族派の裏をかくことなど当然のように可能だったはずだ。
 ウェールズは自嘲するように言う。
「納得いったか? 貴様らの連戦連勝は、ひとえに父上のおかげだということが」
 ならば、王軍の指揮をジェームズではなくウェールズが執っていたなら……?

――大司教、貴公の首は、とっくの昔に胴から離れ離れになっていただろうよ。

 さすがにウェールズは、その一言を口にしなかったが、言いたいことは充分に伝わった。
 クロムウェルは、背中に冷たい汗を感じながら言う。
「……恐ろしいお方だ、あなたは。昼行灯を気取っているのはお互い様だと思っていましたが、やはり殿下は――あらゆる面で、わたしごときの敵う相手ではないようですな」
 だが、その王子はクロムウェルの言葉を鼻で笑うと、うそぶくように呟いた。

「ところで、――先程の爆発は一体何だったのであろうな?」


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 小型艇は、そのまま竜に引かせて、ラ・ロシェールに向かう事になった。いま乗船している全ての人数を、そのままドラゴンの背に載せてもいいが、どう考えても定員オーバーだったからだ。
 無論、すし詰め状態の船内に、大人しく全員が乗っているわけでもない。
 魔法学院の生徒たちと、風見志郎。そして、好奇心からドラゴンの背に乗ってみたいという貴婦人や女官たち数人を、二匹の風竜に分乗させ、そのままロープで竜籠のようにフネを引っ張る。
 それらの竜は、シルフィードのような幼生とは違い、完全な成竜だったので、四・五人が同時に乗っても、落ちるようなことは無かった。

「そういやアンタたち、ここに何しに来たの?」
 風見志郎が手綱を握るドラゴンの背で、ルイズが思い出したように口を開いた。
 問われたキュルケとギーシュは一瞬、ぽかんとなったが、やがて真っ赤になって怒り出した。
「何しに来たって……なによ、その言い草っっ!! アンタのために来てあげたに決まってるじゃないのっっ!!」
「わたしの、ため……?」
 その台詞に、ルイズが逆に呆然となる。

(だって、わたしとあんたたちって、そんなに仲良くなかったでしょう?)
 そう言いたげなルイズに、ビシッと指を突きつけたキュルケは、
「ここまで来るために、あたしたちがどれだけ苦労したと思ってるのっっ!? 何リーグも穴ボコの中を進んだり、オーク鬼の一個小隊に襲われたり、シルフィードの背中にいるときに大砲でバカスカ撃たれまくったり――とにかく何回死ぬかと思ったか分からないわっ!!」
「……そう、なの……?」
 ルイズがおそるおそる、隣にいるギーシュを窺う。
 だが、ギーシュも鼻白んだ様子で、冷たい言葉を返す。
「おまけに、助けにきてやった当の本人には『何しに来たの?』とか言われちゃうしな」
「なっ、なによっ! 助けてくれなんて、いつわたしが頼んだのよっ!!」


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 ルイズからすれば、その言葉は無理もなかったかもしれない。援護を依頼しなかったのは事実だし、何より、級友たちに再会したときには、事態はあらかた終わってしまっていたのだから。だが、キュルケやギーシュたちに、それを納得しろというのは、さすがに無理だ。
「ああああああっ!! そうよねっ!! 大体なんであたしが、わざわざアルビオンくんだりまで来て、こんな目に遭わなきゃいけないのよっ!? これはもう、貸しよ!! 壮絶なまでに大きい貸し!! いずれ利子付きでキッチリ取り立てるからねっ!!」
「そうだよ、この貸しは、明日中にでも物理的に返してもらうよっ!! 明日、僕はまた朝イチでアルビオンにとんぼ返りしなきゃいけないんだからなっ!! 往復のチケット代、立て替えてもらうっ!!」

 さすがにギーシュのその台詞は、ルイズのみならずキュルケもきょとんとした。
「え、とんぼ返りって、――何で?」
 だが、ギーシュはキュルケのその反応に、一際大きな声で吠える。
「何でって――何言ってるんだよ君はっ!! 僕の可愛いヴェルダンデを、あんな浮島に置き去りにする気かァッッ!!」
 つかみ掛からんばかりに激昂するギーシュを、キュルケが「ごめんごめん、忘れてたわけじゃないのよ」と、いなしながら、そっぽを向く。そんな赤毛の少女に、金髪の少年はますます憤然と怒鳴り散らす。

――その様子を見ながら、ルイズはいつの間にか、胸の内に温かいものが込み上げてくるのを感じた。
 理由は分からない。でも、この二人――いや、向こうの竜で手綱を握っているタバサを含めて、三人は――頼んだわけでもないのに、彼らは、わたしを助けに来てくれたのだ。


「ありがとう……」


「あ……まあ、分かればいいのよ……」
 以前の彼女からは考えられもしない、そのしおらしい一言に、掴み合いをしていた二人は、逆に照れたように動きを止めた。

 そして、キュルケが思い出したように口を開く。
「――そうよ、使い魔といえば、確かカザミも消息不明になっているはずよね」
「カザミ、が――!?」
 とっさにルイズは、鞍上にいる黒革の上下を纏った男に目をやるが、
「勿論、あっちじゃないわ。あなたも知ってるアイツの方よ」
「カザミが、どうしたの!?」
「大砲に撃たれたんだよ。僕らがアルビオンに上陸する時にさ」
 ギーシュが言葉を引き継いだ。
「――ま、アイツの事だから、死んじゃあいないとは思うけどね」
 キュルケもそう言いながら、心配そうな顔をする。

 あのカザミが……わたしのために……アルビオンに……!?
 信じられないけど、もし本当なら……やっぱりわたしを主と認めて、心配してくれたの……?
 その思いは、彼の心配よりもむしろ嬉しさの方が上回った。
 心配といっても、ルイズとキュルケは、カメバズーカ相手に大砲を肉体で受け止めていた彼を見ている。あの改造人間が死ぬワケがない。――それはルイズの実感でもあった。
「ギーシュ、往復のチケット代、わたしが出すわ」
「え……?」
 だが、不安にならないと言えば、さすがにそれは嘘に近い。
 そういえば忘れていたが、ワルドもまたアルビオンにまだいるはずだ。彼に頼めば風見の捜索を手伝ってくれるかも知れない。
「わたしもアルビオンに戻るわ。明日の朝一番でね」
 そしてキュルケも、そんなルイズを見て、
「……仕方ないわね。ならあたしも付き合ってあげるわ……。毒を喰らわばって言うしね」
「――で、ルイズ、結局サイトはどうしたんだい? 会ったんだろ?」


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「……え?」



 ギーシュの一言で、ルイズは凍りついた。
――文字通り、魂の底の底まで。
 だが、空気の読めない金髪の少年は、くつろいだ調子で言葉を続ける。
「『え?』じゃないよ。僕らより一歩先にドラゴンに乗って、君のところへ来ただろう? 彼の姿は見えないけど、どうしたんだい?」



 サイトが、……………いた……………ッッッ!??
 サイトが、……………アルビオンに……………来ていた……………ッッッッ!!?



「でも、ここにいないって事は、一足先にラ・ロシェールに向かわせたのかい?」



 じゃあ、あれはやっぱり……あのドラゴンに乗っていたのは、やっぱり……!?
 あれが、……あれがサイトだったの……ッッッッ!?
 だったら、だったらっ、――サイトをわたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしがッッッッ!!


「ルイズ? どうしたの? 調子悪いの?」
 さすがにキュルケは少女の様子の変化を感じたらしい。
 それも当然だ。もはやルイズの心臓はパンク直前まで脈打ち、その脳は過呼吸と酸欠で、眼球が飛び出さんばかりになってしまっていたのだから。
 だが、無理もないだろう。いま、彼女の脳裡を駆け巡っているのは、ルイズが最も認めたくなかった現実。直視したくなかった現実。知りたくなかった現実。そして、もはやどうしようもない現実……。
 ルイズは、自分の眼前が、ぐにゃりと音を立てて捻じ曲がるのを感じた。




 わたしがサイトを、こ ろ し て――しまったっッッッッッッ????




「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ……………!!!!」




 少女と同じドラゴンに乗っていた風見と二人の級友、小型艇に座乗していたジェームズたち、そしてもう一匹の風竜に乗っていたタバサや貴婦人たち――早い話が、この場にいた全員が、突如夜空に轟いたその悲鳴に、思わず振り向いた。
 人間が、あるいはこれほどまでに悲痛な叫びをあげられるのか、と疑わせるほどの絶叫。
 そして、少女は、――そのまま目を閉じる事もなく意識を失った。



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