あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

IDOLA have the immortal servant-07


 低く唸るような音がルイズの耳に響いている。
 “それ”は、体の接合部に、淡く輝く光の粒が走っていた。
 生き物なのか、ゴーレムなのかすらルイズには判らない。
 シルエットは巨大な角を持つ鹿に見えなくも無い。どこか神々しさすら感じさせる、力強い姿だった。
 ―――フォトンブラスト。それがこの現象の正体。
 戦闘行為で『浮遊の蟲』が蓄積したフォトンエネルギーを、一気に解放し、様々な効果を発揮させる。
 その際、フォトンミラージュと呼ばれる幻影の獣の偶像を伴うのである。
 これが、ハルケギニアの民が『浮遊の蟲』と呼んだ、D型因子をコアに持つエモーショナルAI、『マグ』の力だ。
 “それ”が、啼いた。
 前足を振り上げ、振り下ろすと同時に巨大な雷を前方のゴーレムに叩きつけた!
 ゴーレムの頭部を一瞬で吹き飛ばし、その胴体をも無慈悲に削り取っていった。
 雷が収まると、先程の光景が嘘のようだった。先程の魔法陣も、異形の鹿も、閃光と共に消え失せていた。
 ただ―――巨大な破壊の爪跡だけが現実の物として残されていた。腕と足だけになったゴーレムの残骸……土の山があるばかりだ。
「おでれーた! こりゃおでれーた!」
「……は……あは、は」
 ルイズは腰が抜けたのか、へなへなと地面にへたり込む。
「すごいわ! なにいまの!?」
 木陰から飛び出したキュルケが尋ねてくるが、ルイズはへたり込んだまま「知らない」と首を横に振った。
(敵わないわねー、こりゃ……)
 キュルケは今更ながらに震えているルイズを見て、目を閉じると頭を掻いて小さく笑った。
 ルイズはキュルケの見ているその前で、フロウウェンの為に命を張って見せたのだ。
 キュルケは欲しいものがあれば、それを力ずくでも奪い取る主義だ。
 だが、その者にとって一番大事なものは奪わないという制約も己に課している。命の取り合いになる事を知っているからだ。
 タバサのシルフィードが降りてくる。
「フーケはどこ?」
 タバサがぽつりと言った
 その言葉にルイズとキュルケは、慌てて周囲を見渡した。どこにもフーケらしき者の姿は無い。
 茂みの中から、ミス・ロングビルが戻ってくる。
「ミス・ロングビル! フーケはどこからあのゴーレムを操ってたのかしら?」
 キュルケがミス・ロングビルに問う。
「わかりません。もしかしたら今の雷で吹き飛ばしてしまったのでは?」
「そうかもね。もしどっかに隠れてたとしても、あんなの見て向って来ようなんて思わないでしょうけど」
「ええ……フーケのゴーレムが一撃で粉々なんて……本当……すごいわ」
 ミス・ロングビルが感激したように笑みを浮かべる。
「ミスタ・フロウウェン。『浮遊の蟲』に大事は無かったのですか? 少し見せて頂けますか?」
 その一連の行動で、最後に残った疑問が氷解し、限りなく黒に誓い疑惑は確信へと変貌していた。
 フーケは何故わざわざ盗んだ宝を敵に渡したのか。
 フォトンブラストの事を学院の一部の者は『召喚』という認識をしていたに違いあるまい。だから『浮遊の蟲』などと呼ばれ、宝物庫に収められていたのだ。
 だがこのハルケギニアで『浮遊の蟲』と呼称されるこの虫どもは、フロウウェンの文明においては最先端の技術として存在しているものであった。政府よりハンターズに支給されてはいるが、一般レベルではほとんど認知されてはいない。
 人の意思に反応しやすいという特性を持っているから、規律を重んじる軍隊よりもハンターズに優先的に支給された。軍隊でも所有するものは稀で、ハンターズ以外にはほとんど馴染みのないものなのである。
 だから、どうすればフォトンブラストを放つ事ができるのかが、当然フーケには……いや、このハルケギニアの住民に知る者はいないだろう。フーケはそれを知ろうと、わざわざ学院の者を誘き寄せて敵に使わせる事で、それを知ろうとした。
 そうして、自分の手に取り戻したところで、手順を知るオレからフォトンブラストについて聞き出そうとするのだろう。
 だがフォトンブラストの手順を、メイジが知ろうとする事。フォトンブラストが自分に役立つと、メイジが思っている事。それ自体が、『浮遊の蟲』の事を半分も理解していないという、何よりの証拠なのだ。
 メイジ……或いはフォースがこれの正確な機能と効果を把握しているならば、まず所有した時点で満足する。フォトンブラストなどはおまけのようなものとしか思わないに違いあるまい。
「ヤクシャ。彼女の所へ」
 フロウウェンが背後に漂う『浮遊の蟲』に指示をすれば、『成虫』であるヤクシャ二匹―――実際は二体一組だが―――はふわふわと宙を漂い、ミス・ロングビルの肩の後ろの空間に留まる。
「それにしても分からなかったのですけれど、ミスタ・フロウウェンは平民なのに、よくあんなものを召喚できるのですね」
 それは予期していた問いだった。
「召喚したわけではないが……あれは撃とうと『思う』だけで撃てる。そういうものなのだ」
 問いただすより踊ってもらった方がルイズ達に説明する手間も省ける。そう思い、話を合わせる。
「そう、ですか―――」
 すっと、ミス・ロングビルは皆から間合いを離した。
「ミス・ロングビル?」
 キュルケが怪訝そうな声を漏らす。
 姿形は変わらないのに、目の前にいる女性がまるで別の生き物になってしまった。そんな印象を受けて。 
「そこから動かないでね? わたしがその気になったら、あなた達みんな、粉々になってしまうわよ。わたしのゴーレムみたいに、ね―――」
 眼鏡を外すミス・ロングビル。その目に猛禽を思わせる鋭い眼光が宿る。
「わたしのって……」
 ルイズが目を丸くした。 
「そう。『土くれ』のフーケはわたし。分かったら、さっさと杖と剣を捨てなさいな」
 全員がミス・ロングビル……いや、フーケの言葉に従う。武装解除を見届けると、フーケは満足げに頷いた。
「どうして!?」
 ルイズが怒鳴るとフーケは笑った。
「そうね、事情も知らずに死んでいくのは可哀想だから、説明してあげる」
 得意げにフーケが言った。
「わたしはね、『浮遊の蟲』がああいったものを召喚する事ができるのをオールド・オスマンから聞き出して知っていたけれど、その方法が分からなかったの」
「方法?」
「ええ。叩いても魔法をかけても、この蟲はうんともすんとも言わずに浮かんでるだけなんだもの。困ったわ。
売るにしても自分で使うにしても、一番目玉の能力が使えなければ、魅力は半減じゃない。そうでしょ?」
 紅潮したルイズが飛び出そうとするが、フロウウェンが手で制する。
「それで、魔法学院の人間なら知っているかもと思い、呼び寄せて使い方を探ろうとしたわけだな」
「ご明察。その通りよ」
 フーケは笑いながら拍手をする。
「私達が、誰も方法を知らなかったら?」
 タバサの問いに、平然と答える。
「その時は全員踏み潰して、次の連中を連れてくるだけ。その手間は省けたけどね。誰かさんが親切に教えてくれたお陰で」
「いずれにせよオレ達を見逃すつもりはないのだな?」
「そうね。可哀想だけど、あなた達はわたしの顔を見てしまった。さようなら。短い間だったけれど、楽しかったわ」
 フーケが先程フロウウェンがそうしたように、ぐっと身を屈める。
 キュルケは観念して顔を背け、目を閉じた。
 タバサも目を閉じた。
 ルイズも目を閉じた。
 フロウウェンは……ただ、静かにフーケを見ているだけだった。何も起こらない事を知っているが故に。
「……勇気があるのね」
「…………」
 フロウウェンは答えず、デルフリンガーを拾い、鞘に収める。
 フーケがあからさまにうろたえた。二度、三度と身体を屈め、手を伸ばす。何度も後ろの『浮遊の蟲』に命令を下した。
 それからはっとしたように顔を上げ、フロウウェンを睨みつけた。
「だ、騙したわね!?」
 顔を赤くしたフーケが一歩、後じさる。
「いいや。嘘ではない」
 真実の一部しか言わなかっただけだ。フォトンブラストに必要なエネルギーは、装備者の戦闘行為によってまかなわれる。
それも物理的な攻撃を行うか、或いは自分が何らかの理由により肉体に損傷を負うかしなければならない。
 その際に拡散した余剰なフォトンを、『浮遊の蟲』は内に溜め込むのである。それをある程度積み重ねなければフォトンブラストは放つ事ができない。
更に、一度放てば、もう一度同じ過程を経る必要がある。燃費が悪いのだ。
 いずれにせよ、魔法攻撃が主体のメイジには余り必要のないものである。
「じゃ、じゃあどうして!?」
 フロウウェンはその問いに答える事はなかった。フーケもそれ以上は答えを聞こうとする事はできなかった。
 文字通りの瞬く間にフーケの間合いに踏み込んで、首筋に手刀を叩き込んだからだ。フーケは悲鳴を上げる事すら叶わずに昏倒した。


「にわかには信じられないわね」
 と、キュルケ。
 帰りの馬車の中で、ルイズとフロウウェンはキュルケとタバサ(それにおまけとしてデルフリンガー)からの質問責めに遭っていた。
 ルイズの使ったグランツ。フロウウェンの使いこなしたマグとフォトンブラスト。
 しっかりと二人に見せてしまっていたのだ。今更言い逃れは出来ない。フロウウェンに言わせればグランツもマグも『科学』の範疇なのだが、
それらのヴィジュアルがなまじ魔法に近しいから誤解を簡単に解く事ができない。まずフォトンの概念を前提として認めされる事が必要だったりするのだ。
 極度に発達した科学は魔法と変わらないと言ったのは誰だったか、とフロウウェンは呟く。
 とはいえ、昨晩の時点で二人はルイズのグランツを目にしていたのだが、フーケを捕まえるまで黙っていてくれたのだ。
 その点から、フロウウェンは二人を信頼できると思っていた。だから包み隠さず、全てを正直に話した。
「他の人には言わないでね。ヒースがアカデミー送りになっちゃうから」
「誰が言うもんですか。そこまで馬鹿じゃないわ」
「約束する」
「相棒を売ったりはしねーよ」
 二人と一振りの答えに頷くと、フロウウェンは馬車を止める。それから荷台にロープで縛られて横たえられていた、フーケの肩に手をかけ、それから背中に手を当てた。
 ぐっと力を入れると、フーケが咳き込みながら目を開ける。
「ち……あたしもヤキが回ったもんだ」
 縛られて馬車の荷台に転がっていることを理解すると、フーケは諦めたかのように笑みを浮かべた。
「さてオレは彼女と取り引きをしたいのだが、交渉を任せてくれるかな?」
「ちょっとヒース! 取り引きって何を!?」
 顔色を変えるルイズに、フロウウェンは言う。
「衛士に引き渡し、取調べを受ければ彼女は見た物を話すかもしれない。それはオレにとってもルイズにとっても好ましくない」
 例えば、あのグランツとマグを使った『召喚』の方法を知る使い魔の事。
「あ……」
 だからここで、フーケの口を封じることは絶対であった。ルイズは理解する。
 ここで悪党などと取り引きはできないと突っぱねるなら、身の安全を守る為にすべき事は一つしかない。
 即ち、杖を取り上げられて縛られた、無抵抗の相手を殺すこと。
 しかも、親しかったわけではないが学院で一緒に暮らしていた顔見知りなのである。
 あれらは全て演技で、さっき殺されかかったのが事実とは言っても、こうして戦いが終わってからまた血を流さねばならないというのは心情的には遠慮したい。
「キュルケとタバサは……オレに任せてもらってもいいだろうか?」
「あたしは別にかまわないわ。ほとんど役に立てなかったしね」
「同じく」
「………」
 フーケは無言でフロウウェンを見やった。
 この老人が何を考えているのか。どんな人物なのかが分からない。
 迂闊なことは言えなかった。出方を伺うべきだろうと判断する。
「キュルケ。彼女をこのまま衛士に引き渡したらどうなるかな」
「十中八九縛り首でしょうね。フーケによる盗難の数はかなりの件数だったし、被害者は貴族ばかりだわ」
 と、肩を竦めてみせる。
「というわけだ。オレやルイズは今日見せたものを余人に話して欲しくは無い。無抵抗の相手を殺す、というのも気が引けるが、引渡しても死罪だというのならば、いっそこの手で引導を渡す方が、最後まで責任を負うことと言えるかも知れんな」
 要するに、自分を殺すことの優先順位は低いが視野に入れていないわけではない、という意思表示だ。
「……どうしろって言うのよ」
「簡単だ。今日の事を黙っている事を約束するなら、オレ達もフーケを取り逃がしたということにしていい。明日からオールド・オスマンの秘書に戻れる。決して悪い話では無いと思うが」
 確かに……悪い話ではない。セクハラを受け続けるのは少し辟易するが、それには目を瞑ろう。自分にとっては都合が良すぎるぐらいだ。それだけに、フーケは裏を疑った。
「それだけでいいの?」
「当然、盗賊稼業も今日限り廃業にしてもらう。異存はないな?」
 ぬるい。折りを見て、ほとぼりが冷めた頃に逃げ出せば良いだけの話だ。こちらが今日掴んだの情報を人に漏らさない事とフーケの名を使わない事を徹底すれば、彼らとて自分の情報は漏らすまい。
「いいわ」
「では、これを飲んでいただく。それでこちらの条件は全てだ」
 そういって、フロウウェンが取り出したのは彼の世界の精神補強薬、モノフルイドの入った小瓶だった。
「何よ、それ。いやよ」
 フーケの顔が少し青褪める。
 フロウウェンが何らかの方法―――恐らくは先住魔法の類―――でゴーレムのポテンシャルを著しく低下させていたのは分かっていたし、『浮遊の蟲』の知識を持っていてそれを使いこなして見せた。
 故に、得体の知れない男が取り出した得体の知れない薬品、としかフーケの目には映らなかった。
「こちらとしても、これは保険のつもりでな。毒ではないし、お前の自由意志に干渉するようなものでもない事は保証するが」
「く……」
 この男は他の小娘達のように甘くはない、とフーケは認識を改めた。
 どの段階からかは知らないが、こちらの意図を読んで、自分がフーケであることに気付いていたようだった。口約束だけで済ますつもりは最初からなかったのだろう。
 ただ、「毒では無い。自由意志には干渉しない」という言葉も事実に思える。
 殺すつもりならこんな回りくどいことはしないだろうし、水のスペルのように相手を操れるマジックアイテムを所有しているのなら、交渉するまでもなく無理やり飲ませるだろうから。
 どちらにせよ、否も応もないのだ。あの娘達の事を考えるなら、自分はここで命を落とすわけにはいかない。そんな思いが、彼女に選択させた。
「わかった。その条件、飲むわ」
 苦々しい声で、フーケは答えた。
 ルイズは呆気に取られていた。あの小瓶はただの薬だと、前にフロウウェンは言っていなかったっけ。
「さて……ルイズ」
 フロウウェンはルイズに向き直る。そして、言った。
「すまなかった。オレのしたことはあまり誉められたものではない」
 ルイズは苦笑した。
 そもそも、人前で使うな、と言われていたグランツを勢い余って使ってしまったのはルイズなのである。
 その結果生じる問題の解決を、フロウウェンに任せてしまった格好の自分には、それを責める資格がないと思えた。
「……いいわ。盗賊を一人、改心させたと思えばいいじゃない。際どい場面もいくつかあったけど、宝も戻って、誰も死ななかった。だから、そういう事でいいじゃない」


「さて、君たちはよくぞ『浮遊の蟲』を取り戻してきてくれた。フーケを取り逃がした事は残念じゃが、それなりに手酷い目に会わせたようじゃしな。学院の名誉は守られ、ここにある『浮遊の蟲』どもは宝物庫に戻される事になろう。一件落着じゃ」
 木箱をぽんぽん、と叩いてオールド・オスマンは厳かに言った。
 その脇に、途中から折れて焼け焦げた杖と、同じく切り裂かれて焦がされた黒いローブの切れ端がある。フーケと戦った証拠として帰路中に用意したものだ。
「ついてはその功を労う為に王宮へシュヴァリエの爵位申請を出そうと思うのじゃがいかがかな。といっても、ミス・タバサは既にシュヴァリエの爵位を持っているから、精霊勲章の申請を行うことになるが」
『ミス・ロングビル』は、道案内しただけで後は隠れていただけだと言って、褒章をもらうことを辞退することをオールド・オスマンに告げていた。
 三人はオスマンの言葉に思わず顔を見合わせていた。
 自分達がフーケを撃退したという事にはなっている。実際交戦もしたのだが、ほとんど見ていたばかりだったしオスマンには決して話せない顛末がある。
 慌ててルイズが言った。
「いえ。フーケを取り逃してしまった以上、そのような過分な褒章に与るわけには参りません」
 キュルケとタバサも頷く。
「何と。三人とも辞退すると? 学院の名誉を守り、国中の貴族達の溜飲を下げたという点で、決して小さくはない功績だと思うのじゃがな」
 予想もしていなかったのか、オスマンは怪訝そうな顔を浮かべた。そうして腕組みをし、暫し考え込む。
「ふむ……では、君ら三名の勇気を称えるともに、私からの感謝の意味で、個人的に特別な恩賞を渡そう。シュヴァリエの爵位からは大分格が落ちてしまうが、それならば受け取ってもらえるかな?」
「オールド・オスマンのご厚意を無にするわけには参りません」
 キュルケが答える。あまり頑なに固辞しても薮蛇という可能性がある。
「それでは、この『浮遊の蟲』の『幼虫』をな、一匹ずつ授与することとしよう」
「えっ!?」
 三人はまたも顔を見合わせた。
 馬車の中でフロウウェンが語った、マグの特性を考えるなら、それはとんでもない宝物なのだ。
「そ、そのような、学院の秘宝ではありませんか」
「いや。確かに稀有な魔法人形ではあるが、実はこれ、私の私物に近いものがあってな。君らの働きなくば、フーケに盗まれて帰ってこなかったであろう品物じゃし、幸いにして『幼虫』は数も多い」
 そう言って、『幼虫』を一匹ずつ、キュルケ、タバサ、ルイズへと順に手渡していく。
 彼女らは呆然として手の中のマグを眺めた。
「ヒース……」
 と、ルイズが背後に控えるフロウウェンを見やって言った。
 フロウウェンがいなければ、フーケを捕える事はできなかっただろう。
 それどころか無策で対抗しようとした自分は生きて帰ってくる事も出来なかったかもしれない。
「受け取っておけ。オールド・オスマンはルイズ達の勇気に対して与える、と言われたろう」
 静かにフロウウェンは言う。
 オスマンはぽんぽんと手を打った。
「さて、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。フーケの一件は解決した事じゃし、予定通り執り行う」
「そうでしたわ! すっかり忘れておりました!」
 キュルケは笑みを浮かべる。マグを手に入れた事も嬉しいが、派手好きの彼女は舞踏会も好きなのである。
「今日の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」
 三人は一礼するとドアに向かった。
「オレはまだ話がある」
 フロウウェンが言った。ルイズは何か言いたそうにフロウウェンを見上げていたが、やがて小さく頷いて部屋を出て行った。
 オスマンがフロウウェンに向き直る。
「なにか、私に聞きたいことがおありのようじゃな」
 頷くフロウウェンに、オスマンはコルベールとミス・ロングビルへの退室を命じる。肩を落としてコルベールが出て行く。フロウウェンの話を楽しみにしていたのだろう。
 ミス・ロングビルはちらり、とフロウウェンの顔を伺うが、何も言わずに出て行った。
「この『浮遊の蟲』はオレが元いた土地の防具。これについて話を伺いたく」
「防具とな。元いた土地、とは?」
「惑星ラグオル。空に浮かぶ星のどれかということになるでしょうな」
「本当かね?」
「ええ。あのルイズの召喚でこちらに喚ばれたのでしょう」
「……なるほど。そうじゃったか。あの、ヴェストリの広場で使った魔法は君らの星のものかね」
 ザルアに気付いていたか、とフロウウェンはオスマンを見やった。
 普段は飄々としているが、かなり食えない人物のようだ。
「厳密に言うとあれは魔法では無いのですが、そういう事になるでしょう」
「それは興味深いのう。……おっとと。話の腰を折ってすまんかった。続けてくれ」
 オスマンに促され、フロウウェンは切り出す。
「差し支えなければ聞かせて頂きたい。この『浮遊の蟲』をどこで?」
 オスマンは溜息をついた。
 あの時見た物。それはハルケギニアの常識からは相当に外れるものだったからだ。
「これを私にくれたのは……人間ではなく、ガーゴイルじゃよ」
「ガーゴイル?」
「ゴーレムのお仲間みたいなもんじゃ。これを手に入れたのは、実はごく最近の話でな。そう……半年ほど前の事じゃったか。森を散策していた私は、そこで見た。
三頭ものワイバーンと渡り合う紫色のガーゴイルの姿を。なんとも不気味な大鎌を手にしておったよ」
「……―――」
 フロウウェンの目が驚きに見開かれた。
「確か、『浮遊の蟲』を使って、双子の亜人を召喚しておったな。そこからは鬼人の如き動きじゃったよ。じゃが、空を飛ぶ相手に攻めあぐねていたようなので、ちょいと手を貸してやってな。
私が風のスペルで叩き落した次の瞬間には、あっという間にワイバーンどもがバラバラじゃった」
 ワイバーンがどんな生き物かはフロウウェンは知らないが、オスマンの口振りからするとかなり油断ならない相手のようだ。 
 それを三体同時に相手にして、遅れを取らないというのは……オスマンの言うガーゴイルが、彼ならばそれくらいの事はやってのけるかもしれない。
 しかも、話にある双子の亜人。それはフォトンミラージュのマイラとユウラのことだろう。
 シフタ、デバンドという身体能力強化のテクニックを所有者にかけるのがその能力だ。その精度は熟練のフォースのそれに匹敵する。
 それで、オスマンが防具という言葉をすんなりと受け入れたのと、あっさりと生徒に渡したことに納得がいった。オスマンもまた、マグの効果を正確には把握していないのだ。
「それで、借りを作るのは性分ではないと言うので、彼の手持ちの『浮遊の蟲』どもを譲ってもらったと言うわけじゃ。なんと言っておったかなぁ。商人の依頼で、逃げたこいつらを集めていたが、何時の間にかこの世界に迷い込んでいたとか何とか」
「一体誰が、そのガーゴイルをここへ?」
「それは彼自身も分かっておらんようじゃったよ。アレはどこかに行ってしまったが、今思い出しても寒気がするのう。殺気すらも漂わせるガーゴイル。そんなもん初めて見たわい」
 長生きはするもんじゃ、とオスマンは呵呵大笑した。
 フロウウェンは笑えなかった。そのガーゴイルとやらに、心当たりがあったからだ。
 ―――キリーク・ザ・ブラックハウンド。
 本星コーラル政府の裏の実行部隊、プラックペーパー。
 要人の暗殺や拉致といった汚れ仕事を請け負う、血に飢えた猟犬ども。
 キリークはその闇の実行部隊において尚、始末屋と呼ばれて恐れられるアンドロイドだ。
どんな感情レンジの調整を受けているのかは知らないが、闘争・殺戮を好み、ひたすら強者を求める傾向にある。
 はっきり言えば、会いたくない部類に入る相手であった。
「あの猟犬がハルケギニアに来ているというのか……」
「知り合いかね?」
「違っていてくれる事を願っておりますよ」
 あれはやけに自分に拘っていた。迷惑な話だ。
 キリークに好敵手として認められるということは「オマエと殺し合いをしたい」と言われているに等しい。
 仕えている主が同じ本星政府であるという「縛り」がないこの星では、出会い次第戦いを挑んでくるかも知れない。
「アレは君の敵なのかね?」
「会えばそうなる可能性は高いでしょうな」
「そうか。……ふむ」
 オスマンは暫く思案にくれていたが、
「やはり、これはおぬしが持って行きたまえ」
 と、箱の中からマグの『成虫』……ヤクシャを取り出して、フロウウェンに手渡す。
「この世界では貴重なものかと存じますが」
「おぬしはミス・ヴァリエールの使い魔じゃからな。彼女に二重に報酬を渡すわけにはいかんが、これは貸し出しじゃ。貸し出し。返還期日は無期限で良いぞ」
 ひらひらとオスマンは手を振った。
「……ご厚意感謝いたしますぞ」
「ふむ。あーあと、おぬしの胸に刻まれたというルーンについてじゃが」
「……これが何か?」
 胸元に手を当てるフロウウェン。
「正体は分からぬが、ミスタ・コルベールは始祖ブリミルの伝説の使い魔の印と、同じではないかと言っておる」
「伝説の使い魔の印?」
「……詳細もわからん。わからんことばかりですまぬが、おぬしがここへやって来たことと、その印は何か関係しているかもしれん」
 唯一分かっている一文を伝えようかどうか迷って、オスマンは結局言わなかった。彼からは、あの一文から受ける印象にあるような邪悪なものを感じないのだ。本当にブリミルのそれだと言う確証もない。もう少し様子を見てから伝えるべきだろう。
「大した力になれんですまんの」
「いえ。ブラックハウンドがこちらにいるならば、マグが手元にあるのは心強い」
 ハルケギニアは広いし情報網が発達しているわけでもない。
 見つかる可能性が高いとも思えないが、それでも警戒と準備は怠るべきではないだろう。
「おぬしほどの腕の男にそこまで言わしめるとはのう」
 慄然とした様子で、オスマンは言葉を漏らした。


 アルヴィーズの食堂の上の階は、大きなホールになっている。『フリッグの舞踏会』はそこで行われていた。フロウウェンはバルコニーの枠にもたれ、一人静かに酒を飲んでいた。
「相棒は中には入らないのかい?」
 バルコニーに立てかけてあるデルフリンガーが言った。
 心なしか気遣うようなその声に、フロウウェンは笑った。
「場違いだろう。主役は学生達だからな。オレは剣を相手にしている方が性に合っている」
「物好きだねえ、相棒は」
 さっきまでドレス姿のキュルケとタバサがバルコニーにいたのだが、パーティーが始まると中に入っていった。
 キュルケは幾人もの男に囲まれて笑っている。タバサは一人黙々と食事している。どちらもパーティーを楽しんでいるようだった。
 ホールの壮麗な扉が開け放たれ、ルイズが姿を現す。門に控えた衛士が、高らかに声を上げる。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~~り~~~~~!」
 ホールの中にわずか、どよめきが生まれる。
 ルイズはいつもの髪形ではなく、長い桃色がかった柔らかそうなブロンドを、豪奢な髪飾りでアップにまとめていた。
 純白のパーティードレスと肘までを包む絹の手袋は、似合う似合わないというよりも、始めから彼女の高貴さを引き立てる為だけにしつらえられたかのような印象すら受ける。
 清楚でいて凛とした顔立ち。肌は透き通るような白さだが、ルイズ自身は己のドレス姿に照れがあるのか、頬が仄かに朱に染まっている。小柄なルイズの体格と相まって、如何にも可愛らしかった。
 全員が揃ったことを確認した学士たちが、流れるように軽やかな調べを奏で始める。さながら、ルイズというパーティーの主役が登場した事を皆に告げるかのようであった。
 ルイズの周りには早くも貴族の少年達が群がり、彼女をさかんにダンスに誘っていた。今までゼロのルイズと馬鹿にしていた相手なだけにノーマークだったらしい。ここで得点を稼いでおこうと言うところだろうか。
 そうこうしている内に、ホールでは貴族達が優雅にダンスを踊り始めた。ルイズは誰の誘いも断ると、バルコニーで酒を楽しんでいたフロウウェンの所にやってくる。
「馬子にも衣装って奴だな」
「うるさいわね」
 軽口を叩くデルフリンガーを睨むルイズ。それからフロウウェンに向き直って言う。
「ヒースは中に入らないの?」
「何。月見酒というのも風情があるかと思ってな」
 バルコニーを煌々と照らす幻想的な二つの月に、琥珀色の液体が注がれたグラスを掲げる。
「ルイズこそ、踊ってくると良い。学生でいられる間は短い。楽しまねば損をするぞ」
「相手がいないもの」
 ルイズは小さく笑って肩を竦めた。
 要するに、お眼鏡に適う相手がいない、という事らしい。
「生徒達も気の毒にな」
 と笑う。
 ルイズはフロウウェンの目の前に立つと、スカートの裾を両手で恭しく持ち上げ膝を曲げて、古式ゆかしいカーテシーの挨拶をした。
「一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルメン」
「……」
 一瞬きょとんとした表情を浮かべたフロウウェンだったが、笑みを返してルイズの手をとった。
「不肖ながら、お相手をつとめさせていただこう」
 二人は並んで、ホールへと向かった。


「その、ヒース」
 軽やかにステップを踏みながら、ルイズが言う。かなり身長差があるので見上げるような形だ。
「ん?」
「今日は、ありがと。ううん、昨日からだけど、何度も命を助けられたわ」
「礼などいらんよ」
 フロウウェンは穏やかに笑って答える。
 それは、逆だと思った。礼を言うべきは自分なのだと。
 オレは無力さと無念さだけを抱えて、ただ朽ちていくだけの魂の残り火に過ぎなかった。
 英雄と呼ばれていた男の、残骸に過ぎなかった。
 そんなオレに、まだ暫くの間を生きる理由を与えてくれた。
 何気ない日常の安らぎを思い出させてくれた。
 人を育てる喜びを思い出させてくれた。残り少ないこの老いぼれの人生に、まだ何かを残す事を許してくれた。
 何者にもはばかる事の無い戦いの場にオレを導き、誰かを守る為に戦う事への誇りを思い出させてくれた。
 だから礼を言うのなら、それはオレの方だ。
 感謝する。ルイズ。


「ふん。一人で良いみたいに言ってたわりにゃ、楽しそうじゃねーか」
 バルコニーからフロウウェンを見ていたデルフリンガーが呟く。
「……良かったな、相棒」
 双月はどこまでも高く高く、その輝きで幻想的にホールを彩り、優雅な調べは途切れる事無く流れ続ける。
 それに合わせて着飾った人達が揺れる。きらきらとそれはまるで宝石のようだった。




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